カフェ・ミルミルにようこそ! 作:アメざいくヤクザ
案内されたのは小洒落た外観のお店。シックな雰囲気ではあるが外の黒板には手書きのマホイップのイラストと「今日のおすすめ」が書かれており、いかにもかわいらしいのを売りにしているのがわかる。
入店の合図である鐘がからんころんと鳴り響くとスタッフさんがやってきた。
「いらっしゃいませー……ってカンロちゃん! どこ行ってたの!」
スタッフさんは色っぽいお姉さんという感じだ。
「めんごめんご。ちょっと釣りに夢中で」
「もう! ……あら?」
スタッフの女性はカンロの後ろにいたジタに気づいてにこやかな笑顔を浮かべて声をかける。
「いらっしゃいませ。カンロちゃ……店長とはどういった……?」
「ちょっと釣りで縁があってね。お昼奢ってあげることにしたんだ」
「あらあら。じゃあ店長、厨房入る?」
「うん。予約席空いてるならそこ通しちゃって」
流れるようにカンロとスタッフがやり取りしているのをジタは不安そうに見つめている。なんだかすごそうなお店に入ってしまったのではないか。本当に奢りなんだろうか? 本当にカマスジョーを出してきたりしないだろうか?
そんな不安をよそに、スタッフさんは一人で座るには広い席へと案内してくれる。チコリータのモチコ用に高さ調節椅子も貸してもらった。
「アレルギー等はありますか?」
スタッフさんがかがんで訊ねてくる。名札にはヨモギ、とあった。
「大丈夫です。あ、でも……」
「あ〜大丈夫大丈夫。ポケモン使った料理は嫌がる子多いものね」
意図を汲み取ってくれたのか、カマスジョーのような食用ポケモンは出さないと言って飲み物はどうするか聞かれる。
「チコリータちゃんの分も注文していいからね」
「えっと……じゃあこの熟成きのみジュース2つ……」
「はぁい。料理の方は店長に任せてあるから何かあったら呼び出しボタンを押してくださいね〜」
スタッフさんが去っていって少しそわそわしながら店内の様子を伺うと、ほぼ満席で賑わっていることがわかる。コネですぐに案内されたのが申し訳ないほどだ。
客層は若い女性や子連れの家族、あとはカップルが目立っており、どうもジタは自分の場違い感を拭いきれない。
「はーい。お待たせしました〜」
しばらくするとヨモギさんがカイリキーと一緒に料理を運んできてくれる。桃色のエプロンを付けたカイリキーが得意げに4つの腕に料理とドリンクを持ち、順番にテーブルに並べていく。
「ちいさなキノコとほうれん草のクリームパスタとゴスのみとベーコンのキッシュ、じゅくせいきのみジュース2つです」
パスタはジタに、キッシュはチコリータにと並べられて、店の様子から察してはいたが、見た目もいかにもオシャレな感じがして思わず挙動不審になる。
ニコニコとヨモギさんもカイリキーもどうぞどうぞと料理を示すので、チコリータと一緒に意を決して食べてみる。するとジタもチコリータも一口、二口とドンドン食べる手が止まらずにあっという間に完食してみせた。
ドリンクのきのみジュースも、通常のきのみジュースよりも濃厚ではあるがドロっとしてはおらず、さっぱり飲みやすい。
予想外の満足感に、チコリータとともに幸福顔でリラックスしていると声が近づいてきた。
「やほ~。どう?」
先程までと違って服装が変わっているがカンロが手を振りながら席までやってくる。最初に出会ったときの不機嫌そうな気配は微塵も感じられない。
「美味しいです!」
「よかったよかった。今日は私の奢りだけどお店出る時は伝票をスタッフに渡してから出てね」
伝票に何かの印をさらさらと書き込んでカンロはウインクしてみせる。
「ま、気に入ったらまた来てよ。今度は──」
突如、入店の鐘が激しく鳴り、乱暴に開かれた扉から数人の少年少女がなだれ込んでくる。その瞬間、カンロの表情が険しいものへと変わり「席から動かないでね」とだけ言って入り口の方へと向かっていく。
ただごとではないと思ってジタは入り口の方へとこっそり様子を伺うと、少年少女たちはスタッフさんになにやらいちゃもんをつけているようだ。
「おうおうおう、バトルに勝ったらタダになんねーのかぁ?」
「当店ではそういったシステムはありませんので」
「マジありえねーんだけど~」
他のお客から「トリート団だ……」「例の迷惑集団の……」といった声が聞こえてきて、なんだろうとジタが考えているとカンロが真面目な様子で少年たちを見た。
「失礼。他のお客様にもご迷惑になりますので、当店のシステムに納得していただけないのであれば退店してもらいます」
毅然とした態度に、ジタは再度認識を改める。最初の印象がすごかっただけに、この姿は凛々しくてギャップがすごい。
しかし、少年たちはカンロを舐め腐っていた。
「あ? なんだこのチビ」
「店長呼べよ。それかそこに並べてる菓子、まとめてよこしやがれ」
ただの強盗じゃん!
