「この動画によれば、普通の小学生・高町なのは。彼女には魔王にして次元の覇者・オーマナノハになる未来が待っていた。金色の魔法少女に敗北した高町なのはは、鍛練により多くの時間を費やすようになる。しかし、それが原因で友人達との関係が…… おっと失礼。ここから先はまだ、皆さんにとっては未来の出来事でしたね」
◆◇◆◇
先の敗戦。それ以来、なのははより一層、魔導師としての鍛練に励むようになった。
ジュエルシードを集める以上、あの少女とぶつかり合うことは予想できている。何よりも今の自分の実力では、彼女へ言葉を届けられない。それが、なのはには歯痒くてたまらなかった。
実力の底上げのために、なのはが取り組む訓練は、主に2つの柱を軸にしている。
1つ目の柱は魔導師としての基礎作りである。
魔導師は胸の奥に「リンカーコア」と呼ばれる魔力生成機関を持っている。そこで空気中の魔力を収集・蓄積し、魔法に変換する。これを魔力運用という。
生粋の魔導師にとって、これは技術以前の問題だ。彼らにしてみれば、魔力運用。ユーノの言うところの「リンカーコアで呼吸する感覚」は自ずと身に付け、物心付く頃には行うことが出来て当たり前の代物だ。
しかし、なのはにとってリンカーコアは、つい先日初めて使った身体機能でしかない。ウォズに植え付けられた知識やレイジングハートのサポートがあるとはいえ、急に使いこなせという方が、土台無理な相談なのである。
なのはが魔法を使う時、どうしても最初にリンカーコアに意識が向いてしまう。だから、その分だけ初動に差が生まれる。実際、前回の戦いでは、なのはは常に後手に廻っていた。
金色の少女と同じ土俵で戦うには、なのはもリンカーコアを無意識下で運用出来ることが最低条件だ。
そこで、ユーノが提案したのが常に魔力を身に纏い生活することである。幸い彼女の魔力量(空気中の魔力を体内で貯蔵できるキャパシティ)は他の魔導師を圧倒している。その為、一定以下の魔力であれば常に消費し続けたとしても、負荷は少ない。
これにより、魔力運用を日常生活の中に落とし込むことで、リンカーコアを自然に扱えるようにするのが彼の狙いであった。
この修業にはもう1つメリットがある。それは繊細な魔力コントロールを習得できることだ。なのはの魔法は良く言えば常に全力、悪く言えば大雑把である。
例えば、発動に1の魔力が必要な魔法があるとしよう。それに今の彼女は10も20も魔力を注ぎ込む。その結果、使いきれなかった魔力は空気中にばら蒔かれてしまう。要するに非常に燃費が悪いのだ。
いくら莫大な魔力量を誇る彼女と言えど、この調子で修業を続ければ、やがては限界が訪れる。そうならない為にも、なのはは必要な魔力を必要な分だけ運用する術を修める必要があった。
2つ目の柱は「知性」と「戦術」を鍛えることだ。
なのはとあの少女との間に、魔導師としての資質に差は無い。いや、なのはの方が僅に上回っていると言ってもいい。両者とも魔導師の中でも、ほんの一握りの天才である。
ただ、なのはには彼女に圧倒的に劣っているものがある。それが、魔導師としての経験だ。等しく才ある者同士が、共に研鑽を怠らなかった場合。両者の実力を隔てているのは一重に時間の差だ。
あの少女が、どれ程の時を魔法の修練に充てて来たのか、なのはには知る由もない。だが、少なくとも自身の数週間より長い事だけは確実だ。
彼女が才能に胡座をかくタイプならば問題は無い。そうでなければ、時間を埋める為の何かが必要になってくる。それこそが「知性」と「戦術」なのである。
実のところ「戦術」だけならば、なのはの頭の中に数多くのパターンが記憶されている。言うまでもなくウォズの仕業だ。だが、知っているからと言って、それを実戦で使えるとは限らない。
