憑依in月姫no短編   作:HOTDOG

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7. 鮮花√ (上)

鮮花と仮デートを終えた数日後のこと。

自分、七夜アキハ……もとい遠野アキは、師匠の工房である『伽藍の堂』にてひたすらに俯き沈黙していた。

 

床に正座した姿勢で固まり、半刻は過ぎただろうか。

姿勢を変えることも、言葉を発することもできないこの状況。

原因は、自分を中心に囲んだ三人の女性。

琥珀、弓塚、そして鮮花。

 

重苦しい雰囲気なんて表現では生ぬるい、まるで深海に引きずり込まれたような感覚に思わず呼吸の仕方を忘れてしまう。

 

ちらりと上目で遠くを伺えば、こちらの状況を実に面白そうに見やる橙子さんの姿が。

鮮花の付き添いで来たであろう藤乃さんも、戸惑いながらこちらに目線を向けていた。

 

静寂が支配した伽藍の堂の一室。

ふいに、ガチャリと扉が開く。

仕事を終えて戻ってきた幹也さんが室内へと入り――異様な雰囲気に足を止めた。

 

 

「……しょ、所長? この重苦しい空気は一体何ごとですか?」

「おぉ、良いところに帰ったな、黒桐。有り触れた群像劇ではあるが、今から面白いものが見れるぞ」

 

 

橙子さんが頬杖をついたまま、こちらを指さす。

具体的な説明を求め、藤乃さんへと問い掛ける幹也さん。

 

 

「藤乃ちゃん、彼らに何があったんだい? それになぜか鮮花も巻き込まれているようだけど……」

「は、はい。えっと……この間、鮮花とアキお兄さんがデートしたらしくて……それが彼女さんらにバレてしまったらしく」

「……」

 

 

藤乃さんから紡がれた言葉を受け、天を仰ぐ幹也さん。

妹の所業に申し訳なさそうな顔をしながら、こちらに掛ける言葉を必死に探しているようである。

 

ギャラリーが増えても、周囲の緊張感は変わらない。

 

 

 

「――鮮花ちゃんさぁ……」

 

 

長い長い沈黙を破ったのは、意外にも弓塚だった。

 

 

「アキ君と仲良いのはいいよ。女友達をダメとは言わない。

 ……でも友達だからって、ほ、頬にキスはダメだよねっ!?」

 

 

赤面しながら叫ぶ弓塚の一声を聞き、更に自分の顔を深く伏せる。

やっぱり見られてたか!と激しい後悔。

あれは鮮花からのアプローチだが、気を抜いて隙を作った自分が悪かった。

もっと言うと、それを嫌がらずに次のデートの予定に悩んで苦笑していたのもかなり悪い。

 

弓塚の言葉に反応し、鮮花の眉がくいっと上がる。

と同時に、遠くで幹也さんの慌てる姿が目に映る。

 

 

「こ、これは……あまり外野が聞いていい話ではなさそうだ。少し席を外そう。所長は――」

 

 

実妹のキス話、もとい痴情のもつれは聞いていい話ではないと、常識人である幹也さんは荷物をまとめて再度外出する支度を始める。

それと同時に橙子さんにも外出を促してみるが、彼女はその逆、椅子に深く腰掛けた。

 

 

「ん? いや、私のことはお構いなく。むしろ、君の代わりに鮮花の行く末をしっかり見ておいてやろう。聞き難い心情は理解するが、可愛い妹が置かれた立場も心配だろう?」

「僕は鮮花が心配というよりも、彼らに迷惑を掛けてないかが心配で……いや、既に遅い話ですが」

 

 

傍聴人と化した橙子さんに、溜息をつきながら幹也さんは言葉を返す。

橙子さんを追い出すのは諦めて、隣の藤乃さんへと視線を移した。

 

 

「そうだ、藤乃ちゃんはどうする? 鮮花のことが心配なら、無理にとは言わないけど」

「い、いえ、私も一緒に行かせてください! その、友達のこういった話はあまり聞かない方がいいと思いますし……」

「うん、じゃあ適当なところで時間を潰していようか。どこか行きたいところはある?」

「あ、それでは、鮮花に教えてもらったんですが駅前に新しくカフェができたらしくて――」

 

 

早々に退室する幹也さんの後ろで、小さくガッツポーズする藤乃さん。

よかったね、ふじのん。

 

 

「――ふーん、さつきさんには『頬にキスした』ように見えたんですか。良かったですね、七夜さん」

 

 

と、外野の出来事を眺めているのも束の間、当のこちらも時が動く。

弓塚の怒気を受け流すように、飄々とした風でこちらに話しかけてくる鮮花。

余計なことを言わないでください、鮮花さん。あと無暗に弓塚を挑発するのもやめて頂けませんねェ……。

 

 

「く、くくっ……」

 

 

遠くで橙子さんが忍び笑いを漏らしながら、どこからか取り出したワインを美味しそうに飲んでいた。

うーん、ちょっと愉しみ過ぎでは?

