闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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話を増やすかどうか少し思案中。
書きたかったエピソードとかあるにはあるのですが。


5回 疲労の日常

 秋希さんから道場に通う許可をもらってから既に数週間が経ったが、最初の頃は本当にきつかった。出されたトレーニングメニューは毎日行うことが前提のもので、それら全てを行うには少なくとも朝の4時には起きないといけなかったのだ。きついけど、それでも、なんとかそれらのメニューをこなし終え、家に戻ると既に朝の7時。シャワーで汗を流したり、その他諸々の身支度を整えると、どうしても30分程度は経過してしまう。

 母親が用意してくれた朝食――仕事が看護師なので、用意されていない時もある――を急いで腹に流し込み、家を出るのが8時ちょっと前。

 因みに、母親に橘高道場に通うことと、それに伴って発生する月謝とトレーニングの事を話したら、

 

『あら、別に良いわよ』

 

 と、こちらが拍子抜けするほどにあっさりと了承してくれた。正直、ここで月謝のことや勉強のことなどで色々言われると思っていたから、簡単に済ませてくれるのは非常に助かる。

 

『だ、け、ど』

 

『な、なに…?』

 

『親に内緒で、勝手にこんなことを決めていた罰として、1学期中はお小遣い禁止ね』

 

『げ……!!』

 

 母親にそう言われた瞬間、自分が固まったことははっきりと覚えている。それだったら、まだ色々言われた方がましなんだけど……と思ったが、既に後の祭り。早々にお小遣い制限令が実行されたお陰で、現在の僕の財布の中身はかなり悲惨な状況になっている。貯金箱に手を伸ばしたことも何度かあるけれど、今はまだ何とか開けずに踏み止まっている。今後金銭が必要になる事態が起きる可能性は大量にあるのだから。

 

 話を戻そう。

 

 学校でHRが始まるのが8時半で、家から学校まで20分ちょっとだから、朝食を食べていると、ぎりぎり間に合うかどうかという時間になる。しかも、朝のトレーニング――多少慣れてきたと思ったら、更に過酷な内容へとグレードアップさせられる――の後なので、体力もほぼゼロに近い。そんな僕の状態を誰よりも分かっているはずの操緒も、

 

『ほら、速く!!遅れるよ!!』

 

と言って、いつも急かしてくる。

 その所為か、ゆっくり行けば良いのに、普段のペースより幾分早足になってしまう。お陰で、ゼロに近い体力が更に減っていく。途中で同じように疲労困憊の奏と合流し、これまた急ぎ足で学校へと向かう。

 奏が僕のように朝っぱらから疲れているのは、僕のようなトレーニングをしているからではない。それでも、こんな状況の僕から見ても、ある意味自分の方が楽だと思えてくる程に奏の疲労は酷かった。奏は奏で、暫くの間こちらに逗留することが決まった祖母――どうしても必要な用事の時は京都に戻っているが――や律都さんから毎日修練を受けさせられているのだ。

 朝錬は僕より少し遅い4時半から始まり、6時半に終わる。そこから身支度なり、朝食なりを終えると7時半。僕より早く家を出ることは出来るのだが、元々家から学校までが僕よりも遥かに遠いため結局は僕と似たような時間になってしまう。自転車とかバス通にすれば良いと何度か進言したのだが、

 

『……智春くん、と、一緒に、通いたいんです』

 

 頬を朱に染めながらそんなことを言われてしまっては、僕には何も言うことはできない。

 そうして、疲労困憊の状態ながらも二人して何とか到着した学校でHRを受け、授業に移るのだが、

 

『こらそこ、寝るな!!』

 

 いかんせん、朝早くから起きてトレーニングを行ってきたため、とても眠い。周囲の目など気にせずに、机に突っ伏し、休息の為に必要不可欠な睡眠を行う。操緒が起こそうとするが、そんな声で起きてしまえるほど体力は戻ってないわけで……結局は、眠ってしまう。

 態度だけなら、間違いなく不良学生だ。短ければその一限だけである程度回復し、起きて活動するのだが、そんな稀なことがそうそう起きる訳も無く、大抵は二、三時限眠ったままで過ごすことになる。……まぁ、一回習ったことだから、という余裕があるから出来るのも事実なのだけれど…

