闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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絆編開始。
今まで読んだことのない方には、シリアス展開まっしぐらとだけ言っておきます。

P.S:今回からルビを弄ってみました。できたら、これまでに投稿してきた話も編集したいのですが、いかんせん量が多いので……余裕があったらしていきたいと思います。


絆のために
25回 再襲撃


「う~、夏目くん、奏ちゃん、助けて~!!」

 

「駄目だ、波乃。

 君も手伝いとはいえ学生連盟の一員ならこれぐらい耐えてみせろ」

 

「ふえええ~!!」

 

現在時刻、午後8時30分。

場所は橘高道場。

響いているのは主に露崎の悲鳴。

原因は、雪原さんが露崎を扱いているから。

扱いているといっても殺気は出ていないし、彼女が振るう剣速もさほど速くないから特別助けは必要ないと判断する。

というか、助けを求められた僕だって、

 

「ほらほらほら!!

 どうした智春、そんなもんか!?」

 

「くっ!!」

 

蹴策の相手をするので手いっぱいなのだから、助けられる訳もない。

 

「ええい、なんで秋だっていうのに防寒具が必要なんだよ!?

 お前はもう少し出力を抑えろ!!」

 

現在僕の相手は蹴策、なのだが、今僕が相手取っているのは以前の世界でこいつが使っていたような氷の妖鳥、つまりは蹴策が創り出した魔精霊(サノバ・ジン)

蹴策の主戦力のうちの一体だ。

対人戦とは要領が違うのが厄介なところだが、そんなこと以上に、寒い!!

 

「はははは!!

 これぐらいで寒いなんて言ってるうちはまだまだだぜ!!」

 

蹴策の勢いと呼応するかのように、目の前の氷鳥から放たれる冷気の密度が上がる。

 

「だからって、道場の床を凍らせてどうすんだ!?」

 

正直言って単純にこのサイズの鳥を相手取るだけならば然して問題はないのだが、寒さで体がまともに動かなかったり、道場の床が凍って足を取られたりと、非常にやりにくい。

それも鍛錬の内容の一つだから“僕は”仕方ないと思って闘い続けるだけだが……

 

「……まぁ、時間が経てば溶ける、はず……」

 

僕の指摘に今更気付いたのか急に顔の色が悪くなっていく蹴策。

 

チラ、チラ

 

凄い勢いで秋希さんと冬琉さんの方を見始める蹴策(バカ)

僕もそっちを見ようと思ったが、怖くて見られない。

さっきまでのペースじゃそんな視線を他に向けるような余裕はなかったのだが、幸いにも“何故か”魔精霊(サノバ・ジン)の動きが鈍ってきたので幾らか楽にはなったのだ……その代わりと言ってはあれだが、別の所から凄い寒気が……

 

「……ねぇ、蹴策」

 

その寒気の発生源から聞こえてくるのは、奏の相手をしていたはずの冬琉さんの声だ。

普段の声音からは考え難い底冷えする重く、低い冷たい声。

結構久しぶりに聞いたなぁ、この地獄の底から響いてくるような声。

以前最後に聞いたのは、確かGW辺りだったか……

 

「は、はい……なんでしょうか?」

 

と、自分が対象になっていないからと、呑気に考え事をしている僕の前で蹴策と、彼の“魔精霊(サノバ・ジン)”が一緒になって震えている。

その光景を目に捉えた瞬間、

 

シュタッ!!

 

僕は自身の出せる限界の速度を使い、安全圏となっている道場の壁際へと急いで退避した。

そこには既に先客が居て、

 

「……お疲れ様です、智春くん」

 

『お帰りー、トモ』

 

「お、夏目、お前は無事か」

 

退避してきた僕を快く迎えてくれた奏と操緒、それに八條さん。

それと、

 

「お兄様……強く生きてください……」

 

「大丈夫ですよ、師匠。

 蹴策さんは強い……はずですから」

 

兄を心配するにはやや強すぎる眼差しで蹴策の方を見ている氷羽子さんと、そんな彼女を励ましている?美呂ちゃん。

心配そうに見ているのに、決して助けに行こうとしないあたりこの道場で生き抜く術が良く分かっていらっしゃる。

 

「はぁ……あいつには道場のルールは教えてあったはずなんだがな……」

 

やや大きな溜息を吐きつつ、諦観の言葉を洩らすのは槍使いの雄型悪魔。

 

「というかそれ以前に、魔力制御の訓練なのにどうしてあいつはあそこまで馬鹿みたいに魔精霊(サノバ・ジン)を強化するんですか……」

 

「俺が知るか」

 

