イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
俺が初めて彼女にあったのは、SAO事件の後だった。あの事件を経験して以降、好きなゲーム自体はやりたいものの、剣を扱う系統のは避けるようになっていた。トラウマってほどではない。あれだけ濃厚で心の奥底にまで刻まれるような経験をして、それでも似た世界を楽しもうって気分にはなれなかっただけ。今なおGGOをメインでやってるのもそれが理由だろう。
FPSの世界。銃撃戦の世界は新鮮味があった。ソードスキルのような便利な技なんてない。動きはすべて自分の意志。銃刀法がある日本で過ごしていると、その世界は完全に別物なわけだ。サバゲー経験者でも、あの世界は別格だと言っていたな。
俺がGGOと出会う前。いくつかの仮想世界を転々と体験していた頃に彼女と出会った。
紺野藍子。その本名は後に知ったことで、出会ったのはとある仮想世界。ランというアバターネームで活動していた。
出会った時、ランは初めてその世界にダイブしたらしい。そのせいで他人に騙されかけていて、ふと目があったよしみで介入した。深々と頭を下げられたのを今も覚えてる。ランは人一倍礼儀正しかった。
「助けていただいてありがとうございます」
「たまたまだよ。このゲームだとああいう奴が一定数いるようでな。騙される方が悪いってスタンスらしい」
「ではカイルさんはすっごい優しい方だということですね」
「相対的にはそうなるのかな?」
「そうですよ! ふふっ、さっそくいい人に巡り会えた。幸先いいわね」
「そりゃ何よりだ。じゃ、またどこかで」
「待ってください!」
「ぐえっ!?」
用事は済んだのだから、これからパーッと遊ぼうとしたところで後ろから止められた。呼び止めるのでもなく、手を掴むわけでもなく。まさか首を締められて止められるとは誰が思うのか。誰も思わん。
「お礼をしていませんよ。親切にしてもらったらお礼をするのが筋というものです」
「それに付き合う理由はどこに?」
「あなたは私を助けてくださったのですから、お礼を素直に受け取る義務があります」
「……それ、誰に対しても同じこと言わないほうがいい」
「? どうしてですか?」
「どうしてってお前……」
何もわかっていない声色で、振り返ってみると案の定ランはきょとんと小首を傾げていた。汚れを知らなさそうな純粋さ。あまりにも純粋無垢なのが見て取れて、理由を話すのも躊躇うほどだった。そのままでいてくれって初対面のやつに思わされたのは、後にも先にもランだけだ。
「まぁいいや。とりあえず無闇に言わないこと」
「それを守るのでお礼に付き合ってくださいね?」
「なんで俺交渉のテーブルにつかされてるの?」
その疑問に答えてくれる人は当然誰もいなかった。
「ここは商店街のような場所なんですね」
「アーケードって呼称だけどな。横文字にするとオシャレな感じがするの不思議だわ」
「でも海外の方も日本語をお洒落だと感じるそうですよ」
「隣の芝生は青く見えるってやつか」
「全然隣じゃないですけどね」
「うるせー」
商業区画に入り、いろんな店が立ち並んでいるのをランはきょろきょろと目移りして楽しんでいた。雑貨屋、本屋、交換屋、果物屋などなど。ありとあらゆる店はこの区画に集められている。規模がそれなりに大きいおかげもあって、混雑するほどではない。
「あっ、お洒落な服! こういうの好きなんですよね~」
ウィンドウショッピングに興じていたところ、ランが服屋に目をつけた。ガラス越しにいくつかのマネキンが服を着ていて、ランはその内の1つに釘付けになっている。
会って数分後にその相手の服の好みを教えられても、正直それにはそんなに興味は持てない。女性ものだし。
「買えばいいんじゃないか?」
「これっていくらぐらい…………?? 高くないですか?」
「リアルと同じ感覚でいると全部そう思うぞ。この世界じゃそれは安い方。ゼロが6個ついててもな」
「これが安い……。大富豪になった気分です」
「この世界はそういう世界だしな」
ゲームとしてはありきたりなもの。なにせこの世界はギャンブルの世界だ。カジノであるようなスロット、ルーレット、カードゲームはもちろんある。競馬を真似たものもあるくらいだ。他にも体を動かすようなミニゲームもあって、それで賞金を貰うこともできる。
それらに勝つことで資金を増やし、増やした資金で欲しいものを買う。ファンタジックな冒険もなく、激しいバトルもない。完全に娯楽を楽しむ世界。ちなみに、リアルマネーへの変換機能が存在している。
「っていう前情報もなしにこの世界に来たのか」
「どれで遊ぼうかくじ引きで決めたので」
「すごい決め方だな……」
ウィンドウショッピングだけで終わり、適当な喫茶店へと連れて行かれる。そこで奢らせてほしいと言われ、解放されるのを目的にその条件を飲んだ。
そこではいろいろと互いのことを話すことになってしまった。はじめはランのことを知り、友達といろんなゲームを転々としていることを知った。このゲームに決まったのも、その友達たちとのくじ引きの結果らしい。
