闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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珍しく5千字ちょっと。
まぁ、特に話を合成したりしていないからなんですが。


7回 発端は誰?

「勉強会……?」

 

「はい」

 

 普段通り、嵩月家に集まった僕と操緒、それに帰宅した奏の3人で勉強をし始める前に、突然、奏の口からそんな単語が飛び出してきた。

 

「誰がそんなこと……」

 

 奏の口から飛び出てきたのは“勉強会”という単語。そんな普段の僕らの会話からは出てこない単語に、操緒と2人、揃って首を傾げる。

 僕と奏の2人の会話だったらそんな話は出てこない。普段から一緒に勉強しているという状況にあるし、何より変に人数を増やすよりも、3人でやる方が効率的だというのもある。仮に、操緒が解放されていたとしてもないだろう。

 操緒も今は僕と奏が先行し過ぎているだけで、中学一年の今の時期に習うべきことはとっくに習得している。それに、『勉強会をわざわざやるぐらいならどこかに遊びに行きたい』と操緒なら言うだろう。もしも、そこに樋口が加わっても同様だ。何だかんだで僕たちもあいつも成績は――今のところ――良いから、わざわざ勉強しようというよりはどこかのオカルトスポット巡りに連れて行かれるはず。

 そうなると残りの選択肢は割と限られてくるが……

 

「……あの、杏ちゃんが」

 

 遠慮しつつもはっきりと奏の口からこぼれ出たのは、予想外ではあったけど、十二分に納得がいく人物の名前だった。

 

「ああ」

 

 その答えを聞いて納得した。確かに、杏の成績が良いという話を僕は余り聞いたことがなかった。少なくとも前の世界では、テストがあるたびに追試と闘っていた記憶がある。そして、それはこの世界でも彼女が僕の知っている大原杏と同じように育ってきたのであるのなら、あまり変わらないのだろう。

 

『なになに、大原さんって頭悪いの?』

 

 僕が1人で勝手に納得していても操緒には分かるわけもなく、不思議そうな顔で操緒が話に入ってくる。

 

「いや、頭自体は特に悪くはないんだけど……」

 

『え……でも、この時期のテストでヤバかったんでしょ……?』

 

 それなら、相当ヤバいんじゃないかという判断なのだろう。実際、その判断は間違っているわけではない。普通の考え方ならむしろそちらの方が正しい。

 

「まぁ、こっちでもそうらしいけど。何と言ったらいいのか……」

 

 個人的な判断だし身内贔屓かもしれないけど、杏はそれこそ世間一般でいわれている“頭が悪い”ではないと思う。杏は要領が極端に悪いんだ。単に一つの事に集中し過ぎやすい性格だから。部活をやってるときは部活に集中しまくってるし、家の手伝いのときは手伝いを頑張っている。その分、それらの事ではそれなりにしっかりした成果をあげていた。

 だけど、その二つの割合が多いせいかあまり頭が勉強に向かないのだ。流石に、試験期間で部活が休みになったりすると家の手伝いも中止になり、勉強に集中しないといけなくなる。だけど、今迄あまり勉強をしてこなかった分何をすればいいのか分からずに戸惑い、ようやくやるべきことを見つけた時には、既に時遅く試験前日だったりするのだ。

 そのことで同学年の陸上部員が連帯して彼女の勉強を見ていたという思い出がある。学業の成績は良い方ではなかったけど、部活での成績はかなりいい方だった。だから、そんな彼女の成績が悪くて部活を辞める事態におちいるのは先輩たちも避けたかったんだろう。そのため、彼女が止めなくて済むようにさして成績が良くなかった僕も彼女の勉強会に駆り出されていたのだ。だから、この世界でも似たような事態になり、陸上部の面々が助けることになるのだろうと思って気にしないようにしていたのだけど……

 そこまで考えを進めたところでいったん考えを打ち切り、その事を操緒と奏の2人に説明する。

 

『へー………って、あれ?じゃあ、なんで勉強会なんて話になったの?』

 

 コクコク

 

 操緒が当然のように疑問を口にし、奏もそんな操緒の言葉に同意するかのように首を縦に振っている。

 

「さあ……?」

 

 だが、聞かれた当人としても知らないので首を傾げるしかない。当たり前の様に疑問を僕に振られても困るのだ。僕が知っているのはあくまで以前の世界での状況であり、この世界で杏がどうしてそんな答えに辿り着いたのかは僕も推測ぐらいでしか分からない。そして、その事をいくら話したところで現状解決にはならないと思うんだけど……

 

『それでもいいから話しなさい。今私たちの中で一番大原さんの事を知ってるのはトモなんだから』

 

