現在、このデスゲームが始まってから一ヶ月が経った。
しかしまだ一層も攻略されていない。この調子でこのアインクラッド百層を攻略出来るのかと不安になってくる。
そして今日、遂に一層のボス攻略会議が、ここトールバーナの噴水広場で行われようとしていた。
「はーい!それじゃ、五分遅れたけどそろそろ始めさせてもらいます!」
そう叫んだのは青髪の片手剣使いだった。顔はイケメン、そして俺には及ばないが長身と、女性がいれば惚れていたかもしれない。それにレアアイテムである髪染めアイテムを使用しているため、かなりの強者だろう。
「今日は、俺の呼びかけにに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます!」
すると、噴水近くの一団がどっと湧き、拍手や口笛に混じって野次を飛ばす。どうやら顔見知りのようだ。そういう冗談を言えるほどに余裕が出来ていると考えると、喜ばしいことだ。
「さて、こうして最前線で活動してる、言わばトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、言わずもがなだと思うけど……」
ディアベルはさっと右手を振り上げ、街並みの彼方に聳える巨塔、第一層迷宮区を指し示しながら続けた。
「…今日、オレたちのパーティーが、あの塔の最上階へ続く階段を発見した。つまり、明日か、遅くとも明後日には遂に辿り着くってことだ。第一層の……ボス部屋に!」
どよどよ、とプレイヤーたちが騒めく。俺は驚いた。まだ彼らは二十階に到着していなかったのか、ボス部屋を見つけてなかったのかと。
俺は先程まで迷宮区に潜っていたのだ。俺が今装備しているのは片手用斧の《ハード・ハチェット》は、耐久値が現在確認されている武器の中で一番高く、三日三晩戦ってやっと使えなくなるくらいだ。攻撃力は並以下だが…
俺はそれを幾らか買い占め、迷宮区に三週間程篭っていたのだ。そのため、既に二十階のマッピングが終わっているのは必然と言っていいだろう。
そして納得する。道理で迷宮区で他のプレイヤーを見なかったわけだと。
「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど……それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリア出来るんだってことを、はじまりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!」
再びの喝采。今度はディアベルの仲間たち以外も手を叩いている者がいるようだ。
ディアベルは人をまとめる、人を率いる才能があるようだ。
俺は手を挙げマップデータを提供しようとするが、ある男の声に遮られる。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
歓声がぴたりと止まり、前方の人垣が二つに割れる。空隙の中央に立っていたのは毬栗を連想させる髪をしている男だ。彼は一歩踏み出し、ディアベルの美声とは正反対の濁声で唸った。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこは出来へんな」
「こいつっていうのは何かな?まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するなら一応名乗ってもらいたいな」
唐突な乱入にも、表情を変えずに手招きしながら言う。
「わいはキバオウってもんや」
話が長かったため、短く伝えよう。キバオウと名乗った男が言いたいのは、この一ヶ月で死んだ二千人に、自分らだけ得してた元ベータテスターたちに金やアイテムを献上させて詫びを入れろ!ということだ。
名前のとおり、牙の一噛みにも似た糾弾が途切れても、声を上げようとする者はいない。
周りを見るに、言い返したくても言い返せないであろうプレイヤーが多数目に入る。
というかその二千人の中にベータテスターは入っていないのか?まぁそういうことは情報屋とかに聞かないとわからないが…
「発言いいか」
その時、豊かな張りのあるバリトンが、夕暮れの広場に響き渡った。うん、いい声だ。
声を発したのは身長百九十はあるだろうという巨漢だ。まあ俺の方がずっとデカいが…
肌はチョコの色で髪はなく、所謂スキンヘッドというやつだ。
噴水の傍まで進み出た筋骨隆々たる彼は四十数人のプレイヤーに頭を下げると、身長差の激しいキバオウに向き直った。
「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ、その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」
「そ……そうや」
一瞬気圧されたように片足を引き掛けたキバオウだが、またすぐに威勢を取り戻し、爛々と光る小さな眼でエギルという男を睨め付け叫ぶ。
ふとそこで《隠密》を使いこの場を離れていく女性プレイヤーが目に入る。フードを被っていて顔は見えず、誰も気づいていないことから、彼女はかなり《隠密》の熟練度が高いのだろう。
俺も何度か噂で聞いたことがあるが、おそらく彼女は優秀な情報屋の鼠と呼ばれるプレイヤーだろう。小柄で頬に髭のようなペイントがあることからそう名付けられたらしい。唯一のフレンドが、彼女が攻略本を作成したと教えられた。
ひとまず俺も彼女を追いかける。今ディアベルたちに、このマップデータを渡すより、彼女に渡して攻略本を作ってもらうことを先にしておいた方が何かと早くなると思ったからだ。
まぁ人違いだったら人違いだったでまたこの広場に戻ってくればいい話だ。
▽▽▽
彼女、情報屋のアルゴは、現在、攻略会議が行われている広場から見えない位置で会議の行方を見守っていた。
