闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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久しぶりにファフナーを一気見して、涙腺が脆くなったと実感しました。
RoLとか色々キツイ……


37回 残り1年

煌々と月の光が輝き闇夜を照らす。

木々の間を抜け、森の奥に向けて敷かれている林道もその光に照らされ、深夜の森の中に浮かび上がっていた。

時折雲間に月が隠れ、光が消える。

 

「……あ……」

 

それと同時に隣から漏れ出る微かに甘い吐息。

仄かに香る若い少女の甘い香りも夜風に運ばれて鼻に届き、無意識に僕の心拍数が跳ね上がる。

 

「ほら、奏、こっちこっち。

 足元に気を付けて」

 

「はい」

 

左手の先に感じる奏の体温に顔がにやけそうになるのを必死で抑えつつ、しっかりと足元の土を踏みしめながら林道を行く。

昼間に確認しておいた道順を思い出しながら、

 

「寒くない?」

 

奏に声を掛ける。

まだ春先ということもあり夜は冷えるのだ。

多少は我慢できるだろうが、折角の旅行で風邪をひくなど馬鹿げている。

 

「だいじょぶ、です」

 

「無理しないでいいよ?」

 

「いえ、ホントに」

 

「そう?

 ならいいんだけど……」

 

ザッと顔を見ても青くはなっていない。

むしろ、どことなく赤みを帯びていて、身体の調子は良さそうだ。

うん、これなら特に心配しなくても良いだろう。

 

二人揃って夜の森を行く。

 

時刻はそろそろ日を跨ぐかどうかという頃。

旅館に残してきた皆は既に眠りに就いているはずだ。

操緒も空中で眠っている姿を万が一旅館の人間に見られるとマズイので、自ら姿を消している。

だから、今ここにいるのは本当に僕と奏だけ。

変な邪魔は入らないはずだ。

 

逸る気持ちを抑え、道の先に見える光目掛けて足を進める。

やや駆け足気味で林道を抜ければ、

 

「……わぁ」

 

「綺麗……」

 

視界一面に広がる桜色の吹雪。

つい、二人揃って感嘆の吐息を漏らしてしまう。

自分たちが間違えて入り込んでしまったかの様な場違いさ。

山から抜ける風に桜の木が吹かれ、川辺に散る桃色の花弁たち。

風に乗って仄かに流れてくる草と水の香りも嫌なものではなく、夜の清涼な空間を創り上げるための材料として一役買っていた。

 

「これ、ですか?

 智春くんが見せたかったもの、って……」

 

「ああ、うん。

 露天風呂の時に外を眺めてたら見つけてさ。

 折角だから二人で見たいな、なんて思ってね」

 

川の両岸に凄然とある桜並木。

これだけ見事な桜並木は、早々お目に掛かれるものじゃない。

皆で見に来るのも良かったかもしれないけど、奏と二人だけで見に来れて良かったと思う。

 

「……ありがとう」

 

穏やかな笑みを浮かべながらそんな事を言われると、こちらとしても嬉しくなる。

無理に連れ出して良かったよ。

 

「……うん……まぁ、取り合えず、座ろうか」

 

照れて赤くなっているのを誤魔化す様に、自分の口からは知らぬ間にそんな言葉が飛び出していた。

 

「ふふ、そう、ですね」

 

そんな僕の言葉に奏もどこかおかしそうに笑う。

うう、全部見透かされてるみたいで恥ずかしいな……

 

ともかく、ずっと立ったまま話すのもあれなので、近くに置いてあったベンチに腰掛ける。

なんでこんなところにあるのかと一瞬首を傾げたが、こんな桜並木のある場所なのだ。

見に来る人たちのために置いてあったとしても特別不思議ではない。

二人並んで腰かけ、流れる桜吹雪に身を任す。

ただそれだけなのに、心が安らいでいく。

 

ふと、

 

「……もう、2年、なんですね」

 

奏が口を開いた。

一瞬、言われたことの意味が良く分からなかったけど、

 

「そう、だね」

 

すぐに気付いた。

この世界に僕らがやって来て早2年。

特に2年目であるこの1年は色々あった。

修学旅行で露崎に色々ばれ、それから苑宮姉妹を助けたり……そして、例の事件。

以前の世界での高校1年時の方がそりゃ濃かったけれど……

 

「あと、1年でもあるんだ」

 

そう、僕らの高校入学まで後1年。

それまでに、秋希さんの解放と、真日和たちの問題をどうにかしないといけない。

 

「だいじょぶ、ですか……?」

 

「どうだろ?

