闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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説明会を一つにまとめると長いこと長いこと。
基本的に人が動かないので、会話がどうしても多くなってしまうのが難点か……


38回 信頼

先日と同じ闇夜。

ただし、森の中の闇夜とは違い、住宅街における闇夜であるためそこまで暗くない。

ポツポツと電灯が道の端々に乱立し、弱々しく輝いている。

 

「……はぁ……」

 

そんな弱々しい光の下、つい、溜息が漏れる。

別に心細いからではないし、これから起こることが不安だからではない。

ただ、自分の今の格好が未だに信じられないだけだ。

 

『なぁに、落ち込んでんの』

 

隣からはどこか浮ついた調子の操緒の声。

これからやろうとしている事についての心配など微塵も感じ取れない気楽な声だ。

 

「……この状態で、元気になるわけないだろ?」

 

自分の口から発せられた言葉だというのに、かなり高い声が周囲に響く。

そう僕の口から出たのは、男性の声ではなく女性の声。

それも、やや低めのソプラノボイス。

ああ、男に生まれてきたというのに、こんな声を発することになろうとは……

 

『えー、綺麗だしテンションあがるでしょ、普通』

 

「それが普段の格好の時に言われる言葉だったらな!!」

 

つい、操緒の言葉に対する返事にも声を荒げてしまう。

それを抑え、視界の下方に入り込む二つの盛り上がりを極力無視して会話を続ける。

が、それと同時に発せられる声により更に落ち込むという負の連鎖。

……今の状態だったら、何をしても落ち込むことになるのか……

ああ、夜風にはためくスカートが……何とも言えない気色悪さを生み出す。

うう、どうして僕が……

 

『奏ちゃんとか氷羽子ちゃんだって褒めてくれたじゃん。

 自信持っていいよ、今のトモはどこからどう見ても立派な女の子だって』

 

「ううう………」

 

ドサッ

 

操緒の決定的な一言によって、その場に崩れ落ちる僕。

男なのに……男なのに……女の子って言われて、喜べる訳ないだろ!!

改めて現在の僕の格好を見てみると、

 

髪は腰の部分まで伸びた、夜闇に溶ける長い黒髪――カツラで、戦闘行為で外れない様に内側でしっかりと固定されている……地毛が絡まって痛い……

細く、長い睫毛は目元の印象を明るいものにしている――マスカラが不慣れで重い……

アイライナーやアイシャドウで目元全体の線を着け、パッチリとした目元が作られている……使っている時が痛かった……

胸元は奏に並ぶかどうかというレベルまではっきりと膨らみ、自己主張が激しいことこの上無い――大量に詰め込んだパッドと、シリコンの内蔵されたブラが服の下には装着されている……普段は付いていない物の違和感と重量感が半端ない、肩凝りそう……

唇にはリップを塗って潤いを着け、両手の先にある爪には真紅のマニキュアを塗ってある。

服から出た四肢の先は毛が剃ってあり、全身の肌にはファンデーションなどで男とは分からない様に肌を造り上げてある……普段の見慣れている自分の姿とのギャップに心が折れそうだ……

足にはヒールの付いた黒いショートブーツ……ヒールの感覚が慣れなくて歩く度にグラグラして非常に怖い……

身に着けている服は、何故か濃い青のパーティードレス。

膝下まである長めのスカートに、むき出しの肩部を覆う様に身に着けた黒のストールはどこか妖艶な雰囲気を醸し出している、らしい……春先で、夜の野外である。寒いやら、服の隙間から風が入り込んでくるやらで非常に悲しくなってくる。特に、スカートの裾から吹き上げる様に流れ込んでくる夜の空気は、男性である僕には普段は絶対感じることのできないものであり、悲しみを通り越してどこか虚しい笑いがこみあげてくる始末。

そして、下着。

男物だとラインが出るからと言われて、女性用を着用。

ボックスショーツならまだマシだったのに、何故かハイレグのビキニ……やけにピッチリ肌に張り付き、締め上げられるような感覚がある……本気で泣きたい。

 

結果、見事な美系の女装男子の出来あがり。

鏡に映った自分の姿に一瞬、

 

≪あ、綺麗≫

 

と思ってしまって、精神にかなり深刻なダメージを負ってしまったりもした。

 

……ううう、本当に、どうして僕がこんな目に!!

 

最初、出来あがったこの姿を見た操緒は笑い転げ、アニアは涙目で腹部を押さえながら笑い転げつつ写真を撮り、氷羽子さんはどこか興味深そうに僕の姿を見ながらも口を歪めつつ、笑いを必死に治めていた。

八條さんと蹴策、それに塔貴也さんは気の毒そうに僕の方を見やりつつも、どこか感心したかのように頷いていた。

 

そして、僕の恋人である奏は……

 

『……綺麗、ですよ。

 智春くん……』

 

うっとりと眼を蕩けさせながら、頬を赤く染め、上記の言葉をポツリと呟いていた。

 

……どう……反応しろと……

 

奏だけは、僕の味方でいてくれるとてっきり思っていただけに、かなり悲しい。

いや、必要なことだっていうのは分かってるよ、分かってるけどさ……

 

「……本当に、なんでこんなことになってるんだろうなー」

 

作戦実行の段階になった今でも、やっぱり納得はできないのだ。

こんな現実から逃避するようにポツリと呟いた僕の言葉は、夜風に乗り、住宅街の闇へと消えていく。

そんな切なさを胸に抱きつつ、僕はこんな自体を招いた、否、招いてしまった原因を思い返すのだった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

慰安旅行から帰って来て1週間程が経過したある日のこと。

僕と奏、操緒とアニア、氷羽子さんと蹴策の鳳島兄妹は冬琉さんたちに呼び出された。

呼び出されたと言っても、休日に休んでいる所に声を掛けられたわけではなく、練習の最中に、練習後居残るように言われただけだ。

特に予定もなかったので、全員あっさりと承諾したのだが……鳳島兄妹以外の面々は全員、どこか緊張した様子でいた。

理由は言わずもがな。

塔貴也さんに話した事は奏たちにも話してあるのだし。

それに、この前塔貴也さんに話してから1週間なのだから、時期的にもそろそろだ。

というか、思いつく理由がそれぐらいしかない。

 

「あ、そういや、蹴策」

 

「ん?なんだ、夏目」

 

一旦道場から出ていった冬琉さんたちを待っている間に、ずっと気になっていた事を蹴策に聞くことにした。

緊張しっぱなしというのもあまり良いものではないし、集まって会話に興じている女性陣の間に入っていく勇気もなど、残念ながら僕は持ち合わせていない。

となると、男同士で会話でもするしかないのだ。

 

「高校受験ってもう終わってるよな。

 どうだったんだ?」

 

以前の世界通りなら、合格はしてるはず。

今回だって、なんだかんだで勉強はしてたから大丈夫だと思うが……あんなこともあったのだし、少し不安だったりする。

 

「おう、無事合格したぜ!!」

 

が、僕の不安などまるで気にした様子もなく、蹴策は晴れやかに笑いながら、結果を教えてくれた。

 

「そりゃ良かったよ、おめでとう。

 進学先はやっぱり洛高?」

 

何はともあれ、一安心。

入学後の事はまだ分からないが、現時点では大きな問題はないだろう。

 

「ん~、まぁな。

 第一生徒会とかうるさいやつらがいるけど、和斉とか冬琉たちもいるし、大丈夫だろ」

 

蹴策の笑みには一辺たりとも不安も感じ取れない。

僕の目に映るのは、春から始まる新たな学生生活に期待で胸一杯という顔のみ。

 

「第一生徒会、ね……蹴策はやっぱ、第三生徒会にでも入るの?

