長期に次ぐ長期休業で謝っても意味がないと思われるかもしれませんが、謝ります。
すいませんでした。
やっぱり社会人になると色々厳しいですが、細々続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。
橘高冬琉。
現在は第三生徒会副会長として活動中。
武芸百般に通じており、野太刀、冬櫻の使い手。
八條和斉の恋人。
色々物騒な肩書はあるけれど、普段の彼女は怒らせたりしない限り非常に安全な存在である。
姉や幼馴染の無茶に乗ってふざけたりすることも多いけれど、一定の常識は持っているため所々で無茶は止めてくれる。
責任感は強い。
味方でいる間は非常に心強い。
敵に回すと面倒で厄介なことこの上ない。
そんな彼女は今、
「止まりなさい、夏目くん」
僕に向けて冬櫻を突き付けている。
「……秋希さんか八條さんが先に来るかと思ってたんですけどね」
先刻の保健室での出来事を反芻する限り先に僕らに追いつくのは秋希さんたちだと思っていたのだが……
「秋希ちゃんたちなら真面目な第一生徒会員さんたちにお世話されてる最中よ」
「成程」
確かに、今回の騒ぎが計画されたものであるとするならば、見学に来ている他の生徒に被害が出ないように通路の封鎖や規制などの対策は取っていておかしくはない。
それに秋希さんたちは引っかかっているのだろう。
恐らくは事情を知らない一般の学生たちが周りにいる状態で。
そうでもなければ、そんな規制とっくにあの二人なら突破しているはずなのだから。
「それでどうするの夏目君?
現状でも大問題だけれど、これ以上するとなれば、第三生徒会、ひいては
鈍く光る冬櫻の切っ先をこちらに向けつつ飽くまでも普段通りの調子で言葉を紡ぐ冬琉さん。
道場での鍛錬の際に向けられたことは何度かあるけれど、その時とは明らかに意味が違う殺意が滲み出している。
「そうですね……」
可能ならばもう少し壊しておきたかったが、
「副会長が来たのならそろそろ他の方々が集まり始めるころの筈ですし、ここは引いておきますよ」
僕がそう言うと意外だったのか冬琉さんは一瞬だが呆気にとられたような顔になり、
「……私が聞くのもどうかと思うけれど、それでいいの?」
勿論良くはない。
良くはないが、それで退際を間違えては意味がない。
今退かねば各生徒会の会長陣が押し寄せてくることだろう。
対応出来ない訳ではないだろうがそこまでして力を振るう意味はない。
「ええ、殆ど片付きましたから。
残りはそちらの後ろにいる見学者ぐらいですけれど……」
冬琉さんの体の後ろに隠れていた佐伯の影がびくりと震えるのが分かる。
しかし気にせずに言葉を続ける。
「兄の様にする価値ももう無いでしょう?」
下手にこれ以上痛めつけて佐伯の心に火を点けてしまっても面倒だ。
それなら今の様な状態のまま僕らに対して恐怖心を抱いてくれていた方がマシというものである。
恐怖、否、トラウマは簡単には拭えない。
佐伯が芯の強い人物だというのは前回の世界でよく知っている。
小さい頃の悪魔に対しての恐怖を敵愾心に変えて立ち向かう姿は、悪魔側に立つ僕から見ても立派なものだと思う。
けれど、彼女のその心を支える大きな柱の一つである兄が、自身の同級生に痛めつけられる姿を見ても彼女はその心を保ち得るのだろうか。
「……………」
僕の言葉にちらりと後ろを見た冬琉さんはそのまま押し黙る。
その態度は僕の言葉を肯定しているのか、単に否定する材料が見つからなかったから黙ったのか……まぁ、どちらでも構わない。
巨剣一閃
宙に現れた隙間に足を進めながら一言、
「では後程」
その言葉を最後に僕の視界から朱は消え去った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「……ふぅ」
張り詰めていた意識が吐息と共に緩む。
背後には第一生徒会の佐伯くんの妹がいる為あからさまに態度を崩すことはできないが、多少なりとも気を抜いても良いだろう。
チラリと後ろに視線をやれば、夏目くんという脅威が去ったとはいえ体を震わせている。
そのままにしておくのも寝覚めが悪いので壁際に座らせ、たまたま近くに転がっていた布を肩に掛けてあげる。
掛けた布地が明らかに千切れ飛んだカーテンの一部である気がするが見なかったことにしましょう、ええ。
そんな私の気遣いに反応できるほどの余裕もないのか、佐伯妹ちゃんは顔を青褪めさせ、視線を下に向けたまま動こうとしない。
あまりにも動かないのでどこか問題でもあるのかと思い、下から覗き込むようにして顔を覗いてみると、
「あらま、仕方ないと言えば仕方ないのかしら?」
青褪めた頬はそのままに瞼を閉じ、外界からの情報を閉ざし、自身の殻に閉じこもっていた。
そのまま少し様子見していると、緊張の糸が切れたのか、全身から力が抜け、その場に崩れ落ち掛ける。
「おっと」
第一生徒会副会長の関係者とはいえ、流石に女の子を冷たい床に激突させる程私もひどい人間ではない。
肩を抱き留め、優しくその場に寝かせてあげる。
その姿は心地よい寝顔とはとても言えたものではないが、先程までの彼女の顔よりは幾分和らいでいるような気がする……しかし、関係者にしては少々頼りなさすぎないだろうか?
