外伝とか幕間除いても、40話ぐらいあるってどういうこと……
3回 逡巡
「おはよう、嵩月」
「……あ、おはようございます。夏目くん」
朝の通学路。その途中で、奏と合流して学校に向かう。嵩月家での奏と僕との関係の説明が終わった翌日、つまりは入学式の翌日から僕らは一緒に登校している。
「水無神さんも、おはようございます」
『うん、おはよう、嵩月さん』
見えない操緒に奏があいさつをしているのも、最近になってようやく見慣れてきた朝の光景だ。操緒の方には、まだ少しぎこちなさが残っているけれど、それも暫くすれば消えるだろう。今はまだ操緒の方が奏との距離感を測りかねているからこその態度なのだろうし。
「じゃあ、行こうか。遅刻するってことはないだろうけど、何があるか分からないから早めに行くに越したことはないしね」
「はい」
そう言って、学校に向けて歩き出す僕と奏。操緒はそんな僕らの後方に浮かんで憑いて来ている。周囲の人には姿が見えていないから特に問題はないのだけれど、以前の世界での感覚が抜けていないから、どこか不安に思ってしまうのは仕方ないことだろう。何だか、中学時代に戻ったというよりは、高校生活の場所が変わっただけのような感じだ。
入学して早1週間
僕自身、一度中学時代を経験していたということや、奏のフォローもあって、僕が【幽霊憑き】という噂はまだ流れてはいない。寧ろ、そんな僕の不安よりも予想していなかった自体が起きており、そちらの方が問題だったりするのだが……
その問題とは……僕と奏の関係に対する嫉妬などのいわゆる男女関係の噂話などである。奏と一緒に過ごしている時間が多いせいか、
「何で嵩月さんがあんな奴に…!!」
とか
「嵩月さんに近づくな…!!」
などの嫉妬の視線や話題が非常に多い。まだ入学して1週間だというのに、気の早いことである。以前の高校生活の時でもこれほどではなかったはずなのだが……
僕個人としては、
『僕たちの事を何も知らないくせに何を勝手な……!!』
と、色々と思うところもあるが、基本は反応しないようにしている。一々反応していたらきりがないことは(奏が美少女であるということから)分かっていることだし、奏の悪評ではなく、僕の悪評ばかり言われているということも理由の一つである。奏の悪評が聞こえてきたら、僕はそんなことを言っていた奴を絶対に許さないだろう。
……ああ、でも一人……いや二人か……既に奏、というか嵩月の家の事を散々に言ってる人たちがいたな……そんな、彼ら兄妹の事を思い出しながら今日も通学路を学校に向かって歩き出す。
「……まったく、あの二人がいなけりゃここまで必死に隠さなくても良いのに」
つい、口から愚痴がこぼれてしまう。ここ数日で、段々頻度が上がっているのは自分でも自覚しているが、一向に治まる気がしない。
『しょうがないよ~、ばれたら困るんでしょ…?』
「……私も、そう思います、けど……」
奏と操緒の二人が同時に僕の愚痴に返事を返してくる。
「う~ん、というかあの二人は僕が演操者(ハンドラー)だって知ってるのか…?」
そう、それが一番の疑問。僕が
だけど、知らないんだったら、口頭注意ぐらいで終わるんじゃないだろうかと思う。まぁ、どっちにしてもうるさいのに変わりはないんだけど……
そんなことを考え、奏と(たまに、操緒にも周囲には分からないように)話しながら学校へ向かう。そうして学校に到着し、向かった教室には、
「うげ」
『ありゃー』
「うー」
さっきまで話題に出ていた兄妹の妹の方がいた。僕たちのクラスにいる友人と話に来ていたようだ。彼女を見た瞬間に口から漏れた言葉は瞬時に引っ込める。耳聡い彼女の事だから、今更無駄かもしれないが、極力彼女に見つからないように、こっそりと自分たちの席へと向かう。入学した時の席順は、幸運にも僕の左隣に奏がいる配置であった。だから、二人して向かう先は同じであり特別おかしなことがあるわけではないんだけれど……
