なのははクジゴジ堂の一画でお茶を飲んでいる。最初は順一郎の誘いを断ろうとしたなのはであったが、「昨日お客さんから美味しいケーキを頂いたんだ。ほら、いいから、いいから」と促され、結局は今の状況だ。
昔から、なのはは順一郎には弱かった。
懐かしいな。なのはは紅茶に口をつけ、店内を見回す。いたるとことに時計が吊るされていて、入り口には暖簾が掛かっている。そのちょうど向かいには、カウンターが設けられており、時計の内部構造を模した装飾がされた壁を背に、おじさんが女性と話しをしていた。
ゴチャゴチャしているが、それが嫌じゃない店の内装。それは、この店にどんなものでも受け入れ、包み込んでくれる柔らかな雰囲気が満ちているからこそ、調和しているのだと、なのはには思えた。
何年も前から、ここは変わらず温かい。そう、なのはが過ごしたあの頃からずっと。
それは、父が事故で大怪我を負い、長期間の入院を余儀なくされた時のことだ。家族は父の看病と店の経営とに大忙しで、なのはに構っている余裕は無い。それでも、未だ幼いなのはを独りで家に置いてはおけない。
そこで、比較的近くに住んでいた親戚のおじさんの家に、なのはは預けられることになった。
「いや~、なのはちゃんごめんね。待たせちゃって。はい、これケーキ。どう? 美味しそうでしょ」
なのはが物思いに耽っていると、いつの間にか接客を終えた順一郎が、切り分けられたケーキを持って来てくれていた。ケーキはスポンジと生クリームが3層に積み重なっており、クリームには細かく切られた旬の果物がちりばめられている。そして、上に乗った大きなイチゴ。確かに、これは美味しそうだ。
「おじさん、ありがとう。さっきの人はお客さん? 」
なのはの問いに、順一郎は苦笑いをして答える。
「うん、昔使ってたラジオを直して欲しいって。まぁウチ、時計屋なんだけどねぇ」
相変わらずだなぁ、となのはは笑った。この店には昔から時計じゃない物ばかり、修理の依頼が舞い込んでくる。
そう言えば、わたしが機械弄りが好きになったのも、おじさんの影響だったっけ。
「そう言えば、なのはちゃん。今日、お友だちとは一緒じゃないの? ほら、前に話してくれたじゃない。アリサちゃんとすずかちゃん、だっけ? 」
なのはの肩がビクンと跳ねる。今のなのはにとって、それはあまり触れられたくない話題であった。なのはは努めて明るく振る舞う。
「にゃはは、今ちょっと喧嘩しちゃってて…… 」
順一郎はバツの悪そうに頭をかいている。
「そっか、喧嘩しちゃったんだ。それは寂しいね」
いけない! なのはは、つい気が緩んで口を滑らせてしまった己を恥じた。これでは、おじさんを心配させてしまう。無理矢理笑顔を作って何でもない風に装う。
「平気、平気。わたしは1人でも大丈夫だから…… 」
カップに揺れている自分の顔を見る。良かった、ちゃんと笑えてる。だから大丈夫…… そう、わたしは大丈夫……
「ご馳走さまでした。わたし、ちょっと行かなきゃいけない所があってーー 」
そう言って、席を立とうとしたなのはは、順一郎の様子に違和感を覚えた。何かに、迷っているようだ。
「おじさん? 」
思わず、なのはが尋ねると、彼は意を決したかのように、なのはを見る。そして、少し躊躇いがちに口を開いた。
「いや、言うべきか、言わないべきかは分からないけど…… 言うよ。おじさんね、なのはちゃんと暮らしていた時に、1つだけ後悔していた事があったんだ」
《後悔》、その一言でなのはの頭の中が真っ白になった。
どうして? どうして? どうして? わたし、ちゃんと
なのはの脳裏に、かつての光景がフラッシュバックする。
お兄ちゃんは、翠屋を守るため、懸命に働いていた。
「なのは済まない。父さんが帰ってくるまで、俺たちで店を守らなくては行けないんだ。だから、
お姉ちゃんは、いつも着替えなどの日用品を病院まで届けに行っていた。
「なのはは、
家族が大変な時に、わたしは何の役にも立てない。ならばせめて、邪魔にはならないよう
場面は移り、お母さんがおじさんに頭を下げている。
「この度は、本当にご迷惑をおかけします。ほら、あなたも」
なのはにもお辞儀をさせた後、お母さんは、なのはに向き直って言う。
「なのは、順一郎さんに我が儘言って困らせちゃダメよ。私達が迎えに来るまで、
わたしは言い付けを確かに守っていたはずだ。ちゃんと
「おじさん、なのはちゃんを叱ったこと一度もなかったよね。もっとちゃんと叱っておくべきだったんだ。自分の勇気の無さが情けない」
順一郎はもどかしげに腕を振っている。
「正直ね、ずっとどうすればいいか分からなかったんだ。士郎くんが生死の狭間をさ迷っているなかで、家族から離れて、1人預けられたなのはちゃんにどう接していいのか…… どこまで踏み込んでいいのか…… だけど、なのはちゃんも大きくなったし、友達と喧嘩した今こそ勇気を出すチャンスかもしれない」
もう、おじさんの目に迷いは無かった。ただ、真っ直ぐなのはの瞳を見つめている。
「だから、叱らせてもらうよ。寂しいんだろ? アリサちゃんとすずかちゃんと喧嘩して…… 寂しい時くらい大丈夫なんて言わないで、ちゃんと寂しいって言いなさい! 寂しい時に寂しいって言えない人間なんて、人の痛みが分からない大人になっちゃうぞ!」