 奏は生来真面目な性格だからか、僕とは違い、頑張って起きて授業を受けようとしている。してはいるのだが、やはりきつい様で、かなり頭が前後に揺れている。頭が落ちるたびに、眼を覚まして授業を受けようとするのだがそれも長くは続かず、暫くすればまたうつらうつらとし始める。

 ……普段から机に突っ伏して寝ている身としては、いっそ、眠ってしまった方が楽なんじゃないかと思うけど……

 

 そんな僕らの様子を見て、真っ先に聞いてきたのは当然のように樋口だった。この頃には、もう樋口の興味は他のネタに移りつつあったので、僕たちとは普通に会話をする程度の仲に納まっていた。

 

 2人揃って疲労困憊になって毎日登校してくる。一体何があったのか……!?

 

 というのが樋口の疑問だったらしい。

 まぁ、僕は隠すことでもないので、

 

「通っている道場の朝錬だよ」

 

 と簡潔に答えて、トレーニングメニューが書かれた紙を見せてやった。

 

「なんだよ~、そんな程度でそこまでなるわ、け………」

 

 ピシッ

 

 その紙の内容を見た瞬間樋口が固まった。石化する音って実際に聞こえるんだなー、と悠長に思っている自分がいる。多分、自分が考えていた以上に僕のトレーニングの内容がきついのだと理解したんだと思う。暫く経っても固まったまま動きそうにないので、そのまま樋口は放っておき、少しでも楽になるように眠ろうとした。

 したのだが、

 

「おい智春、なんだよこれ!?」

 

 樋口の大声によって、それも出来なくなってしまった。机に伏せていた顔をあげ、樋口の方を見ながら答えてやる。

 

「だから、トレーニングメニュー」

 

 さっきそう言ったはずなのだが、理解していなかったのだろうか…?

 

「んなこたぁ、分かってる」

 

「じゃあ、何……?」

 

 正直言って、今は寝たい。寝ないと夜になったら死ぬから。だから、話もさっさと切り上げたいんだけど……

 

「な、ん、で、こんなに内容がきついんだよ…!?」

 

「そんなこと僕が知るわけないだろ。こっちは、渡された内容をやってるだけなんだから」

 

「いや、それでもこれはいくらなんでもおかしいだろ…うちの野球部とか陸上部でも、ここまでのことはやってないぜ…よく、こんな道場に通う気になったな、お前…」

 

 若干呆れた視線を向けてくる樋口。まぁ、確かに普通の人ならこんなトレーニングをさせるところに通いたいとは思わないだろう。うちの学校の野球部と陸上部はそれなりに練習がハードなことで有名だ。

 実際、僕も前の世界では陸上部に入部していたから、その大変さもよく知っている。そんな僕でも、このトレーニングの内容にはかなり抵抗を覚えたのだ。だけど、このトレーニング内容はあの秋希さんが決めた内容なのだ。あの、バトルマニアのパンク侍――今は以前のような格好ではないけれど――が今後の為には、これぐらいは必要だと言ったのだ。

 あの人には未来のこととかは教えてないから、今後の道場での鍛錬や、嵩月家などの悪魔の力の為だと判断した結果なのだろう。ならば、今後必要になってくるのはほぼ間違いない。強くなるには、通い続けなきゃいけないし、その得られるであろう力を使っていく戦いは、ほぼ確定した未来としてすぐ近くまで迫っているのだから。

 

「うん。まぁ、教えてくれる人がすごいからね……」

 

 これは、本心だ。彼女たちから教われば、自分も強くなれるだろうという確信がある。

 

「すごいってどれぐらいだ?

