卒論書いてると、文章書きたくなくなるわけですよ、ええ。
「……え、と……こ、こちらこそ。
夏目智春です。
よろしくお願いします。」
あまりにも予想外のタイミングでの再会に思考が停止する。
なぜ今彼女がここにいるのか。
どうして僕たちに対してそんな態度をとっているのか。
少しでも考えればすぐに分かることのはずなのに、その理由が全く分からない。
そんな茫然自失の状態だったというのに、咄嗟に返事を返し、尚且つ、頭を下げることができた自分を褒めてやりたい。
「あの……え……その……嵩月奏、です」
僕と同じように戸惑った様子の奏が戸惑った調子で挨拶をして、これまた僕と同じようにぎこちない調子で頭を下げる。
「……あの、私何か変なことをしたんでしょうか?」
そんな明らかに戸惑っている様子の僕ら二人の挨拶を受けた朱浬さんがとった行動は、首を傾げ、周囲に訪ねること。
そりゃあ、挨拶をした初対面の相手がいきなり固まり、ぎこちない調子で挨拶してきたのであれば誰だって疑問に思うだろう。
「いやぁ、黒崎くんは何もおかしなことをしていないと思うよ。
悪いのは間違いなくそっちのバカップル二人だから、気にしなくていいさ」
「ああ、夏目と嵩月がおかしくなるのは割と普段からよくあることだからな。
気にするだけ無駄だ」
「……って、何勝手に余計な説明してるんですか!?」
こちらが呆気にとられているからといって、その間におかしな説明をしないでほしい。
(この世界では)初対面の相手なんだから、第一印象でおかしなイメージを植え付けたら、今後の対応がそれ相応のものになってしまうじゃないですか!!
「何も間違ったことは言っていないだろう?」
僕の言葉に対して、どこかおかしな部分でもあったのかという、不思議そうな顔で返事を返してくる秋希さん。
「間違いだらけです!!」
僕ら二人がバカップルだという部分については、散々以前から言われてきたから、今更訂正する気もない――諦めたとも言う――が“おかしくなるのが普段からよくある”という部分に関しては訂正してもらいたい。
そりゃあ、以前の世界との違いで戸惑ったりすることはよくあったけれど、最近はほとんどそんなことはしていないというのに。
「あの……大丈夫、ですか?」
そんな僕と先輩たちの口論を余所に、奏が朱浬さんに声をかけていた。
「大丈夫って、私何か変ですか?」
「いえ、その……あの……なんだか、緊張、してるみたい、だったから……」
「そ、そんなに分かりやすかったですか?
……けど、それも当然です。
夏目くんと嵩月さんっていえば、今話題の二人なんですよ?
対応一つ間違えるだけで、今後の私の生活が……」
緊張を解きたかったであろう奏の意図とは逆に、さらに畏まる朱浬さん。
もう、見てるこっちが申し訳なく思うほどに縮こまっておられる。
「いえ、そんなに気になさらなくて良いですから、もっと普通に……その、私たちの方が後輩、ですし」
どうやら奏は元々の朱浬さんの態度に違和感を覚えていたらしい。
そりゃあ、以前の世界で朱浬さんが僕たちにとっていた態度を思えば奏の反応も当然だとは思う。
けど、それなりに嵩月組の一員として色々なところに顔を出すようになった身としては朱浬さんが今のような態度を僕らにとるのも分かる気がする。
朱浬さんが
それに、機巧化した身体に慣れ、戦闘を行うようになれるまでにある程度の期間は必要だろうから、活動を開始できるとしても精々2年目ぐらいからだろう。
それは僕も同じことだが、僕の場合は嵩月組という悪魔社会に根付いた組織の一員として扱われていることもあってか、単独で事に当たることは少なかった。
それに加えて、社長や八伎さんの周囲に対する僕の扱いもあったので一定の信頼を初めから受けられたのは大きかったと言える。
一方で、朱浬さんは突然割って入った新参者として扱われていたこともあってか、事件には単独で当たらなければならない。
一応、朱浬さんにだって
……まぁ、塔貴也さんとか秋希さん、それに八條さんなど、洛校に入学したことによって得られた仲間もいるだろうけれど、それにしたって今年度になってから。
折衝など諸々を行わなければならないこともあって、仕事関係の相手に対しては基本的に慎重にならざるを得ないというわけだ。
