闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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一応学園祭に行ってみたは良いけれど、然して楽しくなかった。
研究室に逃げたけど、窓の下でライブやっていてうるさいという事実。
……これが私の大学学園祭の思い出ってどうなのさ……


27回 非道

驚愕の事実が冬琉さんから告げられた日の翌日。

僕と奏、それに操緒の3人は普段通りに学校へ行き、授業を受けていた。

いつもと変わらないごく当たり前の日常の光景。

休憩時間になれば廊下には生徒が溢れかえり、大量の声で満たされる。

そこに翳りの色は見えない。

あったとしても、それは『次の授業の宿題をしていない』程度の――僕たちから見れば――非常に些細なもの。

気に病むほどのことではない。

そんな明るい空気の中に混じり込んでいる3人の異物。

 

僕、奏、そしてアニア

 

昨日の事件が僕ら3人の心に暗い影を落としていた。

冬琉さんから驚愕の事実を知らされた後、1時間程度で八條さんの手術は終わった。

病院の医師たち総出の大手術の結果八條さんは一命を取り留め、今は蹴策の隣の部屋で眠っているはずだ。

 

「……はぁ……」

 

比較的軽傷で済んだ蹴策でも大凡全治1ヶ月。

氷羽子さんはかすり傷や些細な切傷が体中に点在していたものの、そこまで酷いものはなかったため、日常生活には特に支障がない。

肌に後が残るといったこともないようで女性としては何よりだと思う。

鳳島兄妹のことだけを見れば喜ばしいことだが、肝心の八條さんが酷い。

医者からの診断では、大凡全治6ヶ月――つまりは半年ほど。

リハビリをサボらずしっかりと取り組めば後遺症は特に残らない、と言われていたがそんな言葉だけで安心できる訳がない。

攫われたのが八條さんの実妹である美呂ちゃんである以上、怪我のことなど気にせずに彼が重症の身をおして動く可能性がある。

傷が悪化する可能性が非常に高いのだ。

 

だから、僕たちが彼が出てこなくても良いぐらいに動かなければいけない。

 

あの後、上記の診断結果を医師から聞き、蹴策からも必要事項を聞いた冬琉さんは、隣室に運び込まれた八條さんの顔を見ようともせず、すぐさま病院を出て一目散に夜の闇の中へと走り去っていった。

多分、雪原さんの許へと向かったのか、自身の情報を基に捜査を始めたのだろう。

そんな彼女を僕らは止めることは出来なかった。

それは、僕らが冬琉さんの話を聞き、尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)に対して怒りを覚えていたからかもしれないし、学生連盟に所属していないからかもしれない。

だけど、それ以上にあの時の冬琉さんには声が掛けられなかった。

 

今にも壊れてしまいそうで、それでいて誰かに構って欲しそうなぐらい……震えていた。

 

「……ああ、もう……!!」

 

昨夜の彼女の姿を思い出したせいか、改めて自身の無力さが身に沁みる!!

今僕らがこうして学校にいる間も学生連盟の方々や、八條家、(氷羽子さんたちの要請を受けた)鳳島家、(僕や奏が頼んだ)嵩月組の皆さんなどの直接は事件に関係のない人たちが市内、あるいは県?内、果ては関東圏にまで範囲を広げて敵のアジトを探している。

その証拠に――という訳でもないが――今日は露崎が欠席している。

きっと、彼女も捜索、或いは情報整理に駆り出されているのだろう。

 

……なのに昨日現場に駆け付けた当人である被害者の友人の僕らはこうして普段通りの生活を送っている。

 

これで良い訳がない!!

良い訳がないのは分かってる、分かってるさ!!

……だけど、何をしたらいいのかも分からない。

一先ず学校が終わればすぐに嵩月家へ直行し、何か情報が入っていないか聞き、無ければ橘高家やGD本部へと行こうとは思っている。

思っているが……正直言ってあまり期待はしていない。

犯人の目的が本当に未契約の雌型悪魔との契約ならば、一刻の猶予もないのは言うまでもないが、それは相手も分かっているはず。

向こうだって見つからない様にしているのだ。

それは、学生連盟が根絶やしに出来ていないことからも分かる。

昨日今日の出来事が一日そこらで片付くとは思えない。

それに、犯人“たち”がどれだけの数の使い魔(ドウター)を維持できるのかは分からないが、そう多くはないだろう。

使い魔(ドウター)を最善の状態に保ち、契約悪魔を生かしておくとなると、最低でも、昨夜現れた数。

もしくは、多くても20程度だとは思うが、相手の状態が分からない以上楽観視する訳にもいかない。

 

