何かあったんだろうか?
奏
漢字で書けば一文字で、平仮名にすれば三文字。それは、両親が私につけてくれた大事な名前。そして、私と彼とを繋いでくれる大事な言葉。普段は名字で私の事を彼は呼ぶし、私も彼の事を名字で呼ぶ。
そこに、不満はない。
ううん、嘘。
表に出さないだけで、大いに不満はある。
だけど、隠さなきゃ私たちの身に危険が襲いかかってくるのも知っている。以前の世界で彼――智春くん――は佐伯会長から、散々私との契約について注意されていたから。私には聞かせないようにしていたつもりだったのだろうけど、私は知っている。明らかに私の方を意識しながら話していたのだから、気付かない方がおかしいと思う。
だけど、そんな忠告を無視して、彼に好意を向けている
嬉しかった
水無神さんには悪いとは思ったけど、私が彼の一番なんだと確信できたから
雌型悪魔である私は人間とつながりがないと生きていけない。だけど、自分は初めからそのつながりを求めていなかった。他人に迷惑をかけるぐらいなら、というやつだ。そんな風に過ごしてきた私が初めて惹かれた
きっかけはよくある小説のようなものだったかもしれない。
第一生徒会に捕まって、処刑されかかった私を助けてくれた。
彼の中では、友達を助けたという感覚だったのだろう。彼らしいと言えばそれまでだ。だけど、それがきっかけで私と彼の仲が縮まったのも事実。
それからの行動は、初めは恩返しのつもりだった。助けてもらったのだから自分も彼を助けないといけない。それだけのつもりだった。勿論、好意が全くなかったわけではない……と思う。だけど、その時の私はそれを好意だとは思っていなかった。ただ単に、護りたかっただけなんだ。悪魔や
私たちの力は人の想いの結晶。
智春くんは優しい。
嫌いな人はいるだろうけれど、基本誰に対しても優しい。そんな彼が私たちの真実を知って無事でいられるとは思えなかった。
……だけど、彼はそれを乗り越えてくれた…
本当の意味で私たちの事を考え、悩んでくれた。それからだろうか、私の中で彼に対する想いが明確に形作られていったのは。
彼を護る。
それがいつの間にか、彼に護られたい、互いに支え合っていく存在でありたい、という想いに変わっていった。
だけどそのころには私も非在化の兆候が出始めていて、想いを伝えるのは彼に対して重石になると思っていた。そんな時に、彼の前で急激な非在化を起こしてしまったことがある。実際、自分でももう駄目だとその時は諦めていた。
だけど、そんな中で声が聞こえた。
――嵩月!!――
誰よりも私の事を想ってくれている声が……あの声が聞こえたからこそ今私は此処にいる事ができる。
ああ、そっか。
私たちはもう、あの頃から互いに助け合っていたんだ。
そんな最中で一巡目の世界へと飛ばされた。結果的には、智春くんとつながることができて、私にとってはマイナスばかりではなかった。まぁ、戻ってくる途中でこの世界に飛ばされたのだから、判断に困る所ではあるのだけれど…
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
こっちの世界で過ごしていた私の日常は再び灰色に染まっていった。つながれた彼との絆は断ち切られ、私は再び独りになった。
だけど、以前のような真っ暗な生活とは違う。私には希望があった。小学校は無理でも、中学には会うことができるかもしれない。出来れば小学校のうちに会いたかったけど、探しても見つからなかったし、家の事もあったから途中で断念した。
それに、やり直す機会が得られたのは私にとっても幸いだ。お母様は、私が小さいころから魔力をよく使っていたから、以前の世界では私が高校に入学する前に非在化してしまった。だから、今の世界では可能な限り魔力を控えてもらっている。
そのお陰か、お父様と過ごす時間も増えて消えていった記憶以上に、新しい記憶をつくっている。だから、当面非在化の心配はしなくていいと思う。
そんな生活の中で唐突に感じた胸の高鳴り
言葉では言い表せないほどの圧倒的な歓喜
自身の胸の奥から止め処なく熱い想いが溢れてくる。
その想いの中から、何かが突き破って出てきたそうにしている。
その衝動に身を任せると、
「キュルルーー!!」
私の……いや、私たちの
「ペルセフォネ」
どれだけ離れていても、この子がいるのなら私は大丈夫。だって、彼と私の想いの結晶がこの子なのだから。この時はまだ、智春くんに会っていなかったから不安でいっぱいではあったけど…
その後、お父様たちにばれたけど、智春くんのお陰でなんとかなった。私だけじゃどうにもならなかっただろうから、とても助かった。
入学式の日に出会った彼は、思っていたより背が低くて、子どもっぽい顔つきだった。だけど、確かに私と彼はつながっていた。彼は、私の知っている彼であってくれたのだから。
「……嵩…月…?」
そんな声が教室の入り口から聞こえた時は、すぐに駆けよって抱き締めたかった。だけど、自分がそうするよりも先に彼の方から私を抱き締めてくれた。
嬉しかった
自分の腕の中で泣いている彼は、誰よりも愛おしい人。私が生涯をかけて護り、護られていく人。そんな決意を、想いを、改めて思い出させてくれた。
その日、一日で彼の処遇が決まるとは思わなかったけど、それでも私には忘れられない思い出がある。
「嵩月…いや、お嬢さん、奏の契約者の夏目智春といいます」
そう、名前で呼んでくれた。今迄、一度だって名前で呼ばれたことはなかった。それこそ、契約する時にだって呼ばれなかった。
水無神さんや大原さんは、私よりも以前からの付き合いで仲が良いから納得していた。朱浬さんはそんな雰囲気、名字で呼ぶよりもなんとなく名前で呼びたくなるような感じの人だ。
ニアちゃんは、そもそもの名前が長い上に外国人だ。
アニア・フォルチュナ・ソメシェル・ミク・クラウゼンブルヒ
名字で呼ぶのは長いし、ニックネームみたいなもので呼ぶ方が自然な気がする。彼が親しい人たちなら、まだ納得がいった。
だけど、
(ひょっとしたら私の思い違いの人もいるかもしれないが)冬琉会長に、六夏会長、瑶さん、ついにはGDの千代原さんまで名前で呼んでいた、と思う。それなのに……私だけずっと名字で呼ばれているのが気になった(佐伯さんは智春くんが苦手だから――本人から直接聞いた――だと思うけど)。
何で私だけ名前で呼んでくれないの……?
