音楽には、夢がある。
声は、音は、ただの空気の振動でしかない。何かが震えて発せられた空気の波が、ただ鼓膜を揺さぶっているだけだ。
それだけなのに、心さえも揺さぶられてしまう。
キラキラドキドキ、してしまう。
今日も今日とて、わたしはCiRCLEで汗を流している。フロアを磨き、机を拭き、機材のチェックを行い、お店の前の掃除もする。
……おいおい、わたし働き過ぎでは?
ふぃ〜、と額に浮かんだ汗を拭いながら自分の仕事ぶりに悦に浸っていると、ライブ開始を待っている女の子たちが「雛菊さん!」と声をかけてくれるので、ひらりと手を振って返事をする。なぜか「キャー!!」と悲鳴を上げられるのはいつものことだ。嫌われているのか好かれているのかよくわからない。
あたりを見回すと、今日はポピパとロゼリア、アフターグロウにハロハピにパスパレと最近話題の5バンドが揃うこともあり、お客さんがかなり多い。わたしも後で彩ちゃん法被を着て最前列でペンライトを振ろう。
その為にお仕事を頑張ろうねおるぁ!と勢いよくホウキを履いていると、おろおろと、お店の前で何かを迷っている女の子たちを見つけた。気の弱そうなみ空色の髪の少女と、背の低いツインテールの女の子、そしてザ・ギャルな金髪の少女の3人。
「じゃあ田中?」
「田中じゃない! 二葉!」
「名前知らないんだ……」
あの制服は、月ノ森女子学園だ。超お金持ちか、一芸に秀でた人が通う超お嬢様学校……らしい。あんなお嬢様学校でもバンドに興味とかあるんだなぁと、とんでもない偏見を抱いた思考で彼女たちを見つめていると、み空色の髪の少女とパチリと視線がぶつかる。
そしてなにやら隣のツインテールの女の子にコソコソと話しかけ、ツインテールの少女の2本の尻尾がぴこんと跳ねる。かわいい。
その女の子が、とてとてとこちらに歩み寄ってきた。
「あ、あのっ!」
「はい?」
「ここのお店の方ですか!?」
「そうですけど……」
「は、入り方教えてください!」
二つ結びの女の子はきゅっと口を結び、少しほおを赤く染めている。
どうにも庇護欲をそそるその様に、わたしはにこりと微笑み入場の方法について説明をする。それをうんうんと素直に頷きながら聞いていた女の子は「あ、ありがとうございました!!」と元気よくお礼を言って2人の元に戻った。そしてふふん、とドヤ顔でわたしが話した言葉を一言違わず話している。
癒される……おそらく年下であろうその姿にほんわかしていると、受付に向かう前にみ空色の女の子が声をかけてきた。
「あの……ありがとうございました」
女の子はどこか自信がなそうな様子で、少し俯きがちにボソボソと喋る。なんだかそのまま放っておいてはいけない気がして、思わず声をかける。
「ふむ……ね、名前はなんていうの?」
「えっと……倉田ましろ、です」
「じゃあ、ましろちゃん」
少し腰を曲げ、視線を同じ高さに合わせる。美しい薄青色の瞳がゆらゆらと揺らめく。
「ましろちゃんはどうしてここに?」
「二葉さん……同級生に、誘われて……」
「音楽好きなの?」
「そういうわけじゃ、ないですけど……ただ」
「うん」
「私、変わりたくて」
そう言うと、ましろちゃんはきゅっと口を固く結び顔を上げた。あんまりにも固く真剣な表情だったので、わたしはついましろちゃんの頭に手を伸ばしてしまった。
「え、あの……?」
パチクリと、ましろちゃんが驚きに目を見開く。
うん、ついやってしまったものは仕方がないので、そのまま彼女の頭を撫でる。
そう固くなる必要はない。だって音楽は、バンドは、キラキラドキドキするものだから。
「よしよし」
「えっと……?」
「大丈夫。きっとここでましろちゃんも出会えるよ」
「え?」
「ましろちゃんがキラキラドキドキする何かに」
にこりと微笑むと、ましろちゃんの頰がほんのりと朱に染まる。その表情は、どこか惚けているように見える。
「……かっこいい……」
「ましろちゃん?」
「……はっ!? な、何でもないです! 励ましてくれて、ありがとうございました! し、しつ、失礼します!」
あわあわと、ましろちゃんが覚束ない足取りで2人の元へと駆けて行く。その背中を見送りながら、わたしは首を傾げる。
なんだか、様子がおかしかったような……?