僕の疑問を八條さんはバッサリと切って捨てる。

本気でどうでも良いと思っているようだ。

そもそも、今日の道場でのあいつの鍛錬の目的は、いかに少ない魔力でどれだけ戦えるかというもの。

悪魔という存在にとって、魔力を消費する量は少ないに越したことはない。

なので、使用する魔力を減らしつつも、戦闘力を上げるというのが今日の鍛錬の課題になったのだ。

にも拘らず、あの蹴策(バカ)は気にせずにバンバン大量に魔力を使い、魔精霊(サノバ・ジン)を強化する始末。

思いっきり本来の趣旨から外れた戦闘方法だった。

その結果、道場の床を凍らせ、道場内のほぼ全員(氷羽子さんの様な寒さに強い人?以外全員)が防寒具を着ないといけないぐらい道場が冷えきった。

終には、

 

「……蹴策、私と鍛錬しましょうか……」

 

「ま、待て、落ち着け冬琉!!

 俺を殺っても、事態は解決しないぞ!?」

 

「少なくとも、この寒さは止まると思うがな……」

 

「うるせーぞ、和斉!!」

 

(暗い空気を纏った)冬琉さんとやり合う羽目に。

まぁ、いつだったかの八つ当たりの時に比べれば大分マシだとは思うが……

 

「さぁ、始めましょう、蹴策……!!」

 

「俺は嫌だって言ってるだろうがーー!!」

 

「問答……無用!!」

 

「ぬおおぉぉぉぉーーーーっ!?」

 

既に当事者である二人以外の道場にいる人間のほとんどが壁際に退避している。

巻き込まれるのを避けるためだ。

誰だってあの状態の橘高姉妹と関わりたいなどと思わないのは当然である。

巻き込まれた瞬間に自身の死亡が確定する鍛錬など誰が参加したいと思うのか。

さぁ、今日はどれぐらいで終わるのかな……?

一応本来設けられている本日の鍛錬の残り時間は後30分ぐらいだが、

 

「5分ぐらいかな~」

 

『えー、精々3分ぐらいじゃない?』

 

「いや、あれで冬琉は結構じわじわ攻めてくるところがあるから……4分」

 

「むぅー、確かにそれぐらいが妥当?」

 

それぞれが好き勝手にどれぐらい蹴策が持つか予想し始める。

因みに、僕が知っている中で今迄の最長は、八條さんの30分。

余程嫌だったのだろう、物の影の中に身を潜め(比喩ではなく)ひたすら防御と、逃げに徹した結果がそれだ。

原因は美呂ちゃんの(女性としての)攻撃のことを冬琉さんに相談したから。

因みに、僕は最長で10分。

秋希さんがやたらネチネチとしつこく細かい部分を攻めてきたからこその時間。

原因は、塔貴也さんと喧嘩した直後にそれを知らずに、塔貴也さんの話題を振ってしまったため。

 

とまぁ、そんな風に僕らが好きに時間を潰している目前で、

 

「ぎゃあぁーーーっ!!」

 

蹴策の悲鳴が高らかに響き渡るのだった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 

「あー、冬琉の奴、滅茶苦茶しやがって……」

 

「あれはお兄様が悪いと思いますけど……」

 

未だにぶつくさと文句を呟く蹴策と、そんな駄兄を軽く窘めている氷羽子の二人を視界に収めながら夜道を歩く。

こいつら――鳳島兄妹との付き合いは割と昔からなのだが、出会った当初からずっとこんな調子だ。

蹴策がまるで成長した様子が見受けられないのもいつものこと。

 

「……というか、お前の相手をしていた夏目も言ってたが、なんであんなに大量の魔力を使ってんだ、お前は……?」

 

1年半程前から道場に通い出した少年の顔を思い出しつつ、蹴策に問うてみるが、

 

「いやぁー、つい……」

 

「つい、じゃねぇ。

 だからお前は馬鹿なんだ」

 

「うるせー!!」

 

殆ど反省している様子が見受けられないのは割と問題だと思う。

こいつだって雄型悪魔の一人なのだし、魔力の問題は言わずとも分かっているはずなのだが……普段の様子を見ているとどうもその辺りが不安になる。

 

「……そう言えば、兄様」

 

「なんだ、美呂?」

 

蹴策(バカ)と会話をしていると、唐突に、何かを思い出したかの様子の美呂が問いかけてきた。

 

「……夏目さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)って、何なんでしょうか……?」

 

「またその話か……」

 

聞いてきたのは、これまた今迄何度も繰り返してきた内容。

夏目智春という少年が橘高道場に通い出してから凡そ1年と半年。

その間――通い出した当初が一番多かった――この議論は一度も答えを出さずに終わっている。

 

「いえ、今回は今迄とは少し状況が違いますの」

 

「……どういうことだ?」

 