「………………」
すると、突如気配を感じ、後ろをバッと振り返るとそこには鉛色の壁があった。
「こんな場所に壁なんかあったカ?」
そしてその壁を見上げると、そこには人の顔が…
「うおっ!?さっきまで広場にいたデカいオニーサン!?」
するとヘラクレスは驚くアルゴを無視し、指をススっと動かすと、アルゴにフレンド登録の申請が送られてくる。
アルゴは個人としてヘラクレスに興味があったため、これ幸いと承諾する。
彼、ヘラクレスは、このSAOの中でもかなり話題になっている。プレイヤー名は知れ渡っていないが、その巨躯から街に巨人が現れたなどで有名だ。
しかし、目撃情報がかなり低く、アルゴも何度かネタを手に入れようと彼を探し回ったが何処にも現れなかった。
恐らく迷宮区に篭っているのだろうとアルゴは踏んでいる。
「ヘラクレス、か…ヘラクレスのオニーサンはオレっちに何の用だイ?オレっちとフレンドになったのは何か依頼があるからじゃないのかナ?」
「………」
無言。圧倒的無言。彼は口を開こうともしない。彼は指は動かし、メニューをずっと弄っている。何かアイテムを出そうとしているのか、いや…指の動かし方を見るに文字を打っているのだろう。誰かと相談しているのだろうかとアルゴは待つ。
するとメッセージがアルゴに送られ、それを確認すると、差出人は何と目の前にいるヘラクレスからだった。
『俺は訳あって正常に声を発することが出来ない。よって君に伝えたいことはフレンドメッセージを介して行わせてもらう』
そこでアルゴはなるほどと理解する。正常に話せないということは、《FNC》と言われるフルダイブ不適合者である可能性が高い。確か五感のどれかが機能しなくなったりと、なかなかに致命的な障害だが、中にはフルダイブ不可という例もあるらしい。
「わかっタ。じゃあまずオレっちに何の用かを教えてくれないカ?」
『迷宮区の二十階のマップデータ及びポップするエネミーとボス部屋の情報を売りたい』
アルゴは驚愕する。先程のリーダー格で、最も攻略が進んでいたであろうディアベルが、二十階に続く階段を発見したばかりだというのに、もう既にヘラクレスはマッピングを終わらせ、ボス部屋を既に覗いているという。
アルゴとしては是非欲しい情報だ。しかし、無いとは思うが嘘の情報でないとは断言出来ない。そのため容易に買うことは出来ない。
『警戒しているようだな。まぁそれが当然だろうな。俺も君の立場なら警戒するさ。先にマッピングデータを渡す。それを見れば虚偽ではないと安心出来るだろう。代金は後払いでいい。』
「いいのカ?オレっちが逃げるかもしれないゾ?」
『そうなれば俺に人を見る目がなかったということだ』
「にゃはは、なんか面白いオニーサンだナ!まあそんなことするわけないけどナ。商売ってのは信頼が大事だからナ。」
ヘラクレスからマップデータを受け取り確認すると、二十階は全てマッピングが完了していた。
そしてボスの情報を聞くに、βテストの時とは変わらず、名前は《インファング・ザ・コボルドルド・ロード》、そして取り巻きの《ルインコボルドルド・センチネル》が三匹だ。そこからボスのゲージが一つ減るたびに三匹ポップし、合計十二匹倒さねばならない。
βの時とは仕様が変わっている可能性が高いが…
『金は1000コルでいい。それ以上は不要だ』
ヘラクレスはアルゴに1000コルを要求する。本当は無料で提供してもいいのだが、アルゴは借りを余り貸したくないだろうと配慮し、この金額にした。
「ちょっ!?それじゃ安すぎるゾ!?この情報なら2〜3000くらいの値が付くんだゾ!?いいのカ!?」
『いい。俺にそのデータの価値はない。無料でもいいが情報屋的には借りは無いほうがいいだろう?』
「むむむ…わかったヨ。それでいいなら…はイ、毎度あリー」
彼はコルを受け取ると、すぐに宿屋に向かって行った。
「ありがとナー!これからはヘラさんって呼ばせてもらうゾー!」
彼は眠そうに手をヒラヒラと手を振り、その場を去った。いつまで経っても彼が小さく見えることはなかった…
▽▽▽
そして翌々日。トッププレイヤー全員は、アルゴが出版した攻略本を手にし、ボス戦に挑むためにレイドを組むことになったのだが…
俺にはフレンドがいない。
そう、俺がフレンドになったプレイヤーは二人、その内一人は故人、そしてもう一人はアルゴだ。
このゲームが始まってから少し経ったある日、βテスターのとある男と遭遇した。その男は、βテストの時は最前線で戦っていたという。
チャット越しだったが、話が合ったことにより、一時的にパーティーを組むことになったのだが…
彼は《アニール・ブレード》を入手出来るクエストで、実付きのネペントの実を割ってしまい、その臭いに釣られて集まったネペントに圧倒的物量により死んでしまった。彼が《隠蔽》で俺を見捨てて逃げようとした時点で区切りをつけ、俺はそこから木などの障害物を利用して逃げ果せた為、彼が俺を見捨てていなければ彼はまだ生きていたかもしれない。
まあ結果論なんてものは今更意味の無いことだがな。
さて…もう既に殆どのプレイヤーがパーティーを結成しているようだ。見事にあぶれてしまったな。
「なあ、アンタもあぶれたのか?」
急に話しかけられた。振り返るとそこには若干女よりの顔の少年と、フードを被った栗色の髪のロングヘアの少女、そして銀髪に赤い瞳が特徴的な小柄な少女の三人が目に入った。
あぶれているため、コクリと頷いておく。
最後の少女…何処かで見た覚えが…
「なら俺たちと組まないか。レイドは八パーティーまでだから、そうしないと入れなくなるぞ」
別に断る理由もないため、パーティー申請を送ると、すぐに承諾され自己紹介が始まった。
「俺はキリトだ。よろしくな。で、こっちのフードを被っている彼女はアスナだ。」
「私はイリヤ!よろしくねオジさん!」
イリヤ…?
嘘だろ…?