 それとも、八條さんみたく第三生徒会関連の部活?」

 

悪魔である以上、入らないという選択はないだろう。

入らなかったらその時点で第一生徒会に対抗するのは自分一人になるのだ。

無名の悪魔であれば問題ないのだろうが、鳳島家の長男ともなれば、当然監視対象にされるはずなのだし……

 

「そこまではまだ決めてねぇって。

 けど、まぁ、入るなら科學部か生物部だろうな……

 生徒会はだるいし、面倒臭そうだけど、部活ならまだ気楽だろ。

 科学部は塔貴也、生物部は和斉がいるから話し相手も心配いらんし。

 ま、入学当日までに決めときゃいい話だ。

 入って即第一生徒会に殺されました、じゃ、あの勉強漬けの地獄の日々が何だったのか分からなくなる」

 

ケラケラと笑いながら、未来の高校生活について楽しそうに話す蹴策。

自然とこちらも楽しくなってくる。

と、そうだ。

楽しそうな所で悪いが、言っておかないといけないこともあった。

 

「……蹴策、お前の未来の高校生活に水を差すみたいであれだけど、悪い知らせがある」

 

「なに?」

 

「佐伯のお坊ちゃんも洛高に決まったんだとさ」

 

僕の言葉を聞いた蹴策は笑顔のまま一瞬固まり、

 

「……マジか……」

 

その後非常に重い溜息を吐き出した。

 

「ああ、残念ながら、な。

 それに、洛高は特殊監理クラスがあるから多分一年の時は同じクラスだぞ。

 よかったな、蹴策」

 

「よくねーよ!!」

 

僕の言葉を聞いた蹴策が割と本気の嘆き声を上げる。

うん、言った本人が思うのもあれだけど、僕もあの人と一年一緒に過ごすのはかなり抵抗感がある。

嫌いではないが、非常に鬱陶しいことこの上なさそうだ。

それも、蹴策の様な悪魔であれば尚のこと。

 

「ま、変に突っ掛かったりしなきゃ大丈夫だと思うけど……出席日数には気を付けとけよ。

 八條さんと違って、お前は勉強出来ないんだから」

 

八條さんは普段の成績が良い方だから留年で済んでるけど、成績が悪い上に素行もあまり良くなさそうな蹴策だと即退学になりそうだし……

 

「ぬぬ……いざとなったら瑶の奴に頼るか……むむぅ~」

 

先程までの浮かれ顔もどこへやら、蹴策は顔を顰め、今後の対策を練り出す。

 

「手始めに、一発仕掛けるか?

 いや、それよりも悪魔同士で結託した方が……確か、今年は風斎の奴も入る筈だったし……」

 

「ふふ、いざとなったら手伝ってやるから、頑張れよ」

 

「ぬ~」

 

来年の今頃、蹴策が退学していなければ、間違いなく歴史が変わっているはず。

いや、現在でもかなり変わってるんだ。

このままいけば、きっとあの結末を回避できるはず。

だから、まずは秋希さんたちの事をどうにかしよう。

真日和の件や僕たちの受験の件については、それからだ。

そう、悩み続ける蹴策を見ながら僕は思ったのだった。

それから、暫く――といっても、10分程度――蹴策や奏たちと会話をしながら冬琉さんたちを待っていると、

 

「すまん、少し遅くなった」

 

「ごめんなさい」

 

「ごめんごめん」

 

『ああ、悪いな』

 

八條さんたちが道場にようやく顔を出した。

普段通りの表情を浮かべた八條さんに、どこか緊張した様子の冬琉さん。

飄々とした笑いを消し、珍しく真面目な表情の塔貴也さんに、眉を顰め、厳しい表情を浮かべている秋希さん。

 

≪ああ、やっぱりあの話だ≫

 

その表情だけで今迄4人が何を話していたのかが分かる。

僕以外にも、奏や操緒、アニアは察しがついたのか、顔を先程までの朗らかなものから真面目なものへと変えている。

一方の蹴策と氷羽子さんは、分からないのか首を傾げているが、自分たち以外の全員が真面目な表情になっているのが分かったのか、身を固くしていた。

 

「いえ、そんなに待ってませんよ」

 

「ええ、ほんの10数分程ですもの」

 

「そうか、なら良かった」

 

言葉を交わしつつ八條さんたちは僕らの近くまで歩いて来て、そのまま道場の床に腰を下ろした。

位置取りとしては、先に道場にいた面子と、後から道場に来た面子が向かい合う形だ。

 

「「「「……………」」」」

 

「「「「「『……………』」」」」」

 

向かい合った双方が、言葉を発せず黙り込む。

塔貴也さんたちは、何から話したらいいのか分からず、黙り込んでいる様子。

鳳島兄妹はこれから何を話すのかも分からないからだろう、僕から見ればただこの空気に戸惑っているように見える。

そして、奏たち。

話す内容も、これから自分たちがやろうとしていることも分かった上で黙っている。

目線をそちらに送ると、

 

「「『………………』」」

 

偶然にも、3人と目が合った。

3人ともそれぞれ目には強い光を宿し、各々覚悟が感じ取れる。

 

「…………」

 

僕が黙って頷くと、3人も揃って頷き返してきた。

疑う余地のない絶対的な信頼――アニアは少し笑っていたが――と、それを形作る彼女たちの強い意志。

そんな頼もしい後ろ盾があったからこそ、

 

「良いか、操緒?」

 

『うん、オッケ~』

 

僕は真っ先に口火を切ることができたのだ。

 

「え?夏目さんに、操緒?」

 

「お、おい、夏目。

 お前、何するつもりだ?」

 

唐突に発せられた僕らのやりとりに鳳島兄弟が戸惑いの声を上げる。

それを、

 

「黙っていろ、二人とも。

 なに、取って食やしないさ。

 むしろ、面白いものが見れるぞ」

 

アニアが愉快そうに笑いながら制す。

冬琉さんたちの方を見れば、流石と言うべきか、それとも単に分かっていたからか、特に戸惑った様な声は上げていなかった。

それでも、やや顔が強張っていたのは仕方ないと思うが……

 

「行くぞ――来い、黑鐵」

 

僕の声と同時に、操緒の姿が虚空へと溶けるように消え、影の色が変わり、広がる。

今迄何度も見てきた虚無の色。

黒より昏い、夜の中でもはっきりと分かる異質な漆黒な影。

そこから影を引き裂いて現れるのは、1体の魔神。

今迄何度も僕らを助けてくれた機械仕掛けの悪魔。

右手には銀色に輝く巨剣、左手は何も持っていないが、黒い魔力の塊が漏れ出している。

全身を引き上げはしない。

そんな事をしたら、道場の床が抜けてしまう。

だから、呼び出すのは上半身のみ。

残りは全て影の中だ。

 

それでも、黑鐵から溢れる圧倒的なプレッシャーに、僕や奏、それにアニア以外の全員が身構える。

 

明らかに僕の事を警戒しているというのに、つい笑みが漏れてしまうのは何故だろうか。

隣を見れば、ニアも笑っているし、奏もどこかおかしそうだ。

 

そんな、僕らの様子に怪訝そうな顔を浮かべている彼らに、僕はこう言った。

 

「僕たちは、未来から来ました」

 

以前も嵩月家で言った、その言葉を。

 

「…………………………………」

 

そして、僕の発した言葉に同調するかのように奏は首を縦に振り、

 

「正確には、この世界とほぼ同様の時系列を辿った異世界から、というのが正しいがな」

 