僕らの期待もむなしく、僕たちはとっくに彼女に見つかっていたらしく、彼女は僕らをすごい勢いで睨みつけてくる。幸運にも、高校時代の彼女に比べればまだ幼さが残っているため、以前よりも恐怖心は少ない。といっても、あくまで以前よりはというだけの事であり、相変わらず僕は彼女の事が苦手だ。
彼女――佐伯 玲子――は家が法王庁の系譜であるということもあってか、悪魔である奏に対して良い感情を持っていない。それでも、高校時代はクラスメイトとして過ごしてきた時間のおかげか多少はマシになっていたような気がする。
だけど、今はその時間がほぼゼロであることに加えて、前の世界では中学一年の時は同じクラスだったはずなのだが、奏が加わったことによって変わってしまったのか佐伯は別のクラス。残念ながらこの一年で挽回する機会はほぼないだろう。
それと、以前の世界では知らなかったのだが――僕たちが混ざり込んだせいで変わった事なのか元々この通りだったのかは分からないけど――佐伯の兄の方である佐伯玲士郎も同じ中学にいるのだ。その事が、さらに僕と奏での仲を隠さなければいけない事に拍車をかけた。
ばれた瞬間に僕らの未来が確定してしまう。
流石に、黑鐵を所持していない現状で法王庁や神聖防衛隊とことを構える気はない。まぁ、隠すということをしないといけないということに対しては、今の奏の状態は出来過ぎなぐらいに都合がよかった。擬態を解いたとしても片目が緑になるだけなので、
『うわー、見てる見てる……いや、睨んでる……?』
「あそこまで、分かりやすいとなー」
「…………」
今の佐伯の様子を見てると中学にいる間に何か起きるんじゃないだろうかという不安をどうしたって持ってしまう。操緒は佐伯に見えない事を良い事に言いたい放題だし、僕と奏は分かる言葉で言う訳にもいかないので当たり障りのない言葉を言うか、ただただ苦笑するしかない。これが、普通の喧嘩が原因だったりすれば周囲にいざというとき説明も出来るんだけど…事情が事情なだけに説明できるわけもない。
まぁ、これが洛高だったら特別隔離クラスだろうからいざとなればどうとでも出来たんだろうけど。
「まぁ、いいや」
とりあえず、暫くは耐えなきゃいけないんだからいつまでも気にしてたらきりがない。佐伯の視線を感じつつも、無理矢理意識を切り離す。佐伯兄妹のことも重要だけど、今の僕には現実問題としてわりと切羽詰まった問題があるのだ。
『それでトモ、部活どうするの…?』
「陸上部、入るんですか…?」
僕と同じように操緒と奏の二人とも佐伯から意識を切り離し、以前から考えていた問題について聞いてくる。そう、僕の現状問題とは、部活をやるのかやらないのかということなのだ。
「……まだ決まらない…」
『え~~、いい加減決めないと駄目だよ。時間は無限じゃないんだよ!!』
「でも……そろそろ、決めないと……」
「しょうがないじゃないか……どっちも大事なんだから!!」
『そりゃそうなのかもしれないけどさ~~』
「むー」
操緒は実感がないだろうから半ば呆れたように言ってくるし、奏は分かっているからか真剣な表情をして悩んでくれている。
僕たちが一巡目の世界に飛ばされた原因、あの悲劇の黒幕――炫塔貴也。彼を放っておくことは僕には出来ない。彼が行動を起こさなければ、朱浬さんが死ぬことも無かったし、紫浬さんの魂が消滅することも無かっただろう。それに、環緒さん――一巡目の操緒――が危険にさらされることも無かっただろうし、一巡目の僕こと夏目直貴があそこで死ぬことも無かっただろう。
だから、僕は部長――炫塔貴也――を止める。
それは可能な限り早い方が良いだろう。なので、洛高に入学――受験に落ちるかどうかはこの際考えない――する前に部長には会っておきたい。そうなると、橘高道場に通うようにするのが一番確実だろうと思う。秋希さんがいつ
それに、黑鐵を呼び出せなかった時の僕はとても分かりやすいほど、足手纏いだった(黑鐵を呼び出していても駄目な時は駄目だったけど)。だから、自分でもある程度戦えるようにはなっておきたいという願望もある。
冬琉会長――
