闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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お久しぶりです。黒鋼です。
前回が昨年の12月ですので、約一年ときた。
遅くなってすみません、44回でございます。
書いていると、自分の文章力の低下が非常に悲しくなってきます。


44回 報復

「――翡翠!!」

 

淡緑色の機体を背にした純白の学生服を着た少年が声を張り上げる。

少年の声に淡緑色の魔神は応え、全身から冷気を吐き出す。

 

「皆、一旦引け!!」

 

学生たちが引くと同時に、冷気は塊となり魔神の腕から勢いよく飛び出し、僕のほうに向かってくる。

 

「邪魔」

 

僕の一言に黑鐵が応じ、僕の眼前に闇色の重力壁が現れる。

重力壁といっても敵の攻撃を防ぐためのものじゃない。

敵の攻撃を受け止め、勢いの向かう方向を重力制御によって変換し敵に跳ね返すカウンターのような重力壁だ。

壁に氷弾が直撃し、見事に跳ね返される。

 

「――っ!?」

 

慌てた様子で魔神を繰り、返ってきた氷弾を対処する演操者(ハンドラー)と思われる少年。

だが、その様子は熟練の演操者(ハンドラー)のものとはとても言えたものではないお粗末なものだ。

 

「ギイッ!?」

 

こちらが機巧魔神(アスラ・マキーナ)に対応している一瞬の間に後ろから忍び寄っていた魔精霊(サノバ・ジン)と思われる蛇を、振り向きもせずに右手に持った春楝で切り捨てる。

 

「……こんなもんじゃない」

 

まだだ、まだ足りない。

奏が受けさせられた苦痛はこんなものじゃないはず。

だから、

 

「――潰せ、機巧魔神(アスラ・マキーナ)

 

手加減を完全になくす。

黑鐵の能力を完全開放。

白銀の能力は封じたまま。

自身を覆うように重力壁を展開。

僕を中心とした半径30m以内の重力を10倍に。

 

「ぐがっ!?」

 

「かはっ!!」

 

闇色の力場が半径30m程の円を描き展開されると同時に力場内の至る所から苦痛の声が上がる。

能力を掛けた時間は精々10秒程度だから校舎が崩壊するようなことはないはずだが、それでも10秒もあれば相手を無力化するのには十分すぎることだろう。

男子高校生の平均体重が凡そ60kg。

その10倍となれば600kg。

それだけの重量が10秒間肉体にかかり続ければ耐性のない人間など自重で行動不能に陥る。

 

「くっ」

 

例外があるとすれば、対抗できる悪魔の力や魔神の力を所持しているもの。

そう、

 

「佐伯先輩、あなただけですか」

 

演操者(ハンドラー)などだ。

一応悪魔の連中にもちらりと視線を向けてみるが、対応できる能力を所持した悪魔はいなかったようで全員が腕や脚を拉げさせながら廊下に倒れ臥していた。

 

「いてぇ、いてぇよ……」

 

「ぐうううぅぅぅぅぅぅ」

 

悲鳴や嗚咽が廊下中に満ちる。

明らかに校舎の建材ではないものがそこいら中に転がっている。

廊下一帯は朱に染まり、漂う空気に混ざった鉄の香りが鼻につく。

 

だけど、それがどうした。

 

奏をあんな目に合わせたんだから当然の報いだ。

 

「君は……いや、お前は、一体何がしたいんだ……!?」

 

周囲に向けていた視線を佐伯兄に戻すと怒気と恐怖で震えた言葉が僕に向けて飛んできた。

聞かれること自体は特に不思議ではない。

佐伯兄の性格からして聞かないということは考えにくい。

 

「何、ですか」

 

何がしたいかと問われれば“復讐”あるいは“報復”という言葉が相応しいのだろう。

だが、そんなことを対象となる相手に言う必要がどこにあるというのか。

 

「あなたに言う必要がどこにあるんですか」

 

言葉を返すと同時に影の中の黑鐵の腕を佐伯兄に向ける。

後は佐伯兄と後ろに隠れている佐伯を潰せばそれで終わるのだ。

操緒の魂だってこんなことのために使うこと自体が本来は間違っているのだ。

だから、さっさと終わらせよう。

 

「――機巧魔神(アスラ・マキーナ)

 

「ちっ、狂信者め…!!

