憑依in月姫no短編   作:HOTDOG

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4. 鮮花ルートif 後編(上)

「デートでなぜバッティングセンター……」

「いいじゃないですか、前から行ってみたかったんです。藤乃と出掛ける時は、図書館とか落ち着きのある場所の方が多いですし」

 

 

それも嫌いじゃないですけどね、と答えながら、鮮花は物珍しそうに店内を見渡す。

 

鮮花とのデートはノープランで来てしまった手前、歩きながら彼女と遊べる場所を探していた。

目についたのが、ここら辺の都内には珍しい小さめのバッティングセンター。

興味津々な鮮花に強引に腕を引かれ、合わない歩幅に何とか足並み揃えながら店内へと入っていった。

 

 

「どうですか、七夜さん。今日は久しぶりに勝負といきません?」

「勝負って……この野球でか?」

「まぁ、これ1つだと味気ないのでデートしながら他も探しましょう。……そうですね、全部で3本勝負で――」

 

 

負けた方はなんでも言うことを聞く、でどうでしょう? と楽し気に問いかけてくる鮮花。

 

正直、言うだろうなぁと予感はしてました、はい。

この子、勝負ごとが大好きだし。

もっと言うと勝負に勝つことが、である。

 

 

「前の模擬戦、こっちが勝ったから根に持ってるな、お前……」

「べ、別にそんなことありません。

……で、どうなんです? まさかこ~んな可愛い女の子から逃げるんですか?」

 

 

腕を組みながら、グイッと鮮花はこちらに身体を預ける。

近くに迫った、鮮花の薄暗くも綺麗な青い瞳。

ここで断る選択肢は、これまでの自分と彼女との付き合い方を考えればあり得ない。

 

 

「勝ったら鮮花になんでも聞いてもらえるのか。さて、何にするかな……」

「私も七夜さんに頼みたいこと、たくさんあるんです。とっても楽しみですよ、えぇ」

 

 

組んでいた腕をほどき、お互い無言で準備運動を始める。

 

鮮花はデートだと思って油断しているかもしれないが、今日の自分はあくまで(仮)デート。

通常のデートでは何事もレディファースト、女の子を楽しませるべきである。

これが琥珀や弓塚とのデートであれば、自分も彼女らに花を持たせる勝負をするだろう。

 

ただし今、この時に限っては鮮花に思いやりのなさを見せる時。

つまり手心を加えず、本気で勝ちに行っても良いのである――勝ったな、これ。

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

4. 鮮花ルートif 後編(上)

 

 

 

 

「次は卓球か……」

「さっき勝ったからって調子乗らないでくださいよ、七夜さん! さっきだってあと少し……あと1本打ててればイーブンだったんですからねっ」

 

 

バッティングセンターで勝敗が着いたのも束の間、次の種目をさっそく選んで意気込む鮮花。

 

かなりのふくれっ面から見るに、僅差で負けたのが相当悔しそうである。

いや、最初は空振りしていたのに中盤からすごい早さで上手くなっていったからね、この子。

あと少し長引けば勝ててたあたり、それは悔しいでしょうねぇ(冷汗)。

 

 

「三本勝負ですので、まだ七夜さんの勝ちじゃありませんよ! 私の慣れてない競技でしたし、むしろ七夜さんが勝って当然ですから。

――くっ、その勝ち誇った顔が非常に腹が立つんですけどっ」

「そりゃ幻覚で言い掛かりだ。まだ勝ち誇った顔はしていない」

「心が勝ち誇ってます!」

「あ、あの、流石に恥ずかしいから少し落ち着きません、鮮花さん?」

 

 

鮮花は苦虫を潰したように顔を歪めながら、恨みをぶつけるようにこちらの腕をギュッと抱く。

そう、実はこの会話、腕組みした状態で話しています。

イチャイチャくっ付きながら怒って、更にくっ付くとか周囲から見たらただのバカップルですよね。〇ねとかリア充爆発しろって思いますよね、すみません。

 

鮮花はあまり気にしないようだが、こちらとしては羞恥心が天井超えそうなので勘弁してほしい。

ただでさえ鮮花に密着されて動悸が激しいのに、更に別要因で心臓に負担掛けると倒れてしまっても不思議でない。

 

こちらの言葉を聞き、少し冷静になったのか口をつぐむ鮮花。

代わりにムッとした表情でこちらを睨み、胸中の不満を訴える。はい可愛い、ドキドキ。

 

 