ジタが思わず心の中で叫び、カンロははあ、とため息をつく。
「私が店長です。そして、お菓子は料金を支払ってくだ──」
「うっせぇなぁ! チビデブ!」
その瞬間、店内の空気が完全に凍った。
「なんだァ? てめェ……」
先程まで、かろうじて冷静な店長を繕っていたカンロは血管が浮き出るほどにキレているのがひと目でわかる。後ろでスタッフもあわあわと焦っており、なんだか知らないが少年たちも明らかに空気が変わったのを察して少し怖気づいた。
「な、なんだよ! やんのか!」
「……そうですね。構いませんよ。そういうのがお好みでしたら」
少年たちが嬉々としてボールからチョロネコやコマタナを繰り出すも、カンロは表情を変えるどころかボールにすら手をかけない。
「それではこちらも力づくで対応させていただきますのでご理解の上喧嘩を売りやがれ木片共ォ!」
瞬間、チョロネコはダウンし、少年の一人も激痛でのたうちまわっていた。
何が起こったのかわからない少年はコマタナをけしかけるもいつの間にか手にしていたトレーでコマタナの攻撃を防ぎ、やっぱり素手でコマタナを床に叩き伏せてみせる。
ポケモンすら出さないその狂気の物理女っぷりに少年少女たちは震え上がった。そして、内一人が思い出したようにカンロを指差す。
「やべーッス! この女、確か密林エリアでサバイバルして生き延びたっていうあのピンクのゴリランダーッス!」
──ピンクの……なんだって?
「ピンクのゴリランダー!?」
「あの野生のゴリランダーと素手で殴り合ったって噂の!?」
(尾ひれがついてるだけと言って欲しい……)
ジタがそんなことを考えながら様子を見守っていると、不審な動きを見つけ思わず席から離れてそちらに向かおうとする。
「くっ!」
少年の一人がゴロンダを出して背後からカンロを襲おうとした瞬間、ジタがボールを投げてナマコブシが宙を舞った。
「ナマモチ!」
「ぶしー」
そのままゴロンダの一撃を食らったナマコブシはそのままカウンターで内蔵をぶつけ、ゴロンダは勢いよく吹き飛び、壁と窓ガラスの一部を突き破って外に飛び出し、大事になったことで店の外も騒がしくなる。
「覚えてろよゴリランダー女ァ!」
少年たちはうずくまる仲間やポケモンを引きずって店から逃亡し、突然のトラブルは幕を下ろした。
その後、壁に穴があいたということもあって残っていた客が全員帰った後臨時休業という形で店を閉めて、店員皆一様に後片付けに追われていた。逃げてしまった後だったが警察が来て軽い説明をしたりとバタついてはいたが今はだいぶ静かになっている。
カンロも、業者と相談しており、渋い顔をしていたが仕方ないとため息をついて待たせていたジタのいた席に向かう。
「はぁ~……動かないでねって言ったじゃん」
「す、すいません」
危ないと思って咄嗟に浅慮な行動に出たことを申し訳なく思い、ジタは俯く。結果的に怪我人は出なかったが店に被害を出してしまった。
「私がね、ポケモン出さなかったのは店を壊さないようにしたかったから」
ポケモン同士のバトルに発展すると、どうしても威力の高い技を使ってしまいがちなので、人間の自分だけなら相手も本気を出してこないからという理由だそうだ。
「まあ、その慢心がこれだから……」
「本当にすいません……」
「ううん、助けてくれてありがとう」
呆れてはいるものの、きちんと感謝の気持ちがあることだけは事実だと、カンロは言う。
「ピンクのゴリランダーなんて一部で言われてるもんだから、守ってもらえると思わなくてちょっとだけドキドキしちゃったくらい」
(ゴリランダーは否定しないんだ……)
できれば否定してほしかったのだがとは言えないのでジタは乾いた笑い声を出すのみだ。
「まあでも、払うものは払ってもらうね」
カンロがジタに差し出したのは一枚の紙。そこには淡々とした内容が綴られていた。
請求書
壁修復、窓ガラス張替え、テーブル、ソファなどの修繕費
あまりにも当然のように差し出された請求書にジタはぽかんとしてカンロと請求書を交互に見る。
「お金がないならうちで働いて返して」
ジタの借金、残り20万円。
一応主人公はカンロとジタの二人だったりする