イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
貫かれた体が熱い。
あいつは赦さない。 イーディスが。
思考がまとまらない。だけど落ち着かないといけない。状況判断を間違えては駄目だ。この傷ならまだ死なないはず。打つ手はある。
この状況を作り上げた敵は離れた位置でケタケタ笑っている。幻覚も解けていて、ランの姿をしていたそいつは、人の形をした黒い靄だった。犯沢さんも驚きの黒さ。オーラみたいに揺らめいてる靄のせいで、微かな挙動は見抜けそうにない。
ひとまずそいつは今何もしてこなさそうだ。警戒をする必要はあるものの、そこまでの余裕はないからひとまず放置。
傷は急所を避けている。それでも神器で深々と貫かれたことに変わりはない。天命は危ういのだろう。出血中も天命は減るのかが疑問点だな。減ってるなら本当にやばい。
それ以上にやばいのはイーディスだ。目の光がなくなってる。絶望に染まっていると、敵からしたら付け入る隙が多いということ。このままだとイーディスが操り人形にされるか、呪いで殺されるかの2択だ。
「イーディス。おいイーディス」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「こいつめ」
「ふあっ!」
壊れたラジオの如く謝り続けるイーディスの鼻を摘む。変な声を出したイーディスをケラケラ笑ってやるも、イーディスの表情は暗いまま。血の気の失せた顔色も、多少はマシになったかなといった程度。
「神聖術でこの傷を癒やすことできるか?」
「それ自体はできるはず。だけどあたしは回復系統がちょっと……」
「ちょっとはできるんだな? 傷は塞がるか?」
「たぶん……。だけどそれでもカイルの天命は──!」
「このままだと俺は死ぬし、やらないよりはな。頼めるか?」
「っ! ……なんでそんな……」
「懺悔も何もかも後回しだ。俺はイーディスを助ける。だからイーディスは俺を助けてくれ」
しょぼくれた顔をしてるイーディスをぐしゃぐしゃっと撫でる。今のイーディスに大人っぽさなんてない。年が近い感じもしない。親に怒られるのを怖れてる子ども同然。気持ちは分からないでもないさ。だけど今はそれを汲んでやる時じゃない。酷かもしれないが、ツケは自分で即払いさせる。
撫でてた手を頭からどけて、イーディスの手を優しく包み込む。ぴくっと震えたのも無視して、今なお握ったままの剣から離させる。握ったまま震えられてると痛いんだよね。
「回復はお願い。いいね?」
戸惑いながらも無言でこくりと頷いてくれた。ありがとうとお礼を言い、イーディスが呪文を唱え始めたタイミングで一気に剣を引き抜く。栓代わりになっていた剣が消えたことで、傷口からの出血量が増していく。
それもすぐに止められる。イーディスがかけてくれた神聖術で。傷口が塞がり、最低限の応急処置が終わる。ステイシアの窓を開いて天命を確認すると残り2割ほどだった。
「ふぅ。さてと、残りの時間もないしケリをつけるか」
『足掻きよるなぁ』
「おっ、初めて聞き取れる声で喋ったな」
努めて軽い口調で話す。
はったり。虚勢。男の変な意地。イーディスが気負わないでいいように、ちょいと頑張って無理している。
敵が動き出すだろうと予想して、庇うようにイーディスの前に一歩出る。後ろから遠慮気味に服を摘まれた。チラっと後ろを見ると、らしくないまでに小動物になったイーディスがいる。頭の中も心も混濁してるんだろう。側にいたほうがいいのだろう。
だけど今はそれができない。
「イーディス。優しいから気にしてるんだろう。罪悪感に潰されそうになってるのかもしれない。女の子としての君はそうだろうけど、もしまだ騎士としての意志が残っているのなら、騎士として行動を決めてほしい」
イーディスの手を振り払うようにもう一歩前に出る。服が少し引かれて、そう感じた時にはイーディスの手が離れてた。
俺はイーディスのことを何も知らない。騎士としてのイーディスのことを軽く知ってるぐらいだ。騎士になる前のことは何一つ知らない。だからイーディスが何を見せられたのかわからないし、イーディスが失っている記憶のことも漠然と検討がつくだけだ。
きっとゆっくり考えられたらある程度それも読めてくるんだろう。だけどその余裕はない。夜明けまでの時間が残り少ないと推測できるから。イーディスを死なせるわけにはいかないなら。
『なにを急く?』