そんな風に悶々と頭を悩ませながらも、ただ今日の授業が早く終わってくれることを願っていた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「はぁはぁ、これで3つ!!」

 

息を切らせながら私の目の前で冬琉が冬櫻を振るう。

それと同時に大太刀に付いていた朱色の液体や、ピンク色の物体が刀身から剥がれ落ち、周囲に散らばる物の中に混じり、消えていく。

本来ならしっかりと紙を使って拭き取るべきだが……今は仕方ない。

一刻でも時が惜しいのだから。

 

昨夜、八條の手術が成功したと知るや、すぐさま冬琉は病院を出て、街の郊外にあるとある廃屋に向かった。

その廃屋に向かったこと自体は別に不思議でもなんでもない。

そこは以前から学生連盟の調査で怪しいと言われていた場所なのだ。

廃屋にしては人の出入りが多過ぎるし、何より悪魔など、裏の世界、もしくはある程度表社会でも顔の知れた著名人などの関係者の顔が何度も見受けられた。

そう、あの尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)である男が所属しているであろう組織、もしくはグループの活動拠点の一つである可能性が非常に高い。

勿論、違う可能性も高かったが、どちらにせよ違法的な活動をしているのはほぼ間違いない、と学生連盟内では結論付けられていた。

それでも中々動けなかったのは裏付がしっかりと取れていなかったから。

学生連盟がいくら戦力上は十分な組織でも、我々は決して司法組織ではない。

あくまでGDは生徒指導員であり、戦闘行為や取り締まりはその延長線上でしかない。

……まぁ、最近は若干やり過ぎている感が否めないが……

因みに、犯人が何らかの組織に属しているのは以前から言われていたことだ。

前回の襲撃の際に“回ってきた情報”という言葉を使っていたそうだし、何より使い魔(ドウター)や契約した雌型悪魔の保持を十二分に行えているということ。

更には、関係各所への情報隠蔽工作。

少なくとも単独犯ではありえない。

 

「……秋希ちゃん、次はどこ?」

 

『今のところ連絡は回って来ていないから、まだ不明だな……一旦休んだ方が良いぞ』

 

「……そんな暇はないわ」

 

『……はぁ、10分程度で良いから休め。

 そうでもしないと次の場所で死ぬことになる』

 

「……そう……ね」

 

今いる敵の拠点を潰した冬琉は事後処理を遅れてきた学生連盟のメンバーに任せて、自分はすぐさま次の判明している拠点へと移動しようとする。

が、姉として、更には冬琉に憑いている副葬処女(ベリアル・ドール)としても彼女の無茶は見過ごせない。

情報が回って来ていないことを理由に、冬琉を休ませようとするが、バッサリと拒絶される。

それでも、流石に体力が限界だったことは冬琉も分かっているのだろう、潰した敵のアジトから出て、移動用に学生連盟が用意してくれている車に乗り込むと、すぐに肩の力を抜いた。

そんな冬琉の様子を確認した私は運転手に車を発進させるよう声をかけた。

そんな私の声が聞こえたのか、緩やかに車は動き出す。

 

「……すぅ」

 

肩の力を抜くと同時に気も緩んだのか、車が動き出すのと同じタイミングで冬琉は目を閉じ寝息をたて始めた。

……無理もない。

昨夜病院を出た後そのまま廃屋に襲撃を掛け、そこからほとんど休むこともなく動き続けていたのだ。

さっきの場所で襲撃した拠点は3件目。

幸運にも敵の戦力があまり集中していないとはいえ、連続した戦闘行為は精神に強い負担を強いる。

それに上乗せするかのように各拠点で行われている行為も、私たち姉妹、更には学生連盟の構成員たちにもかなりの衝撃を与えた。

 