 その事を口にしたところ、操緒から話すようにとの命令が来た。奏も、話して欲しそうにこちらを見つめている。まぁ、不安なのは分かる。先日の一件が効いているのだろう。

 なら、話そうか。僕の推測程度で奏の不安が晴れるのなら話すべきだし、別に、話したところで誰に損があるわけでもない。寧ろ、外れている可能性の方が個人的には高いと思う。

 

「多分だけど……」

 

『「うん」』

 

「一番近い所にいたからだと思う」

 

「え?」

 

『どういうこと?』

 

 自分で言っておいてあれだけど、流石にこれだけじゃ分からないだろう。分かったらそれだけ杏の事をよく分かっている――僕もそんなに分かっているってわけじゃないけど――人間だ。

 

「この前デート中に杏に会ったでしょ?」

 

「はい」

 

 先程とは逆に、奏が返事を返し、操緒が奏に同調するように頷いている。まぁ、デート後に話したのだから操緒は知っていて当たり前だし、奏は当事者なのだから知らない方がおかしい。

 

「あの時、僕たちに会うより前におばさんかおじさんに『勉強しろ』みたいなことを言われていたと思うんだ。それでどうしようか悩んでる所で僕たちを見つけた。

 今回の世界では、奏だけじゃなくて僕も成績が良いし、その事は何故か知らないけど、クラスのみんなが知ってる。 だから、これ幸いと頼ることに決めたんじゃないかな?

 いざとなったらあの時のことというか、僕と奏の関係をネタにすればいいんだろうから」

 

 口にして改めて考えてみるとこの間の杏の行動も非常に納得がいく。

 

 この前、杏に見つかった時は、流石にばれたものだと思った。この頃、というかまだ杏とはあまり会話をしていなかったから、僕たちの事を考えて行動してくれる程の仲ではなかったのだから。だけど、予想に反して杏は特に僕たちのことを言いふらす気はないと言って去って行った。慌てていた僕と奏が滑稽に見えるほどその去り方は格好良いものだった。

 ……やたらと顔を綻ばせて、今にもスキップしそうな雰囲気でなかったらだけど……それに、杏が僕と奏を発見し、多少なりとも会話をして去っていくまで僅か1分。僕らが杏に対して不信感を覚えるほどに十分すぎるほど短い時間だった。

 

 ……まぁ、今奏から話を聞いてその不信感もほぼ消え去ったが……というか、そもそも杏が同級生を強請ってまで勉強をしようと考えていたことに驚きだ。

 

『おー、成程成程。十分納得がいく推論だよ。トモって意外と頭いいんじゃない……?』

 

「……別に……杏と付き合いがある程度ある人なら、これぐらいはだれでも想像がつくよ」

 

 褒められて悪い気はしないが、“意外と”は余計だ。

 

「むー」

 

「……どうしたの、奏……?」

 

 納得したような雰囲気の操緒とは逆に、奏はどことなく不満そうだ。

 

「……いえ……なんだか、私たちの仲が利用されてるのが……」

 

「ああ、それに関しては大丈夫だよ。杏はそこまで無粋じゃないはずだから」

 

 今回の件は、単に杏自身も狙ってやったわけじゃないと思う。偶然僕たちと話すきっかけができて――面倒見が良いからか普段から話そうとはしていたけど――その相手がたまたま成績が良かっただけなんだ。

 それに、今回のことをきっかけにして、純粋に僕たちと仲良くなりたいだけだと思う。そこは以前の世界で中学三年間を一緒に過ごしてきて、はっきりと断言できる。

 その事を話すと、

 

「そう、ですか……」

 

 奏も納得がいったようで不安そうな顔も無くなった。ただ、操緒がふざけた調子になりだしたのが僕の不安を煽る。

 

『へー、それにしてもトモって大原さんのことよく知ってるね。

 ……ひょっとして奏ちゃんよりも、大原さんの方が好きなんじゃないの~?』

 

「は?」

 

 頭の隅にも存在していなかった予想外のセリフが操緒の口から発せられる。自分でも全く考えていなかったから、固まってしまう。

 

「そ、そうなんですか……!?」

 

 操緒の言葉を聞いた奏が、若干顔を青褪めさせながらすごい勢いで迫ってくる。普段の落ち着いた雰囲気からは考えられない速度。両手を机の上に付き、机を挟んで対面に座っている僕の方へと机の上に乗り出して顔を近付けてくる。

 ち、近いって奏!!

 けど、良く見れば、その眼には涙が浮かんでいるような……

 

「いや、違うよ。いまのはあくまで操緒の冗談であって……」

 

 必死に誤解を解こうとするが、

 

 チャキ

 

「へ……!?」

 

 気がつけば喉元に突き付けられる黒光りした刃物。ゆっくりと視線を刃物の根元の方向へと向ければ、社長を筆頭にした嵩月組の皆さんに取り囲まれていた。

 いつのまに……!?