「時間稼ぎか? 乗ってやる気はない。お前はこの手で葬ると決めた」
『何ができる? 何もないお主に』
「武器ならこれから手に入れるさ。まずは
地面を強く蹴る。指先にまで意識を集中させ、2歩目で最速を叩き出した。GGOでのステータスを受け継いでいるこの体は、パワーよりもスピードのほうが高い数値となっている。余裕をぶっこいてる敵に肉薄するにはお釣りが来た。
黒い人型を勢いのままに蹴り飛ばす──と、いきたいところだがそれはまだできない。まずは相手の戦力を削いでこちらに引き込まないといけない。
人型の両手首を抑え、片足を踏んでその場に留めさせる。逃れようと動くもそれを許してやるほど甘くはない。
「
藻掻いていた黒い人型の動きが鈍る。それも一瞬のことで、頭突きを鼻に入れてきた。
『フッ、ははははは!! そんな言葉で解決できると思うたか! 平和ボケした小僧よ。ふん、この者は私の奴隷だ。私が主だ。私が絶対にして全て! そんな言葉一つで変えられるものか!』
「うるせぇな」
『何もわかっておらぬようだな。この者はここで生まれ育った。命を宿したときから私のモノよ! 私がたっぷりと教え込んだ娘だ。娘は父を裏切らぬ』
どこまでも反吐が出る話だ。テメェで孕ませた女の子どもをテメェで奴隷にしただと? イカレ具合も相当だな。
◇
昔々、《楽園》がありました。
そこは来る者を楽しませる場所で、そこに住む者も愉しませてもらえる場所でした。人々は欲求のままに過ごし、快楽の限りを享受していました。
ある日、その《楽園》に小さな生命が宿りました。珍しいことでもありません。他にも生まれてくる子はいました。これから生まれる子もいました。ただ、その中でもその子だけは"特別"でした。特別な女の子でした。
生まれ持った才覚が飛び抜けていたのです。それを見抜いたのは父親でした。父親はその才能が開花しては、この《楽園》の存続も危ういと考えました。だから刷り込み教育を乳幼児の段階から始めたのです。赤子でも知能はあると知っていたから、ここが世界の常識であると認識させたのです。
果たしてそれは成功しました。生まれてきた特別な子はここを疑いませんでした。父親を疑いませんでした。自分の首や手に枷があることも、周りの人もそうだから当たり前だと思ってました。せっかくの才能も、歪んだ方向へと伸ばしていきます。
『望まれた通りのことをやりのける』──いわゆる万能の天才だったのです。
その才能は使い方次第で人々を導けたでしょう。生活をより良くさせることもできたでしょう。しかしそれは"もしも"の話。彼女は父親の言いなりだっただけです。
誰もが目を引くほどの美貌でもありました。当然それも父親のものとなりました。おかしいとは思いません。父親が絶対だからです。
そんな生活はある日終わりを告げます。暗黒騎士たちの中でも正義感溢れる者たちが結集し、軍となって押し寄せたのです。戦いにすらなりませんでした。その《楽園》は元々武装をしないという条件で訪れることができた場所。抵抗する力などなかったのです。
ただ1つ、希望と呼べる存在はいました。その才能に気づいていた者は父親以外いませんでしたが、纏う空気が別格であることは気づかれていたのです。
『彼女ならなんとかしてくれる』そんな無責任な願望はクーデターを起こします。その場の支配者であった彼女の父親、この場を作ったある傲慢な男は味方から襲撃されます。
すべてが決まったのはその時です。彼女は今までがおかしかったと気づいてしまいます。ですがそれも遅かった。彼女による救済を求め、人々は狂ったように彼女がいる部屋へと押し寄せます。それに恐怖を感じた彼女は地下の奥へと逃げました。父親のみが使える大部屋へ。
おかしいとわかっても、正しいことが何か判断する基準を持ちえない。結局彼女は父親に頼るしかなかったのです。その部屋にいるはずの父親はいませんでした。すでにクーデターで殺されてしまっていました。彼女はその骸の側で呆然としていました。
そんな彼女を求める多くの狂信者達の手。それがついに届かんとした時、『闇』がすべてを終わらせました。
──
◇
「君は生活がおかしいとわかった! だけど助けを求めることができなかった! あの状況では誰を頼ればいいのかも考える余裕もなかったんだから! それでも君は、今が正しいとも思ってないはずだ! だから俺にこれを見させたんだろ!」
靄が揺らぐ。それが感情の揺らぎかも判断できない。それでもお構いなしに口が動いていく。
