闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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先にいっときますが、色々と視点が動きまくっています。
ご了承ください。


32回 開戦

学生連盟との打ち合わせがあったあの日から、早いもので5日が経過していた。

前回は里見が途中で横入りしてきたので、実際の作戦内容などを煮詰めることは出来なかったが、その後改めて討議した結果、日時と作戦内容は決定。

嵩月、鳳島両家の長や幹部陣にも無事承諾していただけたので、後は作戦決行まで待つのみ。

 

……まぁ、今日の一九○○時が決行時刻なのだが。

 

因みに、今現在、土曜日の午後5時。

つまりは、後2時間ほどで作戦開始なのだ。

 

「……はぁ、上手くいくかな……?」

 

学生連盟との協議の結果、相手の本拠地と思われる場所に潜入するのは、

 

僕、奏、操緒、氷羽子さん、鳳島の幹部2名、橘高姉妹、雪原さん

 

の、計9名である。(紫浬さんも入れたら10名)

大多数で侵入すると、即座に気付かれて、防衛網を敷かれる可能性が高いため、少数で攻め込むことになった。

 

学生連盟からは≪右手(デストラ)≫と≪左手(シニストラ)≫の最高戦力といっても差し支えないであろう二人。

嵩月、鳳島両家からは両家の跡取りである娘たち(+幹部勢)に加え、演操者(ハンドラー)でありながら悪魔の家に所属している――魔神相剋者(アスラ・クライン)であるところの僕。

既に、嵩月組の幹部勢にはペルセフォネを呼び出す許可は(条件付きで)取ってあるので、その辺りの事は心配する必要はない。

 

華島家や敵対勢力の下部組織には、千代原さんを筆頭とした信頼のおけるGDと、両家の総戦力が投入されているため僕らが心配する必要はないはずだ。

僕の組内での扱いが気に喰わない嵩月組(うち)の反抗的な若い連中が不安だが……その辺りは八伎さんに任せてあるので心配していない。

例え造反されたとしても、適切に処理されることだろう。

出来ることなら、穏便に済ませたかったから、(僕も奏との仲を解消するつもりなどさらさらないので)彼らには早々に諦めて欲しかったが、残念ながらそうはならないようだ。

むしろ、この事件に乗じて裏切る可能性が高まってしまった。

幸いにも少数なのですぐ鎮圧されるだろうが……彼らには悪い事をしたなぁ。

 

取り合えず、考えられる限り、これ以上ない戦力配置だろう……僕を除いて。

 

氷羽子さんに説明されても、未だに自分がそこまで重要視されてる理由が良く分からない。

大体、そう言うのは直貴(あいつ)の役割であって、僕の役割ではないはずなのに。

 

「ま、やるしかないか」

 

「はい」

 

『そうだよ。

 美呂ちゃんたちを助けなきゃ!!』

 

「キュルゥーーー!!」

 

右隣りに奏。

左隣りに操緒。

そして、僕の膝の上にはペルセフォネ。

 

こんな情けない僕に力を与えてくれた少女たちと、その証。

 

彼らがいてくれるなら、僕は負けない。

加賀篝にも、部長にも、直貴にも、そして、あの犯人にも。

 

「時間だし、行こうか」

 

「ええ」

 

『うん』

 

「キューー」

 

僕が春楝と春楝・闇を掴み、腰に差して立ち上がる。

奏も僕に続く様に、懐剣を懐にしまい立ち上がる。

操緒は宙に浮き上がり、表情を引き締める。

ペルセフォネは鳴くと同時に周囲に炎の魔法陣を描き、その場から消える。

 

そうして、僕らは目的地に向けて移動を開始した。

 

敵の拠点があるのは、暮海崎

 

暮海崎要塞観測所の地下ではないが、ごく近い所にあいつらの拠点はある。

まさか、そんな前回からの因縁の地になるとはね……!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 

「……ゥん」

 

いつもの様に、気だるげに頭を振りながら暗がりの中目を覚ます。

与えられた簡素な寝床は硬く、布団も薄いせいか寝心地は決して良いとは言えない。

ま、物心がついた時からこんなところで寝ているから、今更言いも悪いもないがな。

 

『おはよう、アイン』

 

「ああ、おはよう、イナンナ。

 今何時だ……?」

 

寝惚け眼を擦りながら体を起こし、宙に浮かび上がる女性に話しかける。

 

『大体、午後6時半ぐらいね。

 いつもより少し遅いけど、特に問題ないわ』

 

「そうかい、そりゃ何より」

 

