「お前たちはこれを理不尽な仕打ちだと思っているだろう、“なぜ自分たちが死ななければならないのか”と!」
エーリッヒ・フォン・ドレールは声を張り上げた。
「それはお前たちがロシア人であるからだ!」
そこは
そしてその周囲をマイケル・マンのホラー映画に出てくるような黒い制服の兵士が取り囲んでいた。
フォン・ドレールは第三帝国武装親衛隊の大尉であり、ドイツとオーストリアの志願兵の中から特に選抜された“模範的アーリア人”で編成された
「ロシア人であるだけでも許しがたいのにそのうえ共産主義者だ、ホモのユダヤ人にも劣る最低最悪の組み合わせだ。あえて言おう、カスであると!」
もちろんナチといえども占領地の住民を無差別に殺していたわけではない。
だが大方のプロパガンダ映画や通俗小説の例に漏れず、このSSでもドイツ軍は吐き気をもよおす邪悪として描かれる運命から逃れることはできないのであった、ブッダエイメン!
フォン・ドレールは一段と声を張り上げた。
「汚物は消毒-」
フォン・ドレールの頭が破裂した。
赤軍戦車の標準的な対戦車砲弾であるBR350Aが音よりも速く飛来し、フォン・ドレールの側頭部のまさに数学的中心点に着弾したのだ。
カタログ値では射距離500mで76mmの装甲板を貫通するとされている戦車砲弾にとって人間の頭蓋骨などチリ紙同然である。
右側頭部を突き破った徹甲榴弾はフォン・ドレールの脳細胞を磨り潰しながら起爆することなく直進を続け、運動エネルギーの大部分を保ったまま左側頭部を突き抜け彼方へと飛び去った。
直径76.2mm、弾頭重量6.3kgの尖頭弾が秒速600メートルを超える速度をもって突き抜けた衝撃力はたとえ信管が作動せずとも十分に致命的である。
フォン・ドレールの首から上は頭の中のダイナマイトに点火したかのごとく爆発四散、お許しください!
人々が唖然とした表情で見守るなか、頭部を失ったフォン・ドレールの亡骸は人体に備わった不可思議なバランス機能によってコンマ数秒のあいだ直立姿勢を保っていたが、すぐに脳からの信号が途絶えたことを知った筋肉が緊張を解いたため、重力に抗する術を失った首から下はグラリと傾き、ボウリングのピンのようにぶっ倒れた。
そして特別行動部隊の男たちが衝撃から立ち直れずにいるうちに、V12ディーゼルの唸りを轟かせ、幅広の履帯で低木の茂みを押しつぶしながら28トンの鋼鉄の獣が出現した。
遠きものは音に聞け近きものはその目で見よ。
赤軍驚異の秘密兵器、鬼戦車
中の人の人権を無視したコンパクトな砲塔正面には恐るべき威力を誇る42口径76mm戦車砲F-34の砲身が前方に向かって突き出し、両側面には恐怖を煽る字体で
「
ドイツ人の叫びを合図にT-34の搭載火器が火を吹いた。
76mm砲の榴弾で吹っ飛び、DT機関銃が放つ7.62×54R弾を食らってバタバタと倒れていくアインザッツグルッペンの皆さん。
勇気と幸運があれば重火器を持たない歩兵でも戦車を撃破することは不可能ではない。
だが自身が虐殺される側に回る事態など考えもしなかった虐殺部隊の男たちの中には小林清志の吹き替えが似合う古強者の下士官はいなかった。
巧みな機動で村人とドイツ兵を分断したT-34は餓狼のごとき激しさでナチのダニ共をブチ殺していく。
1輌の
T-34の体当たりを受けた半装軌車は千切れた履帯を引きずりながら斜面を転がり落ちていった。
その間に1台だけ無傷で残ったオペルのトラックに乗り込んで逃走をはかる敗残兵たち。
ハンドルを握る兵士が助手席の兵士に怒鳴った。
「砲塔が停止したら四つ数えろ!」
T-34は
立ち込める霧の中に幻のように走り去る(新緑の時期だというのに)冬季迷彩のT-34。
見送る村人たちはこの出来事を新たな神話として長く語り継いでいくのであった。
3時間後、ナチのクソ虫どもが無慈悲に殺戮された現場から34キロほど離れた湖のほとりに駐車するT-34の姿があった。
そして偽装網を被せた戦車の傍で火を焚いて野営する一人の男と一人の女。
【男気世界一】
【どこを切ってもブロンソン】
そんなタグが透けて見えるような男臭さにむせるヒゲ面の中年はカルル・ブチンスキー。
ちなみにカルルの英語読みはチャールズとなる。
T-34の車長と砲手と装填手を一人で兼ねるブチンスキーにそれはちょっとオーバーワークではないかと尋ねれば、きっと彼はジントニックを飲みすぎた大塚周男みたいな声でこう言うだろう。
「仕事を選んでるうちは仕事に負けてるぞ」
輝く銀髪を波打たせた陰りのある美女は操縦手を務めるシルヴィア・クシャシンスカ。
ポーランド出身だがなぜかロシア人のブチンスキーと行動を共にしている。
そのうえ軍属でもないのにT-34に“白鳥の湖”を踊らせることができる腕っこきの
きっとどこか別の世界線ではワルシャワ条約機構軍の精鋭部隊にいたのだろう。
そしてその胸は豊満であった。
その胸は豊満であった。
2回言っても足りないレベルで豊満であった。
具体的に描写すると戦車兵用のツナギのジッパーを首まで上げると胸が圧迫されてしまうため、ジッパーは常に谷間が丸見えになる位置まで引き下げられている。
あくまで必要に迫られての措置であり読者サービスでは断じてない。
二人がいつ、どうやって知り合い、どのような事情でT-34を駆ってナチの豚を殺し回っているのか?
それは誰も知らない。
一つ確かなのはブロンソンを極めた男には銃撃戦と美女のパートナーがもれなくついてくるということである。
茹でたザリガニとマイタケの食事を済ませたブチンスキーは湖の縁にしゃがみ、帽子ですくった水を頭から被る。
「いま開かれる、オトコの世界」という内海賢二のナレーションとジェリー・ウォレスの歌声ははたして幻聴なのだろうか?
ふいにシルヴィアが腰を浮かせ、胸の谷間から
当然のごとく薬室に装弾済みで撃鉄も起きている。
安全装置?そんなものは無い。
林の中にトクの銃弾を弾倉一つ分撃ち込むと、ドイツ語の悪態と慌てて走り去る足音が聞こえてくる。
「今のは斥候、近くに戦車隊がいる」
破壊されたT-34の中から発見され、90%の火傷から復活したシルヴィアは見えない敵を感じ取り、砲弾の飛来を予知するという戦車イタコめいた能力に目覚めていた。
「相手は1輌でしょう?余裕ですよ」
「ロシア人を侮るなヴォルフ」
ハッチから身を乗り出した砲手が差し出したコーヒーのカップを無視してイエーガー大尉
は言った。
「乗員が優秀なら1輌でも脅威だ」
イエーガーの戦車は長砲身のKwK39を搭載したⅢ号戦車の最新モデルだが、この新型車両を受領できたのは中隊のちょうど半数。
残り半数は威力不足のKwK38を装備した旧型Ⅲ号と数合わせのⅡ号と38(t)だ。
「油断はできんぞ」
イエーガーはマイクロフォンに手を当てると通信手に回線を開くよう命じた。
「中隊前進、車間25メートル」
エンジンの唸りが高まり、鋼鉄の車体が武者震いめいて振動する。
「戦車前へ!」