一件目の廃屋(の地下)で行われていたのは、薬の開発。

と言ってもまともな薬であるはずもなく、作られていたのは麻薬、幻覚剤、あるいは媚薬と呼ばれる人の精神を狂わせる類の代物。

恐らくああいった物を使って捕えた雌型悪魔たちを洗脳、あるいは発情させ、円滑に物事を進めているのだろう。

あそこにいたのは研究者風の男たち数人と、薬品投与の実験対象でもある数人の雌型悪魔たち。

それに、護衛役の男が5人程と使い魔(ドウター)が1体。

使い魔(ドウター)や男たちが然程強くなく、制圧自体は存外すぐに終わったのだが、問題は雌型悪魔たちだった。

薬の所為か、ほとんどの少女たちがまともな精神状態にはなく、下手にこちらが彼女たちの身体に触れると異常なまでの過剰反応をしてきたのだ。

学生連盟から応援が来るまで、そんな彼女たちの惨たらしさをマザマザと見せつけられてしまった……

 

二件目のごく普通のビルで行われていたのは、娼館紛いのオークション。

ビルは5階建ての然程珍しくないタイプだったのだが、やっていた内容が内容だ!!

思い出すだけでも顔に嫌悪の表情が浮かんでくる。

1階は事務室兼、警備室。

ここで人の出入りをチェックし、特定の人間しか上階には行けないようになっていた。

2階は……その……風俗店の様な……いや、行ったことないから本当にあんなところなのか私は知らないが!!……実際にヤッている真最中の奴らもいた。

昼間から、ナニをしてるんだ!?

3階はオークション会場。

当然、普通のオークションではない。

売買されているのは、雌型悪魔。

既に契約済みである彼女たちだが、客が求めているのは使い魔(ドウター)ではない。

欲しいのは彼女たちの希少な能力。

種床にでもして、その子供に能力を継がせ、家、あるいは個人の力としようとしていたのだ。

このオークションに参加していたのは、とある政治家や、大手企業の社長、会長、さらには少数ではあるものの同じ悪魔であるはずの家々と多種多様な面々。

4階にはまた警備室の様なものと、鉄格子の様なもので所々通路が閉ざされており、その上迷路の様な非常に分かりにくい構造になって5階に行くのも一苦労だ。

5階はここの従業員?や商品である雌型悪魔たちの居住スペース。

1階から3階までは一本の階段で直通だが、3階から4階、更には4階から5階はやたらと複雑な道程を経なければたどり着けない構造になっていた。

……それだけ彼女たちを逃がしたくないということだろう。

その反面、2階と3階は客が逃げやすいようになっていた。

その所為で客を取り押さえるのが一苦労だったのは記憶に新しい……

捕えた客の大半の素性が、私の守りたかった一般人だと分かった時には何とも言えない気分にさせられたがな。

 

そして、先程の廃工場では、使い魔(ドウター)――いや、正確にははぐれ眷属(ロスト・チャイルド)か――と契約悪魔を使い実験をしていた。

行われていた実験は、どれ程使い魔(ドウター)――はぐれ眷属(ロスト・チャイルド)――を酷使すれば、契約悪魔がどの程度非在化していくかを計測するというもの。

これによって使い魔(ドウター)たちの耐久限度の見積もりを出して、それを基に契約時期を決めていたのだろう。

言い方は悪いが、一件目の廃屋で行われていた薬の投与は始めから見捨てられた雌型悪魔たちで、ここで実験対象にさせられた雌型悪魔は一度あの男に心を許したのにその後捨てられた雌型悪魔たちだ。

どちらが良い、酷いとは私には言えない。

前者は始めから男を拒絶した結果精神を壊され、後者は男から捨てられた結果身体を壊された。

死んでも良いと覚悟を決めたものは精神を壊され生き地獄、生きるために男を認めたのに、結果として身体が非在化。

そんな彼女たちの姿は私には見ていられなかった。

それは、冬琉も同じだったのだろう。

彼女たちの意志を汚し尽したここだけは徹底的に破壊した。

はぐれ眷属(ロスト・チャイルド)は全て切り捨て、実験をしていた連中も全て重症、或いは……殺した。

捕らわれていた雌型悪魔たちは、生き残っていた者は学生連盟の他の面々に任せることにしたから、その後どうなったかは知らない。

が、それでも少しでもマシな暮らしに戻れることを切に願う。

 

これら3つの拠点をほぼ徹夜で回っている冬琉の身体は、すでに限界のはずだ。

何がここまで妹を動かすのか。

なんとなくの原因は思い付いているが……

 

「……ぅん、和斉」

 

『…………………』

 

やはりそうか。

が、私が関与して良いものなのだろうか……?

