闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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絆編終了。
あ~、長かった。
残る章はあと一つなので、頑張ります。


35回 手紙

「――では、これで全校集会を終わります」

 

教師の一声で生徒たちが一斉に出口に向かって歩き出す。

彼らの顔に非嘆の色はほぼ見えない。

普段通りの雑談に興じる男子たち、全校集会で説明された内容について意見を交わす女子の群れもあれば、束縛されていた時間から解放され晴れ晴れとした顔を浮かべる生徒まで。

僕や奏、アニアなど一部の人間しか彼女の死を悔んでいる者はいない。

彼らにとっては所詮蚊帳の外の出来事なのだろうけれど、逆にその無神経なまでの無関心さが更に僕らを苛立たせる。

 

「……トモ、奏ちゃん、大丈夫……?」

 

ゾロゾロと教室に向かって流れていく人波を縫うようにして杏が近付いてきた。

近付いてきた彼女が僕らの顔を見て最初に発した言葉は、疑問。

周囲の生徒たちは誰一人として暗い表情(かお)をしていないのに、僕と奏は誰が見ても変わるぐらい落ち込んでいた。

そんなある種異様な姿が杏を不安にさせたのだろう。

 

「うん、僕なら平気だよ」

 

「私も平気、です」

 

無理矢理笑顔を作って明るい様を装い返事を返す。

 

「……それなら良いけど……」

 

納得はしてくれてないだろう。

けれど、それ以上聞くことなく杏は話を変えてくれた。

 

「……それにしても、私たちの通ってる生徒が巻き込まれるなんて……よっぽど怖い事件だったんだね」

 

「……ああ、そうだね」

 

が、彼女が変えてくれた話題の矛先に僕は生返事しか返せない。

特に気にした様子はなく杏は話を続けているけれど、僕の頭の中には殆ど届いてこなかった。

それというのも、さっきまでの全校集会の内容が改めて僕らを傷つけていたからだ。

 

緊急に開かれた全校集会の内容は、僕たちの通っている学校で事件に巻き込まれた生徒がいるということの説明。

一般に公開されている情報では、生徒が巻き込まれた事件の通称は【連続女子生徒殺人事件】。

巻き込まれた生徒たちは全て死亡したとされ、犯人も自殺したと表向きは扱われている。

 

そして、我が校で巻き込まれた女子生徒は一人だけ。

 

夜の暮御崎で散った、八條美呂、ただ一人。

あの時、尖晶(スピネル)の拳が振り下ろされるのを、その場にいる誰も止められなかった。

遅れて来た八條さんや氷羽子さんたちは当然のこと。

僕や奏、黑鐵も近くにいながら後一歩が届かず、尖晶(スピネル)の暴走は正確に美呂ちゃんの身体を粉砕した。

小柄な少女に襲い掛かる機械の魔神の腕。

直撃すればまず間違いなく骨は砕かれ、内臓は潰れる。

四肢や胴体は吹き飛び、頭だけが残されるか、はたまた逆の状態になる可能性もあった。

下手をすれば一瞬で体が挽肉の様になってしまうかもしれない。

それでもまだ、肉体が残っていた方がきっと救える可能性はあった。

医者に連れていけば手術してもらえるかもしれないし、どこかの悪魔を連れてくれば肉体修復ぐらい可能だったかもしれない。

だが、この時美呂ちゃんの身体はそんな気休めの効く状態にはならなかった。

 

文字通り体中が砕け散ったのだ。

 

まるで精巧な人間大の陶器の人形をハンマーで勢い良く叩いたかのように全身に罅が入り、拳の衝突した胴体は粉状に崩れ、“兄と同じ色だ”と彼女が喜んでいた灰色の髪は衝突の勢いに耐えられず尽く千切れて虚空に消えた。

そして頭部だけ殴られた勢いのまま飛んでいき、何の因果か八條さんの足元に落下。

最後に一言、

 

