闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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お久しぶりです。2ヶ月ぶりかー。前回より早いけど相変わらず遅くてすみません。
その間にGOD EATER2も(漸く)出たりして……まぁ、まだ難易度10行ってないんですけどね!!
ああ、切実に時間が欲しい……


43回 魔神の怒り

彼をよく知る一人である先輩は語る。

 

『普段温厚な人間が怒るとどうなるのかという良い例を見せてもらった』

 

と。

自身も恋人を傷付けられた科學者は語る。

 

『自分の無力さを改めて思い知った。

 けど、それ以上に彼が頼もしかった』

 

と。

彼のことをよく知らない機巧化人間(フェミナ・エクス・マキーナ)の少女は語る。

 

『彼らとのその後の関係に一層注意するようになりました』

 

と。

彼の幼馴染は語る。

 

『あんな表情をみせれるような人間じゃないはずなんだけどなぁ~~』

 

と。

傷付けられた少女は語る。

 

『……嬉しかった、です』

 

と。

つまり、何を言いたいかといえば、

 

ぶちギレたのである。

 

誰が?

そんなのは決まっている。

恋人を、仮とはいえ契約者(コントラクタ)を傷付けられた魔神相剋者(アスラ・クライン)、夏目智春だ。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

彼女が気づいた時には全てが終わっていた。

目の前に横たわるのは、自身の敬愛する兄と顔見知りの第一生徒会の屈強な漢たち。

それに、校内で暴れまわる馬鹿な悪魔たち。

誰一人として立っているものはいない。

回らない頭で後悔する。

彼女はこんなことになるとは思っていなかった。

ただ彼女は、気に入らない悪魔と演操者(ハンドラー)かもしれない少年に少し痛い目を見せてやりたかっただけなのだ。

自身の友人を危険な世界に踏み込ませた代償を払わせたかった。

出来る事なら二度と自分たちに歯向かう事など出来ないように気力も削いでおきたかった。

相手は未契約の悪魔とそれと親しくしている程度の馬鹿な演操者(ハンドラー)候補なのだから、仮に歯向かって来るような事があったとしても、自身の兄を始めとした第一生徒会の面々なら十二分に対処できると思っていた。

自身の策を信じて疑わなかった

それが自分たちにとって一番良いことだと信じて疑わなかった。

 

なのに、あれは何だ。

 

一方的に蹂躙される悪魔たちと第一生徒会。

闇色を纏った弾が影から飛び出し、周囲に着弾するたびに誰かが壊れていく。

腕が曲がり、脚が曲がり、指や胴体が潰れていく。

止めようと放たれた悪魔たちの攻撃は悉く刀に掻き消され、まるで演操者(ハンドラー)の少年に届かない。

悲鳴が昼間の学校内を飛び交い、血が周囲一体に飛び散らばる。

 

『……悪魔』

 

その場にいた誰かが呟いたその言葉は的確だったと彼女は思う。

生物としての悪魔ではなく、伝承や神話の中で語られている悪魔。

彼女には少年がそう見えた。

 

「……なんなのよ、あいつ……」

 

自分でも気づかない内に言葉が唇から漏れ出る。

言葉を漏らした唇は血の気を失い、震えていた。

 

「……あんた、一体なんなのよ……夏目ぇっ……!!」

 

気づけば体中が震え、目から涙が零れている。

けれどそんな自身の異常以上に、今は普段は特に気にもせずに口にしている少年の名前が恐ろしくて仕方ない。

覚悟はあったはずだった。

戦わなければならない覚悟も、人を導き悪魔たちを滅し世界を救う覚悟も。

だけど……同級生を恐れる覚悟なんて考えもしなかった。

どれだけ大きな力を持っていたとしても、所詮同級生は同級生。

覚悟を常に抱いている自身とは違うと思っていたから。

 

 

 

彼女――佐伯玲子は、周りに人が来ても気づくことなく、しばらくはその場から動くことができずにいた。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

ただ許せなかった。

自身の欲望や利権のためだけに彼女を傷つけた悪魔たちが。

止まってほしかった。

自身の信仰を第一と考える学生たちに。

護ってほしかった。

自身が信頼した先輩たちに彼女のことを。

すぐに呼んでほしかった。

彼女に。

 

どれも叶わないことは知っていたけれど、それでも……

朱浬さんを連れて向かった保健室で僕の目に飛び込んできたのは、養護教諭に手当てを受けている秋希さんと、ベッドに寝かされている恋人(かなで)の姿。

秋希さんの姿は確かに目に入ったけれど特に気にならなかった。

秋希さんが怪我をする姿は道場などで見慣れていたからかもしれないし、特に不都合なこともなく養護教諭と会話をしていたからかもしれないし、僕の後ろから塔貴也さんが秋希さんに近寄っていくのが分かっていたからかもしれない。

後になって考えるとひどいと思うけれど、その時の僕にとって、秋希さんの状態なんて本当にどうでもよかった。

無事な姿さえ分かればそれでよかったのだ。

 

『……トモ?』

 

不安げに声をかけてくる操緒の声にも反応しない。

ただ、視線は奏の寝かされているベッドに。

 

「……嵩月?」

 

夢遊病者の様にフラフラとベッドに近づく。

この時はまだ何とか理性が働いていたと思う。

奏の寝かされているベッドの横に立ち、視線を奏の全身に巡らせる。

一見したところ、特に大きな怪我は無いようで一安心……待て、ならどうして奏はここに寝かされているんだ?