疑問を口に出したのは美呂だが、言葉を続けたのは、駄兄の面倒を見ていたはずの氷羽子だ。

因みに今、夏目たちは一緒にいない。

今は、雪原の奴に呼び止められ、橘高道場にまだ残って話をしているはずだ。

……まぁ、だからこそこんな陰口の様な会話が出来るのだが……

 

「先日、華島の本家がイクストラクタを取り寄せようとして嵩月家に阻まれた、という話は和斉さんもご存じですわよね?」

 

「ああ」

 

話だけなら両親や、第三生徒会の奴らから聞いている。

一時は、嵩月組が魔神相剋者(アスラ・クライン)を得るために使うのか、と神聖防衛隊や他の悪魔の家々が警戒していた。

だが、そんな関係各所の予想など完全に無視し、嵩月組はイクストラクタを売却する、と学生連盟に提案。

学生連盟側も裏を探りはしたようだが、特別問題は発見しなかったためこれを受諾。

結局華島本家だけが損をした形に治まった。

これにより、華島の家がまた内紛じみた状態になっているらしいが、俺たちには(今のところ)関係ないはずだ。

 

「聞いた話によれば、その時、主に動いたのが中学生ぐらいの演操者(ハンドラー)だったらしいのです。

 後から駆け付けた嵩月組の構成員と幾度か会話を交わした後、華島の面々の大半を無力化。

 同時に、イクストラクタと人質になっていた少女も救出したとのこと」

 

「そいつが夏目だという根拠は何だ?」

 

「あちらの若頭が、大声で『夏目さん』と呼んでいるのですもの」

 

成程。

存外、あちらの若頭も抜けているものだな。

 

「それは、どこから仕入れた……?」

 

「勿論、“とある筋”の人物からですわ」

 

「……そうかい……」

 

それなら、ほぼ正確な情報なのだろう。

出所が氷羽子の言う“とある筋”ならば、まず間違いがない。

 

「続けてくれ」

 

一応言っておくが、現在俺たちは認識阻害の御符を使用しているから、周囲の人間や悪魔には普段通りの会話をしているように聞こえるはずだ。

……この辺りは、氷羽子が普段から持ち歩いている。

なんでも、これぐらいは鳳島の次期後継者としては当然なのだとか。

嵩月のお嬢さんと比べると次期後継者としての意識に違いがありすぎて何が普通なのか分からなくなってくる。

 

俺の言葉に頷き、再び氷羽子が口を開く。

 

演操者(ハンドラー)の少年は、二振りの黒刀と、機巧魔神(アスラ・マキーナ)と思われる力を行使し、事態を収束させた、との事ですわ」

 

今更かもしれんが、お前小学生ぐらいまでは“ですわ”ってキャラじゃなかっただろうが。

まぁ、本人が良いのなら別に問題ないが……正直言って美呂が変な影響を受けそうなので止めてほしい。

 

「で?」

 

「はい?」

 

「そこで不思議そうな顔してんじゃねぇよ。

 この会話の主題を分かってねぇのか?」

 

「勿論、分かってます」

 

「なら、サッサと続けてくれ」

 

「途中でそっちが割り込んできただけの気がするが……」

 

「うるさいぞ、蹴策」

 

なんとなくムカついたので蹴っておく。

 

「理不尽なっ!?」

 

蹴り飛ばされ、騒いでいるバカをスルーして、氷羽子に先を促す。

妹としても兄のこんな行動は慣れっこなのだろう。

俺と同じように無視して話を続ける。

 

「その演操者(ハンドラー)が使った機巧魔神(アスラ・マキーナ)の力は……不明、との事でした」

 

「はぁっ!?」

 

ここまで来ておいてそりゃねぇだろ!?

 

「なんでも、演操者(ハンドラー)の影から巨大な剣が飛び出て来たのは確認できたそうですが、それがどのような能力を持っているのかまでは分からなかったとの事です。

 ……ただ、その巨剣が通った後、武器等が破壊され、知らぬ間に人間やイクストラクタが少年の手元に移動していたそうです」

 

能力が分からない、と言っている割には色々と判断できる材料は揃っているな。

 

「……名前ぐらいは分からなかったのか?」

 

「……残念ながら」

 

「そうか」

 

鳳島の情報を信頼はしているが、あまり鵜呑みにしない方が良い。

少々間があったということは、何らかの情報はあるはず。

しかし、俺たちに話せる程固まっていない、あるいは洩らせない話なのだろう。

それにしても、今迄全くと言っていい程情報の無かった夏目の機巧魔神(アスラ・マキーナ)だ。

以前よりもかなり前に進んだのは事実。

 

「何か分かったのですか、兄様?」

 