部屋の中に付いている水道まで歩いていって顔を洗い、口を濯ぐ。

水道から流れてきた水は、ぬるく、滑り、俺の顔に纏わりつくかのような不快感を持っている。

実際は少々金属臭のする水なだけで、俺の気のせいだろうがな。

 

「今日のノルマは?」

 

『そうね……昨日2人消えちゃったから、4人ぐらいいると安心できるわ』

 

「無茶言うな」

 

普段通りに今日の目標を告げてくるイナンナに、俺も苦笑しながら普段通りに返事を返す。

最近は学生連盟の連中が本格的に介入し始めてるから一日で4人なんてキツイっての。

 

『なら、2、3人ってとこかしら』

 

「ま、それが妥当かね」

 

≪取り合えず消えた奴ら分ぐらいは補給しなければなるまい≫と目標を決め、扉を開いて部屋から出る。

一歩踏み出した廊下も、部屋と同様に暗い。

人が移動するスペースなので、流石に部屋の中よりは若干明るいが。

ほのかに明るく、暗い廊下に浮かび上がるイナンナの姿は、先程の姿よりもどこか神秘的に見えるが、そんなことを言うと面倒な事になるので言うつもりはない。

 

ぅぁ……んーーーーっ!!

 

建物の外に向けて歩き出そうとすると、廊下の逆の方から女の嬌声が聞こえてきた。

それでも足の向ける方向は変わらず、気にすることなく歩き出す。

ここでは情事の音や声など、常日頃聞こえてくるのだから今更気にする事もない。

防音設備なんて外に聞こえない程度にしかなされていないから、内部では丸聞こえ。

慣れてしまって当然だ。

ああ、ただ、濡れてないのに無理矢理色々ブチ込まれた奴とか、ダルマにされたばかりの奴が叫んでる時の声なんかはうるさいがな。

取り合えず、やってる奴らには口を塞ぐぐらいの配慮をして欲しい。

周りがうるさいと俺たちの安眠妨害になるのだから。

ま、個人的には、そんなに叫ぶ元気があるなら、まだまだ余力があるということの証明になってくれるから、あいつらの遊びも助かっているといえば助かっている。

 

「なんだ、まだやってんのか……?」

 

熱心なこった。

俺が寝る前からずっとやってるとすれば、かれこれ12時間以上になるわけだ。

……よくそんな気力、もとい精力があるな。

 

『みたいね。

 これから使う奴らもいるから程々にして欲しいのに……』

 

「それで止める連中なら苦労しねぇよ」

 

俺にしろ、イナンナにしろ、あいつらに死なれると戦力が減って困るから遊びもほどほどにして欲しいのだが……まぁ、流石に連中も組織に所属している以上、その辺りのことは分かっているはずだ。

生死のラインは分かっているはずだから死なない程度に遊ぶはず。

 

『それもそうね。

 ま、良いわ。

 死ななきゃいいんだし、いざとなったら、また連れてくればいいんだもの』

 

「だな。

 ……と言っても、俺たちが働けばいい期間もあと少し。

 そうすりゃ晴れて自由の身だ」

 

そう、物心がついた頃からこの組織に使われ続けて早15年。

ようやく解放されるのだ。

勿論、組織が色々知っている俺たちをそう簡単に自由にしてくれるとは思わないが、その時は上の連中を全部殺して俺がトップになればいい。

表向き連中に従っている様な態度を取ってはいるが、現在のうちの組織の最高戦力は実質俺一人。

油断している所で突然反逆しても、そうそう簡単に鎮圧など出来る訳もないのだから。

 

『ええ、頑張りましょう。

 私と貴方、二人の未来のために』

 

「ああ」

 

何にせよ、今はまだ準備期間。

 

もう少しで、俺たちは……

 

そうまだ見ぬ未来に思いを馳せていた時、

 

ドンッ!!

 

「『…っつ!?』」

 

地獄の底から響いてくるような衝撃音が聞こえると同時に、建物が、揺れた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「そうだね。

 サッサと済ませて帰るとしようか」

 

土埃が舞う中、冬琉さんと雪原さんが軽い調子で会話をし、大きな穴が開いた建物の入り口へ悠然と歩き出す。

冬琉さんの背後に浮かんでいた秋希さんの姿は消え、代わりに冬琉さんの影の中から現れているのは巨大な斧槍(ハルバード)を持った金色の腕。

冬琉さんの機巧魔神(アスラ・マキーナ)琥珀金(エレクトラム)の一部だ。

先程建物の裏側を壊したのもこの魔神の力である。

前回と今回、どちらの世界でも初めて見る機体だが冬琉さんが使役しているだけあって、殆ど隙が見られない。

 

