イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
わけのわからない事が起きた。具体的にはあたしになんか飼い犬的な存在ができた。全ッ然大人しくないし、なんか逆に丸め込められるし、そいつのせいで変な噂を広げられるしで実害しかない。
実害しかないのに処分するわけにもいかなかった。罪人ではないカイルを裁くことなんてできないし、敵対行動を取られたわけでもない。判断を最高司祭に頼もうにもあの鬱陶しい元老長が邪魔でそれもできない。騎士長を頼ろうにもあれ以降あたしの所有物って認識されてて頼れない。
「意味分かんないことになったけど、お風呂に入ってるとそんなのどうでもよくなるな~」
「そうだなー。良いお湯だぜ~」
「そりゃそうだよ~。……って! なんで一緒に入ってるのよ!!」
「イーディスが俺を鎖で繋いでるからだが?」
体を隠しながら横を睨みつけると、妙に堂々としてるカイルがお風呂を満喫しながら呆れた視線を送ってくる。どう考えても頭がおかしいのはカイルのはずなのに、あたしがおかしいみたいな空気になってる!
カイルのその首にはもちろん首輪を付けっぱなしで、鎖だってついてる。で、あたしがその鎖を持ってるからカイルはここにいるしかないんだけど……
「だからってなんでお風呂入ってるの!」
「そこに風呂があったから!」
「あーもう! 出ていって!」
「裸で追い出すの? そんな趣味をお持ちで?」
「ないよ! なんで裸で出ていこうと考えたの!? 馬鹿なの!?」
あたしが声を張ってカイルがあざ笑って流していく。あたしが鋭く睨むと、カイルも雰囲気を変えて真面目な顔になった。なんか初めて見た気がして、「こういう顔もできるんだ」って思考がずれる。
「いいのか? 俺を外に出して」
「……どういう意味?」
「俺を野放しにするということになるんだが、俺としてはそれは万々歳だが、本当にイーディスはそれでいいのか?」
何一つ良くなかった。こいつを野放しにしたら何されるか分からないし、また新しく変な噂を流されたりしたら後処理がすっごくしんどい。行動一つというか、存在だけでこんなに厄介な人とか鬱陶し過ぎる。
「さぁ鎖を放せ! 俺を解き放て! そしたらちゃんと『イーディスに服を剥かれて裸の付き合いをさせられた』って話を広めてやるから! さぁさぁ!」
「そんな事してないでしょ! 黙って沈んどきなさい!」
「がばばばば!」
カイルの顔を掴んで湯船に沈みこませる。腕でやたらとお湯をバシャバシャ叩いてて、妙に高い水柱を作ってる。カイルの姿が見えなくなるし、お湯が目に入りそうになるしとっとと気絶させたい。
そう思ってると後ろからポンポンと肩を叩かれた。他に人はいないはずだけど、同性の騎士でも来たのかなって振り返ったらムカつく笑顔のカイルがいた。
「なんで!?」
「イーディスもまだまだだなぁ」
手の感触はある。けどカイルはあたしの後ろにいる。じゃあ今掴んでる人は誰なの?
「それ騎士長殿」
「騎士長!? いやなんであんたもいるの!?」
服を着たまんまの騎士長が完全に意識を落としてて、ぷかーんと湯船に浮かんでる。どういうカラクリか分かんないけど、とりあえず騎士長の記憶がなければいいなぁとか期待する。というかこれは事故よ事故。全部カイルが悪いのよ。
「というか見ないでよ変態!」
「あばばばばば!!」
今度こそカイルを掴んで湯船に沈ませる。またバシャバシャするし、時たまあたしの腕も叩いてくるけど容赦なんてしない。あたしの裸見たやつなんて溺れちゃえばいい!
「イーディスさんこわ~い」
「自業自得でしょ! ……なんで横にいるの?」
しかも今度は服着てるし。服が濡れるのは気にしないのかな。神聖術で乾かせばいいんだけどさ。
「これだれ?」
「元老長」
「このまま沈んじゃえクソ元老長!!」
「殺意マシマシィィ!! 殺っちまえイーディス!」
「痛っ! あぁっ!!」
「イーディス?」
意識して元老長を沈めててたら、急に右目が痛くなった。焼けるような痛みで、頭がおかしくなりそう。気が狂いそうになってると、抑えてる手をカイルに退けられて右目を覗きこまれる。そこであたしは右目がおかしくなってることに気づいた。カイルを見てるはずなのに、神聖文字が見える。その意味が何か分からなくて、見ようとしても痛みが強くなってくる。
「イーディス。何も見ようとするな。何も考えなくていい」
「カイ、ル……?」
耳元ではっきり聞こえる大きさで囁かれる。気づいたらカイルに抱きしめられてて、背中をゆっくりぽんぽんって叩かれてる。段々落ち着くことができて、あたしの右目の痛みも和らいできた。おかしいものが見えてた右目も、今じゃ元に戻ってる。
「はぁはぁ、っはぁ……なに、あれ……」
「さぁ? 俺に聞いて分かると思うなよ。馬鹿なの?」
「……そうだね」
何者かも分からなくて、全然何も知らないカイルが、アレのことを分かるわけない。騎士長なら知ってるかもしれないけど、アレはなんか聞かないほうがいい気がする。最高司祭にも、元老長にも言わないほうがいいかな。
カイルの胸に顔を埋めて、ふと気づいた。今大浴場にいて、カイルはなぜか服を着てるけどあたしは何も着てない。
「……ねぇカイル」
「そういやイーディス飯ってどこで食うの?」
「露骨に話を逸らそうとしないでくれる?」