『兄様、会いたかった……』

 

とだけ言い残し完全に白く輝く粒子にその身を崩したのだ。

 

……そう、非在化。

 

以前の世界でのクルスティナさんや奏の様に……いや、ほぼ間違いなく彼女たちよりも酷かっただろう。

出現の仕方や服に隠れて分からなかったけれど、掌や首筋の部分などの服に隠れていない部分に目をやると確かに彼女の身体は透けていた。

月の光を通し、影も着ている服の部分にしか見えない。

動くことさえ困難であろうその姿で、彼女は能力を行使したのだ。

当然、身体がもつ筈もなく、非在化は更に進行し彼女の身体を蝕んだ。

結果、契約してから僅か数週間という短さで彼女はこの世から姿を消した。

ただ、普通に非在化していただけなら、まだ八條さんたちと話せる時間は残っていただろう。

けれど、尖晶(スピネル)に殴られるという人の身には強過ぎる力を受けた彼女の身体は衝撃に耐えられなかった。

 

……あまりにも報われない。

 

今更とやかく言える立場に僕らがいないことは分かっている。

砕けなければ、まだ話す機会は残っていたであろう彼女を、僕らは助けられなかった。

 

一番近くにいたのに。

黑鐵もすぐに手が出せる状態でいたのに。

ペルセフォネも姿を現していたのに。

 

なのに、救えなかった。

 

当初の予定通り、止まることなく尖晶(スピネル)を攻撃していれば、拳が美呂ちゃんに向けられることはなかっただろう。

白銀の剣を振るえば一瞬で転移させられただろう。

ペルセフォネで美呂ちゃんの身をその場から動かしたり、炎の壁を作れば尖晶(スピネル)の動きを止められただろう。

 

けれど、今更そんなことを悔んだって後の祭り。

美呂ちゃんは帰ってこないし、八條さんや冬琉さんがあそこまで悩むこともなくならない。

 

それから、割と重要だけれど、今となってはどうでもいい事案を一つ。

尖晶(スピネル)は美呂ちゃんを叩き壊した後、気でも狂ったのか自分で副葬処女(ベリアル・ドール)の収められている胸部を破壊。

中に入っている試験管ごと副葬処女(ベリアル・ドール)を握り潰し、動作を停止した。

これによって、今回の事件における主犯格は全滅。

組織の下端構成員とか、ある程度の序列にいた人間も確保はしたがあまり詳しい内容は聞き出せていない。

その為、誰が幹部連中を殺したのかも不明なままだし、一体全体組織の最終目的が何であったのかも不明なままだ。

前者はともかく、後者については華島家に話を聞ければ多少は分かるだろうけど……いずれにせよ、事件が完全に幕を下ろした今となっても不安が残る。

尖晶(スピネル)の祭壇自体は建物内部を探せば出てきたそうなので、学生連盟に回収された。

以降は学生連盟所属の機巧魔神(アスラ・マキーナ)として扱われていくことだろう。

ペルセフォネも僕らの視線が美呂ちゃんに向いているうちに、知らぬ間に姿を消してくれていたから、幸いにも僕が魔神相剋者(アスラ・クライン)だとはばれずに済んでいる。

後の調査は学生連盟が警察と同時に進めていくそうだが……せめて、彼女たちの死を、美呂ちゃんの願いを無駄にしてほしくない。

学校も終わり、僕と奏、アニア、それに操緒の4人で嵩月組に向かう下校路を歩く。

 

『「「「………………」」」』

 

歩く僕らは終始無言。

こんな時、普段であったら盛り上げ役になる操緒も今日は黙り込んでいる。

……別に、アニアや操緒、それに奏に責任があるとは思わない。

アニアはあの場にいなかったし、操緒も黑鐵が表に出ており、意識がなかったのだから。

奏にしたってあの距離で尖晶(スピネル)の拳より速く動けたと思えない。

八條さんも、冬琉さんも、蹴策も、氷羽子さんも、雪原さんも、何か出来たとは思えない。

唯一、僕だけが助けることが出来たはず。

だから、やっぱり、僕が悪いんだ。

 

