闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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めっきり寒くなってきた今日この頃。
炬燵を出すには早いけれど、布団に包まっているのが一番幸せな時間だったりする。


28回 雨降って地固まる?

 

走る、走る、走る!!

 

少しでも早く敵を見つけるため、冬琉さんと八條さんを助けるために必死の想いで奏と一緒に街中を駆け抜ける。

車道に目をやりタクシーを探すも、こんな時に限って一台も走っていない。

代わりに走っているのは走っている所を見る方が珍しい黒塗りの高級車で……うん!?

僕が疑問を持つのと同時に、車道を走っていた高級車僕らの向かっている方向の少し先に急に止まり、窓を開ける

その車の中から、

 

「お嬢様、夏目さん!!」

 

八伎さんが顔を出し、僕たちに向かって声を掛けてきた。

彼の顔は珍しく焦り気味で、普段顔に張り付けている余裕などどこにも見えなかった。

 

「八伎さん!!」

 

「お乗りください!!」

 

走る速度を若干緩め、嵩月組の車の後部座席に二人揃って転がるようにして乗り込む。

そして、僕ら二人(+一人)が乗り込んだのを確認すると、すぐさま車は動き出した。

平日の昼間なので、道路もほとんど混んでいないこともあり、車はすぐに街中を抜け郊外へと至る。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「連絡は我々の方にも回っています。

 今回の相手は学生連盟側でも余程手に余る存在なのでしょう」

 

息を整えつつ、車の中で八伎さんからどこに向かっているのか、またその情報がどこから来たものなのかの説明を受ける。

 

「……はぁ、あ、あと、どれぐらいで着けますか?」

 

「……恐らく、この調子で飛ばせば凡そ10分程で現場に着けるかと」

 

「10分……」

 

予想以上に遅い。

走って向かうより断然早いのは分かっているが、それでも、遅い。

それだけあったらもうとっくに戦闘は終わってしまっていることだろう。

学生連盟側から僕らに連絡があったのが大体20分前。

単純計算で連絡があってから、僕らが現場に到着するまで凡そ30分。

そうそうあの二人が窮地に立たされることはないと思うが……今回ばかりは分からない。

冬琉さん、秋希さん、無事でいてください!!

20分程前、

 

『2年●組、夏目智春、アニア・フォルチュナ・ソメシュル・ミク・クラウゼンブルヒ、2年■組、嵩月奏、至急生徒会室に来なさい。

 繰り返す。

 2年●組、夏目智春、アニア・フォルチュナ・ソメシュル・ミク・クラウゼンブルヒ、2年■組、嵩月奏、至急生徒会室に来なさい。

 以上』

 

という校内放送が午後の授業が始まったばかりの学校に流れた。

クラスメイトや授業担当の教員の疑惑の視線を受けつつも、僕とアニアは授業中の教室を抜け、生徒会室に向かう途中の廊下で奏と合流し、3人で生徒会室に向かった。

その道中、呼び出される理由が3人とも全く分からなかったため、それぞれに勝手な推測を言い合っていたのだが、結局納得できる理由は3人とも持ち合せていなかった。

昨日の一件で呼ばれたのだとしても、僕らの通っている中学は学生連盟に所属していなかったはず――その割には裏の関係者が多いが――だし、僕ら3人の内誰も生徒会には所属していない。

それどころか、3人揃って極力生徒会に関わり合いの無いように学生生活を送ってきたはず。

なんせ、今の生徒会長はあの佐伯兄なのだ。

虎児もいないのに虎穴に入ろうとするほど僕らは馬鹿ではない。

 

なのに、前置きもなく、突然授業中に呼び出された。

 

学生生活で呼び出される程の問題も特に起こした記憶はないし……そうなると、否が応でも裏の事件のことで何かあったのではないかと思ってしまう。

前日にあんな事件があったばかりだし、攫われた美呂ちゃんはうちの学校の生徒なのだから、その事が関係しているのかとも思ったが……

 

≪まぁ、行ってみるしかないよな≫

 

あくまで推測でしかないのだし、あれだけ大々的に呼び出されたのでは無視するわけにもいかない。

それに、幸いにも今は授業中なのだから佐伯兄は生徒会室にはいないはず……いや、いないと信じたい。

 