そう考えると、橘高道場に通うのが一番の近道なのは自分でも分かっている。
だけど、僕は以前の世界で得た友人たちを失いたくない。杏や樋口、それに吉田先輩を筆頭とした陸上部の友人たち。幽霊憑きといわれて皆から避けられていた僕にも変わらず接してくれた彼ら。皆がいたから僕は今の僕になれているんだと思う。もしも、皆がいなくて――まぁ、樋口は僕が幽霊憑きだから友人になったのだけど――操緒だけだったら、どうなっていたのか分からない。
それに……杏の家の酒屋でバイトとして雇ってもらえていたのも大きい。あれがなかったら…ああ、考えたくない…!!だから、僕はどうするべきなのか決められない。
操緒は友人を大事にするべきだと言っていた。
奏は未来を知っているからか、控えめではあったけど橘高道場に通った方がいいと言ってきた。
僕自身、どうしなければいけないのか頭では分かっている。
分かってはいるんだけど、感情はそれを良しとしない。
入学して1週間…そろそろ決めるべきなんだろうな…
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
奏と操緒、それに、クラスの友人たち(何故か男子よりも女子の友人の方が多い)と話しながらHRまで過していると、
「たのもー」
という大きな声とともに、一人の少年が教室にやってきた。当然クラスメイトたちの視線は一斉にそちらへと向けられる。だが、その少年はそんな視線を気負いもせずに入ってきて、そのまま、
「夏目智春っているかー?」
などと喋り出した。当然、彼に注目していたクラスメイトの視線が今度は僕の方へと集中する。僕を呼んだのは、それなりに二枚目の容姿で、日本人とは考えにくい色素の薄い髪を頭に生やした少年だった。
「……………」
その少年を見て……というよりも声を聞いてから……突然の事だったため、僕は呆気にとられてしまいすぐに返事を返せなかった。
『トモ?』
不思議そうな顔で操緒が僕に声をかけてくる。その隣では――非常に分かりにくいけれど――奏が僕ほどではないけれど困惑の表情を見せていた。それもそのはずで、僕を指名したのは、
「……樋口……なんで…?」
いや、確かにあいつは同じ中学だったから来てもおかしくはないんだけど……でも、あいつが以前の世界で僕と話すようになったのは、大体中1半ばぐらいからだったはずだ。
それに、あいつが僕と話しに来た理由が全くもって分からない。自分の興味がないことには、全くといっていいほどに活動意欲を示さないのが樋口だ。今の僕には、あいつの活動理由――オカルト関係――は無いように日々を過しているから、なおの事あいつがわざわざ僕のところにやってきたことが分からない。……まぁ、以前の世界の友人が向こうから来てくれたんだ、良しとしよう。
「……あれ、俺名前言ったっけ……?まぁ、いいや。お前が、夏目智春だよな…?」
僕の言葉が聞こえたのか、多少頭を捻りながら樋口が僕の席に近づいてきた。因みに僕が自分から名乗ったわけでは無い。教室中の視線が一斉に僕の方に向いたのだから、よっぽどの馬鹿でもない限りそりゃ分るだろう。
「ああ、確かに僕が夏目智春だけど……何の用…?」
若干、疑惑の念を込めた視線を樋口に向ける。因みに、奏は黙って事の成り行きを見守っており、操緒は樋口に見えないのを良い事に樋口の前に浮かんで顔芸やらをして自分でそれを笑っていた。
当然樋口は気付かずに、僕の方を見て話を進める。
「いやー、あんたに聞きたいことがあってさ」
「聞きたいこと……?」
怪訝そうな顔をして、奏と顔を合わせる。奏も――非常に分かりにくいのは今更言うまでも無いが――僕と同じような怪訝顔だ。ひょっとして、操緒の事がばれたりしたのだろうか…!?
樋口の情報網はそれなりに侮りがたいものがある。高校の入学式の日の朝には、既に朱浬さんの所在を突き止めていたことからもそれが伺える。だけど、本当の裏の世界の情報は何だかんだで樋口には流れていなかった。だから、安心していたけど……まさか、こんなに早くばれたのか…!?
