「るんってきた!」
「…………きちゃったかぁ」
にゃるほどぉ……とあくび混じりに返事をする。
暗い部屋の中を見渡し時計を確認すると、時刻は深夜3時。就寝中、唐突に鳴り響いた着信に飛び起きたらこれだ。
電話の相手は氷川日菜ちゃん。彩ちゃんと同じパスパレのメンバーで、羽丘女子の生徒会長さんでもある。彼女の奇天烈な行動に、副会長のつぐちゃんはいつも振り回されているらしい。
一つ年上ではあるけど、日菜ちゃんと呼んで欲しいとの本人たっての希望で、そう呼ばせてもらっている。
「日菜ちゃん……今何時だと……」
「3時!」
るんっ!と明るい声で返事をする日菜ちゃんに、思わず「ははは」と渇いた笑いが湧いてくる。
「……せいか〜い」
「やったー!」
電話越しからでも日菜ちゃんの満面の笑みが見えるようだ……
「……それで、どうしたのこんな時間に」
むにゃむにゃと、目元を手で擦りながら問う。
「ねぇナギちゃん! お星さまがすっごく綺麗だよ!」
「おほしさま……」
ほえー、と呑気な返事を返しながら窓に目を向ける、カーテンに覆われていてその夜空を眺める事はできなかった。立ち上がってカーテンを開く気力も起きない。きっと日菜ちゃんはその感動をわたしに伝えたかったんだろう。
「教えてくれてありがとー、日菜ちゃん。でもわたしまだ眠たいや」
「え〜? 今から一緒に見に行かない?」
「ヴェ!?」
日菜ちゃんの言葉に、一気に目が冴える。え、いやだって3時だよ!? しかも明日、っていうか今日学校だよ!?
「でも日菜ちゃん、今日も学校で……」
「ねぇ今お家の前にいるから、会えないかなぁ?」
「ひぇ……」
とんでもない行動力に慄きながら「嘘だろオイ……」と体を起こし、ベッドから立ち上がりカーテンを開け、外の様子を伺うと街灯の下でブンブンと手を振っている日菜ちゃんを見つけた。
わー良い笑顔。
「おーい! ナギちゃーん!」
「ほんとにいる!?」
あわわ事件や、とパジャマのまま慌てて玄関に向かい、カランコロンと音を鳴らしながら古びた階段を降りる。
これがアイドルのやることかよぉ!
「おはようナギちゃん!」
「おはよう日菜ちゃん……じゃなくて! こんな真夜中に1人で歩いてたら危ないよ!?」
「心配してくれるの? えへへ」
「…………」
照れている場合じゃないんだよ日菜ちゃん、そんな言葉をぐっと飲み込んで日菜ちゃんの手を握る。
「今から歩き回るのも危ないし、とりあえずわたしの部屋に行こ?」
「ナギちゃんのお部屋!? 行きたい行きたーい!」
わーい!と呑気に微笑んでいる日菜ちゃんの手を引き、慌てて来た道を帰る。トンテンカンと足音を鳴らし、ぎぃ、と重たい音の鳴る扉を開く。そしてガチャリと鍵を閉め、ふぅと息を吐いた。
はぁ、と胸を撫で下ろすわたしに反し、日菜ちゃんはさっさと靴を脱いで「わーいナギちゃんのお部屋だー!」とはしゃぎながらベッドに腰を下ろした。
「もー……こんな真夜中に1人で歩いてたら危ないよ日菜ちゃん」
「えー? でも何もなかったし平気だよー」
へっちゃらへっちゃら、と日菜ちゃんが体を揺らす。
「……もう今日は危ないから泊まっていって」
「本当!? わーいナギちゃんとお泊まりー!」
喜びに笑顔を浮かべながら、日菜ちゃんがベッドに横たわる。
そんな日菜ちゃんをよそに、わたしは頭を抱える。
「氷川先輩になんて言えば……」
「おねーちゃん? 大丈夫だよー」
全く根拠はないはずなのに、日菜ちゃんがケラケラと軽快に笑い飛ばす。
「バレたら絶対怒られるもん……」
「えー? でもあたし、ナギちゃんとなら怒られても良いかなー」