 

 

 

 

憑依in月姫no短編

7. 鮮花√ (上)

 

 

 

 

「み、見えた? それってキスしたのは頬じゃないって……ど、どういうことなのかな、アキ君!?」

「大丈夫だ、弓塚。唇にかなり近かったが、キスされたのは頬。問題ない」

「問題大ありだよっ! というか、なんでキスされる距離まで近づくの? 危機感無さすぎない!?」

「いや、鮮花が正面からネックレス着けてくれって言うから……」

「どう考えても罠だよね、気付こうよ! 私、あまり頭よくないけどやっぱりアキ君も馬鹿だよね!?」

「……はい、おっしゃる通りで」

 

 

弓塚に責められ、返す言葉もなく押し黙る。

琥珀も言いたいことは同じようでこちらに鋭い視線を向けており、二人からのプレッシャーで身体全体が委縮する。

 

 

「しかもアキ君、キスされた後少し笑ってたし……」

「アキさん、ご自身の口癖覚えています? いつも志貴さんや衛宮さんが彼女さんたちに怒られるのを見て『やっぱり優柔不断は良くないな(キリッ)』とか言ってましたよね。……アレはもしかして振りだったんですか?」

「……いや、ほんとごめんなさい……そんなつもりはなかったと言いますか……」

 

 

琥珀と弓塚に怒られながら、数日前の自分を呪う。

多分バレないヨシっ!じゃないだろうと。

鮮花と二人で出掛けるのなら、もっと本気で隠蔽すべきだった。

いや、そもそも仮デートなんて作戦自体が間違っていたのだが。

冷静に考えてみれば、仮デートとは自称であり端からみればただの浮気でした。すみません。

 

しかし縮こまっている自分とは対照的に、共犯者である鮮花はいつも通りの口調でこちらの会話に割って入る。

 

 

「まぁお二人とも。七夜さんが優柔不断なのは今に始まったことではないですし」

「……鮮花ちゃん、自分が何したかわかってるの? 確かに鮮花ちゃんにはたくさん助けてもらっているけど、だからって何でも許すわけじゃ――」

「分かっていますよ、さつきさん」

 

 

静かに怒る弓塚を見据えたまま、彼女の言葉を遮る鮮花。

相手を上回ってやるという気概の強い語気、強い瞳。

何度も目にした自分にはわかる――コレは、鮮花が勝負に入る時の容貌だ。

 

 

「お二人に黙って七夜さんを連れ出したのは……すみませんでした」

 

 

立ち上がり、彼女は真摯に頭を下げる。

反抗的な口調からどんな言い分が来るかと身構えていた琥珀と弓塚は、突然の謝罪に口を噤いだ。

 

でも、と鮮花は続ける。

知っている。彼女の面持ちから見て、鮮花が謝罪だけで終わる筈がないということを。

意を決したように、琥珀と弓塚――そして自分を、逃げることない真っ直ぐな瞳で捉える。

 

 

「でも、私が今日お二人の呼び出しに応じたのは、謝罪をしたかっただけではありません。――お二人に、私も七夜さんと付き合うのを認めてほしい。その為に今日、この場に来ました」

「なっ、お前!」

「あ、鮮花ちゃん!?」

「……」

 

 

鮮花の爆弾発言に自分を含め、皆固まる。

いきなり何の冗談を、というには、鮮花の表情は真剣過ぎる。

真っ先に反応したのは弓塚で、驚愕に目を見開いたまま鮮花へ語気を荒げて言い返した。

 

 

「そ、そんなこと普通に許すわけないじゃん! 鮮花ちゃんだってわかってるでしょ!?」

「はい、さつきさんの反応は正常です。普通は許しませんよね、こんなこと。……でも、それは“普通”の人の話です」

「……私とさっちゃんが“鮮花さんとアキさんが付き合うのを認める”……そのような考えがあると言うことですね」

 

