闇と炎の相剋者   作:黒鋼

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オリキャラが出てきますが、そんなに増やすつもりではないので何卒ご理解のほどよろしくお願いします。
にじファンの時とは違い、今回はキャラ解説とかをあとがきに書かないので、初めて今作を読まれる方は、今後の展開に期待してください。


8回 橘高道場

 嵩月家でのよく分からない戦闘があった日から幾日か経過したとある休日。最近の休日の日課となりつつある橘高道場で秋希さんたちにボコボコにされる僕と、それをぼんやりと眺めている操緒。

 平日であれば奏がついて来ることもあるが、休日なのでそれはない。今頃お祖母さんたちに投げられたり、叱られたりしていることだろう。

 

「……ふむ、一先ず休憩にするか」

 

「……は、はい」

 

 どこか浮ついた様子で心ここにあらずといった様子の秋希さんがそう話しかけてくる。秋希さんにとってはちょうど良いタイミングだったのだろう。僕もその誘いを断るなんてことはしない。むしろ、こちらにとっては待ち望んでいた言葉だ。

 確かに強くなりたくて道場に通ってはいるけれど、意志と実際の体力や技術とでは話が別だ。体力が続く訳もないのだから、休めるうちに休んでおきたい。しかも、相手が秋希さんであるのなら猶更だ。体力以上に精神がガリガリと音を立てて削られていく。

 

『トモお疲れー』

 

「ああ」

 

 操緒が声をかけてくるが気の抜けた返事ぐらいしかできない。初めの頃はその返事すら出来ずに床にぶっ倒れていたのだからかなりマシになったのだとは思うけど……技術的なことではなく、体力的な意味でというのが若干不安に思うべきところではあるが。そんなことをとりとめもなく考えながら休憩していた時だった、

 

「やあやあ、皆さんお疲れ様です」

 

 予想もしていなかったそんな声が聞こえてきたのは。宙に浮く操緒を見上げていた視線を声が聞こえてきた同上の入口へとやる。操緒も僕と同じように入口へと視線を向けている。

 僕らの視線の先にいたのは、一人の少年?だった。青年というほど歳を重ねてはいないが、少年という区分にあてはまるのかどうかは微妙だ。普通の男性よりも痩せ気味な体躯だが、背はそれなりに高い方。170ぐらいはあるんじゃないだろうか。こざっぱりとした短髪に、丸眼鏡。美少年というほどではないけども、整った端正な顔立ち。操緒にとっては見たこともない人物だったこともあり、彼女は首を傾げているが、僕は彼の事を知っていた。もっとも、今目の前にいる彼では無く、3年後の成長した彼の姿だが……

 あちらの印象が強すぎたためか、目の前の男性の姿に違和感しか覚えられない。僕と奏や操緒、それにアニアを1巡目に移動させた原因。洛芦和高校科學部部長で、鋼の演操者(ハンドラー)でありながら鳳島氷羽子の契約者だった魔神相剋者(アスラ・クライン)

 

 炫塔貴也

 

 以前の世界での事件の元凶たる彼がそこには立っていた。咄嗟に体が跳ね上がりそうになるも、急な意思の働きに疲れ切った体はついてこず、僕の体は無様に道場の床に転がるに留まった。

 

『……何してんの、トモ?』

 

「い、いや、条件反射というか……」

 

 そんな僕の姿を見て、操緒は馬鹿を見る目で僕を見降ろしながらそんな言葉をかけてくる。操緒のその冷たい視線を受けて、ようやく僕は冷静さを取り戻した。

 

 そうだ、今の彼は僕の知っている部長ではない。それぐらい分かっていたはずだ。

 だけど、やはりそう簡単に納得できないというのが人の感情というものらしい。なのに、何故か嫌悪感は覚えていない。幸か不幸か、秋希さんと冬琉さんに普段から扱かれているお蔭?で、前の世界との差がよく分かるようになったからだろうか。だから、驚きはしても、彼がここにいることを不思議には思わない。

 炫家と橘高家が隣り合ってるのも、そこの子供たちが幼馴染だということも知っていたから別にここに部長がいてもおかしくないし……まあ実際はそんな理屈云々以上に、崩れ落ちた自身の身体を元の体勢に戻すのが精一杯で、道場に突然入ってきた乱入者を相手にするような体力が残っていないのだけれど……

 

『……誰……?』

 

 僕から入口に視線を戻した操緒は首をかしげつつ、一言ポツリと呟いた。僕は知っているから勝手に自己完結していたけど、操緒は頭に疑問符を浮かべている。一応教てあるはずなんだけどな…………まぁ、僕と奏が伝えたイメージは引き籠っていた結果の部長と暗躍してた部長だからあんな爽やか好少年?の姿じゃ分からないかもしれない。

