「まさか鮮花とデートする日が来るとは……」
照りつける夏の日差しを避けるように、影道を歩きながら待ち合わせ場所へと足を進める。
今は多くの学生が遊び出歩く長い長い夏休み。
自分も例に漏れず活気ある人々に混ざりながら、今日に至る経緯を思い返した。
藤乃さんとの密談で出した結論は『思いやりのない姿をデートで見せて恋愛感情をなくそう』という作戦でまとまった。
果たして上手くいくのか個人的な疑問点は多かったが、藤乃さんが珍しくも引くことなく押してきた案である。
親戚のお兄さんとして、ここは横やりを入れるよりも彼女の意見を通してあげたかった。
最近止まらない鮮花の自分や幹也さんへのアプローチについては、一度何かをしたところで劇的に効果があるとは思っていない。
色々な人の意見を取り入れながら試行錯誤して、最終的に鮮花と良い友人関係に収まればいいだろう。
(まぁ、今日みたいに二人きりのお出掛けは避けた方がいいかもしれないが……)
ちなみに、鮮花とのデートについては琥珀と弓塚には特に報告していない。
(言おうと思ったけど、すごく言いにくい案件だし)
例えるならば、大人しくて可愛い文系彼女がいるのに、ギャル系キャバクラに通う状況に似ている。
悪いことをしているわけではないが、言ったら怒られるだろうなぁという話。
だったらデート自体断ればよいのだが、藤乃さんが自信をもって出してくれた案の手前、彼女の要望も叶えたい。
しかし藤乃さんを理由に琥珀と弓塚を説得するのは、彼女に罪を押し付けている感じがする。自分としては、藤乃さんを言い訳として使いたくはないのである。
――結論。今日1日だけの話であり、バレずに済ますのが賢いやり方と思いました。
そんなわけで、琥珀と弓塚には志貴と遊びに出掛けてくると伝えてある。
志貴とも口裏合わせをしてあるので目下、デート(仮)の事前準備においてミスはなしと言えるであろう。
「さて、待ち合わせの5分前には着いたが――」
そろそろ待ち合わせ場所と思い、遠くから黒桐鮮花を探す――までもなく、彼女は容易に見つかった。
艶の通ったセミロングの黒髪に、遠くからでもわかる姿勢のよい、それでいて礼園で躾けられたであろう上品な佇まい。
多くの人々が行き交う駅前で、彼女だけは忙しない時間から隔絶したようにじっと静かに、来るであろう相手を待っている。
虹色をした噴水を背にした彼女はさながら、彫像のような美しさを纏っていて――
――えぇ……あれに話しかけるの? 今から? ハードル高くない?
と思わず一歩引いてしまった。
だって周囲の男の目線がすごいし。
わかっていたけど、アイドル顔負けの美人だからね、あの子。
退魔や魔術に関わらない一般人であったなら、アイドルや芸能人で売れていても何ら不思議でない顔立ちとスタイルである。
さて、鮮花を容易に見つけることはできたが、容易に話しかけられないこの状況。
遠野家や燈子さんの工房で見せる姿とは違う彼女の雰囲気に、もう少しだけ遠くから観察したくなってくる。ついでに心の準備も必要である(小心)。
腕時計に目を落とす鮮花。
待ち人が来なくて苛立っているのかと思えば、そうではない。
事実、彼女の薄い唇は優しい弧を描いている。
鮮花にしては稀にみる穏やかな表情も、周囲の男を引き付けている要因の一つだと納得した。
「――ぁ」
遠目で互いの視線が交差すると同時に、鮮花の口元が僅かに開く。
こちらに手を振り、軽い会釈をしてから駆け寄ってくる鮮花。
おそろしく洗練されたお嬢様モード。俺でなきゃ惚れちゃうね。
というか、気付かれるの早っ。
憑依in月姫no短編
3.鮮花ルートif 中編
「七夜さん、おはようございます。今日は1日よろしくお願いしますね」
「あぁ、おはよう。で、その急なお嬢様モードは何? なんか心境の変化でもあったのか?」
「いえ、単に七夜さんがこういった感じの女の子が好みと聞きましたので」
「……」
どこ情報ですかね、それは。
加えて、鮮花がさっそく『あなたの好みになるアピール』をしてきて返す言葉に早くも詰まってしまう。
デート自体は楽しいものだし、俺も兄妹弟子であり可愛い後輩の鮮花と出掛けるのは素直に気分が上がる。
鮮花も同じなのは嬉しいが、ちょっと飛ばし過ぎじゃありません?