出来るだけ考えないようにしていた。考え出したら、気にし始めたら、自分で自分を抑えられそうになかったから。
それでも、どうしても考えてしまう。
私は彼に認めてもらえてないのか…彼は私を友人だと思ってくれていないのか…ただ単に自分にとって都合のいい存在だと思っているんじゃないだろうか…
思考はひたすら負の大渦に呑み込まれていっていた。
そんな彼が、初めて私の事を名前で呼んでくれたのだ。嬉しいなんてものじゃない。自分で自分が分からなくなるほどの熱に頭が犯されていた。今でも、彼から名前で呼ばれる度に彼への想いが溢れ出そうになる。
分からないように過ごしているけれど、どうしても反応が遅くなっているから、ばれてるかもしれない。それはそれでいいのだけど……
だから、私にとって名前――奏――は大事なもの。
親からもらった大事なものというだけじゃなくて、私と智春くんの想いの証。そう思ってるのは、私だけなのかもしれない。けど、それでもいい。彼が私の名前を呼んでくれる、それ以上に大事なものなんて今は考えられないんだから。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんな風に過ごしていたある日、
「ねぇねぇ、カナちゃん」
ふと名前を呼ばれた。今いるのは学校だからリッちゃんではないのは確かだ。
「…あ、大原さん」
振り向いた先にいたのは大原杏。今のクラスでも一緒で、何かと私に気をかけてくれている。普段は智春くんたちと一緒にいる私にとって、彼女は同じクラスの中ではよく話す方だ。そんな彼女は、今、
「むぅーー」
少々機嫌が悪い様に見える。
「あ、あの…」
「カナちゃん…?」
「は、はい」
「私の言ったこと忘れたの…?」
大原さんの言ったこと…?何だったっけ?ウンウン唸っている私を眺めながら、大原さんは溜息をついた。
「はぁー、名前」
「え…?」
「だから、名前で呼んでって言ったでしょ…!!」
「ああ!!」
そう言えばそうだった、彼女には名前で呼ぶように言われていたんだった。名前云々で色々悩んでいたんだから、忘れていた私が悪いのはよく分かる。
「……その様子だと、完全に忘れてたみたいだね…」
大きな溜息を零す大原…じゃなくて杏ちゃん。
「あ、あの…ごめん、なさい。
大原さ……じゃなくて、杏ちゃん」
私がそう言うと、
「うん、そうそう」
そう言って彼女は笑ってくれた。いつ見ても喜怒哀楽のはっきりしている人だと思う。……私も彼女みたいになれたらいいのにな…
「あの、それで、何の用…?」
「ああ、そうそう、あのね…
にこやかに私に話しかけてくる杏ちゃん。
今度皆で勉強会でもしない…?
というか、開いてくださいお願いします!!」
「勉強会、ですか…?」
その単語の意味は分かるけれど、何故それを1年生の今の時期に言うのか分からない。
「うん、そう。勉強会」
「あの…どうして?」
「いやぁ、この間のテストの結果が酷くてさー。親に見せたら、かなり怒られてね。
次のテストで10点ずつ上げないとお小遣いがしばらく減るんだよ~~」
「…………………」
どれだけ酷いのでしょうか。まだ1年生の初めの頃だから、そんなに難しい問題が出ているわけでもないし…それなのに、親にかなり怒られる点数とは一体……?
「だ、か、ら、クラストップの2人に教われば何とかなるんじゃないかと思って」
「あの、夏目くんも…?」
「うん、そうだよ」
さも当然のように言ってくる杏ちゃん。確かに私と智春くんは今の世界では2人揃って成績トップですけど……ある意味反則をしているようなものだから、あまり頼られても……
「まぁ、そっちにも色々予定があるだろうし、そっちの日程に合わせるからさーー」
「でも…」
渋る私に、杏ちゃんが不敵な笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「やってくれないんなら、あのこと言っちゃおうかなーー」
「え…!?