僕はそう思っているけれど、他の皆誰もが自分が悪いと思っている気がする。

誰もが自悔し、自分以外の人を慰められない。

それが分かっているだけにもどかしく、嘆かわしかった。

 

そんな風に誰も一言も声を発さず歩き続けていると、

 

「……ああ、来たな」

 

「?」

 

突然前方から声がかけられた。

声の聞こえてきた方向に目を凝らしてみれば、

 

「よう」

 

「……蹴策」

 

「学校、お疲れ様です」

 

「氷羽子ちゃん、まで……」

 

事件以来会うことのなかった鳳島兄妹の姿が。

蹴策は脱走が発覚したものの、これ以上入院する必要は殆どないとの事だったのでそのまま退院手続きをして退院した。

だから、“八條さんのお見舞いに行った時に会う”という訳にはいかなかった。

氷羽子さんは鳳島関係の事後処理に追われていたはずだ。

といっても事件の事後処理は殆ど学生連盟がやってくれているので、鳳島家がやっていたのは華島家など関わった悪魔の家々関係の処理だ。

こちらは嵩月、鳳島両家協同で行われており嵩月家からは八伎さんが出張っているはず。

嵩月家は嵩月家で抹消した反乱分子の処分などの人員整理もあったのだが、それは下部の人間に任せることで時間を作り出したらしい。

一応僕も手伝うべきか訊ねたのだが、やんわりと断られた。

そんなことをしている暇があるなら奏の側にいてやれ、との配慮らしい。

 

「今日はお前たちに渡す物があってな」

 

「……渡す物?」

 

数日ぶりにあったかと思えばいきなりそんなことを言ってくる蹴策。

まだ事後処理も完全に終わったわけではないのだろうから、何か事件に関係ある物だったりするのだろうか……?

 

「これです」

 

氷羽子さんが奏に差し出したのは、どこにでもあるような茶封筒。

それを、鞄を持っていない方の手で受け取る奏。

手紙のようにも見えるが……一体誰から?

 

「コピーですけど……美呂ちゃんからの手紙です」

 

『「「「っつ!?」」」』

 

あまりにも予想外の人物からの手紙ということに僕らは驚き、絶句してしまう。

 

「言い換えれば、遺書です」

 

「……コピー、ということは本体は?」

 

即座に我に返ったアニアが氷羽子さんの言葉にあった気になる部分に口を出す。

 

「和斉のところだ」

 

「……分かった。

 あいつは、私たちに読ませることを承諾したんだな?」

 

「ああ」

 

「なら良い」

 

美呂ちゃんからの手紙。

非在化していく悪魔たちから何かを残されたという経験は、思い出してみれば初めてだ。

そう思うと、

 

「……………」

 

なんだか、奏の手の中にある茶封筒がとてつもなく重要なものに思えてしまう。

……実際、今の僕たちには何よりも重要なものではあるのだが。

 

「確かに渡したからな」

 

それだけ言って蹴策は去っていく。

これ以上話すことはないとばかりの拒絶の意志を明確に背中に漂わせながら。

 

「誤解しないでいただきたいのは、お兄様も私も皆さんを責めている訳ではありません。

 ……ただ、今は心を整理する時間が必要なんです。

 私も、お兄様も、奏も、夏目さんも、操緒も、アニアも、勿論、和斉さんや冬琉さんも。

 整理が着いたら道場の方にも顔を見せます。

 なので……」

 

「ええ。

 また、後日」

 

「はい。

 ありがとう、奏。

 あなたたちの顔が見たくなったらまた来ますわ」

 

氷羽子さんは兄の態度をフォローしてから去っていく。

僕たちの仲がこれで壊れてしまった訳ではないのだと、僕らを安心させる雰囲気を醸し出しながら。

 

