闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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バトル回を一つにまとめると長いこと長いこと……2万字越えってなにさ。


34回 VS尖晶(スピネル)

「……これは……」

 

眼前に広がる光景に思わず息を呑む。

目の前にはうず高く盛られた白く輝く粒子の山。

それが一つだけではなく幾つも部屋の中に鎮座しているとあれば、言葉もない。

元々犠牲になった少女たちの数自体は報告で聞いていたから分かっていたけれど……

 

「…………」

 

改めてその犠牲の大きさを眼にすると、以前の私の理解などふざけたものにしか思えない。

これならば、まだ実際に死体を目にしていた方が幾分マシだったかもしれないわ。

死体の山というのは、それはそれでえげつないものだけれど、この粒子の山に比べれば……これだけの山を幾つも作ろうと思ったら、それこそ100人では済まない数の雌型悪魔が非在化しなければ作り上げられない。

予想していた以上に悲惨で、凄惨な光景は、どこか幻想的な雰囲気も相俟って現実感を希薄のものへと変えていた。

 

「……急がないと」

 

いつまでも呆けている訳にはいかない。

呆然と意識を手放しかけている自身を無理矢理奮い立たせ、粒子の山の間を潜り抜け、奥へと急ぐ。

今迄感じていた焦燥感がより激しいものになって私を攻め立ててくるのを感じながら。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「――黑鐵」

 

迫り来る10体の使い魔(ドウター)と10体の機巧魔神(アスラ・マキーナ)たちを視界に収めながら、急いで僕は黑鐵に指示を出す。

僕らと彼らの距離は目算で凡そ50m。

使い魔(ドウター)たちにしてみれば、殆ど無いに等しい距離。

それでも、彼らが僕らに辿り着くより早く行動は起こせる。

そして、

 

「奏、離れないで」

 

「はい」

 

その一度があれば十分だ。

 

黑鐵が吠える。

 

その声とも駆動音とも取れる魔力の咆哮は、黑鐵が左手に纏っている闇をより濃密なものへと変える。

そして、一瞬で臨界点に到達した左手の“それ”は敵に放たれることはなく、僕らを護る球形の重力壁を形作った。

 

「ギッ?」

 

唐突に自分たちと獲物(ぼくら)の間に現れた漆黒の壁に戸惑いの声を上げるも、

 

「気にするな、やれ!!」

 

主人からの命令に従い、使い魔(ドウター)たちは容赦なく僕らに攻撃を放ってくる。

 

「ぐっ……!!」

 

一撃一撃が通常では考えられないほどに濃密な魔力を含んでおり、今迄に防いできた使い魔(ドウター)の攻撃が可愛いものに思える程だ。

流石、慟哭する魔神(クライング・アスラ)で強化しているだけあり今にも破られそうだが……これぐらいならばまだなんとか耐えられる。

魔力の嵐は、轟音を響かせながらも止むことなく暴れ続けていて、暴れ回りながらも、狂うことはなく一心不乱にこちらの防御を喰い破らんとしている事に加え、攻撃が激しすぎる所為か相手の様子が全く見えない。

それは、単に場所が砂浜だからと言うだけではなく、相手が考えも無しに――ひょっとしたら有ったのかもしれないが――一斉に攻撃を放ってきたからだ。

混ざり合った敵方の十撃は、巨大な一撃となり完全に僕らの視界を埋め尽くしている。

が、それは向こうも同じ事……のはず。

真ん中にいた奴が仮に敵の本体だとするのなら、指示を出すのはあいつのはずだ。

周囲のあいつらの意識がどうなっているのかは分からないが、どちらにせよ今の状況なら僕らの姿は見えないはず。

なら、その間にこちらの準備をしておけば相手にこちらの挙動を悟られることなく攻撃できるはず。

 

「――黑鐵っ!!」

 

防壁を張りながらも再び魔神の左腕に闇が集う。

だが、今度は僕らを護るための壁にするのではない。

防御に徹していれば相手の魔力切れを誘うことが出来るかもしれないし、魔神相剋者(アスラ・クライン)相手なら相手の消耗を待つのが安全で確実だろう。

だけど、この相手じゃそれは逆にこちらが負ける。

持久戦は数で勝るあちらに分があるのはいくら僕でも分かる。

だから、機会があったら確実に攻める!!

黑鐵の左腕に集まった闇は手の先に集い、球体を形作っていく。

さっきは薄く広く張ったその闇を圧縮し、固める。

別に目新しくもない、黑鐵の能力(ちから)として以前から使っている“黒の拳撃”だ。

 

「今!!」

 

相手の攻撃を耐えきり、攻撃が止むと同時に指示を出し、黑鐵の左手の先に創り上げていた黒の重力球を宙へと放り投げる。

今までだったら、幾つもの魔法陣を通って加速し、必殺の弾丸となっていたそれをただ相手の中心に向けて投げ込む。

 

「?」

 

こちらの能力が今一分かってないのか、それとも分かっていて様子見をしているのかわからないが、相手が一瞬戸惑っている間に、放り投げられた重力球は僕の狙い通りの位置に放りこまれる。

相手の魔神達の上空に停滞したそれは弾けるでも、負荷を相手に掛けるでもなくその場に浮遊して停滞し続ける……ただし、周囲の物体を全て球体自身に引き寄せながら。

 

「ぐっ!?」

 

突然生じた不可視の力に同じ顔の演操者(ハンドラー)たちは一斉に身を竦ませ、呻き声を上げる。

咄嗟に防御態勢を取る面々だが、この力に姿勢など無意味。

 

「これは……重力か!?」

 

浮かび上がる機体や身体を、使い魔(ドウター)たちの能力を行使することで無理矢理緩和しながら男が叫ぶ。

 

「教える理由はない。

 大体、黑鐵の事を知っているのなら、力の事も知っているだろう……?」

 

以前、黑鐵の――実際は白銀の――剣を使った力を聞いた瑶さんが、白銀のことを思い付いたぐらいだ。

黑鐵という機体名を知っているのだから、能力の事は知られているのが当然と考えて良いはず。

 

「さぁて、な……」

 

必死に抵抗しつつも不敵な笑みを浮かべるその姿には不気味なものを感じざるを得ない。

重力球に引かれているその状態で浮かべる笑みはただの強がりにしか見えないが……不安要素は早々に消しておくべきだ。

 

「――黑鐵っ!!」

 

重力壁を展開し重力球の影響から僕らを護ってくれている魔神に指示を出す。

黑鐵が振るったのは左手ではなく、右手の巨剣。

重力壁を越え、虹色の軌跡を宙に描きながら振るわれたそれは、重力球に必死に抵抗している使い魔(ドウター)たち全てを薙ぎ払わんと、彼らに吸い込まれるように向かっていった。

この世界に黑鐵がやって来た時からずっと考えていた。

今迄僕は、しっかりと黑鐵の力を十全に引き出せていたのかどうか、という事を。

以前の世界での僕は、大抵黑鐵の力は重力球を生み出すことにしか使っていなかった。

ハイジャック事件の時や、世界間移動の時は別だけれど、それにしたって宝の持ち腐れも良いところだと思う。

攻撃で重力球以外の能力を真面目に使ったのは、一巡目のダルアとの闘いで光線を捻じ曲げたこととか蒼鉛(ビスマス)の槍の回転を止めた時ぐらいじゃなかろうか。

……だけど、改めて黑鐵の能力について考えてみた時にただ重力球をぶつけているだけだと考えると非常に無駄だと思ったのだ。

 

