長かったよう……何とか、10月中に終わって良かった~
P.S:元々書いていたものの修正が済み、ストックが無くなったので、以後の更新は不定期になります。ご了承ください。
『トモ、トモってば……!!』
「っ!?」
回想に浸っていた意識が、操緒からの呼び掛けによって現実に引き戻される。
目を開けば、春先のどこか冷たい空気漂う夜の街の景色が目に入り込んでくる。
……ついでに、自身の女装姿も。
『そろそろ時間だよ』
「……了解」
目に入って来る自身の泣けてくる事実を極力スルーし、立ち上がる。
一歩、また一歩と慣れないヒールに戸惑いながらも、恐る恐る歩き始める。
よく女性はこんな靴で普段から歩けるものだ……
と、そんな今はどうでもいいことに関心を覚え、苦笑い。
これから一仕事やらなければならないというのに、随分と余裕があるもんだ。
「アニアたちからの連絡はなし……ってことは、予定通りのルートな訳か」
『みたいだね~
それなら、後2、3分ぐらいか……そろそろ、言葉遣い変えといたら?』
シリアスな場面でも普段通りの調子でいることが多い操緒だけれど、それでも普通はどこか緊張しているものだ。
なのに、今回はその緊張がほとんど見られない。
というか、脱力しまくっている。
……まぁ、やる時はやってくれる事は分かっているから特に問題はないのだが……
「……それも……そうね」
操緒に促されるまま、言葉遣いを意識的に変える。
作戦が決まってからのここ数日で嵩月祖母や、氷羽子さんたちにみっちりしごかれたせいか、自分でも驚くぐらい流暢な女言葉が口から飛び出してくる。
アニアと塔貴也さんが作った怪しげな薬のせいで声も完全に女性のそれに変わっているため、裸にでもならない限り僕が男だとはばれないらしい。
……そんな保証をされても、全く嬉しくはないけれど。
『うわ!?
……ホントにトモ?
頭沸いちゃった?』
僕の変貌に驚き、かなり真剣な顔でこちらを心配そうに見てくる操緒。
……お前が、言ったんだろうが!!
「……うるさいわよ、操緒。
自分でも色々折り合い付けてやってるんだから、頼むから、スルーして……」
意図せず肩が落ち、俯き気味の姿勢になる。
こんなところ、樋口にでも見られたら、一生の笑い物だ。
早々、会うことはないと思うが……そんな場面を考えただけでも頭が痛い。
というか、頭痛が痛い状態に陥る事確定だ。
「うう……胃が痛い」
更に、この後冬琉さんと秋希さんにも見られることが確定しているのだから、僕の不安も倍増だ。
これからやることへの不安ではなく、今後、二人にどんな顔をして会えば良いのかということに対しての不安だったりするのだが。
『まぁ、でも、ばれる心配が少しでも減るんだし。
気にしない、気にしない』
「そりゃぁ、自分でも分かってはいるのよ、分かっては」
ただ、理解と納得は別物だと言うだけの話。
認めてしまったら、自分が自分ではなくなる様な気がするのだ。
「……操緒も、ヘマしないように」
『うん、了解。
じゃ、行こうか“ナオ”ちゃん』
既に、耳には人の話し声が届いている。
聞こえてくる声のうち、二人分は普段から聞き慣れた声。
もう一人の分はまるで知らない、聞いたこともない人間の声。
……うん、計画通りに事は進んでいる。
だったら、後は、
「襲うだけね」
どれだけ演技を上手くやれるかに掛かっている。
・
・
・
ここで、改めて今回の計画について確認しておこう。
計画、と呼んではいるもののそんなに大それたものではない。
なんせ、予定されている5人程度の登場人物の内、4人は真実を知っているのだ。
互いにフォローし合いながら実行すれば、大きな問題はないはずである。
……では、計画の概要について。
目的は、以前も語った通り、
その為の手段として、僕らが採用したのが黑鐵の能力を使って、直接