「次は私も本気で行きます。七夜さんに絶対に勝ちは取らせませんよ」

「鮮花って卓球得意だったっけ?」

「いいえ。ただ体育の授業で数度やりましたし、こういった小回りが利く競技は得意ですから。七夜さんに勝つための秘策もありますし」

「……」

 

 

得意分野での勝負ということもあり、鮮花の顔はいつになく自信に溢れている。

それを見て、少し残念に思った。

 

 

(あーあ、やってしまいましたな。えぇ? 鮮花さんよぉ)

 

 

卓球とはすなわち反射神経の勝負である。

他の競技よりも圧倒的に狭いフィールドで高速に球を打ち合うそれは、確かに運動神経のよい鮮花が得意とする競技かもしれない。

 

でもねぇ……こちとら七夜だよ(慢心)。

鮮花の言う秘策が何かは知らないが、この選択は鮮花らしくない痛恨の凡ミスではなかろうか。

 

貸し出された専用のシューズに履き替えながら、約束された勝利を前に少しばかりの哀愁が胸に去来する。

鮮花とのデートをもっと楽しみたかった――いや、勝負の決着がつくだけでデートが終わるわけではないが、もう少しこの張り合う時間を感じていたかったと、半刻後を想像しながらふと思った。

 

 

「では――七夜さん、覚悟!」

 

 

鮮花の気迫が籠ったサーブで試合が始まる。

女学生にしては一級品の速度、球筋。

琥珀や藤乃さんでは到底反応できないボールであり、確かに鮮花の自信の程が見て取れる。

しかし、自分にとっては役不足。

 

 

「しっ――」

 

 

軽々とレシーブし、球は鮮花の盤面へ。

この一手は単なる小手調べ。

次の一手でまずは先制点を入れてやろうとすぐに態勢を整えた。

 

返ってきたボールに、鮮花がラケットを大きく振りかぶる。

だが、七夜の動体視力の前ではすべてが遅い。

 

鮮花が打つであろうボールのコース。

――ラケットの構えと鮮花の目線で予測済み。対応可能。

 

返ってくるボールの速度。

――鮮花のフォームと反応速度で予測済み。問題なし。

 

激しい運動で翻る、いつもより数mm短い鮮花の膝上丈のミニスカート。

――すらりと雪のように白い太ももが大きく露出する。うおっ、眩し。

 

 

『1-0』

 

 

「よしっ、まずは私の先制点ですね!」

「……」

 

 

鮮花の球に反応できず、思わず固まる。

いや、思考は十分に反応できていたのだが、余計なことに気を取られていたため体が反応できなかった。

悔しいというか情けない。

 

深呼吸して煩悩退散と、爛れた思考を切り替える。

今は鮮花との真剣勝負。

集中していないのは鮮花にとっても失礼である。

 

 

「ドンマイドンマイ、凡ミス凡ミス……さぁ来い!」

「ふふ、その余裕も今だけですよ、七夜さん!――やっ」

 

 

再び鮮花のサーブでゲームが始まる。

第2球、ここで七夜と一般人の差を見せつけたい。

 

こちらの盤面に入ってきたボールを、七夜の反射神経で見切って返す。

それに食らいつく鮮花。

反射神経は七夜と比べるまでもないが、やはり運動センスは彼女の方が上回る。

 

予測と勘で返された球を、こちらは勘に頼らず反射神経のみをもってレシーブする。

いくら鮮花に運動センスがあろうとも、七夜の反射速度を持てば勝負に負けることなど万が一にもあり得ない。

 

高速で行われるラリーの中、鮮花のフォームを十二分に観察して――

 

 

(……太もも綺麗だなぁ)

 

 

『2-0』

 

 

「……」

「よし、ボールが場外に出たので私の得点ですね! そんな集中力じゃ私に勝てませんよ、七夜さんっ」

 

 

ガッツポーズを取る鮮花。

ついでにこちらを挑発するのも忘れない。

 

……確かにそうだな。

いくら反射神経があっても集中していなければ鮮花に負ける。

そんなこと、もっと早くに気付くべきだった。

認めよう、今はお前が――強い!(慢心解除)。

 

 

「鮮花、ここから仕切り直しだ!」

 

 

サーブ交代。

今日一番の集中力で球を放つ。

 

鋭い球筋が鮮花を襲う。

ラケットの先で辛くも球を打ち返すが、こちらに届いたのは素人目にも甘い球。

 

太ももの魅力に捕らわれないよう、集中力を最大限に高める。

鮮花の目線とフォームを確認し、球を打ち込む最適な場所を導き出す――

 

 

(……ちょっと鮮花さん、そんな前のめりに構えたら谷間ガッツリ見えちゃいません?)