仮に以前の世界通りに事が進んでいたのであれば、僕が嵩月組所属だろうとここまで露骨な態度を取ることもなかっただろう。
それは、以前の世界で八伎さんに割と軽い態度で接していたことからも分かる。
けれど、残念ながらこの世界での嵩月組の立場は以前の世界とは異なるのだ。
異なると言っても、低下したのではなく上昇した。
原因は例の
以前の世界通りに事が進んでいれば学生連盟主軸で事件を解決出来ていたはずなのだが、今回の世界では嵩月や鳳島といった悪魔の家々が学生連盟と手を組み事件の解決に当たった。
その一方で華島に代表される敵の組織側についた悪魔の家々もいる。
そんな明確な対立が起きてしまったのだから、事件が終結すれば勝った方が力を増すのは当然の結果だろう。
事件後、嵩月や鳳島が力を増し勢力圏を拡大したのに対し、華島は勢力圏を減退させた。
大半の悪魔の家がその勢力争いに巻き込まれ、混乱しているのが現状だ。
巻き込まれていないのは、中立を貫いた風斎の家など、ほんの少数だ。
とまぁ、そんな結果に落ち着きつつある悪魔の家々であるが、この事件の中心に僕の名前があるのが問題だったりする。
嵩月、鳳島の両家が以前の世界よりも力を増したということは、朱浬さんが両家に対して取る態度も必然的に変化せざるを得ない。
分かりやすい例として、今迄取引先の会社で平社員として対応してきた相手が課長や部長といった役職付きの相手に昇進してしまった、という事例を考えてもらうと分かりやすいかもしれない。
どうしたって今迄通りの対応はできないだろう。
華島や風斎などには以前通りでいいかもしれないが、幸か不幸か僕は嵩月組の関係者なのである。
朱浬さんの態度が硬化してしまうのは当然の結果であるといえる。
……一応、事前の打ち合わせの際に氷羽子さんが言っていた様な事態になる事を懸念し、僕や氷羽子さん、それに社長たちそれぞれの家の幹部の連名で学生連盟に対して参加したメンバーの名前は伏せる様に要請していた。
雪原さんたち、学生連盟側も事件が解決していることもあり、これ以上悪魔の家同士の抗争に参加する意志もなかったためそれを受諾。
結果、僕や奏の名前が事件の報告書類等に載ることはなかった……のだが……
≪……まぁ、書類上は誤魔化せてるみたいだけど≫
どこからかは知らないが、気付いた時には僕や奏が件の
僕らの許にその話が届いたのは、事件が解決してから大体一月後のこと。
既に訂正の仕様がない程にその話は事実として日本中に定着していた。
緘口令などを布いている訳でもないのだから、どこかから僕らの事が漏れてしまうのは避けようがない。
けれど、こんなにも広い範囲に知れ渡る事になるとは全く思っていなかったのだ。
しかも、事前に氷羽子さんが危惧していたような事態になっていない為に、鳳島家は話の内容に嘘がないと認めてしまった。
そのせいで、嵩月組はその話をむやみに否定することも出来ず、更に
結局、僕と奏がより一層悪魔の家々から注目されるという、良いのか悪いのか非常に判断に困る結果が生じてしまっている。
とまぁ、そんな裏事情もあったので、朱浬さんが僕らに対して態度を硬化させるのはある意味自然な事なのだ。
自然なことではあるのだが……
「あの、黒崎さん。
嵩月が言う通り、僕たちの方が後輩なんですからそんなに畏まらなくても……」
こう、以前の世界での朱浬さんが本来後輩にとる態度を知っている身としては、今の朱浬さんの態度はかなり不気味だったりする。
いつぞやの紫浬さんモードの朱浬さんに接している時の様な違和感を覚えるのだ。
着けるボタンの位置を一つずつ掛け違えているシャツを着ているかのような……そんな、違和感。
「いえ、ですから……」
「そう言われても……」
「あの、無理しなくて、良いんです、よ?」
僕と奏双方からのお願いに戸惑った表情を浮かべながら、塔貴也さんたちの方に救援を願う視線を送る朱浬さん。
こんなに明らかに戸惑う朱浬さんも中々見られまい。
「ああ、黒崎、嵩月、お前ら二人ちょっと私と来い」
そんな朱浬さんを見かねてか、秋希さんが椅子から立ち上がった。
やや乱暴に奏と朱浬さんの腕をがっちり掴むと、
「さぁ、折角だから見学者に洛高を隅々まで案内してやろうじゃないか!!