「……じゃあ、僕たちも行こうか。

 嵩月組に着いたら手紙を開けてみよう」

 

「はい」

 

『うん』

 

「ああ」

 

二人に会う前よりも幾分急ぎ足で僕らは足を進めた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

≪拝啓

 向寒の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。少なくとも、皆さんがこれを読んでおられる頃には私はこの世にいないと思います。仮に生きていたとしても、きっと残された命は幾許もないでしょう。

 さて、この度私が筆を執ったのは私が消える前にどうしても皆さんに一言残しておきたかったからです。自分でもこの歳でこんな内容の手紙を書くことになるとは思いませんでしたが、今の私にはこの様な手段でしか皆さんに私のこれまでを、これからを、そして何より皆さんに対する私の気持ちを伝えられないと思ったからです。あの夜、私が連れ去られた後、私は日が変わるか変わらないかのうちに犯され、無理矢理契約をさせられました。苦痛、それしか感じられない時間でした。必死の抵抗も空しく、抑えつけられ、自身の身体を引き裂いて侵入してくる異物は恐怖そのもので。初めては、兄様は無理でも自分の好きな人と、と思っていたのに。氷羽子さんや奏さん、アニアさんにはこの恐怖がお分かりでしょう。今更どうにかなるとは思いませんが、せめて、皆さんは私の様な経験を送られないよう、心から祈っています。その日、犯された後、私は眠りながら決めました。絶対にあの男、アインを殺してやろうと。だから、まずは従順になって自分の有用性をアピールすることにしました。そうすれば他の悪魔の少女たちと違って性奴隷にされたり、薬の実験対象になることもないと思いましたし、外に出ることが許されればいつかアインを殺す機会が出来ると思ったからです。私の予想通り、アインは私を使うことを決めました。契約したことで能力が大幅に強化されたことがこんなことで役に立とうとは何とも皮肉な話です。私が呼び出した使い魔(ドウター)もよく使われています。……ごめんなさい。出来れば、あの子は自分の大切な娘として扱ってあげたかったけど、今となってはアインを殺すための囮に過ぎません。それから、兄様、冬琉さん、ごめんなさい。あの時、二人が捕まえていた使い魔(ドウター)を逃がしたのも私です。あの時、謝りましたが、改めて言います。すみませんでした。私がアインを殺すためとはいえ、お二人の邪魔をしてしまいました。あの日以降、私は移動要因として、隠蔽要因として、暗殺要因として様々な場所に駆り立てられました。

 その所為で私の身体は急激な速度で非在化を始めましたが、幸いアインたちを殺す日まではもちそうです。というのも、先日学生連盟を偵察した際、丁度組織を襲撃する計画を話しているところに出くわしたからです。日程と時間、それに襲撃するメンバーを聞いた私は、その情報を組織の面々に報告せず、アインを殺すために使うことしました。まずは、私たちの様な犠牲者がこれ以上出ないようにするために、組織の幹部を皆殺しにしようと決め、その後でアインは殺すことにします。幸い私の能力は暗殺向きなので、しっかりと殺すことが出来ると思いますからご心配なく。作戦決行まで後2日ですが、ばれない様に頑張ります。それと、最後にアインを殺す時、アインが私の事を覚えていたら殺すのを止めてやりなおしてみようかと思います。今の私の状態からして、結果の分かっている馬鹿な賭けですが、最後に一度だけ、一度だけ試します。