夏目くんや奏ちゃんを見ているせいか、私の中学生に対しての基準がおかしくなっているのかもしれないけれど……。
佐伯ちゃんに向けていた視線を外し、改めて交戦――いえ、違うわね、殲滅戦跡に目を向ける。
戦場となった校舎のあちこちが損傷している。
視界の半分以上を覆う氷の原因は間違いなく佐伯くんの
第一生徒会所属の証である純白の改造制服に身を包んだ者や、一般の学生服を身に纏ったガラの悪そうな学生まで多種多様な学生が廊下に倒れていた。
総数自体は両陣営合わせても30人もいっていないだろうから、事後処理も予想していたよりも面倒にはならなさそうで何より。
勿論校舎の修繕や、関係各所への説明や根回し、オープンキャンパスに来ていた学生たちの学校側への説明などしなければならない事は多数あるがそんなことは些細なことである。
寧ろ、問題なのは……
「夏目くんのことよね」
夏目智春
失われたはずの
逆行者
華鳥風月の四名家の一、嵩月家の次期トップ
夏目直貴の弟
どの単語一つ取っても警戒レベルが格段に跳ね上がる。
正直、
≪退いてくれて助かったわ≫
素直にそう思う。
あのまま戦っても善戦は出来たかもしれないが、勝てたとは思えない。
仮に勝てたとしても、自身は重傷で今後の活動に支障が出てきてしまうことだろう。
黑鐵
どれか一つなら――自身のことを考えなければ――どうとでも出来る自信はある。
ただ、この内の二つでも揃われると非常に厄介になる。
今の私は
魔力攻撃を気にしないで良いという分まだマシなのかもしれないが……何れにせよ巨体の重量というのはそれだけで凶器だ。
鈍重という言葉の裏には、それだけの質量と破壊の力が籠められているのだから。
……まぁ、時間的にも退いてくれて助かったと思う。
これ以上戦闘が長引いて余計な人の目に付くのは第三生徒会としては望むところではない。
今回の事件に外部の人間が関わっていたという事実を他の組織の人間には可能な限り知られたくはない。
今後の夏目くんの未来についてもそうだけれど、
“第三生徒会関係者の中学生が問題を起こしました”
なんて事が表沙汰になれば今後の生徒会としての活動諸々に影響が出てしまうことは想像に難くない。
勿論、対象となった第一生徒会や野良悪魔の皆さんに知られてしまっているのは今更どうしようもないことだけれども、そこは今後の根回し次第といったところか。
と、
「冬琉!!」
考え事をしている私の耳に聞きなれた声が届いた。
「あら、和斉に秋希ちゃん。
遅かったわね」
声の方に目をやれば、刀を携えた姉と影が蠢いている
やや肩を荒げさせた調子の二人は、私の言葉に揃って顔を顰める。
「……寧ろ、なんでお前が先にここにいるんだ?
