「藤乃さん、今日来てもらったのは他でもない鮮花のことで相談があるんだが……」
「大丈夫です。鮮花にはアキお兄さんと会うことは言っていませんから。それで、ご相談って何でしょう?」
とある喫茶店にて、藤乃さんと秘密裏に行っているこの面会。
内容は藤乃さんの大切な友人であり、自分にとっても大事な兄妹弟子である黒桐鮮花のこと。
どのように切り出せばよいか迷っていると、さきほど注文した紅茶が2つ、コトリと静かにテーブルに置かれた。
カップを口元に運び、喉を潤す。
口にしがたい内容だが、せっかく相談に乗ってくれた藤乃さんの手前、いつまでも言葉を濁していては仕方ない。
意を決して、口を開いた。
「鮮花の、その……アプローチが、最近ヤバい」
「そうですよね。多分、その件じゃないかと思っていました……」
憑依in月姫no短編
2. 鮮花ルートif 前編
「友達がご迷惑をお掛けして、本当にすみません……」
「いや、別に藤乃さんが謝ることじゃないって。実は前から、ちょっと気になっていたことではあるしさ」
「それでも、アキお兄さんが私に相談してくるってことは最近になって手が付けられなくなったってことですよね。その、おそらく琥珀さんと弓塚さんの妊娠を聞かされた辺りから……鮮花、かなり積極的になってません?」
なんとも申し訳なさそうに言葉を紡ぐ藤乃さん。
彼女の様子からして、この相談ごとは予想の範囲であったらしい。
彼女の言う通り、最近の鮮花からのアプローチは友人の度を越している。
え、俺たち付き合ってるっけ? と錯覚してしまうくらい、自分と鮮花の距離感は近くなっていた。
正確には鮮花の方が距離感を詰めてきており、流石に「好意」の感じが兄妹弟子のソレとは違うとハッキリ認識できるほど、鮮花の態度は変わっている。
「薄々ですけど、そろそろ私がアキお兄さんに何か言われるんじゃないかなって思っていました。鮮花は大切な友達ですし、これまでも何度か諭しているんです……」
端正で整った顔立ちをしているのに、中年サラリーマンみたいな疲れた表情で呟く藤乃さん。
注文してあったケーキを上品に、しかしヤケクソ気味に口の中へと放り込む。
「だってアキお兄さんには彼女がいますし、しかも妊娠もされたじゃないですか。普通の女の子なら狙ったりしませんし、鮮花だって妊娠の報告を聞いたときは他の良い男性を探すって言ってたんですよっ」
私、それを聞いてすごく安心したのに――と藤乃さんは当時を思い出し、珍しく怒るに近い感情を見せる。
「1週間後には鮮花、『やっぱり子持ちも惹かれるかも』なんて言い出すんですよ? どこに惹かれる要素があるのかアキお兄さんわかります? 鮮花はなんでも卒なくこなせて明るくて交友関係も広くて、尊敬しちゃう私の友達ですけど――恋愛観だけは本当に全くわかりませんっ」
口数の少ない藤乃さんだが、この件ばかりはかなりの不満を抱えていたのか。
えらく饒舌になった彼女を見て、愚痴が溜まっていたのだなぁと、自分の件ながら他人事みたいに思ってしまった。
「ま、まぁまぁ落ち着いて、藤乃さん。……それで聞きにくいんだが、やっぱり鮮花は俺のことが、その、異性として好きと思ってるでいいんだよな?」
自惚れてはいけないが、今の距離感はたぶん良くない。
まず前提となる鮮花の感情を、卑怯ではあるが友人の藤乃さんに確認した。
「はい、鮮花がアキお兄さんのことを話す時、明らかに表情が柔らかくなりますし、他の男性とは違った感じで……鮮花が幹也さんのことを話す時と、似ている感じがします」
「幹也さんと同じってことは、俺のことも実は兄貴分として見てるとか? それで家族並みに距離が近いんだったらいいけど」
「いえ、正しくは『以前の鮮花が、幹也さんのことを話す時』です。直接聞いたことなかったですけど、鮮花も幹也さんが好きだったとか……あの子ならあり得ますし、今の鮮花も幹也さんに対しては仲良い兄妹を超えているような……」
もしかしてアキお兄さんだけじゃなく幹也さんのことも同時に狙っているのかも、と藤乃さんが頭を抱える。