「じゃ、僕たちも」

 

「はい」

 

『うん』

 

「分かりましたわ」

 

堂々と隠れる様子もなく歩く冬琉さんたちとは対照的に、僕と奏、それに操緒と氷羽子さんは事前に打ち合わせしてあった方向に向けて、コソコソと足音を可能な限り忍ばせ、姿を隠しながら進んでいく。

鳳島組の幹部の方は冬琉さんたちの支援に回ることになっているので、今回の行動は僕たち4人だけで行うことになっている。

 

うう、すごく不安だ。

 

背後から響き始めた戦闘音を受け、僕たちは誰からともなく足の速度を速めることになった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「さぁてと、上手くいくかしらね、今回の作戦は」

 

琥珀金(エレクトラム)を影の中に戻し、冬櫻を振るいながら建物の入り口付近で暴れ回る。

どこからこれほどの数が湧いてくるのか、と疑問に思えるほど周囲にはたくさんの敵。

軽く200人程はいるんじゃないだろうか。

 

「僕が知るわけないだろう?

 今はそんなことを気にするより、目の前の相手を片付けるのが優先だと思うけどね」

 

『気を抜くなよ、冬琉。

 問題の男はまだ出てきていないが、それでもこの数だ。

 気を抜くと圧殺されるぞ』

 

「はいはい、ごもっともです」

 

秋希ちゃんと瑶に窘められながらも、冬櫻を振るう速度は緩まない。

相手が集団戦闘に慣れていないから、幾らでも隙は有るし、攻める手段は有る。

まぁ、気を抜いたらその瞬間に囲まれて終わりでしょうけど……でも、その緊張感が良い。

学生連盟の役割以外に、和斉に頼まれた仕事もあるけど、それをするにはこの面倒な相手を突破しなきゃいけない。

だから、結局学生連盟の一員としての役割をこなすしかないわけだ。

 

「ねぇ、瑶。

 一気に終わらせられないの……?」

 

目の前にいる男の腕を切り落とし、返す刃で向かって来た3人の胴を一薙ぎ。

3人揃って上半身と下半身が綺麗に分かれ、夥しい血が流れ出す。

返り血が私に掛かる前にそこから離れ、次の敵へ。

今着てるのは洛高の制服で、念のため予備もあるけれどあまり汚したくはない。

……これが悪魔だったら血液を使って攻撃してくる可能性が高いので気をつけないといけないが、今の相手は(身体構造は)普通の人間たち。

そういった能力面で注意する必要はないだろう。

 

そんなことはさておき、和斉との約束を思い出して焦る気持ちが言葉になって出てしまうが、

 

「何言ってるんだい、冬琉?

 作戦の内容を忘れたのか……?」

 

「あー、そうだったわね。

 ごめんなさい、こうも敵の数が多いと、つい、ね」

 

再び一閃。

今度は4人の頭と胴体が綺麗に分かれる。

 

私たちに与えられた今回の作戦での役割は囮。

右手(デストラ)≫と≪左手(シニストラ)≫というこちらの世界で良く知られたネームバリューを利用させてもらおう。

まさか、私たちが囮で本命は別の相手だとは思うまい。

 

「その点に関しては同意するよ」

 

私の言葉を聞いた瑶も若干うんざりした様子で玻璃珠(カルセドニー)を操作する。

純白の魔神が腕を振るうと、それだけで猛烈な突風が吹き荒れ、群がっていた敵を大空へと撃ち上げていく。

そして、凡そ10mほど打ち上げられた敵の面々は、見事なまでに空と地面を逆さにされ、

 

ズシャッ!!

 

勢い良く頭から地面に落下し、綺麗な真紅の大輪の華を地面に咲かせた。

 

機体の名前が有名だというのは困ったもので、対処方法が準備されやすいものだが、玻璃珠(カルセドニー)に関して言えば、あまり意味がない。

 

あの機体の能力は【大気掌握】

 

周囲に常日頃から存在する大気を操れるのだ。

空気の壁や刃を造り出すのは初歩の初歩で、大気中の物質を操れば幾らでも応用が利く。

敵の顔周りだけを真空にしてやれば、相手は呼吸困難ですぐに倒せるし、成分調整をしてしまえば幾らでも毒を作り出せる。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)同士の闘いであったとしても、大気を操れる分強力なアドバンテージを取れる。

可能なことが多過ぎて、それら全てに対処するのはほぼ不可能なのだ。

 

まぁ、今はそのことはいいわね。

こっちが優位な事に変わりはないのだから。

 