おじさんは声のトーンを徐々に上げつつ、一息に言い終えると、深く息をついていた。
なのはには分からない。寂しいなんて口に出したら、心配させてしまう…… 迷惑をかけてしまう……
「わたし、ずっと寂しくって…… でも、そんなこんなこと言ったら、みんなーー 」
涙が零れる。ダメだ。気持ちが抑えられない。なのはが言葉にするよりも速く、堰を切ったように感情が溢れてくる。
そんな、なのはの頭に順一郎が優しく手を添える。
「いいんだよ、我が儘言ったって。甘えたって。それで、迷惑に思う人なんて1人もいない。なのはちゃんの家族も友達も、もちろん、おじさんだってそうさ。もっと、自分の気持ちに素直になっていいんだ」
なのはは初めて、この場所に来た時の事を思い出す。俯くなのはの頭をおじさんは今みたいに優しく撫でてくれた。
「こんにちは、なのはちゃん。おじさんは不破順一郎、なのはちゃんは覚えてないかな。生まれたばかりの時に会ったことがあるんだけど。」
どうして、忘れていたんだろう? あの、日溜まりのような暖かさは、自分にもちゃんと向けられていた。
「今日からよろしくね、なのはちゃん。ここを自分の家だと思って、何でも言ってね」
ああ、最初から、ここでは
今度こそ、なのはは、順一郎の胸の中で、声を上げて泣いた。
今なら分かる。何故、あの金色の少女のことが気になったのか。彼女の目はわたしと同じだった。あの頃の、そして、ついさっきまでの私と…… だから、放っておけなかった。そうか。わたしは彼女とも友達になりたかったんだ。
ひとしきり泣いた後、なのはは、晴れやかな顔を順一郎に向ける。
「ありがとう、おじさん。わたし、
なのはは満面の笑みを浮かべていた。今度こそ、作り物じゃない心からの笑顔を。
順一郎も、それを見て満足げに頷く。
「うん。行ってらっしゃい、なのはちゃん」
時刻は17時前。アリサとすずかのおけいこが始まるには、まだ時間はある。なのはは携帯を取り出した。
「もしもし、アリサちゃん…… うん、わたし。なのはだよ。すずかちゃんも一緒にいるんだよね。あのね、わたし…… 2人に聞いてもらいたいこと…… あるんだ」
◆◇◆◇
「くそっ!!」
明光院ゲイツ、改め小山田聖騎士は冷たいシャワーを浴びながら、浴室の壁を殴り付けた。
目の前にある鏡には、小学生とは思えない鍛え上げら得た肉体が映し出されている。そう、俺だってこの「リリカルなのは」の世界に転生してから、なにも遊んでいた訳じゃない。
前世の2次創作で、神から与えられたチートに驕り、身を滅ぼす転生者を腐るほど見てきた。だからこそ、己を戒め、特典を十全に使いこなせるよう、毎日欠かさず鍛練に励んできたのだ。それなのに、あのウォズ擬きに手も足も出なかった。
一体、俺と奴との間になんの差があると言うのだろうか。そもそも、本来、転生者同士であれば、実力はある程度拮抗して然るべきなのだ。
転生特典はた確かに強力だ。だが、それも無制限に得られるというものではない。そこには、対価や制約が発生する。
だから、これから先、普通に生きていこうと思ったら、支払える対価も、受け入れるべき制約もある程度、限られた範囲に落ち着くはずなのだ。
自身の場合、手に入れたチートは見た目のエディットを除くと、魔導師ランクSSS相当の魔力、
課された制約は、空を飛べなくなること。宝具だけでなく、魔力を含む全ての特典が
俺の場合は力に制約を課すことで、4つの特典を得た。だが、奴はどうだ、チートをまるで何の制限も無いかのように使っている。
そうなると、特典を手にする際に何らかの対価を支払ったと考えるのが妥当だ。だが、だとすれば余計に腑に落ちなくなってしまう。俺が見る限りヤツの特典は瞬間移動、時間停止、能力封じ、原作キャラの召喚で計5つ。いずれも、強力無比な能力だ。一体どれ程の対価を払えば、手に出来るの力なのであろうか。
あるいは、俺が気付いていないだけで、何らかの制限があるのか…… これからも、奴とは戦うことになるだろう。先ずはそこを確りと見極める。
そうでなくては、満足に対策も練られない。
聖騎士が頭を冷やし、シャワーを停めたその時であった。ゆっくりと何者かによって浴室のドアが開かれる。
今日、両親は旅行ため外出中だ。ならば…… 勢い良く振り返った聖騎士の視界に入ったのは、アッシュグレーの毛並みをした、一匹の山猫だった。
聖騎士はあまりの驚愕に前世のネタを口走ってしまう。
「なん…… だと…… 」
◆◇◆◇
「かくして、また1つ我が魔王と皆さんの知る高町なのはとの間に大きな解離が生まれた。彼女が管理局の白い悪魔と呼ばれる未来が消え、オーマナノハの誕生へと少しずつ歴史が動き始めている。そう、私の思い通りにね」
良く物語りは生き物と言いますが、初めて自分でも体験しました。サラっと流すつもりだったシーンに、気付けば2話も費やしている。
書き始める時に、ある程度この2次創作の終わりは決めていたのですが…… 本当にそこに着地できるのか。はたまた、全く別の結末を迎えるのか。
出来ることなら、エタらずたどり着きたいものです。