 それから、皆さんに言っておきたいことを書いておきます。お爺様、ひ孫の顔は兄様に期待してあげてください。お婆様、そろそろお父様とお母様を一人前扱いしてあげてください。お父様、せめてもう少し、お母様やお婆様に意見出来るぐらい強くあってください。お母様、お兄様と仲良くお願いします。氷羽子さん、私の様にならないことは勿論ですが、せめて自分の大切に出来る人、或いは自分を大切にしてくれる人と一緒になってください。先立つ馬鹿な弟子ですが師匠の幸福ぐらい祈らせてください。師匠の立場も想いも重々承知の上で言います。中学は無理でも、高校で誰かと出会ってください。師匠の性格では中々見合った人もいないと思いますが、きっと貴女の事を理解し、一緒に進んでくれる人がいるはずです。蹴策さん、魔力の使用は少し控えてください。そうじゃないとあなたを思ってくれている人が不幸になります。秋希さん、解放されるかどうか分かりませんが、もし解放されたら塔貴也さんとお幸せに。雪原さん、もう少し私たち悪魔を信じてください。あなたが法王庁側の人間だということは承知していますし、その割に甘い人だとも知っています。それでもお願いします。夏目さん、奏さんと末長くお幸せに。あなた達の様なバカップルがきっと雌型悪魔の幸せの形としては理想なのでしょう。奏さん、決して夏目さんを手放さないでください。彼の様な純粋な愛が私たちには何より必要なのですから。アニアさん、今は見つからないかもしれませんが、いつか理想の相手を見つけたなら、速く行動に移ってください。私みたいに奪われてからでは遅いです。操緒さん、あまり話した事はなかったですが、解放されることを願います。いつまでも夏目さんと奏さんの間に挟まれるのではあなたが不憫でなりません。

 兄様、ずっとずっと好きでした。家族として好きなのではなく、異性として、一人の女性としてお慕いしていました。こんな手紙で最後に伝える馬鹿な私を許してください。最後まで兄様にとっての私はきっと手のかかる妹でしかなかったのだと思います。けれど、私にとっての理想の男性は生れてから今迄ずっと変わらず兄様です。可能であれば兄様と契約したかったですし、将来は一緒になれたらと思っていました。ですが、それも今となっては叶わぬ夢。せめて兄様の今後の幸せを、好きな女性と一生を添い遂げられる幸せを望んでいます。隣にいるのは私ではなく、きっと私と争っていた冬琉さんなのでしょうけれどそれが兄様の選択なのなら、私は喜んで祝福します。彼女なら、あの人なら兄様を幸せにしてくれるでしょうから。

 そして、冬琉さん。貴女とはずっと対立していました。私にとって貴女は兄様と私の間に割って入った邪魔者にしか感じられませんでしたから。けれど、今の私の心情は少し違います。貴女が鬱陶しかったのは正しい悪魔と人間の関係を見せつけられているかのような気がしたからです。だから、心の奥底では二人の関係を認めていたのだと、今になって気付きました。だから、今の私にとって、兄様を任せられるのは自分以外では冬琉さん以外思いつきません。出来ることならお二人が一緒になれる未来をどうか、どうか、実現してください。

 最後に、私は死んでしまうでしょうが、その死を皆さんの重りにしたくありません。きっと、皆さん自分を責めるでしょう。自分が助けていれば、あの時能力を、機巧魔神(アスラ・マキーナ)を使っていれば、と。ですが、それは皆さんの責任ではありません。すべてアインが、あの尖晶(スピネル)演操者(ハンドラー)が組織の幹部たちの責任です。それでも納得できないのであれば、私の死を認めてください。決して忘れず、人生の糧として前に進んでください。そうすれば私は自身の死を無駄ではなかったと思えるはずです。決して幽霊にならずあの世にいけるでしょう。それから、“あの時こうしておけばよかった”と、今私は悔んでいます。ですから、せめて後悔のない人生を創り上げてください。

 これから寒くなりますが、お体に気をつけてお過ごしください。皆さんの健康と発展、何より陰りの無い人生をお祈りしております。

 敬具 霜月廿日 八條美呂≫

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「……はぁ」

 

見舞いに来た冬琉に手紙を渡し、溜息を吐く。

怪訝そうな表情になりながらも、冬琉は手紙を開き読み始める。

冬琉がもっている紙は、所々に丸い皺ができているが、それができた経緯を聞くことはもう出来ない。

が、

 

