イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
エギルが経営してる店は、バーみたいな雰囲気をしている。バーに行ったことがないから偏見でしかないけど。それなのにな、ここカフェとしての人気がそこそこあるんだよな。落ち着いた雰囲気のある店だから、背伸びしたい年頃の若者たちに人気らしい。
「あら? カイルじゃない」
「帰る」
「待て待て待て待て! 話するって言ってただろ!?」
シノンがいるとか聞いてないし。
何よりも、
「キリト。情報伝達の不備は騙し討ちに等しい」
「悪かったよ。でも言ったら来ないだろ」
当たり前だ。誰が好き好んでこのメンツのとこに来るか。せめてアスナとリズベットを交換してくれ。あいつは柔軟思考してくれるから気が楽なんだ。
「それに、あそこで言ったんだから帰るのはな」
「竹刀用意しろ。鼻を折ってやる」
「マジでごめん……」
「ユウキたちに会ってたんだ?」
「……そうだよ」
ランたちの前で言ったことだしな。反射的に帰ると言ったけど、気持ちとしては今すぐ帰りたいけど、帰らずに残っておくとしよう。キリトはゲーム内で一度打ちのめす。
ところであんたら席おかしくない? 女性陣で並んで座れよ。なんで対面に座ってんだよ。
「俺カウンターでいいか」
天啓が降りた。
「ふざけたこと言ってないで座りなさいな」
悪魔は見逃してくれなかった。
「そんなに私の隣が嫌なのかしら」
「ペチャパイのやつなんでハッ!」
「デリカシーの欠片もないわね」
腹パン女子とかもてないぞ畜生め……。
こんな一幕の何が面白いのか。キリトとアスナは微笑ましそうにしてやがる。頭お花畑かな。お花畑だったな。
「エギル。ビールちょうだい。飲まなきゃやってけねぇ!」
「まだ20歳じゃないだろ。来年まで我慢しろ」
「なんで人の年齢知ってんだこのマスター」
「私が教えたの。お酒飲んでるって聞いたから」
「余計なことを!」
「最悪の場合エギルさんがお店開けなくなるから」
「……そうな」
どうとでもできるんだけど、エギルがクリーンな経営をするためなら仕方ない。
ビールの代わりにノンアルビールを貰った。ノンアルならセーフ! ノンアルならセーフですよねアスナさん!
「そんで、呼び出された理由を話してもらおうか。わざわざ墓地まで足を運びやがって」
「それは連絡がつかなかったからで、菊岡さんに場所を聞いたからなんだが」
俺は基本的に連絡をガン無視するからな。電話なら取るけど、それも電車の中とかなら無視する。キリトからだったから折り返さなかった。この男トラブルに愛されてるから。効力を100倍に薄めたコナンくんだよ。
「菊岡さん達がやってること、どこまで関わってる?」
「初期だけ」
アンダーワールドに潜りはしたが、その情報はいらんだろ。キリト同様に記憶を抜かれてるんだし。
「俺の話は後回しでいいだろ。2人がついてこれてないぞ」
「それもそうだな」
そんなわけでキリトの体験談だ。と言っても記憶が消えてるんだけどな。アンダーワールドがどんな世界なのか。そこで誰と出会い、誰と過ごしたのか。何の記憶も残りはしない。
それで終わるキリトじゃないから、こうして呼ばれてる。職員の会話やら何やら、微かな情報を元に推察。キリトの推察って恐ろしいほどに当たるからな。今回も間違ってない。やっぱコナンじゃん。たまには外してくれ。
「生憎と追加情報とか欲しがられても困るぞ」
「あそこを出入りしてると聞いたんだが」
「菊岡たちが作った仮想世界。そこにはダイブしたがキリトと同じように記憶はパァ。中がどういうところかは話せん」
「厳重ね。もしくはカイルへの嫌がらせか」
「否定できないのがこれまた」
「あ、あはは……。でも、離れたのになんでまた出入りしてるの?」
「暇だから」
聞いた私が馬鹿だった。そう言いたげな顔だなアスナさんや。
だがな、暇なもんは暇なんだよ。俺は今特に生きる目的とか理由とか持ち合わせてないから。毎日が退屈で億劫な日々でしかない。
「友達作りなさいよ」
「シノンに言われたくない」
「残念。私は今ボッチじゃないから」
「そうかよ。そりゃ何よりだ」
「それはこちらのセリフでもあるわね」
「は?」
「GGOにも最近入ってなかったじゃない。連絡は無視するし。思ってたよりは元気そうでよかったわ」
誰だこいつ。本当にあのシノンか? 凍てつく弾丸よろしく氷の乙女のシノンなのか?