アニアが楽しそうに補足を入れる。

楽しみの中に冷静さを秘めたアニアの笑い声を聞きながら、僕は僕たち3人以外の道場にいる面々に目を向けた。

三者三様ならぬ六者六様の反応をそれぞれがしている。

 

最も驚きが少ないのは、事前に僕から説明をしていた塔貴也さんであり、彼から説明を聞いていたであろう八條さんの二人だ。

共に、眉が多少動いた程度で、ほとんど表情を変化させていない……ああ、訂正。

塔貴也さんは研究者としての興味からか、興味深そうに黑鐵へと視線を向けている。

いずれにせよ、特に僕らが何か声をかけなければいけない状態ではない。

 

次に驚きが少なかったのは、やはり秋希さんと冬琉さん、それに、意外だったけれど氷羽子さん。

視線を僕に向けたまま、冬櫻の柄に手を掛けていたり、周囲に氷の粒子を回せたりと、やや警戒気味だがそれは正しい判断だと思う。

僕だって、突然前触れもなく機巧魔神(アスラ・マキーナ)を呼び出されたら警戒するし、先手必勝とばかりに攻撃しているかもしれない。

そう考えると、今の二人の反応は当然だ。

むしろ、然程変化していない八條さんたちの方がおかしいと言える。

 

そして、ラスト。

最も驚き、口を大きく開いて間抜け面を晒しているのは、

 

「な、な、な……なんじゃそりゃーー!?」

 

皆さんご存知、鳳島蹴策ただ一人。

叫び声を上げ、僕の影から姿を現している黑鐵を右手の人差指を震えさせながら向け、大きく息を吸い、更に一言、

 

「なんじゃそりゃーー!?」

 

同じ言葉を繰り返した。

 

「うるさいです、お兄様」

 

そんな蹴策に飛来する氷姫の拳。

それはしっかりと愚兄の頭部を捉え、勢いを弱めることなくいっそ清々しい程の快音を響かせ、兄を黙らせた。

 

「ぐぅーー、何すんだ、氷羽子!!」

 

殴られた部分を抑えつつ、妹に猛抗議をする蹴策。

否、しようとして、

 

「黙っとけ、蹴策。

 騒いでちゃ話が進まん」

 

別方向から飛来した拳に、再度打ち据えられた。

 

「ぬぐぅ!!」

 

苦悶の声を上げるも、蹴策がそれ以上騒ぐことは無くなった。

毎度毎度こんな扱いをされる彼に、それなりに同情はするが特に訂正しようとも思わない。

気にしていたらきりがないというのもあるし、下手に蹴策(バカ)に言葉で説明しようとするよりは、直接身体に覚えさせた方が手っ取り早いからだ。

まぁ、その辺りの匙加減は八條さんや氷羽子さんが良く分かっているのでそちらに任せている。

 

「……話を続けて良いですか?」

 

「ああ、遮って済まなかったな。

 続けてくれ」

 

「では、改めまして……僕たちは未来……いえ、詳しくいうのであれば、アニアが言った通り、異世界から来たというのが正しいですね。

 突然言われて信じられないとは思いますが、嘘を吐いているつもりはありません。

 証拠が何かと問われれば、今僕の影から現れた機巧魔神(アスラ・マキーナ)が本来この世界には存在しない黑鐵であるということ。

 この機体が黑鐵ではない、と言われればそれまでですが……その判断は、皆さんに任せます。

 そして、僕らがいつ頃この世界に来たか、ですが……奏、アニアの二人は生まれた時から、僕は一度死んだ際に生き返って、そこからやり直しています。

 ……操緒は、途中で合流した、という表現が一番正しいかな?」

 

念のため、アニアに確認の視線を送ると、特に問題はないのか首を縦に振ってくれた。

……ありがたい。

彼女が認めてくれるなら、何も問題はないだろう。

 

「生き返った、ですって……?」

 

アニアから視線を冬琉さんたちの方へ戻すと、目を精一杯見開き、顔を強張らせた冬琉さんの姿が。

八條さんや氷羽子さんも、冬琉さんほどではないにしろ、それぞれの表情で驚きを示している。

こんな時に騒ぎ出す蹴策が静かなので不思議だが、先程の扱いを思えば今の彼の態度も当然と言えば当然である。

 

「話の本筋に関係のない質問は後で纏めて答えます。

 なので、後にしてもらって良いですか?」

 

「……分かったわ」

 

僕の言葉を受け、渋々と引き下がる冬琉さん。

それを見届け、僕は言葉を続けた。

 

「塔貴也さんには、直接話していましたし、八條さんたちはその様子から察するに、事前に塔貴也さんに話を聞いていたみたいですから良いですけど……蹴策と氷羽子さんには何も言っていなかったので、一から説明しますね」

 

改めて状況や僕らの目的を再認識してもらう意味も含めて、再度塔貴也さんに持ちかけた話を口にする。

 

「僕が塔貴也さんに黑鐵――この、機巧魔神(アスラ・マキーナ)の名前です――の能力を説明し、僕らの出自を明らかにした理由はただ一つ。

 秋希さんを琥珀金(エレクトラム)から解放するためです」

 

冬琉さんの右斜め後ろに浮かんでいる秋希さんにこの場にいる全員の視線が集まる。

だが、当然そんなことで彼女が怯むことはない。

いつものように毅然とした様子で宙に浮き、僕らに視線を返してくる。

そこには確かに橘高秋希としての強さが見て取れた。

 

「解放……ですか?」

 

驚いたように問いかけてくるのは氷羽子さん。

当然だ。

現在、機巧魔神(アスラ・マキーナ)から副葬処女(ベリアル・ドール)を解放する手段として唯一示されているのが、ここにいるアニアが示した分離機(スプリッタ)だ。

それ以外の方法など誰にも知られていないのだから。

 

「そうだ、信じられないかもしれないが、今の黑鐵にはそれが出来る」

 

氷羽子さんの問いに応えたのはアニア。

自身の専門分野であること、更にはほとんどの人間が知らない事を喋り、教えるとあって非常に楽しそうである。

……まぁ、黑鐵、それに関係のある白銀や鋼については今後のためにも説明しない訳にもいかないし……ここはアニアに任せるとしよう。

 

「元々、黑鐵の能力は“重力制御”であり、現在所持している能力であるところの“完全なる空間制御”は完成系の機巧魔神(アスラ・マキーナ)である鋼の能力だった。

 だが、鋼のスペアであった黑鐵に、同じくスペアであった白銀のパーツを流用することで、鋼と同様の能力を得ることができたのだ。

 ほれ、黑鐵を見ると良い。

 所々に色違いのパーツが使われているだろう?

 そういった部分や、右手に握っている大剣などは全て白銀から流用したものだ」

 

説明している本人は楽しそうだが、聞いている冬琉さんや氷羽子さんたちは非常に困惑している。

唯一、塔貴也さんだけが、技術屋だからか嬉しそうな顔をしているが、些細なことだろう。

 

「ニア、黑鐵と白銀はケースが学生連盟の本部にあるから存在は知っていましたが……鋼とはなんです?