≪……すまん、美呂≫

 

その皺を見る度に謝罪の念だけはどうしても込み上げてきてしまう。

それが、あいつの望まないものであったとしても。

 

事件が終結してから数日、ずっとこの手紙を冬琉に見せるかどうかで悩んでいた。

氷羽子はとっくに読んでいたし、蹴策にも雪原にも見せた。

夏目たちにも見せて構わないだろうから手紙のコピーを鳳島兄妹に頼んで回してもらってある。

今頃読んでいることだろう。

願わくば、あいつらが美呂の意を汲んでくれることを願う。

特に、夏目の奴は自分が一番近い所にいたせいか責任を感じ過ぎている節があるからな。

それなら、美呂のためにも、あいつのためにも美呂の死に囚われず進んで欲しい。

家族たちには、折を見て俺が渡すことにした。

今はまだ渡しても整理がつかないだろうから渡していないがな。

 

問題は冬琉だ。

 

ここ数日美呂のことで悩み続けているあいつを見ていると、どうしてもこの手紙を見せずにはいられなかった。

幸か不幸か、俺は美呂が死ぬ前に氷羽子が落としていったこの手紙を読んだから、美呂の死に過剰に振り回されることはなかった。

勿論、悲しみ涙は流したし、あいつの首が俺の前で崩れて消えた時には発狂しそうになった。

だが、手紙の内容を思い出すほど、俺が落ち込み続けるのは死んでいった美呂の覚悟に対する侮辱だと思い、努めて取り乱さないようにした。

そう出来た理由の一つに、美呂を、妹をこんな目に合わせた相手が全員死んでいたということもあるだろうが……もし、まだあいつらが生きていたとしたら俺は絶対に奴らを生かしてはおかなかっただろうから。

復讐を美呂本人が済ませ、死を受け入れていたせいか、今の俺は美呂の死を否定できずにいる。

妹思いのない兄だとは思う。

けれど、あいつが自由になってもこちらに逃げてこず、自ら進んだ道を汚さないことが今の俺に出来るあいつに対する最大の弔いの気がしてならないのだ。

悲しみはしよう、怒りもしよう、時にはあいつの姿が見えなくて無性に腹立たしくなるかもしれない、自分自身が許せなくなるかもしれない。

けれど、悔みはしない。

それが、あいつの望んだ姿であるのなら。

 

だが、冬琉は違う。

 

俺が余計な事を頼んでいたせいか、あいつは俺や夏目以上に自身に責任を感じてしまっている。

勿論、冬琉のせいではない。

冬琉は冬琉でしっかりと役割を果たしてくれていたし、美呂の死の瞬間、あいつには意識がなかったのだから。

ここ数日で何度も冬琉に責任がない、と言い続けたし、理由も口酸っぱくなるほど言葉にした。

それでも冬琉は頑なに『……私のせいよ』と言い続ける。

冬琉に頼んだ当の本人が冬琉自身程気にしていないのに、そこまで気にされ続けるといい加減うんざりしてくるものだ。

手紙を見せれば少しは変わってくれるかと思い、今日、冬琉が来るまで悩み続けたが、結局見せることにした。

 

見せたくなかったのは、後半にある美呂から俺と冬琉に向けて書かれた文があったからだ。

 

その部分を読めば、嫌でも俺が冬琉に好意を抱いていることが分かるし、冬琉が俺に好意を抱いていることも分かる。

後者は美呂の勘違いの可能性があるが、残念――幸運?――なことに前者は事実である。

俺が言うんだから間違いない。

 

≪……い、言うべきか!?≫

 

最悪美呂の勘違いで済ませることはできるが……そんな妹の最期の手紙を無駄にするわけにもいかない。

 

≪……美呂の望みを、俺が無駄にしてしまっていいわけがない≫

 

