闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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サブタイ通り、今回はあまり話は動きません。
代わりに次回からがもろ戦闘回ですが……


31回 嵐の前の静けさ

コンコンコン

 

「…………どうぞ」

 

「……失礼します」

 

部屋のドアをノックし、中から返事が返ってきた――やや間があった――のを確認したので、声を掛けながら扉を開き中に入る。

 

「……夏目と水無神、か」

 

「思ったより元気そうですね、八條さん」

 

読んでいた本から顔を上げ、こちらを見てきた八條さんはやや疲れた表情を見せながら僕らに視線を向ける。

大怪我を負っている患者なので、顔色がそこまで好くないのは仕方ないけれど、

 

『冬琉さんじゃなくて残念でしたね』

 

明らかに期待外れの顔を向けるのは止めて欲しい。

当然気付いていた操緒が、笑いながらその事を指摘すると、

 

「ふん」

 

鼻を鳴らして、不機嫌そうな顔を造り上げ、サッサと僕らから視線を外して本に戻す。

分かりやすい反応、ありがとうございます。

……というか、いつの間にこんな分かりやすい顔をするようになったのやら。

少なくとも入院する前の八條さんがこんな反応を返してきたことはなかったと思うのだけど。

 

「とりあえず、お見舞いの品です」

 

苦笑いしながら、僕は、来客用の椅子を引っ張り出して座り、途中で買っておいた簡素な果物詰め合わせを近くの棚に置いておく。

学生連盟の本部からここに来る途中、買っておいたのだ。

斜め後ろに浮かんでいる操緒は微妙な表情になりつつも、割と真剣な眼差しで八條さんの方を見ている。

 

「ああ、悪いな………で、何の用だ……?

 今迄殆ど顔を見せなかったお前たちが態々来たんだから、何かあるんだろう?」

 

お見舞いの品にお礼を言いつつも、僕らの反応を無視して、八條さんは話を進めようとする。

すまし顔で話を進めようとしているから、誤魔化そうとしているということはなんとなく分かるが、別に僕はその辺りを弄るつもりで来たわけではないのでスルー。

冬琉さんとか、氷羽子さん辺りなら喜んで弄るのだろうが、幸運にも今日は来ていない。

 

「まぁ、そうですね」

 

用事があるのは事実だし、当人がそれを望んでいるのだからサッサと本題に入るとしよう。

 

「八條さん……冬琉さんと何かありました?」

 

先日から感じていた冬琉さんの不調。

その原因の一つに目の前の雄型悪魔が関係しているのは間違いないと思うのだが……

 

「どうしてそんなことを俺に聞く?」

 

逆に不思議そうな顔をして問い返されてしまった。

 

……本当に知らないのか……?

 

あまりにも自然に返されたため、一瞬、この人は本当に知らないんじゃないか、と思ってしまう。

が、我に返って考え直してみれば、知らない方がおかしい。

僕たちは八條さんが言っていた通り、あまり病院に来ていないが、冬琉さんが来ていないはずがないのだ。

操緒に視線を向けてみるも、

 

『トモに任せる』

 

あっさり返され、まるで意味がない。

……はぁ、仕方ない。

 

「いえ……さっき学生連盟に言った時に会ってきたんですけど、冬琉さんの調子がすごく悪そうだったので……

ひょっとしたら、八條さんなら何か知ってるんじゃないかと思ったんです」

 

取り合えず、さっき見て、感じた事をそのまま八條さんに話すことにしよう。

 

「眼の下には隈がありましたし、顔色も真っ青、髪もボサボサ、まるでここ数日まともに寝てないんじゃないかと思えるぐらい酷かったんです。

 こんな時だから“根を詰めるな”とは言えませんけど、でも、やっぱり休むことは大事だと思うんです」

 

「あの冬琉が、ねぇ……」

 

僕から見た冬琉さんの様子を聞いて思うところがあるのか、真剣な顔になって考え込む八條さん。

彼だって、こんな時分だから多少なりとも疲労が重なるのは分かっているだろうから、冬琉さんの暴走は不安なのだと思う。

それとも、僕が言うことに何か思い当たる節でもあるのだろうか?

 

僕だって、学生連盟の本部からここに来る間に、操緒たちと冬琉さんのあまりの不健康さについて話し合ったのだが、結局思い当たるものは見つからなかった。

 

今迄道場や、合宿の時に散々僕らに対して心構えを説いてきた冬琉さんだから、体調管理について知らないはずがないし、学生連盟に所属してから今回の件があるまではしっかりと実践できていた。

それが、突然ああなってしまったのだ。

心配するな、というのが無理な話である。

 

「ええ、なので八條さんなら何か知ってるんじゃないかと思って……」

 

『この間、冬琉さんが襲われた時一緒にいましたし』

 

期待を込めた視線を操緒と二人、揃ってベッドの上の八條さんに向ける。

が、

 

「悪いな。

 俺には分からん。

 今度会ったら聞いとくわ」

 

「そう、ですか……」

 

期待とは真逆の返事が返って来た。

なんとなく分かっていた事とはいえ、やっぱり残念なものは残念だ。

操緒と揃って落胆する。

ここで原因が分かれば、冬琉さんの体調を回復させることができると思ったのだけれど。

ひょっとしたら、二人の関係の変化に関係するものだから話せないのかもしれないが……

 

≪尚更聞けるわけないよ≫

 

聞いたとしても、八條さんが話すとは思えない。

……はぁ、仕方ない、か。

 