実際の戦場では、目まぐるしく変わる戦況に則した戦術を執る必要がある。本来ならば自身の経験から最適解を見出だしていくのだが、なのはには体験を伴わない膨大な戦術パターンだけがある。彼女には無数にある選択肢から正解を導き出すための土壌がないのだ。
ウォズがガバい家臣ムーヴをした事が完全に裏目に出てしまった。
また、どんなに優れた戦術でもそれ一辺倒では直ぐに対策をされてしまう。故に幾つかの戦術を組み合わせるといった応用や、目的に応じた戦術の取捨選択が求められる。その為に必要なのが「知性」なのだ。
修業方法は至ってシンプル。レイジングハートが作り出した仮想空間でのイメージトレーニングだ。仮想空間内で戦いにおける状況の数々を再現し、知識としてある戦術を試してみる。このシミュレーションを通して、現実で起こりうる様々な可能性を想定し、それに対処する術を身に付けようというのである。
なのはは学校の授業中などを、主にこの訓練をする時間に利用した。なのはの精神が仮想空間でトレーニングしている間でも、座って授業を聞く態度位ならば魔法でカモフラージュ出来るからだ。
しかしながら、これは一般的な授業態度を再現しているだけに過ぎない。なのはを良く知る人物が見れば、当然違和感を抱くのである。
◆◇◆◇
近頃、なのはの様子がおかしい。これはアリサとすずかの間では共通の認識としてあった。
何を話していても、どこか心ここに在らず。
授業もただ黒板を見つめてノートをとっているだけ。以前のなのはであれば、算数や理科は「聞くだけで分かるから」とわざわざノートに書いたりしなかったし、苦手な国語や社会などは目を回して机に突っ伏す事もあった。
それが今はどうだ。どんな内容の授業であろうと、全く同じ動作を画一的に繰り返している。これで、何も無いなど嘘でしかない。
だというのに、二人が何を尋ねても、なのはは「大丈夫」「平気」「ごめんね」としか返さないのだ。
「もう限界よ、今日こそなのはから事情を聞き出してやるわ。良いわね、すずか!」
通学中の車内でアリサは気炎を上げる。
「アリサちゃん…… 気持ちは分かるけど、無理矢理はよくないよ。なのはちゃんにだって秘密にしたい事くらいあると思うし」
すずかが宥めてみるも、アリサの勢いは止まらない。
「あたしだって、なのはが知られたくないとが思ってることなら、それを尊重するわ。でもね、今は違う。アレは隠したいんじゃない。遠慮してるのよ、すずかだって分かってるでしょ!? 」
アリサの言いたいことはすずかにも分かる。でも、なのはの気持ちも理解出来るのだ。大切だからこそ自身の事情に関わらせたくない、その思いが。
「なのはちゃんは、きっと私達に迷惑をかけたくない。そう思ってるんじゃないかな」
「迷惑って何よ」
それは、すずかでなければ聞き逃してしまうほどの、小さな呟きであった。
アリサは頬杖を付き、車窓から遠くへ遠くへ視線をやっている。
「ねぇ、あたし達って何なのかしらね? 」
アリサが思わずこぼした言葉。それに、すずかは真摯に答える。
「友達…… ううん、親友だって、わたしはそう思ってるよ」
「そう」と言って、アリサは目を伏せた。
「あたしだって、そう思っているわ」
そこから先は、学校に着くまで二人とも口を開くことはなかった。
◆◇◆◇
「いいかげんにしなさいよっ!? 」
放課後。なのは達以外、誰もいない教室をアリサの怒号が切り裂いた。
「え…… えっと」
なのはは突然の事に、目を白黒させてしまう。
事の発端は、アリサとすずかが帰りの相談をしている時、なのはがボンヤリしていて何も返さなかった事だ。
2人の目には、なのはが身を削ってまで無理をしているように映っていた。