 かと言って、今ここで操緒と会話するのは得策じゃないし……

 

 後で説明すればいいや

 

 そう思って視線を操緒から道場に入ってきた部長に視線を戻す。どうせ秋希さんか冬琉さんに用事があってきたのだろうから僕には関係ないし。そんな気楽な気分で彼らの事を見ずにもっと周囲に気を配るべきだったと今は思う。何故なら、周りにいた他の門下生の方々が音をたてないようにそろそろと道場から出て行っていたのだから……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 本気の10分の1程度の力で左右の木刀を振る。

 

 目の前にいるのはつい数週間前に入門してきた子供――夏目智春――だ。本来なら10分の1程度だろうと付いてこられるわけがない。私も冬琉も、それこそ他の門下生たちも何年も鍛錬や実践を積み重ねてきた上で今の力がある。その力に数週間程度の人間が付いてこられるわけがない。

 まぁ、例外もあるだろう。一般的にそう言った人間は天才と呼ばれる。常人が習得するのに数カ月、あるいは何年もかかる技をわずか数日や数週間で習得してしまったり、自身で新たな武術を創り上げてしまう――実際に使っていけるものに限る――人などがそれに当てはまるだろう。

 

 振るった木刀は大雑把だが二本とも避けられる。

 

 だが、この少年はその様な部類ではない事はこれまでの鍛錬を見てきて分かっている。未だに剣術――特に二刀流――の技術を習得する程ではないし、かといって冬琉の様に、もしくは普通の剣士の様に――こういうと二刀流がおかしく聞こえるがそう言う訳ではない――一刀の方に適性があるかというとそう言う訳ではない。もともと剣術にあまり適性がないのだろう。

 だが、それ以外の武術も少しは試させてみたがやはりしっくりこない。

 おかしな言い方だが、武術全般に適性がないにも拘わらず二刀流だけ(・・・・・)多少なりとも適性があるように見えるのだ。

 

 避けた先から次に繋がっているようには見えないのに、私に攻撃を加えようとしてくる。

 

 だから、今は他の武術と比べて可能性が少しでもある二刀流を重点的に教えているわけだ。二刀流だけではなく他の無手の状態での技や、棒術、短刀術等も今後教えていく予定ではあるが、それはどんな状況にでも対応できるようにするためであって、本筋は二刀流のままでいく予定だ。

 とはいえ、こう言っては酷かもしれないが、それもどこまでいっても二流のままだろう。一流に限りなく近づくことはできる。それは、私が保証する。それでも、決定的な才がないのだから一流にはなれないはずだ。

 これがこいつの彼女――本人たちは否定しているが――であればまず間違いなく一流になれるだろう。一度手合わせしたが、あの歳で既にそれなりの領域に足を踏み入れつつあった。

 

 加えようとしている攻撃を、相手の腕に力が入った瞬間に腕ごと叩き据える。

 

 あのまま進んでいけばまず間違いなく一流の武芸者になれるだろう。それこそ、この道場に今いる誰よりも。

 話を戻すが、目の前の少年ではその領域まではいかないだろう。おそらく、こいつの本分はこういった武術ではなく、もっと別の、自身の頭脳を駆使した戦闘のはずだ。そう、指揮官や、機巧魔神(アスラ・マキーナ)のような技術だ。

ならば、何故この短期間で多少なりとも(自分で言うのもなんだが)私と打ち合えているのか。

 思い返せば、最初にこいつに木刀を振るって向かっていった時も今と同じ程度の力だった。本来初めての奴に振るう速度ではないが、こいつがどれほどの力を持っているのか判断したかったのだ。特に何かしていたわけでもないのに、嵩月組のトップ二人の名前が出てきたのだ。気にならない方がおかしいだろう。

 

 叩き据えられた夏目は、手から取り落とした木刀を私目掛けて蹴り上げてきた。

 

 夏目は自分に向かってきた木刀に対して何かをしたわけではなかった。かといって、私の振るった木刀が夏目に当たったわけでもなかった。

 避けたのだ。

 決して華麗とは言えず、むしろ醜態をさらしたと言っても良い程に無様だったが、それでも私の振るった木刀を――本気ではないにしろ――避けた。その事実に純粋に驚き、次に彼の言った言葉になおのこと驚いた。

 

『い、いきなり何するんですか!!』

 

【いきなり】

 

 つまりは全く予想していなかったということ。演技の可能性が全くない訳でもなかったが、その可能性は非常に低い。ならば、本当に咄嗟の反応だったのだろう。

 

 蹴り上げられ、回転しながら向かってくる木刀をそのまま夏目に打ち返す。

 