重力を操れるということは、敵の行動を幾らでも制限できるということだ。

 

例えどれだけすごい魔力を持っていようとも地球という星の上で暮らしている以上、重力の影響を受けない物はない。

防ぎたければ、重力の影響を受けない力か、状態にならないといけないが、そんな事をすれば自身が地球の重力からも影響を受けなくなってしまい、尚の事行動に制限が掛かることになる。

だから、今迄使っていた分かりやすい能力行使などではなく、低出力でいいから相手を拘束してしまえば良いと考えたのだ。

幸いにも、白銀の剣を持っているのだから攻撃手段には事欠かない。

 

黑鐵で相手を拘束し、そこに白銀の空間切断を喰らわせる。

 

それが、僕がこの世界で決めた機巧魔神(アスラ・マキーナ)戦での基本的な戦闘スタイルだ。

確かに巨剣は敵を薙ぎ払った。

空間を斬り裂く魔剣を敵が防ぐ術は無く、僕の予想通り一切の抵抗を受けずに敵の陣営を端から端まで通過した。

それによっていくらかの敵が消滅したのも確認したし、砂浜に巨体が沈む姿も確認した……と思う。

そう、僕らは確かに敵の戦力を大幅に削ったはずなのだ。

それなのに、

 

「嘘……だろ……?」

 

「そん、な……」

 

目の前に広がるのは砂浜を埋め尽くす勢いで今も増え続けている、魔神と使い魔(ドウター)の群れ。

本体が切り裂かれ、戦闘不能になった使い魔(ドウター)は増やされていないけれど、それ以外の戦闘可能な使い魔(ドウター)たちは勢いを留める様子を見せずに続々とその数を増やしていた。

 

『さぁ~て……』

 

信じられない敵の数と彼らが織りなす異様な光景に茫然となっている僕たち二人に、口を揃えて話しかけてくる数えきれない数の男たち。

全員が同じ表情で、同じ姿勢。

 

『第2ラウンドと行こうか』

 

それは、人としての死の恐怖や、圧倒的な戦力差を前にした戦慄なんかよりも、余程不気味に僕たちの行動を束縛していた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

あーもう、きりがない!!

 

「「「「「はいおめでとう、これで4体目だ。

 けど、その間に何体増えたかな?」」」」」

 

「くっ!!」

 

男の言葉につられて周囲に目を向ければ、5体の尖晶(スピネル)と5人の同じ顔をした男たち。

1体を潰しに掛かっている間に2組も増えている。

 

「1匹いたら30匹はいると思え、とは言うけど……節操無いにもほどがあるわよ!!」

 

あれって30匹だったかしら?

50とも、100とも言うらしいけど、際限なく湧いてくるという点から言えば、結局は同じこと。

 

「「「「「ジョニーさんと同列扱いか……この場合、褒められてると取るべきか、貶されていると取るべきか判断に困るな」」」」」

 

「後者に決まってるでしょ!!」

 

普通、ジョニーさんと同じような反応をされて喜ぶ人間はいないと思う。

まぁ、普通じゃない可能性大の相手だから意外と嬉しかったりするのかもしれないが……

それにしても、5人が5人とも揃って笑いながら同じ台詞を言ってくるものだから、妙に頭に響いて集中力が削がれる。

周囲を5体の敵に囲まれているのだから気を抜いている余裕などないのに、何か靄の様なものが頭の中にでもあるのか、思考が鈍くなっていってしまいそうだ。

 

≪いけない、いけない≫

 

そんな靄を振り払うつもりで、琥珀金(エレクトラム)に指示を出す。

 

「次!!」

 

指示を受けた金色の魔神は、肩に担がせた斧槍(ハルバード)を両手にしっかりと握り直し、今度こそ全ての敵を粉砕せんと大きく魔槍を振り上げ、そのまま躊躇うことなく振り下ろした。

否、振り下ろそうとして、

 

「「「「「危ねぇ~なぁ~」」」」」

 

何かに圧し留められた。

 

「何を……っ!?」

 

慌てて琥珀金(エレクトラム)に視線を向けると、一見したところ普段通り。

特に大きな問題点は見当たらない。

だけど、

 

「……土?」

 

何故か地面から盛り上がった土が琥珀金(エレクトラム)の腕や肩などへと蛇の様に絡みつき、魔神の動きを阻害していた。

 

「何が……!?」

 

尖晶(スピネル)の能力は【物質模倣】であり、土を操るような力ではなかったはず。

瑶が相手にしている使い魔(ドウター)の能力であればひょっとしたら可能なのかもしれないが、今はしっかり抑えられていてこちらを相手にしている余裕はないはずだし……何故?

 

「「「「「おいおい、よそ見してていいのかよ?」」」」」

 

「っつ!?」

 

あまりにも予想外の事態だったからって、思考を停止させるなんて私の馬鹿!!

相手がそんな私の隙を見逃してくれる訳もなく、当然のように攻撃を仕掛けてきていた。

しかも、5体全部が揃って動きの鈍い琥珀金(エレクトラム)に向かって来ている。

彼我の距離差は、僅かに10m。

 

「マズッ!!」

 

動きが俊敏な機巧魔神(アスラ・マキーナ)であれば余裕で避けられるのであろうが、残念ながら琥珀金(エレクトラム)は俊敏ではなく、どちらかと言えば愚鈍な方だ。

一撃の破壊力に重点を置いているせいか、動作が玻璃珠(カルセドニー)や亜鉛華に比べて2、3歩遅れてしまっている。

彼らなら余裕で対処できる距離でも、私たちに取ってみれば致死圏手前。

下手すれば既に致死圏内かもしれない。

しかも、敵の尖晶(スピネル)は動作が俊敏な方だったらしく、急激にその距離を詰めて来た。

普段ならここで迎撃できるんだけど……土が腕に絡みついているせいで出来そうにない。

それなら、

 

「……戻りなさい、琥珀金(エレクトラム)

 

魔神を私の影に戻せば良いだけの話だ。

私の指示に従い琥珀金(エレクトラム)が影の中へと勢い良く沈んでいく。

 

「「「「「はぁっ?」」」」」

 

私が下した判断が信じられなかったのか驚愕の声を上げる敵の男。

相変らず5人全員が全く同じ表情で同じ言葉を発しているのには苛立つが、気にしない。

このまま呆けていたら向かってくる5体の魔神に踏み潰されることになるであろうことは明白なので、急ぎその場を離脱する。

琥珀金(エレクトラム)にとっては避けられない隙間でも、私が避けるのには十分過ぎるほど隙間が開いているから特に問題はない。

泥を跳ね上げながら突き進んでくる尖晶(スピネル)たちの間を縫うように抜け、奴らが引き返してくる前に、

 

「――ふっ!!」

 

取り囲んでいた男の一人に一瞬で近寄り、冬櫻を一閃。

 

「な、にが……?」

 

閃光のように鞘から抜き放たれた冬櫻は見事に男の頭部から股までを斬り裂いた。

 

「……あら、血は噴き出さないのね」

 

『そうみたいだな』

 

てっきり普通の人間と同じように流血するのかと思っていたが、そうはならなかった。

体が仄暗い粒子へと変わり、空気に溶ける用に散らばると消えていった。

それは、この男が使役していた機巧魔神(アスラ・マキーナ)も同様の様で、男が消えると同時に機体も空気に溶けるように消えていく。

 