 それさえも分からないのに、スペアだとか能力が変わっただとか言われても、まるで分かりません……」

 

「ああ、そういえばそうだったな……じゃあ、一から説明するとしよう」

 

息を大きく吸い込み、大きく吐き出すアニア。

さながら深呼吸の様な大袈裟な溜息。

が、その溜息を終えた彼女の顔は先程までの年相応の楽しそうな顔ではなく、一人の学者としての精悍な顔付きに変わっていた。

そんな彼女の雰囲気の変化がその場にいる全員に伝わったのか、皆が再度顔を引き締める。

 

「そもそも、機巧魔神(アスラ・マキーナ)は全部で21体存在する。

 お前たちが知っている、亜鉛華や玻璃珠(カルセドニー)、それに琥珀金(エレクトラム)の様な有名なものから、尖晶(スピネル)の様な非常にマニアックな機体まで、全て合わせて21体だ」

 

「……その数の根拠は?」

 

「根拠も何も、機巧魔神(アスラ・マキーナ)を作り出したのは他でもないこの私だ。

 んまぁ、直貴とか律都の協力があったからこそ出来たのも事実だが……」

 

「……馬鹿な。

 機巧魔神(アスラ・マキーナ)は一巡目で作られたものよ。

 二巡目にいる貴方にそれが出来る筈がない!!」

 

声を荒げる冬琉さん。

それぞれ態度は違えど、この場にいる僕と奏以外の人間の反応はどれも似たようなものだ。

無理からぬこと、と言えばそれまでだが……

 

「では、逆に聞こう、冬琉。

 機巧魔神(アスラ・マキーナ)はどうやって作られたのだ?」

 

アニアは真面目な顔に笑みを浮かべ、不出来な生徒に答えを教える教師のような愉悦の表情で逆に冬琉さんに聞き返す。

 

「……そ、それは……本当の所は、私には分からないけれど……

 言われているのは、一巡目の人たちが悪魔から盗み出した秘義で作り出した存在で、この世界(二巡目)で悪魔に対抗するために送り込まれたとか……」

 

弱々しく返事を返す冬琉さん。

本当の答えなんて、本来、二巡目の人間には分からないことだからこの反応で当然。

 

「そう、それがこの、二巡目の世界での見解だ。

 ……だがな、真実は別にある。

 そもそも、あの見解は法王庁の馬鹿共が勝手に練り上げた机上の空論に過ぎない。

 解釈は異なるが、誰も内容を訂正しようとしないのは不思議な程にな。

 再度問うぞ、冬琉。

 法王庁(やつら)の見解で、一巡目に悪魔は存在したとされていたか?」

 

「……確か、世界のシステムとされていたわね。

 それが、世界をやり直す事を実行する代わりに、同じ過ちを繰り返さない様に生命、すなわち肉体を持ってこの二巡目に現れたとされている」

 

「そうだ。

 だが、おかしいではないか。

 何故、悪魔が世界のシステムであったと言い切れる。

 現に、二巡目ではこうして肉体を得ているのだから一巡目でも肉体を持っていたと考えるのが当然ではないか?」

 

「けれど、それなら二巡目は一巡目と同様の結末に向かって突き進んでいることになるわ。

 一巡目の遺構が存在する以上、それは有り得ない」

 

「ふん、言うじゃないか。

 では、一巡目の人間はどの様にして悪魔と交流を持ったのだ?

 世界のシステムであるのであれば、通常の手段であれば不可能のはずだ。

 むしろ、システムにアクセスできるのであれば、世界の滅び自体止めることが出来そうなものだがな……」

 

「それは……」

 

「なに、答えは簡単だ。

 人間の技術が進歩したのではない。

 一巡目に突然悪魔が現れたのさ」

 

そう、問題は悪魔の在り方ではない。

いつ、どの時点から悪魔という存在がその世界に明確な形を持って現れたかということだ。

勿論、一巡目でも環緒さんみたいに異世界からの影響を受けて以前から悪魔になっていた人がいただろうし、アニアみたく二巡目から飛ばされてきた悪魔だっているのだろう。

だが、基本、一巡目の悪魔は超弦重力炉の暴走事故以降であり、二巡目の悪魔はこの世界が始まってからだ。

 

「……その悪魔が貴方だと……?」

 

冬琉さんの言葉に頷くアニア。

……結局話が元に戻ってる気がするんだが……

 

「良いでしょう、一旦認めます。

 そうなった経緯は説明してくれるのでしょうから」

 

頭に手をやりながら首を振り、無理矢理自身を落ち着かせる冬琉さん。

納得はしてないようだが、一先ず問題を先送りにすると決めたようだ。

話が進んでいない自覚はあった様で、何よりである。

 

「ああ、その点は保証しよう。

 では、話を戻して……21体ある機巧魔神(アスラ・マキーナ)のうち、最後に作られたのが鋼という機巧魔神(アスラ・マキーナ)だ。

 能力は“完全なる空間制御”であり、この世界が以前の世界と同じ様に動いているのであれば現在の演操者(ハンドラー)は夏目直貴、夏目智春の実兄だろう」

 

周囲の息を呑む音、それと同時に僕に向けられる眼差し。

分かっていた事だけれども、非常に居心地が悪い。

特に、八條さんは会った事でもあるのか、他の面々と比較にならないほど、表情が変化していた。

 

「が、機体の説明には関係ないので省略する」

 

そんな周囲の反応をあっさりとスルーし、アニアは言葉を続ける。

 

「鋼は最終形、すなわち完成形として作成された機巧魔神(アスラ・マキーナ)であるが故に、全ての機巧魔神(アスラ・マキーナ)の中でも最強のパワーを所持している。

 それに、製作段階で完成していた全ての拡張機能(プラグイン)が組み込まれているから大抵の事は可能だ。

 だから、見かけても相手にしようと思うなよ?

 直貴の奴が演操者(ハンドラー)として未熟なままだったらどうにかなっただろうが、既に2年が経過している。

 正攻法ではまず勝ち目などないだろうさ」

 

以前の世界における直貴の最後でも思い出したのか、アニアの顔が一瞬悲痛に歪むがすぐに元の表情に戻る。

だが、そんなアニアの様子など気にも留めず、語られた鋼のスペックを聞いて絶句する皆さん。

確かに、言葉の上では、まず勝てる図が浮かんでこない相手である。

僕だって、戦わなくていいのなら絶対に戦いたくない。

 

「……そんな、絶対的な機巧魔神(アスラ・マキーナ)を手にして、演操者(ハンドラー)は……夏目直貴は一体何をしようとしてるんだ……?」

 

必死に、無理矢理喉から絞り出した八條さんの疑問の声。

これは、この場にいる僕たち以外の面々の総意だろう。

答えるのにもそれなりの覚悟がいるであろう問い。

だが、アニアは特に気負うこともなく、あっさりと、

 

「世界の救済だ」

 

答えを口にした。

 

「きゅう……さい?」

 

「そうだ、お前たちも知っているだろう。

 世界は一度、未来に滅びた。

 だが、その滅びを回避する手段は確かに存在するんだ。

 直貴は、それを実行しようとしている」

 

そこまで言って、再度深呼吸するアニア。

その間も誰も声を発しない。

否、発せない。

今、場の主導権を握っているのは間違いなくアニアだ。

彼女を無視した行動など出来るはずもないのだから。

 

「……具体的な行動は二つある。

 一つ目は、こちらの世界に残された超弦重力炉の遺構の破壊。

 二つ目は、この世界を滅ぼそうとしているものを直接破壊することだ」

 

『お前たちは、この世界を滅ぼそうとしているモノの正体を知っていると?』

 

「無論。

 でなければ、この様な事など言えるはずがない」

 

これまでの驚愕の表情の中でも、最大級の驚きを示す皆様。

八條さんや氷羽子さんなどは、座っていられなかったのか、勢いよく立ちあがったりしている。

 

「落ち着け、和斉、氷羽子。

 まだ、話は途中だ」

 

そんな彼らの驚きを分かっていたのだろう。

特に焦る様子もなく、アニアは二人に着席を促す。

 

「む、すまん、取り乱した」

 

「すみませんでしたわ、ニア」

 

そして、二人が座りなおしたのを確認したところで、

 

「では、一つ目の方から説明していこうか」

 

