イーディス(主人)と臨むアンダーワールド   作:粗茶Returnees

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 イーディスって存在がえっちだなと思います。
 なぜイーディスの水着は来ないのでしょうか。


23話 セカンドライフ

 

 懐かしい天井。相変わらず堅い床。柔らかな布団の感覚がどうにも足りない。視線を斜め上に向けると、ベッドに腰掛けて笑顔ながらも怒っているイーディスの姿が。

 

「おはようカイル」

 

「おはようイーディス。朝から機嫌悪いのな。夢見が悪かったか?」

 

「夢見は良かったわよ。ピクニッ……それはいいのよ」

 

 話を逸らそうとしたら失敗した。カイルの思惑などイーディスには見破れてしまうのだ。もっとも、夢の中でカイルとピクニックに行ったこと自体は大変心地よく、その話をしかけたところで話を戻す。

 イーディスの視線は、具体的にはカイルに向けられているのではない。()()()()()()()()()()()に向けられているのだ。言わずもがな。イリナである。

 

「どういうこと?」

 

「どうもこうも……起きたらこうだった」

 

「へー。それで鼻の下伸ばしながら寝てたのね。さぞや寝心地よかったでしょうね」

 

「ふあっ。あさからなんですか?」

 

「まだ眠いなら中で寝てくれ」

 

「はーい」

 

「いやだから……聞いてねぇ……」

 

 実体化を解いて寝てくれと頼んだものの、イリナはそれを無視して二度寝を始める。上体を起こしたカイルに抱きつく形で。

 それにイーディスが眉をぴくりと動かし、わかりやすく機嫌を損ねた。

 カイルは苦笑する。イリナがわざとそうしていると分かっているから。背に回された手の力は、寝ている人間が出せる力を明らかに上回っている。

 

「イリナ」

 

「……じゃあ今日はずっと実体化してます」

 

「それぐらいいいぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 カイルの内側にいれば、たしかに一緒にいることになる。カイルの温かさを感じられる。けれど、彼の手の温もりを感じられるわけじゃない。彼の顔を見れるわけじゃない。それは実体化していないと叶わないことなのだ。

 実体化を継続的にするとなると、それを維持するのにカイルの精神力も借りる必要が出てくる。

 そもそもイリナという存在は不安定なのだ。霊的なもの。一種のバグとすら言えてしまう。そんな彼女が今もいられるのは、カイルがいるから。彼を依代にしているから。カイルの不在時はイーディスがそれを肩代わりしていたわけだが、本来体を持たない存在を実体化させるともなると、その分負担が増していく。

 要は依代が行うのは存在証明。イリナという少女がいると認識させること。カイルはそれをあっさりと承諾する。その程度どうってことないと言外に言って。彼女にはまだ、見せてない世界が多いのだから。

 

「カイルってイリナに甘いわよね」

 

「大切な相方だし、これくらいは普通だろ」

 

「……そうね」

 

 イリナは話せる神器とも呼べる存在だ。イーディスだって自分の神器を大切にしている。そう考えれば納得できなくもない。

 しかし無理はしている。イーディスはイリナを人として見ているのだから。胸の内に生じる靄を消し切ることはできない。

 

「着替えて朝飯食べに行こうぜ。積もる話はそれからにしよ」

 

 移動中もイリナはカイルの隣。当たり前のように手を繋ぐし、なんなら指を絡ませている。カイルが外に出てから戻ってくるまでの数年間。1人記憶を残していた彼女は胸にぽっかりと穴が空いた気分だった。それも必然の帰結。彼女を連れ出したのがカイル本人で、彼女の今の在り方からしてカイルは不可欠の存在なのだから。

 そういった心情をイーディスだって汲み取る。どこか曇った顔をしていたのも、今となっては理解できる。その穴埋めは必要だろう。過ぎた数年。長い年月を生きれる整合騎士からすればたかが数年。だがそれは馬鹿にできない。

 記憶を取り戻したイーディスだって、カイルを渇望する思いはあるのだから。

 

 しかしそれはそれ。これはこれ。べったりとしているところを見せつけられると思うところはあるのだ。手を繋いでいるだけだが。

 

「確認しないといけないこともあるんだよな」

 