 それなのに避けられた。不思議だったが、一先ずその場は適当な言い訳を言って誤魔化しておいた。その後も様々な場面で攻撃を仕掛け検証した結果、一つの結論に至った。

 

 打ち返された木刀に反応できず、今度はその木刀が腹へと突き刺さる。

 

 夏目は他人と比べて動体視力と反射神経がかなり高い。モノを見て情報として捉えてからの行動が他人の数倍は速く行えている。それが生来のものなのか、鍛えた結果なのか、適応した結果なのか分からないが原因は分かった。

 であれば、鍛え方はそれなりに方向性を決めることができる。

 

 まさか打ち返されるとは思っていなかったのか、顔を苦痛で歪めながら後ろに下がり私と距離をとる。その際に木刀を回収するのも忘れていない。

 

 今はその方向性を考えている段階だが、夏休み辺りからは本格的に始められるだろう。それに、ひょっとしたらあの二刀をこいつに任せられるかもしれない。

 まぁ、そうと決めるのはまだ時期尚早だな。せめて半年程度は経過しなければ判断しようがない。

 ……武器を実際に持たせるのであれば、できれば早い方がいいとは思うのだが……この辺りは意見が冬琉と食い違うところだな。

 休みといえば……ああ、今日はあいつと出かける約束があったか。ふと時間を確認すると、大体良い時間になっていた。

 

「……ふむ、一先ず休憩にするか」

 

「……は、はい」

 

 そう告げると返事をすると同時に腕を下ろし、壁際までのそのそと先程までの素早さなど嘘のように歩いていき、辿り着いた瞬間に身を床に投げ出した。そんな夏目を視界に捉えつつも、耳は新たに道場に入ってくる人間の足音を捉えていた。

 

「やあやあ、皆さんお疲れ様です」

 

 そんな道場にはふさわしくない言葉を吐きながらそいつは入ってきた。 

 

「こら塔貴也!!ここは道場なんだからしっかりと背筋を伸ばせ。それから、シャツの裾を出すな」

 

 毎度毎度だらしないのを治せと言っているのだが中々治らない。最近では若干諦めつつある。

 

「ああ、ごめんごめん。次からは気をつけるよ」

 

「そう言って今まで直してきた事があったか……?」

 

 若干恨みがましい感じで睨んでみるも、

 

「ハハハハハ、そんなことよりそろそろ時間だよ」

 

 あっさり返される。むぅ、子供扱いされているみたいで少々気に食わん。

 と、そうだ、時間だったな。

 

「ああ、そうだな。じゃあ、冬琉後は頼んだ」

 

「……ええ……」

 

 今日は久しぶりの塔貴也とのデートだからな。後のことは冬琉に任せて、出かけるとしよう。冬琉には悪いが楽しませてもらうとするか。

 

「ふふ♪」

 

 自然と口が綻ぶのが分かる。まぁ、特に誰が困るわけでもないし良いか。

 

 あ、そう言えば夏目に塔貴也のことを教えるのを忘れていたな。言ったん足を止めて考え……また今度にすることにした。今からじゃデートの時間が減ってしまうしな。

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

 

「ふふ♪」

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ………そうよね塔貴也と秋希ちゃんは昔からいつもいつも二人でいちゃついて私がいるのもかまわずに……………」

 

 語尾に♪マークが付いているのがはっきりと分かるほど浮かれながら、いつもの大さばきとは違う軽やかな足取りで秋希さんは道場を出て行った。逆に冬琉さんの機嫌は急降下していらっしゃるようで、そちらの様子を見るのが怖い程暗い負のオーラを纏いながら、道場の隅の方でぶつぶつと独り言を呟いている。

 

「………………」

 

 あの姉妹にこれだけの影響を与えるとは、流石、炫塔貴也……!!

 などと驚いていたが、そこでふと気付く。

 

 ……あれ、もしかして僕があの冬琉さんの相手しなきゃいけないのか……!?

 

 助けを求めて咄嗟に周りを見渡すが、秋希さんと塔貴也さんは言わずもがな、同じように休憩していた門下生の方々もいつの間にか姿が見えなくなっている。僕の傍に浮かんでいた操緒もいつの間にか姿を消している始末。

 

 逃げ遅れた!!