黙り込んでしまった俺が何かを思いついたとでも思ったのか、美呂が声を掛けてくる。

 

「いや、単に情報を纏めてただけだ」

 

「そうですか……」

 

流石にさっきの今でいきなり何かが分かるというほど、俺の頭は回るわけではない。

その辺りはクラウゼンブルヒの嬢ちゃんの仕事だ。

が、それでも幾つか分かったことはある。

 

一つ目は、夏目が機巧魔神(アスラ・マキーナ)を手に入れたのは昨日今日ではないということ。

勿論、それはあいつが通い出した時から副葬処女(ベリアル・ドール)の姿を見ているのだから何となく分かっているが、そういうことではない。

夏目はかなりの時間機巧魔神(アスラ・マキーナ)を使っているはずで、しかも武術とは違い、演操者(ハンドラー)としての才能は間違いなく高い。

そうでなければ、機巧魔神(アスラ・マキーナ)の本体を影に封印したまま操ることなど出来ないからだ。

実際に、どれだけ使用時間が長くても、封印したまま使うことは出来ない奴だっている。

佐伯のお坊ちゃん辺りがそれか。

確か、3年前ぐらいに演操者(ハンドラー)になっているはずだが、未だにさっき言った技術は使えていないそうだしな。

 

二つ目は機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力が最強に近い能力であるということ。

剣を振るっただけで対象を破壊したり、自身の手元に移動できるなど、俺の知っている機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力ではどれも不可能に近い。

勿論、ただ単に武器を破壊したり、人質や物体を転移させるなどの行為自体は可能だ。

だが、それらをほぼ同時に行うなど有り得ない。

いや、実際に行われているのだから有り得ないということはないが、どんな能力でそれを行っているのか考えられない。

 

……幸いにも、今のところ夏目と敵対する予定はないし、嵩月組に手を出すつもりもない。

敵対していた場合を考えると恐ろしいが、中立、もしくは味方であってくれるのであれば、こちらとしては非常に助かる。

若干鳳島家が不安要素だが、現在の氷羽子と嵩月のお嬢さんの関係を考えれば、そこまで深刻に考える必要はないだろう。

勿論、万が一ということもあるが……まぁいい。

その時はその時だ。

 

それ以上に問題なのが他の二つの家の反応。

風斎は基本中立でいるからあまり気にしなくても良いだろうが、問題は華島。

今回の件で嵩月家との仲は、ほぼ決裂したと言っていいだろう。

 

となると、どう行動してくるか。

 

今のところは家の内部を取りまとめるので必死だろうが、それが落ち着いた場合、あそこは何かを必ず仕掛けてくる。

しかも、今回の件で分かっただろうから直接対決は避けるはず。

ならば、向こうが取るのは裏の手法。

政治的、社会的排除か、もしくは自分達ではない外部勢力を使った排除計画。

不幸にも我が八條家は中立の立場で、実質的な実力なら四名家に劣らない(と周囲には見られている)。

しかも排除対象が演操者(ハンドラー)である夏目であった場合、八條に依頼が来る可能性は高い。

 

【影使い】の『八條』

その力を最大まで行使すれば機巧魔神(アスラ・マキーナ)を影に完全に封じ込めることも可能。

それ故に八條の悪魔に付いた二つ名が『演操者(ハンドラー)殺し』

さらに使い魔(ドウター)がいれば影の中にまで攻撃が出来る。

 

その所為で法王庁の連中がウザいったらないが、まぁ今は関係ない。

 

鳳島、嵩月両家を敵に回すぐらいなら俺はそんな依頼は受けないんだが、残念ながら我家の現当主様は血気盛んなお方だからな……もし話が来たら夏目と嵩月に伝えるぐらいはすることにしよう。

当主の意向に逆らうことになるが、現在の橘嵩道場での関係を俺は気に入っているのだ。

態々自分から失おうとするなど馬鹿げている。

 

と、そこまで考えを纏めた所で、

 

「……またてめぇか」

 

槍を一人の人物に向けて構える。

俺たち4人の正面。

街灯の下にポツン、と一人佇んでいる男。

行く手に立ち塞がったのはいつぞやの演操者(ハンドラー)

たしか、尖晶(スピネル)とかいうよく分からない機体を使ってきたが……

 

「今度は逃がさねぇぞ!!」

 

相手が分かったからだろう、蹴策が血気盛んに言葉を奔らせる。

一度勝っているということは確かに大きいが……油断しないに超したことはない。

前回相手は機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力をまるで使っていなかったのだから。

 

「残念ながら、今回は俺も目的を果たさないといけないんでな、逃げるわけにはいかんのよ。

 そろそろ、持たない奴らが多そうなんでな」

 

男の口から洩れたのは以前の醜態を晒した時とは違い、考えられないほど落ち着いていた。

そう、緊張も何もない。

ただ、目的を果たすことしか目にない男。

……チッ、なめられたもんだ。

 

「……目的?」

 

氷羽子が首を捻ると、男が反応する。

 

「ああ、流石にあんたらに内容までは言えないがな……というわけで、来い、俺の使い魔(ドウター)たち!!」

 

「んな!?」

 

使い魔(ドウター)“たち”!?