自分、どちらかというと口下手なので色々と加減してほしいものである。
こちらが黙ったのを見た鮮花は、お淑やかな雰囲気から一転、いつもの勝気な笑みを浮かべてその場でくるりと一回転。
「そうですか。まぁ、ならいつも通りでいいですね。
――で、今からデート開始ですが出発前に一言、私の格好をみて何か言うことはありませんか、七夜さん?」
スッと、鮮花が自然に距離を詰める。
こちらの口元をじーっと見つめて、言葉を発するのを待つ仕草。
あざといなぁと彼女の可愛さに思考の何割かを持っていかれながらも、残りの冷静な脳みそで言わなければならない言葉を考える。
考えるというか、十中八九アレだろう。
デートで待ち合わせた女の子に掛ける言葉と言えば、おめかしした彼女への称賛である。
ちらりと、改めて鮮花の格好に視線を落とす。
暖色系の服を纏う鮮花は、普段にはない和やかな雰囲気が見て取れる。
夏と言っても過剰に露出しない、しかし涼し気な格好は学生らしく健康的で美しい。
オシャレやファッションに詳しくない自分が見ても、鮮花自身の魅力を十二分に引き出した服装だと感じ取れた。
本当にこの女の子は学業面でも、魔術面でも、こういった世間的な物事についても頭が良くてセンスがある。
――と、ここまでなら普通に褒めてしまっていたところだが、
「せっかく七夜さんから誘ってくれたデートですしね。いつもより少し進めてみましたけど……さて、気付きます?」
何やら挑戦的な口調で言う鮮花。
少し進めてみたとは、いったい何のことなのか。
それは例えば、いつもより僅かに濃くした口紅のことか。
はたまた、いつもより数mm短くしたスカート丈のことか。
もしくは、バッグ紐を斜めに肩掛けして思い切って強調した胸のことか(通称パイスラ)。
「………」
とりあえず褒めたいことも突っ込みたいこともあったが、今日は思いやりのない仮デート。
鮮花には悪いが、気が利かない男性として格好の事には一切黙っておくことにした。
「……ふーん、そうですか。言葉にしてくれないのは残念ですが、まぁいいです。七夜さんですし」
案の定、口を尖らせてむくれる鮮花――と思ったが、予想に反して彼女はあっさりと話を流す。
てっきり文句の二言三言飛んでくると構えてた手前、こちらからすれば肩透かしを食らった気分。
そんな表情が出ていたのか、彼女はこちらをみてクスリと小さく笑った。
「七夜さん、鈍感でオシャレに気付かなかったわけじゃないですから。
言葉にしてくれないのはヘタレですけど、気付いてくれたのは視線で分かりましたので……まぁイーブンってことで良しにします」
さて、と掛け声と一緒にこちらの腕を掴む鮮花。
掴むというか抱き着いている。いわゆるカップル的な腕組みである。
「こういう日って、時間経つの早いですからね。定番通りに服も褒めてもらいましたし、さっそくデートを始めましょうか、七夜さんっ」
強気な笑みを浮かべながら、今日を楽しみにしていたかのようにグイグイ引っ張る鮮花に足が縺れる。
わざとであるが口下手彼氏にも完璧なフォロー。
強気女子特有の密着プレイに、仮デートということも忘れて思わず普通に楽しんでしまいそうになる。
まだデート序盤ですよね? このペースで攻められると早々に陥落してしまうのではなかろうか。
「わ、わかったから近いって! 腕組むとほら、あー、あれじゃん……?」
語彙力消滅。
年上の癖に照れて動揺しまくっているこちらに対して、鮮花はペースを崩さない。
「なーに真っ赤になっちゃってるんですか。こんなの、ちょっとしたスキンシップですよ。それに自慢じゃないですけど、私って結構ナンパされますから」
だから、こうした方がナンパされにくくて効率が良いと、上機嫌に鮮花は言う。
確かに友達関係の距離感だと、図太い輩がナンパしてくることもあるだろう。鮮花は特級に美人だから猶更だ。
「それとも、今更ながら後輩の可愛さに気付いちゃいました?」
「バ、バカっ、別にこっちだっていつも通りだっての。腕組みだって琥珀や弓塚とするし、な、慣れてらぁ!」