 

琥珀の問いに、鮮花が頷き肯定する。

 

 

「私だって無策のまま、七夜さんにアプローチはしませんよ。琥珀さん、さつきさんという彼女がいるからこそ、私を認めてもらう手段があります……元から、全く勝ち目のない戦いに応じる気はありません」

 

 

そう言って、鮮花は人差し指を眼前に出す。

1つだけ。その言葉とともに口を紡ぐ。

 

 

「琥珀さんやさつきさんと同じように、私が七夜さんと付き合うことのメリットは幾つかあります。

 今後も実力の近いもの同士、質の良い鍛錬ができること。

 貴重な魔術使いとして、遠野家の深い協力者となれること。

 他にも細かくありますが――最大の利点は『子供世代の横の繋がり』が増えること、その1点にあります」

「こ、子供世代? 横の繋がり? ……ってどういうこと?」

「……そういうことね。鮮花さんの言いたいこと、分かりました」

「えぇ! 琥珀ちゃん今ので分かったの!? せ、説明プリーズっ」

「そんなに慌てなくても、鮮花さんの続きを聞きましょう?」

 

 

頭にはてなマークを浮かべる弓塚、ついでに自分も。

そんなこちらとは対照的に、琥珀は一人納得していた。

見た感じ、琥珀からはさっきまで怒っていた雰囲気も無くなっている。

 

 

「さつきさん、これは簡単な話なんです。さつきさんは吸血鬼ですけど、師匠の魔術人形を介して三咲町で人間と同じ営みができるようになりました。そうすると、今のさつきさんにもう心配ごとはありませんか?」

「え、そんなことないよっ。確かに吸血鬼の体でいた頃に比べたら大した悩みじゃないけど……アキ君の優柔不断さに頭が痛くなったり、お父さんとお母さんにはまだ会って説明もしていないし、高校だって留年したまま。生まれてくる赤ちゃんだってどうなるか――」

 

 

そこまで言うと、弓塚は言葉を止めて何かに気付いたように鮮花を見る。

彼女の言いたいことに、弓塚の言葉を聞いて自分も気付く。

 

弓塚と自分の視線を受け止めた鮮花が、口元を上げた。

 

 

「そうです。さつきさんも琥珀さんも普通とは異なる力を持っています。パートナーである七夜さんも退魔の一族ですから、当然、生まれてくる子供は“普通の子供”ではありません」

 

 

死徒二十七祖の候補となり得るほど力を持った吸血鬼。

巫条の分家であり、優れた感応の力を所有する能力者。

そして七夜と浅神一族の混血者。

 

 

「常識から外れた異能は、同じく常識外のモノを引き寄せます。魔性の力が強ければ特に……さつきさんが一番、それを分かっているんじゃないですか?」

「……うん」

 

 

鮮花の問いに、弓塚は頷き沈黙する。

彼女の肯定を確認した鮮花は、続く言葉を口にする。

 

 

「異能を所持する子供たちのために親としてできることは、異能を制御する教育、世間一般での立ち回り方、そして私たちが年老いた後にも子供たちが心から頼りにできる存在――『血縁を主とした横の繋がり』、言わば多くの兄弟を残すことです」

「な、なるほど……!」

「いやいや、弓塚。関心するのはいいが、鮮花が言ってることは結構ぶっ飛んでるからな」

 

 

怒られている立場なのも忘れて、目を丸くして納得する弓塚に横やりを入れる。

鮮花の言っていることは正しいかもしれないが、やろうとしていることは無茶苦茶である。

 

と、こちらの言い分が気に食わなかったのか、頬を膨らませてこちらを睨みつける鮮花。

 

 

「なんで七夜さんがさつきさんをフォローするんですか。今回は私の味方の筈ですよね?」

「もうこれは味方とかそういう話じゃないだろ。それにだ、仮にその話を実現させるとして、鮮花と自分のこ、こどっ――」

 

 

言い淀んで舌を噛んだ。地味に痛くて泣ける。

顔が赤くなるのを押さえながら、言い直した。

 

 

「兄弟を残すことの利点は理解できる。吸血鬼や退魔の血を継ぐ子供だ。複雑な事情、隠し事はどうしても多くなるし、利害関係なく頼れる身内の存在は何物にも代えがたい。……まぁ、世の中には殺し愛をする兄妹もいると思うが……」

 

 

