イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
アンダーワールド内で流れる時間は、外の世界より何倍も早い。そうなるとこの世界で過ごすだけ脳が早く老いることになるのだろうか。あまりこの世界に長く留まらないほうがいい気がするな。外に出た時に口調だけ年寄り臭くなるのは嫌だ。というか、脳が老いてたら思考速度やらなんやらといろいろ遅れる気がする。いいことがない。
程々に過ごしたらこの世界からおさらばしよう。
そう思っていた時期もありました。外にどうやったら出られるかわからなくて詰みました。
最高司祭に会えばなんとかなる気もするし、もしくはダークテリトリーのどこかに機械があるはず。でも探すには骨が折れる。ダークテリトリーはあまりにも土地が広大だから。一番手っ取り早いのは、最高司祭に話をして外に出ることだろう。
しかしそれはなかなか叶いそうにないことでもある。元老長が煩い。とんでもなく煩い。イーディスも元老長とは会いたくないらしいし、結構手詰まりだった。
騎士長に話を通せばなんとかしてくれるかもしれないけど、俺はイーディス従者って立場だから勝手なこともできない。外に出るとか、まずその辺りの事情を話すことから始めないといけないし。
そんなこんなでダラッと過ごしていたら、カセドラルの中でアリスと再会した。意味がわからなかったけれど、今目の前にいる少女はルーリッド村のアリスさんだ。
「なんでここにいんの?」
「……禁忌目録に違反してしまったからよ。それよりあなたこそなぜここに?」
「一応ここの人間だからな。って、その顔は信じてないな?」
「だって、空から落ちてきた人の言葉よ?」
「逆に信憑性があると思ったんだが」
「なんの逆なのよ」
空から降ってくる人間ってことは、その高さにいられる人間ということ。この世界でそれができるのは、飛竜に乗ることができる人間だけだ。俺の場合は、イーディスの飛竜に乗せてもらってるだけだが。
少しの間考え込んだアリスもそこに気づいたようで、信じられないものを見るような目で見てきた。
「そんな目をされてもな」
「騎士様の1人とは思えないんだもの」
「それで合ってる。俺は整合騎士じゃない。従者ってだけ」
「従者がいるなんて聞いたことないわ」
「俺以外いないしな。例外ってやつだよ」
規則がガチガチのこの世界で、例外なんてものが存在するとも思えないが。案の定アリスの疑いの目はそのままだし。
「禁忌目録に違反したって話だけど、どういう処置になるわけ?」
「研鑽を積めば村に帰らせてくれるって」
「それ誰に言われた?」
「元老長」
「あのアホか」
「アホってあなたね! 誰かに聞かれたらどうするのよ!」
「そんなもんに怯えながらは生きてけねぇな。自由に楽しく生きたいし」
そうできなかった人たちのことも思って。その意志を勝手ながらに受け継ぐつもりでいる。
それはそれとして、今のアリスにそれを言うのはミスだったか。連行されて来て、自由なんて無いに等しい状態なのだから。
「そういやアリス。今暇?」
「なんぱかしら?」
「誰がアリスみたいなおこちゃまにするか。成長してから言ってくれ」
「いろんな意味で最低ね」
[全くです]
冷めた視線を向けてくるアリスに合わせ、イリナが脳内で同調してくる。外側と内側から責められるとは、こんな体験さすがのキリトやヒースクリフでもしてないだろうな。
「時間はあるのか?」
アリスとイリナの言葉を聞かなかったことにして流し、質問に答えさせる。
「あるにはあるけど、何をするの?」
「今のうちに教えておいてやろうと思ってな」
「なにを?」
「抜け道」
何言ってんだこいつという顔をされたが、それを無視してアリスの手を引いていく。今いる場所は騎士見習いとかがいるような居住区のある階。そこから迷わずに足を進める。
このカセドラルの構造自体は無駄がない。居住区以外なら別れ道もほとんどない。これができた経緯も知らないし、建てた人たちの考えも知ったことじゃないけれど、遊びがないのは退屈だ。俺みたいな人間だと生きが詰まるってもんだ。
このお転婆娘がどうかは知らないが、少しだけ同種の匂いがする。
[匂いフェチというやつですか?]
