一応大丈夫だとは思いますが、苦手な方は避けていただいた方が良いと思います。避けても話の本筋には特に問題はありませんので。
「急げ!!
この傷ではそう長くは持たんぞ!!」
八條さんを載せたストレッチャーが手術室へと勢い良く向かって行く。
台の上に寝かせられた八條さんに意識はなく、ピクリとも動かない。
左腕と右足は本来では考えられない方向を向いており、体中のいたる所から血が流れ出し白いガーゼや包帯を瞬く間に朱に染め上げていく。
また、所々に火傷や凍傷、といった傷まで見える。
内臓がどうなっているのかは全く分からないけれど、医者たちが交わしている言葉を聞いているだけでも、楽観視して良いものではないことがよく分かった。
バタンッ!!
手術室の扉が閉まり、扉の上に据え付けられている『手術中』のランプが点灯する。
手術室前に並べられた椅子には怪我の処置を終えた氷羽子さんが座り、
「……………」
沈痛な面持ちを顔に貼り付け手術室に視線を向けている。
「……行きましょう、智春くん」
「……うん」
奏に促され、手術室へ背を向け歩き出す。
もう間もなく、連絡を受けた八條さんの家族が病院に到着する筈だ。
雪原さんが氷羽子さんに求めた役目は、その人たちへの状況説明。
本来であれば雪原さん本人がするべきことなのだが、彼女は学生連盟などの関連各所などと一緒に事後処理を行っている真最中で、今も現場で指揮を取っている。
それならば僕たちが説明するべきなのかもしれないが、僕と奏は今巷で話題の嵩月組の跡継ぎと、
『かなりの武闘派である悪魔の家の八條家には今は会わない方が良い』と氷羽子さんから提言されたため、却下。
心苦しいことではあったが、無理を承知で幸いにも軽傷で、八條家とそれなりに親交のある氷羽子さんに家族への対応を任せたのだ。
その代わり、僕と奏、それに操緒の今の仕事は他にある。
蹴策への事情聴取だ。
蹴策は今も治療を受けている最中だが、八條さんほどの重症ではなかったため、割とすぐに話を聞けるらしい。
冬琉さんにも連絡がいっていて、今向かっているらしいから、冬琉さんと秋希さんが到着し次第、蹴策から話を聞くことになっている。
「……くそっ!!」
ガンッ!!
右拳を握り締め、病院の壁に思いっきり打ちつける。
「……智春くん」
奏が心配そうにこちらを見てくるが、今はその視線に答えられない。
『……………』
操緒も奏の横で黙って首を横に振っている。
だが、そんな二人の様子など気にしている場合じゃない。
また護れなかった!!
黑鐵・改を使って華島本家の面々を制圧したことで良い気になっていたのか?
自覚はないけど、ひょっとしたらそうかもしれない。
だとしたら、僕はとんだ大馬鹿者だ。
こんなことじゃ、秋希さんを、蹴策を、美里亜さんを、なにより美呂ちゃんを助けることなんてできるわけがない!!
「……くっ!!」
ガンッ!!
再び壁にぶつかる僕の右拳。
「『……………』」
今度は奏も、操緒も、何も言って来なかった……
・
・
・
『大丈夫か、夏目……?』
「ええ、僕は平気です」
秋希さんたちを待っている間で、ある程度頭は冷えた。
そうだ、ここで僕が焦ったって事態が何か変わる訳じゃない。
焦るならせめて、相手の正体と目的が分かってからで良い。
今は、やるべきことをしっかりとこなそう。
この時ばかりは、橘高道場で習った心構えに感謝したのだった。
『それなら良いが……』
未だに秋希さんはどこか釈然としないものを感じているようだったが、
「……夏目くん、まずは蹴策の所で良かったかしら?」
「え、あ、はい」
「そう、じゃあ早く行きましょう。
案内してもらえる……?」
「わ、分かりました」
冬琉さんがいつも以上に冷めた声で話しかけてくるので、気にしている暇がなくなった。
いつぞやの奏並、いやひょっとしたらそれ以上。
普段の道場の暴走など全く比較にならないほどの怒りに満ちた冬琉さんがそこにはいた。
冷静に見えるのは、感情を無理矢理押し殺しているから。
学生連盟の一員として、GD立派にとして動いているように見えるのは、それが最も相手に辿り着きやすい最短ルートだと知っているから。
一言も八條さんの名前を出さないのは、その名を口にしたら自分が動けなくなることが分かっているから。
冬琉さんの本気の怒りと、いつもとはまるで違う本気の戦闘モードが相まって逆に冬琉さんの様子を普段通りのものとしていた。