黒崎、お前も手伝え」
「え、え?
あの、とも……じゃない、夏目くんは……?」
「そ、それは良いですけど。
秋希さん、そんなに力一杯引っ張らないでください~~」
戸惑う奏と、弱々しい悲鳴を上げる朱浬さんを文字通り引き摺りながら秋希さんは部屋を出ていった。
「ははは、いやー、美少女二人を侍らせて洛高散策とは、まるで夏目みたいな気分だな」
なんか、やたらと賛同しかねる言葉を笑いながら大声で言ってるのは聞かなかったことにしよう。
うん。
だから、そのにやついた顔をこっちに向けるのを止めてください!!
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「さて、黒崎くん達には一旦ご退場していただいた訳だが……嵩月くんまで付いて行って良かったのかい?」
秋希さんが朱浬さんと奏を部屋の外に連れ出し、部室内に僕と塔貴也さん、それに八條さんだけが残ったところで、塔貴也さんが口を開いた。
というか、示し合せての事だったのか、さっきのあれは……
「大分、強引だった気もしますけど……まぁ、とやかく言いません。
奏が付いて行くのは少々想定外でしたけど、今日の件については奏やアニアにも話してありますから、後で僕がまとめて報告すればいいことになっているので大丈夫です。
それに……」
『私もいますからね』
操緒もいる。
先程までは姿を消していた操緒だが、今は虚空から姿を現し、会話に参加していた。
『それにしても、思ってたより静かですね。
冬琉さんたちから聞いてた通りなら、もっと荒れてるかと思ってたのに……』
「ああ、それは今日がオープンキャンパスだからだよ。
校内全域に学外の人間や生徒会関係者がうろついている状態で事を起こすほど彼らも馬鹿じゃないはずさ」
姿を現した操緒が漏らした感想に、塔貴也さんが普段通りの態度を崩さず、あっさりと返事を返す。
「まぁ、塔貴也の言葉は事実だが、今日も100%安全かって聞かれると保障は出来ないな」
塔貴也さんの言葉に補足するかのように漏れた八條さんの呟きが僕らの不安を煽る。
「……そんなに、酷いですか?」
「……少なくとも、俺が今まで過ごしてきた洛校生としての3年間の中では断トツに悪いな」
「さっきも言いましたけど、まだ5月ですよ?」
「ああ、それでもさ。
というか、現状がこれだけ酷いことになっているからこそ、俺が今年度になってから3回も絡まれてるんだろうさ」
そこまで言って、大きなため息をつく八條さん。
妹を亡くしたばかりだというのにこんな事態に対処しなければいけない八條さんの心境を考えると、同情する。
ちなみに、さっきから言っている“こんな事態”や“荒れている”というのは現在の洛校が抱えている問題のことである。
“荒れている”という言葉や、悪魔である八條さんが佐伯兄に絡まれているという状況からも分かると思うが、問題を起こしている原因は洛校に在籍している悪魔たちだ。
現状、校内外のいたる所で一日に必ず2、3件の問題が起きているなど明らかな異常だ。
最初に冬琉さんから愚痴のような形でその事実を知らされた時には流石に自身の耳を疑ったものだ。
アニアと奏から以前の世界で風斎美里亜が非在化していった原因が洛校での大悪魔同士の抗争を止めたからだと聞いてはいたが、実際にそれほどまでに酷いことになっているなど思わなかったからだ。
幸か不幸か、今はまだ勢い付いた学生たちが個別に校内外のあちこちで問題を起こしている程度――それでも十分悪い――に留まっており、集団同士の抗争にまで発展はしていない。