「すいませんでした、失礼します」

 

「いや、こっちも力になれなくて悪かったな。

 冬琉の奴が来たら注意しといてやるよ」

 

『お願いします』

 

分からないなら分からないでどうにかするしかない、か。

肩を落としながらも椅子から立ち上がり、退室の挨拶をして八條さんの部屋から出る。

 

「蹴策のとこにも顔出していこうか、操緒」

 

『ああ、そだね。

 丁度ここまで来たんだし、氷羽子ちゃんもいるかもしれないからね』

 

「……いや、氷羽子さんがいるなら遠慮した方が良いと思うんだが」

 

ここまで来たんだし、蹴策の所にも寄っていこうか。

あいつの心配なんてまるでしていないけれど、八條さんの隣の部屋なんだ。

折角だし顔だけでも見ていこう。

……ただ、氷羽子さんとの甘ったるい時間を邪魔するのもあれだから、氷羽子さんがいたらサッサと帰れば良いさ。

うん。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「もういいぞ」

 

夏目と水無神が部屋を出て、隣の蹴策の部屋に入っていたのが聞こえたので窓の外に向けて声を掛ける。

 

「……そう、ありがとう」

 

普通だったら窓の外から返事が返ってくるなど考えられないのだが、当然の様に返事が返ってくる。

そして、先程まで夏目が言っていた内容からは全く想像できないほど身軽に窓を乗り越え部屋に入って来たのは、

 

「……夏目にまでばれてちゃ意味ないだろうが、冬琉」

 

「そうね……もっと化粧を濃くしなきゃいけないかしら……?」

 

先程までの会話の主要人物、橘高冬琉、その人だ。

最近は忙しいだろうに、毎日俺の入院している部屋にやって来る。

それが原因で今の様な体調になっているのだとしたら別に来なくてもいいのだが……

 

一度、体調が悪くなっていた冬琉にその旨を伝えたことがあるのだが、

 

『いいの。

 心配してくれてるのは嬉しいけど、貴方が動かない分は私が動こうって決めてるから』

 

あっさり断られてしまった。

しかも、冬琉に重荷を背負わせている理由が俺にあるのだから、あの時ほど悔しくて仕方ない時はなかった。

俺がはっきり止めれば、きっと冬琉は止まってくれる。

学生連盟としての仕事は普段通りにこなすだろうが、ここまで疲弊はしないはず。

けれど、その事が分かっていながらも、今の俺はその言葉を彼女に掛けることができない。

 

我ながら自分が情けなくて仕方ない!!

 

「そんなことを気にするぐらいなら、もっと休め」

 

口から出るのはそんな気休めの言葉だけ。

もっと言わなければならないことがあるはずなのに、その言葉が俺の口から出てくることはない。

 

「いいえ……そうね、少しだけ休ませてもらおうかしら」

 

断りかけた自身の言葉を引っ込め、冬琉は珍しく俺の言葉に頷いた。

 

「なら、夏目たちが隣の部屋にいるうちに早く帰って……」

 

トサッ

 

「少しで良いから……お願い」

 

休むんなら早めに帰った方が良いと思い、サッサと家に帰る様に促そうとした俺を遮るように、ベッドの端に腰掛けた冬琉が寄りかかってくる。

普段の冬琉であれば、まず考えられない行動。

先程まで纏っていた張りつめた空気を緩ませ、ただ俺に体を預けてくる。

 

……珍しいこともあるもんだ。

 

俺に寄りかかっている冬琉は緊張の糸が切れたのか、GDとしての顔ではなく、一人の年頃の少女の顔に戻っていた。

 

「……ああ、お前が満足するまでそうしてろ」

 

そんな顔をした冬琉を拒否するほど、俺は鬼ではないつもりだし、何より、

 

「ん」

 

仔犬の様にじゃれついてくる冬琉の姿は純粋に可愛いと思えたのだ。

俺が見ている横で、冬琉は自身の頭を俺の肩に掛け、目を閉じる。

 

サワサワ

 

動かしても問題のない方の手で、つい頭を撫でてしまうが、

 

「……ぅん…」

 

冬琉から漏れたのは、美呂が甘えてくる時に漏らすものにも似た甘い吐息のみ。

予想外の反応に、心臓の鼓動が速まり、顔が熱くなるのを感じる。

それでも、止めることなくそのまま撫で続けていると、

 

「………すぅ……」

 

余程疲れていたのか、冬琉は寝息をたて始めた。

間近に見える冬琉の肌の色は、夏目の言った通り、確かに青ざめているし、目の下には隈がある。

 

「ばか、こんなになるまで働きやがって」

 

そんな冬琉の顔を見て、言葉が漏れる。

別に俺の頼みなんて無視して良いのによ。

 

時々、こいつの将来が無性に心配になる。

普段は真面目で、ふざけてるくせして、いざとなったら周囲の人間の言葉なんて気にせずに一人で突っ走りやがるからな。

 

「やっぱり、俺がいてやんなくちゃ駄目なのかね」

 

こいつが起きていたら絶対に口に出せないであろう台詞が口から漏れるが、特に嫌な気はしない。

こいつの寝顔を見ていると、守ってやりたくなるし、ずっと一緒にいたいと思う。

今迄抱いたことのない感情だったが、そんな感情を自分が持っていることが全く不思議ではなかった。

だって、自分ではもうとっくに気づいていたんだから。

 

俺は、橘高冬琉(こいつ)のことが好きなんだ

 

って。


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