気になった方がもしおられましたら、申し訳ありません。
樋口達から質問を受けるようになった週の週末、僕は橘高道場の前にいた。先日決めた事を実行に移すためだ。……因みに、樋口達からの質問は学校では継続して行われていたが、初日と同じような回答をし続けて誤魔化している。
奏もその受け答えで特に機嫌が悪くなるようなことも無くなった。……僕の気持ちを尊重してくれたのか特に何か言うことも無くなったけど、やはり自身が思っている事とは違うからか、時折複雑そうな顔を僕に見せている。それさえも、可愛いと思ってしまうようになった僕はそろそろやばいんじゃないかと思わなくも無いけれど…
まぁ、そんなこんなで終わった一週間を思い出しながらも、僕は未だに橘高道場の門を叩けないでいた。
『どうしたの、トモ……?』
門の前でひたすら立ち尽くす僕を不審に思ったのか操緒が声をかけてくる。
「いや……」
『なぁにぃ~、嵩月さんが一緒じゃないと結局無理なの…?
やっぱりトモはどこまでいってもトモだね…』
茶化すように笑いながら話しかけてくる操緒を見ていると、咄嗟に否定の言葉が口から飛び出しそうになるが、
「……………………はぁ」
結局出てこずに溜息に終わる。
もしかして、操緒の言う通りなのだろうか…?それだとかなり不安なのだけれど……
因みに、今日は奏は一緒では無い。これは、僕自身が強くなるための事なのだ。それに奏を付き合わせているわけにはいかない。代わりといっては何だけど、奏はお祖母さんと律都さんから炎舞の特訓を受けている。……それはもう、かなり過酷な内容のようだ。お祖母さんと律都さんから、その特訓の内容を聞いた奏は泣きそうになっていたのだから。
……あんな風に、明らかに僕に助けの視線を向けてくる奏はかなり珍しかったし助けてあげたかったけれど、無理だと分かってしまった。
……奏の後ろから僕らの方を見ている二人の雌型悪魔――嵩月祖母と潮泉律都――そのどちらもがとても綺麗な顔で嗤いながら僕らの方を見ていたから。
さらにその後ろでは、恐らく止めようとしたであろう嵩月父と嵩月組のみなさんが黒こげになったり、虚ろな表情をしたりしながら嵩月母から説教を受けているのを見てしまったから。八伎さんは、数人の部下と思われる人たちと一緒に気絶している人たちの手当をしていた。『……大丈夫なんだろうかこの家は』という言葉がつい頭を過った僕を誰が責められようか…
そんなこんなで、奏は奏で今頃過酷な修練をしているはずだ。だから、僕も頑張らなきゃいけないんだけど……
『ほら…!!』
中々、そのための一歩が踏み出せないでいる。操緒が急かしてくるが、そうそう簡単にはいかないわけで…
『もー』
先程から、操緒にも呆れられている。だけど、僕としても言いたいことはある。
どうしても、前の世界の部長と冬琉会長にされたことが頭から離れないんだ。
勿論、この世界ではそんなことはされていないし、これからもさせるつもりは無い。
それでも、
「…………………………………」
足は前に進んでくれない。操緒もあまり気が長い方では無いから、そのうち、
『今日は止めて明日にする…?』
なんて言葉がそう時間を置かないうちに彼女の口から出てくることになるだろう。そんな事態になるのは、僕としても避けたい。だけど、このままじゃ本当にそうなってしまうかも…操緒もそろそろ、不機嫌になりつつあるし…
ええい、ままよ…!!
と、思って手を橘高家の門に伸ばした瞬間、木が擦れ合う重低音が響きながら、内側から門が開き始めた。咄嗟に手を基の位置に引っ込める。
マ、マズイ…!!
突然の事だったから全く心の準備ができていない…!!秋希さんでも、冬琉会長でも、部長でも、誰に出て来られても今はまずい!!
とはいえ、僕がいくら焦っても門が開くことは止まらないわけで…
「……えーと…どちら様…?」
『あはは…』
結局門の内側から顔を出した冬琉会長に遭遇してしまった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
智春が橘高道場の前で色々悩んでいた頃、嵩月組では……
「そこは違うでしょ、捌くんじゃなくてしっかり避けなさい!!」
「は、はい」
「違う、今度は捌くの!!
