この世界には、天使がいる。
くりくりの目に、ゆるふわカールの髪の毛。顔立ちはお人形のように愛らしく、しかもドジっ子属性で天然。まさにアイドルになるために生まれてきたような女の子。
その名は、スーパーキュートウルトラスイートミラクルハイパーラブリーマイエンジェルまゃるやま彩ちゃん。アイドルバンドPastel*Palettes、通称パスパレのボーカルである。
「彩ちゃんかわいいよー!」
彩ちゃん法被を見にまとい、壁に貼られた彩ちゃんのポスターを拝みながら涙を流す。
なんだこの天使は……生まれてきてくれてありがとう。彩ちゃんと同じ時代を生きられることにマジ感謝。サンキューゴッド。
「あ、あの〜、ナギちゃん?」
マイスイートエンジェルに祈りを捧げているわたしに、くりくりおめめにゆるふわヘアーの丸山先輩がおずおずと声をかける。
「本物がここにいるんだけど……?」
「見てください丸山先輩! 今回のポスターも最高です! この、なんとも言えないクソダサポーズが一周回って超かわいい! これを表に出そうと思った撮影班にマジ感謝です!」
「えぇ!? だ、ダサい!?」
「ダサいです。でもそれが良い!」
「えぇ……ダサいかなぁ?」
丸山先輩は可愛らしく首を傾げてから「えいっ!」ポスターの彩ちゃんと同じポーズをとる。
目の前の天使に思わず愛を叫んでしまいそうになるが、ぐっと拳を握り堪える。そして「だ、ダサい、ですっ」と声を裏返しながら冷静に答える。
「むぅ……」
「ぐはぁっ!?」
ぷくりと可愛らしく頬を膨らませる丸山先輩に、思わずわたしは胸を押さえ膝をつく。尊い……死ぬ……。
しかし、わたしはここで目の前の彼女に負けてしまうわけにはいかない。あくまでも、わたし家に遊びにきているのは同じ学校に通う1つ年上の丸山先輩であって、パスパレの彩ちゃんではないのだ。
わたしは朝昼晩と彩ちゃんに祈りを捧げる限界オタクだが、公私混同はしないのである。
「それはそれとして丸山先輩、今日はもう帰ってもらっていいですか?」
「ええ!?」
「なんか、うん、限界なんで」
心が。
「丸山先輩も360度自分のグッズがある部屋にいたくないでしょ」
ワンルームのこの部屋は、ただでさえスペースがないのにそのわずかな余裕を彩ちゃんグッズが占領している。わたしのお気に入りは彩ちゃんを模して作られた彩ぐるみ(笑顔、困り顔、ウィンクの全3種類)である。
……聞いて驚け、なんとパンツがのぞける。
「そんなことないよ? むしろこんなに私のこと好きでいてもらえて嬉しいけどな」
そう言い、丸山先輩がきょとんと小首を傾げる。
懐が深すぎる……これが天使か。心が洗われるようだ……いつもぬいぐるみのパンツのぞいててすみませんでした。
「いやいや、普通怖いですよ」
「う〜ん……そうなのかなぁ……」
「ここまで好かれてるなら襲われたりするかもじゃないですか」
現になんか首元とかクンクンしたい。絶対いい匂いする。腿をつまむことでなんとか堪えてるけど。
「別に……ナギちゃんになら襲われてもいいんだけどな」
「え、なんですか?」
「な、なんでもないよ! えっと、それよりなにしよっか!?」
「え、あ、はい」
あははー、と乾いた笑いを浮かべながら丸山先輩が何かを誤魔化す。別にそれを追求する気はないのだけれど、なにやら丸山先輩の顔が赤いのが気になる。
「顔赤いですけど、大丈夫ですか?」
「えぇっ!? だ、大丈夫だよ!?」
「最近仕事も多いみたいですし、体調が悪いんじゃ……」
まさか熱があったり……?