あ、あの、その…!!」
あれを今言われるのはまずい…!!何がまずいって、智春くんと私がしてきたことの意味が無くなってしまうから。
「ふふーん、言って欲しくないんでしょ…?」
「うー」
「そんな風に威嚇してきても駄目駄目。さぁ、どうするの…?」
こんな脅しみたいなのは卑怯だと思うけど…勝ち誇った杏ちゃんの顔を見ていると、自分が情けなく思えてくるのも事実です。
「……分かりました」
「やったー!!じゃあ、日程とかはまた今度ね!!」
そう言って、駆けだしていく彼女の姿を眺めながら、私は脅される原因になったあの日の事を思い出していた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その日は、私も智春くんもどちらも修練や鍛錬の無い日でした。私も智春くんも一週間に一回はそういう日は有るのですが、中々被らないのでお互い揃って休日というのは初めてでした。そんなある日のこと、
「「『デートをしてきなさい』」」
そう、私と智春くんに、お祖母様とお母様と水無神さんから命令が下りました。
「「はい……?」」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「「『デートをしてきなさい』」」
突然、僕と奏に向かってその言葉は飛んできた。全く前兆がなかったものだから、呆気にとられてしまった。だから、
「「はい…?」」
僕と奏がこんな風に呆けた表情で、間抜けな声をあげた事に対しても責められる謂われはないはずだ。
『こらそこ!!
なに間抜けな顔してるの!?』
それでもそんな風に声をかけてくるのは流石操緒だと思う。とりあえず固まっている奏は置いといて、話を進めよう。
「…いや、なにをいきなり……」
そう反論してみるけど…
『「…いや、なにをいきなり……」じゃ、なーい!!』
「……………………」
真っ向からセリフ自体否定されました。
『デートだよ、デート。別の言い方をするなら、逢引きとかランデブーとか…』
「いや、そんなことは分かってるから…」
『じゃあ、なに…!?』
何故か、自分がするわけでもないだろうに鬼気迫った表情で僕に語り……いや、怒鳴りかけてくる操緒。だけど、とりあえず話を聞いてくれるような状態になった。
「だから、【なんでデートをするのか…?】っていう…」
『【なんで】……!?』
僕の言葉を途中でぶった切り、髪を逆立てながら怒る自称僕の守護霊――正体は教えたから知ってるはずなのだが。いや、せめて話は最後まで聞いて欲しいのですけど操緒さん…
『恋人同士の二人がデートをするのに理由なんかがいるっていうの…!?』
操緒の言葉に同意するかのように、後ろで嵩月家の女性2人が大きく頷いているのが見える。
『今まで2人の様子をずっと見てきたけど、全くそうしようという気配が見当たらない…!!
そりゃあ、道場とか炎舞の稽古とかで忙しいのは知ってるけど、それでもいきたいと思うのが人情…!!というか、恋人同士になってから一度もその手の話が出てこなかったのには流石に驚いたよ……』
ジトー、と舐める様に僕の方を睨みつけてくる操緒。
「いや、だけど……」
反論しようとしても、
『だけど、なに…!?』
操緒の重く低い一言ですぐに黙らせられてしまう。
そりゃあ、僕だって今まで17年間生きてきて初めて出来た恋人で、しかも相手が奏なのだ。デートだとか、バレンタインだとか、今迄全く自分には関係のなかったそれらに興味がないと言えば嘘になる。むしろ、相手ができたことで期待感とかが増えて、今まで以上にその手の事に関して考えるようになっている。
しかも、あまり知らない相手という訳では無く、それなりに互いの事を分かり合っている奏が相手なのだ。期待しない方が無理だと思う。
それらのことを踏まえたうえで、デートに行きたいか行きたくないかと聞かれれば…
行きたいに決まってる
今までは、戻ってきたという衝撃に加えて、嵩月家への説明、僕は橘高道場への入門、奏は炎舞の練習というそれなりの事情があって、そう言った色恋沙汰に思考が向かなかったんだ……と思う。実際、そういう話をされて、考え出した今は行けるものなら行きたいという思いになっているんだし……
とはいえ、それを今更操緒たちにいっても何か変わるわけでもないから黙っておこう。
そんな風に考えていると、知らない間に操緒の演説は終わりに近づいていた。
『だーかーらー、二人とも欲が無さすぎなんだよ。何でそんなにストイックなの…?
犯罪者になるほど暴走しろとは言わないけど、もっと自分に正直じゃないと!!
そうじゃないと、いつか爆発しちゃうよ。こう、空気を入れすぎた風船が爆発するように、パーンと』
……なにがどうしてこんな話になったのさ…?さっきまでは普通に操緒の恋愛観を語っていただけだったような気がするんだけど…いつのまに人生観についての説教に……??
しかも、なんか後ろでは頷いてる人?たちもいるし…!!