原作での志貴と反転した秋葉、凛と黒桜を思い出し、少し顔が青ざめる。

しかし、基本的に身内や兄弟といったものは友人や親友とは別次元で信頼がおける存在に他ならない。

 

ただ、鮮花の言い分には破綻があった。

 

 

「その……兄弟を増やすことと、鮮花と付き合うことは単純にイコールとはならないだろ?」

「あっ、そ、そうだよ鮮花ちゃん! 兄弟を増やすだけなら私や琥珀ちゃんが頑張ればいいだけなんだから。ね、アキ君!」

「いや、そうなんだけどね。そういう話は今はしないでほしいというか……」

 

 

天然故にとんでもないことを言い出す弓塚。

この子、吸血鬼化してから事あるごとにヤラシイこと言ってくるんですが……。

属性:淫魔とか隠しステータスが入っていないか心配である。

 

ともあれ、こちらの一言で鮮花の理屈の隙に気付いた弓塚。

否定された鮮花は、しかし動じた様子は見られない。

 

 

「そうですね。確かに子供たちの横の繋がりを増やすことと、私と七夜さんがお付き合いすることは繋がらないかもしれません。

 ――でも、いいんですか、さつきさん? 私、自分で言うのも何ですが、身内に加えるならかなりの優良物件だと思いますよ?」

「優良物件? 鮮花ちゃんが“発火”の異能を持ってるのは知ってるけど、それが子供たちの助けになるかはわからないし……」

「違いますよ。異能よりも皆さんに貢献できるもの――お二人に対する私の売りは『学問』、世間的な一般教養の分野です」

 

 

自信に満ちた顔で、鮮花は二人に言い放つ。

鮮花自身を遠野家、ひいてはこちらの身内として迎えるメリットは、異能よりも学術的な力にあると。

 

 

「琥珀さんみたいに薬剤師の資格を持っているわけではありませんが、純粋な学力なら全国模試で10位以内に入ってますから、私」※1

「じゅ、10位!? こ、校内でも県内でもなくて、全国で!?」

「魔術や体術も習っていてその学力……やはり天才か……」

 

 

鮮花が示した具体的な学力の数値を聞き、弓塚と二人で彼女の優秀さに驚き狼狽する。

頭がいいとは思っていたが、全国模試1桁台のレベルだとは知らなかった。

 

こちらの反応を見て、満足そうに笑みを作る鮮花。

 

 

「私には魔術回路はありませんから、異能はあっても魔術師の才はありません。血筋も、私の異能は遺伝的突然変異で発症したものですから、一般家系と変わりません。能力者としては私も、私が生む子も、さつきさんや琥珀さんの子に比べれば未熟で頼りないでしょう。

 ……ですけど、世間一般で見れば私は物凄い優秀な人間です。子供も同じとは限りませんが、七夜さんの血を継いだ私の子です。能力者として劣る代わりに、頭の良さなら負けない子になってくれます」

 

 

それが黒桐鮮花を身内に加える最大の利点だと、鮮花は三人を前に言い切った。

力で劣るが、知で勝る。

鮮花の言う通り、そのような子が兄弟としていてくれるのなら、確かにそれは心強い。

力での解決は、いつの時代も最終手段だ。

タタリの件で燈子さんやキャスターさんの策で完璧に対処できたように、深い知力、知恵は時に力よりも大きな効力を発揮する。

 

鮮花の言葉から連想される未来を脳裏に描く。

簡単に頷ける話ではないが、同時に、子供が異能に振り回されることない未来は親としては望ましい。

琥珀と弓塚も、思っていることは同じなのだろう。

鮮花の言い分は、安易に一蹴するような与太話ではないと理解できたのだ。

 

 

――肯定も否定もできない、方向性に行き詰った雰囲気の中。

先に口を開いたのは、またしても弓塚だった。

 

 

 

「――――でも、わたしはやっぱり許せないよ」

 

 

三人の視線が弓塚に集まる。

弓塚は静かに、それでいて迷いのない瞳で鮮花を見ていた。

鮮花は説得できなかったことが想定外だったのだろう。

彼女の顔に、少しだけ戸惑いが見えた。

 

 

「……理由を聞かせてもらってもいいでしょうか、さつきさん」

「うん、鮮花ちゃんの言いたいことは分かったかな。でも、わたしは感情的な面で、鮮花ちゃんがアキ君にアプローチするのが許せない」

「確かに倫理的な面ではいけないことかもしれません。しかし将来を考えれば――」

「違うよ、鮮花ちゃん。私が許さない理由は、もっとすごく単純なこと」

 