「……はぁ」

 

重い溜息を吐きながら階段を昇り、最上階にある生徒会室の前に立つ。

奏とアニアに確認の視線を送ると、

 

コク

 

コク

 

二人揃って真剣な面持ちで頭を縦に振り、同意の意を示してくれた。

そんな二人に黙って頷き返し、

 

コンコン

 

生徒会室の扉を叩く。

 

「どうぞ」

 

予想していた佐伯兄の声ではなく、若い女性の――普段から聞き覚えのある――声が返ってきたが、中学校で聞くのは特別不思議な事でもないので、

 

「失礼します」

 

一言言ってから扉を開ける。

扉を開けた先には、

 

「ああ、夏目くんやっと来てくれた!!

 ニアちゃんと、嵩月さんも!!」

 

「え……露崎?」

 

今日は学校に来ていなかったはずの露崎が、今にも泣きそうな表情で僕らに近寄ってきた。

生徒会室には彼女以外誰もいない。

 

「あのね、あのね、冬琉さんが施設を襲撃して、それで捕まえたは良いんだけど、襲われちゃって、雪原さんが助けに向かおうと思ったけど動けなくて、それで八條さんが消えちゃって、それでそのあのね……」

 

「分かったから、一旦落ち着け波乃」

 

僕らに何か伝えないといけないことがあったのだろうが、あまりにも露崎が焦り過ぎて、僕たちに伝えたいことが全く伝わってこない。

彼女は彼女なりに必死なのだろうが、肝心の内容が伝わってこないのでは本末転倒だ。

アニアがそんな彼女を宥める。

が、

 

「ねぇ、大変なんだよニアちゃん。

 冬琉さんが、八條さんが!!」

 

むしろ対象がアニアに換わったことで露崎の焦りはより激しいものになった。

それでもその分、伝えないといけないことが要約されたのか、支離滅裂だった単語が二つに絞られ、彼女の口から漏れ出した。

当然、そんな言葉を天才少女であるアニアが聞き逃すはずもない。

 

「……冬琉と、和斉がどうかしたのか?」

 

即座に聞き返す。

聞き返されたことで露崎も多少だが落ち着き、

 

「冬琉さんが使い魔(ドウター)に襲われてるんだよ」

 

「……それが、そこまで焦ることなのか?」

 

何も知らない第三者が聞けばアニアの言葉は非情なものに聞こえるかもしれないが、冬琉さんの実力を知っている者としては、そこまで焦ることではない。

むしろ、彼女に襲いかかったその使い魔(ドウター)の身柄を心配する人の方が多いだろう。

だが、

 

「違うの!!」

 

露崎が言いたいことはそういうことではなかったらしい。

 

「なら、どういうことだ……?」

 

アニアが若干不思議そうな顔で露崎に聞き返す。

最近関わり始めたばかりだが、露崎だって冬琉さんの実力は知っているはずなのに……

 

「冬琉さん、昨日の夜からずっと寝ないでGDとして仕事をしてるから……今の冬琉さんの体調だと殺られちゃうかもしれない!!」

 

「な!?」

 

露崎の言葉に愕然となる僕ら。

 

「まさか冬琉さん、昨日、病院から出ていってそのまま……!?」

 

何やってるんだあの人は!!

八條さんがあんなことになって焦っているんだろうということは分かるけれど、それで自分が死んでしまっては身も蓋もないじゃないか……!!

って、“八條”さん……!?

 

「露崎、八條さんはどうしたんだ?」

 

冬琉さんという喫緊の問題があるというのに、露崎はもう一人の人物の名前を挙げた。

今彼は病院のベッドの上で寝ているはずなのだから、ここで問題になる筈がないのに……!

 

「八條さんも、病院のベッドの上から消えちゃって……絶対安静で、体中大怪我だらけで動けないはずなのに」

 

「はぁ!?」

 

八條さんまで!?

ああ、もう、揃いも揃って!!

普段から僕たちに体調管理云々だとか、色々言ってる人たちが実際に事が起きたらそれを真っ先に破るってどうなんだよ!?