 

「……秋希さん、説明していただけますか」

 

視線は奏に向けたまま、口調は普段よりも真面目に、意識を澄ませ、思考を戦闘に。

手当てを受けてはいるが会話は十分に可能だろう秋希さんに声をかける。

朱浬さんでもいいのかもしれないが、彼女は負傷が酷い。

やはり秋希さんが適任だろう。

 

「……説明は当然してやるから一旦落ち着け、夏目。

 今のお前に話しても火に油を注ぐだけだろう」

 

秋希さんは何を馬鹿なことを言っているんだろう。

今の僕はこれ以上ないってぐらい落ち着いているのに。

 

「落ち着いてますよ。

 普段の仕事の時ぐらいには落ち着いてます」

 

「……なら尚更まずいだろうが」

 

深々と溜息を吐く秋希さんと、不安そうに僕らを見守る朱浬さん。

塔貴也さんは、普段通りの表情で秋希さんの横にいる。

 

「良いから話してやれよ、秋希。

 何がどうであろうと、手を出したやつらには然るべき報いは受けさせなきゃいけないのは確実なんだからな」

 

普段以上に冷酷な八條さんが僕の意見を後押ししてくれる。

 

「お前もやめろ、和斉。

 先輩かつ第三生徒会役員のお前がそんなことでどうする」

 

「第三生徒会役員だからこそ、この事態はさっさとどうにかしたいのさ。

 やらかしたのが野良悪魔か、他の生徒会かによって対応も変わってくるが……」

 

八條さんがそこまで言ったところで彼の背後の影が蠢く。

 

第三生徒会(うち)の大事な客人を巻き込みやがったんだ、放っておけるわけないだろう」

 

彼の冷酷な笑みと共に影が集まっていく。

 

「だから、落ち着けと言っているだろう……まぁ、お前の言い分も尤もだが……さて……」

 

顎に手を当て何か考えている様子の秋希さん。

何を悩むことがあるというのか。

この場で必要なのはただの状況報告だろうに。

それこそ、普段の彼女のように簡潔に話してしまえばそれで終わりだ。

いつ、誰が、どこで、何故こんなことを起こしたのか。

それが分かればそれで良い。

 

「なら、簡単に説明だけしようか。

 ただし、事前にこれだけは承諾して欲しいのだが……」

 

「なんですか?」

 

僕と八條さん――主に僕の方――を見ながら秋希さんが言葉を紡ぐ。

 

「自分の立場を忘れるなよ?」

 

それだけ言って秋希さんは口火を切った。

 

曰く、今回の事件は突発的に起こった第一生徒会と校内の悪魔集団の戦闘が原因とのこと。

曰く、悪魔集団同士の戦闘に第一生徒会が介入したとのこと。

曰く、戦闘の余波から逃れるように行動していたはずなのに攻撃がすべてこちらに向いたとのこと。

曰く、途中で朱浬さんは救援を呼ぶために秋希さんたちから離れたところで攻撃を受けたとのこと。

曰く、秋希さんと奏は奏が炎の壁を創り、その隙に撤退したとのこと。

曰く、奏に大きな負傷はなく細かい傷程度であり、ベッドに寝かせているのは大量の魔力を一気に使用した反動で気絶したためであるとのこと。

曰く、鎮圧しなかったのは第一生徒会と第三生徒会の約定のためであるとのこと。

曰く、戦闘はまだ続いているはずとのこと。

 

「最後に、重ねて言うがお前たち自身の立場を忘れるなよ。

 特に、夏目、お前は絶対動くな。

 お前が動けば全て終わるかもしれんが、ややこしい事になるからな」

 

後ろで秋希さんが何か言っている。

 

「全て終わるって……どういうことですか秋希さん?」

 

朱浬さんが何か言っている。

 

「まぁ、あれだけ事をしっかりと運んできたんだから大丈夫じゃねぇのか?」

 

八條さんが何か言っている。

 

『トモ……どうするの?』

 

操緒がこっちを見ている。

 

けれど、今の僕にはそのどれもがどうでも良い。

 

攻撃が全て秋希さんたちに向いたというのなら、その戦闘は明らかに仕組まれたものだろう。

戦闘に巻き込まれたのだとしても、余波程度で秋希さんが負傷するのはおかしいと思ったのだ。

だが、元々第三生徒会を狙っていたと考えれば話は早い。

だからこそ、奏は魔力を使う破目になりこうなってしまったのか。

仮契約状態の身体で魔力を大量に使えばどうなってしまうか分かっていたのに。

(ペルセフォネ)にも、契約者(恋人)にも頼ることなく場を切り抜けたのか。

だったら、

 

「僕も奏の努力を無駄にしないように動かないといけないよな」

 

『……トモ?』

 