『トモの答えは分かり切ってるから措いといて…』
おいこら、何分かったように勝手に納得してるのさ。
『だって、トモが私の言ってる事に返事もせずに黙って俯いてるんなら、自分で考えてその結果に納得したってことでしょ…?』
「…そうだけど……さ…」
何だかんだで、見透かされてる辺り、操緒らしいというか…
『じゃあ、別に良いじゃない。というわけで、奏ちゃんはどうしたいの…?』
僕を無視して奏に質問する操緒。ちなみに、最近、操緒は以前の世界のように奏のことを“嵩月さん”と呼ばなくなった。前と違って、僕がよく嵩月組に来るようになったことが原因の一つだとは思うけど、前の世界より操緒と奏の仲が近いように思えるから、僕としては嬉しかったりする。それだからか、操緒も奏に名前で呼んで欲しいと何度も頼んでいるのだが、照れているのかなかなか奏も操緒を名前で呼ぼうとしない。それ故か、操緒は奏が自分のことを見える時には積極的に話しかけている。今の状況がそうだ、という訳ではないけれど操緒の努力がいつか実ることを祈っておこう。
まぁ、そんなことは措いといて、
「…私も、行きたい、です…」
『オッケー、じゃあ奏ちゃんはお祖母さんお願いします。私はトモをどうにかしてくるので』
「ああ、まかしとき」
いつの間にか僕の意思を確認することなく進んでいた事態に僕はどう反応するべきなんだろうなぁ……
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
あの後、嵩月組から追い出された僕は操緒の言葉のまま家に帰らされ、デートの準備に駆り出されていた。
『前買っておいた服あったでしょ?』
「ああ、お前が選んでくれたやつか…?」
『そうそれ。とりあえずあれを着ていけば大丈夫だから』
そう言われて、黙々と操緒が以前選んでくれた服に着替える。そう、僕には準備といってもなんにも分からないから、操緒の言葉に従っているだけだ。まぁ、僕が選んで失敗するより可能性は低いだろうから全然いいのだけど。
『で、あとは財布とか時計とかハンカチ等々。大丈夫…?』
「ああ、その辺は大丈夫だよ」
流石にその辺りで失敗して、奏の世話になるのは避けたい。
『よし、じゃあ行こうか…!!』
僕が準備し終わったのを確認すると、操緒はそう言って壁をすり抜けてさっさと外に出て行ってしまう。
「って、ちょっと待て…!!僕は、まだ何にも聞いてないぞ…!!」
そう、デートをするとだけ言われ、準備のためだと言われて家に戻ってきたのだ。何時に待ち合わせだとか、どこに行くのかだとか、そもそもデートプランとかはどうなっているんだ?
『あー、それならだいじょぶ。とりあえず、私に着いてくればいいから』
「…ほんとだろうな…?」
『私たちを信じなさい』
(薄い)胸を張ってそう僕に答える操緒。……正直言って、信用できない。何だかんだで今まで真面目なことばっかりだったから、操緒もあんまりふざけることはなかった。だからこそ、だからこそ!!反動で、今回のような出来事に対しては凄いふざけそうだ。
まだ嵩月家の2人が参加していたからマシだと思うけど…だけど、ひょっとしたら逆に酷い事になるかもしれない。
……うん、考え出したらきりがないからやめよう。そう、考えに区切りをつけて――思考を停止したとも言う――ちゃっちゃと出て行ってしまった操緒の後を追いかけるようにして、僕は目的地に向かっていった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そうして、操緒に連れてこられたのは、
「……なぁ…」
『んー、なにー?』
「な、ん、で、ショッピングセンターなんだよ…!?」
そう地元で一番大きいショッピングセンター。ここに来れば、日常生活で使う大抵のものは揃うという便利な場所。いや、確かに映画館だとかゲームセンターだとかそんな感じのところは揃ってるけど…
それでも、デートで来る様な場所じゃないと僕は思うんだが…一応最初のデートなんだから、格好つけたいと思うのが男心だと思う。
『トモは分かってないなー』
そんな僕を馬鹿にするかのような目で――実際馬鹿にしているのだろう――見てくる操緒。
「なにがだよ…」
『こういう場所こそが2人にとっては一番なんだよ』
「なんでそうなる…?」
操緒の言葉など僕には全くもって意味が分からない…
『だって、トモも奏ちゃんも“2人”で“色々な事”をしてきたんでしょ…?』
その言い方には何か別のニュアンスが含まれているような気がするけど…
「うん、まぁ、僕たちだけじゃないけど」
『だったら、別に今更格好つける必要性も無いじゃない』
「そういうもんか…?」
『そうそう、だから水族館とか遊園地とかに2人で行ってバカップルする必要なんかないんだよ』
「いや、バカップルって…」
僕と奏はそんな風に見えるのか…?僕は自分がそんな風に見られていたとは全く思っていなかったんだけど…
『普段はそうは見えてないから。
僕の顔から感情を読み取ったのか、操緒が話しかけてくる。
でも、2人きりにしたらいちゃつきだすでしょ…?』
「そんなことするわけ…」
いや、絶対にないとも言い切れないか……主に僕が原因だと思うけど。
『ほら』
勝ち誇ったように操緒が笑っている。
「…………………」
特に言うことも無いので黙ったままでいる。操緒が調子に乗ってより一層喋り始めるだろうけどそこは我慢だ。
今まで気にしていなかったけど、僕が今いるのはショッピングセンターの入り口の広場で、しかも時間は休日の昼前ぐらいだ。当然人が大量にいる。そのお陰で操緒との会話も思ったよりも変な目で見られているという訳ではない。とはいえ、あくまでも“思ったより”なので当然僕の事を不気味なモノでも見たかのようにそそくさと離れていく人もいる。まぁ、そんなに気にするほどのことでもないし、何より今は、操緒から繰り出されるマシンガントークを無視して、この後奏とどうすればいいのか考えなければならないのだ。だから、周囲の事は気にならない。
操緒の声は…気にしない…!!