 

 目の前の冬琉さんの様子からその事に思い当たり、僕も急いで道場から出ようとした瞬間だった、道場の隅にいた冬琉さんがゆらりと幽鬼のように立ち上がったのは。立ち上がると同時に自分の近くに置いてあった木刀の柄を掴んで、ゆらり、と僕の方に体を向けてきた。

 因みに、今冬琉さんが持っているのは彼女用の特注の木刀で野太刀(冬櫻)型の木刀だ。普通の人だったらまず扱えないだろう。重さは普通の木刀よりは当然の様に重い。かといって普通の人には扱えないかというとそう言う訳でもない。

 女性には重いだろうけど――冬琉さんとか秋希さんとか朱浬さんとかは別――男性にとってはそれなりの重さ程度だろう。……まぁ、実際に使うとしたら重さに振り回されて碌な事にならないだろうけど……

 問題は長さだ。冬櫻を思い出してもらえれば分かるだろうけど、明らかに高3当時の冬琉会長の身長よりも長かった。因みに、冬琉会長身長はあの時の僕とほとんど同じだったから160代後半の筈。それを前回の世界より3歳ほど低い(若い?)彼女が使っているのだ。

 木刀が地に着かないようにするにはそれなりに腕に力を込めないといけないか、柄の部分じゃなくて刀身の部分を持たなきゃいけなくなるんだろう。……だから普通は無理な筈なんだけどなぁ……

 柄の部分を握っているというのに当たり前のように刀身は浮いている。当然ながら片手である。

 

 ……そんな風に何だかんだと現実を忘れ去っていた僕だけど、

 

「さぁ夏目くん……始めましょうか」

 

 冬琉さんがゆっくりと迫ってきた。一歩歩くごとに背負っている闇が増しているような気がする。だけどその背中とは対照的に顔は凄く晴れあがった笑顔で嗤っている。

 

「……ナ、ナニヲデショウカ……?」

 

 自然、対応する僕の言葉も片言になってしまっている。逃げようにも道場の入り口は僕から見て正面、つまりは冬琉さんの斜め後ろ。無視して入口に行くのは無理だろう。

 

「何って、決まってるじゃない」

 

 ……決まってるんですか……というか、決めないでください。

 僕にも色々とあるんですから……

 

「……ソノキマッテルコトトハ、ナンナンデショウカ……?」

 

 その僕の言葉に、更に笑みを怖いほどに深めて近寄ってくる冬琉さん。

 

「死合♪」

 

 字が!!字が違う気がするんですけど!!

 

「ホ、ホンとニ試合なんデしョウか……!?」

 

「当たり前じゃない、他に何があるっていうの……?」

 

 嗤いながら言わないでください!!

 そんな顔じゃとても信じられません!!

 

「ごちゃごちゃ言わない……行くわよ!!」

 

 問答無用!!とでも言うように冬琉さんが向かってきた。

 選択肢は……

 

 1:逃げる

 2:抱きつく

 3:戦う

 

 1はできるのならとっくにやってる!!

 2は……って、なんだよ抱きつくって!?

 ……ということは……3?

 

 無理無理無理無理無理無理無理無理無理

 

 あんな今までに見たことがないくらい好戦的な冬琉さん相手に出来ないって。しかも、全く手加減する気配が見えないし。でも、それでも、生き延びるためにはやるしかない……!!

 逃げれるなら逃げたいけど、逃げれないんだから!!

 

 ごめん、奏

 

 先に逝きます。

 お母様先立つ不孝をお許しください。

 操緒、道連れにするみたいになってごめん。

 最後に冬琉さん、せめて優しくしてくださいね。

 

「さぁて、逝きますか」

 

 そう呟いて両手の木刀を握り締め、正面に移動してきた冬琉さんを見据える。

 ……どれぐらいもつかなぁ……

 

 

 

♦ ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 冬琉さんによってボロ雑巾と成り果てた僕を助けてくれたのは、他の門下生の人だった。冬琉さんは、僕が倒れ伏すとサッサと道場から出て行ったから助けてくれるはずもない。

 

「……な、なんとか……」

 

 顔をその人の方に向けてそれだけ言い、再び床に突っ伏す。一応急所だとか内臓とかは狙わないでいてくれたし、骨折などの大怪我はしていないから大丈夫だ。それでも、全身打ち身状態で体に力を入れるだけで体中に激痛が走るし、体力も完全にゼロだ。当分動けそうにはない。

 

「ハハハ、そんだけ喋れりゃ大丈夫だろ。 早く動けるようになれよ~」

 

「……無茶言わないでください。こうして喋るだけで精一杯なんですから……」

 

「いや~、それでもたいしたもんだぜ。俺たちも最初それをやられた事があるんだが……」

 

 マジですか。というか、これってこの道場ではちょくちょく起きてる事なのか……堪ったもんじゃない。

 

「俺たちは小一時間喋ることすらできなかったからな。それに比べりゃお前はマシだよ」

 

 ……マシって……どこが?