そんな憤りを覚えている僕を横目に、アニアが冷静に露崎に質問を続ける。

 

「それで、私たちを呼んだということは、学生連盟側は何か私たちに用事があるのだろう……?」

 

「あ、うん、そうなのニアちゃん。

 学生連盟の盟主さん、というより雪原さんからの依頼なんだけど、ニアちゃんは私と一緒に八條さんの捜索。

 夏目くんと嵩月さんは冬琉さんの救援に向かって欲しいって。

 学生連盟側からも人を割きたいんだけど、今はこれ以上割ける人員がなくて……報酬が必要なら支払う用意はこっちにもあるから」

 

凄く申し訳なさそうに露崎が言ってくるが、こちらとしては渡りに船だ。

学校で授業を受けているだけなんて、僕にはこれ以上できそうになかったのだから。

その上で、報酬と言っている。

それなら依頼という形なのだからいざとなったら断れるのだろう。

昨日の夜雪原さんが言っていた、法王庁への根回しの代償という形ではまだない、というのも気になるところだけど……そのことを今考えていても仕方ない。

 

「僕は良いよ。

 奏は?」

 

「私も、大丈夫、です」

 

「ふん、私も良いだろう」

 

「ありがとう!!」

 

取り合えず3人揃って了承の意を示し、僕と奏はすぐさま露崎から必要な情報を聞き出す。

 

「冬琉さんが襲われた場所と、相手の特徴は……?」

 

本来なら報酬のことも先に決めておくべきなのだろうが、今は少しでも時間が惜しい。

全く見ず知らずの相手ならともかく、助ける対象が自分の友人なのだから、そんなことは後回しだ。

 

「えっと、ちょっと待って!!」

 

露崎が近くに置いてあった自分の鞄から数枚のメモ用紙を引っ張り出し、

 

「場所は、街の郊外にある廃工場跡近くの道路で、相手は3本脚の巨大烏」

 

「え……?」

 

露崎の言葉に奏が愕然とした表情になる。

それはニアも同じだったが、今はこんな所で時間を取っている場合じゃない。

 

「ありがとう、露崎。

 行こう、奏!!

 ニア、僕らの荷物頼んだ!!」

 

「え、あ、はい」

 

気をどこかにやっていた奏を呼び戻し、二人一緒に生徒会室を勢いよく飛び出す。

そのままの勢いで階段を駆け下り、一旦教室に寄った際に教員に早退する旨を告げ、鞄から必要なものだけを取り出し、昇降口に置き、校門から校外へと二人揃って駆け出す。

 

急げ、間に合ってくれ!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「グアアアァァァーーーーーッ!!」

 

「ガアアアァァァーーーーーッ!!」

 

私たちが見上げる先で二匹の巨大烏がその翼を羽ばたかせ、宙を駆ける。

時に嘴を、時に翼を互いに交差させぶつかり合う。

 

片や契約者(コントラクタ)と雌型悪魔の間に呼び出された想いの力、実体を持った3本脚の使い魔(ドウター)

片や雄型悪魔が自身の力を使い創り上げた破壊の力、影が形取った2本脚の魔精霊(サノバ・ジン)

 

本来、使い魔(ドウター)魔精霊(サノバ・ジン)では圧倒的に前者の方が強い。

勿論、四名家の雄型悪魔が創り出す魔精霊(サノバ・ジン)とそんじょそこらの下級の雌型悪魔が呼び出す使い魔(ドウター)とでは、力関係が逆転することはあるが、今私の目の前で争っているのは同じ一族出身、いや、兄妹同士の力がぶつかり合っているはずだからその理屈は当てはまらないはずだ。

なのに、

 

「嘘……」

 

目の前で繰り広げられる戦いは明らかに魔精霊(サノバ・ジン)の方が優位に事を進めている。

使い魔(ドウター)の方が私と幾らか戦った後だから消耗している、という訳ではない。

和斉が黑烏(クロウ)と呼んだ影の烏が3本脚の烏と衝突する度、相手の身体は何か巨大な刃物で斬られたかのような切傷を負っていく。

ただ翼と翼がぶつかり合っただけであんなことが起きるわけがない。

多分、いや、ほぼ確実にあの魔精霊(サノバ・ジン)は体のほぼ全てが刃物のような形状になっているのだろう。

そんな相手と自身がやり合うことになった時のことを考えただけでもゾッとする。

その事だけが理由という訳ではないが、何にせよ魔精霊(サノバ・ジン)の方が優位なのは紛れもない現実だ。

現に、今も相手の翼を切り裂き、深い傷を負わせている。

そんな巨大烏同士の戦闘を余所に、

 

「お前は馬鹿か!!