今迄やったことはないけれど、誤って秋希さんを握り潰したりしない限り、理論上、特に大きな問題はないはずだ。
だから、その辺りについてはあまり心配していない。
最大の問題である周囲への説明、僕たちの正体の隠蔽についても、僕と操緒、それに冬琉さんと秋希さんで三文芝居を行うことにより、誤魔化すことに決まっている。
芝居である以上、観客は必要。
というか、今回の計画で一番重要なのがその観客、すなわち証人の存在である。
冬琉さんと襲撃者がグルであると思わせない為には第三者、或いは冬琉さん側の関係者による証言が必要なのだ。
その証言さえ取れれば、冬琉さんは襲われただけであり、秋希さんが
そして、肝心の証人の選定基準だが……八條さんや氷羽子さんが観客では、グルになってやったと思われる可能性が高い。
一方で、雪原さんのようなGDの知り合いに頼んだとしても、やはりどこか信用が置けない。
……以前の事件の時に言われていた神聖防衛隊や法王庁に対する秘匿への見返りについて、まだ何も言ってきていないから、これ以上余計な案件は抱え込みたくないのである。
雪原さんのことも、それなりに信用はしているが、所属している組織が対立関係にあることから、完全に信頼できるわけではないのだ。
また、僕の変装を見破ることができる人間や黑鐵を見たことがある人間も避けねばならない。
理由は言わずもがな、襲撃者が僕――夏目智春であると知られるわけにはいかないからだ。
それ故、アニアと塔貴也さんのお陰――所為?――で、まず僕の正体がばれることはないだろうとはいえ、僕や操緒と会ったことのある人間や、これ以降会う可能性が高い人間も除外することになる。
さらに、安心して秋希さんを解放するためには、黑鐵と
これら、上記の様な理由から、僕や操緒と会ったことやこれから会うことがなく、尚且つ
その辺りの選定は、会ったことのない僕らには当然ながら不可能なことであるので、冬琉さんや秋希さんに任せることになっている。
問題の戦闘場所だが、幸いにも、冬琉さんの役割はGD、生徒指導員でもあるのでどうにでもなる。
GDの仕事の中には一応市内の巡回というものがある。
それも、繁華街の様な賑やかな場所だけではなく、夜間、人があまり寄りつかないような郊外の地域にまで。
というか、GDとしてはそちらが割り当てられることの方が多いのだとか。
繁華街などは、一般の指導員と
まぁ、今回の件に関して言えば、非常に助かるのでありがたいっちゃありがたい。
変に誘導したりしなくて済むのだから。
なので、僕らは事前に冬琉さんたちに教えてもらった巡回経路から最も計画に適した場所を選んで待機しておけば良い。
事前に冬琉さんたちの同行者について教えてもらっているし、人払いの結界も敷いてある。
準備は万端。
流れも順調。
後は……
「乱入者が来ない様に願うのみ、かしらね」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
コツコツと靴が地面を鳴らす音が二人分。
私ともう一人。
先日学生連盟に入ったばかりの新人の足音が夜の街を抜けていく。
「……緊張してるみたいだけど、大丈夫?」
「は、はい」
『……大丈夫じゃないみたいだな。
特に事件など起きてもいないのだから、そこまで緊張する意味もないと思うのだが……?』
「い、いえ。
その……
「別に、私たち程度で緊張する意味なんてないのに……」
『そうだな。
盟主辺りならともかく、私と冬琉など所詮君と同じ学生だ。
気にする必要もないだろうに』
「そ、そういう訳にも……」
私たちと話すだけでもガチガチに緊張している新人さん。
体の節々に力が入りっぱなしだし、時たま右手と右足が同時に動いてたりする。
普段は特に何も起きないとはいえ、仮にも巡回なんだからこんな態度じゃ困るのだが。
……はぁ、連れてくる相手間違えたかしら?