心配になったわたしは、丸山先輩のおでこに手を当て、体温を測る。
「あ、あのっ、ナギちゃん?」
「う〜ん……熱はなさそう、ですかね?」
……熱があるのかよくわからないので、おでこをくっつけようと顔を近づけると「え、えぇ!?」と丸山先輩は慌てた後に、意を決したかのようにぎゅっと目を瞑る。
こつんとおでこが当たるのと同時に「わ、私、初めてだから!」と丸山先輩が謎の宣言。
「ふぇ?」
しばらくそのまま体温を測り、確認を終えたので距離を取る。
「やっぱり少し熱いような……」
「キスしないの……?」
「へ? キス?」
わたしが眉をひそめると、ぽぅっと呆けた表情を浮かべていた丸山先輩が「……っ!?」我に帰る。
もしかして、勘違いをさせてしまったのだろうか。
「えっと、えっとぉっ……」
恥ずかしいのか、あわあわと慌てふためく丸山先輩を見ていると、ゾクゾクと嗜虐心がそそられてしまう。
「丸山先輩、キスされると思ったんですか? やらしいですね」
「ふぇっ! ちが、私っ!」
「しかも目も瞑って……キスして欲しかったんですか?」
丸山先輩の顎に手を添える。
「丸山先輩……目、閉じてください」
「えぇ!? あの、その…………はい」
わたしの言葉に応じ、素直に目を閉じる丸山先輩。その瑞々しい唇に少しずつ近づき……こつん、丸山先輩の額を軽くチョップ。
「え??」
「丸山先輩押しに弱すぎです。後輩として、そして1人のファンとして心配です」
「えぇ??」
「丸山先輩はかわいいんですから、もっと自分のことを大切にしてください」
あははーわたし心配ですよぉ〜、と軽快に笑いながら丸山先輩の肩をポンポンと叩く。すると何故か丸山先輩の身体がプルプルと震え始めた。
「あれ? 丸山先輩?」
「……ナギちゃんの、ナギちゃんのっ!」
手を握り締め、丸山先輩が立ち上がる。
「おたんこなす〜っ!!」
「おたんこ!?」
そう言い捨てると、丸山先輩はあっという間に玄関から出て行ってしまった。
残されたのは、呆気にとられたわたし1人。
……少しからかいすぎたのだろうか。
それにしても……
「あーっ!! 彩ちゃんかわいいー!!」
こんなことを続けていて、いつかパスパレを愛する同志たちに闇討ちされないか心配だ。
けれど丸山先輩と触れ合えるこの状況に、わたしは花咲川に入学してよかったと、そう思うのだった。
× × ×
「ってことがあってね」
後ろから有咲を抱きしめながら、先日の話を聞かせる。有咲はツインテールの毛先をいじいじと弄びながら、つまらなそうに話を聞いていた。
「もっと興味持って! 食いついて!」
「はぁ? ドルオタキモ」
「…………」
酷くない?
「仕方ないじゃん、好きなんだから。彩ちゃんはね、天使なんだよ。天使というのは人間よりも高位な存在だからね。その魅力に惹かれてしまうのは当然のことであってーー」
「キモ」
「……………………」
わたしでも傷つくことはあるんだけど。
「……その好きってさぁ、ちゃんとライクなんだよな」
「え? うんまあ、そうだね」
「じゃあいいけど」
そう言うと、有咲がわたしの手を握り「あんま他の人ばっか見てんなよな」と呟く。表情は見えないが、耳が真っ赤に染まっている。
もお〜かわいいね有咲は〜!
「ちゃんと有咲のことも好きだよぉ」
「……ほんとかよ」
「ほんとー」
抱き締める腕に力を入れると、有咲が「へへへ」と嬉しそうに笑い声をこぼした。
「ふーん……なんつーか? 私も別にナギのこと嫌いじゃねぇつーか? むしろどちらかと言うと好き的な?」
「香澄とどっちが好き?」
「はぁ!? んなの決めれるわけねーだろ!?」
「え〜有咲の浮気者〜」
「なっ!? それはだって……仕方ねーだろ2人とも大好きなんだから!」
「大好きだって。有咲ったら大胆〜」
「か、からかってんじゃね〜っ!!」
今日も有咲はちょろいのでした。
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