憑依in月姫no短編   作:HOTDOG

10 / 12
9. 冬木。弓塚さつきと 前編

「いらっしゃい、サツキ。待ってたわ。遠いところご苦労様」

「えへへ、久しぶり、キャスターさん!」

 

 

弓塚と二人で訪れたのは、かつて聖杯戦争で戦い抜いた冬木の地。

キャスターに用があるという弓塚に同伴する形で、彼女の住む柳洞寺を訪問した。

 

微笑みながら出迎えてくれるキャスター。

弓塚の手を取って家に招き入れるその姿は、まるで彼女の母親だ。

 

聖杯戦争初期頃のような、フードで顔を隠して冷ややかにこちらを見ていたキャスターの面影はない。

一緒に聖杯戦争を勝ち抜いたことで育まれた絆の影響か。

はたまた原作通り葛木宗一郎の奥さんとなった影響か、キャスターの表情は以前見たどれよりも柔らかい。

 

穏やかな雰囲気に、自分も久方ぶりにキャスターへと声を掛ける。

 

 

「会うのは一年ぶりくらいか……ほんと、久しぶりだな、キャスター」

「……ちっ」

 

 

一転、舌打ちされた。

……はい、一部撤回。好感度高いのは弓塚の方だけですね、すみません。

 

しかし人の顔見るなり露骨に嫌な顔されるとか、かなり心が傷つくのだが……。

そもそもキャスターとは長い間、会っていなかったのだ。

彼女を害する行動など取った覚えはないし、印象が上向くことはなくとも、下がることもないのではないか?

 

 

「……この、三股男」

「……」

 

 

ボソリと吐き捨てるように呟いたキャスターの言葉で、一瞬で彼女の心境を理解する。

キャスターから大いに蔑まれた視線に冷や汗を流すと同時に、少しばかし恨みを込めた目で弓塚へと顔を向けた。

 

鮮花の告白騒動から、まだ半月も経っていない。

にも関わらずキャスターが事情を知っているということは、大方、弓塚が手紙か何かでやり取りしたのだろう。

いくら世話になったキャスターとはいえ、何でも身内の騒動を赤裸々に話すのはいかがだろうか――と言った感情を瞳に込める。

 

目が合った弓塚は申し訳なさそうに……なんてことはなく、笑顔。

鬼が静かに笑ったような、そんな顔。

 

 

「――何かな、アキ君。わたし、何か悪いことした?」

「……い、いや、弓塚は何も。全面的にこっちが悪いぞ、うん」

 

 

止まりかけた呼吸を無理やり動かし、何とか平然を装って返事をした。

……まぁ、この件は本当にこちらに否があるので、拡散されても仕方ない。

鮮花を含めた自分や弓塚、琥珀との関係模様については、無難な着地点に収まるまでこちらの頭は常に下がりっぱなしだろう。

 

ただ、こちらにも少しばかりの言い分はある。

弓塚の威圧感籠った薄笑いにたじろぎながら、反論するように呟いた。

 

 

「し、しかしだな……実際に三股したわけじゃないんだし」

「……『妥協しない鮮花が好きだから』は?」

「え?」

「……」

 

 

言い訳直後、弓塚の一言に固まる。

なんでその一言を知っているのか。それを問いただせる雰囲気では到底ない。

 

 

「……あの日の鮮花ちゃん、すっごい上機嫌だったんだけど」

「……」

「……ねぇ」

「……はい、ごめんなさい」

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

9. 冬木。弓塚さつきと(上)

 

 

 

 

柳洞寺の玄関先で弓塚に深々と謝罪した後、キャスターの後をついて彼女の自室へと足を運ぶ。

元々は客室の一つだったらしいが、キャスターは今や葛木宗一郎の妻であり、もはや客人の立ち位置ではなくなっている。

相応の自室を与えられ、夫婦一緒に不便ない生活が送れている様子であった。

 

最も、葛木宗一郎も元は客人の立場であるため、夫婦でずっと柳洞寺に住み続けるかはわからない。

原作より更に時が経ったなら柳洞寺を出て夫婦の家を構える可能性もあるだろうと、少し未来を夢想した。

 

テーブルにお茶菓子がそっと置かれる。

こちらを持てなしたキャスターは、ゆっくり口元をあげて弓塚に微笑んだ。

 

 

「改めて――サツキ、懐妊おめでとう。人の心を持つ貴女が人の暮らしに戻れた時は嬉しかったけど……まさか赤ちゃんまでできるなんて、私事のように嬉しいわ。連絡、ありがとうね」

