イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
窓から朝日が差し込む。まぶたを閉じていようと陽の光は目を刺激して、心地良い夢の世界の終わりを告げる。
でもまだ寝ていたい。昨日は少し夜ふかしをしてしまった。暗黒神ベクタの力が強まると言われている夜。無闇に起きるのはやめてちゃんと寝なさいって話は何十回も言われてる。
それでもついつい夜ふかしをしちゃうのは、夜も夜で好きなところがあるから。空はただ暗闇が広がってるわけじゃない。月明かりもあれば、星々だって光ってる。遥か昔はもっと星があったって言われてる。天地を巻き込む大戦で星が減ったのだとか。
それの真偽はともかくとして、あたしはまだ寝ていたかった。心地良い朝は二度寝するともっと気持ちいいから。
「おねえちゃん起きなきゃだめだよー! とりゃ!」
どたどたと騒がしくも可愛らしい足音ともにあたしの部屋に入ってきたのは、あたしの…………あれ?
「おねえちゃんどうしたの?」
「ここは……。なんで、あたし……」
「おねえちゃんまだ寝ぼけてるの? ここはお
「そっか……。あはは、ごめんね。夢とごっちゃになってたみたい」
「しょーがないなー」
やれやれと首を振るこの子は、あたしの妹で名前はアリシア。あたしよりも断然可愛らしい女の子で、変な虫がひっつかないか常に目を光らせてる。
そんな可愛い妹はとても聞き分けのいい女の子で、お母さんのお手伝いも進んでやってる。その1つがこれというわけだ。あたしを起こすこと。首元まであげていた布団を引き剥がされ、消えた温もりと引き換えに朝の肌寒さが全身を襲う。
「うわぁさっむー!」
「反応おそいよ!? はぁ、ちゃんと起きて着替えて。顔も洗わないと乙女としてだめだと思うわ」
「アリシアが冷たい……」
「安心して。冷えたシラル水よりは温もりがあるから」
「ほんとだー。ぬくぬくしてる~」
「もー。おねえちゃんちゃんと起きてよー」
文句を言ってくるけど、可愛い声がよく弾んでる。お母さんの手伝いは終わったわけで、それが終わるとしっかりした雰囲気も消えちゃう。あたしの腕の中で浮かべる微笑みは、あたしにとって一番の目覚まし効果があった。
ほっぺを左右からぐにぐにされて、途中からはびろーんって引っ張られる。着替えて顔を洗うことを条件に、あたしは頬を放してもらった。
「うわっ、ほんっとに冷たいわね」
外に用意されてたバケツに入ってる水はよく冷えてる。夜の間に冷えたのだろうし、朝早いこの時間ならその冷たさが残ってるのも当たり前。村の井戸から取ってきたのはお父さんかな。
冷たいのは嫌だなぁと思いながら顔を洗い、タオルで顔を拭いてひと息つく。今日も天気はよさそうで、陽の光が優しく降り注いでる。手をかざしながら空を見上げ、ぐんっと背伸び。寝てる間に固まった体を軽くほぐす。
「んっん~~! 今日もいい天気ね~」
体をほぐしながら今日見た夢の内容を思い返す。なかなかに内容があるというか、夢の世界を冒険してたかのような生々しさ。夢にしてはふわふわしてなかったというか。まるで実体験のような。
「あたしが騎士とかあり得ないわよね」
まず驚いたのは、あの夢はあたしが成長した姿だったこと。今のあたしより断然大人っぽい。あと8年くらいしたらああなるのかなって感じ。
そのあたしは細い剣を持っていた。鎧を着て、飛竜を従えてた。侵入してこようとするダークテリトリー人を撃退する仕事。公理教会の整合騎士の仕事。あたしはそこで人界を守る騎士のひとりになってた。
なんとまぁ夢見がちというか。あんなだいそれた夢を見ちゃうなんて。案外あたしはそういう願望でもあるのかな。あたしとしては、アリシアがいなくて、両親とも離れて戦うとか気が引けるな。せめて会ったりできたらいいのに。なんでか知らないけど禁止されてる。そこが残念。
それで、直近の記憶としてはカイルと一緒に……。
「あれ?」
……どんな顔だったっけ。どんな声してたのかな。性格は?
