夕日が差し込み、朱色に染まった教室にぎこちない音色が響く。譜面と鍵盤を見比べながら、必死に指を動かす。
週に一度、わたしはピアノを習っている。
特に目的があるわけではない。ただ、うん。わたしも少しはみんなに近づきたいのかもしれない。
特別レッスンの先生は、花咲川女子学園の会長さんで、Roseliaのキーボード担当の白金燐子さん。黒く艶やかな髪に、穏やかな顔立ち。とびきりの美人さんだ。……スタイルもいい。抜群に。
そんな燐子さんはわたしの隣に座り、音色を聴きながらうんうんと頷いてくれている。なんとか指定されたところまで弾き終わり、ふっと息を吐く。
「……すごいです。少しずつ……弾けるようになっていますね」
「うーん……でもやっぱり、左手がなんだかうまく動かないです」
利き手ではないのだから当然なのかもしれない。
「私も、最初は……そうでした」
「やっぱり慣れですかね?」
「それも……あると思います。人によりますが、左手で文字を書いたり、お箸を使ったりする方もいますね……」
「燐子さんも?」
「いえ……私は、よく左手をマッサージしたりします」
言うと、燐子さんはおもむろにわたしの手を取り、ふにふにと指を動かす。
「こんな……感じです。緊張していると、動きが固くなりますから」
「なるほど」
白く滑らかな指が、わたしの手の上で踊る。
ほへー、とわたしは燐子さんの指の動きをまじまじと見つめる。
「あの……御蔵さん……?」
「はい?」
「ちょっと、ち、近い……です……」
言われ、顔を上げる。
至近距離で燐子さんと見つめ合う。吐息がかかるような距離。
夕暮れの音楽室で見つめ合う2人。まるで小説のワンシーンのようだ。紫紺の瞳に吸い込まれるようで、動けない。
「…………」
「あの……?」
私が何も言わないでいると、恥ずかしいのか彼女が頬を染める。美人さんが恥ずかしがる姿は素晴らしい。
ふと、いたずら心が働いてそのまま彼女から目を離さないでいると、そっと瞼を下ろす。
「は、初めてなので……優しく、してください……」
「?」
恥ずかしすぎて目を閉じたのかな?
「ごめんなさい燐子さん。意地悪しちゃいました」
「……ふぅ」
「なんでため息?」
「いえ……御蔵さんの
「え」
燐子さんの目が死んでいる。
それに、燐子さんにしては珍しくどこかトゲのある言い方だ。気を悪くしてしまっただろうかと慌てる。彼女はわたし的怒らせてはいけない人ナンバーワンなのだ。
そんな私を見て、燐子さんが柔らかく微笑む。
「ふふ、悪戯……しちゃいました」
「も、もお〜!!」
ポカポカと、燐子さんを叩く。それを楽しそうに微笑みながら燐子さんが受け止める。
しばらくしてから、
「あ、そういえば燐子さん。わたし、最近あこに勧められてNFO始めたんです」
「ッ!?」
NFO、NeoFantasyOnlineとは、燐子さんやあこがプレイしているオンラインゲームである。
「まだあこに助けてもらってばっかりでーー」
中々難しいですね、そう伝える前に、燐子さんのがずずいと体を前のめりにし、わたしの手を握る。
「い、い、今何レベですか??」
「へ?」
「御蔵さんはジョブ何を選びましたか?」
「し、シーフです」
「盗賊……御蔵さんらしい……じゃなくて、それなら今のイベントの報酬は是非ほしいところですね。ぜひ今度あこちゃんと3人でプレイしませんか?」
ふんすふんす、と燐子さんが珍しく興奮している。
「あ、はい。あこと話して、燐子さんも誘おうって」
「いつなら空いてますか?」
そう言うと、燐子さんは鞄から手帳を取り出し予定を確認し始める。
「この日は生徒会、この日はレコーディング、次の日は練習……こ、この日とかどうですか?」
彼女の興奮ぶりに、思わず笑いがこぼれる。頼れる先輩に、可愛らしい一面を発見出来た。
「はい、ぜひ」
「ーーは、はいっ! 楽しみです!」
燐子さんと約束を交わし、今日のレッスンは終わりを迎えた。
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「ってことがあってね」
後日、わたしの部屋でいつものごとく有咲と最近の出来事について話す。
「あ゛?」
有咲の瞳から光が失われる。最近みんな光失いすぎじゃない?
「え?」
「ハァん?」
キレていた。
市ヶ谷有咲は、キレていた。
マジギレである。
口をへの字に曲げて眉間に皺を寄せ、怒りを全身で表現している。
「あの……」
「なあ、それさぁ、私に聞けば良くね?」
「え、あ、はい……」
「なんで私じゃないわけ?」
「え、アッ、いやぁ……」
なんとかして有咲のご機嫌を取らなければ……。
「だって……」
「だって?」
「有咲と一緒にいると、有咲といちゃつきたくなっちゃうから……」
「……ふぅん?」
ぴくり、有咲の眉が反応する。
釣れました。
「じゃあ、ん。別に、いちゃいちゃしてやってもいいけど?」
そっぽ向きながら、有咲が両手を広げる。彼女の要求に応えて、わたしも両手を広げ、その両手を有咲の背中に回す。
少し高い体温と、甘い香り。彼女から溢れた吐息が耳をくすぐる。
「へへ……」
「大好きだよ、有咲。愛してる」
「ん」
甘えたいのか、有咲がわたしの首筋に唇で軽く触れる。
手を伸ばし、有咲の頭を撫でる。
有咲と触れ合っていると胸が高鳴る反面、どこか安堵も感じる。
「ふふ、くすぐったいよ」
「んっ、ちゅ……私も、大好きだから」
「知ってる」
「今日、ナギん家泊まるから」
「いいよ」
泊まる頻度も高いので、うちには有咲の下着やパジャマ、私服や歯ブラシが置かれている。いつでも準備バッチリなのだ。
「じゃあ、もっといちゃいちゃしよっか」
「……ん」
羞恥と歓喜が混じり合った頷き。
わたしの有咲は、こんなに可愛い。
2人でベッドに倒れこみ、腕だけではなく足を絡める。お互いの身体を、これでもかとくっつける。
しばらくしてから、制服にシワができるからと2人でお風呂に入ってから、またベッドでじゃれつく。
こうして、今日も1日有咲とわたしは存分にいちゃいちゃしたのだった。
お待たせ、待った? はは、もちろん今来たとこだよね、わかってる。
……ふふ、ごめんて。
最近有咲パートの方が長くなってきているのが悩みです。
もう付き合いなよ、きみたち。