会話の中で、何気に藤乃さんが「黒桐さん」ではなく「幹也さん」と呼び方が変わっていることに気付いた。
気付くだけで突きはしないが。志貴や士郎のハーレム例もあるし、この世界の幹也さんがどのような恋愛相関図を描いていても不思議ではない。
見た目常識人だけど、型月の主人公は大体どこかおかしいし。
むしろ自分も常識から外れてしまったため、幹也さんもこちら側に来ればいい。同族が増えることは大歓迎である。
と、寄り道した思考を元に戻して、顔を覆い隠して悩んでいる藤乃さんに声を掛ける。
「まぁ、鮮花の恋愛観を理解しようとするのは俺達には早すぎる。今はこれからどうするかを考えていこう」
「そうですね。ちなみにアキお兄さんは鮮花からその、告白されたりとかは……」
「それはないが、距離感が近いことには既に何度か断りを入れてる。琥珀と弓塚がいるし、優柔不断な態度は鮮花とあの二人の仲も悪くさせちゃうからな」
自分の彼氏に色目を使う女性と仲良くするのは、常識的に考えれば難しいし感情的にはあり得ない。
志貴や士郎の交友関係を見ていると感覚が麻痺してしまうが、ハーレムとか彼女2人とかははっきり言って異常である。
琥珀と弓塚がお互いに仲良いため――まぁ猟奇連続殺人や聖杯戦争といった死線を一緒に潜った要因もあるが――だからといって、誰とでも仲良くできるわけではない。
自分だって逆の立場なら、琥珀や弓塚に粉かけてくる男と仲良くできる自信はない。
だから、藤乃だけでなく自分からも、鮮花には何度か断る形で諭している。
「ただ鮮花は友人といった意味でも、兄妹弟子といった意味でも大事な人だから。恋愛観が合わないだけで疎遠とか友人をやめたりはしたくないんだよ」
「そうですか、もうアキお兄さんからも鮮花に言ってくれていたんですね……それでもアレなんですね……」
ちょっと絶望的な表情を見せる藤乃さん。
うん、気持ちはよく分かる。浅上二人で説得しておいてまるで効果ないからね、鮮花に。
藤乃さんが暗い表情の中に、全くもう……と疲れの色を見せる。
残り少ないケーキを頬張り、手を挙げて店員さんに再度ケーキを注文する。
仕草の一つ一つが最近逞しくなった気がして、親戚のお兄さんとしては嬉しい限りである。原因が鮮花にあるのは悲しいが。
「前までは鮮花も普通の女の子だったんですよ。アキお兄さんに出会ったのも良かったと思います。鮮花は普段お淑やかですけどアキお兄さんに会うとすごい活発というか、元気になりますし、私も病気のこととか、幹也さんのこととか……色々と話せて、本当にお兄さんが出来たみたいですし」
「みたいじゃなくて、血が繋がっているから正真正銘のお兄ちゃんだぞ。遠い親戚だけどな」
「ふふ、そうですね。お兄さん」
出会った当初を思い出し、少し顔が明るくなる。
鮮花と藤乃さんには意図して出会ったわけではないし、橙子さんに頼った以上、いずれ出会うとも思っていた。
それでも、観布子市にきて最初に出会ったのが二人で良かったと、振り返ってこちらも笑う。
「でもですね、思い返すと多分、アキお兄さんに彼女さんお二人とお付き合い始めてから、鮮花の態度が変わったんじゃないかなと思います。あの、その頃は私も色々あって、周囲を見る余裕はなかったんですけど……」
「あぁ、色々なもの曲げたり、橋壊しかけたりしてた時か……」
恥ずかしそうに俯く藤乃さんを見て、自分も当時のことを思い出す。
これは2年ほど前のことで、ちょうど聖杯戦争が終わった辺りの時期だったか。
原作とは違い、既に鮮花が燈子師匠の下で魔術の師事を受けていたこと。
遠野アキという魔術の兄妹弟子がいて、模擬戦したり魔術の成果を見せ合ったりと切磋琢磨していたこと。
そして中学時代から鮮花が藤乃の友人であったという相違点が重なり、鮮花が先行して頑張ってくれたおかげで浅上藤乃の事件、原作名でいう『痛覚残留』は怪我人こそいたが一人の死者も出さない小さな事件として幕を閉じれた。
そういった経緯もあって自分も藤乃さんも鮮花には大きな恩があるし、特別で大切な友人だと思っている。