≪……これなら、一々機巧魔神(アスラ・マキーナ)を相手にするより操っている方を潰した方が良いわね≫

 

消えていった男の傍から急いで離れ、次の男へと向かって駆ける。

他の男たちは一組がやられたことなど気にもせず私へと向かってくる。

魔神を操る男たちと、その男のうちの一人を刈り取らんと突き進む私、そしてその私を追う魔神。

元々体躯の大きさにかなりの違いがあるため、今にも追いつかれそうだ。

だが、私と男たちはあまり距離が離れていないから一瞬で詰められる。

 

「二人目!!」

 

右斜め後方に構えている冬櫻を上部に振り抜き、避けようともしない(・・・・・・・・・)男の身体を斬り捨てる。

斬られて仄暗い粒子となって消えていく男の姿など見向きもせず、迫ってくる魔神達に即座に振り向き、

 

「――琥珀金(エレクトラム)

 

すぐ近くまで迫っていた2体の魔神へと振り向きざまに魔槍を呼び出し叩き込む。

勢い良く私に迫って来ていた魔神に吸い込まれるように魔槍は叩き込まれ、轟音と共に2体を崩壊させた。

 

「ふぅ」

 

崩れゆく機体を眺めながら冬櫻を構えなおし、再び琥珀金(エレクトラム)を影の中から引っ張り出す。

腕に絡みついていた土も消え去り、琥珀金(エレクトラム)はその雄姿をこの世界に顕現させていた。

 

≪……一安心、かしら……?≫

 

囲まれた時は一瞬呑まれかけたけれど、なんとか脱出することが出来た。

敵の陣形も一瞬だが崩せた……まぁ、敵の能力を鑑みるにすぐ復活してくるだろうが、それでも仕切り直しと考えれば良い。

 

相手の方を見やり、決して気を抜くことなく軽く呼吸を整えていると、

 

『闇より古き混沌より出でし……』

 

「っつ!?」

 

女性の声が聞こえてきた。

やや低めの女性の声だった“それ”は金属音へと変わりながらもしっかりと周囲に溶け込んでいく。

 

間違いない、敵の呪文だ。

 

「秋希ちゃんっ!!」

 

咄嗟に琥珀金(エレクトラム)に指示を出し、急いで敵の攻撃を止めさせようとするが、

 

≪間に合わない!!≫

 

『……其は、科学の鏡が写す翳』

 

それより速く私の視界が黒に染まった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

俺という存在の根底にあるのは“束縛”という二文字。

初めて“俺”が俺自身を認識してからずっとその言葉が俺に付き纏う。

朝起きた時も、食事を摂っている時も、床についている時も、用を足している時も、全ての行動は見張られ、一度たりとも自由にさせてもらったことはなかった。

だが、当時の俺からしてみれば、それは当たり前の事だったし、特に疑問に思うほどの事ではなかった。

四六時中見張られているといっても、慣れてしまえばどうということはない。

それ故、俺は俺という個人の感情を捨ててきた。

“俺”という明確な個人があったら耐えられないと分かっていたのだろう。

ひょっとしたら、下手な行動をとればその場で処分されるということが、幼心ながらに分かっていたからかもしれない。

……実際、周囲の似たような境遇の奴らの大半は不十分と判断されて処分されていたのも大きな理由の一つだ。

 

確かに、自由を知る人間から見れば、不幸な事なのだろう。

 

だけど、当時の俺にとっての世界はそこしかなかった。

 

俺の産みの親は、どこかの精霊信仰を未だに続けている部族の人間らしい。

らしいというのは、聞かされただけで俺が実際に会ったことがあるわけではないからだ。

まぁ、今更そんなことはどうでも良い。

重要なのは、俺はその親に捨てられたという事。

といっても、現代社会のような悲観的に事実を捉えられても困る。

その部族の価値観で言うのであれば、“子供を捨てる”と言うよりは“子供を精霊たちの世界へ返す”という感覚なので、現代の日本の様な価値観ではないのだ。

そう言った価値観であったが故に、俺の親がいた集落では、子供が捨てられるのは割と普通の事だったのだ。

更に、産まれた子供を育てるか捨てるか決めるのは産んだ女性であり、それ以外の人間は例え父親となる相手の男であろうとも関与できないのだ。

ついでに言えば、かなり若いうちから性行為をするため若年での妊娠、出産は当たり前。

確か、俺の母親は俺を生んだ当時は14、5歳だったはず。

まぁ、そんな若年と言うのも子供を捨てる理由の一つなのかもしれないが……

ともかく、俺は捨てられ、殺されかけた。

捨てるといってもその辺に放置するのではなく、埋葬するためしっかりと殺すのだ。

放置しても死ぬだろうが、そんな行動は彼らの信仰からいって有り得ない。

俺が組織に拾われた(救われた)のはそんな時だ。

元々組織の連中は部族の信仰を知っていたからか、常に赤子が捨てられる瞬間を狙っていたそうだ。

殺されそうになった俺を母親の手から掻っ攫い、自分たちの建物の中で育てることにした。

そう言った点では、組織の奴らに感謝している。

何も為せずに消えるだけだったはずの“俺”を助けてくれたのだから。

 

閑話休題

 

ともかく、俺は組織に救われ、その組織の為に使われる駒として育てられた。

出生の秘密をあっさり教えてくれたのも、そういった恩義を俺に感じさせて反抗的な態度を取らせないようにするためのものだったと考えれば納得はいく。

正直、教えられた時の俺はそんな事を気にも留めていなかった。

そもそも、組織に反抗するつもりなどまるっきりなかったのだ。

 

……だけど、そんな――今思えば暗い――日々も“あいつ”と会ったことで変わった

 

あいつ――イナンナは、俺が8歳の頃組織に連れられて俺のいる場所にやって来た。

先に組織に育てられていた俺や、他の子供たちが赤ん坊の頃からだったのとは違い、あいつは既に5歳程度まで育っていた。

十分幼いと言える年齢だが、当時の俺たちからしてみれば、やって来る年齢が珍しく遅い女と言う程度の認識でしかなかった。

 

5歳という年齢まで育っていたのだから、当然一般常識の様なものはある程度身に付いている。

 

その為、俺たちの様に組織の中という狭い世界しか知らなかった面々には全く問題なかったことが、イナンナにとっては酷く苦痛となっていたらしい。

何度も逃げようとしてその度に大人たちに捕まる5歳程度の少女。

俺たちのいたところに戻ってくる時には、毎度“仕置き”という名の暴力を受け、体中傷だらけとなっていた。

当然大人たちが手当てをする訳もなく、周囲の子供たちも罰せられた者に関わろうとするほど物好きではない。

かといって放っておいて死なれるのも寝覚めが悪かったから、俺が応急処置だけはしてやっていた。

(まぁ、余程重症の時は本格的な治療を受けてはいたが)

……そう、最初はただ、死なれると処分が面倒だからという程度の認識で付き合っていただけだったはず。

なのに、そんな事をしていたせいか、いつの頃からか俺がイナンナの監督役兼救護役となっていた。

それでも、暫くは特に生活に何の変化もなく時は過ぎていっていた。

監視の眼差しは相変らず俺たちに降り注いでいたし、役に立つかどうかも良く分からない技術を学ばされていた。

イナンナも脱走を繰り返しては連れ戻され、毎度毎度俺が手当てをする事になった。

組織の連中がどうしてここまで逃走を繰り返している奴を殺さないのか当時の俺には不思議でしょうがなかったが、結局連中に深くは聞けてない。

それに、不思議だったのは殺されない事だけではないのだ。

何故毎度毎度皮膚が裂け、骨が折れ――時には砕け、体中を血塗れにされてまで逃げようとするのが当時の俺にはまるで意味が分からなかった。

だから、

 