 

鮮花の反論に、今度は弓塚が相手の言葉を遮り強く言う。

自分と鮮花が付き合うことを許せないのは倫理的な話ではなく、違う面で許せないのだと弓塚は言う。

 

琥珀も弓塚の気持ちは読み取れないのか、弓塚の次の言葉を耳を澄まして待っている。

そして口を開いた弓塚は――少し語気を強めて、鮮花を叱るように言葉を繋いだ。

 

 

「だって鮮花ちゃん――お兄さんのことが好きなんじゃないの?」

「――っ!? な、なんで私が兄さんを好きなこと知ってるんですか!?」

「え、そこ突っ込まれるの、わたし!?」

 

 

弓塚の一言に衝撃を受ける鮮花……に対して、同じく衝撃を受ける弓塚。

いや、漫才やってるわけじゃないんだからさ、君たち。

 

 

「鮮花。一つ教えておくが……幹也さんへの好意を巧妙に隠せていると思っているのは鮮花自身だけで、周囲は皆気付いているからな」

「な、なっ!? ってことは琥珀さんも!?」

「あはは……鮮花さんのお兄さんに対する態度を見れば、気付かない人はほぼいないのではないかと」

「や、やだっ! 七夜さんと藤乃にしか話してないから、他の人は一切知らないと思っていたのに……な、七夜さんも意地悪ですっ!」

「おいよせ、こっちに八つ当たりするな」

 

 

恥ずかしさからか、割と手加減知らずなパンチを顔面目掛けて放ってくる鮮花。

慌てて防御して事なきを得る。七夜の動体視力が無ければ今頃鼻血を吹いていたに違いない。

防御されたのが悔しいらしく、鮮花はパンチを放った右手をそのまま広げ、こちらの手をぎゅーっと握ってくる。いわゆる握力攻撃である。

女学生にしては中々の握力。

だが攻撃として扱うにはまだまだ力不足で、手のひらから伝わる感触は痛気持ちいいレベルだ。

……恋人繋ぎになっているのが、少々気恥ずかしいが。

 

 

「ねぇ、目の前でイチャつくのやめよう? アキ君も……流石に切れるよ?」

「あ、はい」

 

 

人ではなく路傍の石を見るような、弓塚の極めて冷たい視線がこちらを射抜く。

くっそ怖い。

赤面していた鮮花も、思わず言葉を止めて固まった。

 

 

「で、鮮花ちゃん」

「は、はいっ」

「率直に言うとね……私は、鮮花ちゃんがアキ君のことを本気で好きになったとは思ってないの。だから、単純に鮮花ちゃんがアキ君にアプローチするのを許せない」

「そ、そんなこと――」

「だってさ、鮮花ちゃん。アキ君よりお兄さんに向ける気持ちの方が、全然、好きな気持ちは強いでしょ?」

「……っ!?」

 

 

弓塚の問いに、鮮花は確信に触れられたかのように表情を強張らせた。

鮮花の反応を見た弓塚は、やっぱり、と小さく呟く。

 

 

「それに、鮮花ちゃんがアキ君にアプローチし始めたのは聖杯戦争から帰ってきた後……わたしと琥珀ちゃんがアキ君と付き合い始めた時期だよね。更に積極的になったのは、この間、わたしたちが妊娠したのが分かってから……」

 

 

思い返すように言葉を紡ぐ弓塚。

いつもは自分と同じで頭の回転が鈍い彼女だが、人間の時から周囲の顔色には敏感だった。

人を、そして同性の気持ちを読み取る術は人一倍長けている。

 

 

「鮮花ちゃんがアキ君を好きな気持ちって--『誰かのものだから欲しい』とか、そういう気持ちじゃないの?」

「そ、それは……」

 

 

いつもは主張の弱い弓塚の、珍しく相手を正面から非難する言い方。

弓塚の言葉に思うところがあったのか、鮮花に先ほどまでのこちらを説得していた勢いは消えていた。

 

言葉に詰まる。

自分も何か言わなければと思考を巡らすが、弓塚に、鮮花に掛ける言葉がまとまらない。

 

 

(……考えたことはあった。鮮花の七夜アキハに対する好意は、もしかしたら彼女の起源『禁忌』から生じたものじゃないのかと)