 これがマシって本来だったらどれだけ……

 

「……にしても…決まっても駄目だったか……」

 

 はぁ、と大きく溜息を零す門下生の方。因みに、彼の名前は八條和斉(はちじょうかずなり)。「何だか昔の貴族みたいだ」と聞いた時は思ったけど、話してみるとそんな印象とは真逆の人間だった。

 使っている武器は槍や昆など。身長も180を超えてるからちょうど良い長さだし、それらを使う腕もかなりのもの。そんな彼でも駄目だったのか……そう思うと、改めて彼女たち姉妹の出鱈目さがよく分かる。

 因みに、彼の年齢は15歳で、洛芦和高校一年生。秋希さんや冬琉さんの一つ上で、僕や橘高姉妹を除けばこの道場では最年少になる。歳も近いし、話していて面白かったので普段から休憩のときなどに話している。

 

「……どういうことですか……?

 決まっても駄目、って一体……?」

 

 何か決まってるから、改善されたのだろうか……?

 いや、さっきの話振りからすれば、期待はしていたけど駄目だったんだろうけど。

 

「うん?ああ、お前がまだいなかった時の話だよ」

 

 「だったら知らなくて当然だ」そう言って八條さんは黙り込む……そこで止まられると凄い気になる。いつの間にか戻ってきた操緒も眼を輝かせながら話の続きを待っている。

 

 ……っていうか、いつの間に戻ってきた!!

 幼馴染が酷い目に遭ってるのに助けないなんて、それでも僕の守護霊(自称)か……!?

 

 なんていう言葉は頭の中で思うだけに留め、視線を八條さんの方に向けるため無理矢理体に力を入れて仰向けになる。

 

「ギッ!!」

 

 その際に転がった衝撃で更に激痛が奔ったけど、そこで身悶えたりすると余計痛みが増すので、必死になって体が動かないように歯を喰いしばりながら痛みに耐える。

 

「おいおい、何やってんだお前は……?」

 

 若干呆れた様な視線と、笑うのを必死にこらえながら心配した様子の視線を八條さんと操緒の2人からそれぞれ向けられる。

 

「き、気にしないで、ください」

 

 うつ伏せよりもこっちの視線の方が会話し易いからそうしたのだが……逆に痛みが体中に迸る。

 

「そ、それより、話の続きを」

 

「うん?ああ……まぁ、時間つぶしにゃちょうどいいかもな。どうせ今日はもう終わりだろうし」

 

 「お前も知ってたほうがいいだろうしな」そう前置きをして、八條さんは話し始めた。別に深刻そうな感じではない。どちらかというと、今迄僕を心配していた雰囲気が一転して、やる気がほとんど失われた感じになった。

 

「まず、あの姉妹には男の幼馴染がいる。家も隣だし、中庭にはその3人用に建てられた勉強用のプレハブ小屋も建てられている。ここまでは分かるな……?

 

 元々知ってはいるけど、ここは初めて知ったような反応じゃないとおかしい。だから、コクコク、と首を縦に振る操緒。

 僕は振れないので「はい」とだけ返事を返した。まだ、体は回復してくれないのか。

 

 そんな関係だからなのかその男……まぁ炫塔貴也って言うさっき道場に入ってきた奴なんだが……に惹かれるところがあったのか知らないが、あの姉妹が揃って塔貴也のやつに恋をした。 それだけなら別に普通の三角関係だ。

 ……まぁ、三角関係が普通なのかどうかは置いといて、だ。

 

 一拍置いて話を続ける八條さん。

 

 俺もここに通い出したのはだいたい2年前なんだが、その時は今と状況が違ってな。 あの姉妹がちょうど塔貴也の奴を巡って色々やってたんだよ。

 どっちがデートに誘っただとか、料理は私が作っただとか、自分の方が塔貴也の助手には向いてるだとか……

 

 ……何と言う青春……普段の秋希さんの様子からはまるで想像がつかない甘酸っぱさだ。以前の世界の冬琉さんだったらまだ想像できるんだけどな~

 

 で、どっちかが成功したりするとそっちはしばらく塔貴也の奴の方に掛かりっきりになるわけだ。 問題はこっからでな……失敗した方が道場に来る。そうすると、大抵今日の冬琉の奴みたいになってるわけだ」

 

「ご、御愁傷様です……」

 

「……実際、ありゃあきつかったぜ……3時間ぶっ続けであの相手をしないといけないんだからな」

 

 八條さんの視線が虚ろなものになって空中を彷徨い出した。

 ……ああ、ほんとにきつかったんだろうなぁ……自分自身つい先程その脅威に晒されたのだからよく分かる。

 

「……で、だ」

 

『あ、戻ってきた』

 

 虚ろだった八條さんの眼にいつも通りの光が宿る。

 

「ちょうど今年の春休み明けぐらいだったか、塔貴也の奴が答えを出して秋希と付き合うことになったのは」

 

「へー、って、だったら終わりな筈じゃないんですか!?」

 