『……どうしてそこまでして逃げたいんだ?』

 

気付けば昔の俺はそんな事をイナンナに向けて呟いていた。

特に答えが返って来る事を期待していたわけではない。

幾ら俺がいつも手当てをしてやっているからと言って、所詮俺は組織の側の人間。

逃げ出そうとしている人物が理由を教えてくれるとは思ってもいなかった。

けれど、

 

『どうして、ね……逆に聞くけどどうしてあなた達はこんな場所で普段通りに生きていけるの?』

 

俺の予想を裏切り、イナンナは億劫そうではあったけれど返事を返してきた。

 

『こんな場所……?』

 

当時の俺はイナンナの問いに対して本気で首を傾げていた。

イナンナの言っていることが全く分からない訳ではない。

単語の意味は理解できていたし、文章としてもしっかり意味は把握できていた。

 

だが、その単語や文章が何を指しているのかは分からなかった。

 

『こんな場所よ!!

 いつもいつも見張られてて、自由に出来る時間なんて一度もない!!

 私も結構な場所で暮らしてたけど……あなた達はおかしいと思ったことはないの?』

 

『この場所って、おかしいのか……?

 誰かに見られてるのなんて普通のことだろ』

 

『……………!!』

 

俺の返答にあの時のイナンナは絶句していたと思う。

ただ、あの時の俺はそんなイナンナの反応すら不思議で仕方なかった。

今でもこの辺りの感覚では、あいつとは意見が分かれるところだ。

 

『それで、お前はどうして逃げたいんだ?』

 

絶句したイナンナに改めて問いを掛けたのは、我ながら酷いと思う。

劣悪な環境を再認識させたうえでの敵側からの問い。

子供の頃の何も知らなかった状態とはいえ、決して褒められたものではない……はず。

 

『……自由……に、なりたいから』

 

驚愕していた顔が諦観の念を漂わせた表情へと移り、イナンナはポツリと一言だけ洩らした。

それが、切掛けと言えば切掛けだった。

 

『“自由”?

 何だそれ』

 

『“何”って聞かれると私も分からないけど……そうね、少なくとも此処より良い所。

 監視の目もないし、一々大人たちから罰を受けなくても良くなるの』

 

『…………』

 

『あなた達にはきっと分からないんでしょうけど、私はそこに戻りたいの。

 爆発音が響いても良い、死体に埋もれて日々を過ごすのも構わない。

 だけど、常に誰かに見られてるのは、嫌!!』

 

それだけ言ってイナンナは俺から離れて行った。

その時はそれでおしまい。

けれど、それ以来何となくイナンナの言っていた事が気になって普段からイナンナの言っていた事について考えるようになっていた。

正直、あいつの言っていた“自由”がどんな物かあの時の俺は分からなかったが、

 

≪……自由、か≫

 

誰の視線をも気にすることなく暮らしていく生活……それは、何となくいいものに思えたのだ。

だから、

 

『俺も、協力するよ』

 

『……え?』

 

俺もイナンナに乗ることに決めた。

その事を告げられた時のあいつの顔は、今思い出しても笑えるくらい間抜け顔だった。

告げた後に色々あったけれど、結局あいつは俺の協力を承諾してくれ、互いに組織を抜け自由になるまで裏切らないことを誓い合った。

当時は組織が何のために俺たちを育てているか分からなかったから大きくなれば二人揃って自由になれる機会があるのだと俺とイナンナの二人とも信じて疑わなかった。

 

だけど、2年前――俺が16、イナンナが13の時、イナンナが尖晶(スピネル)副葬処女(ベリアル・ドール)にされ、俺は尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)になった。

 

それ以来、二人が自由になるための最低条件としてイナンナの解放と二人が組織から抜ける事を掲げ、その目的を達成するために動いてきた。

 

……別にイナンナの事など放っておけば簡単に自由になれたのかもしれないが……放っておけなかった。

自分でも何故そんな事を思うのか分からないが、俺は俺自身に希望と夢を与えてくれたイナンナをどうしても見捨てられなかった。

有体に言って、好き、愛しているのかもしれない。

初めて俺に出来た親しい人間だったからなのか、一番近い所にいる異性の人間だからなのか……理由なんて幾らでも挙げられる。

だが、そんな理由なんて関係ない。

この感情は、俺が初めて持った普通の人間としての感情だ。

決して消し去るわけにはいかない。

例え、組織が潰そうとしても、イナンナの奴が否定しても、俺はこの気持で動き続けよう。

……まぁ、イナンナ本人にはまだ言えてないけれど、あいつが解放された時に言うつもりだ。

それまでは、決して洩らさず、ただ心の奥底に留めておく。

 

閑話休題

 

……更に、組織の一員として働かなければならなかったので、可能な限りイナンナの魂を削らないよう、悪魔の女たちの魔力を優先して使い、尖晶(スピネル)に魔力を送らせた。

結果として戦力補強にはなったが、すぐに非在化して消えて行くので補充が非常に面倒と言うことが判明。

精々もって1週間~1ヵ月。

俺がそいつらのことをちゃんと考えていればもう少し長くなったのかもしれないが、一々消耗品に気を配るほど俺は暇じゃない。

それでも、他に魔力を使わないで済む方法がなかったので、その方法で魔力を補充するしかなかった。

そうして、二人で準備をし、機会を待ち続け、組織の本拠地が敵に襲撃されるという絶好の機会を得た俺たちは、戦闘に向かうフリをして一目散に逃走。

念のため襲撃してきた敵の相手用に一機と一体向かわせたが、それも俺たちが完全に逃げ切るまでの時間稼ぎだ。

無事近くの海辺まで辿り着き、使い魔(ドウター)の力を使って周囲の索敵をすると明らかに俺たちを追ってきたと思われる奴らを発見し、交戦に入った。

 

「……あと、少しなんだ……だから……邪魔すんじゃねぇ!!」

 

お前たちさえ倒せれば俺たちは晴れて、自由だ!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

怒涛の勢いで迫りくる尖晶(スピネル)使い魔(ドウター)たちの群れ。

 

水流は瀑布の如き苛烈さで襲いかかり、今にも僕たちを水底に沈めようとしてくる。

逆巻く風が砂塵を巻き上げ刃の如き鋭さを持って重力壁を削れば、削られた隙間から腐敗が攻め入ってくる。

石の巨人が腐敗を引き裂き地面を砕き、砕けた地面からマグマが襲いかかってくる。

 

一瞬たりとも止むことのない敵の攻撃。

重力球で行動を制限しているはずなのに、敵の攻撃が止むことはない。

今はなんとか重力壁ももってくれているが、後数回で破られそうだ。

 

「……智春くん、このままじゃ……」

 

「分かってる……けど……!!」

 

僕に寄り添うように立つ奏が不安げな顔で話しかけてくるが、今の僕にはそんな彼女の不安を取り払ってあげられるような余裕はない。

一瞬でも気を抜けば重力壁は破られ、人の身に余る大魔力が僕たちに襲いかかる。

 

「くそっ……!!」

 

先程とは打って変って防戦一方。

前方は勿論、右も左も、上も下も、そして後方も。

僕たちを覆っている重力壁以外は全て敵の攻撃を受け、破壊されている。

木々は薙ぎ倒され、或いは炭化し、地面には大地震でも起きない限り生じない様な亀裂が各所に奔っている。

 

≪……一度でも攻撃に隙間が出来ればその一瞬で安全な場所に転移できるのに!!≫

 

肝心要のその一瞬が訪れない。

先の一撃で何体か仕留めたはずなのに、

 

≪どうすれば抜けられる!?≫

 

敵の攻撃は苛烈さを増し続け、止む様子など一向に見受けられない。

まるでこちらの手札を全て知っているかのような……それとも、反撃されたら負けだと思っているのだろうか?