1つの世界での冒険ではなく、いろんな世界を転々としていく遊び。それを楽しそうに話していて、一緒に遊んでる友達たちとの仲も良好なんだと察する。
「今日もあと1時間程でみんなと集まる予定なんですよ」
あと1時間程は付き合うことになるのだろうか。そんな事はないだろうと思っていた。そうなった。
ランの話を聞いていたら、今度は俺の話を聞かせてほしいと言われた。このゲームを始めたきっかけは何なのか。
「ただの小遣い稼ぎだよ。レートは低いし、まだ始めてそこまで日にちも経ってないけど」
「? そのわりにはゲーム慣れしてるような?」
「……2年ほど潜りっぱなしだったんでな」
それだけ言えばランも察してくれた。直近の事件であれほどのものはなかなかない。ゲームがそのまま殺人になるなんて前代未聞だから。
そんなこんなで話していて、フレンドになる流れになった。インしてたら会う程度の中にもなり、やがて他のメンバーたちとも会うようになった。ユウキと会ったときはやたらと警戒されたな。「ねーちゃんについた変な虫」と言われ、笑って流したけどランがユウキを怒ってた。
ランたちが他の世界に行くと決めた時、俺もそこに同行することにした。リアルでの共通点は無かったから、メンバーになることはなかったけど。
「ここの世界は戦国時代をモチーフにしたらしいわよ」
「え、どこが? 刀と銃以外に共通点ある?」
「建物とか……あとは服装?」
「少なかったな。和服好きだからなんでもいいけど」
「そうなのね。私のはどうかしら?」
「可愛いよ」
「ス、ストレートね……」
「あー! カイルがねーちゃん口説いてる!」
「口説いてねぇし!」
着物に身を包んでいたランを褒めると、ユウキが駆けつけてくると同時に刀を振り下ろしてきた。腕を掴んで止めての睨み合い。俺とユウキのいがみ合いが名物扱いされるようになったのは癪だったな。
お姫様のように綺麗な着物を着ていたランとは違い、ユウキは動きやすさ重視の服装。下は膝辺りまでの長さで、袖は半袖。改造着物とか一定のオタクには性癖として刺さるかもな。
その世界はわりとみんなが気に入っていて、日本中が舞台となっていたことから、日本中の景色を見に行くのが目標となった。もちろんそのためにはステージ攻略とかもあったけど、モチベーションは高かった。俺は刀を使いたくなかったから銃をよく使ってた。必要があれば刀を振るうんだけどな。
そうやって遊んでた。江戸を出発点として、東北に行ってから日本海側へ、越後あたりから甲斐を目指して、そのまま突き抜けて東海へ。そうやってじっくり遊んでた。
そんなある日、俺はランに呼び出された。話さないといけないことがあるからと。
「リアルの話か? それなら聞かないのが暗黙の了解だと思うんだが」
「それでも話すと決めたわ。
「……ああ。ランのことなら受け止めるよ」
「ふふっ、ありがとう」
雰囲気で重たい話だと分かった。それを切り出すという彼女に、俺は応えたいと思った。
「私ね。エイズにかかってるの。小さい頃から闘病生活。隔離されるようになってからはつまらなかったわ。でも、茅場晶彦さんのおかげでこういう世界を生きられるようになった。それまでの生活がガラッと変わったわ。部屋にいるだけだった生活が、こうやって動き回れる生活になったのだから」
「その点は茅場のやつ評価されてたな。あいつの技術は医療関係にも応用が効くとか」
「そう。その恩恵は私も受けてるわ。……許されないことをした人だけど、私たちの人生は大きく良い方向に変えられたの。いろんな世界を楽しんで、そしてこうやってあなたにも会えた」
「そうだな。俺は被害者の一人だけど、あいつが完成させたものには感謝してるよ」
「あのね、カイル。私はけが──」
「そんなものは聞きたくないし、どうだっていいよ」
「え……?」
珍しく目を丸くしてるランに歩み寄る。愛らしいその反応に自然と笑みがこぼれてくる。胸の奥底で高まるこの気持ちを、素直に打ち明けよう。
「言ったろ? 受け止めるって」
「……うん」
「ラン。君のことが好きだ。これほど心惹かれたのは君が初めてだ。俺と付き合ってくれ」
「……っ!? どう、して……。だってわたしは……!」
「それがなんだって言うんだ。どんな病気だろうと関係ない。君という存在は何一つ汚されてなんかいない。強くて優しくて綺麗な心を持ってるじゃないか」
「……いい、の? 本当にわたしで……。デートもできないよ? お弁当作ってあげられないよ? 恋人らしいことなんて何一つできないよ?」
「デートしたいからランと付き合いたいんじゃない。お弁当を作ってほしくてランと付き合いたいわけでもない。ランと一緒にいたいから恋人になりたいんだ」
「ほんとうに……全部受けとめてくれちゃうんだ」
「それぐらいの甲斐性はあるつもりだぞ?」
トンと胸に頭を押し当てられる。ランの表情が見えなくて、ランの返事がないからどうしたらいいのか分からない。顔を伏せられたまま両肩に手を置かれ、反応に困って見つめていると、突然視界いっぱいにランの顔が映った。柔らかな感触が口にあって、それを認識できたのはランが離れた後だった。