改めて語り始めた。

 

「一つ目、超弦重力炉の遺構の破壊だが、これは二つ目のこととも関わりがある。

 実際に世界を滅ぼすモノが現れるスイッチが超弦重力炉だと言われているから、奴が現れるのを防ぐために、遺構を破壊する。

 上手くいくかどうかは不明だが、これをしておかないと今後も世界が滅ぶ可能性が拭い切れない。

 いわば、一つ目は二つ目の保険でもあるわけだ」

 

ここまでは良いか、と言って皆を見渡すアニア。

彼女の視線に、頷いたり、首を傾げたりと皆、それぞれの反応で返す。

傾げているのは蹴策一人なので、今はスルーしておこう。

後でより詳細に説明すればいいさ。

アニアもそれは分かっているのだろう、蹴策の反応をあっさりとスルーし、言葉を続ける。

 

「二つ目、世界を滅ぼすモノを直接破壊することだが……

その方法を提示する前に、世界を滅ぼすモノの正体を教えておこうか」

 

ゴクリ

 

誰かが唾を呑みこんだような音が聞こえた気がした。

冬琉さんか、秋希さんか、八條さんか、塔貴也さんか、はたまた、氷羽子さんか。

大穴で蹴策ということもあり得るだろう。

それだけ、この答えは二巡目に生きるモノに取って重要なのだ。

 

「……世界を滅ぼすモノ、その正体は、“神”だ」

 

「神……だと?」

 

「ああ、といっても、お前たちが想像している様な人の姿をしたものではないぞ?

 機械仕掛けの悪魔(アスラ・マキーナ)と同じように機械で作られた巨大な人形の腕。

 演劇に因んで付けられた名は“機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)”。

 それが世界を滅ぼすモノの正体であり、我々この世界に生きる物にとっての敵だ」

 

語られた予想外の正体に固まる六人。

そんな彼らに考える暇など与えず、アニアは言葉を浴びせていく。

 

「具体的にどの様にして奴が世界を滅ぼすかについてだが、難しいことは何もない。

 (デウス)はこの世界に自身の姿を出現させ、代わりに世界を非在化させていく。

 詳しい仕組みは不明だが、分かっているのはただ一つ……普通の人間や動物、それに演操者(ハンドラー)や悪魔、機巧化人間(フェミナ・エクス・マキーナ)といった異能者など、抗う術無く全ての生命や物はいずれ本人も気付かぬまま非在化してしまうということさ」

 

『だが、アニア、先程お前は倒す術があると、そう言っていたではないか』

 

「ああ、確かにあるぞ、それも二つもな。

 一つは、膨大な、正確な数字など数えたこともないから分からないが、それこそ10億から20億程の人間を全て生贄として捧げた膨大な魔力を使って破壊する方法。

 もう一つは、魔神相剋者(アスラ・クライン)機巧魔神(アスラ・マキーナ)にとあるプラグインを組み込み、限界まで魔力を増幅させて奴にぶつけ、破壊する方法。

 ……他にもあるかもしれんが、私が知っているのはこれだけだ」

 

「それは……」

 

「まぁ、今結論を出せとは言わんし、お前たちがやる仕事ではないから気にするな。

 ……さて、大分話が逸れてしまった気がするが、本題に戻るとするか」

 

青ざめた顔、怒り震える顔、笑った顔、全て無視して、アニアは語り続ける。

その姿は、まるで、お前たちには関係などないのだと言っているようにすら見えた。

 

「そんな鋼のスペアとして作っていたのが、黑鐵であり、白銀だ。

 “重力制御”と“空間切断”。

 本来、鋼の予備として扱われるはずだったこの二つの力を合わせることで黑鐵は鋼と同様の力を得た。

 それによって、副葬処女(ベリアル・ドール)の解放や世界間の移動も可能になったわけなのだが……」

 

そこまで語って、アニアは大きく溜息。

恐らく、あの時相対した(デウス)のプレッシャーでも思い出しているのだろう。

何とかなると思った矢先にあれだったしな……今更気にしても仕方ないとは思うが……

 

「アニア、交代だ。

 ここからは僕が話すよ」

 

「そう、だな。

 大まかな説明は済んだから、後はお前に任せる」

 

そこまで言って、アニアは肩の力を思いっきり抜き、脱力した。

余程説明に集中していたのだろう。

そして、代わりに、僕に集う6つの視線。

うう、なんだか緊張するな……

 

「さて、じゃあ、続きといきましょうか。

 そう、僕たちがここに、この世界にやって来ることになった経緯を……」

 

どこから話し始めたものか……そうだな、まずは……

 

「僕が初めて黑鐵に出会った所から話しましょう」

 

これまでアニアが語ってきたのは、この世界のほとんどの人間に知られることのなかった世界の理(しんじつ)

人がその事実に気付くことによって起こるのは、利用か対処か、はたまた諦めか。

いずれにせよ、そこには一人の人間としての意志がある。

では、

 

「僕が初めて黑鐵に出会ったのは……いえ、黑鐵の封印されたイクストラクタを手に入れたのは、洛芦和高校の入学式の前日でした」

 

(異なる世界とはいえ)未来の自分が起こした事件や悲劇(事実)を知った時、目の前にいる彼らは、未来の自身の選択(意志)を認めることができるだろうか……?

「今でもはっきり覚えています。

 四月最初の木曜日、入学式を翌日に控えた春休み最終日。

 屋敷の庭にあった桜の木から花弁が散っていた、そんな春の日。

 イクストラクタを持って来たのは、洛高科學部の女子生徒。

 彼女は、直貴から頼まれたと言って、操緒をしっかりと見つめながら(・・・・・・・・・・・・・・)、僕らにイクストラクタを渡してきました。

 ……名前は、黒崎朱浬」

 

「黒崎――朱浬……って、誰だい?」

 

僕の告げた名前に塔貴也さんが首を捻る。

他の面々も、それぞれ反応の違いに差はあれど、皆似たような反応だ。

塔貴也さんが口を開いたのは、純粋に疑問だったということもあるのだろうが、何よりも彼自身の所属が科學部だからであろう。

自身の所属している部活のメンバーであるはずなのに、自分が知らないのが不思議なのだ。

 

「知りませんか?

 ……まぁ、学年は蹴策と同じなので来月入学の予定ですから無理もないと思います」

 

「そうかい、それなら、まぁ……」

 

「けど、こう言えば分かるかもしれません。

 

 機巧人間(フェミナ・エクス・マキーナ)の少女。

 

 情報だけなら、既に関係各所に出回っていると思いますが……」

 

納得しかけていた塔貴也さんに追加情報を話しつつ、チラリと、冬琉さんと氷羽子さんに視線を向ける。

僕の向けた視線に冬琉さんは頷き、氷羽子さんは、

 

「ええ、洛高の第三生徒会長名義で今後の関係に善処して欲しいという旨の手紙が回っていましたわね。

 そう、彼女、黒崎朱浬、と言うんですか……」

 

溜息の様に静かに言葉を吐き出した。

彼女の顔からは、明らかなやる気の無さが読みとれるが、目の奥が黒々と輝いている。

 

(あー、完全に後継者モードになってるよ……)

 

仕方のない反応とはいえ、少々心苦しかったり。

何だか、冷気が漏れ出している気がしないでもない。

冷や汗が流れているのを感じつつも、極力氷羽子さんの方を見ない様にして言葉を続けていく。

 

「……それで、彼女からイクストラクタを受け取った僕は黑鐵を手にすることになったのですが……黑鐵と契約し、初めて呼び出したのは、入学式の2日後。

 第一生徒会に殺されそうになっていた奏を助けようとして、呼び出しました」

 