 

 

『3-0』

 

 

「……」

「ぶふっ、な、七夜さんでも空振りするんですね。ふふふっ」

「……てめぇ」

 

 

ボールは手元のラケットをすり抜けて、床に間抜けな音を響かせた。

 

悪戯が成功した子供のように、口元を隠して忍び笑いをする鮮花。

その仕草をみて、こちらもようやく鮮花の『秘策』とやらに感づいた。

 

 

(間違いない、コイツ……)

 

 

鮮花にしては無駄のあるラケットのスイング。

オーバー気味の腰の動きに、大きく谷間が見えてしまうような違和感のある構え方。

 

 

(確実に“獲り”に来てやがるっ!)

 

 

「舐めるなよ、鮮花っ」

「はて、何のことでしょう。今のところ、七夜さんが勝手に自滅しているだけですよー」

 

 

鮮花の秘策にワナワナと震えるこちらに対して、鮮花は惚けて言葉を返す。

しかしその口元は終始笑いを浮かべており、彼女が確信犯だと証明している。

 

 

(後輩の色気に負けるなんてことは――)

 

 

あってはならない。

彼女二人持ちのプライドとして。

年上で、兄妹弟子の序列1番目のプライドとして。

 

絶対に負けられない戦いが、そこにはある!

試合再開!

 

 

(――あっ、肩からブラ紐見えてますよ、鮮花さん)

 

 

『4-0』

 

 

(あの、そんなに横向いてスイングすると脇からブラ見えるんですが……)

 

 

『5-0』

 

 

(なんで試合中に胸を寄せてるんですか? 谷間すごいですね)

 

 

『6-0』

 

 

(髪が邪魔だから縛る? ポニーテール鮮花とか新鮮で可愛すぎない?)

 

 

『7-0』

 

 

…………

 

……

 

 

 

「しゃあ! 七夜さん、これで一勝一敗です!」 

「……」

 

 

負けた。

 

 

 

 

 

 

「次の勝負はどれにします? あ、向こうのお店ならバスケ出来ますよ!」

「ま、待て、鮮花。流石に疲れた……きゅ、休憩しないか?」

「えー、七夜さん、体力落ちてません? 私、まだまだ余裕なんですけどっ」

 

 

グイグイと腕を引っ張り先導する鮮花の顔色は、それはもう明るく絶好調だ。

秘策とかいうお色気計略で勝ちをもぎ取ったのだから、彼女の上機嫌も頷ける。

 

反面、こちらは秘策に抵抗し続けたおかげで体力・精神力ともにかなりの量を消費した。

鮮花に胸チラやももチラされながら卓球のラリー続けるとか、ガチ戦闘並みに集中力を要するので本当止めてくれませんかね……。

 

後半は頑張って盛り返したつもりだが、鮮花に向いたゲームの流れは勢い止まらず。

粘ったものの、結局スコア的には大敗である。

 

 

「とにかく、一旦どっかのカフェにでも入らないか? 勝負ばかりじゃデートって感じもしないしさ」

「……ま、まぁ確かにそうですね。そういえばデートでした」

 

 

借りてきた猫のように、スッと大人しくなる鮮花。

どうやらこの少女、勝負に熱中し過ぎてデート中ということを忘れていたらしい。

 

鮮花の足が止まったのを見るに、こちらの要望を聞いてくれる様子。これは非常に有難い。

なにが有難いって、このまま次の勝負に入ったら体力切れで確実に負けるとこなんだよ!

 

鮮花の気が変わる前に、彼女の手を引き早々に休むに良さげな店を探す。

――と、その前に言うべきことを忘れていた。

 

 

「そうだ、鮮花。その、非常に言いにくいことなんだが……」

「むっ、今度は何ですか、七夜さん」

 

 

言い淀んで目線を逸らすこちらに、先ほどと同じ雰囲気を感じ取った鮮花は疑惑の目線を向けてくる。

先ほどと同じとは、デートがノープランだと伝えた時。

また碌なこと言わないですよね――と言いたげな鋭い目つきが、こちらの頬辺りに刺さってくる。

 

鮮花の機嫌を損ねるようなことはしたくないが、今日は思いやりのないデートが目的なので仕方ない。

心を硝子……ではなく鉄にして、鮮花に怒られるであろう言葉を言い放つ。

 

 

「今日は持ち合わせが少なくて……奢っ……いや、お金貸してくれないか?」

 