有り得ない!!

こいつが魔神相剋者(アスラ・クライン)であったとしても不思議ではないが、呼んだ使い魔(ドウター)が複数とはどういうことだ!?

 

「は、はったりです!!」

 

美呂が不安を掻き消すかのように、大声で男の言葉を否定する。

しかし、そんな美呂の言葉を嘲笑うかのように男の周囲に次々と様々な現象が巻き起こる。

 

雷鳴が轟き、吹雪が吹き荒れ、風が舞い、炎が湧き上がる。

水が流れ落ち、地面が罅割れ、周囲に光が満ちたと思ったら、闇が全てを呑みこむ。

急に地面から剣や槍などの武器が乱立し、植物の蔦に覆われ、武器諸共植物が腐敗し、そこから虫が溢れ出す。

 

それらの現象全てが止むと、そこには闇に蠢く大量の異形の姿と、闇夜でも爛々と輝く無数の目があった。

 

俺たちを、見つめる目、目、目、目、目、目、目、目……

 

それら全てが緑色。

しかも、信じられないことに、本当に、有り得ないはずなのに、その眼の所有者たち全てが、目の前の男――尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)を護る体勢を取っている。

 

「さぁて……」

 

驚愕し、固まっている俺たち4人に向かって、

 

「始めようか!!」

 

男は言い放った。

そんな男の言葉を聴きながら、

 

マズイ

 

未だに信じられないが、目の前で蠢いている大小様々な異形の姿を目に捉えながらそう思う。

こちらのメンバーは雄型悪魔二人と、未契約の雌型悪魔が二人。

しかも、美呂の奴は、今まで殆ど戦闘行為に及んだことがない。

以前の襲撃の時はこちらが完全に有利だったから何とかなったが、今回は無理だ。

相手の男が声を掛けても、使い魔(ドウター)たちは動く様子が無い。

それが不気味で、尚一層警戒を引き上げる。

 

いや、待て、戦おうと考えるな。

逃げ切ることを第一に考えろ。

 

はぐれ眷属(ロスト・チャイルド)ならまだ俺たちだけでも何とかなるかもしれないが、今目の前にいる奴らは全て真っ当な使い魔(ドウター)でしかも成体。

俺たちだけで勝てるわけがない。

 

「和斉……いけるか……?」

 

冷や汗を垂らしながら、蹴策が小声で話しかけてくる。

 

「少し厳しいが……なんとかな」

 

俺の能力は【影使い】

つまりは、影が殆ど無い夜には無意味なものになりやすい。

幸い、ここには街灯があるし、月夜だから影も幾らか伸びている。

が、それでも昼間に比べるとかなり能力が制限されてしまう。

 

「……美呂」

 

「は、はい」

 

声を震わせながら返事を返してくる妹を背中で庇いながら指示を出す。

 

「俺の合図で氷羽子と、お前自身をどこかの影の中に隠せ。

 俺は蹴策を隠す」

 

「……わ、分かりました」

 

「よし」

 

震える美呂を安心させるためにできるだけ優しい声音で言葉をかける。

影の中に隠れるということは単なる時間稼ぎだ。

大半の相手は影の中に攻撃できないが、その反面隠れている俺たちも殆ど移動が出来ない。

影と影が重なった瞬間に別の影に移動することは可能だが、今は夜。

早々影が動くような事態は起きない。

それでもここまでは雪原や夏目の奴の帰り道に入っている。

あいつらがどれだけ早く来てくれるか……

最強クラスの演操者(ハンドラー)が二人来てくれれば、まだどうにかなる。

それまで持たせられるかどうか……

相手の使い魔(ドウター)たちの能力が多過ぎて分からない、ってのが一番の問題か。

 

出来るだけ大きな影に隠れて距離を取るしかないな……

 

「打ち合わせは終わったか?」

 

何故か声を張り上げておきながら俺たちに対して攻撃をしてこなかった男が声を掛けてくる。

それが余裕の表れなのか、それとも単なる馬鹿なのか。

個人的には後者であって欲しいものだが、これだけの戦力差があるのだから前者の可能性が高い。

いや、その所為で気を緩めすぎた馬鹿の可能性もあるが……

 

「「「「………………」」」」

 

男が声を掛けてきても、俺たち4人は誰も返事を返さない。

ただタイミングを見逃さないよう、必死に相手の姿を探る。

 

「……じゃあ、今度こそ行くぜ」

 

男が言うと同時に、一体の使い魔(ドウター)が動いた。

動いたのは、全身を黒い鱗で覆っている巨大な蛇。

いや、あれはコブラか。

そんな蛇身に鳥の足が生え、これまた鳥の翼が付いている。

 

バジリスクとナーガを混ぜ合わせたみたいなものだろうか……?