この子なら夏目くんたちと会ったこともないし、今後会う可能性もないだろうから誘い出したのだけれど……
それなりの対処法は学生連盟に入っている時点で手解きを受けているから身に着けているだろうけれど、
ただ、こういう子に限って、ここ一番で暴走して厄介な事を仕出かすものだから、気をつけないと……
と、そんな風にこの後に起きるであろう今日の本題の事を思い、同行者の行動に不安を抱きつつ歩いていると、
コツン
唐突に足音が一つ増えた。
「こんばんは、いい月夜ですね」
それと同時に私たち3人の耳に聞こえてくる場違いな程軽やかな声。
予想外の声音のせいで、瞬時に体は戦闘態勢に入る。
背中に掛けた冬櫻に手が伸び、いつでも抜き放つことが出来る様、柄の部分を右手で握り締める。
≪どういうこと……?≫
声が聞こえてくるのは良い。
打ち合わせ通りに事が進んでいるのであれば、確かに今私たちがいる場所は計画実行の場所で間違いない――だから、ここで声を掛けられるのは問題ではない。
問題なのは……
「あらら、警戒されましたか。
まぁ、それも仕方ないと言えば、仕方ないことなのかもしれませんね」
聞こえてきた声が女性のそれであるということだ。
今も変わらず聞こえてきているそれは、声質のみではなく、口調まで一般的に考えられている女性のものだった。
≪この場で聞こえてくるのは、夏目くん――つまり、男性の声じゃないといけないはず。
なのに、どうして……!?≫
襲撃を掛けてくるのは、夏目くんと操緒さんのみであると二人から聞いている。
だから、操緒さんの声が聞こえたとしても不思議はないけれど、それだったら流石に分かる。
けれど、そうじゃない。
「私は、あなたたちにとっては敵。
警戒するのが当然なんだから」
今、私の耳を叩いている声は、今迄一度も聞いたことのない少女の声なのだ。
≪まさか、騙された!?≫
信用して任せてみたけれど、今迄の未来云々だとか、神云々だとかいうのは全てこちらを騙すための嘘で、本当はこうして一人きりの所を狙いたかっただけでは……
≪待て、落ち着け、私。
まだ、そうだと決めつけるのは早すぎる≫
元々、正体がばれない様に変装をしてくるという話だったのだ。
塔貴也やニアが協力しているのなら、声質まで変わっていても不思議ではない。
……まぁ、今の所、計画通りか否かの確率は、五分五分、いや六分四分といったところかしら……
『あそこだ!!』
秋希ちゃんの声につられて、私と新人さんが視線を動かす。
視線が向けられた先は、私たちが進んでいた方向の少し先。
木々の生い茂る住宅街からは一歩外れた雑木林の入り口の辺り。
そこに、彼女――彼?――はいた。
木々の暗がりで細部までは確認できないが、全体的なシルエットは間違いなく女性の物だ。
木々を背負い、腰まである長い黒髪を木々の香りを含んだ夜風に遊ばせ、優雅に佇んでいる。
女性にしては――男性なら普通――高い身長であるその身を包んでいるのは濃い青のパーティードレスと肩に纏ったストール。
こんな場所で、こんな時間に着ては場違いなものであるはずなのに、彼女がそれを着ていることに違和感はまるで覚えない。
むしろ、彼女がその服以外を着ている姿がまるで思い浮かばない程、その服装は彼女に似合っていた。
「ふふ、こんなところで
一歩、木々の暗がりの中から相手が足を踏み出すと、腰の辺りまでが月明かりに照らされてよく見える様になった。
「あら、
ふふふ、震えちゃって、可愛いんだから……」
また一歩、彼女が踏み出す。
腰から胸や肩のラインが月明かりの下に晒される。
彼女が本当に女性であるのなら、素直に羨ましいと思えるスタイル。
出る所は出ていて、締まる所は締まっている。
……若干、腰回りの肉付きが女性にしては少ないけれど、そんなことが気にならないぐらいの………………胸。
私の周りだったら、奏ちゃんぐらいしか太刀打ちできないであろう、巨乳。
いや、彼女でも勝てるかどうか。
それほどまでに素晴らしい胸がそこにある。
……本物だったら、負けを認めてもそこに全く悔いはない程の素晴らしき………………胸。
って、胸にどれだけ気を取られてるのよ私!?
頭を振って、隣にいる新人さんの様子を見れば。
「あああ、あああの、きき、きつ、橘高、せせええ先輩……!?」
これ以上ないんじゃないかってぐらい震えてた。
ガチガチと奥歯を鳴らし、目には薄らと涙が浮かんでいる。
……成程、確かに襲撃者の言う通り可愛い。
生れたての小動物が震えるとこんな感じになるのかしら?
と、いけないいけない。
GDとしてちゃんと動かないと。
「あなたは、本部に連絡を。
連絡すべきことは分かってるわね?」
「は、はははは、はいぃぃぃ!!