 全国優勝したことがあるとか……?」

 

「う~ん、そもそも大会に出てるのかどうか知らないけど……」

 

「なんじゃそりゃ……?」

 

 樋口が頭を捻りながら唸っている。

 

『まぁ、そりゃそうだよね。実際に見てみないとあの二人の強さは分からないし』

 

 ああ、そうだな。

 

 と、心の中で操緒に同意しておく。以前は、返事を返さないとほぼ確実に怒っていた操緒だが、以前の世界での事情などを話すと渋々ながら納得してくれた。とはいっても、かなり不機嫌そうだったし、普段あまり相手をしていない反動からか、寝る前や周囲に誰もいない時には遠慮なく喋りかけてくる。まぁ、以前と違って僕だけに見えると言う訳では無く、擬態を解いた嵩月や、嵩月組の皆さんにも見えているので、以前の世界よりは僕に対する依存度とか諸々はましになっている。

 

「分からないなら、分からないでもいいよ。ただ、うちの剣道部の部長よりは確実に強いだろうね」

 

「へぇ、そりゃたいしたもんだな」

 

 どこか感心したかのような樋口。

 それもそうだろう、うちの剣道部自体はさほど強くは無いが、部長はそれなりに強い事で有名だ。実際に県では優勝しているし、全国大会でもいい所まで行ったことがあるそうで、今年は優勝を狙っているそうだ。校内に流れている噂でも、不良20人を纏めて相手にして2分で終わらせたとか、付き合っている彼女にちょっかいを出した奴を半殺しにしたなど、それなりの話を聞く。

 まぁ僕からしてみたら、それがどうしたっていう感じなのだが。あの2人がやったとしたら、そんなものじゃ済まないだろうから……不良なんて100人来ても一瞬で終わらせそうだし、もし彼氏をとられそうになったら本気で相手を殺しかねない。

 

「ああ、そんな人たちだからトレーニングも厳しくてさ、今すごい眠いんだよ。

 だから、おやすみ……zzZZ」

 

「ああ、おやすみ……って、寝るな!!今日はお前にとっておきのネタを見せに来たんだぞ…!!」

 

「……とっておきって、どうせたいしたことないんでしょ…」

 

 机に突っ伏した顔を横に向けて樋口に答える。

 

「何を言う……!!今回はすごいぞ、南米の古代文明の遺物で被ると何でも願いが叶うという……!!」

 

「(どこかで聞いたことあるような……)ああ、はいはい。後でいくらでも聞いてやるから、今はおやすみ………zzZZ」

 

「だ、か、ら、寝るなーー!!」

 

 樋口の叫びを聞きながら、僕はまた夢の中へと旅立っていった。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 そんな風にして学校生活を終わらせると、一先ず奏と一緒に嵩月組に向かう。態々僕の家から一度帰って橘高道場に行くよりも、嵩月組から向かう方が早いのだ。だから、嵩月組で時間になるまで過している。

 過ごし方としては、まずは、学校で出された課題を終わらせたり、勉強の先取りをしたりしている。先取りというよりも、正確には改めて高校の勉強をやり直していると言った方が正しいか。中学の勉強の復習にもなるし、何より直貴のやつに負けないようにするためだ。

 あいつが本当の夏目直貴だと信じたままなら、別に何とも思うことはなかった――そりゃあ、それなりのコンプレックスとかは有ったけど――。だけど、あいつの正体が一巡目の僕だと分かってからはかなり悔しく思ったのも事実だ。

 あいつは、元が一緒なのに天才と呼ばれて――技術云々は一巡目から持ち込んだものだけど――受けた難関大学もあっさり合格している。ひょっとしたら、あいつの「認識操作」の力なのかもしれないけど、それでも元が同じでその差は悔しい。

 だけど、元々同一人物なら、あいつに出来て僕に出来ないことはないはずだ。だから、今のうちから高校の勉強をして、少しでも偏差値を上げる努力をしている。

 僕だけだったら無理なのだろうけど、幸いなことに奏も一緒なのだ。以前の世界でも成績優秀だったし、こちらの世界に来てからは小学校のうちから高校の問題を解いていたそうだから、教師役を頼んでいる。奏も快諾してくれたからより一層励みになる。

 

「だから、ここの答えは、x=2/7、y=4/7、z=1/7になるんです」

 

「え、でも、さっきのやり方だったら……」

 

「あ、それは……」

 

「そっか、ここが違うのか」

 