「ならサッサと片付けましょうか」

 

「まぁ、良いけど……あまりに早すぎても意味がないから程々にね」

 

「ええ」

 

気分が乗ってきたこともあり、更に剣筋は鋭く、剣速は速く。

このまま終わらせてあげる。

その方が、私たちの目的は早く達成されるのだから。

さぁ、あなた達に止めれるものなら止めて見せなさい。

 

魔神相剋者(アスラ・クライン)!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

場所は変って、華島家本家付近。

 

「そろそろ始まった頃でしょうか…?」

 

周囲を固めるのは、嵩月、鳳島両家の精鋭たちと、学生連盟から派遣されたGDや職員たち。

 

「でしょうな~。

 こちらは動きがあるまで待機やから、実感はありまへんけど」

 

見張りを両家の構成員と、2名のGDに任せ、八伎と千代原を含んだ数名は打ち合わせをしていた。

彼らとしては動きがない方が怪我をする可能性も少ないし、魔力を消費しなくていいのでありがたいのだが……

 

「失礼します!!

 華島本家に動きがありました!!」

 

「監視対象の各家も同様!!」

 

そうともいかないらしい。

 

「あら」

 

「行きますか」

 

弛緩していた空気を一変させ、彼らの思考は戦闘に。

 

「ええ。

 頑張ってや、瑶、冬琉」

 

「お嬢様を頼みましたよ、夏目さん」

 

それでも、千代原と八伎は待機していた場所から移動する直前、そんな台詞を呟いた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

建物の裏側から聞こえる悲鳴や落下音など様々な音を聞きながら薄暗い廊下を駆け、僕たちは建物の中枢を目指していた。

目指す先はこの組織の頭脳とも言って良いであろう会議室と、その周囲にあるであろう幹部連中の居住区画。

この組織は、明確なリーダーがいない代わりに、7名程の幹部たちが会議で活動方針を決めているのだ。

明確なトップがいないから潰しにくい。

実際、今迄学生連盟がてこずっていた理由としてこれが大きい。

例え6人捕えたとしても、残りの1人が他の場所からまた6人集めてすぐに復活してしまう。

だが、事前に回ってきた情報によれば、今日は全員がこの建物に揃っているはずだし、こんな事態になったんだから、ほぼ間違いなく全員が会議室に揃って対応策を検討しているはず。

 

≪そこを叩く!!≫

 

ここで全員を捕縛すれば、実質組織は崩壊。

唯一の懸念は例の魔神相剋者(アスラ・クライン)だが、そこは後処理で学生連盟に任せることになっている。

 

≪……でも、こんな状況で交戦しないはずがない≫

 

下手すれば、中枢に向かう途中で僕らが出会う可能性もある。

魔神相剋者(アスラ・クライン)の恐ろしさを知っている身としては、出来れば会いたくないものだ。

 

「すみません、私はここで」

 

とある通路の分かれ道。

唐突に氷羽子さんが口を開いた。

 

「ええ、お願いします」

 

「美呂ちゃん達を、よろしく」

 

『頑張って』

 

特に驚くこともなく、僕たちは返事を返す。

ここから氷羽子さんは、攫われた雌型悪魔たちの救出に。

一人では危険だけれど、今は頼るしかない。

 

「はい。

 では、また後で」

 

そう言って、暗い廊下の奥に向かって駆けていく氷羽子さん。

仄かに光る灯りを反射した銀色の髪先が暗闇の中に尾を引く様に流れ、どこか幻想的な光景の様だった。

こんな時だけど、少し見惚れてしまう。

 

「私たち、も、急ぎましょう」

 

「あ、ああ。

 そうだね」

 

そんな僕に、奏がやや不機嫌な様子で声を掛け、腕を引っ張り、走り出す。

……やっぱ、ばれてたか……

若干気まずい空気を漂わせながら、僕らは廊下を走り続ける。

その先で何が起きているのかも知らないまま。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

『……おかしい』

 

私と瑶が目の前にいる敵の対処をしていると、秋希ちゃんが戸惑ったかのような声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

勢いは減ったが、まだまだ向かってくる相手を切り、蹴り、時には殴り飛ばしながら秋希ちゃんの言葉に返事を返す。

既に周囲の地面は敵の身体から流れ出した血で真っ赤に染まり、私と瑶の服や体も敵の返り血で染め上がっている。

……一応気を付けてはいたんだけど、仕方ない、か。

 

『これだけ騒いでいるのに敵の演操者(ハンドラー)が姿を見せない』

 

「そういえばそうだね」

 