「判断できないから! この場に来た俺にこの場の記憶を見させた! 俺の判断基準で言ってやるよ! 君は何も悪くない! けど1つ言わせてもらうと、判断基準は自分で持て!!」
頭突きをやり返す。さっき頭突きをやられて気づいたことだが、首から上同士をぶつけることで記憶を送り込めるらしい。仕掛けた側の記憶が仕掛けられた側へと。精確に送りたいものだけを送られるわけじゃないだろう。彼女の場合は自分の技だからそれができて、俺の場合はその技に便乗しただけ。どこからどこを送り込めたかは分からない。
それでも、彼女が知りたかった『別の生活』ってやつを見させてやることはできるはずなんだ。
『貴様!!』
「今お前とは話してねぇよ! なぁ、もし君が望むのであれば、君自身がそうしたいと言うのであれば、俺と一緒に来ないか? 刺激的で新鮮なものを味わらせてあげるよ」
『ッ!? なぜこれで揺らぐ! なぜそんなもので!!』
黒い靄は傲慢な男の怨念。その力は『支配』。支配者を夢見たやつの怨念だからこそ実現したものなんだろう。厄介なことこの上ない。あの日も、それによって討伐軍であるはずの騎士たちは飲まれたのだから。
とはいえ、それがその規模で実現するのは彼女の力のおかげ。彼女の補助があることで大規模なものになる。今は揺らいでいるから、イーディスも精神が弱ってる程度で済んでいる。つまり、彼女の力は傲慢な男の力を上回るということ。彼女が望めば分離させられる。
「親の心子知らずとは言うけど。その逆も然りだな」
『ふざけるな! 誰がいたから生まれてきたと思っている! 生活も全て私が手を回したのだぞ! 誰のおかげだと! お前は私のモノだ! 私に逆らうと言うのか!』
「それは違う。子は親のために生きるんじゃない。子は独立して生きていくものだ。親にあるのは子を支配する権利じゃない。子の成長を促す義務だ。お前がやってることは親子のそれなんかじゃねぇんだよ!!」
『ぐおっ! お、のれぇぇ、奴隷娘の分際でぇぇ!!』
靄が完全に切り離され、彼女から4mほど離れた場所で1つの塊となる。空中でスライムみたいにグネグネと揺らぎ、やがて再度人型へと変貌を遂げる。彼女の力のおかげとだけ思っていたけど、あの怨念は元々それほどまでに強い力を持っていたようだ。そこは計算違いだな。
「あの……手と足が痛いです」
「うん? あ、ごめん!」
黒い靄のせいですっかり忘れていた。あれが分離したのだから今はもう彼女を踏んづけてるだけだ。
慌てて足を退けて彼女を握っていた手も放す。すると彼女が俺の左腕を持ち上げ、何をする気だろうとされるがままに見ていたら手首を甘噛みされた。なんでだ。
「なにしてらっしゃる?」
「あなたとの契約です。私は昔の人間ですから、この体もこのままではすぐに消えてしまいます。実体を保てていたのは、お父様の支配が生きてる体そのものを包んだからです」
寿命とか限界はとっくに過ぎていますと言った彼女は、たしかに体が透け始めてる。
今はまさに透き通ってるけど、透き通るほど白い肌。夜空に輝く月明かりの白い髪。コバルトブルーの瞳。スタイルもいいし、なるほどこれは美女だわって誰もが納得する。
「これから私はあなたのモノです。あなたの望むままに応えます。ですから、私をここから連れ出してください」
「ああ、わかった。だけど1つ訂正な。君はモノじゃない。愛想がついたらいつでも俺との契約を打ち切ってくれていい。あくまで対等な関係だ」
「対等な……。わかりかねますが、それも追々ということで」
「意外と飲み込みがいい……」
透けた体はやがて白い光玉となり、彼女が甘噛みした左手首に溶け込む。代わりに左手首に現れたのが銀のブレスレットで、たしかにそこに彼女がいることを感じられる。若干ブレスレットが手錠っぽく見えるけど、それは仕方ないことだな。俺は既に首輪あるし。
ブレスレットをひと撫でし、一旦まぶたを閉じて意識を集中させる。彼女の力は既に知ってる。でも彼女の戦い方というものは存在しない。だから、俺の戦い方に合わせてもらう。
ブレスレットが光り、その光が両手に移っていく。光は光沢をそのままに形を変え、やがて白の二丁拳銃へと姿を変えた。吸血鬼退治には銀の弾丸とか言うし、怨霊退治もそれに倣って、銀の拳銃になるかと思った。色は彼女の色になるらしい。
その方が共闘してる感じがしてやる気が出てくるな。
俺は傲慢な男へと銃を構えて宣言する。
「さてと、準備は整った。正式に反撃開始といこうか」
今回で終わると思ったんですよ。次回みたいですね。