 秋希さんのは、どうにかなりそうだけど……真日和たちの方はどうしたらいいか良く分からないんだ……」

 

「いえ、そうじゃ、なくて」

 

「?」

 

奏の言葉に首を傾げる。

残りの期間を言った後だから、その事だと思ったんだけど……

 

「操緒さんの、こと……」

 

「……ああ。

 大丈夫、だよ。

 今の所はね」

 

奏の心配も尤もだ。

以前とは異なる黑鐵の入手時期に加え、大量の魔力を消費した魔神相剋者(アスラ・クライン)戦に、これからしようとしていること。

操緒が消えてしまうかもしれない可能性は、以前の世界と比べても決して少なくはない。

だけど、それを言うなら……

 

「奏の方こそ大丈夫?

 日常生活で魔力を使う頻度は下がっただろうけど、その分一度に使う量が増えたと思うし」

 

僕は、奏の方が心配だ。

確かに使用頻度は減っているけれど、質がかなり上がっている分魔力消費だって段違いに上がっているはずだ。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)はなんだかんだで使用頻度を減らせばどうにかなるけれど、悪魔の場合、使わなければいけない時というのは必ずあるのだから。

 

「まだ、平気、です……「そう……」……けど」

 

「?」

 

てっきり“平気”とだけ言って終わるものだと思っていただけに、続きがあると分かり、どこか不安になる。

もしや、もう駄目なのか、と。

だが、

 

「このまま、いったら、1年から2年で……」

 

奏の言葉はそうではなかった。

より正確に自身の現状を把握して教えてくれたのだ。

以前のままの奏だったら、決してその期限を教えてくれはしなかっただろう。

それを教えてくれるようになったということは、それだけ僕を頼ってくれている、と、勝手だけれどうぬぼれてたくなる。

 

「そっか……」

 

感慨深く言葉を漏らす。

 

不安は感じない。

 

しっかり助けてあげられるのは分かっているし、彼氏として、男として、こんなにも女性に、彼女に頼られているというのは純粋に嬉しい。

嬉しくて、何としても護ってあげたくなる。

よく見れば、奏も特に震えている訳ではない。

それどころか、より一層体を近づけてくる。

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

嫌な訳がない。

体を預けてくる奏を抱き締め、そのまま眼を閉じる。

鼻腔を擽る少女の甘い香りと、腕の中に感じる彼女の体温に酔いしれながら、先程決まった問題を無理矢理頭の奥底へと追いやった。

 

ただ、今、彼女の存在を感じるためだけに

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

トンッ

 

静かに襖が閉められ、部屋の外へと抜け出す足音が聞こえる。

暫くして、隣の部屋からも誰かが外に出た音が聞こえた。

そのまま二人分の足音は廊下を抜け、階段を下って下の階へと降りて行った。

 

「……行ったぞ」

 

「そうですか」

 

二人分の気配が遠ざかったのを確認すると、俺と同じように狸寝入りをしていた塔貴也の奴に声を掛ける。

声に反応したのと同時に、布団の中から身を起こす塔貴也。

あいつが眼鏡を掛け直している間に、念のため、宿の入口に雀程度の大きさの魔精霊(サノバ・ジン)を待機させ、あいつらが戻って来た時には連絡させるように指示をしておく。

それから、蹴策がしっかり眠っていることも確認。

 

よし、寝てるな。

 

「それで、話ってなんだ?

 お前から俺に言ってくるとは珍しい……」

 

つい先刻、珍しく塔貴也から声を掛けてきたかと思えば、内密に話があるとの事。

冬琉たちを交えての話ならそれなりにあったが、俺と塔貴也の二人だけというのは早々ない。

まして、俺からならともかく、塔貴也からの提案となれば……明日か明後日辺りに槍でも降るんじゃなかろうか?