思い出せない。結構強烈な方だったと思うんだけど、全然具体的にどうかってことを言えない。
記憶にモヤがかかってて思い出せない。何か引っかかりがあれば思い出せるはずなのに。何か──
「おねえちゃん何してるの? 朝ごはん食べよ?」
「え。……そうだね。今日の朝ごはん何?」
話をしながら家の中へと入っていく。居間にはお父さんとお母さんがいて、あたしは2人におはようと言いながら席に着いた。もちろんおはようって返してもらえて、それでようやく一日が始まる感じがする。
「イーディスあなた昨日夜ふかししてたでしょ」
「あ、あはは……」
「よく星は見えたかな?」
「あ、うん! 綺麗だったよ!」
「それはよかったね。でもイーディスはそれより綺麗になるからね~」
「やった!」
「お父さん! イーディスを甘やかさないでちょうだい!」
お父さんはいつも優しい。天職も教会で神父さんをしていて、神聖術が得意なんだって。あたしは長女だし、たぶん天職はお父さんと同じになる。だから最近10歳になってからは神聖術の勉強をしてる。
お父さんとの約束事は、神聖術を無闇に使わないこと。誰かを傷つけるために使うんじゃなくて、誰かを助けるために使うんだって念を押されてる。あたしはそんなお父さんが好きで、教わった通りにしたいし、お父さんみたいになりたい。
「甘やかしてるつもりじゃ……」
「お父さんが注意しないからこの子は夜ふかしするのよ!」
「いやぁ、イーディスも自分のことは、ある程度自分でできる年になってきたからね」
「ならばその自覚を持たせてあげてよ」
頭痛いと言いながらため息をつくお母さんを、アリシアが心配する。風邪なら休んでねって言ってるのが純粋で可愛い。本当に可愛くていい子!
朝ご飯を食べ終わったら、お父さんは天職のために家を出る。あたしは家でお母さんの手伝い。部屋とかお風呂の掃除を手伝って、それが終わったらだらだらっとお話する。
「いつもありがとうイーディス」
「これくらい当然よ!」
「ふふっ、頼りになるわね」
「お姉ちゃんだからね!」
「そんなお姉ちゃんに追加のお願い」
「えー」
頼りになるお姉ちゃんはどこにいったのかしらと言われれば、それを断ることもできない。
やることは簡単。何回もやってることで、それなら喜んでやるってことだった。もうすぐお昼になるから、お父さんにご飯を持って行ってあげる。その帰りに夕飯の材料を買うのも忘れない。
届けに行って、また買い物のために外出るって二度手間だからね。でも遊びに行くためには結局外に出る。それはそれ。これはこれ。目的の違いは大事だよね。
「あらイーディスちゃん今日もお父さんのところ?」
「うん! おばさんあとで買い物に来るから~!」
「はいよー。慌てないようにね~」
お店の人と言葉を交えたり、その辺で遊んでる子と軽く話したりしながら教会に行く。
着く頃にはお昼休憩になってて、教会に来てたおじいちゃんおばあちゃんたちが外に出てくる。挨拶をしながらみんなが出るのを待つ。最後の一人が出たのを確認したら、入れ替わるように中に入る。お父さんはシスターと何か話してたけど、あたしに気づいたら手を振ってくれた。
「お父さんお昼持ってきたよ! 一緒に食べよ!」
「ありがとうイーディス。今日はこっちで食べるんだね」
「いつもお父さんがひとりだと可愛そうだからね」
「あはは、イーディスは優しいね」
「軽く酷いこと言われませんでした今」
「どこが?」
「……子煩悩ですね」
シスターが何かぼそりと呟いて部屋の方へと消えていった。教会には住み込みの子もいるし、その子たちとシスターは一緒に食べてるんだって。
お父さんと並んで座ってお昼ご飯を食べる。お母さんが作るのはどれも美味しい。料理は手伝ったことないけど、お母さんの子だからあたしも料理ができるはず。いつかお母さんよりも美味しいのを作ってみたいな。
お父さんと会話してると、ふと夢のことを思い出した。起きてから時間も経ってるし、その夢の記憶はほとんどモヤモヤしてる。覚えてるのは、あたしが未来の騎士になってたこと。印象が強いはずの誰かがいたこと。
「未来予知でもしたのかな。なんにせよ、イーディスが人界を守るための騎士になってくれてるのは、親として誇らしいね」