[違うしロリコンでもないからやめてくれ]
あと考えを読んでしまうのもやめてくれ。オンオフの主導権とか持ってないし、防ぎようがないのも困ったものだ。
「ここを通ると外に出られる」
「大扉以外もあるのね」
「まぁな」
正面入口だけがこのカセドラルへの入口ってわけじゃない。そこからでも薔薇園に出ることができる。一年中咲いてると見飽きてくるんだけどな。春夏秋冬で変えてほしいわ。
「ここから外の街に出ることができる。もう教えられる機会がないかもしれないし、これで覚えろ」
「無茶苦茶言うわね。覚えたけど」
「無茶苦茶な記憶力だな」
「これでも村の子供で一番の頭脳だったんだから」
「すごいな」
素直に褒めると豆鉄砲をくらったような顔をされた。心外だわ。
「何を企んでいるの……?」
「なんでそこまで疑われるのやら……。道覚えたならとっとと戻るぞ~」
はたまたアリスの手を引いて建物の中へ。他の騎士に見つかると面倒だし、元老長とか一番見つかりたくない相手。気配を探りながら移動し、トラブルもなくアリスを元いた場所まで連れ帰ることに成功した。
「さてさて、アリスがここにいるとなると、キリトとかユージオは追いかけてきたりしないのかね」
「それは無理よ。わかってるでしょ? 天職があるのよ」
「なるほど」
アリスにとっての希望は、2人が助けに来ることでもなく、誰かに助けられることでもなく、自力で努力すれば戻れるっていう虚偽なわけか。あのダルマめ性格が悪いな。
「ねぇ」
「ん?」
「その……また会える?」
「……どうだろうな。俺も本来なら自由行動とかできない立場だからな」
「そっか……」
「悪いな。これで最後って思っといてくれ」
「ううん。大丈夫。私頑張れるから」
「アリス」
「ひゃっ!」
名前を呼んでその小さな体を抱き寄せる。年も2桁になったばかりの少女。不安がないわけがない。寂しさを感じないわけがない。アリスはそれを耐えられるだけの精神力を持っているだけだ。
「どうしようもなくなったら、イーディスを頼れ」
「イーディス、様?」
「話の通じやすい騎士だ。悪いことにはならない」
「……そう。ありがとう、カイル」
「ああ。じゃあなアリス」
アリスと別れ、ブラブラと上階を目指して歩く。
何やってるんだろうな俺は。素晴らしく
保険としては不十分だ。何より、イーディスに負担をかけることになる。
[迷いますか?]