そうして待つこと30分。時刻は正午になろうかというぐらい。
「あ、あの、お待たせしました」
そんな言葉が僕にかけられた。それに反応して顔をあげた僕の視線の先には、
「ど、どう、ですか…?」
どことなく不安そうな表情の奏。そんな彼女の身を包んでいるのは、淡い水色のロングのワンピース。その上から薄手の白の長袖のカーディガンを羽織っている。それに、いつもは後ろで一括りにしてある髪をおろしている。
奏の私服は高校時代に何度か見たことはあるが、こんな雰囲気の私服を着ているのは見たことが無い。なんというか、お祖母さんたちナイスです!!
『うわー、可愛いー。どこかのお嬢様って感じ』
操緒の言うように、いつも以上に清楚さが増しているし、以前から感じていた大人っぽさが少し減り、逆に年相応の可愛らしさが滲みだしていた。
「うん、可愛いよ」
そう自然と言葉が出てくる。
「あ、ありがとうございます」
そんな僕の言葉を聞いて、頬を染めて照れる奏。可愛いなぁ、僕の彼女。出来る事ならいつまでも観賞していたいけど、一応デートなんだから動かなきゃいけないんだろう。
「で、どうすりゃいいのさ…?」
『どうする、って…?』
「惚けるなよ。ここまで連れて来といて後は知りませんってわけじゃないんだろう」
流石に操緒がこんな性格でも、嵩月家の女性陣も一緒に言ってきたのだから何か考えているのだろう。と、思った自分が馬鹿だった。
『うんそう。私は後は知らないから、どうぞご自由に~』
「……は…?」
『じゃあね~』
僕が呆けている間にサッサと姿を消してしまう操緒。こうなったらいくら声をかけても無駄だろう。
「あ、あの…」
そんな風に呆けてる僕に奏が声をかけてくる。
「あ、ああ。ごめん、ぼうっとしちゃって」
「い、いえ、それはいいんです」
「?
じゃあなに…?」
「操緒さんは…?」
「あー……消えた」
「え…?」
今度は逆に奏が呆けた顔になる。ということは、奏自身お祖母さんたちから何も教えてもらえないままここに来たんだろう。
「ここまで連れて来といて、特に何か指示するわけでもなく、消えやがった…」
「……………………………」
「………はぁ……」
とはいえ、このままずっとここにいる訳にもいかないだろう。時間も時間だからどこかで昼食をとりながらこの後の予定でも話し合った方がよさそうだ。
「とりあえず、どこかで昼ご飯でも食べようか。その後の予定はそこで話し合えばいいし」
一先ずその事を奏に伝える。
「あ、そうですね」
「ああ、それと…」
「??」
不思議そうな顔になる奏。行くのなら早く行こう、という顔だ。確かに昼時のこの時間だ、早く行かないとどこの席も埋まってしまうだろう。それでも、これだけは言いたいし、確認しておきたい。
「今日一日よろしくね、奏。というか、奏って呼んだ方が良い?