 

 

起源と言っても、鮮花自身がはっきりと起源を自覚してはいないため、実際に『禁忌』に振り回されることはない。

少しだけ彼女の性格・思考に影響を及ぼす程度の筈。

どちらにせよ、こちらへの好意がどのような過程で生じたのかは当の本人である鮮花以外、誰にもわかる筈はない。

 

鮮花が弓塚の言葉を受け止め、七夜アキハへの気持ちは錯覚だと認めれば……この話し合いの幕は閉じる。

妊娠報告以前の、聖杯戦争以前の、鮮花との距離感に戻って終わりだ。

……それをなぜか、少しだけ寂しく思ってしまった。

 

 

 

「――ずるいです……」

 

 

弓塚の言葉を受け止めた鮮花が発した言葉は、静かな妬みの声だった。

 

二人ともずるい、と。

掠れた声で呟くと同時に、鮮花の瞳には仄かな怒りが燻っていた。

 

 

「あ、鮮花ちゃん? ずるいって、一体なにが……」

「私が……七夜さんにアプローチする隙なんて、最初はなかったじゃないですか。兄さんと違って、七夜さんには会った時から、隣にさつきさんと琥珀さんがいたんです」

 

 

顔を伏せ、ゆっくりと言葉を紡ぐ鮮花。

顔は長い前髪に隠れてしまい、彼女の表情は伺えない。

 

ただ、言葉の節から後悔の念だけは汲み取れた。

 

 

「三人の仲が、絆が強いのはすぐにわかりました。だって弓塚さんのために魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争に参加するくらいですから。

……私だって、進んで報われない恋をする気はありません。いずれ、さつきさんか琥珀さんのどちらかが七夜さんの正式なパートナーになるのは……分かっていました」

 

 

三人の中に入り込む余地が無いのは分かりきっていたと、鮮花は声を震わせて言う。

 

 

「だからこそ私はずっと、七夜さんとは友人以上の線を超えないまま、好きと言う気持ちは兄さんのみに向けていましたし、それが最善と思っていたのに――まさか二人一緒だなんて、すごくズルいじゃないですか……!」

 

 

悔やみ、怨み、口惜しさ。

負の感情をのせた鮮花の視線が、弓塚と琥珀に向けられる。

 

 

「衛宮さんや遠野さんと違い、七夜さんは常識人です。でも、それ以上に責任感があって、情に弱い人だってのも知ってます。聖杯戦争で追い詰められても、衛宮さんを見捨られなかった人ですから……。

 さつきさんと琥珀さんとの三角関係にケジメをつける前に、既成事実が出来れば七夜さんなら二人一緒にとなるでしょうね。……ずるいと思います。悔しく思います」

「そ、そうかもしれないけど……わたしたちだって、これは偶然で――」

「偶然かどうかは関係ないんです! 言い訳がましいかもしれませんが、私がお二人と対等になるのは多分無理だと、そう思っていたんです。勝ち目のない、出来レースに参加する気はなかったから……それが二人一緒ってなんですかっ。それなら三人でもって思っても仕方ないじゃないですか!」

「でも……あ、鮮花ちゃんはアキ君よりもお兄さんの方が好きなんでしょ? なら、そんな中途半端な気持ちでアキ君に近づくのは駄目だと……思う、かな」

 

 

不満をぶつける鮮花に、弓塚がたじろぎながらも何とか言葉を返す。

が、それに対して鮮花はすぐに頭を振った。

 

 

「それはさつきさんの価値観で、性格で、今の環境だから言える言葉です。えぇ、私が兄さんを好きなのも、七夜さんよりもずっと好きなのも認めましょう。

 ――でも、兄さんは式しか見てなくて、私の気持ちはおそらくきっと実らない。十年以上想ってきた相手だからこそ、その心情も分かってしまいます。最後まで諦める気はありませんけど……報われない一途を抱えていられるほど、私は強くありません」

 

 

言って、鮮花は申し訳なさそうにこちらを見る。

幹也さんと比べ、恋する気持ちが劣っていたことを心苦しく思っているのか。

その考えが――とても鮮花らしくないと思い、長く閉じていた口を開く。

 

 