「はい、わたし自身びっくりしましたけど……とても嬉しかったですし、たくさんお世話になったキャスターさんにはすぐ知ってほしかったですから。その、新婚生活を邪魔しちゃったのならごめんなさい」

「ふふ、気にしないの。新婚は十分に味わったわ。あの人も教師と言う職業柄、今日も職場に出掛けているしね」

 

 

そう言ったキャスターは、窓の向こうを見つめる。

その先に、夫が勤める職場、高校があるのだろう。

 

満たされつつ、しかし少し物足りなさそうな顔をしたキャスターは、部屋の隅に片してあった裁縫道具を指さしてそっと微笑む。

 

 

「日中は割と手が空いていて趣味に没頭してしまうことも多いから、今日はサツキが来てくれて嬉しいの」

「……そういえば、今日は何の用でキャスターのところまで来たんだ、弓塚?」

「あら、サツキ。まだマスター……三股男には言っていなかったの?」

 

 

こちらの呼び名をわざとらしく言い直すキャスター。

言われるごとに心臓掴まれてる苦しさがあるのでやめてほしい……と心の中で呟いておく。

 

キャスターに言われた弓塚は、少しバツの悪い表情を見せる。

 

 

「えっと……もちろんアキ君に話そうとは思っていたんですけど、鮮花ちゃんの件で怒ってから、言うタイミング逃しちゃって……」

「あらあら、それは仕方ないわ。悪いのはサツキじゃなくて、他の誰かさんね」

「あはは……ごめんね、アキ君。ほんとはキャスターさんに会う前に相談しなきゃいけないことだったんだけど……」

 

 

弓塚が申し訳なさそうに謝る。

が、やはり発端は自分の行いなので彼女に悪いところはない。

謝られた分、こちらの罪悪感が増すだけである。

……さっきから心抉られっぱなしじゃない?(自業自得)。

 

 

「なら、マスターには事を進めながら説明しましょうか。じゃあ早速だけど……マスター、貴方は後ろを向いていなさい」

 

 

室内に予め描かれていた幾何学的な円形模様。

魔方陣と思われるそれに弓塚を誘導しながら、キャスターはこちらに指示を出す。

 

 

「いきなり後ろを向け言われても怖いだけなんだが。何か、理由があるのか?」

「……お腹の赤ちゃんの様子を見るから、サツキに上着を脱いでもらうのよ」

「…………アキ君のえっち」

 

 

女性陣二人にすっごいジト目で非難される。

どう見ても冤罪です。

これは説明足らずの二人が悪い――が、やっぱり発端はこちら。立場が弱すぎて辛い。

 

と言うか、こんな昼間から盛るわけないだろうに。

自分のイメージがどんだけ猿なのか、二人に、特に弓塚に問い詰めたいところである。

 

頬を染めて口を尖らせる弓塚に若干動悸を早めながら、急いで後ろに向き直る。

後ろから聞こえる衣擦れの音を掻き消すように、上ずった声のままキャスターへと問い掛けた。

 

 

「で、い、今から一体何をするんだ? それも赤ちゃんの様子って……」

「まず誤解しないでほしいのが、これは私からサツキに持ち掛けた話。もっとも、サツキの赤ちゃん――いえ、胎児を観察してからでないと、話しが始まらないのだけど」

 

 

キャスターの言葉に続いて、背後から微かな魔力を感じる。

触診というより魔診というべきか。

弓塚とキャスターに背を向けているが、背後で何が行われているかは何んとなしに理解した。

 

キャスターの集中を妨げないよう、弓塚とともにしばらく間、沈黙する。

数分の魔術行使。

背後から魔力の気配が収まっていくと同時、キャスターがゆっくりと口を開いた。

 

 

「……まだ妊娠初期で器官ができていないにも関わらず、母体の中心には魔の力が仄かに漂い始めているわね。この感覚、吸血鬼の時の貴女にとても似ているわ」

「キャスターさん、それって……」

「えぇ、予想通り、良くも悪くもサツキの子は人の域を超えることになるでしょうね。退魔や魔術師といった『人の枠』に収まる子とは思えないわ」

 

 

淡々と告げるキャスターに、弓塚の息を呑む音が重なる。

ただ弓塚も自分も、決して衝撃的な話ではない。

もしかしたら、とか。

おそらく、とか。

吸血鬼は魂自体が汚染されているため、生まれてくる子に影響があるかもしれない覚悟は十分にしていた。

 

二人に背を向けながら、思考を巡らせる。

弓塚は今日、これを調べてもらうためにキャスターの元を訪れたのだろうか?