「そう、それだよ…!!」
だが、僕の焦りとは裏腹に樋口の声は明るかった。
「「……は…?」」
僕と奏は二人揃って呆気にとられた。
今、こいつは、何と言った…?
『そう、それだよ…!!』
意味が全くもって分からない。
「だから、夏目と嵩月だよ…!!」
僕たち二人を指さしながらやや興奮した調子で樋口は言葉を続ける。
「夏目みたいに、どこがいいとはっきり言えない。良く言ったとしても中の上ぐらいの男子と、嵩月みたいな上の上プラス特上の女子がどうしてそんなに仲がいいのか…!?」
「いや…どうしてって…」
あまりに咄嗟の事だったので、頭がついていかない。それでも、次の樋口の言葉で半ば強制的に自覚させられることになった。
「俺も気になって調べてみたんだが、二人は小学校も違うし、その小学校で何か交流があったわけでもない。それに、家族同士の繋がりがあったわけでもない。二人の小学校時代の知り合いに話を聞いてみても、そんな人物は見たことがないという。どう考えても、二人が出会った形跡はなかった」
ギクリ!!
完全に不意打ちだったせいか、全く心の準備ができていなかった。そのせいか、僕と奏の背に何か嫌なものが奔る。表情が固まる。
そんな僕ら二人の様子に気づいているのかいないのか分からないが、樋口はそのまま言葉を続ける。
「なのに、入学式の日に教室で出会った瞬間に抱き合うわ、意味深な言葉で話し始めるわ……」
ダラダラダラダラダラダラ
冷や汗がすごい事になっている。
固まってはいるけれど顔にまで出ていないのがせめてもの救いだろうか…
「さて」
急に語り口調から、一転してこちらに話しかけてくる樋口。さらに強張る僕と奏の顔。
「俺としては、これ程の不思議も珍しくてな……」
なんてこった…!!操緒との事からじゃなくて、奏とのことから樋口がよってくるなんて思いもしなかった…!!
だけど、朱浬さんの事例もあるように、樋口はオカルト関係だけじゃなく、美人や美少女にも興味があったんだ…!!なにもこんな目立つ場所で質問しなくても…!!
「……聞かせてくれるよな…?」
そう言った樋口の姿が、僕と奏にはとても恐ろしいものに思えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「…ふう…」
『あははは、トモ、お疲れ』
「むーーーー」
あの後、樋口に質問攻めにされていた。周囲の人間は全く助けてくれず――寧ろ、自分たちも知りたいのか樋口と一緒になって質問してきた――、その質問の内容でさらに佐伯の視線が厳しいものへと変化していった。それでも、何とか全部誤魔化し――納得していない様子が多々見られたけれど――下校時間にこぎつけた。
HRが終わるやいなや、僕と奏は樋口率いる【智春&奏赤裸々隊】(命名操緒)に捕まらないように教室から飛び出した。そのまま下駄箱に辿り着き、靴を履き替え、全速力で学校から離れていった。
そうして、ある程度離れて追いかけてこない事を確認すると、普通のペースで歩きだした。そして、現在近くの公園のベンチに座って話している。
因みに、奏はただ今ものすごく不機嫌である。
理由は、質問内容が色々まずかったからだと思う。その内容としては、
『なんで夏目みたいな普通の男子と、嵩月さんみたいな可愛い女子が~云々』
『嵩月さんなら、夏目なんかじゃなくても~云々』
等々。周囲から見れば、基本奏と僕は釣り合わないように見えるのだろう。
そんなことは言われなくても僕は分かっているのだが、奏は僕が低く見られるのが嫌だったようなのだ。それだけ想われているのだから、非常に嬉しいんだけど、僕自身としてはあまり気にし過ぎて欲しくは無い。どうせこれからも言われ続けるのだろうから、ある程度開き直った方がいい様な気もするのだ。
それに加えて、僕と奏での仲も当然聞かれた。自分でも苦しい言い訳だった――その際の強引な言い訳が奏の不機嫌の理由の一つでもあると思う――と思うけど、とにかく付き合ってない事だけは押し通した。大半は当然信じていなかったが、操緒の事を知っていた同じ小学校出身の同級生も何人かいたので彼らが止めてくれた。