「……そんなこと、当たり前だ。鮮花の中では常に幹也さんが一番にいる。それは何もおかしいことじゃない」

「だ、だからって……そんなの、お兄さんの代わりにアキ君を選んだだけじゃん……」

「……さつきさんから見れば、そう思われても仕方ありません。私の七夜さんに対する気持ちは、さつきさんや琥珀さんと違って純粋なものではなく……多分、打算的です。

 兄さんよりも七夜さんに気持ちを向けた方が、私が報われる可能性が高いから……そこは、嫌な女と思ってくれて構いません」

「……」

 

 

心情を全て吐き出した鮮花に、弓塚も自分も押し黙る。

一途でないと強く鮮花を非難した弓塚も、彼女の本音に否定を重ねることはしなかった。

 

原作の鮮花はずっと一途に幹也さんを想い続けていた。

幹也さんと式さんの子供が生まれた後も、多くの男性から求婚されながらも応じなかった彼女。

劇中、何度も幹也さんにアプローチしつつも悉く上手くいかないその姿は、『空の境界』での鮮花の一つのキャラ付け、立ち位置でもあったのだ。

この世界の鮮花も寸分変わらず、幹也さんへのアプローチをあの手この手で行っていたので――そんな、誰にでもある弱さに気付かなかった。

 

報われない想い、空回りする恋心を見ていて楽しいのは、他人と創作の中だけだ。

当の本人は、笑い事では済ませられない。

例え相手が十年以上想ってきた幹也さん以外の男性でも――少しでも気持ちが芽生えたのならば、そちらの可能性も残しておきたいと考えるのが人の心だ。

 

それは優柔不断だったり、キープだったり、不貞などと呼ばれて皆に理解されるものではないかもしれないけれど。

でも、ずっと報われない恋を抱えていられるほど人は強くない。

片思いを諦めずに続けることと、報われない想いを不安に、悲しく思わないかは全く別の話なのだから。

 

 

「……こ、琥珀ちゃんは、何か言わないの?……その、鮮花ちゃんの考え方とか」

「……そうね」

 

 

鮮花に返す言葉が見つからなかったのか、弓塚が琥珀へと顔を向ける。

琥珀は鮮花と弓塚の会話に入らず、静観していた。

琥珀の中で逡巡して出した結論を、彼女はゆっくりと語り始めた。

 

 

「私は、アキさんに従いますよ」

「こ、琥珀ちゃんっ!?」

「落ち着いて、さっちゃん。別に昔みたいに“アキさんが正しい”、そういうことを言っているわけではないから」

 

 

反応して思わず立ち上がった弓塚に、琥珀は落ち着いた声で静止を掛ける。

弓塚へ、そして鮮花へと目線を映しながら、続きを話す。

 

 

「鮮花さんの言うメリットは、私にはとても賛成できるの。私の異能が利用されやすいのは、さっちゃんも知っているでしょう? もしも優秀な鮮花さんやその子供が身内としていてくれるのであれば、巫浄の血を引くものとして非常に心強く思えるの」

 

 

過去を思い出しながら、琥珀は心の内を口にする。

鮮花の意見は肯定できると、胸に手を当てながら一人頷く。

 

 

「同時に、さっちゃんの気持ちも理解できる。私たち三人の関係がどうであれ、それでアキさんへのアプローチを許していい理由にはならないから。

 鮮花さんがお兄さんを好きなまま、アキさんにも……そんないい加減な気持ちで近づいて欲しくないのは、私も同じ」

 

 

でも、と琥珀は続ける。

鮮花の本音を聞いた彼女は、鮮花に寄り添った意見を述べた。

 

 

「でも、私は鮮花さんを非難できない。結果として私とさっちゃん、アキさんは一緒になったけど、ならなかった未来も十分にあり得た筈だから。……もしもさっちゃんとアキさんが一緒になった未来だったら、私は……鮮花さんと近いことを、していたかもしれない」

「こ、琥珀ちゃん……それは、そうかもしれないけど……」

「うん、だからね、私はアキさんの判断を尊重するわ。私たちは当事者だけど、それでも本質的にはアキさんと鮮花ちゃんの気持ちの問題だから」

「……鮮花ちゃんの意見に賛成も、反対もしないってこと?」

「さっちゃんには悪いけど、どちらかと言うと鮮花さんに賛成……寄り、かな。でも、さっちゃんの気持ちも分かる。だから――」

 

 

そう言って、琥珀はもう言うことはないとばかりに口を噤む。

弓塚も琥珀の意見を聞いて眉をひそめるも、反論はない。

代わりに、弓塚の不安げな目線がこちらを捉えた。

 