ば、場所と、相手の特徴……とか、ですよねっ!?」
「ええ、それでOK。
ほとんどの必要事項は本部が聞いてくるから、それにしっかり答えれば良いわ。
分かったら、ちゃっちゃと行く!!」
「は、はい!!」
一先ず、安全圏に離脱してから連絡をしようとしたのだろう。
新人さんは、クルリと回れ右をして今迄歩いて来た道を駆け戻ろうと、脚に力を込めた。
そして、いざ駆け出そうというところで、
「あら、逃がすと思いましたか?」
突然、私の後方、すなわち、新人さんが駆け出そうとした前方から声がした。
慌てて振り向いてみれば、そこには先程まで雑木林の入り口辺りにいた女性の姿が。
「い、いつの間に!?」
新人さんが恐怖で顔を青く染め、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。
これが、本当に計画通りなら、申し訳ない限りだ。
「さっきの、会話の間ってところですね」
「…………」
『…………』
秋希ちゃんと二人、黙り込む。
≪これが、“完全なる空間制御”……なのかしら?≫
確かに、これは間違いなく脅威だ。
少なくとも、先程までの私たちと彼女の距離は10mはあった。
それを、何の前触れもなく一瞬で……
瞬間移動の能力を持った悪魔が今年洛高に入学すると聞いたから、その関係者かもしれないが……現状では何とも言えない。
取り合えず、
「ほら、脅えてないで行きなさい!!」
「で、でも……」
『“でも”ではない。
あいつは、私たちが抑えるからその間に早く!!』
「わ、分かりました!!」
今度こそ、私たちの後方――先程まで私たちが向かっていた方向――へ向き、駆け出していく新人さん。
「だから、逃がすと…「逃がしてもらうわよ!!」…っ!!」
再度、目の前の女性が行動に移る前に、こちらから行動に移る。
「――来なさい、琥珀金(エレクトラム)!!」
浮いていた秋希ちゃんの姿が、虚空へ溶ける様に消え、代わりに私の影の色が変わる。
ただの影から、夜闇の中でも一際黒い、漆黒の虚無の色へと。
その虚無を引き裂き金色の魔神が姿を現す。
右手に持った巨大な
「――おいでなさい、
が、それは相手も同じこと。
相手の影の色も私と同じものへと変わり、そこから一体の魔神が姿を現した。
所々白いパーツが使われているものの、全体的なパーツの色は黒。
右手には銀色に輝く巨剣を持ち、左手からは濃密な闇が漏れ出している。
……間違いない、黑鐵だ。
以前浜辺で見た時や、道場で見せられた時と同じ機体である。
と、言うことは……
≪夏目くんで間違いないみたいね≫
その事が分かり一安心。
まぁ、まだまだどうなるか分からないけれど、でも、
「あの子の所には行かせないわよ!!」
せめて、あの新人さんには声が聞こえない辺りまで遠ざかってもらわないと。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
巨剣と
ぶつかり合う度に巨大な衝突音が周囲に響き渡り、そして夜の闇に吸い込まれる様に消えていく。
互いに、決して手は抜かず。
それでいて、本体にはほとんど傷を付けない様、慎重に
派手な戦闘があったのだと分かる様に、時折周囲に攻撃を逸らし、道路や建築物などを適度に破壊する。
……褒められた行為ではないことは分かっているが、こうでもしないと疑われる。
さて、と……そろそろ良いかな?
冬琉さんと一緒にいた子がこの場を離れて凡そ5分。
とっくに学生連盟の本部に連絡はいっている頃であろうし、会話を聞かれても問題ない距離だろう。
……後は、周囲に人がいないかどうかだが……
元々、人払いの結界は張ってあるし、その際、結界内に誰かが侵入したらアニアに分かる様にしてある。
そして、アニアから連絡がないということは……
誰も、盗聴している人がいないということになる。
なら、もう問題ないだろう。
というか、そろそろ時間的にも限界だ。
これ以上長くなると、本部からの増援がやって来る危険性が極端に上がる。
「……冬琉さん、やります」
「……分かったわ、
鍔迫り合いになった状態で、声を潜めて互いに確認を取る。
そして、その確認が取れたところで、黑鐵と
が、黑鐵がすぐさま復帰して距離を詰めたのに対し、
自身の武器を振り上げることもせず、ただ、黑鐵が自身に向かってくるのをじっと見据えている。
一瞬、一秒が非常に長く感じられる。
左腰の辺りに持ってきていた巨剣を、黑鐵が
下から振り上げられたそれは虹色の軌跡を描き、見事に
「ぐっ……!?」
もう少し、あと少し耐えてください、冬琉さん!!