「よく、戦争にならなかったわね……」

 

呆れたような冬琉さんの溜息交じりの言葉。

事実呆れているのだろう。

だが、

 

「ああ、当時の僕はこちらの世界のことなんて殆ど何も知らなかったんです。

 機巧魔神(アスラ・マキーナ)とも契約していませんでしたから、唯の幽霊憑きの男子生徒でした。

 まだ科學部にも入部していませんでしたから、身分的には一生徒が第一生徒会に抵抗したという扱いになってたんです。

 科學部に入部したのもその後ですよ」

 

「ああ、そういうこと……」

 

今の僕の立場で物事を考えてもらっても困るので、訂正しておこう。

今でこそ嵩月組所属の扱いになっているが、当時はそこまで入れ込んでいなかったのだから。

 

「それで、呼び出した黑鐵の力で第一生徒会を撃退して、なんとかその場は片付きました」

 

敢えてこの場で、誰が会長だったのか、という事実については語らない様にする。

今後の皆の学園生活にいらない不安を持たせないためであったりするのだ。

 

「その後は、基本、生徒会や学生連盟関係の事件に巻き込まれたりしながら、日々を過ごしていました。

 はぐれ眷属(ロスト・チャイルド)の事件や、GDとの対立、魔神相剋者(アスラ・クライン)の起こした悪魔襲撃事件に、十字稜(ラ・クロア)侵入事件、引き籠り解決、修学旅行機ハイジャック事件、等々、一年でアホかってほど巻き込まれましたよ」

 

改めてあの1年間の内容の濃さに驚いている自分がいる。

そりゃ、操緒の魂はすり減るし、奏の非在化も異様に進行するはずだ。

 

「それは、また、何と言うか……」

 

僕の語った内容に絶句している八條さんたち。

単語だけでも物騒極まりないモノばかりが並んでいるのだ。

……一部、変なのが混じっているが……

冬琉さんの顔なんて引き攣っている。

 

「では、そんな様々な事件の際、ここにいる皆さんがどんな立場で事件に挑んでいたのか話しましょうか」

 

さぁ、ここからが本番だ。

「まず、冬琉さんですが……基本的には、今とそんなに変わっていなかったと思います。

 ただ、今にして思えば、かなり真面目な感じになって、ふざける事が減ってましたね。

GDではなく第三生徒会の会長をやってたからかもしれませんけど……

なので、基本的には第三生徒会会長として諸々の事件の対処に当たっていました」

 

冬琉さんの性格の変化は、本当は秋希さんの事で思うことがあったからなのだろうけれど、それが真実かどうかまでは分からない。

まぁ、秋希さんとの関係は触れないといけないことだから誤魔化す訳にはいかないが。

 

「会長、ねぇ……」

 

言われた冬琉さんは、実感が湧かないのだろう。

首を傾げ、不思議そうな顔を浮かべている。

そりゃそうだ。

僕だって未来の自分のことなんて分かるはずがないのだし、それを他人から教えられたところで反応に困るだけだろう。

 

『だが、何故冬琉はGDを辞める事になったのだ?』

 

不思議そうに首を傾げている冬琉さんに代わって、冬琉さんの右斜め後ろに浮かんでいる秋希さんが聞いてきた。

秋希さんの浮かべている表情からして、純粋な疑問だからなのだろうが……

無自覚に事の核心に踏み込む辺り、流石というか……

 

「…………………」

 

訊ねられた僕は、一瞬黙ってしまう。

だって、そうだろう?

これから僕はこの人に、未来で自身が消えていた事を語らないといけないんだ。

今ここにいる彼女と、あの世界で消えた彼女は別人であるということは分かっているけれど、どうしたって言葉に詰まってしまう。

 

『……まさか……』

 

が、僕が一瞬とはいえ押し黙ってしまったせいで秋希さんがその事実に思い当たってしまったらしい。

顔が強張り、(透けているから分かり難いが)青褪めていく。

そんな彼女の顔を見てしまったのだから、誤魔化すことは無理だろう。

というか、誤魔化す訳にはいかないのだから、元々分かり切っていた結果でもある。

僕は、大きく息を吸い、

 

「ええ、秋希さんが消滅し、冬琉さんが元演操者(エクス・ハンドラー)となってしまったことが大きな理由の一つです。

 僕は当時の事を良く知らないのですが、結果として冬琉さんはGDではなくなり、第三生徒会会長となりました」

 

改めてその事実を口にした。

 

「なんですって……!?」

 

『やはり、か……』

 

それを聞いた橘高姉妹の反応は両極端だった。

 

冬琉さんは驚愕を顕わにし、大声を上げ、口を何度も開閉させている。

何か、何か言わなければいけない。

けれど、その何かが出てこない。

その葛藤が見ていてありありと伝わってきた。

 

一方の秋希さんは、予想が付いていただけのことは有り、特に慌てふためくことはなかった。

本来なら、自分が死んでいたという事実を聞かされたのだから、冬琉さんの様な反応をするのだろうに、まるでそんな様子が見られない。

ただ、唇を噛み締め、青褪めた体を震えさせている。

押し黙った彼女の姿は見るに堪えない。

 

「秋希……」

 

塔貴也さんも何か言おうとして、そばに寄っていこうとしたものの、途中で諦めたかのように立ち止まってしまう。

彼の目にあるのは、同情か憐憫か、はたまた悲嘆か……僕程度の人間では分からない。

けれど、一つだけ分かることがある。

 

この塔貴也さんも、やはり部長になる可能性があるのだということだ。

 

今迄の日常生活でも分かっていた事だけれど、やはり秋希さんを想う塔貴也さんの心というのは侮れない。

味方にいるうちは良いだろうが、敵に回ると非常に厄介だ。

 

「……秋希は、どうして消滅したんだ?

 尖晶(スピネル)副葬処女(ベリアル・ドール)みたく自害なのか、普通に……といったら、あれだが……機巧魔神(アスラ・マキーナ)の使い過ぎで消滅したのか……?」

 

震える橘高姉妹と、その幼馴染を横目で見ながら、八條さんが静かに聞いてくる。

まるで我を失っていない。

流石、なのだろうか……?

 

「僕は、よく知らないんですけど……奏、アニア、知ってる?」

 

そう言えば、秋希さんが消滅した原因を教えてもらったことってなかったな、と思いながら、話を聞いていた二人に問いかける。

 

「いえ、私も、知りません……」

 

申し訳なさそうに否定する奏と、

 

「ああ、一応学生連盟の記録は一通り目を通していたからな」

 

いつもの調子で肯定するアニア。

知っているとの事なので、黙ってアニアに続きを促すと、

 

「記録では“魔力の使い過ぎによる消滅”となっていたな。

 時期は、確か……例の魔神相剋者(アスラクライン)の事件の頃と被っていたな」

 

「ということは、あれか?

 本来だったら秋希は以前の事件の際に消滅し、冬琉も元演操者(エクス・ハンドラー)になっていたと……?」

 

「うむ、そうなっていたはずだ。

 因みに、和斉。

 お前も、記録によれば、あの最初の襲撃で死んでいたはずだったんだぞ?

 改めて、無事で良かったな」

 

「マジかよ……」

 

秋希さんの説明をするついでにあっさりと八條さんの未来――いや、過去か?――をばらすアニア。

まぁ、僕は知らなかったし別に構わないんだけど……なんか、あっさり言われた八條さんがそれなりに落ち込んでるんですが……

 

「ま、まぁ、過ぎたことですし、生き長らえたと思えば良いじゃないですか。

 特に後遺症も無いんですから」

 

「あ、ああ」

 

未だどこか翳を背負った様子はあるものの、なんとか復活してくれた。

ふう、これで一安心と言えば、一安心、かな?