 なんで反撃せずにされるがままになってやがる!?」

 

私は和斉から説教を受けていた。

 

……何、この状況?

 

私に説教をしている和斉は左腕と右足をギブスで固められ、体中包帯やガーゼで覆われており着ている服も病院の入院患者が着ているそれ。

どこからどう見ても、絶対安静の怪我人の姿だ。

間違ってもこんな戦場に出てくる姿ではない。

 

「普段、あれだけ俺たちに散々言ってるくせして、いざ自分の番になったらそれか……ふざけるのも大概にしとけよ、なぁ聞いてんのか!?」

 

強い調子で、和斉が言ってくるけど、私には彼が何を言っているのか全くと言っていい程分からなかった。

 

どうして、なんでここに貴方がいるの……!?

 

ただその言葉だけが私の頭の中を何度も何度も回り続ける。

そして、気付けば、

 

「……どう、して……?」

 

「ああ!?」

 

口から言葉が漏れ出してしまった。

そして、一旦漏れ出てしまった言葉は止まらない。

 

「どうして、ここにいるのよ!?

 貴方が動けないから、私が代わりに頑張らなきゃいけないと思ってたのに!!

 貴方が、安心して怪我を治療できるように動こうとしているのに、なのに、なのに、どうして……!?」

 

『…………………』

 

こんな時に限って秋希ちゃんは喋りもせず、ただ黙って私の傍で浮いている。

そんなことだから私は……!!

 

「だれがそんなこと頼んだ!?」

 

私の言い分など知ったことかと和斉は強い調子で言ってくるが、

 

「頼まれてないわよ!!

 でも、でも、そうでもしないと貴方はこうして動き出して、また傷が広がって!!」

 

そうして、取り返しのつかない傷を負うんだ。

 

それが嫌だったから、彼ならやりかねないと思ったから自分は出来るだけ彼に負担をかけないようにと、必死に動いてたのに……

 

私の気持ちなんて思いっきり踏みにじって、和斉(あなた)は……!!

 

彼の顔を見てられなくて、俯いてしまう。

 

「……馬鹿!!」

 

結局言葉がそれ以上出てこなかった。

漏れ出たのは、ただ一言、いつも通りの言葉。

 

ああ、嫌われた、と思った。

 

向こうは自分のことを想って言ってくれたのに、それを全部私が無視して、私の理由だけを押し付けた。

それでも、和斉が私を助けてくれるなんて、もう……思えない。

けど、

 

「そうか……やっぱりお前は馬鹿だな」

 

帰ってきたのは普段の私と彼の関係からは予想も出来なかった優しい言葉。

 

「……え?」

 

咄嗟に俯いていた顔を上げ、目の前の青年の顔を見る。

彼の顔は掛けられている言葉と同じように優しくて、

 

「本当に俺のことが心配なら、俺が目覚めるまで傍にいろ。

 傍にいて、それで俺が動き出そうとしたなら必死で止めろ」

 

後ろで繰り広げられている大決戦など全く耳に入らない。

 

「俺がいつ、お前を拒んだ?」

 

「それは……」

 

ない

 

私の記憶が確かなら和斉は嫌がりつつも、私のことを明確に拒んだことは一度もなかった。

 

「今回は仕方ないが、次からは……まぁ、次なんてない方が良いが……お前は必ず一番に俺の傍にいろ。

 ……そうじゃないと、またこうして俺が動き出すぜ」

 

……和斉、それって……

良いの?

それがどんな意味を持ってる言葉か分かって言ってるの?

本気にするわよ?