しっかり見極めてから行動しなさい!!」
「はいぃぃ!!」
やら、
「はあ、はあ、はあ…」
「なんや、もうへばったんかいな……こんなんで鳳島の小娘に勝てると思うとるんかぁ!!?」
「お、思ってない、です!!」
「ふん、そないなふうには見えへんわ。勝ちたいんなら、もっときばらんかいぃぃ!!」
「はい!!」
等々の言葉が飛び交っていた。
場所は変わって嵩月組本宅内
「……大丈夫かいのう」
「あなた……」
「わ、分かっとるわい」
心配して見に行きそうになっている社長は何度も妻に止められていた。……ちなみに、凡そ3分ごとにこんな会話が飛び交っている。修練を行っていくにあたり、嵩月父及び嵩月組の構成員の道場への出入りは禁止された。修練の邪魔になるだろうからというのが大きな理由である。
実際、今の嵩月組の様子を見ていると一概に否定も出来ない。社長はあんなだし、構成員も一部を除いてかなり気持が修練に向いているのが分かる。こんな面々がいても、修練に集中できないだろうし、仮に出来たとしても結局何だかんだで邪魔されそうな気がする。更に、そんな面々を社長に代わって統括するべき若頭の八伎はというと…
「美味しいですか…?」
「キュルルーー!!」
「そうですか、それは良かったです」
「キュルル…?」
「私ですか…?」
「キュルゥ」
「大丈夫です。後でしっかり食べますから、あなたは今の分をしっかり食べてください」
「キュウーー」
「ははは、慌てなくても大丈夫ですよ」
やけに優しい顔で、組の一角で世話されているペルセフォネに餌を与えていたりする。しかも、何故か会話も成り立っている。因みに、餌やりなんぞ下っ端にやらせておけばいいという考えもあったのだが、それは社長自らが却下した。
ペルセフォネは自分の愛娘が呼びだしたドウターであり、自分にとっては孫同然の存在である。それを、完全には信頼できない構成員などには任せられないという訳だ。そのため、それなりに信頼されている人間で相談し合った結果、八伎にその役目が回ってきたのだ。
最初は、当然ペルセフォネも警戒していたのだが、二、三日もすると警戒心も解け――奏や智春から多少言い含められたりもした―今では智春と奏以外の中では八伎が一番懐かれている。八伎の方も八伎の方でペルセフォネをいたく気に入っており、今では彼の生活で唯一の癒しでもあったりするのだ。因みに、この事が、この世界で八伎が智春を奏の契約者として認めた大きな原因の一つである。
……なんというか…本当に大丈夫なのだろうか、この組は…
・
・
・
話を戻そう。あくまで修練なので、炎を使ったりして非在化する危険を冒すようなまねはしない。が、その分純粋な体術の訓練になっている。
つまりは、
「炎がないとカナは何にも出来ないの…!?」
「炎は補助、使っていいのは体術ではどうにもならん相手のときだけや…!!」
等の師匠二人の言葉からも分かるように、はっきりと自身がどれだけ炎に頼っていたのかが丸分かりになるのである。これが実際の戦闘であるなら、能力の火力や、
反射的に奏が炎を使ったりすれば、例外なく二人は指導を中断し、それなりに長い説教へと移行する。奏としてもそんな事態になるのは遠慮したい。
だからこそ、更に自分で咄嗟に出そうになる炎を食い止めることもしなければいけなくなり、苦労が倍増することになる。しかも、奏は良く言えば発展の余地があり、悪く言えばまだまだ未熟という状態だ。一通り完成した律都や、総師範である祖母に比べてまだまだ動きに無駄が多い。その無駄は自分の方が実力が上なら問題ないのだが、現在のような状況になると途端に大きな差へと変化する。
基本の立ち姿勢にしても、立っているだけで重心がずれたりして体力を使用している奏に比べ、二人はそんなことで体力を使う馬鹿な真似はしない。そして、それは動きだせば如実に表れることになる。
そのため、
「はあ、はあ、はあ」
「はい、じゃあ今日は此処まで」
「あ、ありがとう、ござい、ました」
修練が終わった瞬間に、奏はその場に崩れ落ちてしまった。一方の2人はと言えば、良い汗をかいた程度の疲労。早朝から始まり、終わったのは昼食直前の時間帯。
その時間で此処までになるということは、かなり内容が濃いという事が良く分かるだろう。
「じゃあ、先にお昼ご飯頂いてるから」
「奏も早く来るんやで」
何気なく気遣っているようで、実のところあまり気遣っていない二人。この程度でくたばっているようでは、これから先ついていけなくなるということを暗に示していた。
「は、はい」
それが分かっていても、動けない奏。そんな自分を不甲斐無く思いつつも、一先ず、体力をつけようと誓ったのだった。
奏の誓いに水を差すようで悪いのだが、奏自身の体力は全く問題ない。律都と祖母のどちらよりも多いだろう。実際、平均的な女子中学生をはるかに超えている同年代の女性すらも超えているのだから。であるから、実際は炎舞の技術を学んだ方がいいのだが…
まぁ、あって困る訳でもないし、現状をみるとどれだけあっても足りなさそうなので、奏の判断は間違っていないのかもしれない…
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
時間と場所は変わって智春たち
あの後、しどろもどろになりながら用件を伝えると、冬琉会長は出かける途中だったので、代わりに呼ばれた秋希さんが僕たちを家の中へと案内してくれた。
……正直言って助かった。
冬琉会長の方が話は通り安いのかもしれないけど、今はまだ秋希さんの方が気分的に楽だったから。それに、
『秋希さんって、まだ私みたいになってないじゃん。良かったね~、トモ』
そう、操緒が言うように秋希さんが
その時は、アニアでも呼んでくるぐらいしか僕には思いついていなかった。だから、彼女の顔を見た時はホッとして膝の力が抜けそうになってしまった――何とか堪えることができたけど――
「それで」
「は、はい?」
案内された先で秋希さんが急に僕に話しかけてきた。
「君の名前は…?