なんか心配されてたって思うと寒気がする。病院を勧めてあげたい気分だ。
「声に出てるわよ」
「病院を紹介しようか?」
「病院に送ってあげようかしら?」
「まぁまぁ2人とも。カイルくんもせめて連絡は返してあげなよ」
「気が向いたらな」
別に自殺しようなんて思わないんだから、生活圏を被ってるんだし、生きてりゃそのうちばったり再会したりする。そんなわけで、絶対に返信をしないといけないとは思えないんだ。あと、シノンからの連絡のほとんどは生存確認だから。既読でよくない?
「あ、そうだキリト」
「?」
「あれのバイトは今回限りにしとけよ」
「何かあるのか?」
「国単位で機密にしてることなんて、関わってもロクなことにならない。今回のやつとかアメリカにすら隠してる。計画の目的からしても、面倒事になる可能性はあるんだよ」
「忠告痛みいるよ」
「ま、こう言っときゃアスナが手綱を握るだろうしな!」
「うん。任せて」
「えぇ……」
キリトはアスナに勝てないだろうな。家庭内ヒエラルキーがよく分かった。というか、アスナって普通にお強く怖い女だし。敵に回したくねぇ。
「キリトは事件に愛されてるし、夜道も気をつけろよ」
「愛された覚えはないんだけどな……」
「ラフコフ、レクト。お前に今憤りをぶつけそうな不穏因子はあるんだ」
良くも悪くも、有名人ってのはイベント発生があるからな。
忠告だけして店を出る。キリトが持つ情報にプラスαで渡してやる必要がないからな。あいつらは関わらない方がいい。菊岡たちがやってることは、どう転んでも今後の世界に一石を投じるんだから。
外はすっかり暗くなっている。季節的にも、日没が早いからな。曇天のせいで星も月も見えず、街明かりやら街灯がうるさく光ってる。
「相変わらず落ち着きがないのね」
「なんで着いてくるんだよ」
「カップルの相手を1人でしろとでも?」
「お前ならできる。自分を信じろ!」
「ヤケね。何かあった?」
これだからシノンは面倒なんだ。スナイパーだからなのか特技か趣味か知らんけど、細かなところを見てきやがる。
「何かはあったんだろ。中身はわからん」
聞いてきたってことは、聞き出す気でいるということ。答えは俺も知らないことだから、隠す必要もない。俺は嘘偽りなく答えた。
「アンダーワールドで何かあったのね。気にかける相手でもできたのかしら」
「知らね」
そんな相手ができるのだろうか。いや、まずあそこってプレイヤーが存在しない世界だぞ。NPC相手に思い入れもクソもあるか。でもなぁ、ボーカロイドと結婚したオタクもいるもんなぁ。俺はそういう人間じゃないと思うけれど。
「近いうちにもう一回ダイブはする。釣りも兼ねてるからな」
「釣り、ね。……キリトを遠ざけようとしておきながらあんたはそれやるのね」
「仕掛けられたらやり返すだろ?」
「……まぁ、カイルの性格ならそうするんでしょうけど。危ない橋なのは否定しないのね」
「下手したら死ぬかもなー」
「は?」
軽く言ったらガチトーンで返された。シノンさんや、俺は生きる理由なんて持ち合わせてないんやで。
でもな、ランには死ぬなって言われてるからな。惰性で生きてるよ。空元気をずっとやるのも虚しいもんだ。
そう思っていたらシノンに腕を掴まれた。やめてお姉さん。逆ナンの耐性は持ち合わせていないんです。パパ活ならぬママ活なら一考の余地があるんだけど。やっぱ駄目だ。シノンに母性は感じられない。やっぱもう少し胸をだな。
「あなたの周りの人間はね、カイルが思っている以上にあなたを想ってるのよ! 自分の命を大事にしなさい!」