それでも、本当に、

 

「……良いの?」

 

自分でも自分の口から飛び出した言葉とは思えなかった不安げで寂しげな私の問いに、

 

「当たり前だろ。

 お前以外に誰がいるっていうんだ?」

 

さも当然の様にそんな返事を返す、私の想い人。

そんな彼からの返答に、唖然としている私を余所に、

 

「さて、うちの馬鹿な妹が呼んだ奴はしっかりと兄が躾けてやらないとな!!

やれ、黑烏(クロウ)

 

「グアアァァァーーーーーッ!!」

 

3本脚の巨怪烏に再び挑んでいった。

今までも十分鋭い動きで敵の使い魔(ドウター)に攻撃を仕掛けていた和斉の魔精霊(サノバ・ジン)だが、和斉が声をかけると更に動きが機敏になった。

飛翔する速度は目に見えて上がり、翼を振るう勢いも今迄の力が嘘だったのではないかと思うぐらい鋭く、強い。

僅かに魔精霊(サノバ・ジン)側が上回っていた現状は大きく傾き、場の流れは完全に和斉の方へと優勢なものになった。

そのことに安堵しつつも、私は体に力を入れ必死に立ち上がろうとしていた。

 

『……大丈夫か、冬琉?』

 

「まぁ……なんとか、ね」

 

目立った外傷はないけれど、私自身が戦えるかと聞かれれば否、だ。

既に冬櫻を振るうことすら出来そうにない……

それでも、ただ見ていることなど私には出来ない。

さっき彼が私に言ってくれた言葉を信じても良いのなら、私は彼の近くに、傍に一番にいないといけない。

 

……ううん、違う。

 

彼が言っていたから傍にいないといけないんじゃない。

確かに彼が、和斉が言ってくれたからそう思えるのかもしれないけど、それは一つのきっかけに過ぎない。

私が傍にいたいから、一緒にいるんだ!!

だから、

 

「良い、秋希ちゃん……?」

 

私は“あいつ”を呼ぶことを決める。

彼の隣に立つために。

大怪我を負った体をおしてこの場にやってきた和斉を助けるために!!

 

『無論。

 というか、さっきから催促していたはずだがな……』

 

若干呆れた笑いを浮かべながらも同意を示してくれた秋希ちゃんに頷き返し、

 

「行くわよ……」

 

地面に突き刺したままだった冬櫻を引き抜き、背中の鞘に収めながら一歩、踏み出す。

 

『ああ、さっさと終わらせて美呂ちゃんを助け出すとしようか』

 

「そうね」

 

眼前で、影の烏と3本脚の烏が再びぶつかり合う。

そんな魔精霊(サノバ・ジン)使い魔(ドウター)の様子を離れた位置で、戦っている魔精霊(サノバ・ジン)よりもやや小さめの影の烏を隣に従えた和斉が見守っている。

そこまで歩いて行き、

 

「和斉……私たちも、手伝うわ」

 

一声かける。

ちょっとぐらい驚いてくれるかと期待してみたのだけれど、

 

「……ああ、お前たちの好きにすると良い」

 

期待外れの落ち着いた声が返ってきた。

その事にやや気落ちしながらも、彼が私の――正確には私たち姉妹の――ことを良く分かってくれていることに気付き、無性に嬉しくなる。

 

『さて、冬琉……行くか』

 

「ええ」

 

秋希ちゃんが虚空に溶けるように消えていき、彼女の気配を全く感じ取れなくなる。

が、そんなことはまるで気にならない。

目を閉じてみれば、隣には愛しい人の気配。

普段の荒々しい嵐の様な空気じゃない、どこか優しく、私のことを包みこんで護ってくれるかの様な春の風に吹かれる大樹の様な空気。

そんな空気の中に冬の残りのような若干の冷たさを感じるが、逆に彼らしいと思い、自然と笑みがこぼれてくる。

 

ああ、こんな気持ちで戦闘に臨むのなんて初めてだ。

 

だけど、

 

「悪くないわね」

 

目を閉じたまま一言洩らす。

それでも、隣にいる彼の空気は変わらない。

私を急かすでもなく、押し留めるでもなく、ただジッと私のことを待っていてくれる。

それが、また何とも言えない力となり、先程までの自身の弱気が嘘のように、体には活気が満ち溢れていた。

それこそ、今、冬櫻を振るえばなんでも切り落とせそうなぐらいに……

つい背中へと伸びる手を慌てて押さえ、

 