 

あ、そうだ……白銀の剣。

 

こいつで空間に穴を開ければ僕たちは重力壁の中から安全な場所まで退避できる。

その上で、再度攻勢に出ればいける……駄目だ。

僕らは逃げれても、それじゃあ黑鐵が、操緒が取り残される。

今の僕の技量じゃ、重力壁を展開させながら黑鐵も転移なんて出来ない。

世界間移動の時は、先に道を造っておいてそこに飛びこんだ後で重力壁を作り上げたのだが……今はそんなに丁寧に出来る時間があるわけではない。

でも、僕たちが退避できる方法は掴めたんだ。

後一つ、そう、後一つ黑鐵が切り抜けられる方法さえ掴めれば……!!

 

「あの、智春くん……呼んであげて下さい、あの子を」

 

「……え、ペルセフォネを?」

 

「はい」

 

必死に僕が頭を回転させ方法を考えていると、隣にいた奏が囁くように提案してくれた。

その提案は確かに現状を打開出来る策ではあると思うけど……

 

「けど、奏、それは……」

 

身体的には未契約の奏の魔力を分けてもらうということは、それだけ奏の非在化する可能性が急激に高まるということなのに……奏だってそれを知らないわけじゃない。

 

「……私たち、なら、大丈夫です。

 だから……」

 

「……本当に良いの?」

 

「はい。

 前も言いました……私は、いえ、私たちは、貴方だから……身を、任せられる」

 

いつだったか聞いた奏からの言葉。

忘れてたわけじゃない……けど、僕は本当の意味で覚悟できていたわけじゃなかったんだ。

だが、こんな危険な状態なのに安心しきった奏の笑顔を見ると、改めて護らなきゃいけないモノを思い出す。

……そうだ、彼らを護るためなら、僕は……力を揮うことも厭わない!!

 

「……分かったよ、奏。

 ――ペルセフォネ!!」

 

僕が名前を告げると、重力壁内に業火が溢れ出す。

溢れ出た業火は僕たちを焼くことなく、魔法陣を描き、そこから一匹の火蜥蜴(サラマンダー)を呼び出した。

 

「キュルルゥゥーーーーッ!!」

 

ペルセフォネは現れると同時に翼を広げ、高らかに鳴き声を上げる。

そのまま敵に向かうことなく、力を揮い続ける黑鐵へと僕らの娘は近寄っていく。

 

「……奏、ペルセフォネ、僕に魔力を分けてくれ!!」

 

「はい!!」

 

「キュルーーーッ!!」

 

ペルセフォネが一際高い鳴き声を上げると、黑鐵が炎に包まれた。

地獄の業火へとその身を変じたペルセフォネを纏い、強大な魔力を全身に漲らせた黑鐵が咆哮する。

莫大な魔力を伴った咆哮は敵の攻撃を消し去り、膨れ上がった業火によって僕らの周囲は焼き尽くされていた。

 

「な、にを……」

 

突然湧き上がった炎に驚きを隠せないのか、敵の男たちは行動が止まってしまっている。

が、そんなことは関係ない。

 

……さぁ、最終ラウンドだ。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「な、なんなの……?」

 

敵の呪文が完成したと思ったら、突然視界が闇に覆われ、何も見えなくなった。

 

「――琥珀金(エレクトラム)ッ!!」

 

咄嗟に召還していたはずの魔神に声を掛けるも……全く反応がない。

……一体、何がどうなってるの?

手には確かに冬櫻の感触がある。

あるけれど、何も見えないから本当に握っているのかどうかも怪しいところだ。

 

「……どういうことかしら?」

 

相手の能力は【物質模倣】だったはず。

それは、今迄の戦闘で裏付けられているし、まず間違いないはず。

……なら、これも相手の能力の一つという事?

 

「いえ、敵の魔神の能力というよりも、使い魔(ドウター)の能力と考えた方が説明がつくわね」

 

呪文を使っていたから機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力だと判断したが、考えてみれば呪文で誤魔化して他の攻撃をした可能性だってある。

……勿論、機巧魔神(アスラ・マキーナ)の力である可能性が高い訳だが……敵の陣営に幻覚能力を有した使い魔(ドウター)がいるのは以前から分かっていた事だし、尖晶(スピネル)の【物質模倣】がこんな訳の分からない現象を起こすと考えるより、余程納得がいく。

それなら琥珀金(エレクトラム)が操れないのも説明がつくのだが……なぜ、冬櫻を持っている感覚はあるのだろうか?

まぁ、いずれにせよ、

 

「これが幻覚なら早く醒めないと」

 

戦闘中に呆けていたら、まず間違いなく殺される。

ひょっとしたら瑶がどうにかしてくれているかもしれないけれど、あまり期待はしていない。

あっちはあっちで使い魔(ドウター)をなかなか捕えられなくて苦戦してたから。

……それに、和斉との約束の事もある。

彼女を助けるためにも、止めるためにも。

 

「……けど……」

 

醒めないといけない、と分かってはいるけれど……

 

「どうやったら元に戻るのかしら……?」

 

全く方法が分からない。

仮に、閉じ込められているだけなのなら冬櫻もあるのだから斬って出るのだが。

 

「……とりあえず」

 

ビュンッ!!

 

握っているはずの冬櫻を周囲にあるもの全てを斬り取るつもりで振るってみる。

 

「無理、よねぇ……」

 

特に何か手応えがあるわけでもない。

分かっていた事とはいえ、へこむ。

それでも他にやることがないので、しばらく冬櫻を振り続ける。

 

「ふっ、はっ、ほっ!!」

 

取り合えずただ闇雲に振るっていてもつまらないので、仮想敵を思い浮かべシャドー相手に剣を振るう。

剣速は雷の如き速さで、剣筋は風に舞う柳の如きしなやかさを持って暗闇の中踊り続ける。

今迄自分が振るい続けてきた剣とは若干趣を変え、どちらかと言えば秋希ちゃんよりの技巧重視な剣閃に。

音は聞こえないし、剣も見えない、けれど確かに自分の振るう剣は敵を切裂き続ける。

 

……そのまま剣を振り続けて10分ぐらい経った頃だろうか、唐突に意識が薄れていく感覚に襲われた。

 

闇から闇へ、移り変わっていく意識の中で私に見えたのは、どこか困ったような笑みを浮かべる見慣れた人物の顔だった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「何がどうなってんだこりゃ?」

 

蹴策と二人、病院を抜け出し魔精霊(サノバ・ジン)に乗って暮御崎にある敵のアジトに辿り着くと、異様な光景が俺たち二人の目に飛び込んできた。

 

「や、やめっ!!」

 

バゴンッ!!