ポツリと僕が漏らした言葉に操緒が耳聡く反応する。

幸か不幸か秋希さんや八條さんには聞こえなかったようだ。

 

「行くぞ、操緒」

 

スイッチを切り替え、思考と口調は仕事状態に。

体躯は万全、武器もいつでも所持可能。

魔神の力は、

 

『うん、行こう。

 今回ばかりは私も我慢できない。

 存分にやって良いよ、トモハル』

 

行使可能。

 

「……夏目?」

 

秋希さんが何かに気づいたようだが関係ない。

 

「――黑鐵」

 

僕の言葉とともに、僕の影から巨大な刀が空中を一閃する。

それと同時に生み出される空間の亀裂へと一歩踏み出す。

 

「――和斉、止めてくれ!!」

 

「おう!!」

 

何か後ろが騒がしい。

視線を移せば影がこちらに向かってくる。

邪魔だな。

 

「――黑鐵」

 

もう一度僕が言葉を紡ぐと今度は裂け目が閉じた。

これであの影はこちらに干渉できないだろう。

さて、

 

「行くか」

 

『うん』

 

手には既に春楝と春楝・闇が握られている。

奏を傷つけた報い、奏に大量の魔力を使わせた報い、受けさせようか。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「あの馬鹿!!」

 

空間に出来た裂け目が閉じ、和斉の影が無意味に終わったと分かった瞬間、私と和斉は二人揃って駆け出した。

呆けている黒崎や気絶したままの嵩月を養護教諭と塔貴也に任せ現場へと向かう。

傷の具合など今は気にしていられない。

そもそもそれほど大きな傷ではないのだ。

行動に支障など出るはずもない。

 

「おい、秋希。

 ここから現場までどれぐらいだ」

 

走りながら、息も乱さず和斉が私に聞いてくる。

 

「全力で走ってざっと2分だ」

 

「……くそ!!」

 

2分。

たったの2分だが、それだけあればあいつには十分過ぎる。

この3年、現場で積んできた経験は伊達ではない。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)の能力も相俟って、演操者(ハンドラー)としては私の知る中では最強クラスなのだ。

2分もあれば、野良悪魔の集団や交戦している第一生徒会の面々など余裕で片付けてしまう。

それだけの実力があっても、夏目は普段は大人しいから特に問題はない。

大抵の事では怒らないし、嫌々言いながらも何だかんだで動いている。

自制もしっかり出来ているようだから特にこれまで心配していなかった。

けれど、それだけに怒りに身を任せた時どうなるか分からない。

 

「おい、和斉。

 影を使ってワープとか出来ないのか!?」

 

「現場の影がここにある影と繋がってたらできるだろうけどな!!

 雄型悪魔の俺じゃ直接繋がってない影同士を繋げるなんて無理だ!!」

 

走りながらも言葉は飛び交う。

 

「とにかく急げ!!

 あいつが全て終わらせてたら、面倒なことになる!!」

 

「ああ、少しでも介入しないと!!」

 

そうだ、とにかく今は急がないと!!

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「――黑鐵」

 

一言呟くと同時に目の前の空間が裂け、急に視界が開ける。

一歩踏み出せば、そこはすでに戦場だ。

銃弾が飛び交い、電気や石などの魔力で作られた力が放たれる場所。

だけど、そんな場所にはもう慣れている。

 

「あ、誰だ、お前?」

 

突然戦場の真ん中に現れた僕を誰もが不思議に思う。

それはそうだ、歩いてくることもなくただ唐突にその場に人が現れたのだから。

しかもその人物が両手に刀を持っていると分かれば警戒のレベルは高まらざるを得ない。

だけど、そんな相手の反応など今の僕にはまるで関係ない。

僕がこの場でやることはただ一つ。

奏を狙った馬鹿どもを、

 

片付ける。

 

殺しはしない。

そんなことをすれば来年以降の僕らの生活に支障が出てしまう。

白銀の能力も使わない。

剣を使えば疑われる可能性が高くなる。

だから使えるのは黑鐵の本来の能力である重力制御のみだが……まぁ、この程度の相手になら問題はないだろう。

そもそも僕が今まで使ってきた能力(ちから)で一番馴染み深いのは黑鐵(こいつ)なのだから。

 

「おい、何とか言え!!」

 

突然現れ、黙ったままの僕に向かって放たれた銃弾と魔力の塊。

銃弾は黑鐵の能力を使って斥力を発生させ射手に向けて跳ね返し、魔力の塊は春楝で掻き消す。

 

「ギッ!?」

 

「へ?」

 

普段は出来るだけ聞きたくない痛みに呻く声と呆けた声も今は心地良い。

 

「出ろ、機巧魔神(アスラ・マキーナ)―翡翠!」

 

何か淡緑色の見慣れた機体の姿も見える。

……うん、一番の障害はアレかな?

さて、目標も定まったところで、

 

「――報いを受けろ」

 

掃除開始だ。

 




はい、智春ぶちギレ回でした。
嵩月組のせいでキレればキレるほど戦闘では冷静になってしまう智春です。
……我ながら面倒な性格にしたもんだ……

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