俺が好きな人と人生を添い遂げられるよう、俺たちが悔いの無い人生を送れるよう、というのがあいつの俺たちに宛てた最後の願いだったはず。

 

≪……なら、答えなんて初めから出てるじゃないか≫

 

決して妹の死を、想いを、俺は無駄にしない。

それがあいつの望んでいた事であるのなら尚の事。

冬琉が来る前に、そう、決めたのだ。

 

決意も新たに冬琉の顔を覗き見る。

 

目元にはドス黒い隈があり頬は土気色、決して健康的とは言えない顔ではあるがその眼は死んではいなかった。

貪るように手紙の文字を追い、一文字も逃してなるものかと一心不乱に読み続ける。

そうして、

 

「……あ……」

 

ある項目と、その次の項目に眼をやった瞬間、冬琉からか細い吐息の様なものが洩れ出た。

そこを読み終えた瞬間、

 

「つ~~~~!!」

 

今迄土気色だった冬琉の顔色が真っ赤に染まる。

あ~、うん、気持ちは分かる。

俺も似たようなものだったし。

というか、他人からの指摘で告白されるなんて気恥しいったらない。

 

「美呂、ちゃん……」

 

頭は熱に侵されても、最後に書かれていた美呂の決意、それと自身の死を認めて欲しいという願いにはしっかりと感じるものがあったのだろう。

冬琉の目から一筋の涙が零れ落ちていた。

それは止め処なく溢れ、目尻に溜まり堰を切ったダムの如く決壊する。

 

「あ、あああ、あああああーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

手紙を自身の胸に力一杯抱き締め、号泣する。

恥も外聞もかなぐり捨て、ひたすら泣き続ける。

今迄溜まっていたであろう冬琉の全ての悔恨と責務が涙で洗い流されているのだと思う。

余計な悔恨と責務を負わせたのは俺だ。

それらが洗い流されていくのであれば、俺にとっては残念なことであるのだろうが、

 

「……ありがとうな、冬琉」

 

それでも、妹の死を、好敵手との別れを、心底悲しんでくれている少女の姿は誰が何と言おうと尊いものだ。

俺は泣きじゃくる冬琉をそっと胸に抱き寄せ、

 

「うああぁぁぁーーーーーっ!!」

 

「ごめん、ごめんな、お前にこんなこと頼んじまって。

 けど、ありがとうよ」

 

冬琉が泣きやむまで彼女の頭を撫で続けた。

冬琉が泣きやんだ後、俺の病室に残ったのは、

 

「……………」

 

「……………」

 

やたらと気恥しく居心地の悪い空間である。

冬琉は下を向いて一切俺の方を見ようとせず、俺は視線があっちにいったりこっちにいったりウロウロと。

冬琉にしてみれば泣き顔を俺に見られたとか、手紙のことだとか色々あるのだろう。

俺からしてみればそんなことは今更で、これから冬琉に切り出さないといけない話題、それに対する冬琉の返答への期待と不安。

それらが綯い交ぜになって、どう切り出したものかと悩んでいた。

 

「……ぁ……」

 

声に出そうとしても上手く口が動いてくれない。

いつもは無駄に回るくせに、こういう時に限って回らないのだから……この役立たずが!!

が、いつまでもこのままとはいかないだろうし……

 

よし、言うぞ!!

 

「……なぁ、冬琉」

 

ビク!!

 

俺が口を開くと冬琉の身体に震えが奔る。

生れたての小鹿でもここまで震えていないであろうという震えっぷりだ。

だが、その辺りを注意できる程今の俺に精神的余裕はない。

 

「……手紙、読んだよな?」

 

「え、ええ」

 

「………………………」

 

「………………………」

 

気まずい。

沈黙が一瞬でも入って来ると、言葉が詰まる。

こうなりゃあれだ。

一気に言ってしまえ!!

 

「そ、そのだな……美呂が俺たちに宛てた部分何だけど……」

 

ビクビク!!