時刻が時刻なだけあり、体の奥から大量の眠気が溢れてくる。

漏れ出る欠伸を抑えようともせずに塔貴也に向き合う。

 

「八條さん……」

 

が、俺の間抜けな顔とは対照的に、塔貴也の表情は至極真面目なものだった。

ただ、窓から射し込む月明かりを反射する眼鏡のせいで眼が見えないから、より不気味さを増している。

普段の柔和な、どこか人を馬鹿にしたかのような笑みは鳴りを潜め、塔貴也の顔に浮かんでいるのはただひたすらに無機質な、機械の顔。

 

「だから、なんだってんだ。

 さっさと本題に入れ」

 

そんな塔貴也の顔を見て、背筋に寒気が奔るのを感じながら、あくまでも普段通りに返事を返す。

お前がいくら狂おうと、俺には関係がないのだと突き放つように、普段通りに。

だが、

 

「……ひょっとしたら、秋希が解放できるかもしれないんです」

 

次に続いた塔貴也の言葉にあっさりとその調子は崩れた。

 

「………………」

 

漏れ出た予想外の言葉に体が固まる。

顔は呆気に取られ、気だるげにしていた体は強張るのを隠せない。

 

「僕も昼に、夏目くんに教えられたばかりなんですが……」

 

固まる俺を余所に……いや、俺の様子などまるで見えていないのだろう。

堰を切ったように話し始める塔貴也。

 

曰く、夏目の機巧魔神(アスラ・マキーナ)の名前は≪黑鐵≫である。

曰く、能力は“完全なる空間制御”である。

曰く、その能力を使えば琥珀金(エレクトラム)から秋希を解放できるはずである。

曰く、夏目の力が周囲にばれると非常に厄介なので表立って解放はできない。

曰く、解放するのであれば自分たちの協力が必要不可欠であること。

曰く、事の真偽の判断をつけてから秋希と冬琉に話すつもりである。

曰く、その為に俺に意見を聞きたい。

 

等々、正直、一息で語る内容ではない。

しっかりと場を設けた上でゆっくりと話して欲しかった。

 

「それで、八條さんはどう思いますか……?」

 

そして、自身が喋り終わると当然の様に俺に意見を求めてくる。

 

「ちょ、ちょっと待て!!」

 

唐突に、あまりにも突然にこれだけ重要な事を一気に教えられたのでは頭の理解が追いつかない!!

なのに、絶賛混乱中の俺に言葉を要求する塔貴也の馬鹿……いや、この場合は、天才か。

頭の回転が良過ぎるってのも問題だな。

自身の理解の良さを当然だと思ってしまうんだから。

ったく、俺はお前ほど頭のめぐりが良くないんだから少しは考える時間をくれ

まぁ、それでも、重要なところは理解できたつもりだ。

 

「結局、お前は夏目の言葉を信じていいのかどうか悩んでいるんだろう?」

 

色々一気に言われたが、一番重要なことはこれだと思う。

夏目の機体の能力だとか、秋希の解放だとか色々重要な事を言ってたが、それらを本当だと思っていいのかどうかが、塔貴也には判断できていないのだ。

 

「……はい」

 

どこか心細そうに返事を返す塔貴也。

顔は相変わらずの無機質なものだが、普段の歳不相応に大人びた雰囲気が消え、年相応に弱みを見せた雰囲気を漂わせている。

 

「ははは、なんだかんだで、本心を見せないお前が……それだけ思うところがあったのか」

 

どこかおかしくなってつい笑ってしまう。

 

「な!!

 ば、馬鹿にしてるんですか!?」

 

そんな俺の態度が不満だったのか、塔貴也は怒りの声を上げる。

 

「落ち着け、時間を考えろ。

 それに、蹴策に聞かれるとまずいんだろう……?」

 

「はっ、そうでした……」

 

俺の指摘を受けて、怒りの声を収め、その場に縮みこむ。

自分で態々人に聞かれない様にとこんな時間を指定してきたのに、自分から大声を出してばれてしまっては本末転倒だ。

普段のこいつならそんなこと当然気付いているだろうに、気付かないということはやはりそれだけ平常心ではいられないということか。

まぁ、秋希の――自身の恋人の身体が掛かったことなのだから当然と言えば当然。

 

「大体、お前は難しく考え過ぎなんだよ」

 

やや落ち込み気味の塔貴也に言葉を掛けていく。

 

「え?」

 

「あの夏目が態々お前にそんな重要な事を漏らしたんだ。

 まず嘘である可能性の方が低いだろう?」

 