こちらが足止めを食らっていたとはいえ、お前はまだオープンキャンパスの第三生徒会の用務で会長に捉まってる時間の筈だろ?」
「そんなの、これだけ振動やら轟音が響いてるんだから中止よ」
確かにまだ用務の真っ最中だったけれど、仮にもオープンキャンパス開催中なのだ。
参加している中学生たちや、外部の人間に万が一にも危害が加えられるようなことがあったとしたら洛校としても大問題なのだ。
誰かが問題の解決に乗り出すのは当然のことでしょうに。
「まぁ、そりゃそうか。
それなら肝心の会長さんはどうして来てないんだ?」
「第二生徒会の足止め中だからに決まってるでしょ」
和斉の当然の疑問に普段の調子で返す私。
現状、現場にいるのは、倒れ伏している第一生徒会や野良悪魔などの加害者の面々を除けば私と秋希ちゃん、それに和斉と気絶している佐伯副会長の妹さんぐらいだ。
つまり、現場の片付として第三生徒会の面々が揃っている一方で、他の生徒会の人間は誰もこの場には来ていないということ。
それ即ち、
「会長からは『隠すものがあるならば5分以内にな』だそうよ」
「それはありがたいことだ。
我々が直接起こした問題ではないと言え、主として現場に当たれるのだから。
……まぁ、夏目の奴の証拠はほぼ残っていないだろうから……」
話しながら周囲をグルリと見渡した秋希ちゃんの目線は要所を抑えた本気の目だ。
一オープンキャンパス参加学生である夏目智春がこの場にいたという物的証拠を可能な限り無くす。
とはいえ、
「・・・特に無いわね」
夏目くんの性格と能力からして現場にそれと分かるものを残すとは思えないし、残るとも思えない。
あるとしたら、外的要因で残ってしまったものだろう。
そうなると、先ほどの戦闘の際に生じてしまったであろう、あの夏目智春型の氷像の残骸ぐらいだろうか?
ほぼ夏目君が壊しているとはいえ、若干だが人の体と思える部分の氷が残っている。
「和斉」
「あいよ」
和斉の返事に合わせ、夏目くんの氷像周辺は影に呑まれ跡形も無くその部分だけ氷が廊下から消え去った。
後には一部にポッカリと穴を開けた氷原が広がるのみだ。
「じゃあ、後は普通に事後処理と行きましょうか?」
一応、証拠隠滅は行いながらの現場検証開始である。
と言ってもまずは要救助者をどかさねば現場検証も何もないのだが。
「まぁ、まずは佐伯副会長からかしらね」
「ああ、にしても酷いこった」
「そうだな、夏目の奴余程腹に据えかねていたと見える」
一目見て分かる最重傷者である佐伯副会長の救護から入る。
とはいえ、これだけ酷いと私たちに出来ることなど殆どない。
全身の至る所から血が流れ出し純白の改造制服は一面朱色だ。
四肢は内側に向かい拉げ、関節も所々ありえない方向を向いている。
外科医の中でも専門家でもない限り手が付けられないだろう。
幸い、心臓や脳といった重要な部分への影響は少なそうだから命に別状はなさそうだが。
まぁ、放っておいたら失血死しそうなので、その手当を迅速にするとしましょうか。
……改めて彼を怒らせるべきではないと思う。
如何に自身が
彼だって以前の世界で佐伯副会長とは顔見知りではあったはずだ。
第一生徒会と第三生徒会としての関係上、あまり仲が良かったとは思えないが、それでもここまでのことをする程憎い様には見えなかったが……それだけ彼の中で奏ちゃんが占める割合が多いということなのだろうけれど。
女として、それだけ一人の男に思われていることへの憧憬、嫉妬
先輩として、指導者として、相手に過剰な反撃を行ったことへの怒り
第三生徒会副会長として、味方にいることへの安堵
戦う者として、心身を痛めつけられることへの恐れ
何れにせよ、自身が感じるべきではない感情が入り混じっていることへの恥辱。
その事実にやや頭を痛ませながら佐伯くんの応急手当を行う。
と言っても、学生レベルの教本に載っているような至極簡単なものだが。
「そういえば……冬琉?」
「何かしら、秋希ちゃん」
氷原の下に埋まっている第一生徒会員や野良悪魔の皆さんを掘り起こしている和斉を横目に秋希ちゃんが聞いてくる。
「智春自身の対処はどうなる。
隠し通せるものではないと思うが」
「それなら心配いらないわ」
私の返答に秋希ちゃんが首を傾げる。
まぁ、その反応も自然だろう。
私も立場が逆なら同じ反応をするだろう。
いくら物証を無くそうと加害者兼被害者の証人がこれだけいるのだ、普通に考えて誤魔化せる訳がない。
「誤魔化すんじゃなく、揉み消すのよ。
秋希ちゃんの首の角度が更に傾く。
だが、これ以上説明している暇はない。
「ほら、良いから秋希ちゃんは佐伯くんの妹さんを保健室辺りに連れて行って」
そろそろ会長に言われた5分だ。
やることをやってるふりだけはしなければ。
……正直、夏目くんには悪いと思っているがもう我々の会長が乗ってしまった以上どうしようもない。
ごめんなさいね。
後は、自分同士で頑張ってもらいましょうか。
夏目智春