こんな事に自分が役に立ったのが、操緒は不満そうだったけれど…
「ねぇ、嵩月」
「…………」
「いいじゃない、僕らの事がどんなふうに言われても」
「………よく、ないです………」
「どうして…?」
「……だって、夏目くんが、否定された、みたいで…」
ああ、そっか。奏から見たら、僕はかなり男前に見えているんだろう。でも、そんなことはない。
「……僕は、あれで正しいと思ってるよ。……実際、今の僕は周囲の評価通りの人間だと思う」
「そんなことないです……!!」
普段の生活には珍しく声を荒げる奏。いつもなら茶化してくる操緒も今は黙って見守っている。
「夏目くんは、夏目くんは…!!」
段々と、奏の興奮の度合いが加速していく。流石にこのままじゃまずい。段々と奏の周りの空気が変わり始めている(主に温度的な意味で)。
とにかく宥めないといけない。その前にまず、周囲に人がいないのを確認する。今の奏を宥めるには、表向きの関係じゃ駄目だから。
「操緒、頼む」
『オッケーー』
何だかんだで付き合いの長い操緒はすぐに周囲の状況を確認してきてくれる。
『誰もいないよ』
「ありがと」
その確認も終わり、再び奏に向き合い、そっと奏を抱きしめる。
「あ…」
興奮していた奏も、咄嗟の事に驚き言葉が止まり、体が固まる。そんな状態の彼女に僕は言葉をかける。
「奏、ありがとう。その気持ちはとっても嬉しい。
だけど、今の僕にはその言葉は相応しくない」
「そんな、こと……」
「違うよ、今の僕は頼りないままだ。奏やペルセフォネに護られているだけのしがない中学生」
次第に奏の雰囲気が普段のそれに戻っていく。そんな変化を感じ取りながら、言葉を続けていく。
「だから今日の僕たちの言葉は、間違ってないけど間違ってるし、正しくないけど正しいんだ」
「どういう、こと…ですか…?」
「間違ってるのは僕と奏の関係。友達じゃなくて、恋人、もしくは
言ってて自分の顔が熱くなってるのが分かるけど気にせず言葉を続ける。
「はい」
奏も頬を朱に染めながら答えてくれる。……というか、その返事は普段からは考えられないほど速かったんですが…
「正しいのは、僕自身が奏に釣り合っていないこと。これは、奏がどう考えてたとしても、僕はそう思ってる」
「…………」
『うんうん、トモはまだまだヘタレだよ。自覚するようになったってことは、かなりマシになったんだろうけど…』
そこうるさい
「だから、奏のその気持ちは僕がその気持ちにふさわしくなれるまで、奏に護られてばかりの男じゃなくなるまで取っておいてくれないかな……?」
「それって、高校まで…?」
ある意味当然の確認だろうけど、今回はその答えじゃないんだ。
「違うよ。ひょっとしたら、高校までになれるかもしれないし、高校に入学しても無理かもしれない」
まぁ、高校入学までは流石に無理だと思うけど。
「じゃあ、いつに、なったら…?」
「とりあえず、秋希さんか、冬琉会長に合格を貰ってからかな…」
「……え?」
僕の言葉に奏が顔を上げる。そう、僕は決めたんだ。友達も確かに大事だ。
だけど、それは僕の努力次第で変わるはず。なら、今は力を優先しよう。奏と並んで歩いて行けるような力。その事を自覚させてくれたのが、皮肉にもさっきまでの樋口だったりする。
「だから、それまでその気持ちは待ってくれるかな……奏」
「…はい」
そう言って、彼女は笑った。その笑みは今迄に見たことがないほど綺麗で、印象的で、僕の網膜に焼きついた。そうだ、この子のこんな笑顔が護れるぐらいに強くなってやる。そう、誓いを新たに僕は進む。
「奏」
「智春くん」
互いの顔、前髪、眉、眼、鼻、頬、そして、唇が目に入る。次第に、二人の顔の距離が狭まっていく。そうして、僕と奏の距離は零になり、僕の唇には暖かいものが触れていた。