 答えが出たならどれだけやってもあんまり意味がない気もする。急造の関係ならまだ変わるかもしれないけど昔からの幼馴染同士なら無理だろうし。

 

「そう思うよなーーー俺たちもそう思って安心してたんだ。

 念のため今日も道場から抜けてたわけだが……その様子を見ると違うみたいだ」

 

 「期待が外れた」といって頭を振る八條さん。その背中は、なんというか、リストラされたサラリーマンが家族に黙って公園のベンチで時間をつぶしている時の背中に重なった。つまりは、認めたくない現実と必死に闘う漢の背中である。憧れしないし、なりたいとも思わないが。

 

『ねぇ、トモ?』

 

「うん?なんだ、操緒?」

 

 そんな彼の背中を見て何か思うところがあったのか僕に話しかけてくる操緒。それに八條さんに聞こえないよう小声で答える。

 

『冬琉さんに誰か別の相手がいれば良いんじゃない……?』

 

「……は……!?」

 

 あまりにも斜め上を言っている操緒の言葉。いきなり何を言い出すんだこいつは……!?

 

『だから、冬琉さんが塔貴也さん?以外で誰かを好きになればいいんだよ!!

 そうすれば、一先ず鍛錬の時に八つ当たり?される心配もないだろうし……何より、もし部長が暴走しても部長に協力することもなくなるだろうから……!!』

 

 僕の頭上で浮いたままそんなよく分からない理屈を熱弁する操緒。

 

「う~ん、そうか……?」

 

 言ってることはまるで分からないという訳ではないし、上手くいけば不安材料を一つ消せるということから納得はできるけど……

 

『じゃあ、トモは他に何かいい方法があるの……?』

 

 そう言われてもそんなに簡単に別の方法が思いつく訳もない。そもそも、今まで冬琉さんのその辺りの事情なんて知らなかったのだから。

 

「……っていうか肝心の相手は……?」

 

 操緒の提案がどれだけ有効だろうと、相手がいなけりゃ話にもならない。冬琉さんの気持ちを塔貴也さんからその人に向けさせるということや、そもそもその人が冬琉さんの事を好きにならなきゃいけないとか、色々問題はあるが、せめて相手候補がいないと話にもならないだろう。

 

『うん?目の前にいるじゃない』

 

 目の前……?って、まさか操緒お前が!?

 

『何考えての、バカハル……』

 

 操緒が凄い馬鹿を見たような視線を僕に向けてくる。今までも何度か冷たい視線は向けられているけれど、これは段違いだ。うう、いくらなんでもそんな視線を向けられる謂われはないと思うのだけど……

 

『私じゃないわよ!!

 もう1人の方!!』

 

 もう1人って言うと……まさか八條さん?

 

『うん、脈有りだと思うんだけどどうかな……?』

 

「……全くない訳じゃないと思うけど……」

 

 彼女が欲しい云々っていつだか言ってたし。顔だって悪くはない…………と思う。二枚目と言われるほどじゃないだろうけど別に悪くはない。人によってはこっちの方が良いと言う人もいるんじゃないだろうか。だけど、八条さんには冬琉さんはそういった恋愛の範疇に入ってない様な気がするんだけど……

 

『まぁ、聞いてみないと分からないって!!』

 

 気楽に言ってくれるなよ。提案したのはお前かもしれないけど、実行に移すのは僕なんだから。もし、この状態で更に追撃をかけられたらどうしてくれる……!!

 

「……はぁ……」

 

 それでも、何だかんだで実行に移すあたり僕も大分操緒に甘い気がする。まぁ、今回は上手くいった方が今後の為にもなることが大きいからだということにしておこう。そうでも思わないと自分が操緒の良いなりになってるみたいだし……落ち込んだ状態の八條さんに少しでも良い方向に事が転がれば、と思って声をかける。

 

「……さっきまでの話を聞いて一つ思いついたんですけど……」

 

「なんだ……!?」

 

「うわ、近い!!近いですって!!」

 

 凄い勢いで寝ている僕に近寄ってくる八條さん。こっちは動けないんだからマジで止めて欲しい。僕にそのケは全くないんだから。

 

「あ、ああ……すまん」

 

 気付いてくれたのか元いた場所まで戻ってくれる。

 

「それで……!?」

 

 とはいえ、勢いはそのままに話してくるので少々暑苦しかったりする。

 

「………あの……その……」

 

「……………………………」

 

 急かさずに待ってくれているが、それでも言いにくいものがある。八條さんだって、まさか自分が冬琉さんと付き合うように勧められるとは思っていないだろう。というか、そんな期待に満ちた視線を向けないでください。今までが地獄だったのはさっきのことでよく分かりますけど……

 

 ええい、こうなりゃ言ってやろうじゃないか

 