 玲子、下がってろ!!

 止めろ、翡翠」

 

狂信者?

佐伯兄の言葉に少しばかり眉を顰める。

淡緑色の魔神が冷気に包まれ始めているがそんなことはどうでもいい。

些細なことだ。

戦闘中は可能な限り感情を動かさないようにしてきたつもりだが、今の言葉は流石に容認しかねる。

 

「狂信者、ね……一体どちらが狂信者なのやら」

 

「なに……?」

 

僕の言葉に眉を顰める佐伯兄を無視して言葉を繋ぐ。

 

「独善的なのは教会も同じだと思うけどね」

 

ひょっとしたら教会の方が社会的に認められている割合が高い分、より酷いかもしれない。

けれど、今はそんなことはどうでもいい。

重要なのは、教会だろうと悪魔信者であろうと、信仰という心の在り様は同じであるということ。

少なくとも僕は自身が狂信者だとは思っていないし、それは佐伯兄も同様の筈だ。

けれど、僕らの姿を見た他の人たちが僕らについてどんな意見を持つかは別の話。

現に、今の僕を見た佐伯兄は“狂信者”という言葉を口に出したのだから。

 

「違う!!

 神聖防衛隊(われわれ)は悪魔信者たちのように他者を、何も知らない民間人を攻撃したりしていない!!」

 

「確かに、あなたはそうなのかもしれない。

 だけど……それがどうした」

 

「なっ!!」

 

僕の言葉の前半部分に一瞬表情を緩めた佐伯兄が絶句する。

実際、以前の世界で佐伯会長は悪魔たちに一定の理解を示していたし、多少なりとも活動を容認していた部分はあったから今の佐伯兄の言葉も嘘ではないのだろう。

だが、今、そんなことはどうでもいいのだ。

重要なのは、奏が傷つけられたということ、その一点のみ。

どんな理由を並べ立てようとも、お前たちが奏を傷つけたという事実は変わらない。

 

「僕は教会(あなたたち)がその姿勢のままでいる限り、神聖防衛隊(あなたたち)を認めない」

 

個人を認めるのは簡単だ。

集団を否定するのも簡単だ。

個人を否定するもの簡単だ。

けれど、

 

集団を認めるのには覚悟がいる。

 

それを、佐伯兄をはじめとした第一生徒会の面々が理解できているとは僕にはどうしても思えない。

今後彼らの考え方がどんな方向に進んでいくのかは今の僕には分からないけれど、少なくとも現時点での彼らの考え方を僕は認めるわけにはいかないのだ。

 

「行け、機巧魔神(アスラ・マキーナ)

 

「くそっ、翡翠!!」

 

佐伯兄に付き従う淡緑色の魔神が巨躯を軋ませながらもこちらに向かって前進してくる。

一歩踏み出すごとに校舎の廊下が悲鳴を上げ、破片が宙を舞う。

更にその一歩ごとに冷気が巨躯の周囲を捉え、周囲の物体が凍りついていくのを見れば、一般人でなくても恐怖に慄き逃走し始めるかもしれない。

だが、

 

「駄目だな」

 

そんな魔神の姿も見る人が見れば無様以外の何物でもない。

こんな狭い廊下で機巧魔神(アスラ・マキーナ)の全身を引っ張り出すなんて行動範囲を自ら狭めているだけで殆どメリットが見受けられない。

部分召還ができないのなら仕方ないとも言えるが……

次に、一見こちらに対しての示威的行動にも思える周囲の凍結。

あれは、単なる魔力の暴走だ。

攻撃に向けている機巧魔神(アスラ・マキーナ)の魔力を統制しきれていないがために、周囲に余分な魔力が漏れ出し凍結を引き起こしているに過ぎない。

勿論、例外もある。

呪文の詠唱や魔神相剋者(アスラ・クライン)慟哭する魔神(クライング・アスラ)などは扱う魔力の量が普段とは桁違いに跳ね上がるためベテランの演操者(ハンドラー)といえども完全な魔力の制御は非常に難しくなる。