 

「ちくしょう、どうなってんだ!?」

 

傍から見れば何体もの尖晶(スピネル)相手に琥珀金(エレクトラム)と冬琉が孤軍奮闘しているように見える。

実際そうなのだろうが……それにしては、相手の脅え方が尋常ではない。

 

「お~い、雪原。

 何が起きてるんだ?」

 

「やぁ、八條、君か。

 それに鳳島蹴策まで……」

 

孤軍奮闘?している冬琉をやや離れた位置から見ている雪原に上空から近寄り声を掛ける。

特別驚いた様子もなく雪原は返事を返してくるが、その顔には若干の呆れが見て取れる。

……まぁ、俺たちみたいな怪我人がこんな場所にやって来ること自体非常識だからその反応は当然か。

 

「君たちが来るであろうことは予想できたからね」

 

「あーそうかい。

 で、お前は助けにも入らずこんなところで何してるんだ?

 サボりか?」

 

「サボりとは酷いな。

 さっきまで厄介な使い魔(ドウター)の相手をしていて、ついさっきようやく仕留めたところだよ」

 

だから、今は休憩中だ。

 

そう言ってくる雪原の隣を見てみると、確かに一匹の異形のモンスターが転がっていた。

まだピクピク動いている所を見るに生きてはいるのだろう。

が、反抗する気力はなさそうだ。

念の為の確認なのか、蹴策が魔精霊(サノバ・ジン)から降り、若干警戒しながらその使い魔(ドウター)に近付いて行く。

 

「へー、こりゃあの泥使いの家の使い魔(ドウター)じゃねぇか。

 よく一人で仕留められたな」

 

「まぁ、大分苦労したけどね……」

 

蹴策の言葉に苦笑しながら返す雪原。

“大分苦労”という様な簡単な言葉で済ませられる相手ではないだろうに……

こうして休んでいるのも、冬琉の援護に入れない程疲労しているからだということぐらい分かる。

本人が言って欲しくないようなので態々口にするつもりはないが、そうなると俺たちが冬琉の援護に入った方が良いだろうな。

 

「で、あっちは何がどうなってるんだ?」

 

今も魔槍を振るう金色の魔神がいる方を指差しながら雪原に問いかける。

あの光景そのままを鵜呑みにして構わないのならそれでも良いんだが、

 

「さぁね。

 敵の演操者(ハンドラー)がなにか喚いていたけれど、よく聞こえなかったし」

 

「単語ぐらい聞き取れただろ」

 

「ああ、それぐらいなら少し。

 確か、『幻覚』だとか『暴走』だとか言ってたような……」

 

「……成程」

 

何となくだが予想はついた。

大方、奴さん、冬琉に使い魔(ドウター)か何かの能力で幻覚をかけたのだろう。

だが、現状を見る限り、冬琉と琥珀金(エレクトラム)は止まっていないし、むしろ攻撃が次第に苛烈になっていっている。

敵の男もなんとか抑えようとしているが、暴れ出した冬琉たちは止まらない。

冬琉は敵が見えているかのように的確に敵を斬り続け、金色の魔神は魔槍を振るい、幾体もの敵の魔神を沈めていく。

 

「冬琉相手に幻覚か……なんでそう自分から墓穴を掘るようなことするかね?」

 

まぁ、こちらとしては大いに助かるので全くもって問題ないのだが。

 

「なんだい、八條。

 君は冬琉に幻覚をかけたことでもあるのかい?」

 

「いや、かけたことはないし、これからもかけるつもりはないが」

 

「なら、どうしてそんなことが言える?」

 

「……昔、泥酔した冬琉が剣を持ったことがあってな……」

 

「……成程、これ以上は聞かないでおこう」

 

「助かる」

 

冬琉の名誉のためにも、雪原の今後のためにもそれが一番だろう。

何にせよ、幻覚の内容にもよるが、自我の曖昧な冬琉が剣を持っているのは非常に危険である。

ついでに、演操者(ハンドラー)の精神状態に引っ張られているであろう琥珀金(エレクトラム)も。

 

「お、石が落ちたぜ」

 

蹴策の言葉につられて見れば、敵の機巧魔神(アスラ・マキーナ)全てに琥珀金(エレクトラム)の持っている斧槍(ハルバード)から放たれた石――というより岩――弾が直撃していた。

石弾が直撃した相手は当然の様に崩れ去る。

 

「はー、あんなこともできるのかあいつ」

 

ますますもって敵に回したくない機巧魔神(アスラ・マキーナ)だ。

いや、敵に回る予定もないけれど。

 

「まぁね。

 本気でやったらこの街一帯が吹き飛ぶからあれでも可愛い方だよ」

 

「だったら早めに止めた方が良くないか……?」

 

俺と雪原の会話を聞いていた蹴策が不安そうに話しかけてくる。

 

「それもそうだが……相手を無力化してくれてからの方が良いだろ?」

 

一々怪我人の俺たちが参加するよりも、使い魔(ドウター)との闘いで疲弊している雪原が出るよりも、このまま冬琉が暴走してくれていた方がサッサと片付く。

それに、暴走しているのだとすれば敵味方の判別がつくとは考えにくい。

近寄ったら俺たちが魔槍の餌食になる可能性だって高いのだ。

 

「僕は八條の意見に賛成だけど……でも、そろそろ終わりそうじゃない?」

 

見れば、敵の魔神がいつの間にか膝をつき、一体だけになっていた。

際限なく増殖できるものと思っていたし、今迄実際そうだったのだろうが……

 

使い魔(ドウター)との循環の輪が消えてるからね。

 単独で増え続けるのはそろそろ限界だろうさ」

 

「なら、冬琉が敵を仕留めたら、すぐに止めれば良いか」

 

琥珀金(エレクトラム)は大きく振りかぶった魔槍を両手で持ち、目の前にいる尖晶(スピネル)を今にも葬ろうとしている。

敵の男も諦めたのか、既に反抗するつもりはなさそうだ。

黙って冬琉たちの姿を見上げている。

 

「さ、てと……」

 

処刑人と罪人の姿を視界に収めながら俺はひっそりと地面に手を伸ばし、自身の影を伸ばしていく。

幸い、夜闇が広がり始めた時間帯ということもあり、冬琉や男が気付く様子はない。

 

「そのまま、そのまま」

 

俺の影に気づくことなく金色の魔神は斧槍(ハルバード)を勢いよく敵の魔神に振り下ろし、

 

ズンッ!!

 

周囲に響き渡る程の落下音を響かせ、敵の魔神を相手の男共々打ち砕いた。

仄暗い粒子へと変わり虚空へと消えて行く敵。

彼らがしっかりと消えたことを確認すると、

 

「よし、今だ!!」

 

冬琉の足元に伸ばした俺の影が一瞬で伸びあがり、冬琉の首の後ろ、やや上部を強打した。

折ったり砕いたりしない程度の強さで、しかしそれなりの強さを持って強かに打ちつける。

 

フラ

 

影が引くのに一瞬遅れて冬琉の身体が崩れる。

上手い具合に気絶させることができたのだ。

崩れ、倒れ込む体を地面に激突する前に、先程伸ばした影で優しく包み込み、自身のもとに引き寄せる。

琥珀金(エレクトラム)は冬琉が気絶すると、自然に影の中へと戻っていった。

 

「お疲れ。

 んじゃあ、俺は氷羽子の所に行くわ」

 

俺が冬琉の身体に傷がないかどうかチェックしていると、蹴策は自身の愛妹のもとへ向かうと言い残し建物の中に消え、

 

「なら僕は一旦本部に連絡を取るとしようか」

 

雪原の奴は学生連盟の本部に連絡すると言って少し離れた場所で携帯電話を弄り始めた。

 