玻璃珠(カルセドニー)を遠巻きに警戒する敵を睥睨しつつ瑶が呟く。

……確かに、かれこれ5分か10分くらい騒いでいるというのに相手の主戦力が出てこないのはいくらなんでもおかしい。

もし仮に――本当に仮に――この、ただ群がり襲ってくる烏合の衆にリーダーがいたとして、そのリーダーにこの場の対処が一任されているというのなら分からないでもない。

それなら、リーダーが参戦を断って中枢部の警護に問題の人物を任せたとも考えられる。

もしくは、件の演操者(ハンドラー)をこちらが消耗するまで取っておき、ある程度私たちが疲れてきたら投入するというのはありだし、誰でも思い付く策だ。

が、

 

「何か考えがある、ってわけじゃなさそうよね……」

 

『むぅ』

 

際限なく湧き出しては、続々と戦線に加わっていく敵の構成員たちを見ると、そんな策があるとは考えにくい。

 

「……あちらさんが自分の意思で護衛に回ってるとか?」

 

魔神を使い、敵を文字通り吹き飛ばしながら瑶が答える。

 

「それにしたって、あの機体の能力なら“1機ぐらい”回してくるでしょ」

 

本人が来ることはなかったとしても、尖晶(スピネル)使い魔(ドウター)のコンビを一組み合わせぐらい回してくると思うのだが……

 

『単に向こうが物量で押し切ろうとしているという案は……』

 

「「ないわね(な)」」

 

『それもそうか』

 

秋希ちゃんらしくもない馬鹿げた案を、瑶と二人で即座に切り捨てる。

敵だっていい加減物量でどうこうなる問題じゃないと気付いているはず。

現に、初めの頃は勢い任せに突っ掛かってきた連中が守勢に回り出している。

 

……マズイわね。

 

「どうする、瑶?」

 

戦場に実際に立っているもう一人の仲間に確認の言葉を送る。

秋希ちゃんや鳳島の幹部の方々に聞くのも良いけれど、今この戦場で最も危険と見なされているのは瑶だろう。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)という巨大な機械仕掛けの悪魔に比べれば、私なんて所詮一人の人間にすぎないのだから。

 

「そうだね……固まられると面倒だ。

 防衛陣を築かれると厄介だし、攻めるとなると、それは僕たちの役割ではない。

 ……仕方ない、仕掛けるなら今だろう」

 

確かに、一ヶ所に敵が集まりつつあるが、まだ陣形が整えられていない今なら絶好の的だ。

それに囮である以上、敵が寄って来てくれないと意味がない。

防衛陣など築かれては戦力が分散してしまい囮の意味が半減してしまう。

……そういう意味では、早めに気付けて良かったと思う。

 

「じゃ、私たちがやるわ。

 いくわよ、秋希ちゃん」

 

まぁ、人がどれだけ陣を敷いたところで、この程度の人数だったら機巧魔神(アスラ・マキーナ)が全力を出せば殆ど意味をなさないからあまり関係なかったりするが。

 

『ああ、一撃で決めるぞ』

 

これまで散々猛威を揮ってきた玻璃珠(カルセドニー)に代わって力を揮うのは、私たちの悪魔――琥珀金(エレクトラム)

秋希ちゃんが虚空に溶けるように消え、私の影が広がる。

その異常に気付いたのか、敵が騒ぎ出すがもう遅い。

 

「来なさい、琥珀金(エレクトラム)

 

私の言葉と同時に勢い良く広がる影。

そして、光さえ喰らう漆黒の虚無の色に変わった私の影から浮かび上がってくるのは金色の魔神。

既に右手に握った斧槍(ハルバード)を大きく私たちの後方へと振り上げ、今にも集まり出した敵に振り下ろさんとしている。

更に、影を引き裂き、浮かび上がってきたその魔神からは奇怪な音が漏れ出していた。

 

『闇より重き、天蓋を震わせし……其は……

 

 初めは秋希ちゃんの声だった“それ”は、次第に擦れ、機械の魔神内部の歯車が絡み合い、擦れる機械音へと変わっていく。

 

 其は、科学の斧が崩す惑星(ほし)

 

完全に機械音のみとなったそれは言葉を最後まで唱え、一つの呪文と為す。

呪文が完成した途端、振り上げていた斧槍(ハルバード)の先端部に膨大な魔力が集められる。

悪魔ではない私にも分かるほどに強大な魔力。

集められた魔力があまりの圧力に軋み、周囲の空間が悲鳴を上げ、そして、

 

「やりなさい」

 