それとも嵩月って呼んだ方が良い?」
今後の事を考えるなら後者なのだろうけど、これはデートなのだ。例え半強制的に始まったものだったとしても、奏との記念すべき初デート。だから、名前で呼べるなら呼んで今日一日を過ごしていきたい。今の僕には普段の仮初の関係と本来の関係との区別はこの呼び方が一番だから。
「奏、で、お願いします」
「うん、分かったよ。じゃあ、行こうか奏」
そう言って、僕と奏はショッピングモールを歩きだした。手と手が触れ合うことは無い。だけど、お互いの手は触れるか触れないかの距離で彷徨っている。それが、何ともいじらしく思えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
時間帯が昼時ということもあり、僕と奏は昼食をとることにした。とはいえ、中学一年の僕らにはそんなに自由に使える程所持金があるわけでもない。
それにこの後どこに行くかを決める際に、所持金の量は重要事項の一つになるだろう。であればあまり金銭を消費したくない。そういった思考の結果、僕たちが一先ず落ち着いたのは、
「ごめん、こんな所で」
「いえ……私も、あんまり来たことないから……」
ショッピングモール内の某ファーストフード最大手店だった。意外な事に、奏はほとんどこの類の店に来た事が無いらしい。だけどまぁ、改めて考えてみると、あの両親や祖父母、それに一緒に暮らしているであろう構成員の人たちと奏が、一般的なファミレスやレストランなどで外食している姿は中々想像しにくいものがある。
……逆に、和風の高級料亭だとかは凄く想像しやすいんだけど。もし、家族で一緒に行けたとしても周囲は恐らく構成員の方々で警護されていることだろう。
それに、こちらの世界でも奏は友人と呼べる存在がほとんどいなかったらしい。だから、そういった子どもたちだけで遊びに行ったりすることもなかったのだろう。自分1人でも外食はほとんどしていないらしい。まぁ、小学生が1人でうろついていても、今の時代どうなるか不安だからそれについては別に問題ないと思う。
とはいえ、友人がいなかった事に思うところが無いわけじゃない。だけど、それは奏が選んだ生き方で、悪いことか良いことかは僕が決めることじゃない。けれど、出来るだけ奏には普通の生き方をしていって欲しい。僕の勝手な想いかもしれないけど、こんな命のやり取りが日常になっている世界で生きていくよりは、きっと安全だろうから。
まぁ、そんなことも分かった。その事について色々思うことが無いわけでもないが、体は注文したものを代金と引き換えに受け取り、奏がとっていてくれているはずの席へと向かう。休日の昼時ということもあって、店内には家族連れから、友人同士で遊びに来ているであろう学生のグループや(僕らのような年齢より少し上の)カップルたち等々、様々な年齢や構成の人たちで混み合っている。
席が取れているかどうかは不安だったけど、幸いにも2人掛けの席が空いていたようで、奏はそこに座っていた。
窓際の席に座ってぼんやりと外を眺めている奏。
傍から見ればそれなりに画になったことだろう。だけど、周囲の喧騒でそれも分からないものになっている。……正直言って、個人的には凄くありがたい。見知らぬ他人が奏に興味を持つことがないのだから。
そんな風に、奏に若干見惚れながらも、
「お待たせ。ごめん、遅くなっちゃって」
僕は彼女の正面に座る。
「いえ、だいじょぶ、です」
僕たちが頼んだのは、所謂セットメニューというやつだ。ドリンクとハンバーガー、それにポテトを付けた奴。そんなに高くもないから財布にも優しい。
「……でも、ほんとにそれで良かったの……?」
奏はあまり来た事が無いから、メニューも何が美味しいとか、どれが高いとか、量が多いとかの情報を知らなかったのだ。そんな彼女がとった方法は、
「智春くん、と同じのを……」
そう、僕任せ。いや、こんな些細なことでも彼女に頼られるのは嬉しいのだけど、僕の好みと奏の好みが合うとは限らないし……それでも、
「はい、美味しい、です」
奏の笑顔が見れただけ良しとしよう。ハンバーガーを咥えたまま、うっかり見惚れてしまった僕を誰が責めれるだろうか。僕が呆けているうちに奏は、ハンバーガーを咥えたまま、
「むー」
何やらポテトを見ながら考え込んでいる。とりあえず、食べるか悩むかどちらかにした方がいいと思うのだけれど……慌てて我に返り、誤魔化すように僕も自分の分急いでを食べ進める。そのせいか、サッサとハンバーガーも食べ終わり、勢いのままにポテトに手を伸ばした時だった。
「あ、あの」
「?」
奏が声をかけてきた。なんだろうと思って正面に目を向けると、
ズイ
と、ポテトが口元にまで伸びてきた。
「……え……?」
呆気にとられて固まってしまう。というか、頭が現実に追いついてこない。いきなり前振りも何も無く、眼前に食べ物が出現したら誰でもそうなると思う。そんな風に動かない僕を無視して――あるいは分かっていても気にしないのか、分かっていないのか――奏は次の行動に移る。
「あ、あーん」
「…………………」
あれか……!?
前の世界――1巡目――で樋口に入れ知恵された時のような……!!
思考停止して固まる僕――たっぷり30秒は固まっていたであろう。よく見ると、奏自身も顔が赤くなっている。
ああ、奏も恥ずかしいんだなぁー
いや、食べて欲しいなら置いてくれれば普通にそこからとって食べるんだけど……
などと、どこか達観した自分が冷静に状況分析している。とはいえ、
「うー」
奏も段々と涙ぐんできている。人がたくさんいる場所でこれだけの事をするのは、流石に奏にはハードルが高すぎたようで……周囲の人たちからも、憐みの視線が奏に対してはきっと向けられているんだろう。疑問形なのは、僕自身周囲に気を配る余裕が全くないからだ。
や、やっぱり僕が食べなきゃいけないのかこれは!?
そろそろ涙ぐんだ顔が崩れ、泣き出しそうになっている。ええい、消えされ僕の羞恥心。
「あ、あーん」
僕が口を開くと、奏は泣き顔から一転して、花が咲いた様な笑顔になり喜々として僕にポテトを食べさせてくれた。一回で終わると思って安堵してた僕につきつけられたのは、その後も機会を見計らっては僕の口元に伸びてくるポテト。初めは戸惑っていたけど、途中から何も感じなくなったのは一男子学生としてどうなのか……途中からポテトの味なんて、全く分からなくなってたし。
後から聞いた話だと、
『恋人同士でデートに行って食事をするなら【あーん】は外せません』
などと、母親から熱弁されたらしい。それをまともに受け止めるのもどうなんだろう……?