それでも、彼女と交流があり、分かる人には分かる。
今の冬琉さんを相手にしてはならない、と。
その証拠に、彼女が背に掛けている大太刀――冬櫻がいつでも抜き放つことが出来るようになっている。
きっと、冬琉さんは相手の居場所が分かったらすぐにでも単身飛び込んで行くのだろう。
自身の目の前に立ちふさがる物、全てを薙ぎ払いながら。
それが僕の想像、もしくは予想で終わってくれればいいのだけれど、残念ながらその可能性は低そうだ。
つまり、今の冬琉さんに逆らってはいけない。
逆らえばほぼ間違いなく八つ裂き、もしくは肉片にされるだろう。
・
・
・
冬琉さんのことはひとまず意識の隅に追いやって、治療を終えた蹴策がいるはずの部屋に向かい、ドアをノックする。
すると、
「……どうぞ」
一瞬聞き間違いかと思ったぐらい暗い返事が返ってきた。
普段の鳳島蹴策という人物からは全く考えられない調子の声。
しかし、確かにその声は蹴策のもので間違いなかった。
「失礼します」
そんな声に影響されてか、自然と僕の声も畏まったものになってしまう。
頭では普段の調子で良いと分かっているのに……扉を開き、蹴策に与えられた“個室”へと足を踏み入れる。
蹴策程の年齢で、そこまで重症でもない人間が個室にいるというのもかなり不自然ではあるがこれは病院側の配慮だ。
この烈明館医大付属病院は巡礼者商連合の系列のため、悪魔や
そのため、こういったことが出来るのだろう。
「……なんだ、夏目たちか」
部屋に入ってきたのが僕らだと分かると、見るからに蹴策は落胆した。
「氷羽子さんじゃなくて悪かったな……」
「別に……そうだ、和斉の奴はどうなった!?」
まるでたった今思い出したかのように、その名前を蹴策が口にすると、
ピク
今迄機械の様にここまで進んできた冬琉さんが肩を少し震わせる。
そんな彼女の様子を横目に収めながらも、
「今は手術中」
スルーして、端的に答えを返しながら近くに閉まってあった椅子を人数分引っ張り出して座り込む。
「……そうか……」
蹴策もその答えを聞いた後は俯き、それ以上言葉を続けてくることはなかった。
手術室に入る前の八條さんの容体も、攫われた美呂ちゃんのことについても、そして何より、氷羽子さんについて何も聞いてこない。
それだけ今回の件が重く圧し掛かっているのかと思ったが、
「……なぁ、冬琉」
どうやら違うようだ。
今まではただ単に自身の中で考えを纏めていただけの様で、俯いていた顔を上げ、僕の出した椅子に腰かけた冬琉さんに問いかけていた。
「……何かしら?」
問いかけられた冬琉さんの方はというと、先程の一瞬の動揺は既に消え去り、病院の入り口で会った時の様な冷徹な
そんな彼女の表情を(気付いていないのかもしれないが)気にせず蹴策は質問を続ける、
「お前、俺と和斉どっちが夜の戦場では強いと思う……?」
予想外な質問に若干戸惑いながらも、
「?そりゃ、和斉のほうが強いと思うわよ」
厳然たる事実を述べる冬琉さん。
また少し肩が震えたけれど、先ほどに比べれば幾らかマシになってきている。
「まぁ、そうだよな。
秋希、それに夏目と嵩月、お前たちはどうだ……?」
冬琉さんの答えに頷きながら、今度は僕らに同じ質問をしてくる蹴策。
『まぁ、和斉の方が強いだろうな』
「僕も同意見」
コクコク
全員が八條さんの方が強いと答える。
確かに、夜は影が使いにくいから能力という点から見れば蹴策の方が強いとは思うが、いざ戦闘となれば勝つのは八條さんだろう。
戦闘のメインが自身の能力である蹴策とは違い、能力を補助に使っている八條さんはそこまで地形に左右されずに戦える。
まぁ、完全に能力を封じこまれたらキツイとは思うが……
「だよな……じゃあ、なんで俺の方が軽傷で済んでるんだ?」
「それは……」
確かに、今回の戦闘では蹴策の方が軽傷だ。
二人の実力差を考えれば、早々起きる事態ではない。
勿論、八條さんが蹴策を庇ったりしていなければだが、蹴策の様子を見る限りそれはなさそうだ。
その事を蹴策に指摘され、僕と奏、それに操緒が揃って頭を悩ませていると、
「その理由はね、今回の敵の目的が“鳳島”ではなく“八條”にあったからよ」
「え……?」
唐突に冬琉さんが口を開いた。
呆気にとられる僕ら。
しかも、どうやら今回の事件の犯人も、動機も、その口ぶりからすると知っているようだ。
「……どういうことだ?」