「――――ふーん、そうですか」
一瞬、ジト目になった鮮花。
が、ニヤリと微笑んだかと思うと、腕に回す力を一層強めて互いの身体を密着させる。
「それをお聞きして安心しました。なら、私も安心して体を預けることができますね」
ギュッと押し付けられた二つの柔らかい物体は、おそらく、いや絶対に確信犯。
「――っ」
更に赤くなった顔を悟られないよう、隣の彼女から顔をそむける。
なんというか、腕にかかる感触のボリュームがすごい。
この少女、見た目はうちの義妹の秋葉に似ているので勘違いしやすいが、スタイルは実は物すごくいい。
あの二人には申し訳ないが、琥珀と弓塚よりも違うのだと腕の感触でハッキリとわかる。
(……たぶん、それも分かっていて腕組んでるんだろうなぁ)
女の武器とは言うが、使われる方になると恐ろしいものである。
あぁ~心がブレブレするんじゃぁ~。
……いや、冗談抜きで鮮花に骨抜きにされるのは困る。
自分、彼女二人をプーで無計画妊娠させたクズですけど、他は善良な人間でいたいので。
妊娠させた彼女を放っておいて後輩の魅力に負けてしまうのは流石にマズイ――というかクズいと自身に喝を入れて、何とか柔らかな誘惑を断ち切ろうと気合を入れる。
「暑いとか、歩きにくいとか……文句は言わないように」
「はい、それはご心配なさらずに。それで、今日はどこに行くんです」
――キタ!
鮮花の待ち合わせデートと言えば当たり前の質問に、反応して足を止めた。
「……七夜さん?」
「えっと、どこ行くかとか別に決めてないんだが……」
「え?」
呆然とする鮮花。
それはそうだろう。こちらからデートに誘っておいて、まさかノープランとは想像していなかった筈。
今日は思いやりのなさを見せつけるための仮デート。
非常に心苦しくてすぐにでも土下座したい気持ちに駆られるが、謝ってしまえば今日のデートの意味がない。
「……」
「あー、悪い。決めなかったというか、特に行きたいところが思い浮かばなかったというか……」
肩透かしを食らったような、期待が外れたような鮮花の表情。
それを見て罪悪感が湧き、少しヘタれる。
恋愛感情は外したい。
でも、鮮花に嫌われたいわけでも悲しませたいわけでもない。
謝らない、でも鮮花の気持ちが戻るような言い訳を……と、頭の中で紡ぐ言葉を必死に探す。
「あ、あれだ!ちょうど、鮮花と二人で出掛けたい気分だったわけで――」
「――ふ~ん、そうですか。琥珀さんやさつきさんじゃなくて、今日は私と一緒にいたい気分だったんですね」
「あ、あぁ、そんな感じ……ん?」
鮮花の言葉に違和感。
いや、違うでしょ。誰かと比較するわけじゃなくて、単にこう……ほら(語彙力小学生感)
ニュアンスの違いに言い淀むこちらをよそに、鮮花は唇の端を吊り上げる。
「そういう理由なら仕方ありません。えぇ。仕方ありませんね。
私も七夜さんと行きたいところ、たくさんありますし……これはこれで、楽しいデートだと思います」
ただし七夜さんがリードしてくれると期待していたので貸し一ですよと、拗ねたような、それでいて勝ち誇った顔をこちらに向けた。
彼女の頬が少し赤みを帯びているのは気のせいか。
藤乃さんはイケるといったが、デートでわざとダメンズっぽく振舞うのは思ってた以上に難しい。
しかもいつの間にか貸し一つができていた。
この少女、ほんと抜け目が無さすぎる。
この仮デート作戦は非常に高度で複雑なため、諦めて普通に遊んだ方が良いのではないかと、開始3分で早々諦めモードへの移行が頭に浮かぶ。
「いや、方向転換はまだだ。まずは本気で鉄心にならねば……」
「なに分からないこと呟いてるんですか、早く行きましょう! まずは――」
足を早める鮮花に、慌ててこちらも歩調を合わせる。
最近になって急速に縮まりつつある鮮花との距離感に戸惑いながら、今日の仮デートはどうなるのかと――大きな不安と、言いようのないほんの少しの淡い何かが胸の中を燻った。