振り抜いた巨剣を持った右手ではなく、今度は左手を動かす。
巨剣が描いた虹色の軌跡によって出来た空間の亀裂にその左腕を突っ込む。
「がっ、あああぁぁーーーっ!!!」
胸を抑えた冬琉さんの叫びが夜の街に響き渡る。
急げ、急げ!!
もう、あまり時間はない。
自身を急かしつつ、しかし慎重に、黑鐵を操る。
黑鐵に内蔵された歯車が巨大な叫び声とも取れる唸りを上げ、膨大な魔力をその左腕に宿らせた。
装甲の隙間を力任せに広げ、
そして、その巨大な腕がなにかを掴みとった。
「ああああああああああああああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」
冬琉さんの我慢も限界に近い。
既に、叫び声とも悲鳴とも区別のつかない声を上げている。
「よし、引き抜けぇーーーーーーっ!!」
そんな彼女の叫びに負けじと僕も声を荒げ、
「がっ!?」
冬琉さんの叫びが止まる。
と、同時にその場に彼女の体が崩れ落ちる。
「は、は、は、は………」
肺の中から空気を吐き出し切ったのか、浅い呼吸を何度も繰り返し、体に空気を取り込んでいる。
が、今の僕にそんな冬琉さんを構っている暇はない。
黑鐵が引き抜いた左腕に掴んでいる人をどうにかしないといけないのだ。
「秋希さん!!」
黑鐵に駆け寄り、左腕に掴んでいる人影を地面に下ろさせると、躊躇いもせず、僕は彼女の胸に手を当て強く押した。
裸身の、道場の師匠兼先輩の、年頃の少女の胸に両手をあて、勢い良く何度も何度も強く押す。
恥ずかしさなど、関係ない。
照れくささなど、捨ててきた。
劣情なんて、抱いている余裕すらない。
今は、ただ、彼女を助けたい。
彼女に、秋希さんに帰って来て欲しい。
そうして、心臓マッサージを何度か繰り返すと、
「かはっ」
秋希さんの口から声が漏れた。
弱々しく、浅いものだけれど、確かに呼吸をしている。
「はぁ……何とか、なった……」
『お疲れ、ナオちゃん』
「ええ」
いつの間にやら姿を現していた操緒の声にも、まともな返事が返せない。
それだけ、自身が疲労しているということなのか……
ともかく……
「……じゃあ、冬琉さん、秋希さんは無事助けられましたので、後の処理は事前の打ち合わせ通りに頼みます」
「……え、ええ、分かったわ」
今は、早くこの場から立ち去って女装を解かないと……
ここで僕がばれたら、それこそ今迄の努力が水の泡だ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「……秋希、ちゃん」
地面に寝かされた裸の姉にゆっくりと近寄る。
ざっと全身を一瞥し、怪我がないか確認した後、呼吸をしているのを確認し、一安心。
「……本当に、生きてる」
安堵からか、言葉が漏れた。
「良か……った……」
これで、もう、私は姉を殺さなくて済むのだと、それが分かったから。
上着を脱ぎ、女性として見られるとマズイ場所を隠す様に被せる。
学生連盟からの増援で誰が来るかも分からないのだから、それぐらいやっておこう。
……既に、私も限界が近いからやれることは少ないが。
見上げれば、秋希ちゃんの近くには、膝から崩れ落ち、
「……貴方には、悪い事をしたかしら」
この機械仕掛けの悪魔にとっては、無理矢理生贄を奪われた形になるのだから、あまりいい思いはしないだろう。
けれど、
「……いままで、ありがとう」
自然と、そんな言葉が自身の口から漏れた。
今後、この悪魔が誰に仕えることになるかは知らないけれど、
「次は、良い人に会えると良いわね」
良い人が誰かは知らないが、それでも、そう思わずにはいられなかった。
そして、その言葉を最後に私の意識は闇へと消えた。
あとに残ったのは、地面に眠る二人の姉妹と、それを見守るかのように座している壊れた魔神の姿だけだった。