 

それならば視線を合わせただけでマズイが、今のところそんな兆候は見られないから、姿が似ているだけなのだろう。

それでも敵がこちらに向かって来ていることに変わりはない。

急いで俺たちも迎撃しようとして、

 

キシャァァァーーーッ!!

 

向かって来た使い魔(ドウター)の叫び声に遮られた。

目の前の蛇身が叫ぶと、そいつの身体を起点にして周囲に闇が広がる。

そう、影を取り込み、光を無くす漆黒の闇が……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

時間を凡そ1時間ほど巻き戻して、蹴策が冬琉さんに襤褸雑巾のようにされた直後。

氷羽子さんが介抱に駆け寄り、美呂ちゃんも付き添い、八條さんは、

 

「何だ、生きてたのか……」

 

「勝手に殺すな!!」

 

いつも通り冷やかしに。

それでも、何だかんだで心配している辺り仲が良いよなー、と思ってしまう。

別に、自分が部外者だとは思わないけれど、中々あの輪の中には入り込めない気がする。

そんな微笑ましい光景を見ていると、

 

「少し良いかい、夏目くん?」

 

雪原さんが話しかけてきた。

 

「何ですか……?」

 

彼女の後ろにはぶっ倒れた露崎が奏と操緒に介抱されている光景が見えるが、この道場では誰かが倒れている光景など日常茶飯事なのでそう大きな問題ではない。

むしろ、雪原さんが話しかけてきた方が個人的には大きな問題だ。

 

「道場が終わった後、“君たち”に少し話があるから残っていてくれないかい?」

 

話しかけてきた雪原さんは、表情は普段通りのやや気取った調子の笑顔。

だが、目が明らかに笑っていない。

ひょっとしたら、以前尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)に向けていた時よりも鋭いかもしれない視線。

 

「……それは、GDとして、ですか?」

 

僕も声を控えめにして、真剣な調子で問い返す。

 

「そう取ってもらっても構わないよ」

 

「……………」

 

露崎のことだけならこれ程真剣な顔はしないだろう。

となると……

 

≪この前の事件の件か……≫

 

嵩月組との関係が漏れているのは覚悟しているから今更だし、何より、雪原さんには奏との関係も既にバラしているからあまり気に留める必要はないだろう。

ひょっとしたら巻き込まれた苑宮姉妹のことかもしれないが、その辺りのことで態々こちらに許可を取ってくるとは思えない。

大体、あの二人が狙われたのだって偶然だったのだから。

捉えた面々を尋問して二人を狙った理由を聞いたところ、単に副葬処女(ベリアル・ドール)となる女性が欲しかったからとのこと。

一人だけ攫っても機巧魔神(アスラ・マキーナ)が動かない可能性が高いので人質として友人や姉妹も一緒に攫おうとしていたらしい。

だから、あの二人自体には問題はないはずだ。

残る問題は、

 

≪黑鐵、か……仕方ない≫

 

僕の機巧魔神(アスラ・マキーナ)のことについての筈。

 

「分かりました」

 

なら、変に否定しない方が良い。

ある程度の捏造した話はアニアたちと創ってあるからそれを言えば良いだろう。

 

「うん、なら嵩月奏と一緒に残っておいてくれ……魔神相剋者(アスラ・クライン)、夏目智春」

 

「ッ!?」

 

最後にどうでも良さそうな調子で一言残し、雪原さんは露崎の許へと戻っていった。

これから先刻行われていた露崎の鍛錬についての講義が始まるのだろう。

だが、僕はそんなこと以上に最後に言われた言葉に囚われていた。

 

「……魔神相剋者(アスラ・クライン)

 

まさか、バレたのか……!?