 

ダメンズポイントその2、お金がない。

デート中にお金がないとか、貸してくれとか言われたら嫌ですよね。

言ってるこちらも、鮮花のテンションの下がり具合が分かるようで非常に心苦しいです。

 

なお、流石に奢ってくれとは言えませんでした。ヘタレたわけじゃありません。

 

 

「……はぁ、今日の七夜さん、ちょっと情けないですよ」

「すまん……」

 

 

非難する鮮花の言葉は当然だ。

 

 

「――仕方ありません。ただ今日は私がお金出しますから、カフェは私の行きたいお店にします。七夜さんに拒否権はありませんよっ」

 

 

しかし鮮花の紡ぐ口調に、怒りや悲しみは見られない。

デートに水を差したにも関わらず、まるで大した話ではないように。

 

鮮花は行きたい店を思い浮かべたのか、くるりと足先を変えて歩き出す。

こちらも戸惑いながら、引っ張られる腕に追いすがるようについていく。

 

 

「えっと鮮花? 流石に怒ってもいいんだぞ……?」

「はぁ? なんです、もしかして怒られたいんですか?」

「い、いや、そういうわけではないが」

 

 

多少は幻滅してもらわないと意味がない、と言い掛けて口を閉じる。

こちらが黙ったのを見た鮮花は、若干呆れたように目を細めた。

 

 

「別に手持ちが少なかったくらいで何とも思いませんよ、今更。

 七夜さんがダサいのも、抜けてるのも知っていますし――」

 

 

こちらを馬鹿にしている筈の鮮花の口調。

しかし、そこに刺々しさは見られない。

 

 

「責任や、約束を必ず守る人だってことも知っていますから。

 今日の分はちゃんと次のデートで奢ってくれますよね?」

「……まぁ、そうだな」

 

 

すぐ隣で見上げてくる鮮花の真っ直ぐな瞳に、少し迷いながらも頷いた。

 

 

(……失敗だな、これは)

 

 

心の中で藤乃さんに静かに謝る。

仮デートでダメなところを見せればよいと思ったが、そんなのは既に深く付き合っている相手には当て嵌まらない。

 

鮮花と出会ってから、そろそろ3年が経過する。

こちらの人生の大半、苦楽を一番共にしてきたのはもちろん琥珀と弓塚だ。

 

ただ黒桐鮮花とは魔術の修練や模擬戦闘を競い合い、聖杯戦争や藤乃の事件では彼女の力に大きく助けられた。

特別、七夜アキハとして鮮花と過ごした時間は琥珀と弓塚にも負けないくらい濃い時間だったと振り返って思う。

鮮花が自分を未だに『七夜さん』と呼ぶのも、おそらく彼女の中で当時の印象が強く残っているからだろう。

 

互いの表と裏を、自分と鮮花は既に嫌というほど知っている。

だから今更、デート1回でどうこうなる仲ではなかったのだ。

 

こちらの小賢しい思考は察しないまま、鮮花は小さめのショルダーバッグからチラシを取り出して興味津々にメニューを見る。

 

 

「礼園の子から聞いたんですが、ちょっと先にカップル限定ですごくお得になるお店があるんです。ほら、この限定パフェなんてすごく美味しそうじゃありません?」

「えっと『カップルの方のみ注文可』『スプーンは1つだけ』……真のカップル専用だぞ、これ。そもそも俺たちカップルじゃないし」

「カップルに見えればいいんですー。ほら、お金持ってない七夜さんに拒否権ないんですから、早く行きましょう!」

「……」

 

 

今更、やっぱりお金持ってます――なんて言える雰囲気では当然なく。

おまけに次回のデートもいつの間にか約束されているこの状況。

実は全て裏目に出てるのではなかろうか?

 

 

(また藤乃さんに相談しないとなぁ)

 

 

とりあえず、ダメンズを装うデートは終わり。

あとは付き合いの長い後輩と、約束通りに今日と今度、楽しくデートを続けよう。

次回はちゃんとエスコートしつつ、もちろん周囲にはバレないように。

 

鮮花に抱きとめられた左腕に、同じように力を返して彼女の右腕を近くに寄せる。

夏なのに、鮮花の頬は冷めることなく薄紅い。

それを指摘しないのは――自分も同じだと、鏡を見なくても分かっているから。

 

 

「……ん? でもこのお店、他のお店と大して値段変わらないような……」

「あ、味も含めてお得なんです! いいからさっさと行きますよ、七夜さんっ」

 




後編(下)に続く

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