私が一言告げると、金色の魔神は集まっている敵目掛けて何の躊躇いもなく、その魔槍を振り下ろした。

勢い良く振り下ろされたそれは見事に敵の中央部に激突し、周囲に轟音を響き渡らせる。

圧倒的な破壊の力に曝された敵の面々は悲鳴を上げる暇もなく、蹂躙されていく。

土煙が晴れると、力の振るわれた光景が見えてきた。

斧槍(ハルバード)が激突した先にいたであろう人間たちは木端微塵に吹き飛び、まだ影響の少ない人間でも激突の衝撃と琥珀金(エレクトラム)能力(ちから)があるから、生きていたとしてもまず戦闘不能になっていて間違いないだろう。

問題は……

 

「や、やり過ぎちゃったかしら……」

 

建物のかなり重要そうな柱を完全に根元から破壊してしまったことだ。

中に夏目くんたちがいるのに……まぁ、大丈夫よね?

 

「相変らず、一撃の破壊力だけなら最強だね」

 

「うるさいわね。

 良いじゃないの、これで先に進めるんだし」

 

やたら嫌みたっぷりの瑶の言葉に琥珀金(エレクトラム)を影の中にしまいながらジト目で睨み返すも、あっさり涼しい顔で流される。

……はぁ。

それはともかく、ここにいる敵は全て片付いた。

まだ幾らか残っていた敵も、いつの間にか鳳島の方たちが片付けてくれている。

 

「じゃあ、私たちも中に……」

 

一度周囲を見渡し、ヤリ残しが見当たらないのを確認して先に進もうとすると、

 

『待て、冬琉』

 

秋希ちゃんに呼び止められる。

 

「?」

 

敵も残っていないはずだけど……?

若干疑問に思いながらも、姉の言葉に従い、周囲に目を回し、耳を欹てる。

すると、

 

「……っ!?」

 

誰かがこちらに向かってくる音が聞こえた。

右でも、左でも、ましてや後でもない。

 

 

建物内部から誰かがこちらに向かってくる足音が聞こえる。

しかも、先程までの烏合の衆とは違う雰囲気と、何か巨大なモノが床を歩く音と、翼を羽ばたかせる音。

そうして、建物の中からそれらはゆっくりと姿を現した。

浅黒い肌を持つ青年と、それに付き従う機械仕掛けの魔神と、翼を持った使い魔(ドウター)の姿。

 

「お、いたいた。

 俺の担当はこいつらか」

 

それは、この建物内にいるはずの魔神相剋者(アスラ・クライン)の姿で相違なかった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

地図を頼りに廊下を駆ける。

もう、目的の階には5分程前に辿り着いているというのに、肝心の会議室には、道のりが複雑すぎて未だに到達できていない。

だが、

 

「おかしい……」

 

「はい」

 

異常はすぐに感じ取れた。

 

『誰にも会わないね』

 

薄気味悪そうに操緒が言う様に、この階に辿り着いてから誰にも会わない。

厳重な階であるのなら、警備の人間、或いはそういった装置が設置されていてしかるべきだが、それらが全く見当たらない。

いや、警備の装置ならいくつか見かけたが、どれも完膚なきまでに破壊し尽くされていた。

僕たち以外にも侵入者がいるのだろうか……?

敵の多い組織らしいから考えられないことではないが……こんなにタイミング良く?

そんな薄気味悪い空気を感じながらも廊下を駆け抜け、

 

「と、ここだ」

 

目的の部屋の前に辿り着き、扉を挟んで僕が右側、奏が左側の壁に背を付け改めて地図を広げ確認する。

 

「……間違いない、です」

 

確認し終えた奏がそう言ってくる。

僕も確認したし、確かに、間違いないが……それにしては中の音が全く聞こえてこない。

こんな状況下なのだから人がいないはずがない部屋なのだが……やはり、何か起きている。

 

「じゃあ、扉は奏の炎でお願い。

 入ったら真っ先に退路を潰して逃げ場をなくす。

 良いかな?」

 

「はい」

 

やや焦る気持ちを抑え、扉を間に挟んだ状態で、小声で奏と簡単な方針を確認し合い、

 

「なら、3つ数えてから」

 

「ええ」

 

突入の準備に入る。

僕は春楝と春楝・闇を構え、奏の後ろに立つ。

そして、奏は擬態を解いて、右手に地獄の業火を纏わせながら扉の前に立つ。

 

「3」

 

奏の右手にある火球が一際大きくなる。

 

「2」

 

大きくなった火球が奏の手の平サイズにまで圧縮される。

 

「1」

 

圧縮された火球が猛り狂い解き放たれる時を今か今かと待ち望んでいる。

 

「0」

 

僕が言った瞬間、奏は右手を自身の前に突き出し、掌にあった火球を解き放った。

圧縮から解き放たれた火球は勢い良く前方の扉に襲いかかり、爆音とともに扉を喰い破る。

 

……すごい!!