塔貴也が私を選んでくれたのは嬉しかったが、心のどこかで冬琉を振ったことに対する怒りも覚えていた。

無論、私の勝手な思い込みだとは分かっているが、それでも妹を幸せにしてくれなかった幼馴染の男を若干許せなかったのも事実。

……少し、ほんの少しだけ、私がすり減って消えてしまった方が良いのではないかとも思ってしまっていた。

そんなことを思ってはいたが、知らぬ間に八條に惹かれていた冬琉を見て安堵したのも覚えている。

 

自分が消えなくても妹は大丈夫なのだと。

 

だから、八條が大怪我をしたが生きていると聞いて一番焦っていたのは実は冬琉じゃなくて私だったのかもしれない。

それ故に、今回の件で冬琉がどれだけ動こうと私は基本止めない。

勿論、冬琉の身に危険が及びそうな時は全力で阻止するつもりだが……が、それ以上に自分勝手だが、姉としても、一人の女性としても、この妹の恋が成功すれば良いと思う。

まぁ、二人とも奥手だからどうなることか。

美呂ちゃんには悪いが、今回の件で少しでも二人の中が縮まれば良い、と私は思ってしまっている。

 

……駄目だな、私は……

 

と、冬琉の寝顔を見ながら、らしくもないことを考えていた時だった。

 

「う、うわああぁぁぁーーーーっ!!?」

 

突然運転手が大声を上げ、ブレーキを力一杯踏んだ。

 

キキーーーーッ!!

 

甲高い音共に当然急ブレーキがかかり、車が急停止する。

 

ガンッ!!

 

「あいたっ!!

 な、何!?」

 

急に車が止まったせいで冬琉は目の前にある座席に顔面を思いっきりぶつけ、それと同時に目を覚ました。

頭を振りつつも急いで車内から出ると周囲を見渡す。

すると、すぐに目の前の巨大な存在に目がいった。

目の前にいたのは、

 

「か、烏……?」

 

機巧魔神(アスラ・マキーナ)並の大きさの巨大な烏。

全身黒一色で巨大なだけかと思いきや、足が“3本”

それに気付いたのは私だけではなく、冬琉も同じだったようだ。

 

「……う、嘘でしょ……そんなこと!?」

 

『まさか……!?』

 

二人同時に諦念の声が漏れる。

 

出来れば嘘であって欲しい、夢であって欲しい。

 

そう願う私たちを余所に、

 

「ガアァァァーーーーッ!!」

 

巨大烏は一声大きく啼き、その巨大な翼を羽ばたかせ、私たちへと向かって来た。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

その頃、智春たちのいる中学で、

 

『2年●組、夏目智春、アニア・フォルチュナ・ソメシュル・ミク・クラウゼンブルヒ、2年■組、嵩月奏、至急生徒会室に来なさい。

 繰り返す。

 2年●組、夏目智春、アニア・フォルチュナ・ソメシュル・ミク・クラウゼンブルヒ、2年■組、嵩月奏、至急生徒会室に来なさい。

 以上』

 

そんな放送が流れていたとか……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「クッ・・・!!」

 

襲いかかってくる怪鳥の爪を冬櫻の峰で受け流しつつ後方へと押しやり、すぐさま距離を取る。

が、

 

「ガアアァァァーーーーーッ!!」

 

受け流された勢いそのままに宙へと舞い上がり、翼を大きく羽ばたかせ再び私たちの方へと向かって来る。

 

「しつこいわね、もう!!」

 

上空を見やりながら、冬櫻を構えなおし、

 

チラリ

 

と、自分の乗っていた学生連盟の用意した車の方に目をやる。

視線の先では、既に運転手が車から降り、私と烏から距離を十二分に取った上でどこかに連絡をしていた。

 

……これなら大丈夫そうね。

 

私は、ひとまず安堵の溜息を洩らしつつも気を締め直し、視線を巨怪の烏へと向け直す。

私がそれらの動作をしている間に相手の烏は体勢を整え、3本ある足に付いている爪を使って連撃を繰り出してくる。

 

「ふっ!!」

 