 それでどう反応するかで脈有りかどうかも分かるだろうし。それが分かれば操緒も諦めてくれるだろう。

 

「……その……冬琉さんにも誰か相手がいれば良いんじゃないでしょうか……?」

 

「……は……?」

 

 あまりにも予想外の言葉だったのだろう、今迄見たことがないほど呆気にとられた表情で八條さんは固まってしまった。

 ……その反応は予想の範囲内だったから別にかまわないですけど……

 

「……えーと……もう一回言ってくれるか……?」

 

 どうやら自分の聞き間違えだったとして捉えることにしたらしい。とはいえ、どれだけ聞き直されてもこっちからの提案は変わらないのですが。

 

「だから、冬琉さんにも秋希さんみたいに彼氏がいれば良いんじゃないか、と……」

 

「…………………………」

 

 聞き直した結果が同じだったためか――寧ろ、より具体的な言葉が出てきた――更に固まり直す八條さん。この固まってる間に言えるだけのことは言ってしまおう。

 

「冬琉さんにも相手がいれば、とりあえずは今日みたいなことになるのも少なくなると思うんですよ。 相手との間で何か問題が起きたりしたらまたなるかもしれないですけど、少なくとも回数は減ると思うので。

 それに……今のままじゃ冬琉さんがあまりにもかわいそうです」

 

 実際、冬琉会長は恋心を捨て切れなかった。塔貴也さん――この場合は部長か――がああなった理由はさっきまでの話を聞いてまだ分かった。自分の恋人が消滅したのだ、やり直しを求める感情は、納得はできないけれど理解はできる。

 秋希さんがいつ消滅したのかは知らないけど、僕の手元に黑鐵がきたのが僕の高校入学前日だったから、大方の予測はつく。

 冬琉会長は思ってしまったんじゃないだろうか。

 

 ……秋希ちゃんさえいなくなれば

 

 そもそも、副葬処女(ベリアル・ドール)の魂がすり減っているのを演操者が分からないわけがない。

 それが姉妹だったら尚更だ。

 それでも黑鐵を使ったのはGDのこともあるだろうけど、秋希さんに対して妬みがあったんじゃないのか。僕の勝手な想像だけど絶対にその感情がないとも思えない。

結果はあんなことになってしまったけど、冬琉会長は部長のことがほんとに好きだったんだろう。

 だから、協力もしたし、鋼の副葬処女になったんじゃないだろうか。

 

 これは、あくまで僕の勝手な推測であり、本当のことなのかは分からない。

 

 だけど、冬琉会長の恋心があの事件の原因の一つなのなら彼女はあまりにも報われない。

 

 好きな人に振り向いてもらいたい一心で部長の恋人だった自身の姉を殺し、部長が振り向いてくれると思ったら彼は死んだ秋希さんを追い求め、自身も部長のそんな姿を見て罪悪感を募らせ、遂には消滅する可能性が他の機巧魔神よりも高い鋼の副葬処女になった。

 

 僕から見れば、彼女にとっての救いなど何一つない。何よりも自身の幸せを追い求めただろうに、見返りがなかった。

 

 彼女をそんな未来に辿り着かせる訳にはいかない。操緒に言われるまで全くその事を考えなかった訳じゃない。だけど、そう考える根拠が僕の勝手な想像だけじゃ踏ん切りがつかなかった。でも、さっき八條さんの話を聞いて自分の考えに確信が持てた。

 なら、彼女の未来を助けよう。

 

 そこまで考えた時だった。目の前で固まっていた八條さんが動き出したのは。

 

「……なぁ、夏目……」

 

「はい……?」

 

 飽く迄自然に、僕が提案したと思わせるように返事をする。

 

「……お前……本気で言ってるのか……?」

 

「はい」

 

 少なくとも冗談で言っているつもりはない。操緒が言い出したのは冗談かもしれないけれど……

 

「俺が期待したのはあの暴走をどうやって止めるか、もしくは回避するかってことなんだが……」

 

 溜息を吐きながらそう言う八條さん。

 

「だから、上手くいけば止められるじゃないですか」

 

 【相手の人がヘマをしなければ】という非常に不安な前提が付いて来るが。

 

「……お前はまた俺にあの地獄を味わえと言うのか……?」

 

 やたらと低い声音で、静かに訴えかけてくるような口調に変わり僕に話しかけてくる。なんか、微妙に体が震えているのは何故だろう……?

 身長が180cmを超えた男が縮こまって小刻みに体を震えさせているのはそれなりに不気味だったりする。いや、それ以前に“また”ってなんですか……?

 そんなこと言われても僕は分かりませんよ。

 

「……今のあいつのテンションに戻すのに俺がどれだけ苦労したと思ってる……!!」

 

 だから知りませんって!!