「すぅ~……はぁ~」

 

深呼吸。

よし、大丈夫。

行こう。

彼の隣に。

そう、決意を新たに口を開き、一言、

 

「――来なさい、琥珀金(エレクトラム)

 

機械仕掛けの悪魔の名を呟く。

叫ぶでも、宣言するでもなく、ただ今を変えるために、続けていくために。

私が言葉を洩らすと同時に、私の影の色が変わる。

ただ黒かっただけの影が、全てのモノを呑みこもうとする闇の色、漆黒の虚無の色へと変化する。

そのまま周囲のモノを呑みこもうとする影を引き裂いて現れたのは、機械仕掛けの巨大な魔神の腕。

影を引き裂き、自身の身体をこの世界へと浮上させる。

すると、

 

「ガアアアァァァーーーーッ!!」

 

新たな戦力の参戦に危機感を覚えたのか、3本脚の烏が和斉の魔精霊(サノバ・ジン)を振り切って翼を大きく羽ばたかせこちらに向かってくる。

大方、機巧魔神(アスラ・マキーナ)が完全に現れるよりも速く、演操者(ハンドラー)である私を潰そうとしているのだろうが……あまいわね。

 

ガシッ!!

 

「ガ、アッ!?」

 

直前まで迫っていた烏の顔を魔神の腕が捕まえる。

そして、そのまま烏の頭を地面に押し付け、そのまま腕の下にある頭と自身の腕を支えにして勢い良く私の影の中からその巨体を引き上げる。

 

「ガ、ギャアアァァァーーーーッ!!」

 

下に押さえつけられたままの巨烏の頭部に魔神の体重のほぼ全てが掛かり、巨烏が悲鳴を上げる。

しかし、そんな敵の悲鳴など全く気にも留めず、琥珀金(エレクトラム)は頭を押さえ続ける。

折角対して魔力も使わず相手を捕まえることが出来たのだ。

態々逃がす筈もない。

 

「ほぅ……そいつがそうか」

 

私の隣にいる和斉が琥珀金(エレクトラム)を見上げながら、どこか感心したかのような声を洩らす。

ああ、そう言えば道場の関係者には今迄見せたことはなかったわね。

まぁ、そんなに簡単に見せる様な物ではないから別におかしくもない。

 

「ええ、GDの中でも盟主の側近である【左手(シニストラ)】が使う機巧魔神(アスラ・マキーナ)

 それが、この琥珀金(エレクトラム)よ」

 

やや誇らしげに言って、私も目の前で敵の烏を押さえつけている魔神を見上げる。

全身を覆う装甲は、やや黒味を帯びた金色を基調として、赤や白の線が入り、装甲としては若干豪勢だとも思える模様を描いている。

亜鉛華や尖晶(スピネル)の様な細身の機巧魔神(アスラ・マキーナ)とは異なり、全体的に横幅が広めだ。

かといって、太っている様に見えるという訳ではない。

人間の男性で言えば、肩幅が広めで、がっしりと全身に筋肉が付いている様な体型……ボディービルダーみたいな体型と言えば分かりやすいだろうか?

そして、右手にはその体型に見合った巨大な斧槍(ハルバード)

自身の能力を使って戦う機巧魔神(アスラ・マキーナ)の中では珍しい、武器を持ったタイプ。

……まぁ、里見の蒼鉛(ビスマス)も似たようなものを持っているが、あれとは別だ。

琥珀金(エレクトラム)の能力はあの槍?(ドリル)の様なものではないのだから。

 

「怪我の身をおして来て良かったぜ。

 こんな珍しい機体が見れたんだからな」

 

そう言いながら和斉は、自身の隣に控えさせていた小さめの――それでも人の背丈ぐらいある――影の烏を三本脚の巨烏の許へと向かわせる。

主人の指示に従い飛んで行った魔精霊(サノバ・ジン)は、敵の許に辿り着くと、自身の身体を鳥の形から液状へと崩す。

 

「え……?」

 