注文したものもあらかた食べ終わり、今は今後の予定について話し合っている。
「じゃあ、どこか行きたい所とかない……?」
「行きたい所、ですか?」
「うん。僕は結構来てるから大体の店の場所なら分かるし……」
「むー」
「そんなに真面目に考えなくても良いよ。デートなんだから楽しめればいいんだから」
何事にも真面目に取り組むのは奏の美点だとは思うけど、今はそこまで真剣にならなくても良い。ふざけて言ってくれた方がこっちとしても気楽に返せるし。別に、普段から奏が気負ってるというつもりはないけど……
「あ」
何か思いついたのか声をあげる奏。
「うん?どこか行きたい所でもあった……?」
「はい」
思っていたよりもはっきりとした返事が返ってきた。その事に軽い衝撃を覚える。悪いとは分かっていたけど、こういう時奏はあんまり自己主張しないものだと思っていたから、僕が決めることになるのだろうと思っていた。だから、奏がこうもはっきりと意見を言ってくるとは思わなかった。
悪い事じゃない。寧ろ、良いことだ。その事に、どことなく父親が娘の成長を喜ぶとはこういうことなのか、と悟ったような気分――本当かどうかは知らないけど――になる。
「へー、どこ……?」
そんな思いは顔に出さないようにして、普段通りに奏に話しかける。
「あの、――です」
「いいよ、じゃあそこに行こうか」
だけど、後からこんなふうに軽い返事をした自分を呪ってやりたくなったのは当然だと思う。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなわけで、
「わぁ」
一目散に顔を輝かせて店内へ入って行く奏。
「あのー、奏さん……」
僕の声ももう届かない所にまで入り込んでしまっている。そうなると、店先に一人取り残されるわけで……
「――――――」
周囲から無言の視線――好意的でない――が突き刺さるのがよく分かる。それが好意的ではないということも。
奏さん、取り残される方としては、少しはこちらのことも考えていただきたいのですが。とはいえ、いくら契約しているからといって、そんな思考が黙っているのだから伝わる訳もない。逃げ出したいけど、奏一人残して外に出る訳にもいかず……
はぁ、しばらくはこの視線に耐えなきゃいけないのか
と、思った矢先。
「あの、智春くん」
奏が戻ってきた。お陰で周囲からの視線が少し柔らかくなったのが分かる。
「行きましょう」
「う、うん」
珍しく奏の方が僕を先導している。いや、この場所で僕が先導してもそれはそれでおかしいだろう。なんせ、今僕たちがいるのは
ファンシーショップ
男性が率先してはいる場所ではない事だけは確かだ。
「わー、かわいい……あ、こっちも……」
僕自身はやることが無いから、ぬいぐるみを物色している奏の傍にいるだけだ。たまに意見を求められるが、
「うん、かわいいと思うよ」
ぐらいのことしか言えない。正直言って、ぬいぐるみのことなんて全く分からない。それでも、あからさまに否定するのは奏の趣味を否定してるみたいだし……かといって、奏の趣味は諸手をあげて賛同するほどでもないのだ。入ってしばらくは普通のクマとか、犬とか、ウサギとかを物色していたのだが、段々と人が余り寄っていないスペースに移動していた。
そこは爬虫類とか海洋生物――ラッコとかイルカみたいなメジャーなものではない――のスペースだった。基本、デフォルメ化されているからあからさまなものはないんだけど……
「……これ、星、か……?」
奏に渡されたぬいぐるみのうちの一つを眺めながらつぶやく。そんな独白が聞こえたのか、
「違います」
「うわっ!?か、奏……?」
いつの間にか近くに寄ってきていた奏が、やんわりと僕の言葉を訂正する。
「これは、ヒトデです」
「ヒトデ……?」
「はい、ヒトデ、です」
「………………」
あまりにも自信満々に言うものだから、納得されかかった。そして、黙り込んだ僕を見て納得したと思ったのか、奏は再びぬいぐるみを物色する作業に戻って行く。
「……ヒトデ……?」
もう一度手元にあるぬいぐるみを覗き込む。確かに、星にしては色が派手だし、真ん中には口?みたいなものが描かれている。……正直、あまり可愛いとは思えないけど……初めてこっちの世界に来てから、奏のことに対して疑問を覚えた瞬間だった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
結局あの店では、ヒトデ?と蜥蜴?のぬいぐるみを購入し――勿論出費は僕の財布から――、今は映画館に向かっている。時間も空いたことだし、奏も特に行きたい場所が無くなっていた。それなら、映画館もあるのだから、ということでウィンドウショッピングをしながら映画館に向かっている。途中、興味が惹かれるものがあったら寄ってみることにしていたけど、今のところ僕も奏もそういった所はない。だから、とりとめのない会話をしながら映画館に足を進める。
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結局互いに興味が惹かれるものがあまりなかったようで映画館についてしまった。で、問題は何を見るかという事なんだが……
「……【Demon Hunter】、【何はともあれ金!!】、【機巧少女マキナ】、【君と同じ日】か」
……正直言ってタイトルを見て頭が痛くなったのは僕だけだろうか?