「はい、あと、他のパターンで、解くんなら…」

 

『うう、何を話してるのか全く分からないよぉ……』

 

 僕と奏は、中学3年間と高校1年間を過ごしたから分かるが、操緒は中学1年間すら過ごしてないから当然分からない。……いやまぁ、塾とかで既に勉強しているなら別だが、操緒はそんなところ行ってなかったし、行かずに遊びまくっていたのだ。

 そんな操緒に教えるのは、僕の役割だ。

 

「いいか、操緒。ここからここまでの範囲を和約すると……?」

 

『【私はその質問に答えを持っていない】?』

 

「違うって、この場合は【私はその質問に答えてもらった】だよ」

 

『何が違うのよー!?』

 

「だから、この用法が……」

 

というような感じで、僕自身の復習にもなるし、操緒の勉強にもなるため一石二鳥なのだ。僕が違っていた場合は、奏が教えてくれるから、問題ない。お陰で、僕が忘れていた部分も思い出すことができたし、そうそう変な問題が出ない限り大丈夫になった。……今の所は、中学の問題に関しては、だけど…

 一通りそれが終わったら、後は時間まで自由に過ごすようにしている。操緒は普段話せない分、嵩月母や祖母と話しに行ったり、僕たちと話していたりしている。

 奏は、お祖母さんに呼ばれる等の用事がなかった場合には僕と話していたり、自分の部屋に戻って休んでいたりする。

 僕はと言えば、特にすることが無くなったら、基本ペルセフォネの所に行くようにしている。嵩月家――特に八伎さん――に任せきりだが、本来は僕が面倒を見なくちゃいけないんだと思う。その事を嵩月父に話したら、

 

「なあに、そんなことは気にさんでええわい。お前が、世話できるなら元々任せとる。

 それが無理な内はわしらに任せとけ……!!」

 

 と非常に力強く言われてしまい、今はありがたく任せることにしている。まぁ、実際は、その話の最中に近くに来ていた八伎さんの僕たちに向ける視線がどんどん鋭くなっていったからだと思うけど……嵩月父の額にも冷や汗みたいなものが見えたし……

 そんなことを思いだしながら、現在ペルセフォネと遊んでいるわけだが……

 

「キュル?」

 

 どうしても、背中の翼に目が行ってしまう。あの時は、無我夢中だったから気にしなかったのか、それとも気にしないようにしていたのか――出来る訳ないと今なら思えるけど――自分でも分からないが、とにかくペルセフォネの背中に乗って飛んでも平気だった。だけど、今こうして思い出してみると……

 

「うああああああ」

 

 飛んでもいないし、足はちゃんと地面についていて、視点も低いのに、すごい恐怖感に襲われる。

 

「キュゥ」

 

 ペルセフォネが心配そうな顔?で僕の方を見てきているけど…逆に、何とも言えない感覚になる。

 僕がこんな状態になったのは、ペルセフォネに乗って空を飛んだからで、だけども別にペルセフォネは僕の指示にしたがってくれただけだから別に悪くもなんともない。それでも、どこか微妙な感情になってしまう。

 

 これじゃあいけないことは分かってる。

 

 契約者(コントラクタ)から拒絶された使い魔(ドウター)の行きつく先は、はぐれ眷属(ロスト・チャイルド)だ。そんな暴走体のような存在にこの子をさせる訳にはいかない。

 だから、

 

「高所恐怖症って治せるのかな……?」

 

 頑張ろう。

 何をどうとは言えないけど、とりあえず、

 

「屋上から校庭が見れるぐらいにはなろう」

 

「キュルルーー!!」

 

 先は長そうだ……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 時間になると、嵩月組から橘高道場へと向かう。ちなみに、夕飯は嵩月組で頂くこともあるし、向かう途中にコンビニで買って済ますこともある。

 奏とはここで別れる時もあるし、奏がついて来ることもある。なんでもお祖母さんに、

 

『他の流派も見て、今後の参考にするんやで』

 

 と言われたかららしい。まぁ、僕としては全然構わないどころか、むしろ嬉しいし、秋希さんや冬琉さん――会長って呼ぶのも今は変な感じだから――も『嵩月組のお嬢さんなら』ってことで納得してくれた。