それでも、このままいけばまず間違いなく力のある大悪魔を中心とした抗争に至ることだろう。
八條さんによると、元々悪魔同士の小競り合いはあったそうだが、明らかな問題として顕在化するほどではなかったそうな。
家同士の仲が悪かったり、単に相手が気に食わなかったり、自身の能力を振るいたかったり等々、原因はそこいら中に転がっていたが、そこまで大きな問題ではなかった。
では何が今年度になって急に悪魔同士の関係を悪化させたのか。
まぁ、例の事件で家同士の勢力関係が変化したことだったり、個人の自己防衛の意識が上昇したことだったりとそれなりに外的要因がないわけでもないのだが、一番の原因は第一生徒会の会長が雪原さんになったことだったりするのだ。
雪原さんの前任の第一生徒会の会長といえば、柱谷(華島)由璃子さんと交戦して引き分けた藍銅の
僕も直接会った事は無いけれど、悪魔に対してそれなり――佐伯兄程ではないが――に厳しい人だったと聞いている。
……まぁ、そもそも法王庁関係の人間では穏健派が少ないのが現状なのだが。
そんな四大名家の一人である悪魔と交戦して引き分け、更には悪魔に対して厳しい人が第一生徒会の会長をやっているのであれば、悪魔の側だって大人しくせざるを得ない。
その人が卒業して、変わって会長になったのが穏健派の雪原さんとあれば、今まで抑圧されていた分、解放された反動で、ある程度校内が荒れるのは分からなくもない。
……一応、雪原さんのために弁明しておくと、雪原さんだって無能という訳ではないし、
事件の処理はしっかりとやっていると聞いているし、制裁を加えるべき悪魔にはしっかりと加えている。
だが、それでも、
≪……勢い付いた
鳳島や風斎といった名家の子息や子女が入学して、更に加速する可能性も考えられる。
まぁ、蹴策は馬鹿だが自分の立場は分かっているし、以前の世界通りなら美里亜さんも仲裁する側に回るはずだ。
下手にこちらが関与して事態をややこしくしたくないというのが本音ではあるけれど……
その仲裁の所為で美里亜さんが非在化するとなると事態が変わってくる。
彼女だってまだ一年生なのだ。
真日和と既に契約しているかどうかは知らないが、助けてあげたいと思う。
そのために、今僕らはここにいる。
とはいえ、中学生であり、外部の人間である僕らはそこまで動けない。
動けるのは洛校生である八條さんや冬琉さん、塔貴也さんに秋希さん、それに蹴策や朱浬さんたちだ。
故に、今回の件では僕らはサポートに回るしかない。
それが非常に悔しく、申し訳ない限りだが、朱浬さん以外の皆さんは快諾してくれた。
彼らも、自身が通う学校が戦場になるのは避けたいらしい。
決意を正し、塔貴也さんの方に視線を向けると、
「さて、そろそろ始めましょうか」
僕の意思を読み取ったのか、そう言って、塔貴也さんは戸棚の中を漁り、いくつかの書類を引っ張り出した。
「なら、まず俺からさせてもらうぜ」
そんな塔貴也さんの様子を横目に、八條さんが口を開く。
「ええ、お願いします」
特別否定する理由もないのでそのまま続きを促す。
「風斎美里亜と真日和秀の動向については塔貴也が後で説明するだろうから、俺は洛校内の悪魔たちの動向について説明させてもらう。
まず、今年に入ってから悪魔が校内で起こした事件の数についてだが……」
さぁ、ここからが今日の本番だ。
にしても、この一年、移転作業があったとはいえ話がほとんど進まなかったな。
秋希を解放したぐらいか?
ああ、もっと速く書けたなら……
それでは、今年最後の更新になると思いますので、皆さんよいお年を。