 

今迄見てきた奏の焔月や炎舞も綺麗で圧倒的だったけれど、今使った力は圧倒的に密度や破壊力が違う。

それだけ奏も鍛錬を積んでいたってことなのだろう。

と、感心してる場合じゃないな。

扉が吹き飛んだのを確認すると同時に、僕と奏はすぐさま部屋の中に入り、それぞれ構えを取り室内を見渡す。

煙が漂っているせいもあってか、室内の見通しは決して良くないけれど、それでも人影や物影ぐらいなら見える。

逃げ出す奴がいた場合は、すぐに対応できるようにしているが……何故か誰も動こうとしない。

いや、一人いた。

窓際に立ち、身を乗り出している人物が。

 

「くっ、待て!!」

 

気付いた瞬間僕は駆け出していた。

いや、駆け出そうとして。

 

ガッ

 

「うわ!?」

 

何かに躓いた。

よろめきながらもなんとかバランスを取り、幸い床に激突することはなかったが、その間に窓際にいた人影は消えてしまっていた。

 

「くそっ!!」

 

急いで窓辺に駆け寄ると、人を一人乗せた大きな鳥と思わしき物体が海の方へ向かって飛んで行く。

 

あれか!?

 

急げばまだ間に合うはず。

幸い、今は僕と奏、それに操緒しか動く人はいないから、ペルセフォネを呼べる。

 

「と、智春……くん……」

 

『トモ……』

 

「え?」

 

僕が行動に移ろうとしていた時、後ろから二人の少女たちの震える声が聞こえてきた。

何かあったのかと思い、振り向くと、そこにあったのは、

 

血の海

 

煙が消え、部屋の細部が見えるようになると見えたのは、床一面人の血で真っ赤に染まり、死体が7つ部屋の中に点在している部屋の様子。

 

椅子に座ったまま殺されているのは3人。

3人とも首を鋭利な刃物で切り付けられたのか、見事なまでに真一文字に首を切られ、そこから夥しい量の血が流れ出している。

机に倒れ伏しているのは1人。

うつ伏せに机の上に倒れ込んでいるから一見寝ているだけにも見えるが、後頭部に大きな穴。

どうやら一撃で仕留められたようだ。

床には3人。

それぞれ頭部が大破していたり、胸元をくり貫かれたり、上半身と下半身が分離していたりと、死体ごとの特徴はあるが、共通しているのは足。

いずれの死体も両足の踝より下は全て消し飛んでいるか、ぐちゃぐちゃ、或いは床に縫い付けられている。

どうやら逃げられない様にした上で殺した様子。

僕が先程躓いたのも、床に転がっている死体のうちの一つだったようだ。

 

「……さっきの奴か」

 

腹の底から湧き上がる吐き気を慣れた調子で抑え込み、両手に握った剣を鞘にしまう。

 

「はい、多分」

 

まだ顔が青いが、多少調子が戻ったのか奏が懐剣をしまいながら傍に寄って来る。

 

『うぉえ……顔は確認できてないけど、7つあるから対象となっていた人間で間違いないと思う』

 

真っ青な顔の操緒がフラフラと宙を漂いながら教えてくれる。

……確かに、7つあるな。

けど、一応顔の確認はしとかなきゃいけないだろう。

犯人も追いかけないといけないが、ここで人違いがあっては困るのだ。

 

「奏、写真だけ貸して。

 確認は僕がやるよ」

 

「だ、だいじょぶ、なんですか?」

 

心配そうに聞いてくる奏に、

 

「ん、まぁ、この1年で何度かこういう機会はあったからね」

 

普段通りの調子で返事を返す。

ここで重苦しい返事を返していても仕方ない。

こんな時ばかりは嵩月組の研修に付いて行っていて良かったと思う。

……正直、死体には未だ慣れてないけれど奏や操緒よりはマシなはずだ。

一応言っておくが、僕自身が誰かを殺したということはない。

あくまで、死体に御目にかかる機会がそれなりにあったというだけの事だ。

 

「……すみません、お願い、します」

 

果たしてその“すみません”は何に対しての謝罪だったのか。

ただ単に、こんな仕事を僕に任せる申し訳なさか、それとも……まぁ、考えても仕方ない。

 

「了解」

 