だが、今の段階では佐伯兄はそのいずれも行っていない。

魔神相剋者(アスラ・クライン)ではないのは言わずもがなだし、機械音にも似た呪文の詠唱は僕の耳には届いていない。

結論として、佐伯兄は未だ演操者(ハンドラー)として完成していないと言って良いだろう。

そんな相手、まともに相手をする必要も感じない。

勿論、ふざけたり下手に手を抜いたりするような馬鹿な真似はしないが……操緒の魂をこんな相手に使うなんて馬鹿らしい。

 

「凍らせろ、翡翠!!」

 

佐伯兄の言葉を受け、翡翠から魔力が迸る。

相手が生身であることなどまるで考えていない力。

漂っていただけの冷気が明確な殺意をもって集い、氷原が廊下を突き抜ける。

壁が、床が、窓が、大気そのものが一瞬にして凍り付く。

更には、

 

『闇より静けき氷海に眠る……

 

機械音にも似た人の声が氷原に静かに響く。

哀しみを感じずにはいられないその音色は聴く人が聴けば虜になることだろう。

ということは、漏れ出ている冷気は呪文の余波だったのか。

僕もまだまだ状況判断が出来ていないな、情けない。

自身の反省はこの後しっかりするとして、現状に対処しよう。

 

≪……呪文の詠唱、ってことは初撃から決めにきてるな≫

 

その判断自体は間違っているとは思わないが、

 

≪遅いよ≫

 

呪文の詠唱が出るということは攻撃に一定の間が出来てしまうということ。

威力は絶大だが、その反面準備に一定の時間を要するのだ。

そして、その一定の間を見逃すほど僕もお人好しなつもりはない。

流石に、生身で凍らせられるのは遠慮したいところでもある。

 

 其は、科学の音色(おと)に凍てつく影!』

 

呪文が完成すると同時に校舎内を氷塊が包み込む。

廊下内を走る風は春の香りを含んだブリザードとなり、翡翠の力が及ぶ範囲をまとめて凍らせる。

当然その力の及ぶ範囲には僕らが含まれており、このまま何もしなければ僕は氷漬けとなり、無力化されてしまうことだろう。

別にそうなってからでも対処の使用はいくらでもあるのだがこんな春先に氷漬けになるのは御免だし、そもそも殲滅対象から反撃を受けるのも気に食わない。

 

「………」

 

言葉を発さないまま黑鐵の力を使用。

自身を守るように薄く闇色の防御壁を展開。

普段は一重に張る防壁だが、追い詰められている演操者(ハンドラー)の攻撃は侮れない。

念のため二重に防壁を張り、防壁の合間に少しばかり細工を施す。

一層目と二層目の間に僅かだが隙間を作り、その中を可能な限り真空に近づける。

凍らせる物がなければ例え一層目の防壁が破られたとしても二層目には攻撃は中々届かないだろうから。

 

氷原は氷河に変わり、圧倒的な質量をもって僕に襲い掛かる。

防壁を展開してから数瞬の間を置いて闇と氷は激突した。

万物を凍らせようと暴れ狂う氷雪と全てを拒絶する闇は互いに噛み合い、襲い合う。

時間にして瞬き一つ分にも相当しない一瞬だが、その一瞬で力の優劣は完全に決まった。

氷雪は闇を捻じ伏せることなど出来ず、逆に闇が氷を完膚なきまでに叩きのめす。

 

「やったか!?」

 

それでも、いくら僕自身には全く効果を示していない力とはいえ、機巧魔神(アスラ・マキーナ)の力は絶大だ。

防壁の力場が及ばない範囲は凍り付いているのだから僕の姿は確認できなくても、僕が凍り付いているように見えなくもない。

氷原の向こう、氷の結晶が舞い散り、視界の悪い中で佐伯兄が喜色を孕んだ声を上げている。

だから、佐伯兄がそんな声を上げる気持ちも分からなくはない。

未だ魔神から漏れ出る冷気は収まっていないことからも、いつでもこちらの反撃に対抗できるように備えているのだろう。

だが、心に余裕が出来ている。

自身の最高の一撃を相手に叩き込んだのだから、相手が凍っていないわけがないという自信。

気持ちは分かるが、相手の姿を確認していないうちに気を抜くのはいかがなものか。

そして、こんな大きな隙を見逃すほど僕も甘い鍛錬を積んできたわけではない。

 