 

と、こちらのそんな思考に応えるようにキャスターが弓塚、そして自分へと声を掛けた。

 

 

「さて、ここまでは予定調和ね。サツキに改めて問うけど……あぁ、マスターもちゃんと聞きなさい。

 ――今からこの子に魔術の才を与えてより強い“魔”として育むか、どうかを」

「……うん、わたしの考えは変わらないよ。それができるのなら、キャスターさんにぜひお願いしたいです」

「ちょ、ちょっと待て! 魔術の才を与えるって、そんなことできるのか?」

 

 

話を進める弓塚とキャスターに、思わず静止を掛ける。

何やら深く決意している弓塚とは対照的に、こちらは何も心の準備ができていない。

生まれてくる子をどう育てていくか以前に、キャスターが今から行使しようとしている“魔術の才を与える”やり方に疑問を持つ。

 

身を乗り出したこちらに対して、キャスターは至って冷静だ。

 

 

「落ち着きなさい、マスター。才を与えると言っても、何も胎児の身体や遺伝子情報をいじる訳ではなくてよ。母体の環境を整えて、胎児の器官を“魔術に適応したもの”へ成長させるよう促すだけ」

「母体の環境って、そんなので魔術の適正が変わるのか?」

「理論が確立されているわけではないし、私も実験体はほんの数人しか見たことがないのだけれど……」

 

 

一呼吸。

前置きしたキャスターは弓塚と自分に向けて、今から行うであろう魔術を説明する。

 

 

「大気のマナの濃度が高い環境に身を置いた方が、人体は魔術との繋がりが深くなる。人体環境適応論というけれど、これは魔術も例外ではないのでしょう。

 実際、私の生きた神代では魔術の才を持つものが多く輩出され、その数は現代とは比較にならないわ」

「現代魔術が廃れているのは、地球の大気が、環境が変わってしまったせいだと?」

「えぇ、もちろん全ての魔術、魔術師が神代より劣っているとは言わないわ。長い年月を経て積み重ねた研究成果は神代には無いものでしょう」

 

 

でも、と首を振るキャスター。

神代に魔術を極めその最高峰として位置した彼女にとって、現代魔術には多少なりとも思うことがあるのかもしれない。

 

 

「あの時代――神代には神秘がそのまま世界に存在していて、大気にも高濃度の魔力が満ちていた。もちろん神代と現代では魔術基盤がまるで違うけれど、現代魔術が神代に比べ大きく廃れてしまった大本の原因はマナの薄さ、つまり人間が魔術に適応する必要がなくなってしまったと、私は思うわ」

 

 

半ば確信を持った風にキャスターは言う。

素人魔術師ならいざ知らず、彼女の言葉に疑いを入れる余地はないだろう。

 

マナとは大源、自然界に満ちている魔力のことだ。

竜種や幻想種、精霊といった凡そお伽話の生物は、この世界では実際に過去に存在していて、疾うにそれは滅んでいる。

その原因は神代から現代に掛けて大きくマナが減少してしまったことだと、前世に設定集で見かけた記憶が微かにある。

 

キャスターの行使する術について、彼女の話から検討がついた。

 

 

「キャスターがやろうとしていることは、弓塚という母体に魔力を流す……とか、そんな感じでいいのか?」

「言い方が大雑把ね……。あと母体全てではなく、手を加えるのは子宮内だけ。私の記憶にある神代ギリシャの神秘、大気。それをサツキの子宮内に投影して異空間を作ってあげるのよ。人種や血統はともかく、環境面はそれで神代の母体と同等になるわ」

「……凄いな。魔術ってそんなこともできるのか」

「――いいえ、勘違いしないでちょうだい、マスター」

 

 

関心した手前、キャスターの声が鋭くなる。

魔術の素人が単純に感嘆したのを諫めるような口調で、キャスターは言う。

 

 

「これはサツキの子が人の域を出た超越種であること。そして私が魔法使いや時計塔最高の魔術師すら超える、現代における最高峰の魔術師だからこそできる技よ。人類史においても、私の技量を上回る魔術師は片手で数えるほどでしょう」

 

 