奏から渡された写真を片手に、サッサと確認作業を済ませて行く。

頭部が大破している奴は分かりにくかったが、確かに対象の7人だった。

 

にしても、こんなタイミング良く全員が死ぬなんて。

 

疑問に頭を悩ませつつも、体は勝手に次の目的地に向かって動いている。

 

「じゃあ、さっきの奴を追いかけようと思うけど……それで良い?」

 

「はい」

 

『……うん、というか早くして』

 

僕と違って、操緒はあまりこういう事には関わっていなかったからやはりキツイのだろう。

それは僕も分かっているし、僕だってあまりこんな場所に長居するつもりはない。

 

「了解。

 おいで、ペルセフォネ」

 

僕が窓際に移動して呼ぶと、建物の外に炎の魔法陣が描かれ、翼を広げたペルセフォネが宙に現れる。

 

「キュルゥゥーーーーーッ!!」

 

現れた彼女?は甲高く鳴き、窓辺に近づき、僕と奏が乗りやすいように調整してくれる。

 

「奏」

 

「はい!!」

 

僕が先にペルセフォネに跨り、続いて奏が。

落ちない様にだろうけど、僕の腰辺りに腕を回してギュッと抱きついてくる。

ああ、背中に柔らかくて大きなモノが……!!

と、取り合えず、あまり背中に神経を回さない様にして、更に、下を見ない様にしながら指示を出す。

 

「た、頼む、ペルセフォネ。

 さっきの奴が逃げた方角に向かって飛んで、見つけたら、そいつの100m手前ぐらいで降りてくれ」

 

「キュウ!!」

 

主人と母親を乗せた使い魔(ドウター)は首を縦に振って頷く様な仕草をして、大きく翼を羽ばたかせる。

しっかり空気を捉えた(それ)は大きく動き、自身の身体をより高度に押し上げて行く。

 

頼むぞ、ペルセフォネ!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

夏目さんや奏たちと別れ、私一人で建物のより深部、地下の方へ。

正直言って不安で仕方ないですが、二人には私よりも重要な仕事が回っているのだから仕方ない。

勿論、他の方々の仕事がどれだけ大事なのかも知ってはいますが、出来ればもう一人ぐらい回して欲しかった。

 

「さて、と」

 

事前に家から持ってきておいた銃器類や刃物を確認して扉の傍にある壁に寄りかかる。

私の戦闘の主体は氷を使ったものだけれど、これから潜入する場所では使えない可能性が高い。

雌型悪魔を捕えている場所であるのなら、魔力を使える様になどしていないだろう。

念のため、魔力無効化への対抗策も持ってきてはいるが、これにはあまり頼りたくない。

効果も制限付きだし、未だ試験運用的な側面が強いからだ。

なので、まずは効果のほどを確認して、それから効果を及ぼしている術式の中枢を破壊するべきだろう。

 

手に持った拳銃を一度確認して弾がしっかりと装填されていることを確認する。

一応使い方は習っているがあまり自信はない。

こんなものよりも、直接斬って凍らせた方が確実なのだから。

 

「そろそろ行きますか」

 

バレない様に扉を音もたてず開き、出来た隙間へと身を滑り込ませる。

一度建物の図面を確認したのだが、逃げられない様に作っているせいか出入り口がここしかなかったのだ。

 

入った瞬間に襲いかかってくる、噎せ返るような性臭と、血の匂い。

 

顔を顰めながらも周囲に警戒の視線を送り、先へと進む。

ヤッテいると聞いてはいたから今更怯むことはない。

そう考えると、奏や操緒さんでは少しキツイ仕事だったかしら。

あちらがどんなことになっているか知らないですけど、女性としてはあまり立ち入りたい場所ではない。

念のため魔力を使って氷を生み出そうとするが、

 

「……無理、ですわね」

 

予想通り。

氷が生みだされることはなかった。

特別驚きもせず、足を部屋の中央へと進める。

冬琉さんたちが騒がしくやってくれているおかげで、幸い、ここに敵は見当たらない。

状況が状況だから分かるけれど、一人ぐらいいた方が良いと思うのだが……

まぁ、私としては好都合なので、サッサと魔力無効化の機能の中枢を叩くとしましょうか。

もし結界なら起点を見つけて破壊すればいい。

そう思い、私は闇の中へと身を躍らせた。

所々に見える闇の中で仄かに輝く粒子を出来るだけ視界に入れない様にして。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

智春たちが建物内に潜入し、冬琉たちの戦闘が始まっていた頃、烈明館医大付属病院から二匹の鳥が飛び立った。

片方は氷、そしてもう片方は影。

向かう方角には、暮海崎。

 


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