「……ったく、変な気を回しやがって」

 

雪原はともかく、蹴策まで。

そこまで落ちぶれたつもりはなかったんだがな……

いずれにせよ、今この場にいるのは俺と冬琉――それに虫の息の使い魔(ドウター)――だけ。

 

「……お疲れ様、冬琉。

 今はゆっくり休め」

 

冬琉の頭に手をやり、気の向くままに彼女の頭を撫でることにした。

その時間の間に何が起きているのかなど考えようともせず。

けれど、頭を撫でられている当人は、場にそぐわないどこかやすらかな笑みを浮かべていたのだった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

夜の砂浜。

見渡す限り、敵が蠢いている中に“それ”は降り立った。

その身に纏う甲冑に地獄の業火を纏わせ、近付く物全てを焼き尽くさんとするその姿は太陽の如き輝きを持って敵に相対している。

 

「な、なんだよ……それ……?」

 

相対している方の男たちとしては当然堪ったものではないのだろう。

浜辺にいる敵全員が突如現れた魔神に恐れ慄いている。

 

「……これが、魔神相剋者(アスラ・クライン)の本当の強さだ」

 

恐れが満ちた砂浜で唯一別の感情を持っている僕と奏。

炎の魔神が降り立った砂浜の中で唯一安全圏ともいえる魔神の重力壁の中に僕らはいた。

 

「なに……?」

 

僕の言葉に感じるものでもあったのか、恐れの中に不審気な顔を浮かべながら敵の男が問いかけてくる。

 

「……魔神相剋者(アスラ・クライン)っていうのは機巧魔神(アスラ・マキーナ)と悪魔、二つの力を使えるから強いんじゃない。

 副葬処女(ベリアル・ドール)の少女と契約した雌型悪魔の少女、二人が心から演操者(ハンドラー)であり契約者(コントラクタ)でもある僕らを信じてくれるから強いんだ」

 

「てめぇ、何が言いたい……!?」

 

僕の言葉で気に障ることでもあったのか、脅えから一転、怒りに顔を歪ませ、男は吠える。

自分は間違っていないのだと、間違っているのだとしたらそれは僕の方で自分は正しいのだと主張する。

 

「さぁね。

 もし、あなたにとって何か癪に思える事があったのだとしたら、それは間違いなくあなたの背負うべき罪だ」

 

この目の前の男が今迄何を大事に思い、何を軽視してきたのか僕には分からない。

何となくの想像はできるけど、それもあくまで想像でしかない。

 

そして、この人は躊躇する必要のない悪人だ。

 

それは、今迄の事実が、周囲にいる雌型悪魔たちの想いの結晶が雄弁に物語っている。

けれど、もし行ってきた悪徳が全て一人の少女のためのものだったとしたら……

 

≪僕は、この人を責められない≫

 

その嘆きも、自身の無力さも、全てこの身で見て聞いて、何より経験してきたのだから。

だけど、その一方で雌型悪魔たちに対して犯した罪は忘れてはいけないものだ。

 

だから捕える。

 

決してこの男を逃がしはしない。

彼と契約した少女たちのためにも。

 

「は、“背負うべき罪”ときたか。

 そんな物はとうに振り払った。

 後は誰にも拾われず、朽ちていくだけだ!!」

 

「…………」

 

本当に振り払ったのなら、いや、振り払えているのなら、何故、まだこんなにもたくさんの力を持っていられるというのか。

 

一度、そう問いかけてみたくなったけど、きっと何も返ってこない。

それが、相手の目から嫌というほど読み取れた。

だから、

 

「終わらせよう」

 

これ以上僕が語る言の葉はない。

 

僕の言葉と共に、周囲に満ちた敵の全てが力を溜めていく。

先程まで浮かべていた恐れはそのままに、角に、牙に、翼に、腕に、足に、各々の最も力が発揮出る場所へ力が集う。

普通の人間なら、そんな絶対的な破壊の力を前にしてまともに立っていられるはずがないだろう。

けれど、

 

「いくよ、奏」

 

「はい」

 

残念ながら僕も奏も、そんな絶対的な力は初めてではない。

こっちはこっちで準備を始める。

といっても、準備というほどではない。

これだけの数を相手にまともに接近戦などやっていられない。

撃ち洩らしが出ればそこから復活されることはさっきの剣撃で分かっている。

だから、全ての敵を一撃で戦闘不能に追いやってやるのだ。

 

『闇より古き混沌より出でし……』

 

敵の呪文が夜の浜辺に響く。

幾体もの敵が同時に唱え、重なり合っているそれは圧倒的な聴覚支配によってこちらを抑えつけてくる。

けれど、今更そんな雰囲気など関係ない。

僕たちがやることに変わりはないのだから。

 

「――黑鐵、ペルセフォネ!!」

 

『闇より暗き深淵より出でし……』

 

炎の魔神が咆哮を上げ、右手に持った巨剣を幾度も振るう。

敵を斬っているのではない。

目の前の空間を何度も斬り裂いている。

そんな破壊の嵐を生みだしている巨剣には今迄は付いていなかったものが付いている。

 

それは、闇であり炎。

 

黑鐵の能力である重力の闇、ペルセフォネの能力である地獄の業火。

それら、僕に与えられた全ての能力(ちから)を巨剣に注ぎ込み振るい続ける。

限界まで力を振るい、後一押しというところになって、

 

『……其は、科学の鏡が写す翳―――!!』

 

敵の力が解放された。

水が、風が、腐敗が、巨人が、マグマが、木々が、明確な意思を持って僕らに襲いかかる。

今迄の雑多な一撃ではない。

完全に統制のとれた、互いの効果を高め合った一撃。

常ならば避けることが必然のそれを、

 

『……其は、科学の光が落とす影―――!!』

 

炎の魔神は正面から迎え撃った。

黑鐵が巨剣を両手で持ち、裂帛の気合と共に突き出すと、

 

ゴウッ

 

砂浜に炎が溢れた。

敵の攻撃、敵の使い魔(ドウター)、敵の魔神、敵の演操者(ハンドラー)、全てを呑みこむ炎流が現れ、僕たち以外の全てに襲いかかる。

敵の攻撃は問答無用で蒸発させ、使い魔(ドウター)は死なない程度に行動不可能になる様身体を焼く。

魔神達は一体を除き、装甲ごと塵一つ残さぬよう、炎が機体を食いつくす。

例外の一体も四肢を焼き、表面の装甲を溶かし内部を見える程度に燃やす。

決して命を取らぬよう、しかし偽りの命は全て燃やしつくす断罪の炎が一つの群れを最後まで蹂躙した。

後に残ったのは、

 

「は、はははは………なんだってんだよ、これ……」

 

倒れ伏した数多の使い魔(ドウター)と、一対の魔神と男だけ。

それに、僕たちだけだ。

先程も出の騒々しさは消え失せ、波の打ち寄せる音がどこかむなしく響いている。

 

「仕上げだ――黑鐵」

 

再度魔神が咆える。

既にペルセフォネと分離してはいるが、その姿に何ら翳りはない。

まだ先程の残り火が見受けられる砂浜を、咆哮を上げた黑鐵は一足飛びで尖晶(スピネル)に向かって突き進む。

右手に握った巨剣が高々と掲げられている。

 

「やめろ、イナンナには……!!」

 

手を出さないでくれ!!

 

そう言おうとでもしたのか。

だがそれも、最後まで紡がれることなく、

 

ドシュッ!!