 

「夏目」

 

「ん?」

 

「俺と……俺と、氷羽子はどうだったんだ?」

 

掛けられた声に振り返ってみれば、今迄見たことがない程真剣な顔つきの蹴策の姿。

後ろには、不安気な表情を浮かべた氷羽子さんもいる。

 

「……二人とも死んではいなかったよ」

 

「そうか、なら……」

 

安心した様子で顔を崩した蹴策だが、

 

「けど……」

 

僕が次に溢した言葉で固まった。

 

「蹴策は氷羽子さんの記憶を失くしてたよ。

 僕が初めてお前に会ったのは高校1年の夏だったけど、その時にはもう……」

 

いや、氷羽子さんと初めて会ったのがそれより後だから、ひょっとしたら違うのかもしれないけれど、あれだけ“妹”という存在に執着していたのだ。

氷羽子さんの記憶は消えていたと見てほぼ間違いないだろう。

 

「……嘘、だよな?」

 

縋る様な蹴策の言葉に、僕は黙って首を横に振る。

残念ながら嘘ではない。

 

「全部本当さ。

 こっちで、お前と初めて会った時にした忠告も、結末を知っていたからっていうのもあったんだ」

 

「……そう……か……」

 

目に見えて落ち込んでいく蹴策。

愛妹の記憶を失くしたという事実がこれ程までに彼を傷つけているのなら……成程、以前の世界でのあいつの妹に対する執着にも納得がいく。

 

「氷羽子ちゃんは、特に、今と変わりませんでした。

 ……ただ、ほとんど、誰とも関わらなかった、みたいで……」

 

「要は、普段からスイッチが入りっぱなしになっていたということですわね?」

 

「う、うん」

 

「まぁ、お兄様がそんな状態になってしまっていたのなら、そんな態度にも納得がいくというか……むしろ、当然というか……」

 

奏の説明に、特に落ち込んだ様子も見せず、納得している辺り、氷羽子さんだなーと、感心してしまう。

ただ、この人のその後こそ、一番悲惨なものなのだけれど……

やはり、話さないといけないだろう。

あの事を話さずに終わらせる訳にはいかないのだから。

 

奏とアニアに視線で合図を送ると、二人とも神妙な顔で頷いてくれた。

 

「それで、最後に塔貴也さんなんですが……」

 

「ん、僕?」

 

「はい」

 

秋希さんの事を真剣に――語弊があるかもしれないが――見つめている塔貴也さんに声をかける。

塔貴也さんは反応を返してはくれたものの、これまでの人に比べてどこか真剣さが足りない。

自分のことよりも、他人――特に秋希さん――を気遣っている。

 

「僕なんて大したことしてなかったんじゃないの?

 戦闘系じゃなくて所詮技術屋の人間なんだから」

 

確かに、塔貴也さんの役割は、その認識で間違っていないし、あの時までは僕もそう思っていたんだけれど……

 

「……本当にそうだったらどれほど良かったか……」

 

「?」

 

本当に、ああ、本当に、部長があんな行動を起こしたりしなければ……いや、そうしたら結局タイムパラドックスが起きて世界は滅ぶわけか。

ああ、もう!!

本当に、色んな事の原因になってるな、この人は!!

自分でも顔から表情が抜け落ちていくのが分かる。

意識するなというのが無理な話。

塔貴也さんと部長が同じ人間だけど、別人だということぐらい分かっている。

分かっているが、やはり理性と感情というのは別物なのだろう。

今更になってでも、塔貴也さんに軽い態度を取られると、怒りが込み上げてくる。

 

それを無理矢理抑え込んで言葉を続ける。

 

「……塔貴也さんは、秋希さんが消えたショックで当初は引き籠っていました。

 冬琉さんの呼びかけにも答えないでずっと中庭のあの物体の中で暮らしてました」

 

「……まぁ、僕でもそうなるかもね。

 秋希を失った僕がどんな行動に移るかは分からないけれど、引き籠るのは納得がいく結果だよ。

 元々、インドア派だし」

 

「ええ、最終的には日本神話の天岩戸よろしく、周囲の騒ぎに中てられたのか自分から出てきましたけど……」

 

改めてあの時の馬鹿騒ぎを思い出し、無意識に溜息が洩れる。

僕らが色々やって引っ張り出そうとしていたのに、結局冬琉会長が全部持っていったのだから……

 

「それで終わりかい?」

 

「いえ、残念ながら塔貴也さんの場合はまだ続きます。

 ……正確に言えば、冬琉さんと氷羽子さんも、ですが」

 

「「?」」

 

唐突に出てきた自身の名前に揃って首を捻る冬琉さんと氷羽子さん。

自分の話は終わったと思っていたのだろう。

この反応も当然である。

二人が向けてくる疑惑の視線を極力無視しながら、言葉を続ける。

どうせ、話しているうちに疑問も消えるのだから。

 

「塔貴也さんは引き籠りを辞めて、活動を開始しました。

 表向きは、機巧偶人(ガジェット)に自身の意識を写して僕らと行動を共にしていたりしました。

 勿論、本体も学校で補習を受けたりと忙しくしていましたけどね」

 

「表、というからには、裏があるんだろう?」

 

塔貴也さんの言葉で、脳裏に以前の世界での光景が浮かび上がる。

廃墟となった鳴桜邸、暴走する鋼、砕け散る朱浬さん、それらを引き起こした部長と、氷の不死鳥。

冷や汗が垂れてくるのを感じながらも、無理矢理その景色を脳から追い出す。

あの光景を繰り返さない為に、僕らは今ここにいるのだ。

ここで怯んでどうする!!

再度自身に喝を入れ、喉から声を絞り出す。

 

「……ええ、裏ではずっと秋希さんと再び出会うため、世界をやり直すために暗躍していました。

 鋼のイクストラクタを手に入れるために自身の契約悪魔を一巡目の遺跡に赴かせたり、鋼の演操者(ハンドラー)である直貴を誘き出すために人を誘拐したり……結局、直貴を殺して鋼を手に入れるところまではいきましたけど、鋼が暴走。

 その所為で僕と奏、それにアニアは一巡目に飛ばされることになりました」

 

「……ふむ……つまり、今ここに君たちがいるのは……」

 

「はい。

 以前の世界で部長――塔貴也さんが起こした事件が原因の一つです。

 主な原因は、一巡目から二巡目に戻ろうとした際に(デウス)に襲われたからですが、そうなった原因の一つは紛れもなく部長のせいでもあるんです」

 

「……なんとなく、だが、了解したよ。

 君たちは以前の世界での元凶である僕を暴走させないために、秋希を解放したいのか」

 

「……それが一番の理由であるのは否定しません。

 ……もう、あんな光景は、見たくない」

 

純粋に秋希さんを助け出したいからだという思いも当然ある。

だが、やはりそれ以上に以前の世界での失敗を二度と起こしたくないからだということが大きい。

それでも、自身の身勝手さ故にか、心中は申し訳なさで一杯だ。

純粋に僕という人間を心配してくれた秋希さんたちを騙していたのは事実なのだから。

 

「……少し、良いかしら?」

 

「なんでしょう?」

 

「さっき、私と氷羽子ちゃんにもまだ続きがあるみたいな言い方をしてたわよね?