【Demon Hunter】のスポンサーは佐伯グループ
【何はともあれ金!!】のスポンサーは洛芦和高校第二生徒会
【機巧少女マキナ】のスポンサーは王立科学狂会
一つだけマシなものがあることに感謝するべきなのかどうか……非常に悩む。分類で分けるなら、一つ目がSF、二つ目がコメディ、三つ目がアニメ、四つ目が恋愛、といったところだろうか。
これなら、来ない方がよかったんじゃないかとも思う。
「奏は、どれが見たい……?」
同じように困った顔になっている奏に聞いて見る。といっても一つぐらいしか選択肢はないんだけど……
「【君と同じ日】、で……」
「……それしかないよね」
「「……はぁ……」」
自然、2人揃って溜息が漏れる。それにしても、こんな所まで影響してるなんて思わなかったな。思考が変な方向に向かいそうになるのをぎりぎりで食い止める。
とりあえず時間はちょうど良かったので、券とポップコーンなどを買って指定された席に向かう。せめてこれはマシであってくれ……!!
結論から言おう。
良くも悪くもなかった。
ストーリー自体は悪くなかった。病気で余命数カ月のヒロインが云々、といった所は凄いベタだとは思ったけど、その後の超展開は見ていて面白かったし、以前の奏の事があったからどことなく共感できた。
だけど、演じている役者が凄い下手なのだ。棒読みが6割ぐらい入っているし、表情とセリフがあっていない。
だから、
「うーん」
「……………………………」
僕は頭を捻っている。僕は結果が不十分だったため、満足できなかったからだが、奏は違うらしい。今日一日楽しそうにしていた雰囲気から一転して、翳を背負っている。
「智春くん」
映画館を出て、近くにあった広場のベンチに座りながら話しかけてきた。
「覚えてもらえてる、って良いですよね……」
「………………」
そんな彼女の言葉に僕は黙っていることしかできない。映画の最後でヒロインは死ぬ。
だけど、その時のセリフが、
『私が死んでも、貴方は私を覚えていてくれるでしょ……?
それだけで私は十分よ』
といったセリフだったのだ。月並だろうし、よくある言い回しだと思う。
だけど、悪魔との恋愛でその言葉は重い。悪魔が非在化して死んでしまう時――勿論寿命で死ぬこともある――、想い人との絆は限界まで薄くなってしまっている。
雄型悪魔の場合は相手の事を忘れてしまう。
だから、自分が何故消えていくのかもよく分からないまま消えていくのだろう。
雌型悪魔の場合は相手が自分の事を忘れてしまう。
実際は、雄型悪魔の様に忘れるという訳ではないのだろう。加賀篝もクルスティナさんの事を忘れたわけではなかった。ただ記憶が記録になってしまったのだろう。契約者は相手と自分がどのように過ごしてきたのか覚えている。ただ、そこに何の感情も見出せなくなってしまうのだ。
一方の悪魔は全て覚えたまま消えていく。
どちらも、世界のシステムになってしまっている以上僕たちにはどうしようもない。だけど、一般の人間同士の恋愛のようにいかないのだ。
「智春くんは、覚えててくれますよね……?」
「当たり前だよ」
僕も奏もそうなってしまった悪魔を以前の世界で見てきた。
クルスティナさんと加賀篝、鳳島蹴策と氷羽子の兄妹、以前の世界での社長。彼らの姿が目に浮かぶ。
「それでも、不安なんです。いつか、私も、忘れられてしまうんじゃないかって……」
「そんなこと……!!」
「分かってます」
「奏……」
奏はあくまで静かに語っている。
「分かってます、けど、不安なんです……」
それは、僕に負担をかけない為か、自分で抑え込んでいるようにも見えた。よく見れば、隣に座っている彼女の肩が震えている。僕が思っていた以上にさっきの映画は奏の不安を煽ったものだったみたいだ。
「大丈夫だよ。例え、奏との想い出を忘れても、それこそ今日の事を忘れたとしても、また新しい想い出をつくって行こう。これからそんな機会はいくらでもある」
奏をそっと胸の内に抱きしめる。嫌がる様子もなく、僕に抱かれたままになっている奏。胸が湿ってきていることには何も言わないでおこう。
僕が言ってることは奏の不安を払拭するものじゃないし、一時的なごまかしなのかもしれない。
それでも思ってることは本心だ。想い出が失われていくというなら、新しく作ればいい。奏に対しての気持ちが冷めていくというのなら、再度彼女に対しての想いを熱く熱していこう。そう、改めて誓った。
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暫く経って、奏も泣きやんだけど顔を胸に埋めたままだ。幸い周囲に人があまりいないから良いけど、こんなとこ誰かに見られたら……
「あ」
そんな風に思った時だった、その声が聞こえたのは。
ギ、ギ、ギ、ギ、ギ
錆び付いた機械の様に首を動かしてそちらの方を見る。そこには、
「へー、夏目くんと嵩月さんってそういう関係だったんだー」
僕たち2人を見ている大原杏という少女の姿があったのだった。