 

「……どうするの、アキ君?」

「……」

 

 

黙っている自分に問いかける弓塚。

鮮花の考え、弓塚の感情、琥珀の判断。

彼女らのそれらを聞いたうえで、自分が言うべき言葉は――

 

 

「七夜さん」

 

 

言葉を発する手前、鮮花が立ち上がり呼び掛ける。

手を引かれ、こちらも思わず立ち上がった。

 

目の前に、神妙な面持ちでこちらを見据える鮮花の姿。

先日の、ネックレスを渡す時と重なった。

その時以上の真剣さと、心細さとが混じった瞳を向けながら――重い口を無理やり開けるように、短く、想いの丈を口にした。

 

 

 

「――三番目で構いません。私を彼女にしてくださいっ」

 

 

告白と同時に、鮮花は頭を下げる。

彼女らしくない、最低な言葉を口にした鮮花の告白。

……こんなことを言わせている、他でもない自分が酷く醜く思えた。

 

 

 

「……悪い。鮮花の気持ちは受け取れない」

「――っ」

 

 

だからこそ、簡潔に。

自分の中で決まっていた答えを、鮮花に返した。

 

鮮花の端正な顔が歪む。

こちらを見つめる視線に怒りはない。

ただ、彼女らしくない悄然、呆然の色だけが見て取れた。

 

 

「……やっぱり、駄目ですよね」

「……」

 

 

静かに頷く。

 

 

(いつも勝気で、騒々しくて……でも毎回背中を押してくれて、一緒に悩んでくれて、そんな鮮花と友人以上の関係でありたいと思う自身も確かにいる)

 

 

もしもこの世界で、七夜一族への憑依でなかったなら。

『空の境界』本編に近い位置で、世界に呼ばれたのならば――きっと、自分と鮮花の関係はもっと近いものへとなれたかもしれない。

 

でも、そんな仮定の話に意味はない。

今の自分は、この世界で既に琥珀と弓塚というパートナーがいて、彼女たちのお腹の中には新しい命が宿っている。

常識的に考えて、どんなメリットがあろうとも鮮花と関係を深めることは、二人への裏切りに他ならない。

鮮花への想いは、感情は、自分の心の内にだけ閉まっておけばいい話だ。

 

 

「ごめん……」

 

 

余計な言葉は口にしない。

ヘタなこと言って、応えられない期待を彼女に与えたくはない。

 

容姿端麗で、成績優秀で……常人以上の行動力で成功を掴む鮮花。

彼女には間違いなく輝かしい未来がある。

それをこんな自分の優柔不断さで――万が一にも保留などして、鮮花の可能性を潰すことはしちゃいけない。

 

 

「……馬鹿ですね、私。こうなること、分かってたのにっ」

 

 

絞り出すような細い声で、鮮花は答える。

もう何も言うことはないと、聞くことはないと――彼女は踵を返して駆け出した。

 

何かを口にする間もなく、鮮花は勢いよく扉を開けて逃げるように出ていった。

自分の答えで鮮花がどのように反応するかなんて想像していた筈が、想像よりも遥かに胸が苦しく、痛い。

 

少なくとも自分と弓塚にとっては正しいと思っていた決断なのに、これが本当に正しかったのか疑ってしまう。

猛反対していた弓塚も同じことを思っているのか、その顔には小さく後悔の色が見て取れた。

 

 

「わたし、鮮花ちゃんの泣いてるところ、初めてみた……」

「……そうだな」

「これで良かったのかな……その……追いかけないの、アキ君?」

「追いかけたって掛ける言葉がないだろ。それに、最初から正解はこれしかなかった……筈だ」

 

 

去り際、鮮花は涙を流していた。

幹也さんと上手くいかず涙目になることは多々あったが、彼女と知り合ってからこれまで、涙を流す姿は見たことはなかった。

 

告白して、振られて、当然、鮮花が今日戻ってくることはないだろう。

辛い結末だが、どの道、鮮花との関係がエスカレートすれば琥珀と弓塚に隠しているわけにはいかなくなる。

 

遅かれ早かれ、こうなることは避けられなかったのだと罪悪感を消すため思い込んだ。

弓塚も琥珀も、鮮花が出ていった方を見つめて黙ったまま。

ポツポツと振り出した雨が、伽藍の堂全体を暗く冷たく包み込んだ。

 




※1 参照:アニヲタwiki 黒桐鮮花
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