「そうなの? 遠くに離れても?」
「心は繋がってると信じたいからね。もしそれが嫌なら、イーディスはずっと
お父さんはそう言って優しく頭を撫でてくれた。
お父さんに頭を撫でられるのはすごい好き。他の男の人には触られたくないけど、お父さんは特別だからいい。お母さんとかアリシアも特別。
「お父さんはそう言ってたんだ~」
家に帰ってお父さんと何を話したのか聞かれたから、あたしは正直にそれをアリシアに話した。そしたらこんなふうに返されて、どこか含みのある感じがした。何か考えてるのかな。
「わたしもそれがいいと思うな」
「そう?」
「うん! おねえちゃんと一緒にいたいから!」
「ふふっ、あたしも同じだわ。みんなと一緒のほうがいいもの」
アリシアは部屋にあるソファに座ってて、あたしに向かってぱっと腕を広げてる。何を求めてるのか言われなくても分かる。あたしもそれを求めて足早に近づいていった。
突然横から腕が伸びてきた
真っ黒い
そのせいか、逆に握る力を強められた。抵抗の力が弱くなっていく。
「なっ……なにしてるのよ!」
その靄は腕だけを覆ってるわけじゃなかった。その全身が靄に包まれていて、辛うじてそれが人の形をしているのを理解できる。
そいつがあたしを見た気がした。目がどこにあるのかわからないけど、あたしを見たとそう感じた。得体の知れない化物に見られて身が
「お……ねぇ、ちゃん……」
「はっ!」
弱気な心がそれだけで消える。わけのわからない化物だけどこいつは追い払わないといけない。倒さないといけない。
でもどうやって?
そんなことを考えるよりも先に体は動いてた。あたしが立ち向かうのを見てか、安心したように笑ってるのが視界に入る。
──大丈夫。助けるから
心の中でそう宣言して立ち向かう。
「その手を放しなさい!」
いつの間にか握っていた剣。慣れない動きのはずなのに、不思議なことに寸分の狂いもなく体が動く。
腕目掛けて剣を振り下ろす。そいつは手を放してからあたしの攻撃を避けた。最優先事項は解決。次はこいつを倒すこと。
どうしたらいいのか。体が勝手に答えを導き出してくれる。
「エンハンス・アーマメント!!」
握っている剣が闇に覆われていく。濃い紫色の闇。
黒い奴の雰囲気が変わった。
何かしてくる前に先に行動に移す。元々距離なんてないも同然。一歩踏み込むだけで剣の間合い。何をしてこようと、どう防ごうとしたところで、この剣は関係なくそれを切り裂く。何でも斬れるわけじゃない。途中の障害をすり抜けて斬りたいものを斬るんだ。
知らないはずの知識が頭の中に流れてくる。それを疑うことはしなかった。そんなのどうでもいい。こいつさえ倒せれば──!
「イーディス!」
横薙ぎにしたものを防がれた。何かで防いだとかじゃなくて、向こうも一歩踏み込んで、あたしの腕を上に弾くことで剣の軌道を変えてきた。
「つっ……!」
腕に走った衝撃が残ってる。だけど止まるわけには行かない。
上げられた腕を振り下ろす。回転しながら横に回避された。空いた距離をすぐさま埋めながら剣を振るう。縦横無尽に。
そのどれもが、回避されるかあたしの腕を弾くことで防がれる。このままじゃ
「これで決める!」
闇が周囲に広がった。光の消えたこの空間はあたしのもの。地面から生えた闇の棘が相手を襲う。奇襲のはずなのにそれさえ紙一重で躱していくのは賞賛するしかない。だけど、棘の目的は別にある。
「はぁ。しゃあねぇか」
「ハアあぁぁっ!」
棘が左右と後ろを塞いだ。逃げ道なんてなくて、あたしは正面から全力の突きを放った。
貫いた感触があった。たしかな手応えが。ゴフッと咳き込んで吐血する。ちゃんと重傷を与えられた。
靄の腕があたしの背に回される。剣を突き立てたままあたしは動けなくなって、必死に逃れようにもうまくいかない。
あたしはこの感覚を知ってる。この温もりも。
「目は覚めたか?」
その声も知っている。
一気に寒気が全身に走った。違うという言い訳にならない言い訳がずっと頭の中で鳴り響く。
その人を包んでいた靄が消えていって。そこから現れたのは──
あたしがこの手で貫いたのは……