まだ、聞いていなかったと思うんだが…」
「あ…す、すみません。夏目です。夏目智春」
『水無神操緒でーす』
聞こえていないだろうけど、操緒も一応名乗っている。
「ふむ、そうか。おっと、私も名乗っていなかったな。
橘高秋希だ、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「因みにさっき門の所で会ったのが、双子の妹の冬琉だ」
「え…?双子なんですか…?」
知ってはいたけど、初めて会ったように振舞わなければいけないだろうから、多少の驚きを示してみる。
「そうだが、それがどうかしたか…?」
「いえ…失礼ですけど、あんまり似てないなぁ~、と」
「ははは、よく言われるよ」
なんとなく空気も最初の緊張でぎこちなかった時よりもましになったような気がする。少しだが、場の空気も和らいだところで、秋希さんが切り出した。
「それで、うちの道場に通いたいという事だったが……」
「はい」
「まぁ、特に問題があるわけではないが…どこの道場で、うちの話を聞いた…?」
マズイ……出来ればそこには触れないで欲しかったのだが……
一気に頭が安堵から混沌へと変化し始める。そんな僕の様子を見て多少訝しんだのか、疑惑の念を浮かべながら秋希さんが言葉を続ける。
「ふむ、その様子だと道場などから話を聞いたわけではないようだが…ならば、どこから…?」
段々と、秋希さんの疑惑の眼差しが鋭くなっていく。秋希さんにそんな顔で睨まれるとかなりきついので出来ればやめて欲しい。だが、僕が何も言わなければこの視線は更に厳しいものへと変わっていくだろう。そして、此処に通うことは出来なくなるかもしれない。
そんな事態になるのは避けたい。
そんな風に悩んだ末に苦し紛れに出た答えは、出来れば使いたくなかった答えだった。
「その…嵩月組の方から…」
「!!」
『あ~あ、言っちゃった』
しょうがないだろ…!!
僕だって出来れば言いたくなかったよ!!
だけど、僕のその答えを聞いた秋希さんの変化は非常に分かりやすいものだった。猜疑の眼差しから一転、値踏みするような視線に変わる。
「ふむ、構成員の方では無い様だが…?」
「その……嵩月組のお嬢さんが同級生で、親しくさせてもらっているので…」
「…………因みにどちらの方からの推薦だ……?」
「一応、社長と八伎さんから……」
念のため、前もって準備だけはしておいた推薦状を取り出し、目の前に置く。その僕の答えと推薦状を見て、ますます秋希さんの視線が深く鋭くなっていく。
「………………………」
「………………………」
僕の方としては、こんなことになるんなら言わない方が良かったんじゃないかと思うけど……こんな視線を向けられるようになった言葉を言われた時のことが頭に蘇ってきた。
あれは、つい先日のことだ。奏を宥めて、嵩月組まで奏を送っていき、そのままあがらせてもらい、一緒に出された課題を片付けていた時のこと。
「推薦、ですか…?」
「そうじゃ」
僕と奏(+操緒)が休憩しに居間の方に行くと、嵩月父が既に休憩していた。嵩月父とは、最初こそ微妙な間柄だったけれど、暫く話をしているうちにすっかり打ち解けていたから、別段緊張することも無くなっていた。
そんな嵩月父に橘高道場の話を振ってみると、意外な言葉が返ってきた。
「あそこは、表向きにも道場を開いているがそこからはあまり人は入って来ない。寧ろ、わしらのような裏の人間に対しての道場のようなものじゃ」
だから、一男子中学生が行ったとしても、通わせてはくれないだろうとのことだ。確かに、あの2人の強さを知っているとそっちの方が自然に思えてくるから不思議だ。
『え、だったらどうすればいいの……?』
操緒の疑問は僕の疑問でもある。決意した矢先に、そんな挫けさせる様な事を言われたのでは一気にやる気がそがれてしまうではないか……
「なに、簡単じゃよ。わしと八伎の名前を出せばいい」
「良いんですか…?」
「おう、それで奏と婿殿の危険はかなり減るんじゃろう…?