「話なら付き合ってやってもいいが、その前に服着たらどうだ? 鎧とか脇がばっちり見えるやつだったし、もしかしてイーディス見せたがり?」
「誰が見せたがりよ! あたしそんな変態じゃないもん!」
「もんって……」
「何よ! 全部カイルが悪いんだからね!」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「は・ぐ・ら・か・す・なぁぁ!!」
がっしり顔を掴んで、壁まで思いっきり投げ飛ばす。壁に大の字で張り付いたカイルは、白目を向きながら床に倒れ伏した。
あたしはそれを見てから肩まで浸かり直して、気絶してる騎士長と元老長も浮かんでるのを見てすぐに湯船から出た。
変な飼い犬ができてみると、これはこれで障害というか、これまでの生活が変わってくる。たとえば、食事の時は絶対一緒になるし、目を離すわけにもいかないからずっと行動を一緒にしないといけない。相手するのは疲れるけど、まぁ心底嫌な奴じゃないからそこは救いかな。
でもまぁ、問題になってくるのはそこじゃない。こいつに部屋なんてないから必然的に同室での生活になるということが問題。部屋は広いし、一人増えたところで窮屈になるわけでもないんだけど、男と一緒とかちょっとね。
「イーディス一緒に寝ようぜ!」
「は、はぁっ!? 何言ってんの!? そんな事したら子供できるじゃん!」
「できるわけないだろ。頭大丈夫かお前」
「…………。できないの?」
「え、子どもの作り方を教えないといけないの? 羞恥プレイかよやめてくれよ」
すっごい嫌そうな顔してるし、たぶんあたしの考えてることじゃ、子どもはできないみたい。一緒に寝るだけじゃできないんだ。
「誰にそんなの教わったんだよ」
「誰ってそりゃあ……誰だろ?」
「? そこは親じゃないの?」
「あたし達整合騎士に親なんていないよ。天界から召喚されてるんだから」
「召喚、ね」
「なに?」
「なんでもない」
ひらひら手を振ってそう言ってるけど、全然そんなの信用できなかった。分かりやすいぐらいに空気が変わってるからね。たぶん隠す気もないのかな。あたしがそこを聞かないって判断してるんでしょ。実際そんなとこまでは興味ないし。
「じゃ、寝ようぜ」
「うん。って言うと思った? 一緒とか子供できなくても嫌だからね?」
「けど寝る場所が他にないだろ。俺にも寝床用意してくれよ~」
「明日には用意させるから、今日は床にでも寝てて。毛布はあるし」
「ヤダヤダ床とかやだ~!」
「子供か! ツっ!」
「どうしたイーディス?」
首を傾げるカイルを無視して頭を抑える。駄々をこねるカイルの姿を見たせいなのかな。頭が痛い。言葉にし難い痛みがあって、よく分かんないけど胸が苦しい。何か穴が空いてる気分になる。
「とりあえず横になれ」
寝床の上に押し倒されて、布団をかけられる。別人なんじゃないかってくらい切り替わりが早くて、カイルのことが何もわからなくなる。少し分かったように気がしても、すぐにそれを惑わされちゃう。
けど、たぶん優しさっぽいのはあるのかな。あたしを寝かせて、様子を見守ってくれてる。さっきの子供らしさから急に年上感が出てきたけど、そこはもう考えるのはやめた。
「カイルは何が目的なの?」
「何だ急に」
「だって、あたしから離れたら自由じゃん? それなのにあたしが隙を見せても逃げようとしないし、むしろ助けてくれる。なんで?」
「無視して死なれたら寝覚めが悪いだろ」
「……嘘ばっかり」
「期待値で話を進めてると恥ずかしい思いするだけだぞ」
ほらやっぱり嘘ついてた。言葉に惑わされなかったら何となく分かりそう。たぶんあってる。そうだと思いたい。……別に外れててもいいや。カイルのことを分かるようになるのは、暗黒界と和睦するくらい難しいし。
「まぁ素直に話すとすると、目的がないからだな」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味。それより体調不良な奴はとっとと寝ろ」
「今わりと元気なんだけどね~」
「はぁ、なら疲れる話でもしてやろう」
「嫌がらせこの上ない」
「イーディスって普通に容姿優れてるよな」
「っ!? ゲホッゲホ!! なっ、なぁ……!!」
「ほら病人じゃん休め」
ニヤニヤしてるカイルが憎たらしい。誰のせいだとか、見たのかとかいろいろと言いたいことがあるんだけど、それが一気に頭の中に出てきたせいで混乱してる。見られてたのなら普通に恥ずかしくて死にそうだ。顔がすっごい熱くなる。
「おいおい体起こすなよ寝ろよ」
「こんな話しされて寝られるかぁぁ!!」
「ぶへっ……」
枕を思いっきり叩きつける。カイルがそのままバッタリと後ろに倒れてて、頭を打ったことに悶て転がりまくってる。それでもあたしの荒ぶる気持ちは収まらなくて、愛剣に手をかける。ここいらで主従関係っていうのをハッキリさせておいた方がいいと思うんだよね。
そう思って剣を抜いた瞬間、あたしの視界はぐらっと揺れてカイルを見上げていた。両手を上げさせられてて、片手で纏めて抑えられてる。整合騎士なのに。理解できないその事実に、あたしは再度混乱に陥った。
「刀を抜くなよ危ないだろ?」
「カイルって本当に何者なの?」
「さぁ? 知る必要あるか?」
「あるよ。だってあたしが主人なんだよ? 知っとかないとおかしいじゃん」
「必要な時が来て気が向いたら話してやるよ。ところでこのまま一緒に寝ない?」
「寝ない!」
「けち」