 心の中でそう叫びながらも顔には出さないように努力する。何故かそうしないといけないような気がしたからであって、特に理由はない。

 

「先輩方からは『お前が一番歳も近いんだから何とかしろ』という圧力を受けるし、あいつを慰めようとしたら『塔貴也はもっと頭が良かった』だとか『塔貴也の方が気が利いてる』、なんて勝手にあの野郎と比べられるわ………良い事なんか一つもねーんだぞ!!

 それでもお前は俺にあの苦悩をもう一度味わえと言うのか……!?」

 

 えーと、つまり……?

 

『八條さん、冬琉さんを失恋のショックから回復させてたみたいだね。

 ……大分苦労して半ばトラウマみたくなってるのが気になるけど……』

 

 ああ、成程。

 僕の疑問に操緒が答えてくれる。というか、冬琉さんの恋愛って失恋前提……?

 

「あの……」

 

「何だ!?」

 

 鬼気迫る表情でそう返事を返してくる八條さん。ああ、こりゃほんとにヤバいスイッチ押しちゃったみたいだな……

 

「……どうして冬琉さんって失恋前提なんですか……?」

 

 本当はそこまで思いつめる原因を聞いてみたいけど、今の彼にその話を聞くのは流石に無理だ。その僕の言葉を聞いた八條さんは、

 

「ああ!?そんなんあいつが暴走し易いからに決まってんだろ!!」

 

 体を小さくして震えさせたまま投げやり気味に返される。

 

「え、と……?」

 

 そこまでまだ冬琉さんと付き合いがあるわけでもないので、決まっていると言われても実感が全く湧かない。

 

「人が何かする度に一々注意してきやがって、しかも反論して論破されると例外なく泣きだして暴走しやがるし……どれだけ子供なんだっての……!!」

 

「え、でも……」

 

「しかも、普段から俺の生活態度が悪いだとか、自分がやろうとしてる悪戯やらイベントに強制的に俺を引き込もうとしやがって……生活態度は俺の勝手だろうが!!

 悪戯やらイベントは秋希とかが参加しないからって俺を巻き込むなってんだ!!」

 

 因みに、橘高姉妹と塔貴也さん、それに八條さんは同じ中学出身だそうだ。

 

「あの……」

 

「それに道場でのことは周りに言うなってなんだよ……!?

 頼まれたって誰がわざわざ言うか!!」

 

「………………………」

 

「大体な………」

 

 普段から色々溜まっていたのか、姿勢も元に戻って体の震えも治まり延々と愚痴を言い出す八條さん。ただ、聞いてる方には……

 

『何これ、惚気?』

 

 うん。段々と惚気話にしか聞こえなくなってきた。

 まさか普段の生活の愚痴を言ってるだけなのに、そんな風に聞こえる話があるとは思わなかった。ただ、本人にとってはただの愚痴なのだろう。

 そこに含まれてるのが好意――本人にとっては敵意?――じゃなければ周りにもそう聞こえるのだろうけど……

 

『あ、そういえば』

 

「うん?

 なんだ操緒?」

 

 八條さんのことをスルーして、ふと思い出したかのように話しだす操緒。

 

『さっきから冬琉さんがずっと入口あたりにいるんだけど……』

 

「え……!?」

 

 驚いて道場の入口に顔を向けると、

 

「………………………」

 

 確かに冬琉さんが顔をのぞかせていた。若干顔が紅くなってるのは何でだろう……?

 怒っている雰囲気ではないのが一先ずの救いなのだろうか?

 

『あ』

 

 八條さんの視線が動き、冬琉さんの姿を捉えた。その瞬間、

 

「………………………」

 

 あれだけ熱弁をふるっていた筈の口は閉じ、視線は冬琉さんに向けられたまま動かなくなった。冬琉さんもばれたのが分かったのだろう。顔を朱に染めたまま八條さんに向かってきた。そして、向かって来た勢いのまま、

 

「なに勝手なことを入門したての人間に話してるのよ!!」

 

「ああ!?

 何が違うってんだ!?」

 

「何から何まで違うじゃない!!」

 

 ギャーギャー八條さんと言い合いを始めた。床に転がってる僕はもう二人の眼中には入っていないようだった。

 

「……なぁ、操緒……」

 

『なに、トモ……?』

 

 二人揃って呆れた視線を言い合いをしている二人に向けながら会話を交わす。

 

「……もう、何も言わなくて良いよな……?」

 

『……うん……』

 

 言い合っている二人を見ながら、どうして以前の世界で冬琉会長はあんなことをしたのか本気で分からなくなり、もう一回考え直した方が良いんじゃないかと思う僕と操緒だった。

 

 


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