「……作品とかでちょくちょくあるよな」
「なにが」
「その命はお前一人のものじゃないってやつ」
前までは。ランが生きてる頃はその意見に同意できた。けれど今は全くそう思えない。
「あれ、命は軽くないってことを言いたいのかもしれないけどさ。命はその人のものじゃん。生き方はその人が選ぶ。逆に言えば死に方も選べる」
「自殺しようとか思ってる?」
「それはしない。少なくとも俺はな」
自殺する人を否定する気はない。だって、あの人たちはそれほどまでに追い詰められて苦しんだんだから。解放を求めた結果がそれなら、それでいいんじゃねぇかな。
「リスクリターンは釣り合ってない。それでも俺は構わないってだけ」
「それが自分を大切にしてないってことなのよ……!」
「じゃあシノン。生きる意味を失った人間はどうしたらいいんだ」
「っ!」
「はっきり言って、ランのいないこの世界に価値なんて感じられない。できれば死にたいくらいだ。でもそれができないからさ。自分を有効活用するしかないだろ」
「……」
シノンは、俺に返す言葉を持ち合わせていなかった。
アンダーワールドへのダイブ。それは1週間後にしようと思ってダラっと日々を送っていた。毎日が長く感じる。退屈過ぎて、1日が48時間あるように感じていた。
そうしてたらなんかアスナから連絡が来たり菊岡から電話が来たり。そんな慌ただしい夜が訪れた。聞けば、キリトがラフコフの残党に刺されたらしい。だから夜道は気をつけろよって言ったのにな! 移動全部バイクにしとけよいっそ。
「そんで? 俺に何を要求する?」
プロジェクトが行われている場所。何たらタートル。そこに再度足を踏み入れ、菊岡とヒガを前に確認作業。他に人がいないのは気遣いじゃない。単純に手が空いていないのと、こちらはこちらで仕掛けるからだろう。
「キリトくんの治療はSTLで行う」
「アンダーワールドに行ってるわけだ。それのサポートでもしろって?」
「短的に言えばそうなるね」
「やなこった。アンダーワールドにとってダイブする人間はイレギュラーだ。イレギュラーが2人一緒に行動すりゃプロジェクトに支障を出す可能性もあるんだぜ?」
「もちろん心得ている。だから、君にはキリトくんとは別の場所にダイブしてもらう」
「それがこのポイントっす」
ヒガが示した場所は、アンダーワールドのある箇所。人界の中心。たしか俺が前回のダイブで居座ってたとこだっけ。ログを見る限りはそうなってた場所だよな。俺らしくもないから覚えている。
「単純に考えて、権力者は中心にいたがるものだ。前回のログを頼りに君にはここに降りてもらって、パイプを作ってもらいたい」
人選間違えてるぞ。俺がそんなことできるわけないだろ。
まぁでも、前回のダイブの事もあるんだ。すでに誰かしらと繋がりができてるのかもしれない。俺の記憶がそこに残っているかは別として。そいや外側から処理するんだろうか。処理されてたら、今回の場合面倒だな。1からやり直しとかドMしか喜ばんぞ。
「潜らないとわからんし、大人しくそこに行くか。菊岡、言ってたやつは任せるからな」
「ああ。そこは責任を持って行うよ」
「んじゃヒガあとはよろしく」
「はいっす!」
キリトから遅れること数時間。俺もアンダーワールドへとダイブした。
アンダーワールドの人界の中心。権力者がいるであろうポイントに。
「そのはずなんだがなぁ」
薄暗い部屋。小窓からしか光が差し込んでこない。ドアもなく、柵によって遮られているだけ。
「なんで牢屋からスタートなんだよ!!!!」
ヒガの野郎出たらぶん殴ってやる!!
はよイーディスと会え