 

「婿殿……」

 

 凄く低い――先日の嵩月家への説明の時以上に――声音で社長が声をかけてくる。

 

「は、はい!?」

 

 逆に僕の返事の声は上擦っていた。

 

「あんたになら奏の事を任せても良いと思っとったのに……残念じゃ……」

 

 ドスを構えてたり、手の先に炎が纏わせてあったり、全身から炎を噴き出してる人もいる。

 

 ちょっ……!!

 展開が唐突過ぎませんか……!?

 

「ご、誤解ですって……!!」

 

 必死に話して、理解してもらおうとする。そうしないと、僕自身の命が危ない。今の嵩月組の皆さんの状態を見ていると、冗談抜きで……!!

 

「操緒、お前からも……!!」

 

 そう言って、こんな事態を引き起こした張本人に事態を回収させようとするが、

 

『トモも酷いね、奏ちゃんというものがありながら』

 

「ほら、しっかりするんやで奏」

 

 って、なんで騒動を引き起こした張本人が当然のように安全圏に避難してるのさ……!?

 お祖母さんも奏を慰めるのは確かに大事ですけど、こっちの事も少しは気にかけて!!

 というか、奏がそうなってること自体誤解なんだってば……!!

 

「覚悟はできたかのう……?」

 

 僕に向けられる殺気が限界まで凝縮され、高められていく。って、覚悟なんてできてるわけないでしょうが!!

 それこそ本当に僕がそんな風に思っているのなら、この状況も納得はいくし覚悟もできてるかもしれない。でも、今の状況でそれはない!!

 

 クソッ!!

 社長が暴走したら、止められるのはお祖母さんか奥さん、もしくは奏か八伎さんの4人だ。そのうちの4人で今一番手っ取り早いのは……

 

 お祖母さん・・奏を慰めるという方向で行動している。

 社長の奥さん・姿が見えない。そういえば、今日は近所の奥さんたちと買い物をしに行くとか言っていた。

 八伎さん・・・同じように姿が見えない。どうせ、ペルセフォネの所にいるんだろう。

 奏・・・・・・俯いて涙ぐんでいる。

 

 ということは、この4人のうちで一番可能性が高いのはお祖母さんか奏のどちらかだろう。お祖母さんか奏を説得するなら、問題の解決という点からも奏の方がいいのかもしれない。なら、何が何でも奏と話さなければ。よし、方針は決まった。

 

 ここまで1秒

 

 こうなったら一刻も早く奏の誤解を解いて……

 

 って、何気に一番遠い――構成員の方々の密集率が高い――所にいらっしゃる!?

 

 しかも、そっち方面は本気で戦闘力が高い人ばっかだし!!

 護衛のつもりか!!

 あの面々を掻き分けて行くのは流石にきついが、やらないと自分がどうなるか分からない。……こうなったら……

 

「――ペルセフォネ!!」

 

 僕の呼びかけに応え、周囲に炎が渦を巻き、僕と奏の娘(ドウター)が現れる。

 

「キュルルルーー!!」

 

 声高く鳴き、炎の渦の中から現れたペルセフォネは、

 

「……は……?」

 

 餌を咥えているという少々間抜けな格好だった。

 

「キュル?」

 

 首を傾げながらも口を動かし、すぐに餌を飲み込み周囲を見回すペルセフォネ。それだけで、主人の危機をすぐに察してくれたのかリラックスしていた体勢から即座に戦闘態勢になる。

 

 ここまで10秒。

 

 社長たちは、ペルセフォネの出現で瞬怯んだが、すぐに元の殺気を宿して僕の方を睨んでくる。だけど僕も今更殺気程度では怯まない。こんなところで役に立つとは思わなかったけど、橘高道場での鍛錬が役に立っていた。だって、あの二人思いっきり殺気込めて僕に攻撃してくるんだから!!もう、なんていうか、僕自身はハンターに狙われる獲物?か肉食動物の前に置かれた草食動物?みたいな気分で毎度の鍛錬に挑んでいます、はい。おかげ?で何とか普通に殺気で怯むことはなくなった。

 というわけで、

 

「行くぞ、ペルセフォネ!!」

 

「キュルルーー!!」

 

 目標は、奏。もしくはお祖母さん。

 結果

 ペルセフォネが消えたことで異常に気づいた八伎さんが社長たちを止めてくれた。

 ――この一件でこの組の実質的なトップは八伎さんなのだと実感した――

 奏は懇切丁寧に説明したので、なんとか納得してくれました。操緒にも今後は余りその手の話題で弄るのはやめるように言っておいた。

 ……まぁ、あの雰囲気から察するに十中八九徒労なんだろうけど……

 


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