 具体的にはどういう事だったの……?」

 

以前の世界での主犯である塔貴也さんが然して取り乱していないせいか、冬琉さんも、氷羽子さんも特に慌てた様子は見られない。

冷静に、僕が敢えて話さなかった部分を問いただしてくる。

 

「……部長には協力者がいたんです。

 彼と同じように、世界をやり直そうとしていた人たちが……

 僕の知っている限りでは、3人。

 風斎美里亜の契約者(コントラクタ)である真日和秀、部長と契約を交わした雌型悪魔の鳳島氷羽子、贖罪からか鋼の副葬処女(ベリアル・ドール)として身を捧げた橘高冬琉の3人です」

 

本当はもっといたのかもしれないが、僕が知っているのはこの面子だけだ。

……この小人数でも戦力的には十分過ぎるのだから恐れ入る。

 

「私が、塔貴也さんと、契約……?」

 

自身の未来にも特に驚きを現していなかった氷羽子さんの表情が初めて崩れた。

氷羽子さんにしては珍しい呆けた顔。

間抜けにも口を半開きにして、瞬きを忘れたのか目を開きっ放しにしている。

そんな表情のまま、初めに僕を見て、次に視線を塔貴也さんへ、そして最後に兄である蹴策へと視線を戻し、

 

「い、嫌っ!!」

 

上擦った様な悲鳴を上げ、蹴策を盾にして、塔貴也さんから身を隠す。

そんな彼女を護る様に――事実、護っているのだろう――塔貴也さんを睨みつける蹴策と冬琉さん。

というか、

 

「冬琉さんは、あまり驚いてませんね……」

 

先程まで、それなりに驚愕を続けていた冬琉さんが表情を崩していないのが軽く驚きでもある。

 

「……まぁ、ね。

 秋希ちゃんも、和斉もいなくなってしまった世界でなら、私が塔貴也の副葬処女(ベリアル・ドール)になっていたとしても別に不思議じゃないわ」

 

「成程……」

 

そういや、塔貴也さんの交友関係ってそんなに広くないんだよな。

ネット上ではそれなりらしいけれど、実際に顔を合わせたりする事をほとんどしないのだから、実際に副葬処女(ベリアル・ドール)や契約悪魔になってくれる相手なんてそう簡単に見つかるはずがない。

ならば、冬琉さんと氷羽子さんが塔貴也さん側にいたのもその辺りの事情が関係していたのだろう。

……事実は不明だけれど。

 

「……で、夏目、お前の話はそれで終わりか?」

 

「いえ、最後に一つだけ」

 

「なんだ?」

 

「秋希さん」

 

八條さんに向けていた視線を、塔貴也さんの近くに浮いている秋希さんへと向ける。

 

『……なんだ?』

 

「貴方は、以前僕に言いましたよね。

 

『罪を犯した演操者(ハンドラー)や悪魔を野放しにしていたら酷いことになる。

 かといって、奴らを警察などがどうにかできるかと言えば無理だ。

 奴らを止めるには、同じだけの力、もしくはそれ以上の力を持って対抗しないといけない』

 

と。

副葬処女(ベリアル・ドール)になった貴方は、確かに犯罪者たちを取り締まってきたと思います。

それは、以前の世界での秋希さんもきっと同じだったと思うんです。

けれど、貴方が身近にいる人間を軽んじたその結果、彼らは嘆き悲しみ、やり直すことを選びました」

 

『何が、言いたい……』

 

僕が言葉を口にする度に秋希さんの顔が歪んでいく。

怒りか、悲しみか。

 

「分からないなら、直接言いましょうか。

 貴方が何を正しいと思い、何を悪いと考えているのかは知りません。

 ですが、身近にいる人を、自身の大切な人たちを貴方は結局見捨てたんです。

 そんな貴方に見捨てられた彼らが起こしたのは、結局貴方が取り締まってきた人と同じ事でした。

 それでも、なお、貴方は自身の我を通すんですか?」

 

『……この世界は、君達がいたという世界とは違う』

 

「確かにそうです。

 僕らがこうして未来を語ったことや、八條さんが生きていることなど、違いはたくさんあります。

 けれど、生きている人たちは同じです」

 

ならばこそ、同じ結果に辿り着く可能性だって否定できない。

いくら冬琉さんに相手がいるからとはいえ、僕が真実を教えたからとはいえ、塔貴也さんがその気になれば結果は同じだ。

むしろ、真実を語ったことによって裏を掻かれる可能性が増加する。

 

『だ、だが……』

 

それでも、なお、秋希さんは自身を正当化しようと言葉を続けようとする。

ああ、もう、仕方ない!!

 

「橘高秋希。

 あんたにとって大事なのは、見ず知らずの他人か?

 それとも、自身の妹や恋人か?

 どっちだ……答えろ!!」

 

口調を普段の調子から、嵩月組での一員のモノへと切り変える。

この類の圧が秋希さんに通じるとは思えないが……

 

『そ、それは……』

 

存外、効果があったらしい。

普段とのギャップのせいか、単に周囲の雰囲気に流されただけか。

どちらにせよ、こちらが優位なのはありがたい。

 

秋希さんは、悩み続ける。

 

俯き、歯を食いしばり、鬼人もかくやという形相で悩む。

 

「……秋希さんや、あんた一人で考えるのもいいさ。

 けどな、今は周りに当人たちがいるだろうが!!

 そいつらの顔を見て、それでも尚、お前は他人が大事だと言い切れるのか!?」

 

再度、秋希さんを問い糺す。

 

『!?』

 

秋希さんは僕の言葉で弾かれた様に顔を上げ、周囲の塔貴也さんや冬琉さんたちに視線を巡らせる。

彼女に向けられる視線は、不安を乗せたもの、怒りを載せたものなどが少しは含まれているけれど、それ以上に、包み込むような優しい気持ちが確かに感じ取られた。

 

『わ、私は……』

 

「……秋希ちゃん」

 

「……秋希」

 

妹と恋人の視線を受け止め、再度揺らぐ秋希さんの顔。

必死に押し留めていた義務感などが徐々に消えている様な……そんな、顔。

 

『……私だって冬琉と塔貴也たちの方が、大事に決まってる』

 

今にも崩れ折れそうな状態の秋希さんからポツリと漏れ出た本音。

自然と固まっていた空気が秋希さんの言葉を聞いた瞬間に弛緩した。

誰もが一様に安堵の表情を浮かべている。

そんな空気に水を差す様で悪いが、

 

「……分かりました。

 じゃあ、僕たちは、秋希さんを琥珀金(エレクトラム)から解放するために動き始めます。

 良いですね?」

 

先に宣言しておこうか。

 

「ええ」

 

『あ、ああ』

 

僕の言葉に頷く演操者(冬琉さん)副葬処女(秋希さん)

その頷きを見て、一安心。

これで、一つ問題が消えた。

後は、そう、

 

「手加減、してくださいね……?」

 

どれだけ茶番を真面目にやれるかに掛かっている。

黑鐵も影の中に消え、僕らの事情説明も終わり、冬琉さんたちの疑問にもほぼ答え終わって、後は秋希さんの解放作戦の打ち合わせとなった。

幸い、皆特に言いふらしたりするつもりはない、と確約してくれた。

僕らの話した事の真偽を判断するのは各々の差だけれど、一先ず誰にも話さないでいてくれれば僕はそれで良い。

元々、第三者が聞いたら、眉唾物の話だ。

あっさりと信じてもらえるなんて思っていない。

ただ、これで皆の行動が変わればそれで良い。

そして、今。

そんな、なんとなく光明が見えた一瞬の隙間に、その言葉は挟まれた。

 

「……夏目くんたち、一度洛高に来たら?」

 

『「「「……はい?」」」』

 

そう、ドキドキの洛高見学ツアーへのお誘いである。

……うん、一先ず秋希さんの件を片付けてから考えようか。

 


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