[……迷ってるよ]
イリナに隠し事はできない。俺についてくれる彼女は、俺の迷いや不安を取り除こうとアンテナを常に張ってるからな。
他の誰も来ないような場所に行き、適当に座るとイリナが隣に実体化する。その白く柔らかな手が俺の手に重ねられた。
「あなたの思うままに。私はそれに従いますから」
「……そう言うとは思ってたよ。だから迷う」
アリスがここにいることでまず気になるのは、キリトがどうしてるかだ。そもそもこのプロジェクトのことは知らないはず。菊岡がバイトとして呼んだんだろうし、記憶も消すんだろうけど、いつまであいつはこの世界にいるんだ。もしかしたらもういないかもしれない。
今後これに関わるなら釘を差しておかないといけない。裏切り者がいるこれに関わるなと。男なら自力でどうにかしろと言いたいが、あいつを慕ってる奴は多いしな。女の涙は見たくない。
そうなってくると一旦出た方がいいと思ってるんだが、そうなると今度はイリナのことが問題だ。俺が出たら消えてしまうのだろうか。イーディスの方も、記憶を改竄されてしまうのだろうか。
「カイル」
「ん? 近い」
「私は構いません」
「そうですか」
考え事から浮上すると、視界いっぱいにイリナの顔が。吐息がかかるほどに近いのはどうかと思うのだよ。
「私に考えがあります。最高司祭や元老長は私のことを知りませんし、きっと上手くいくはずです」
「……リスクがあること考えてない?」
「リスク無しでは手がありませんよ」
「そう、だな」
きっと、俺が考えつくことよりも成功率が高いんだろうな。
「内容は?」
「私がカイルになります」
駄目だ。イリナさん自信満々に馬鹿なこと言っちゃってる。感染しないでくれないかな。
「間違えました。イーディスをカイルにします」
「どんな間違えだ! しかもそれ……あぁなるほど。それが一番か」
「はい」
内容自体はテレパシーで送られてきた。これできるなら会話の意味がない気もするけど、声を交わし合うこと自体に意味もあるからな。イリナにとっては、それ自体が楽しいことなんだし。
イリナの狙いはたしかに有効的だ。代替案を出せないほどに。
「ごめんな」
「いえ。カイルはあちらとこちらを繋ぐ人ですから。私は信じて待ちます」
「そこまで言われたら、応えねぇとな」
こちらに戻ってくる。それ自体は簡単だからな。あとは時間差だけど、なるべく早く戻れるようにしよう。
そうと決まればイーディスに話を通さないといけない。俺の記憶を見ることで向こうの世界を知ったイリナと違って、イーディスはこの世界のことしか知らない。向こうのことを話すわけなもいかないし、どう説得したものか。そんなことを悩みながら、イーディスがいる部屋へと戻る。
「おかえり。どこ行ってたの?」
「適当に散歩」
「ふーん?」
「どした?」
何やら怪訝な目で見られる。何を疑ってるんだこの主人は。
「女の子と会ってきたでしょ」
「まぁばったりと出くわしたな」
「へー」
機嫌を損ねるな。話を切り出しにくいだろ!
切り出すんだけどな。
「イーディス」
「ふーんだ。……? へっ? な、なに? なに?」
そっぽを向くイーディスをベッドへと押し倒し、強引に視線を合わさせる。決めたらすぐに動く性格だからな。話を早く通したいんだよ。
「大事な話があるんだ」
「大事な話!? ま、待って。そりゃあたしも女の子だけど整合騎士でもあるし」
なんか勘違いされてる気がする。
「しばらく俺は世界から消える」
「騎士でそういうのは聞いたことないというか…………なんて?」
「だから、俺はこの世界から数年消えるって話だよ」
「どういうこと? いつもより意味がわからないんだけど」
いつも意味分かんないこと言ってただろうか。アホな行動ならそこそこした気がするけども。
どう説明しようか。キリトのことだったり、裏切り者のことだったり、向こうに戻らないと解決しない案件だ。この世界の住人は真相を当然ながら知らない。ボタン1つでこの世界は消えるなんてことも。こんな話、できやしねぇんだよな。
「片付けないといけない案件があるんだ。俺はそれをやりに行く」
「それならあたしも行くわよ」
「無理だ。俺にしか行けない場所だから」
「なんでよ! あたしは整合騎士なのよ?」
「騎士とか関係なく無理なんだ」
「なんで。カイルはいっつもそう」
いつも自分勝手だなたしかに。イーディスの非難は当然のものだ。それに言い訳する資格なんて俺にはない。
「絶対帰ってくるからさ。そしたら、今度はちゃんと従者するから」
「……帰ってこなかったら絶対許さない」
「ありがとうイーディス。最高の主人だよ」
「当たり前でしょ」
頬に伸ばされる固くて柔らかな手を愛おしむ。イーディスの髪をそっと逸らし、その額に誓いを立てた。
「行ってらっしゃいカイル」
「行ってきます。
時間の流れどうしよ→1回出ればいいか