 因みに、今日はお祖母さんたちとみっちり稽古の予定だそうで、半泣きの表情の奏と涙交じりの別れだった。道場に向かう奏の背中には大きな翳があり、BGMにはドナドナが流れていそうな別れ。

 ……あの奏が毎回そこまでの表情になる内容に興味もあるけど、僕自身自分のことで一杯だし、藪を突いて蛇どころか龍とかが出てきては困るので、聞かないようにしている。

 そうして、着いた先では、

 

「遅いぞ」

 

「すみません」

 

「まぁ、良いじゃないの秋希ちゃん。まだ時間より10分は早いわよ」

 

「それでも、だ。女を待たせるような奴はもてないぞ」

 

「あら、でも、夏目くんは奏ちゃんと相思相愛なんだから。他の娘にもてなくとも気にならないんじゃないかしら…?」

 

「ふむ、ならば愛想を尽かされると言うのはどうだろう…?」

 

「あら、それなら良いわね」

 

 何故か僕を話のダシにして盛り上がる姉妹を横目で見ながら、準備体操――出来るうちにやらないとさせてもらえないから――をする。それが終わると、道場に置いてある木刀を手にとって軽く素振りをする。

 だが、この道場ではあまり意味はない。ここでの鍛錬の仕方は、ひたすら模擬戦をすることなのだから。勿論、最初のうちは戦い方など全く分からないから、戦いにおける心構え、足の運び方、重心の移動のさせ方、等々の戦いにおける必須事項を多少――本当に多少――教えてもらった。

 だが、それをある程度習得したと判断されると、本格的に模擬戦に参加させられるようになった。といっても、ほとんど何も出来ずに2人に叩かれまくって終わるのだけど…

しかも、僕が以前一巡目の世界で冬琉会長に教わった事を見抜いたのかどうか分からないけど、僕が二人から主に教えられているのは二刀流だ。

 だけど、最初から二本使って戦うのが前提という訳では無い。僕がやっている模擬戦の仕方は、最初の1時間は使っていい木刀は一本だけ、その後の1時間は必ず2本使わなければならず、最後の1時間は開始の時点では無手だが、道場内にあるものなら何でも使っていいという対戦形式。

 なんでも、初めのうちに適性のある得物や使い方を絞っていくために行うのだそうだ。それがある程度決まれば、本格的にその方向性で鍛えていくそうな。正直言って、初めにこの説明を聞いた時は自分の耳を疑った。そんな方法よりも、もっと基本的な所から重点的に教えて欲しかったから。操緒に確認の視線を送るが、

 

『へー、凄いねー』

 

 と感心しているばかりで、それが本当なのかどうか分からなかった。

 次に、周囲の門下生の方々――といっても、来ている日や来てない日がある――に視線を向けると、

 

『…………………』

 

 揃って、僕に憐みの視線を向けてくれた。なんでも、後から聞いた話だと、このやり方はよっぽど期待されている人か、さっさと出て行って欲しい人に対して行われているらしく、

 

「さぁ、始めるぞ。夏目智春」

 

「ふふふ、頑張ってね~」

 

 二人の態度を見る限りでは前者だったらしい。実際、二人の僕に対する扱きぶりは他の人たちとは段違いで激しかった。

 当初は、僕が他の人よりも段違いに弱いからそう見えるのだと思っていたけど、違うらしい。

 

「あの2人には期待された方がまずい」

 

 とは先輩方の言。なんでも、期待している分強くなって欲しいという想いが大き過ぎて門下生に対してかける負担が大きいんだとか。それでも、それを乗り越えることができたら確実に段違いに強くなれるらしい。それを聞いて凄く逃げたい気分になったが、やる気が出てきたのも事実だ。正直言って、時間は余り有るとは言えない。だから、短時間で強くなれるのなら、なれるところまでなっておきたい……それでも、時々逃げ出したくなるけれど…