訝しげに、探るような視線を蹴策は冬琉さんに向ける。
そりゃそうだ。
現場にいなかったはずの人間がどうして犯人の事を知っているというのか。
「……構わないわよね、秋希ちゃん?」
『ああ、ここにいる面々なら大丈夫だろう』
何か話したらマズイ内容なのか、冬琉さんは自身の斜め上に浮いている姉に確認を取り大丈夫だと判断すると、話し始めた。
「ここに来るまでに瑶からの連絡で聞いたのだけど、今回の犯人は
まず一つ、確認事項を冬琉さんが口にすると、
「ああ、そうだ。
と言っても、今回あいつは一回も魔神を呼ばなかったけどな」
蹴策が若干補足しながらそれを肯定する。
「そうじゃあ、
まず、知っておいて欲しいのだけれど、今回の犯人には罪状がいくつかあるの」
「罪状?」
「ええ、窃盗罪だとか、殺人罪といった一般的な刑罰を思い浮かべてもらえればまず間違いないわ。
それで、学生連盟が最初にあの“男”を追いかけ始めたのは以前あなた達が襲われてからだから、最初は“暴行未遂事件”だったの」
成程、学生連盟の中でも一応そういった区分はしてあるのか。
まぁ、悪魔とか
「そして、“男”の調査を続けていくうちにその“暴行未遂事件”と、とある“拉致監禁事件”が繋がったの。
前者の“暴行未遂事件”の動機も当初は分からなかったのだけれど、その“拉致監禁事件”の犯人が
ここまで喋って、一旦口を閉ざす冬琉さん。
出来ればこの先は話したくないようだ。
それが何故なのかは分からないけれど、少なくともまともな内容ではないことは分かった。
何故なら、冬琉さんと秋希さんが揃って嫌悪の念を隠さず、顔に出しているのだから。
それでも話すと決めたのか、冬琉さんは首を横に振り、口を開く。
「以前の事件の際、“男”が“補充”という言葉を使っていたと言っていたわね?」
操緒の方に確認の視線を向ける橘高姉妹。
『え、と……多分』
自信無さそうに返事を返す操緒だが、流石に半年程前のことだし仕方がないと思う。
「まぁ、いいわ」
操緒の返事に若干気落ちしながらも冬琉さんは言葉を続ける。
息を吸い、
「
……連続雌型悪魔誘拐事件」
「……え?」
雌型悪魔の誘拐……?
どこかで聞いたような?
僕、それに、同様の疑問を感じたのか奏と蹴策も頭を捻っているが、無視して冬琉さんは続ける。
「その事件が最初に起きたのは確認出来ている中では、凡そ1年前の夏。
日本全国の悪魔の名家が集った会合の会場で起きたわ」
「ああ、あの時か!!」
蹴策が声を上げる中、僕と奏も納得し、首を縦に振っていた。
確かに八伎さんから
『名家やそれ以外の雌型悪魔が数人、行方不明になりました。
いずれも中学生から、高校生の年代で、未契約の悪魔たちです。
お嬢様や、美里亜さんも含まれますので、十分注意してください』
みたいなことを言われていた気がする。
その後特に何も起きなかったからすっかり忘れていたが……
「話を戻すわよ、良いかしら?」
「あ、ああ」
蹴策を黙らせ冬琉さんが話を続ける。
「その前に、蹴策」
「なんだ?」
「今回襲ってきた
「あ?
あ~……大体10体前後だったと思うが……」
「……全部男を護るようにしていたのよね?」
「ああ」
「……そう」
向こうもかなり減ってきたようね……
ボソリと冬琉さんが何か呟いたが、僕たちには全く聞こえなかった。
何故なら、普通に考えてあり得ない情報が僕らの目の前で交換されたのだから。
10体前後の
悪魔と
そうでなければ互いに消耗して雌型悪魔はすぐに非在化して消え去り、
「で、特に驚いた様子がないってことは、お前たちはその理由を知ってるんだろう?」
「ええ」
『ああ』
が、僕らの驚きなど余所に冬琉さんと秋希さんは淡々と言葉を繋げる。
それは、
「あの場にいた
改めて禁忌を侵す言葉だった。
「いや、それは分かってるから。
俺は雄型とはいえ、悪魔だぞ。
理由を教えろ、と返事を返す蹴策。
それに、『今言うわよ』と返す冬琉さん。
そして、冬琉さんは拳を握り締め――八條さんを想ってではない――純粋に橘高冬琉として、あの
「あいつ、あの“男”はね、自分の攫った雌型悪魔全てを強姦――レイプして無理矢理自身の契約悪魔にしているのよ!!」
隠していた真実を口にした。
「な!?」
「う、そ……」
「……は?」
『え?』
その事実を初めて聞かされた僕たち4人は全員が呆気に取られ、言葉を失った。
レイプ……?