「やぁ、ちゃんと約束通り、残っててくれたね」

 

橘高道場の隅。

というよりも出入り口の端の方。

道場での鍛錬が終わったのにいつまでも道場内に残っている訳にもいかず、妥協案として出入り口の所に僕たちは残っていた。

 

「……まぁ、こっちとしても聞きたいことが出来ましたし」

 

「……うー……」

 

「そうかい。

 じゃあ、行こうか」

 

威嚇している奏を無視して雪原さんは歩き出す。

この場で話すつもりはないということだろう。

つまりは、自身と同じGDという立場にある冬琉さんたちにも聞かせられない内容。

……あまり良い話ではなさそうだ。

それでも、仕方ないから僕と奏、それに操緒は雪原さんに付いて歩き出す。

因みに、雪原さんの手伝いである露崎だけれど、彼女は自転車で来ているのでとっくに帰っている。

ヘロヘロになりながら自転車を漕いでいる姿はかなり危なっかしかったけれど、然程遠くないらしいから大丈夫だと思いたい。

雪原さんに従い、そのまま黙って歩き続けること5分。

唐突に雪原さんが口を開き、

 

「……さて、と」

 

自身の服に付いているポケットを探り始めた。

 

「ああ、有った有った」

 

そうして彼女が取り出したのは、一枚の御符。

いつぞや誰かが使っていた認識阻害用の物だ。

 

「……褞……」

 

雪原さんが一言呟くと、一瞬輝き御符が発動したのが分かる。

光が治まり、御符が効果を発揮したのを確認した僕は早々に切り出すことにした。

 

「……それで、僕たちに何の用ですか?」

 

ひとまず何も知らない体で話しかけてみる。

 

「ふふふ、分かってるだろうに……先日の一件と、君の機巧魔神(アスラ・マキーナ)のことさ」

 

やっぱり、それか……予想していた事とはいえ、気を抜いていい内容ではない。

 

『先日の一件……?』

 

「ああ、嵩月組と華島家の間で起きた抗争……というよりちょっとした諍いの事さ」

 

まぁ、学生連盟にこの情報が漏れてるのは別に予想していたので、

 

「はぁ、それがどうかしましたか?

 確かに僕も少しは手伝いましたけど……」

 

認めてしまう。

雪原さんにも多量の情報は回っているのだろうから、僕が否定すると逆に怪しまれる。

それに奏との関係のこともバラしているのだから、嵩月組との関係もある程度予想はついているのだろうし。

 

「そう、問題はその時夏目くんが使った“力”のことだよ。

 僕の推理が正しければ、“白銀”の筈だ」

 

……成程、能力は伝わっているようだが、名前までは情報が回っていないのか。

学生連盟に白銀のイクストラクタは保管されているし、一巡目からある程度の情報が回ってきているのが当然と考えると、使われていない機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力も少しは知られていると考えられる。

それなら、確かに、巨大な剣で空間を切断しているのだから、白銀の方が正しい判断ではあるが……

が、認めてしまうと、それはそれで今後の関係が少しややこしくなる。

かといってあからさまな否定も今後のことを考えるととりにくい。

 

「……………」

 

なので、少し言葉を閉ざす。

雪原さんに好きに考えてもらえれば今の段階では十分だ。

 

「だんまりか……まぁ、いい。

 僕としては、君がどこでその機械仕掛けの魔神を手に入れたのか聞いてみたい所ではあるが、今は聞かないでおこう」

 

黙って足を進める僕らとは違い、雪原さんは流暢に芝居が掛かった動作で話し続ける。

 

「で、本題だが……一度だけ、君の力を貸して欲しい」

 

……少々予想外な提案が飛び出てきた。

 

『一度……?

 一回で良いの?』

 

雪原さんの言葉を聞いた操緒も不思議そうだ。

黑鐵、というよりも白銀の力を知ったのだからもっと大胆な、それこそ『学生連盟に所属してGDになれ』とでも言ってくるのではないかと思ったのだが……まぁ、言われても断るつもりでいたが……その分、今回の案は少々予想外である。

 

「ああ、君らにも“色々と”事情があるだろうからね。

 一度だけ、学生連盟の仕事を手伝って欲しい」

 

「こちらの受け取れるメリットが全く見えませんが?」

 

能力を知った上で誘ってくるのはまだ分かる。

では、その際のこちらにとってのメリットとは何なのか。

今のところ、デメリットしか見えないのだから、態々雪原さんの提案に乗ろうとは思わない。

 

「そうだね……」

 

やや悩む様な体勢を取る雪原さん。

 

「……君たちの関係が神聖防衛隊、もしくは法王庁に流れないようにする、ということでどうだろう?」

 

「む」

 

確かに、今回の一件でほぼ間違いなく悪魔の家々や、学生連盟などには情報が伝わってしまったはずだ。

だが、それでも今のところそちら側に流れたという話は聞いていない。

流石にどの組織もまだ流すが流さないかで迷っている段階なのだろう。

何かあったら、八伎さん辺りから話がくることになっているし。

それを未然に雪原さんが防いでくれるというのであれば、心強いことではあるが……取り合えず持って帰って、一旦奏や社長たちと相談した上で返事をした方が良い。

そう頭の中で結論付けて、返事を返そうとした時、

 

「そうですね……明日ま…

 

ドォーンッ!!