なら、存分に使え」
何だか、嵩月父がすごくかっこよく見えるのは僕の気のせいでしょうか…?
奏も、そんな父の
「ただし、わしらの名前を出す意味、分かっとるじゃろうの…?」
「はい、決して泥を塗るようなまねはしません」
「ああ、それが分かってるならええ」
そうして、社長から許可をもらい今に至るという訳だ。……因みに、八伎さんにもちゃんと許可はとりました…
暫く黙っていた秋希さんが口を開いた。
「ふむ、あの御二方の推薦があるなら無碍にはできんな…一つ良いか、夏目くん…?」
「はい、何でしょうか?」
「君みたいな、普通の少年が何故力を求める…?
普通の道場では駄目なのか?」
確かに、僕を知らない人間からしたら当然の疑問だろう。こんな、いかにも普通の男子生徒が、妄想やらスポーツでは無く、裏の世界で力を求めるのだから。
だけど、僕にとっては今更だ。そんなこと、この世界に来て、奏と会った時から決まってる。
「大切な人たちを自分の手で護りたいんです」
「………………………」
秋希さんはジッと僕の目を見つめてくる。僕も、怯まずに見つめ返す。この言葉だけは、決意だけは恥ずかしがるものじゃない。
どれだけそうしていただろうか…?
ひょっとしたら10分、いや1時間だったかもしれない。それぐらいの時間がたって、秋希さんが厳しい表情を崩し、柔らかい表情になった。
「良いだろう、明日から通うがいい。ただし、平日は午後6時から9時までの3時間だ。
それで良いな…?」
「はい、ありがとうございます…!!」
「ああ、それと……」
そう言って、秋希さんが横にあったファイルから引っ張り出し、僕に手渡したのは3枚の紙。
一つ目は、名簿登録のための用紙。
名前やら電話番号、それに住所などを書いたりする登録用紙だ。まぁ、必要だろう。
二つ目は、月謝の料金表や一月目の振込用紙。
確かに、家が道場等で成り立っている以上これは必要だ。
……母親に話すのは気が滅入るけど、こればっかりは避けられない。
そして、三つ目は……
「あの、何ですかこれ…?」
「うん?ああ、君のトレーニング表だよ。
見たところ、特別体力や筋肉がついているわけではなさそうだからな。それを順にこなしていってくれ」
いや、かなり死ねる内容なんですが…
「まぁ、強くなりたいのだろう…?
だったら、それぐらいこなしてみろ!!」
うん、僕を殺す気だこの人。だけど、確かに必要であろうことも事実。はぁ、気が滅入るどころじゃなく、どこかに墜落しそうな気分だけど…
「頑張ります…」
『ファイトーー』
やるしかない、か…
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その少年がいきなりやってきた事に特段驚きがあったわけでない。寧ろ、家計の収入が増えることに対しての喜びの方が大きかった。
だが、話を始めるとどこか違和感が付き纏っていた。自分は彼の事を知らないのに、彼は私の事をよく知っているような感覚。恋人や家族であったり、片思いの相手であればそれも良い。というか、寧ろ嬉しい。だが、見ず知らずの相手からそういう感覚を受けるのはおかしな話だ。お互い、会ったことも無かったのに。
まぁ、そんなことは些細な問題だった。より大きな、問題は私が推薦してきた相手の話を聞いたことだ。
「………………………」
今迄、まだ普通に話していた少年がいきなり押し黙るのだ。不自然すぎる。
見たところ、少年はどこかで剣道などの武道をやっていたような体つきでは無かった。あのバカ塔貴也よりはましだけれど、普通の男子生徒より少しましな程度だ。
うちの道場は、基本的なレベルが高い。というよりも、表よりも裏をメインに据えているため必然的にそういう人間ばかり集まってしまった。だから、表から来るのならそれなりのレベルの人間にしか話はいかないはずなのだ。だが、次の彼の言葉は私の予想の斜め上を言っていた。
「その…嵩月組の方から…」
まさか、この少年の口からその名前が出てくるとは思わなかった。あの組から来るのは、本当に数人の人間?だ。それも、それなりの修羅場を潜ってきた者たちばかり。だから、基本彼らを断るということを私たちはしない。寧ろ、こちらから出向いて鍛錬させてもらっているほどだ。
だがこの少年、そんなに修羅場を潜っているようにも見えない。その事を彼に聞くと、
「その…嵩月組のお嬢さんが同級生で、親しくさせてもらっているので…」
と言う答えが返ってくる。ああ、確かに彼女はこの少年と同い年ぐらいだったはずだ。
だが、それでもおかしい。彼女は家業をあまり好いてはいないようだったのだが…?