事実、なのはの疲労はピークに達していたし、無理もしていた。起きている間は、ひたすら魔法の訓練とジュエルシードの探索をし、泥のように眠る毎日。だが、なのはに言わせればソレは当たり前の事でしかない。目的がある以上、それに向かって努力するのは当然の事だ。
「今ね、塾はお休みだし、おけいこの時間まで余裕があるから、どうしよっかって話してたとこなの。なのはちゃん、今日はどうかな? 」
なのはは、すずかの目を真っ直ぐ見ることが出来きずに、思わず目線を下げてしまう。
「ごめんね、今日も大事な用事があるから…… 」
なのはには時間が無かった。魔法の実力が着けば着くほどに、自身とあの少女との力の差を思い知らされる。まだだ、まだ足りないのだ。もっと強くならなければ、私の言葉は彼女に届かない。
「用事? 用事って何よ!? ここ最近ずーっと、何を話しても上の空でぼーとして…… あたしにだって、あんたが悩んで苦しんでるのくらい、顔を見れば分かるわ!! 」
アリサの悲痛な叫びに気付かされる。嗚呼、そうか心配させちゃってたんだ。でも、言えない。ジュエルシード集めは危険と隣り合わせだ。そんな事に二人を巻き込めない。
「ごめんね、アリサちゃん」
なのはの謝罪への反応は真っ二つに別れた。物憂げに目を伏せるすずかに対し、アリサはカッとなって、なのはに食ってかかった。
「ごめんじゃないわよ! 謝るぐらいなら事情くらい話しなさいって言ってんの!! 」
アリサの目が赤い。
すずかも声を震えてい言う。
「なのはちゃん。わたしはね、仲の良い友達にも話せない事ってあると思うの。でも、今のなのはちゃんは見ていられないよ。お願いだから無理はしないで」
今は二人の優しさが辛い。
「ごめん…… ごめんね」
ただただ謝ることしか出来ないなのは。その姿にとうとう限界が来たのか、アリサがなのはの襟首を掴んだ。
「そうじゃないのよ! あたしが欲しい言葉は! そうじゃないでしょ!? あんたが言うべき事は! 」
額を突きつけ合って見つめる先で、アリサの瞳が揺れている。
「…… ごめんね…… 」
なのはの声は消え入るかのようだ。
「アリサちゃん。ダメだよ、乱暴はダメ」
流石に、見かねたすずかが止めに入る。
ややあって、アリサはなのはを解放した
「もういいわ。好きにしたら良いじゃな。行くわよ、すずか!」
そう言ったきり、すずかが止めるのも聞かずに、アリサはそっぽを向いて教室から出ていってしまう。なのはには彼女の頬に光る何かが流れるのが見えた。
「ごめんね、なのはちゃん。わたし、なのはちゃんが話してくれるの待ってるから。また、明日ね」
すずかもアリサを追うように去っていき、ポツンと独り、なのはは教室に残された。胸の奥が痛む。
窓に映った自身の顔を見る。なんて酷い表情をしているんだろう。
「怒らせちゃったよね…… お母さんやお父さん、お兄ちゃんにお姉ちゃん…… みんなに今の顔、見られたくないな」
そう思って帰路についたからだろう。なのはの脚は無意識に自宅ではない、別の場所へと向かっていた。
「えっ、あれ? ここは…… どうしてわたし…… 」
なのはは自らが辿り着いてしまった場所に驚愕する。そこは「クジゴジ堂」、なのはが幼少の時分、1年間を過ごした場所。
自分に呆れて、今度こそ帰ろうと踵を返したその時であった。
「あれ、なのはちゃんじゃない。今日はどうしたの? まぁ、せっかく来たんだし寄ってってよ」
ワイシャツにベスト姿で、眼鏡をかけた壮年の男性がなのはを呼び止めた。不破順一郎、彼こそはこの店の主であり、なのはの大叔父にあたる人物である。なのはは彼のことを「おじさん」と呼び慕っていた。
おじさんの名字が常磐じゃなくて不破なのは微かなトラハの名残。エイムズのあいつとは無関係。