 そんなこんなで、今日は他の門下生の方々がいないので、ひたすら秋希さんと冬琉さんから扱かれる。こちらがどれだけ反撃しようとしても、向こうにとっては全て予想済みの結果らしく僕の攻撃は全く届かない。逆に、攻撃した隙をつかれて僕が攻撃を受けてしまう。

 

「グ!」

 

 それによって怯んでしまいそうになるが、何とか怯まずに次に来る攻撃を避けようとする。が、

 

「ほう、怯まなかったのは偉いが、足が止まっているぞ!!」

 

 秋希さんにとっては止まっていると判断できるほどに遅いらしく、二刀を使った攻撃が嵐の様に僕に襲いかかってくる。それを、僕も持っている二刀で合わせるようにして受けようとするが、

 

「遅い!!」

 

 秋希さんの攻撃の方が断然早い――それでも、大分手加減されているのが分かる――。初撃を止めたとしても、流れるように二撃、三撃と繋がって怒涛の如き勢いで連続して撃ち出される。僕も何とか反応しようとするが、初撃を受け止めた状態で腕が固まっており、次に繋がらない。二撃目はもう一刀で受けることができたが、そこから先の三撃以降には全くと言っていい程腕がついていかない。こちらの防御が間に合う前に、秋希さんの攻撃が僕に届く方が速い。

 その連撃から逃げるため、断念していた回避へと体を移行させようとするが、

 

「阿呆…」

 

 無理矢理変えたせいで体勢が崩れ、致命的な隙が生じてしまう。かなり呆れながら――それでも手を緩めることはしない――秋希さんが木刀を振るう。当然避けられるはずもなく…

 

「グハッ!!」

 

 もろにくらって壁際まで吹っ飛ばされる。

 

「ク…」

 

 何とか体を起こそうとする僕の眼前に空気を穿つ音と共に木刀の切っ先が突き付けられる。

 

「…参りました…」

 

 

「だから、言っているだろう…!!

 避けるか受けるかどちらかにしろと!!」

 

 終わった瞬間から、反省点や改善点、それに――ほとんどないけど――良かった点などを片っ端から挙げられていく。

 

「はい…」

 

「勿論、途中で切り替えることも大事だ。だが、お前はまだそれを上手く出来るわけではない。だから、受けるなら受け切れ、避けるなら無様でもいいから全て避け切れ」

 

「分かり、ました」

 

 言っている秋希さんや冬琉さんは全く息切れしていないが、僕の方は限界に近い。一応時間は1時間なのだが、大抵僕が5分以内にぶっ倒れる。長くても10分に届くかどうかといったぐらいだ。

 そして、残りの時間は秋希さん達からの口頭での指導が終わった後は、それを踏まえての再びの模擬戦である。だから、実際は3時間のうち1時間ごとの区切りでは無く、30分程度ごとの区切りと考えていた方がいい。

 平日は一応時間になったら終わるけど、休日だと朝から晩までこの方式だ。朝のトレーニングよりも、正直言ってこっちの方が何倍もきつい……高校入学までに死なないといいなぁ…

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 橘高道場での鍛錬が終わって、家に帰ると大体午後10時ぐらいになっている。課題は終わらせてあるので、風呂に湯を張り、すぐに入る。風呂からあがったら、翌日の用意をしてから、寝床にもぐりこみすぐに眠る。この時に操緒が話しかけてくることが多いので、実際はすぐに眠ることはあまり出来ないが、それが寧ろいい気分転換になっている。

 そうして、僕の一日は過ぎていくようになった。以前の生活とどっちがマシかと聞かれれば、当然今の生活だと答えるだろう。前は、普通に部活をして、クタクタになりながらも帰って課題を済ませて、夕飯を食べて、遊んだり、操緒と話したりして時間をつぶしていた。

 勿論、悪くはなかった。

 だけど今みたいに、自分の意思で何かをなしているというような充実感がなかったのも事実だ。今は、以前とは違って段違いに疲れるし、小遣いの問題などもある。だけれども、前とは比べ物にならないほど充実した毎日を過ごしている。だから、どれだけ周囲の人に僕の生活がおかしなものだと言われたとしても、僕は変える気は全くない。寧ろ、他の人に勧めるような気がするほどだ。

 


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