 

夕闇を切裂く黒い閃光に遮られた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

急げ、急げ、急げ!!

手の内に一枚の紙を握り締め、廊下を駆け抜ける。

白く輝く粒子の山脈を抜け、拷問器具が保管されている部屋を走り、最初に潜った扉のある部屋にようやくたどり着く。

そのまま扉を開け放ち、転がるように部屋の外に飛び出すと、

 

「ぬおっ!!」

 

「きゃっ!!」

 

誰かにぶつかった。

どうせ、敵の組織の人間だろう。

そう判断を付けた私は、相手を押し倒し、自身が上になる形で相手を抑えつけ、ホルスターに収めてあった拳銃を即座に引き抜き、敵の人間と思わしき人物の額に銃口を突き付ける。

 

「ま、待った、氷羽子!!

 俺だよ、俺!!」

 

「え、お、お兄様!?

 どうしてこんなところに!?」

 

ぶつかった相手の顔を見ると、この場にいるはずのない愛しい兄の姿。

慌てて銃口をお兄様の顔からどけ、立ち上がる。

 

「うぁー、思ったより怪我に響くなこりゃ……」

 

この前の事で怪我していた場所を抑えながら、ぶつくさ呟くお兄様。

 

「お兄様がこんなところにいるから悪いんです……それで、なんでこんなところにいるんですか?」

 

絶対安静というほど重症ではなかったはずだけど、こんな場所にいるはずもない。

 

「なんでって、お前が心配だったから、じゃ駄目か?」

 

「んなっ、な、なな!!」

 

こんな場所でそんな大胆な……!!

お兄様にそんな事を言ってもらえるなんて、私……!!

自分でも顔が熱くなっているのが分かる。

 

「……もう、お兄様ったら!!」

 

バシッ!!

 

「っつ~!!

 だー、何度も怪我しているところを叩くな!!

 ……って、誰も助けた奴はいなかったのか?」

 

怪我のことについてぶつくさ言いながら不思議そうな顔で聞いてくるお兄様。

そう言われて、

 

「そうだ!!

 急がないと!!」

 

我に返る。

お兄様の横を走り抜け、廊下の先目掛けて一心不乱に走り抜ける。

 

「お、おい氷羽子!?」

 

「すみません、お兄様。

 今は急いでますので、また後で!!」

 

「へ?」

 

普段であればお兄様の呼びかけで止まる足も今は止まらず。

ただ我武者羅に目的地に向けて突き進む。

 

「お、氷羽子。

 蹴策の奴は一緒じゃないのか?」

 

途中で話しかけて来た知り合いの雄型悪魔――何故か見覚えのある女性を抱き留めていた――を無視して建物の外へ。

 

「何急いでんだあいつ?

 ……む、なんだこれ?」

 

途中で落とした手紙の事など気にも留めず先に進む。

私が、私みたいな人間が関わって良い問題じゃないのかもしれないけれど、今はただ彼女を、八條美呂に会うために走る。

まだ生きているかどうかはかなり危ないラインだが、それでも急げばきっと間に合う。

否、間に合わせてみせる。

仮にも私はあの子の師匠なんだから。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「……え……?」

 

それは誰の口から漏れた言葉だっただろうか。

僕?

奏?

操緒?

敵の演操者(ハンドラー)

敵の副葬処女(ベリアル・ドール)

この中の一人、或いは数人、ひょっとしたら全員が漏らしていたかもしれない言葉――否、疑問。

この場にいる全員が確かにその現象を眼で見、現実のものだと認識しているはずなのに誰も行動を起こそうとしない。

まるで時間が止まってしまったかのようだが、夕闇に包まれ始めた海に響く波の音が時が止まっていない事を僕らに伝えてくれる。

いつの間にか黑鐵も振り下ろそうとしていた剣を頭上で止め、戸惑っているかのようだった。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)すら停止する――それだけ、唐突に現れた“それ”は夕闇の中でもはっきりと見える影。

 

敵の演操者(ハンドラー)である男の胸から鋭利な形状をした影が飛び出していた。

 

「……ふぅ、危ない……元演操者(エクス・ハンドラー)になってからでは、私の能力(ちから)は無効化されてしまいますからね」

 

驚愕と静寂に支配された砂浜に似合わない声が響いた。

声の発信源たる人物は隠れることなく砂浜に堂々と姿を現している。

潮風に靡く灰色の髪はその人物の風貌を覆い隠し、身に着けている衣装は問題の人物の性別を判別出来ないようにしている。

けれど、僕たちはその人物の声を知っていた。

 

「……美呂、ちゃん……?」

 

先日連れ去られた雌型悪魔の少女で、僕たちの後輩、八條さんの妹。

今頃は氷羽子さんが助け出してくれていると思っていたのだが、どうしてこんなところに……?

予想外の人物が登場したことによって尚更僕らは動けなくなった。

彼女が敵なのか味方なのか、そんな単純な事も判断できず、ただ立ち尽くす。

 

「………………」

 

僕たちの呼びかけに応えることなく美呂ちゃんは黙り込む。

そして、刺された本人である男は、体を震わせながらゆっくりと後ろに視線をやり、

 

「……誰だ、お前……?」

 

そんな事をのたまった。

一瞬、男の言葉を聞いた美呂ちゃんの体がピクリと震えた気がしたが、それもすぐに治まる。

 

「……やっぱり……もう、無理、ですか……」

 

男の言葉を聞いた彼女が漏らしたのは、彼女の様な少女が普通漏らすことのない様な諦観の念が籠った一言。

 

「……でも、それも分かっていた事。

 サッサと終わらせましょう」

 

敵の男を貫いていた影が曲がる。

先端を内側へと曲げたそれは、しっかりと男の首に狙いを定め、

 

「「『やめ……』」」

 

僕たちが気付いて止める前に、綺麗に男の首と胴体を分離させていた。

 

ドサッ

 

落下音と共に男の首が地に落ち、転がっていく。

 

『……アイン?』

 

尖晶(スピネル)から女性の声が漏れ聞こえた。

どこか浮世離れした声だったが、自身の足元まで転がって来た男の頭部を見て、

 

『あ、あああ、あああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!!』

 

我に返ったのか、慟哭の叫び声を上げる。

敵だった男の首から噴き出す血の色に身体を染めた美呂ちゃんと、嘆き震える機巧魔神(アスラ・マキーナ)

 

『貴様ーーーっ!!』

 

まるで宝物の様に男の頭部を左手に抱えた尖晶(スピネル)が咆える。

標的は間違いなく、美呂ちゃん。

それは彼女も分かっているはずなのに、

 

「……これで私も」

 

彼女は避けようとしなかった。

尖晶(スピネル)が右手を大きく振るう。

 

「――黑鐵!!」

 

咄嗟に黑鐵に指示を出すが、

 

≪間に合わない!!≫

 

明らかに敵が拳を振り抜く速度の方が速い。

僕が、奏が、間に合わないことに気付き、それでも何とかしようと走り込もうとした直前、

 

「美呂ーーーっ!!」

 

この場にいないはずの人の声が聞こえた。

その声は、諦めていた筈の美呂ちゃんにも届いたはず。

確かに、美呂ちゃんは振り向き、その声がした人の方を見て、笑顔になった。

それなのに、

 

「兄さ……」

 

彼女の言葉は最後まで言い切られることはなく、砂浜に轟音と、何かガラスの様なものが砕ける音が響いたのだった。

 

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