そう、今迄全く自身の能力(ちから)を明かそうとしなかったあいつが直接そんなことを言ってくる時点で、まずおかしい。

だからこそ疑いたくなるんだろうが、そこを疑っては意味がない。

俺たちは聞いてもいないのだから隠したいのなら黙っていれば良いはずだ。

 

なのに、話す。

 

道場に入ったばかりの頃なら何らかの思惑があるのだと疑うべきかもしれないが、今、この様な状態にあるのだから、俺たちを騙す思惑など……

勿論、何があっても動けるようにしておくため、警戒心を残しておくぐらいの心構えは必要だが。

 

「それは、そうですけど……」

 

それぐらい塔貴也も分かっているだろうに。

事象が大きすぎて、更に話された内容が重要過ぎて肝心の夏目の評価が出来なくなっている。

 

「事の真偽は分からないが、俺はあいつを信じている」

 

そう、美呂のことをあれほど悔んでくれた男が敵であってたまるか。

悪魔の家関係のことは仕方ないが、あいつ個人はまず間違いなく俺たちの味方で、仲間だ。

 

「……それは、“信頼”ですか?……それとも、“信用”ですか?」

 

「両方だ。

 俺は、あいつを頼れるし、あいつも俺を頼ってくれた。

 互いに必要な場面では協力し合えた。

 それで十分だ」

 

「そう……ですか」

 

「お前みたいな、技術屋だったら少々分かりにくいかもしれんが……俺は、あいつは信じてやって良いと思う」

 

感情論で片付けて良い問題ではないだろうが、人を信じるということに理屈はいらない。

むしろ、理屈なんかで創り上げられた信頼や信用などすぐに壊れてしまう。

だから、

 

「塔貴也」

 

「はい?」

 

「冬琉と秋希に話すぞ」

 

「ええ、分かりました」

 

今度こそ俺は、いや、俺たちは、あいつを頼ろうと思う。

俺の言葉に同意した塔貴也の顔は、どこか不安そうだったが、確かに秋希(おんな)の事を想う一人の男の顔だった。

ふん、そんな顔もできるんじゃねぇか。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「楽しそうですわね、ニア、操緒」

 

旅行から帰って来て早2日。

何やら悩んでいる八條さんと塔貴也さんや、二人を心配そうに見つめる橘高姉妹を余所に、二人非常に楽しそうな様子の人物がいる。

 

「ん、ああ、氷羽子か。

 丁度良い、お前も協力してくれ」

 

「はぁ、私、ですか?」

 

『うん、氷羽子ちゃんが協力してくれた方が綺麗に仕上がると思うし』

 

何のことやら分からず首を捻る私に嗤いかけるニアと操緒。

正直、ちょっとひく。

 

「綺麗に……?

 一体、何を?」

 

「まぁ、あまり細かいことは気にするな。

 ただ、ちょっと化粧のテクニックと服のセンスに関して知恵を絞ってもらえれば良いだけだ」

 

答えになってないニアの答えに更に首を傾げる。

化粧?服?なにか着飾って出かけたりするのだろうか?

 

『いやー、奏ちゃんはあんまり乗り気じゃなくてさ。

 トモが嫌がってるから協力しないんだって。

 勿体ないよねー、折角あんなに綺麗なのに……』

 

「奏が?夏目さんが嫌がる……?」

 

どういうことだろう?

私が協力するというのだから、それは女性の衣装や化粧の事であって、男性である夏目さんは関係ないと思うのだが……

 

「あの、操緒?

 一体、何をするつもり?」

 

『ん……ねぇ、ニアちゃん別に何するかは言っても良いよね?』

 

「……まぁ、とりあえずは構わんな」

 

『りょ~かい。

 というわけで、氷羽子ちゃん、こっちこっち』

 

「?」

 

ちょいちょい、と道場の隅に呼ばれる私。

教えてくれると言うので黙って付いて行く。

途中で眼が合った奏は苦笑いしていたので、どう反応した物か判断に困る。

明確な拒否反応ではないにしろ、どこか困っていた様な……

 

『じゃあ、教えるけど実はね……』

 

「はぁ……」

 

耳を傾け、操緒の口に近付ける。

そして、

 

『……トモに久しぶりに女装してもらおうと思ってるの』

 

彼女たちの目的は語られた。

 


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