「えっと……?」
戸惑っているとランがくすくすと上品に笑う。
「これが私の答えよ。私だって、負けないくらいカイルのこと好きだから」
その日から付き合うことになった。
当然のことながらリアルでの直接の接触はない。病院の場所は教えてもらい、足を運んだこともあった。ランはそれを喜んでくれたけど、触れ合える仮想世界の方が好みらしかった。
だから仮想世界での時間は増えた。変わらずメンバーと各地を練り周り。徐々に西へと進んでいく。
それが急転したのは10月のある日だった。
「……ごめんなさい」
「ランが謝ることじゃない」
ランの余命宣告が出た。
年を越せるかどうか。そんな話だった。
「可能な限りお願いを聞くよ。どうしたい?」
「こうしてカイルといられるだけで嬉しいのだけど。……欲を言えば桜を見に行きたいかな」
「桜か」
「うん。無理な注文よね。季節が違うのに」
「……ラン。俺の我儘にも付き合ってもらっていいかな」
「? うん。いいよ」
不思議そうにしてたけど、ランは承諾してくれた。その日からメンバーとは別行動を取った。ランと二人である場所に向けて一直線に攻略していく。時間はかかった。各地を練り回るように動いていたのは、レベルの高さがそうなっていたからだ。各地を回れるように敵のレベルが調整される。スタート地点を決めた時から本来のルートは決められる。
今やってるのはそれの無視だ。安全マージンなんてものはない。レベル差に苦しめられることは多々あった。だけどランとの連携でそれらを超えることができた。
月日が流れて12月。
ランの容態が悪化した。
もういつ事切れてもおかしくないと言われた。
ステージ攻略はもう少しだ。俺はランに無理言ってログインだけしてもらった。動けないランを守りながら攻略を進める。ランとの連携がなければ厳しかったのに、一人でやるのは無謀だと言えた。
それでも心は折れなかった。
だから辿り着けた。
「ハァハァ……っ。ラン。着いたぞ」
「ん……。……ぁ、きれい……」
ステージを攻略することで見ることができる景色。奈良県の吉野山の桜。大量の桜をひと目で見れることからそう呼ばれるようになった『一目千本桜』。季節なぞ関係なく見れると聞いていたからここに急いだ。
「カイル。ありがとう。ほんとうに、愛してるわ」
「俺もだよ、ラン」
「うれしいなぁ。大好きな人と付き合えて、お願い事も叶えてもらえて」
──わたしは誰よりも幸せだよ
◇
目の前に現れたいるはずのないランに憤りを感じる。それを見た瞬間に、イーディスとの認識の齟齬も理解できた。幻覚を見せられてるんだ。
その人にとって大切なものを出してくる。
ふざけるな!
「ぐっ、ぁっ……! カイル……どうして……!」
「
「……そう。なら、これはどうかしら?」
「あ?」
「お……ねぇ、ちゃん……」
「何言って──」
「その手を放しなさい!」
「っ!?」
横からイーディスが神器を振り下ろしてくる。そいつから手を放してそれを躱す。一息つく暇もなく次の行動が取られた。
「エンハンス・アーマメント!」
なんだそれ。
それがいったい何なのか分からなかったが、イーディスの剣に変化は生じた。刀身が紫の闇に覆われている。
「イーディス!」
呼びかけても反応はない。
その闇がやばいとは分かった。それ以上のことはわからない。だから闇に触れないようにしながら戦う。剣がどうなろうと、それを振るう身体自体は何も変わらない。ユウキの剣を腕を掴むことで防ぐっていうあの遊びがここにきて活きてきた。
「これで決める!」
イーディスの動きは止まらない。操られてるのだから当然だ。誘導されてるって言った方が近いのかもしれないが、似たようなもんだからいいだろ。
闇が広がり、操作されていく。闇が固形化し、棘となって襲ってくるのを間一髪で躱し続ける。それも全て囮で、狙いは俺の退路を塞ぐこと。棘が三方を覆い、唯一棘がない正面はイーディスが剣を構えている。
「はぁ。しゃあねぇか」
敵の思惑通りに進むのは胸糞悪い話だ。この方法が正しいとも思わない。優しいイーディスが傷ついてしまうだろう。
だけど、今はイーディスを助けることが最優先だ。
呪いなんぞで死なせない。
決まった死なんてものは認めない。
俺の目の前でそんなことが起きるのを赦すわけがない
イーディスが突き立てた刃で体が貫かれる。
今まで感じたことのない程の痛みで神経が焼き切れそうだ。こみ上げて来る血を吐く。イーディスの髪に血が付着してしまった。
それに後悔しながら、イーディスをそっと抱き締める。
「目は覚めたか?」
怒りで荒げていた呼吸が落ち着いていく。
このタイミングに合わせてイーディスにかけられていた幻覚も解けていったようだ。これも狙ってやってるんだろう。
「カイル……?」
見上げてくる瞳は絶望の色で染まっていた。
やっぱり俺はキリトほどうまくはできないな。
【夜明けまで残り ???】