もしかして、初対面なのに馴れ馴れしかっただろうか。
ううむ、と束の間悩んだが、過ぎてしまったことはどうしようもないと開き直り、再び業務に戻る。
こんなだから有咲に「デリカシーがねぇ!」なんて言われてしまうんだろうか……
そして、あっという間にライブが終わった。流石のわたしもお仕事中にオタ芸を披露することはできず、後ろの方で「へへ、成長したな」と後方彼氏面をするに留まった。
いや……デビュー当時、むしろ研究生時代から彩ちゃんを応援しているのだから、これはもはや彼氏と言っても差し支えないのでは?と危険な思想に至ったところで「すごい!!」という弾んだ声で我に帰る。
声のする方は視線を向けると、ましろちゃんたちが頬を赤らめてはしゃいでいた。
「超ヤバかった! カッコよすぎ〜っ!」
「アイドル初めて見た! かわいかったよね!」
「あと、ポピパも! ポピパのステージ……すっごくキラキラしてた!」
3人の様子を見ていると、わたしが初めてここに来たときのことを思い出して思わず笑みが溢れてしまう。そして、わたしの友達がこんなにも褒められると、どこか誇らしく感じられた。
しばらく3人の様子を見ていると、視線に気がついたのかましろちゃんがこちらを向いた。そして、視線がぶつかると「あっ!」と声を上げる。
「て、店員さん! 店員さんの言った通りでした! ポピパのライブ……青空に星がたくさん光っているみたいで……キラキラしてました!」
駆け寄りながら、我慢できないと言った様子でましろちゃんが言う。
「うん」
「それに、何かが始まる予感がして、すごくドキドキしました!」
興奮気味なようなので、よしよしと頭を撫でて落ち着かせる。なんだかましろちゃんって小動物感というか、末っ子のような雰囲気がある。
「よしよし」
「あ……えへへ」
「ましろちゃんが満足したみたいでよかった」
「はい! 私、バンドやろうって思います! 皆さんみたいに、キラキラしたいです!」
「うん、何かあったら相談して。ましろちゃんのこと、応援してる」
ましろちゃんの頭から手を離し、持っていた付箋用紙に電話番号とトークアプリのIDを書いて渡す。
「いつでも連絡して」
「い、いいんですか!?」
「うん。ましろちゃんがよければだけど」
「そんな……すごく嬉しいです……!」
渡した付箋用紙を、ましろちゃんが宝物のように胸に抱く。
「あの、店員さんのお名前教えてください」
「雛菊。御蔵雛菊」
「雛菊さん……えへへ」
「よろしくね、ましろちゃん」
「はい! 雛菊さん!」
こうして、ましろちゃんと私は出会ったのだった。
× × ×
「おいナギ、お前この前ナンパしてたろ」
膝の上に座る有咲が、わたしの手を弄びながら言った。その言葉はどこか刺々しく感じる。
「ナンパ?」
「なんか、月ノ森の……」
「ああ、ましろちゃん?」
「……ナギは、私のだかんな」
「嫉妬?」
「……うん」
有咲はこくりとうなずき、わたしの手に自分の手を絡める。
「有咲はかわいいなぁ」
「なら、もっと構えよ」
「えーこんなにイチャイチャしてるのに?」
「もっと」
「じゃあちゅーする?」
「ちょま!?」
「なんちゃってー」
「あーもー! ナギのバカー!」
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