「私、両義さんのこと怖くて苦手ですけど、あの時の鮮花も同じくらい怖かったのを覚えています」
言いながら瞳を、その瞳に秘められた魔眼を押さえる藤乃さん。
「魔眼も、心も身体も制御できなくて……その時はどうかしてましたけど、とにかく周囲が憎かったんです。探しに来てくれた鮮花にも、向けてはいけないのに、私はこの魔眼で友達を見てしまったんです」
感情も力も制御できない状態で覚醒した歪曲の魔眼は、本来、絶対に周囲に向けてはいけないものだ。
同じ浅上でも自分の持つ魔眼と違い、藤乃のそれは正真正銘、一息で人を醜い肉片へと変えてしまう。
「でも、鮮花は何事もないように避けるんです。魔術か何かを習っていたのは聞いていましたけど、それでも他は普通の女の子だと思っていたんです。聡明で運動もできる友人だと……手を燃やしながら迫ってくる鮮花は怖かったです」
「ま、まぁ多少はね。俺とも模擬戦やってたから歪曲の魔眼には慣れてたしさ」
怒って疲れて、今度は鮮花への恐怖(トラウマ)に藤乃さんは体を震わせる。
なんでこうなったのか、藤乃さんの鮮花への感情がもう滅茶苦茶である。
でも魔眼は仕方ない。
鮮花にとって歪曲の魔眼は『遠野アキが七夜の体術を駆使しながら、合わせていやらしく要所を狙ってくるもの』であり、何度も模擬戦で苦汁を味わわされた代物だ。
遠野アキのもつ七夜の体術、歪曲の魔眼はともに劣化品で、化け物相手には意味をなさない。
ただし、鮮花レベルの対人戦であれば双方は十分な脅威となり得てしまう。
劣化ながらも七夜の体術を駆使する自分と渡り合い、目線を読んで歪曲の魔眼を警戒する高度な戦闘方法を既に鮮花は身に着けている。
いかに高出力の歪曲の魔眼を持っていても、藤乃のようなただの女学生が使うだけでは、対歪曲の魔眼のスペシャリストとなった鮮花にとって動きの遅い固定砲台と変わりない。
結果、自身の右手をメラメラ燃やしながら物凄い速さで詰め寄ってくる鮮花と、殺人級の魔眼を軽々と避けられて狼狽する藤乃さん。
これは確かにトラウマものですね……当時、藤乃の精神は錯乱状態にあったので鮮花へのインパクトも相当残っているに違いない。
「自慢の親友なのに、アキお兄さんが付き合い始めてから狙うようになって、妊娠報告されたら更に惹かれるとか……私の魔眼は軽くあしらわれるし、私の友達、頭おかしくないですか!?」
「お、落ち着いて藤乃さん! ゆっくりと深呼吸して、一旦鮮花のことは忘れて落ち着こう、な?」
「うぅ……スゥ、ハァ――ハァ」
藤乃さんの腕がぷるぷると震え、手先のカップの紅茶が少しこぼれる。
トラウマと軽く言ったが、これは本当にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が入っているかもしれません。折をみてお医者さんに連れて行かなければと、自分も要因を作っているため責任を感じながら決意する。
頭おかしい鮮花だと思っていても、親友として藤乃さんは理解しようとしているのだろう。
自分の周囲の人間にしては珍しく、藤乃さんはかなり常識人寄りの子である。
世間の常識と友人の鮮花の間で、ひどく混乱してしまう姿は見ていてかなり忍びない。
「(鮮花の起源は禁忌だしなぁ……多分、原因はそれなんだろう)」
言葉に出さず、一人思う。
この世界ではすべてのものは、生まれた時からそれぞれ『起源』をもっており、その起源に沿って行動するとされている。
近い言い方では、本能が近いだろうか。
本能と決定的に異なるのは、本能は種族共通なのに対して起源は個別に異なるということである。
その中で、鮮花の起源は『禁忌』。
するなと言われたことを無性にしたくなる、非常に困ったちゃんである。
起源が禁忌だから、兄である幹也さんを好きになった。
起源が禁忌だから、琥珀と弓塚と付き合い始めた遠野アキが気になるようになった。
起源が禁忌だから、妊娠報告されたらますます遠野アキが気になるようになった。
……ただの頭おかしい子ですね! 禁忌って言えば許されるわけじゃねぇぞ!?
