「ねぇナギちゃん」
わたしの名前を呼ぶ声に、机を拭いていた手を止めて振り向く。すると、先輩の月島まりなさんがカウンターに肘をつき、にこにこと笑みを浮かべてわたしを見つめていた。美人さんは何をしても様になる。
「はいはいまりなさん」
「ナギちゃんはさ、恋人とかつくらないのかな?」
「……は?」
思わずそう声に出してしまい、そして先輩相手に失礼だっただろうかと不安に駆られる。
高校生になって早一年。このライブハウスCiRCLEでの仕事にも随分と慣れてきた。それに比例するようにまりなさんとわたしは仲良くなっていったけれど、それでも彼女は年上なのだ。しかしまりなさんは何かを気にする様子もなく、そのまま言葉を続けた。
「ナギちゃんは美人さんだから、恋人とかいるのかなって」
「……その言葉、そっくりそのまま返しますよ」
「ふぇ!?」
「……?」
なぜかまりなさんは驚愕しているようだけど、同性のわたしから見ても、まりなさんはとても美人だ。顔立ちももちろんだけど、スタイルだって均整が取れている。
「まりなさんこそ、彼氏の1人や2人いそうですけど」
「えぇ!? い、いないいない!」
慌てふためきながら手と首をぶんぶんと横に振る。
そんなに首を振って目が回ってしまわないのかと見ているこっちが心配になる。
「そうなんですか? わたしが男なら、きっとまりなさんのこと好きになっちゃいます」
「えぇっ!? いや、でも……別に男じゃなくても……」
「?」
まりなさんが驚きに跳ね上がり、もじもじと体をくねらせながら何かを言う。
「え、なんですか?」
「ななな、なんでもないよー! 大丈夫!」
あははーと乾いた笑いを浮かべながらまりなさんがサムズアップ。よくわからないけど、それに答えてわたしも親指を立てる。こういうときは追求するのではなく、なんとなく合わせておくのがベストなのだ。
ついでにバチコーンとウィンクをすると、ぽーっとまりなさんが頬を赤く染めて惚けてしまった。
「まりなさん?」
「ナギちゃんって本当に美人さんだよね……」
「それは……ありがとうございます」
美しすぎて眩しいよー、とまりなさんが目を覆う。
うーん……みんなもわたしのことを美人だって言ってくれるけど、そんなことないと思うけどなぁ。むしろ、わたしの周りには美人が多いから、嫌味でも言っているのかとさえ思ってしまう。まあ、そんな人たちじゃないんだけど。
「美人と書いて
「いや、さすがにそれは……」
わたしの名前を美人に当て、まりなさんが褒めちぎる。褒められているのだから嫌ではないけど、なんとも言えない気持ちだ。
この話を終わらせるべく、最初の質問への返事を答える。
「とにかく、今のところ恋人はいません」
華の高校生ではあるけど、そういう話とはとんと縁がない。女子校に通っているからだろうか。
「……じゃ、じゃあ、私が立候補しちゃおっかな〜……なんて」
言ったあと、「あははー」とまりなさんが乾いた笑い声を挙げながら頰をぽりぽりと掻く。目が泳いでいるところを見ると、随分と恥ずかしい思いをしているらしい。
女同士なのだから、そんなに照れなくてもいいのに。
「そうですねー。わたしもまりなさんが彼女になってくれると嬉しいです」
「えぇ!? そ、それってもしかしてーーっ!」
「わたし、まりなさんのこと好きですし」
「わ、私っ!」
「でも、女同士ですからねー。残念」
「えぇ!?」
「え?」
あれ?
これって最終的に「残念だね〜あはは〜」で終わる流れじゃなかったの?
予想していなかった反応に、思わず固まる。
まりなさんはと言うと、なぜかぷくりと頰を膨らませていた。かわいい。
「まりなさん?」
「ナギちゃんのバカ」
「あれぇ?」
おかしいぞぅ?
あるぅえ?と眉をひそめながらあわわと慌てるわたし。
「ナギちゃんは、女の子同士とか……どう思う?」
上目遣いでまりなさんが問いかける。年上のくせになんでこんなにかわいいのだろう。
「……お互いに好きなら、いいんじゃないですか?」
本気で好きになれるなら、性別というものは些細な壁だと思う。
「なんでそんなことーー」
え、こんなこと聞くなんて、まさかまりなさん本気でわたしのこと好きだったりするの?
やばい、そう考えると急に緊張してきた。
え、ど、どどど、どうしよ。そんなこと、わたし考えたことないし。いやでもまりなさんなら……っ!?
「ーーなんちゃって」
「……えっ」
「ビックリした? 私、結構演技上手いでしょ?」
えっへん、と胸を張るまりなさんに対し、わたしは「へ?」と呆けてしまう。え、なに、どういうこと?
「冗談だよー、ナギちゃん」
「じょうだん、ですか?」
「うん、今はね」
「……なるほど」
どっと力が抜けた。どうやらわたしはからかわれていたらしい。
さっきのまりなさんのように、今度はわたしが頰をぷくりと膨らませる。
「ドキドキしました」
「じゃあ、脈ありかなー?」
「……それも冗談ですよね」
「あははー、どうだろうねー?」
「……仕事、しますよ」
ぷいっとそっぽを向いて言うと、まりなさんが「あはは、ごめんねー」と謝ってきた。それを無視して、わたしはライブの準備を行うのだった。
× × × × ×
「ってことがあって」
「ふーん?」
「もっとちゃんと聞いてよ有咲〜」
ねぇ〜、と手をにぎにぎすると「うぜぇ」冷たい一言が放たれる。けど、手を振り解かない辺り友人からの愛を感じる。
「有咲好き〜。マイフレンド市ヶ谷有咲〜」
「だらしねぇ顔……おめー、見た目と中身が合ってないよな」
「……そう?」
「外見は凛としていいとこのお嬢様なのに、中身はアホだろ?」
「ひどいよ有咲〜」
ぐすん、と涙を流すフリをすると、有咲が「はいはい」と空いた手で頭を撫でてくれる。ツンデレさんめ!
「にしても、まりなさんも可哀想だよなぁ」
「わたしじゃないの!?」
からかわれたのはわたしなんだけど!?
「ナギは……だってなぁ?」
「えぇー?」
「そういうとこだっつの」
「……どういうこと有咲〜」
全然意味がわからないよー!
「何人がナギの毒牙にかかってんだろうなぁ」
「毒牙ぁ?」
「悔しいけど、あたしもその1人なんだよなぁ……」
「えぇ?」
有咲の言葉がなに1つ理解できず、わたしたちは心の通ったベストフレンドではなかったのかと慄く。
「まぁでも、そんなおめーだからーー」
「わたしだから?」
「な、なんでもねーっ!」
……女心って難しいね。
わたしも、女心を備えてるはずなのに。