それは魔術全盛期であった神代でも最高の腕前とされたコルキスの王女のプライドか。

キャスター自身が扱う魔術を凡そ普遍的な魔術師に当て嵌めてはいけないと、警告を込めて言い放つ。

 

 

「そうだよ、アキ君。わたし、魔術のことはよくわからないけど、キャスターさんが衛宮君や凛さんとは比べられないくらい魔術界の……うん、凄い人だって聞いてるし。

えっと、冠……何でしたっけ? 何か、本当なら普通のキャスタークラスよりももっと凄いクラスで呼ばれるとか――」

「冠位キャスターね。ま、まぁ冠位クラスの器となる資格が何かは不明だから、もしかしたら私は該当しないかもしれないのだけれど。だからその、あれは話半分で聞いていいのよ、サツキ」

 

 

千里眼を持っていないしね、と若干後ろめたさそうに呟くキャスター。

どうやら過去に弓塚に対して見栄を張ったらしい言い分である。

というか、そもそも冠位キャスターって何さ? そんな名称は全く聞き覚えがないのだが。

 

意味不明の設定は置いておき、脱線した話を元に戻す。

 

 

「わ、悪かったって。別にキャスターの力量を軽んじたわけじゃな……」

「ちょ、ア、アキ君、こっち見ないでよ!」

 

 

謝罪と言い訳をしようとして、ついつい弓塚の方へと振り向いてしまう。

誰だって名前を呼ばれたら、応える際に自然とそちらへ顔を向ける。

 

……で、纏っていたブラウスを脱ぎ、ブラジャーをさらけ出した弓塚と目が合った。

何の因果か、弓塚とはこんなハプニングがちょいちょい起こる。まぁ、互いに抜けているだけかもしれないが。

 

 

(……淡いピンク色とか……ふーん、エッチじゃん)

「――竜牙兵」

「すみません間違えました、目瞑りました……ので、この物騒な刃物を退けてくれませんか、竜牙兵サン……」

 

 

下着姿の弓塚を誤って見つめてしまった1秒間。

その罪を断罪するかの如く、真横に、一瞬にして竜牙兵が召喚される。

召喚されると同時に首に突き付けられた、竜牙兵の持つ鋭利な骨剣――反応できなかったのが、かなり悔しい。

 

瞼を閉じたまま、ぎこちなくも再度二人に背を向ける。

竜牙兵を通して殺気をこちらに向けたまま、キャスターが深く溜息を吐いた。

 

 

「……猿の躾は後にして、話の続きね。ともかく、マナが薄くなった現代は遠坂の御嬢さんみたく古い家系、魔術師として代を重ねたものが魔術回路を多く持てる為に優秀とされるわ。言い換えれば、一代目の魔術師は大したことがないってことね」

「ん? 待ってくれ。そうすると、この子に魔術の才を与えることに意味はあるのか、キャスター?」

「言ったでしょう、この子は例外であり、私も例外だと。私の術が上手く嵌れば、1代目でもそれなりの魔術回路数が生成される。

 ――そしてこの子はサツキと同じ超越種よ。持ち前の生命力と、今から備える魔術回路があれば十分に優秀な魔術師……いえ、魔術使いとして立ち回れるようになるわ」

 

 

後は貴方たち夫婦の判断次第と言って、キャスターは説明を切り上げた。

キャスターの提案は魅力的で、子供に多くの選択肢、生きる手段を与えられるのであれば、きっとその方がいいのだろう。

吸血鬼と退魔の血を継ぐ子供なら特別、親としてもその想いは強くある。

 

 

(だけど……そんなに力を持ってしまって大丈夫なのか?)

 

 

魔術と死徒の力が合わせれば、それはとても自分の手に負えるものではない。

反面、正しく力を行使できるのであれば諍い事に巻き込まれても、自分や弓塚のような苦労をしなくて済むと思えれば安心できる。

 

 

「……弓塚は、この子を強くしたいんだよな?」

 

 

先ほどから背中に感じる視線は、きっと弓塚のもの。

キャスターが説明する前から、弓塚は魔術の行使に肯定していた。

迷っているこちらとは対照的に、彼女の中では既に確固たる決意が見て取れる。

 

弓塚は気弱そうに見えてその実、最後の一線とか、一度決意したことを曲げることは中々ない。

表面上は琥珀や鮮花の方が頑固なのだが、弓塚が一番、根っこの部分では揺るがないのだ。

もっとも、そんな強い意志を持つ彼女だからこそ、吸血鬼でありながら人の心のままでいれるのだけれど。

 

