「あ……あぁっ」
震えが止まらなかった。
あの鬼の風紀委員が、氷川紗夜さんがわたしをじっと見つめているからだ。校門の横に立ち、過ぎ去る生徒なんていざ知らず、ただわたしだけを見つめている。
なんだ、私は何かやらかしてしまったのだろうか。いやでもちゃんとリボンだってつけてるし、スカートの丈も校則違反ではない。
でも紗夜さんがこんなにもわたしを見て……た、退学……か?
ごくりんちょ、と唾を飲み込み、背を丸めながら存在を消しつつ沙夜さんの前を歩く。このまま何事もなく終わって欲しい。
「……御蔵さん」
「ひゃいっ!?」
終わった。
何かやってしまったのかわたしは。だが、ここで学校生活を終わらせるわけにはいかない。島のみんなに顔向けできない。
「こ、これで勘弁してください」
財布から取り出した諭吉さんを差し出す。いや、賄賂とかではなく。
「これは?」
「これで見逃してください」
賄賂とかではないけれど、これで見逃してほしい。賄賂とかではないけれど。ほんの気持ちだから。賄賂じゃない。
「見逃す?」
きょとんと、紗夜さんが首を傾げる。鬼の風紀委員のくせに……可愛い!
「あの、御蔵さん……」
「足りないってことですか!? でもこれ以上高価なものなんて……はっ!? もしや彩ちゃん直筆サイン入り制服オフショット生写真(本人から貰った)を……!? だ、だめです! これは世界で一枚の貴重な、こればっかりは……あげません!」
いやです!とカバンを抱きしめる。彩ちゃんだけは、渡せない。彩ちゃんを渡すくらいなら全財産差し出す!
意志固く、キッと紗夜さんを睨みつける。しかし紗夜さんは困惑した表情を浮かべているだけ。
「?」
「……??」
時が止まる。なんだこのいたたまれない空気は。微妙な雰囲気で見つめ合う紗夜さんとわたし。
これは……もしかしてわたしの早とちりでは?
わたし、なんもしてないんじゃね?
「あの……」
「ふぅ、おはようございます紗夜さん。今日もいい天気ですね」
朝日が眩しい。わたしは笑みを浮かべながら燦々と輝く太陽を見上げる。
「……曇り、ですが」
「…………」
曇りだった。曇天だ。
「…………」
「曇り、ですね」
「え、えぇ」
「…………」
「…………」
× × ×
「ポテトのお誘いなら早く言ってくださいよぉ!」
「言おうとしたのに、御蔵さんが勘違いしたんでしょう?」
モグモグと流れ作業のようにフライドポテトを食べながら、嘆く。
わたしと紗夜さんは、こうして時折ポテトを食べるポテト仲間である。しかも、なんとこのファストフード店では彩先輩が働いている。会いに行けるアイドルなのだ。
さっきも彩先輩が担当していたレジに並びスマイルを10個注文した。困った表情を浮かべながらもえへっ、と変なポーズで笑顔を浮かべる彩ちゃんは超キュートだった。わたしの彩ちゃんアルバムが潤う。好きだぞ丸山、結婚しよう。
そんなわたしを隣のレジで会計をしながら、紗夜さんは冷ややかな瞳で見つめていた。ゾクゾクしますね。
「それにしても、私に見つめられただけでそんなに怯えられるとは……遺憾です」
「ええ? だって紗夜さん美人だからこう、迫力が」
「美人……そういうことなら……」
照れたのか、紗夜さんが頬を少し赤らめながら前髪を整える。反対の手ではポテトを食べることは止まっていないけど。
「そんなことしなくても紗夜さんは可愛いですよ」
「かわっ!! か、からかってるの!?」
「? 本気ですよ?」
「っ……御蔵さん、貴女は本当に……」
どうしようもない、と紗夜さんが頭を抱える。
え、わたしそんなにやばいの?
あわわ……えらいこっちゃ、と顔を青くしていると、それを見た紗夜さんが柔らかな表情を浮かべながら紗夜さんが微笑む。
「仕方のない人ね」
「……はわわ」
全てを受け入れてくれる柔らかな母性を感じる……。
「あーん」
「御蔵さん? 何を?」
「食べさせてください」
「は?」
「だめ?」
「……し、仕方ないわね。あ、あーん」
「あーん」
慈悲深い紗夜さんが、ポテトを一つつまみわたしに差し出す。それをパクりと口に含む。もぐもぐ。
「美味しいですか?」
「はい、とっても」
紗夜さんからの愛情を感じる。
「……そう」
「なんだか恋人みたいですね」
「コイビト!? な、何を言って……!」
お礼にと思い、わたしもポテトを手に取り紗夜さんに差し出す。
「はい紗夜さん、あーん」
うっ、と紗夜さんが表情を歪める。それでも窮することなく「あーん!」とポテトをさらに差し出すと、観念したのか紗夜さんが髪を押さえながら口を開く。
「……あーん」
「美味しいですか?」
「え、ええ……悪くないわね」
「あは、ラブラブですね」
にひ、とわたしが微笑んで見せると、紗夜さんが頬を赤らめる。きゅんです。
「また一緒に食べにきましょうね」
「……ええ、また」
このあともお互いに食べさせ合いながら、楽しい時間を過ごしたのだった。
× × ×
「ってことがあってね」
翌日のお昼。向かい合いながらお弁当を食べている有咲とわたし。先日の紗夜さんとの出来事を話したところ、有咲はどこか不満そうに見える。
「あーん」
しかめっ面をした有咲が、卵焼きを差し出す。わたしは素直にその卵焼きをいただく。
「あーん」
「……うめぇかよ」
「うん。おばあちゃんの卵焼き好き」
甘くて優しい味がする。
「有咲はママってよりは、お嫁さんだよね」
「ちょま!? お嫁さんっておまえ!」
「母性って感じじゃなくてね、好き好き〜って気持ちが伝わってくる」
「はぁ!? 別に好きじゃねぇ!」
「わたしは有咲のこと大好きだよ〜?」
あは〜、と笑いながら有咲の手に指を絡める。
「そ、そんなにチョロい女じゃねーから?」
「はいはいちょままちょまま」
「〜っ! だからぁ! ちゃんと口説いてくれれば……その、あれじゃんか!」
「あは、そういうところがチョロいんだよ有咲」
「はぁ!?」
「でもね、そんなところも含めて、有咲が好きだよ。可愛い」
「あぁもう! ナギの女たらし〜!!」
イッパイカンソウ、オデ、ウレシイ。
カンソウクレタラ、ガンバレル。