私が驚いているうちに、体を崩した烏は影の縄へとその身を変じさせ、使い魔(ドウター)の身体を縛りに掛かった。

 

「ガ、ガアアァァアアーーーッ!!」

 

当然、捕まるわけにはいかない、と敵の烏も必死に暴れ、魔神の手中から逃げようとするが、琥珀金(エレクトラム)と大きい方の魔精霊(サノバ・ジン)二体掛かりで押さえつける。

その間に、翼や足を押さえつける形で無事縛り上げることに成功。

普通の縄では不安だけれど、あの縄も一種の魔精霊(サノバ・ジン)みたいなものだし大丈夫だろう。

後は、学生連盟の増援が来たら引き渡せばいいか。

……というか、改めて戦闘で使ってるところを見ると便利な能力よね……

 

「ふぅ……」

 

溜息を吐きながら、私はドサッと、音を立てて使い魔(ドウター)から少し離れた場所に腰を下ろす。

警戒しておく必要があるから琥珀金(エレクトラム)はまだ影の中へと戻す訳にはいかない。

だから、気を抜くわけにはいかないが……一段落したと判断して良いと思う。

 

「おぅ、お疲れさん」

 

和斉も魔精霊(サノバ・ジン)の背中に乗りながらこちらまで移動してくる。

……どうやってこんな郊外にまでやって来たのかと思ったら、そういうことね……

普通に歩くことさえ難しい体ではあるが、自身の魔精霊(サノバ・ジン)に乗ってくるのなら話は別。

多少なりとも体への負担――非在化云々は別問題――も普通の乗り物より減らせる筈だし、何よりどこからでも移動可能である。

便利と言えば便利だが……それで傷が悪化したらどうするのよ……

よし、今度から和斉の部屋には魔力封じの結界でも張っておこう。

そう、私が一人で決意していると、ふと、疑問が湧き上がってきた。

 

「ねぇ、和斉……」

 

「ん、なんだ?」

 

「一息ついてるとこ悪いけど、少し気になることがあるの」

 

「……気になること?」

 

「ええ」

 

視線を和斉から、捉えてある使い魔(ドウター)の方へと視線を向ける。

すると、そんな私につられてか、和斉も視線をそちらへと。

互いに向いている方向を合わせたまま、私は疑問を口にした。

 

「あの使い魔(ドウター)、本当に八條……美呂ちゃんの呼びだした使い魔(ドウター)なのかしら?」

 

「……どういうことだ?」

 

未だに影の縄から抜けだそうともがいている3本脚の巨烏へ疑惑の視線を送りつつ、私は話を続ける。

 

「いえ……戦闘中もずっと不思議だったんだけど、あの使い魔(ドウター)、まったく能力らしき能力を使ってこなかったのよ」

 

「……ああ、言われてみれば……確かにそうか」

 

そう、翼や足、それに嘴といった部位を使ってくるだけで、八條の使い魔(ドウター)特有の能力であるはずの“影操作”を使ってこなかった。

ひょっとしたら、主である契約者(コントラクタ)や呼び出した雌型悪魔が近くにいないと能力を使えないのかと思ったが、

 

「やっぱりおかしいの……?」

 

「ああ、八條(うち)の悪魔が呼び出したんなら、“影操作”の能力は使えて当たり前のはずだ。

 幼体、あるいははぐれ眷属(ロスト・チャイルド)ならそういった可能性がない訳もないんだが、あそこまで成長した姿だと、間違いなく成体だろうからな……」

 

和斉の言葉により、その考えは否定される。

まだ美呂ちゃんが攫われてから1日と経っていない。

つまりは、仮に美呂ちゃんが契約したとしても1日と経っていないということ。

やつらの狙いが何なのか知らないが、呼び出して1日程度の使い魔(ドウター)であるのなら、何らかの不調があったとしても別段不思議な事ではない。

むしろ、こちらにとっては非常に好都合なのだから全くもって問題ではないが。

他の八條筋の悪魔の家の少女が誘拐されたという報告は受けていないから、この使い魔(ドウター)を呼び出したのが美呂ちゃん以外の八條家の悪魔だとは考えにくい。

仮に、能力を使うな、と命じられていたとしても、(私が劣勢だった時はともかく)こんな状態になってまでそんな命に従っているとは少々考え難いし……

 