 

 ッ!?」

 

突然周囲に地響きのような音が響き渡った。

 

『な、なに!?』

 

「……方向は、私たちの進んでる方向、です」

 

驚いている操緒と、冷静に音の聞こえてきた方向を把握する奏。

それにしても、“僕たちの進んでいる”方向?

こんな時間にこの道を通っている人って誰がいるのか、と不思議に思った時だった。

 

「……まさか!?」

 

雪原さんが何かに気付いたかのように急いで走り出す。

 

「ちょ、待って下さい!!」

 

僕と奏も雪原さんの後を追って急いで走り出す。

そして、走り始めて気付いたのは、“僕たち”がこの道を普段から通っているということ。

いま僕の周囲にいるのは、僕を含めた4人で、残りの4人の面々の姿が今日はないということ。

 

「く!?」

 

更に言えば、その4人が全員悪魔。

 

「無事でいて!!」

 

先行している雪原さんを追う形で僕と奏、3人が全力で道を駆け抜けていくと、突然目の前に凍った道路や樹木が現れた。

 

「これは……!?」

 

足の速度を緩め、周囲を観察しつつ向かっていると、道端に一羽?の氷の鳥が転がっていた。

それは4枚の羽根を持った氷の妖鳥。

蹴策の魔精霊(サノバ・ジン)だ。

 

「急いで、智春くん!!」

 

「ああ!!」

 

ここにこいつが転がっているということは、まず間違いなく彼らの身に何かあったのだ。

そして、それは少なくとも、良いことではない。

 

「操緒、先に行って様子を見てきてくれ!!」

 

『了解!!』

 

飛んで僕たちよりも速く移動できる操緒を先行させ、更に走ること1分。

 

「八條!!」

 

「蹴策!!」

 

「氷羽子ちゃん!!」

 

傷付き地面に倒れながらも、必死に目の前にいる敵に影を伸ばそうとしている八條さん。

左腕を抑えながら必死の形相で敵を睨みながら氷羽子さんを護っている蹴策。

気を失い、地面に倒れている氷羽子さん。

 

そして……

 

『美呂ちゃん!!』

 

敵の使い魔(ドウター)らしき異形の背に載せられている気絶した美呂ちゃん。

 

「く、吹き荒べ、玻璃珠(カルセドニー)!!」

 

そんな惨状を目の当たりにした雪原さんの行動は早かった。

すぐさま機巧魔神(アスラ・マキーナ)を呼び出し、攻撃を仕掛けようとする。

が、

 

「ちっ、退き時か。

 出来ればもう一体も連れて行きたかったが……行くぞお前ら!!」

 

男は使い魔(ドウター)たちに指示を出し、空を飛び、高速で逃げ去っていく。

美呂ちゃんを連れて。

 

「逃がすか!!

 操緒!!」

 

『OK!!』

 

「――来い、機巧魔神(アスラ・マキーナ)!!」

 

咄嗟に先程までの会話を思い出し、黑鐵の名前を伏せ、黑鐵の一部を呼び出す。

僕の影から巨剣が飛び出し、虹色の軌跡を描きながら、逃げる男たちの背に追い縋る。

が、

 

「クソッ!!」

 

振るわれた剣は使い魔(ドウター)たちの尻尾や爪先など、一部を切り裂きはしたものの、肝心の美呂ちゃんには届かない。

 

玻璃珠(カルセドニー)!!」

 

僕の攻撃が外れたのが分かると、雪原さんが急いで純白の騎士に指示を出し、玻璃珠(カルセドニー)から勢い良く大気の弾丸が打ち出される。

しかし、それも距離があるため悠々と避けられてしまう。

 

「クッ!!」

 

急いで追いかけようとするも、相手は使い魔(ドウター)の能力を使いでもしたのか、完全に闇夜に紛れ姿を消していた。

 

「そん、な……」

 

呆然と、男たちが消えた方向に目を向ける。

相手に完全に逃げ遂せられたことが分かると、雪原さんはすぐに玻璃珠(カルセドニー)を影の中へとしまい、携帯電話を取り出すとどこかへと連絡を始めた。

恐らく学生連盟辺りだろうが、今はそんなことはどうでも良い。

 

「くそーっ!!!」

 

助けられなかった!!

僕らの目の前で男に美呂ちゃんが連れ去られてしまった。

僕には、僕には何も出来ないのか!?

ただただ悔しくて、奏に声を掛けられ、八條さんたちの応急処置を始めるまで、僕は独りで男の逃げた方向へ向かって叫び続けた。

 


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