 

冬琉の震えが更に激しくなる。

小鹿から電気椅子で刑が執行中の処刑囚にまでレベルが上がる。

が、俺は怯まない。

妙なところで心が静まったというか、開き直ったのだ。

 

「嘘じゃないからな」

 

ブブブブブブブブブブブ、ピタ

 

あ、振動が止まった。

 

「え……?」

 

俺の言った言葉が信じられなかったのか、勢い良く顔を上げ、ひたすら間抜けな顔を晒している冬琉。

 

「だから、美呂の書いてたことは嘘じゃないんだ。

 俺は、八條和斉は、橘高冬琉のことが好きなんだよ!!」

 

あ~あ、言っちまった。

こんなん俺のキャラじゃないと思ってたんだけどな。

 

「嘘……」

 

「嘘じゃねえって」

 

「嘘よ、絶対嘘!!

 だって、散々今迄傷めつけといて、利用するだけ利用して、それなのに好かれてるなんてあるわけないじゃない!!」

 

「そう言われてみると、酷い仕打ちされてたんだな俺……」

 

何がすごいって、冬琉の言葉が一切間違っていないところがすごい。

実際、周りから見たら俺の扱いなんてそんなものだろうし。

 

「だから「あ~、うるせぇ!!」……!?」

 

冬琉の言い訳を途中でぶった切る。

俺が望んでいる返答はそんな今を否定するものじゃない。

 

「言い訳はもういい。

 それで、お前は俺の事、好きか嫌いか、どっちだ!?」

 

「う……そ、それは、その……」

 

上げた顔を再び下げ、膝の上で手をモジモジと動かす。

いじらしくて可愛いが、ここで止まられるとこちらとしては非常に困る。

暫く冬琉がウジウジしていると、ポツリと声が漏れた。

 

「………………き……」

 

「あん、何だって?」

 

き?

それだけだったらどっちか分からねぇよ。

俺が聞き返すと、

 

「あ~もう、私だって同じよ!!

 この手紙に書いてある通り!!

 好きです。

 私は貴方のことが好きです!!」

 

何故か開き直った風に冬琉が大声で答えを返してくる。

それは手紙に書いてあったのと同じ内容で、

 

「そうか、良かった」

 

俺を心底安堵させてくれる内容だった。

 

「っつ~!!」

 

今更ながら恥ずかしくなったのか、ただでさえ真赤だった顔を更に赤くし冬琉は俯く。

 

「俺と付き合ってくれ、冬琉」

 

「……ええ、私なんかで良ければ喜んで、和斉」

 

……確かに、改めて言葉にするとかなり恥ずかしいものがあるなこれは……

顔が熱くなっているのが自分でも分かる。

 

「……これで、俺たちは恋人同士ってことか?」

 

「そう、なるのかしら……?」

 

今一実感が湧かないが、確かに恋人同士になったのだろう。

といっても、態度が変わる訳でもないので何がどうなって恋人同士なのかよく分からない。

 

「改めて、よろしくな、冬琉」

 

取り合えず、挨拶だけはしてみるか。

いや、本当、なんで今更……?

 

「こ、こっちこそよろしくね、和斉」

 

照れながら、けれど笑みを浮かべたその顔はつい先程までのこいつの顔とは全く違っていて、

 

「……可愛いな」

 

不覚にもそんなことを呟いてしまっていた。

 

「んななな、なななな!!」

 

俺の呟きにうろたえる冬琉。

椅子の上に座ったまま右往左往するという、中々に難しい技をやってのける。

それもまたどこか可愛らしく見えて、

 

≪あ~、夏目たちのこと、馬鹿に出来ないかもな≫

 

そんなことを思ったのだった。

……美呂、俺は、いや、俺たちはお前の望み通り後悔せずに生きていこう。

一人では難しくても、きっと二人でなら簡単に乗り越えられる。

なんせ、お前の認めた相手だからな。

 

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