 

「うん、強くなってほしいというより……キャスターさんや橙子さんの扱う魔術を少しでも使えるようになったら良いなって思うし、この子も成長すれば……多分、わたしと同じようにそう思うから」

 

 

心にある想いを、たどたどしくも弓塚が言葉に変えていく。

付き合い始めてから弓塚のことをより理解できるようになった反面、彼女の奥底にある想いまでは自分では理解できないのだと気付かされた。

どこまで行ってもこちらは人間であり、彼女は人間ではない吸血鬼。

相手の立場で考えることはできても、実際に吸血鬼にならなければ――いや、吸血鬼になってしまわなければ、真に彼女の心情を解ることなどできやしない。

 

 

――だからこそ、こちらにできることは彼女の気持ちを汲むことだけなのだ。

 

 

「……そうか。ならキャスター、頼む……いや、お願いします」

「いいの、アキ君?」

「メリット、デメリットの両方あるから、どちらにしろ悩むしな。それに、この子の半分は人間でも、もう半分は吸血鬼で、自分にはその気持ちはわからない。

 だから、両方知っている弓塚が決めた方が……多分、この子の為だと思う」

「……」

 

 

背中越しに弓塚へと語り掛ける。

弓塚は少しだけ沈黙してから、キャスターに問われていた言葉を返した。

 

 

「……ありがとね、アキ君。――それじゃあキャスターさん、よろしくお願いします」

「えぇ、貴方たちのその判断、良くってよ。私も任された以上、神代魔術、その最高峰の実力を持ってこの子の成長を導いてあげる」

 

 

魔力の奔流、そして収束が感じられる。

弓塚という母体の、その子宮内空間の改変をキャスターが始める。

 

魔術自体に不安は残るが、行使するのがキャスターという点は安心だ。

裏切りの魔女なんて悪名がついているが、普通の倫理観を持っていて、頼れるお姉さんということを自分と弓塚は十分過ぎるほど知っている。

 

退魔と、吸血鬼と、そして魔術。

一体どのような子に育つのか。

自分みたく器用貧乏にならないよう、こちらも導いてあげなければと思った。

 

 

「そうだわ、サツキ。ついでに神代言語でのお歌も流れるようにしてあげる。赤子……いえ、胎児から慣れ親しんでおけば、きっと習得も可能だわ」

「神代言語? ……あ、それってキャスターさんが魔術使う時の言葉ですね!」

「えぇ、神代言語の基礎が出来れば、高速神言も扱えて、極めれば神官魔術式も教えてあげることができるわよ。それだけで現代の魔術師なら一流ね」

「わぁ、すごいっ。ぜ、ぜひお願いします!」

 

 

背後から聞こえる二人の会話に、子宮内をいじるだけではなかったのかと、冷汗かきながら首を傾げる。

キャスターの補助はてっきり生まれるまでかと思っていたが、会話的に生まれてからも魔術の講師として面倒を見る感じであった。

それは非常に頼もしいけれど、強い力を持ちすぎて人間を見下したりしないだろうか……少し心配である。

 

 

(……まぁ、弓塚の子だから、大丈夫だな)

 

 

一人で不安に駆られるも、弓塚と過ごしたこれまでを思い返して首を振る。

願わくば、芯の部分は母親に似てほしいと、彼女の在り方に尊敬を表しながらそっと思った。

 

 

「そういえば、貴方たちの子は魔眼の才もあるわね。器官を作る過程で、眼球付近に回路を集約させてあげれば、ノウブルカラー最下位……黄金色の魔眼を発現させることもできるかもしれないわ。魔眼の能力までは操作できないけれどね」

「魔眼ですか? でも、あまり人を傷つける力は持ってほしくないですし……」

「いいえ、魔眼の力は何も他者へ干渉するものだけではないわ。例えばそう――千里眼に類似した能力であれば、過去を読み取れたり、少し先の出来事を予測できる。サツキが想う、争い事を避ける力にも繋がるわよ。

 ただ、こういった魔眼は全て生まれる前の先天的なもの。後天的には、いくら私と言えど作れないわ。決断するなら今の内ね」

「……キャ、キャスターさん、魔眼もお願いします!」

 

 

後ろから聞こえる会話が、段々と物騒なものへとなっていく。

あの、弓塚さん? いくらキャスターが何でもできるからって、子供へのバフ掛けも程々にしてくださいね?

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。