「………因みにどちらの方からの推薦だ………?」
「一応、社長と八伎さんから…」
この答えには絶句した。あの2人の名前が出ると言うことは、本気なのだろう。出された推薦状も確認するが、間違いなくあの2人のものだ。捺されている印も以前見た覚えのあるものだし。一体、この少年が嵩月組とどういう関係なのか興味が尽きないが、それ以上に疑惑の念が強まる。
あの2人は身内には甘いが、そうでないものには徹底していたはずだ。その2人の名前を出すことは、相当気にいられているか、その事を知らない馬鹿なのかどちらかだろう。恐らく、前者だとは思う。本人もかなり言いにくそうにしていたから。
彼らの事を知らないのなら、此処まで気負うことは無い。寧ろ、自慢げにその名前を語ることだろう。だが、少年からそんな気配は微塵も感じなかった。
「ふむ、あの御二方の推薦があるなら無碍にはできんな…
だが、これだけは確認しておきたい。
一つ良いか、夏目くん…?」
「はい、何でしょうか?」
嵩月組との関係がどうであろうと、少年が彼らにとってどれだけの価値があろうと今は関係ない。
「君みたいな、普通の少年が何故力を求める…?
普通の道場では駄目なのか…?」
その私の問いに彼は、悩まずすぐに返してきた。
「大切な人たちを自分の手で護りたいんです」
綺麗事だと切り捨てることも出来ただろう。
少年の絵空事だと馬鹿にも出来ただろう。
だが、彼の目はその自身の言葉に絶対の確信を持っていた。その辺りにいる男子生徒には出来ない眼だ。
護るための力が今は自分にはない。
だからこそ……!!
彼は、自身の弱さを認めたうえで今此処にいる。
自身の強さを認めるのは簡単だ。結果を示せばいい。
だが、弱さは中々認められるものではない。認めたくないからこそ、強さを求めて人は走るのだから。だが、弱さを認めた人間はそれ故に強さを求め行動できる。それは、逃避からの強さでは無くて立ち向かっていく強さだ。
どちらも、悪いとは言えない。だが、求めるのなら前向きに行きたい。
私自身、未だにその境地には至っていない。理解は出来るが、感情はそれを認めない。
では、その境地に至った人間が強さを求めたらどうなるのか…?
その事に非常に興味が湧いた。そして、出来るなら彼のその結果までの過程を自身で手伝ってみたい。そう、純粋に思った。だからこそ、私は彼をこの道場に通うことを認めたのだ。
・
・
・
彼が帰った後――トレーニングメニューと月謝表を見て非常に肩を落としていたが――道場に向かって歩いていると、
「や、秋希」
「ああ、塔貴也か」
幼馴染の少年に出くわした。
「なんか、機嫌が良さそうだね。何かいいことでもあったのかい…?」
「いいこと、か。そうかもしれんな…」
「??」
私の答えに塔貴也が頭を捻らせる。
「なに、面白いやつが来たなと思ってな」
「ああ、入門生の人のことか。そんなに扱きがいがありそうなのかい…?」
「むぅ、お前は私をどういうふうに見てるんだ…」
そんな風に見られていたとは……心外だ。私だって年頃の乙女なのだぞ?
「で、どうなのさ…?」
私の疑問を軽く受け流し、迫ってくる塔貴也。
「ふふ、会ってみたら分かる」
そう、あの眼は会ってみないと分からないだろう。
私もうかうかしてられないな。
そう思い私は鍛錬のために道場へと足を運ばせて行った。