攫っている相手が中学生から、高校生の年代なら処女である可能性が成人した雌型悪魔よりも高い。
それが分かっていて、全員……?
呆然としている僕らを余所に冬琉さんは言葉を続ける。
「あの男にしてみれば、
それは、無理矢理契約させられた悪魔に対する扱いも同じ。
どれだけ契約した悪魔が非在化して消えていってもそれは、自身の中身の喪失感を感じるほどではない。
単に道具が壊れてしまった、程度の認識なのよ!!」
更に全て言ってしまえと、冬琉さんは止めることなく言葉を吐き出していく。
「……恐らく、今回の目的――誘拐の対象――は美呂ちゃんで、氷羽子ちゃんはおまけだったのよ。
だから、八條家の対策を念入りにしてきたのだと思うし、それ故和斉は美呂ちゃんを護ろうとして狙われ続けた。
かといって鳳島家やGDを無視するわけにはいかないから、必要最低限の数を揃えてきたのでしょうね……」
そこまで話して、冬琉さんは口を噤み、黙り込んでしまった。
だけど、僕にはそんな冬琉さんの様子など殆ど目に入っていなかった。
頭にあるのは、その男が以前言って来た言葉。
道具が壊れたのならばまた取り換えれば良い。
だから以前『補充』という言葉を使ってきたのか!!
そして、相手のことを何とも思っていないから、次へとすぐに切り替えられるし、どれだけ契約していようと全く問題がない、か……
「……ふざけるな」
気付けば自然と口から言葉が漏れる。
それは、自分で自分が出したとは思えないほど暗く怒りに満ちたものだった。
「何だよそれ!?
あいつは何様だ!?
攫われた子たちが何したんだよ!?」
『なにも“ヤッて”いないからこそ狙われたのだろうな』
「そんな……馬鹿な事が……」
「あるのよ、実際何人か助け出したのだけれど、すぐに非在化して消えてしまったわ」
悔しそうに言う冬琉さんを挟んで、温度に壁ができていく。
「……許しません」
静かに怒りに打ち震える奏から漏れだす高温と、
「あいつ、絶対殺す!!」
激しく怒りを顕わにしている蹴策から漏れだす冷気。
普段だったらそれに怒っている操緒や秋希さんはただ黙ってそんな部屋の空中に浮かんでいた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
肉と肉がぶつかり合う音、何か水気を含んだものが掻き回される音。
そして、
「ひあぁっ、そこは、だめぇぇっ!!
やめっ、ふあぁぁああんっ!!」
周囲に響き渡る女性の喘ぎ声。
噎せ返る様な性臭が周囲には立ち込め、私が閉じ込められている部屋――いや、独房まで入り込んでくる。
私が気がついた時には既にこの部屋で、下着を残して服は全て剥ぎ取られていた。
その時からずっと周囲には喘ぎ声や悲鳴が響き渡り、時に何かが殴られているかのような音まで聞こえてくる。
その度に上がる悲鳴とも嬌声ともつかぬ声。
そして時折聞こえる懇願と否定の声。
ヤメテヤメテイレテヤメテ、イレテイレテイレテヤメテヤメテヤメテイレテヤメテヤメテ、ヤメテイレテヤメテヤメイレテヤメテヤメテヤメテイレテヤメテ……オネガイ!!
そんな音聞かせないで!!
ここでは私は身を抱き抱え、隅に縮こまり耳を塞いでいることしかできない。
魔力封じの結界でもしてあるのか、能力を使うことも出来ず、ただただ行為の音を聞かされる。
そして、自身の身体が火照り、熱を帯びていくのが分かる。
周囲に影響されたのか、それとも……理由は分からないけど、私の身体が、脳が熱に犯される。
何が何だか……ワカラナイ
自身の身体を掻き抱いていた手が緩み、指の先が体を伝い、降りていく。
そうして、指が股の部分に触れ……
お願い、兄様、助けて……!!