そんな巨怪の爪を今度は受け流すようなことはせずに、大きく横に避けることでやり過ごす。

いくら冬櫻が普通の大太刀よりも頑丈なのだとはいえ、あんな巨体とそう何度も打ち合えるほど日本刀は頑丈ではない。

“斬る”という動作のみに限定すれば、冬櫻や秋楓は十二分に頑丈なレベルなのだから、刀身の強度についてあまり文句を言うつもりはない。

これが秋希ちゃんが夏目くんに渡した春楝になると少し事情が変わってくるのだけど、あれは変り者の刀だから例外と言っていい。

……こんなことを考えるようになるほど、刀でこの巨怪の相手をするのはキツイ。

 

いえ、違うわね。

 

普通のはぐれ眷属(ロスト・チャイルド)使い魔(ドウター)ならここまで苦戦することはない。

何が違うかと聞かれれば、やはり、早々“攻撃”する訳にはいかないということよね……

そんな私の葛藤が伝わったのだろう、秋希ちゃんだって分かっている筈なのに確認の言葉を投げかけてきた。

 

『……使うか、冬琉?』

 

気遣わしげに聞いてくる姉の言葉を、

 

「馬鹿言わないで。

 秋希ちゃんだって分かってるでしょ……?」

 

姉の言葉を即座に切って捨てることで返事とする。

幸い、今は襲いかかって来ている巨怪も一旦距離を取ってこちらの様子を観察しているため、多少会話に余裕が割ける。

普通だったら戦闘中に会話なんて自分でもどうかと思うけれど、今は誰かと話して、少しでも気を楽にしたかった。

 

『だが、今のままでは……』

 

「分かってる!!」

 

このまま攻撃をしないで受け身に回っているだけでは、ほぼ確実に殺られる。

それでも、普段の体調ならまだ逃げることも出来ただろう。

けど、こんな所で昨日から行ってきていた強行軍が祟ることになるなんて!!

まともな睡眠を取っていない上に、起きぬけで頭が上手く回らない。

更には、徐々に四肢の先から力が抜けていく感覚。

一刻も早く相手を“処理”して休まないとマズイけど……それが出来るのなら既にやっている。

 

『分かっているなら尚更使え!!

 今ここでお前が死んでは元も子もないんだぞ!!』

 

「……そう、ね」

 

秋希ちゃんの怒声に普段の自分では考えられないほど弱い言葉で返す。

幾ら睡眠不足で頭が回らない私にだって、秋希ちゃんが言うことぐらいは分かる。

だって、そうしないと、私が………死ぬ………んだから。

自分がまともに戦えず、逃げることも出来ないなら、自身の影の中に封印されている魔神を呼び出すしかない。

呼び出してあいつを操るぐらいなら、今の状態でもまだ何とか出来るし、それぐらいしか手札が残っていないことも分かる。

秋希ちゃんだって分かって言っているんだろう。

だけど、それでも……

 

「私は…… “あいつ”を殺せない」

 

私たちからやや距離を取った場所で、こちらの様子を観察している三本脚の巨大烏を見やりながら呟く。

私が視線を向けると、こちらの弱音を感じ取ったのか、怪鳥は一声大きく雄叫びを上げ、宙へとその身を投げ出した後、勢い良く滑空して今度はその嘴を私に突き刺すように突き出しながら向かって来た。

相手の体躯が大き過ぎ、勢いも凄まじい……避け切れない!!

 

キンッ!!

 

受け流そうにも翼や足も向かってくるため、必死になって敵の嘴を受け止める。

受け止めた嘴からは、生物の武器ではなく鉄がぶつかり合った時の様な音が響く。

 

『……あれが、“八條”の使い魔だからか?』

 

「………………」

 

必死に相手の攻撃を受け止めている私の耳元で秋希ちゃんが囁く。

 

きっと……そう……なのだろう。

 

意識が少し戦闘からズレる。

三本脚の烏――つまりは八咫烏の使い魔(ドウター)は八條一族の使い魔(ドウター)だ。

今迄あの男がその使い魔(ドウター)を使役していたという報告はなされていなかった。

今も、男の姿が認められた訳ではないが、向こうの組織の拠点をいくつか潰した後に、狙った様にGDの車を襲ってきたのだ。

関係ないと考えるのはほぼ不可能。

そして、以前までいなかったのに新たに加わったのなら、つい最近攫われたということで……私の、いや、私たちの頭の中に浮かぶのは一人の少女の姿。

 