「藤乃さんと自分のためにも、早急に鮮花を何とかした方がいいな」
「相談してもらって申し訳ないですけど、私からもお願いします。鮮花といると私も段々頭がおかしくなりそうで……本当、学校ではすごい子なのに、うぅ……」
悲観に暮れる浅上二人。
大事な妹分の常識力を守るためにも、親戚のお兄さんとして必死に頭を回転させる。
「藤乃さんと話して、やっぱり鮮花がこちらに恋愛感情があるってことは確認できた。で、それとなく断っても何にも堪えていないことも確認できた」
「鮮花って度胸もありますよね。そういうところも学友の皆が鮮花に憧れる要因です」
遠い目をする藤乃さん。
多分、敵に回してしまった時のことをまた思い出しているのだろう。
憧れは理解から最も遠い感情、とは誰が言った言葉か。今の藤乃さんと鮮花の関係に近い気がする。
「俺としては鮮花を不必要に傷つけたくないし、大事な兄妹弟子、友人としてこれまで通り仲良くしたい……」
「私も、押し付けるのはいけないとわかっていますけど、鮮花の恋愛観が心配で……。将来のことはともかく、お子さんができるアキお兄さんや、実兄の幹也さんにアプローチするのはやめさせたいと思っています……」
溜息交じりに、お互いの意見を主張する。
鮮花にはこれまで多くを助けられてきたし、恩を返す意味でも、間違った人生を歩んで行ってほしくない。
本人にとってはお節介かもしれないが、兄貴分として、彼女とは生涯渡って良き関係であり続けたい。
古ぼけていた頭を回転させる。
猟奇殺人事件も聖杯戦争もミスした行動は多々あったが、それでも必死に悩み、良き事態へと収束できた。
これも同じ。自分にとって鮮花の事は適当に考えてよいことではないのだから。
「……人はなぜ恋をするのだろう」
「え、えっと……アキお兄さん?」
「ごめん、今の無し。これは違くてだな――」
なんか唐突にポエムってしまった。恥ずい。
藤乃さんも困惑した目線を向けているため、急遽、頭の中を整理する。
「ほら、この人は友人だけど恋愛対象でないって場合があるだろ? 今、鮮花の恋愛観を変えることは難しいかもしれないが、俺や幹也さんが接し方を変える分にはすぐできる」
「な、なるほど。鮮花自身は変わりませんけど、確かにそれが上手くいけばアキお兄さんや幹也さんには迷惑が掛かりませんね。鮮花も、大人になれば考えも変わっていくと思いますし」
こちらの考えに藤乃さんも頷く。
名付けて後回し作戦だが、目下、早急に事を片付けるのには一番手っ取り早い方法だ。
「問題は、どういう風に接すれば恋愛対象から外れるかっていうことだが……」
「……すみません、私、あまりそういった話に詳しくなくて」
「い、いや、何も確実な意見を求めているわけじゃないさ。こういうのは人それぞれってのが相場だしな。試行錯誤しながら鮮花の態度を見ていくしかないさ」
恋愛はしていても恋愛を語るまで経験がないのはお互い様だ。
藤乃さんに申し訳なく思われるほど、こちらが恋愛に詳しいわけでもない。
紅茶を口に運びながら、自分の過去を振り返って話を紡ぐ。
「俺の話になるけど……琥珀や弓塚とは結構長い付き合いだけど、最近まで付き合うつもりはなかったし、そもそもそんなことを考えたこともなかった」
「そうなんですか? えっと、普通の男性ならあんな可愛いお二方をみたら付き合いたいと思うんじゃありません?」
「まぁ普通ならそういう願望が出るかもだけど……」
疑問を口にする藤乃に、ハッキリしない言葉を返す。
猟奇殺人事件が始まるまでの自分は、この世界に生きてはいたけど目に映る人間はそのすべてが平坦であった。
ゲームの世界。
琥珀を救おうとしたのは前世で思い入れがあったからで、四季に対峙したのは命をかけてでもあの場で倒すメリットが大きかったと判断しただけ。
弓塚と交流を深めたのは、吸血鬼にさせないためや万が一吸血鬼として敵に回られた時の保険でしかなかった。
自分にとっては可愛い、綺麗な人たちも物語の駒であり、琥珀も秋葉も弓塚も翡翠も家族の愛情はあれど恋愛感情を抱くような存在では決してなかった。
「最初は本当になかったんだ。ただ不用意に巻き込んでしまって、一緒に色々な苦労を背負わせて――二人といると、いつしか温かい気持ちになるようになった」
言葉に直すのであれば、想いやり。
自分の場合は、その互いに想う心が無いと思っていた恋愛感情に繋がったのだと思う。
必死に言葉を探しながらそう言って藤乃さんをみると、彼女もまた、自分と同じ表情をしていた。
「……アキお兄さんの言うこと、分かる気がします」
幹也さんのことを考えているのだろう。
恋愛の芽生えは人それぞれで、これが正解というわけではない。
ただ、自分と彼女は同じ気持ちを持っているということだ。
「……ということは、この反対を鮮花に?」
「行けると思います、アキお兄さんっ」
失礼。同じ気持ちを持っているとは言ったが、程度の差はあったらしい。
自分としては半信半疑な対鮮花への策であったが、藤乃さんの頭では勝利の方程式はできあがっているらしかった。
「ちょっと待ってくれ、藤乃さん。思いやりのなさで恋愛感情を無くすといっても、そんな機会は多くないよな……?」
「そうです。だから、逆にそういった機会をわざと作る場にすればいいと思います」
苦言するこちらに対して、何かを閃いた藤乃さんは頷きながら言葉を返す。
そこに迷った様子はない。どうやら気弱な彼女にしては策に相当の自信があるらしい。
「――鮮花とデートしましょう、アキお兄さんっ!」
「……ゑ?」
後編に続きます