そんな不可思議な状況の中で、ふと、思い出す。

 

「ひょっとして、この使い魔(ドウター)……」

 

とある能力を持った一族の雌型悪魔が攫われていたということに。

もし、その一族の使い魔(ドウター)が呼び出されているのならば……

 

そこまで思考を進めた時だった。

その気配に気づいたのは。

 

「……冬琉」

 

「ええ」

 

隣にいる和斉と視線を合わせ、警戒の体勢を強める。

琥珀金(エレクトラム)には私たちを護るような姿勢を取らせ、和斉の魔精霊(サノバ・ジン)は捕らえてある使い魔(ドウター)の周囲を警戒する様に視線を彷徨わせ始める。

使い魔(ドウター)を敵に奪わせないようにするために上下左右、更には前後を探り、敵に隙を付かれないよう全ての方向に警戒の網を張る。

 

そのままの状態で5分ほど経った頃だろうか、声が聞こえた。

 

「消えろ、フォーゼ」

 

声が聞こえると同時に、捉えていた敵の姿が溶けるように消えていく。

その事に驚きながらも、声の聞こえてきた右斜め後方にすぐさま体を向け、

 

「そこか!」

 

声を上げながら影で編み上げた弾丸を放つ和斉。

が、敵もさる者。

弾丸が木々を貫き、彼方へと去っていく風切り音は聞こえても、敵を貫いたと思われる音は聞こえない。

防いだ音や、地面に落ちた音などは聞こえなかったから、全て避けるかいなすかしたのだろうが……

だが、私は一先ずそちらへの対処を和斉に任せ、琥珀金(エレクトラム)を動かす。

動かした先は、先程まで捕らえた使い魔(ドウター)を転がしてあった場所。

 

私のさっきまでの考えが正しいのなら、きっと……

 

そう思い、琥珀金(エレクトラム)斧槍(ハルバード)を振り上げさせ、勢い良く目の前の地面に叩きつけようとする。

だが、その直前、

 

「……すみません、冬琉さん……兄様」

 

琥珀金(エレクトラム)の目の前に一人の少女が現れた。

現れた少女は自身の影を操り、瞬時に自分とその後方にある“何か”を影の中へと沈めていく。

あまりにも突然現れた彼女に呆気に取られ、魔神の動きを止めてしまう。

その間に、彼女はズブズブと自身の影の中へ沈んで消えていくというのに。

 

「……美呂、ちゃん?」

 

ようやく、頭が働いた私が洩らした一言。

その一言に、

 

「なんだと!?」

 

後ろを向いていた和斉が慌てて振り返るが、

 

「………………」

 

その時にはもう、彼女の姿はどこにもなかった。

その場に残っていたのは、周囲を警戒し続ける影の巨烏と、斧槍(ハルバード)を振り上げたままの体勢で固まったままの琥珀金(エレクトラム)

そして、自身の影の中に消えていった少女の兄と、彼女の姿を唯一確認した私だけだった。

それから2、3分後に夏目くんたちが到着したけれど、時既に遅し。

彼らが見たのは、激しい戦闘の残り傷と、この場にいるはずの無い和斉のみ。

敵の姿はどこにも見当たらない。

せめて彼らがもう少し早く来てくれていたら、と願わずにはいられない。

和斉は怪我の事なら心配する必要などない、と夏目くんたちに言っているけれど、そんな訳ない。

 

敵には逃げられ、美呂ちゃんにも私たちの前から去られたのだ。

 

自身の怪我以上に、妹が敵側についたというその事実が彼をどれだけ苦しめているのか。

なぜ、彼がこんなにも辛い思いをすることになるのか。

美呂ちゃんはどうして、敵側についたのか。

 

そんな考え出したらきりがない様な事を、和斉を見ながら考える。

それに、敵はともかく、美呂ちゃんの事を伝えるべきかどうすべきかすごく迷ったけれど、今は言わないことにする。

 

だって、あの時、影の中に消える直前、私の見間違えじゃないのなら、確かに彼女はこう言っていたのだ。

 

……ごめんなさい

 

と。

 


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