無愛想だったけれど、自身の兄のこととなると熱くなっていた少女。

そういった点から氷羽子ちゃんを“師匠”と呼び、慕っていた少女。

自身の想い人と同じ姓と、髪の色を持っている日本人形の様な少女。

 

八條美呂

 

決して仲が良かったとは言えない。

むしろ、和斉を巡って争っていたから私とは仲が悪いほうだったかもしれない。

それでも、彼女は自身の想い人の妹で、私たち橘高道場の仲間だ。

ここで私がこの使い魔(ドウター)を殺してしまったら、二度と彼女は戻ってこないのではないか、と思ってしまう。

それに、

 

「これ以上、あの人を、和斉を、私は傷つけられない……」

 

妹が攫われ、自身も深い傷を負った彼をこれ以上痛めつけるわけにはいかない。

 

足を踏ん張り、必死に受け止めていた烏が私から離れ宙へと舞い上がる。

と同時に、地面にいる私目掛けて上空から連続して嘴を突き出してくる。

その攻撃を、足を動かし、体を捻り、当たらず、そして相手の攻撃範囲から最短で逃げ出そうとする。

しかし、

 

「ガッ!?」

 

嘴を避け切った先に待っていたのは烏の巨大な翼。

普段だったら余裕で対処できていたであろうそれを、咄嗟に冬櫻を盾にして防ぐも、その程度で振り抜かれた翼は止まることはなく、私は勢い良く近くの木の幹へと体を叩きつけられた。

 

「か、はっ……!!」

 

一瞬、息が詰まる。

開ききった口から体内の空気が漏れ、一瞬意識が消えかかる。

体中が痛みで強張り、四肢から力が抜けていく。

体は気の幹を伝って地面へとずり落ち、すぐさま立とうとするが……足腰には力が入らない。

 

「……くっ!!」

 

近くの地面に落ちていた冬櫻に手を伸ばして掴み、支えにして必死に立ち上がる。

幸いにも骨折や出血などはないが、これ以上は……マズイわね。

体がまともに動いてくれるのなら良いけど、思い通りには動いてくれない。

生身で使い魔(ドウター)の一撃を受けても死なない自身の身体を褒めるべきか、それとも体調が万全ではないとはいえそんな私の身体を一撃でここまで疲弊させる八條の使い魔(ドウター)を称賛するべきか……

どちらにせよ、

 

「ガアアアァァァァーーーーッ!!」

 

相手がそんな状態の私が回復するまで待っていてくれるはずもなく、翼を振り抜いた勢いそのままに体を回転させ、動きの鈍い私に向かって来る。

嘴を中心に置き、さながらドリルの様に自身の身体を回転させながら勢い良く私たちへと突き進んでくる。

そんな自身に向かって来る死の恐怖を、どこか他人事のように眺めていると、

 

『冬琉!!』

 

近くで秋希ちゃんが叫んでいるのが聞こえた。

普段の彼女からは予想もできない、焦っている声。

そんな姉の言葉さえも他人事の様。

 

……私は此処で死ぬのかしら?

 

自分ではそんな気は全くなかったのだけれど、そんな自身の思考にどこか納得がいった。

抵抗する気力も何故か起きない。

ただ、妙に達観した気持ちになっていた。

 

ああ、こんな気持ちで死ねるのなら……悪くない、わ……

 

自身へと向かって来る巨大烏が徐々に大きくなり、私の眼前一杯に相手の姿が広がったところで、

 

黑烏(クロウ)

 

「グアァァーーーーッ!!」

 

私たちの上からもう一体巨大な烏が現れ、私に向かって来ていた巨怪を弾き飛ばしていた。

 

「……え?」

 

現れた烏はどこか虚ろで、今にも闇に溶けて消えてしまいそうなほど薄っぺらいクセに、妙に存在感があった。

しかも、その烏からは悪魔ではない私にも感じられるほど大量の魔力が漏れ出している。

 

一度だけ、今迄の人生で私はこの烏を一度だけ見たことがある。

 

その時は、まだまだ私も未熟で――勿論、今もそうだけれど――こんな風に危険に陥ってしまっていた。

あの時、この烏に乗って私を助けに来てくれたのは……

 

「よう、生きてるか?

 この大馬鹿が!!」

 

「和斉!!」

 

怪我のせいで、病院のベッドの上で眠っているはずの影使いの雄型悪魔だった。

 

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