「わたしが良くないんだよなぁ」
氷川先輩はなぁ……怒ると怖いからなぁ……やだなぁ……
「まあまあナギちゃん、大丈夫だよー」
「……はい」
もう諦めるしかないのだろう。素直に怒られよう。わたしは何も悪くないけど。そういえば、なんか日菜ちゃんと仲良くしてると氷川先輩ちょっと拗ねるんだよね。妹が取られるとでも思っているのだろうか。
「じゃあ日菜ちゃん、パジャマ貸してあげるからもう寝よう?」
「ナギちゃんのパジャマ!? うん寝るー!」
えへへー!と日菜ちゃんが、これから寝る人の笑顔とは思えない元気な笑みを浮かべる。本当に、日菜ちゃんには太陽のような笑顔がよく似合う。
「わーナギちゃんの匂いだー!」
わたしのパジャマに身を包んだ日菜ちゃんが、袖元を鼻に近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「恥ずかしいからやめてよ日菜ちゃん」
「えー? この匂いるるるんってなるのにー」
「るるるんっ、かー」
すごいねーはいはいはいー、と適当にあしらいながら日菜ちゃんをベッドに誘導する。そして狭いベッドに2人で密着して横になった。一人暮らしだからね、布団とかないし。
「えへへ、るんってするね!」
日菜ちゃんが私の腕を胸に抱きながら言う。
「ごめんね狭くて」
「んーん、ナギちゃんとくっつけてるんって感じ!」
「なら、良かった」
「……本当はね、ナギちゃんに会いたかったんだー」
「……そうなの?」
「うん。最近会えてないなって思ったら、我慢できなくなっちゃって」
「そう……かも」
学校はもちろん違うし、パスパレも最近は収録でかなり忙しいらしい。確かに言われてみれば、最近は日菜ちゃんと会うことも減っていたかもしれない。
ふと横に目を向けると、日菜ちゃんはいつもの太陽な笑みではなく、幸せを噛みしめるような穏やかな笑みを浮かべていた。
そんな顔されると……ねえ?
「……じゃあ今日は朝までお喋りしよっか」
「うん!」
こうして日菜ちゃんとわたしは、日が昇るまで他愛もない話を続けたのだった。
× × ×
「ってことがあってね、眠たい」
うららかな昼下がり。中庭の芝生にシートを敷き、有咲と2人でお昼を過ごす。いつもはポピパと一緒にご飯を食べている有咲だけど、今日久しぶりの有咲とのランチ。大切な時間なので起きていたいのだが、お腹も満たされて眠気がダイマックスだ。あと3ターン耐えられそうにない。
「ふーん……その、なんだ。良かったらだけど。ね、寝るか?」
「えー?」
「ひ、膝枕とか、してやっても良いけど?」
なにそのラブラブイベント。すっごい魅力的。
「じゃあお言葉に甘えて」
眠気が凄まじいわたしに迷いはなかった。よっこいしょと横になり、有咲の腿に頭を預ける。程よい柔らかさに、程よい弾力。視界には有咲の豊満なお胸。そしてわたしの顔を覗き込む有咲の穏やかな表情。
「天国や……」
「何言ってんだお前」
呆れた笑みを浮かべながら、有咲の手がわたしの髪をすく。その柔らかい手つきに、安堵感を感じる。
気が緩んだからか、一気に睡魔が襲いかかってくる。目蓋が重い。
「あのさ、今度……ウチにも泊まりに来ねぇ?」
「うん……行く……」
「約束だかんな」
「うん……うん……約束……」
ぼんやりと、意識が薄れていく。ついに耐えきれず、視界が真っ暗になる。
「……おやすみ、ナギ」
頬に何かが触れた気がしたが、もう聞く気にもならなかった。今はただ、この眠気に身を投げ出すばかり。
「……あ、りさ……」
こんなに良いことづくしなら、寝不足なのも悪くないかな……そう思ったとある春の1日だった。
おまたへー