「寝てろ」

 

氷の中にできた空洞内から闇色の力場を展開。

先程のように薄く広く伸ばすのではなく、狭く厚く展開する。

力場も僕らを中心として広げるのではなく、佐伯兄と翡翠の周囲に球を描くように部分的に展開。

黑鐵単体では無理かもしれない座標攻撃も、白銀の能力を得た今の黑鐵なら問題なく行使できる。

 

「くぅっ!?」

 

先ほどは10倍程度の重力操作だったが今度は違う。

力場の中心に向けて力が向かっていくように力場を展開する。

力は、5倍程度もあれば十分だろう。

力の向きを解りやすく考えてもらうなら、星だ。

僕たちが球状の星の表面に住めるのは、中心に向かって力が働いているからである。

他にも色々と要素はあるのだろうが、今はそんな難しいことよりも力の向きを考えてくれればいい。

球の中心に力が向けられているということは、すなわち、その場にある全てのものがその力場の中心に吸い寄せられていくということ。

瓦礫があれば瓦礫が、人がいれば人が吸い寄せられていく。

そしてその中心にあるのは、佐伯兄の腹部。

 

「が、あああぁぁぁぁっっっ!!」

 

喜色に満ちていた佐伯兄の顔が恐怖に歪み、断末魔が廊下に響く。

腕が、足が、頭が、腰が、廊下が、手が、指が、服が、その場にある全てが佐伯兄の腹部目掛けて吸い寄せられていく。

彼の身体も本来は曲がらない方向に曲がり、それでも吸い寄せられていくのは止まらない。

途中皮膚が裂け、傷が広がり、出血してもその血も力場の中心に向かって吸い寄せられていく。

それは翡翠にも同じ現象が起きていた。

翡翠は副葬処女(ベリアル・ドール)の内蔵してある胸部を中心に展開したので、胸部に向かって物が吸い寄せられていく。

機巧魔神(アスラ・マキーナ)だけあって必死に抵抗しているからか佐伯兄ほど簡単に変形してはいないが、段々と各所が壊れていく。

腕があり得ない方向へとへし折れ、首が胴体へとめり込んでいく。

 

「っ……………ぁぁっ!!」

 

そんな機巧魔神(アスラ・マキーナ)のフィードバックが重力に抵抗する佐伯兄を襲う。

すでに咽喉も嗄れ、それでも悲鳴を漏らし続ける佐伯兄。

抗う力もすでに失せたのか、口から洩れるモノを耐えるような姿も見せない。

しかし、

 

≪……眼から力が失われていないのは流石、かな≫

 

僕の方を睨み付ける視線には衰えが一切見受けられない。

腐っても次期第一生徒会会長なだけはある。

通常の人間であれば意識が無くなり、また激痛で覚醒させられるであろう状態でまともな精神状態を保っていられるだけ称賛に値するだろう。

それでも、こちらに反抗できる力がないのでは意味がない。

 

「そのまま落ちろ」

 

ここで佐伯兄を再起不能にするのは簡単だけれど、それでは僕の知っている洛校生活が変わってきてしまう可能性が高い。

既にこうして僕らが洛校に来て交戦している時点で歴史に変更は生じてしまっているといえばそれまでだが……

せめて全治半年ぐらいに留めておかないと来年以降色々ややこしいことが起きそうだ。

 

≪……そろそろ良いかな≫

 

佐伯兄も意識は無いだろうが氷の中からでは今一相手の状態が分からないこともあり、どの程度で力を止めるべきか判断に困るのだが……流石にそろそろ止めてもいいだろう。

これ以上すると本当に壊れてしまいかねない。

と、僕が黑鐵の力場を止めようとした瞬間、

 

「そこまでにしときなさい、夏目くん」

 

佐伯兄に掛けていた闇色の力場が唐突に掻き消され、同時に僕らの周りを覆っていた氷塊も砕け散った。

 

「……冬琉さん」

 

氷塊から出た僕の視線の先には、普段は背負っている大太刀を抜き放ち、僕らに冷徹な視線を向ける橘高冬琉の姿があった。

 




というわけで智春ブチ切れ回でございました。
大分本来の性格と違う気がしますが、戦闘用ということでご容赦ください。
では、また次の回で。

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