「何を?」

 

「どこまで記憶を戻せるのか」

 

「それについては……そうですね。話しておかないといけませんね」

 

 3人で朝食を取りながら、記憶に関する話を始める。イリナは手を止め、口元を拭いてから言葉を発した。

 

「記憶の戻し方ですが、これは私とカイルの記憶共有が基盤となってます」

 

「記憶……共有してるの?」

 

「はい。イーディスの知らないことだって知ってますよ」

 

「うぐっ……。それくらい良いわよ。カイルは私の従者なんだから」

 

「話を脱線させるなよー」

 

 逸れた話が始まる前に釘を差す。マウントの取り合いも、自分のことでなければ見てて楽しめることもあるのだが、これは見たくない部類だ。

 

「イーディスの記憶は、カイルの記憶を私が共有していたために全て戻せたわけです」

 

「イリナと出会う前、俺とイーディスが出会った頃からの記憶を、俺と共有していたからイーディスに流し込めたってわけだ」

 

「あー、なるほど?」

 

「わかってないな」

 

「そんなことはないわよ。要はカイルが知り得ない記憶は戻せないってわけでしょ」

 

「そういうことです。その性格のわりに頭のキレはいいですよね」

 

「ちくちく刺してくるわね」

 

 イーディスの記憶は、カイルの記憶を元に戻したものである。

 イーディスが言ったように、カイルの知らないことは戻せない。

 アリスが過ごしたルーリッド村での生活も出来事も、カイルは知らないために戻してやることはできないのだ。

 イリナはできることが多いだけで、決して全能ではないのだ。

 

「そうなってくると、騎士長たちの記憶も戻せないのよね?」

 

「俺に関するものだけなら戻せる。あんま関わってないし、戻さなくてもいい気はするけど」

 

「そんなのでいいの!? 自分のことを忘れられてるのよ!?」

 

「イーディスとイリナが覚えてくれてる。それで十分だろ」

 

「カイル……」

 

(それに、戻さない方がいいかもしれんしな)

 

 記憶の欠落。騎士たちはそれが無かったものとして生活している。そういう調整がされた。記憶がいつ消されるか分からない。そういう不安と不信感を、わざわざ抱かせる必要もない。

 教会への不信感とかならまだいい。たしかに平穏を保っているが、決して騎士たちが誇れるやり方とは言えないだろうから。

 けれど、もし世界そのものへと不信感を抱き、剣を手放してしまったら。真面目な騎士たちに限ってそんな事にはならないだろうが、可能性は消しておくに限る。

 

 そんなことが起きてしまったら、最終負荷実験に堪えられないのは明白だから。

 カイルの本音を言えば「男の肌を触りたくねぇ」になるのだが。

 

「カイル。あなたのことはいつ教えてくれるの?」

 

「その時が来たら、かな」

 

「イリナは知ってるのに?」

 

「それは記憶共有があるからだ」

 

 防ぎようのないものなのだ。

 

「はぁ。騎士長たちにカイルのことを説明しないといけないわね」

 

「適当に理由付けしといてくれ」

 

「人任せなんだから」

 

 従者という形を変える気はない。形式としてはファナティオが鍛えている四旋剣と似たものになる。問題はカイルが騎士ではないということ。そして、どこから来たのかを説明できないことだ。可能なら、他の騎士に会うことなく真っ先に騎士長ベルクーリの所に行きたい。彼ならあっさりと受け入れるだろうし、騎士長が認めたとなれば他の騎士も口出ししにくいのだから。

 

 探すとなるとこれまた面倒なのだ。ベルクーリがカセドラル内にいることは分かっていても、その中のどこにいるかは分からない。当たりをつけて順に回るしかない。

 

「頑張れイーディス。女の勘で見つけろ」

 

「無茶苦茶なこと言うわね」

 

「私がカイルの居場所を分かるように、イーディスも騎士長の居場所を分かってください」

 

「私と騎士長はそーいう関係じゃないのよ!」

 

 なんだかイリナが煽るようになってきた気がする。こういう子だったっけなと頭を悩ませつつ、ベルクーリ探索を続ける。騎士長のいそうな場所と言えば、飛竜の所か自室か、あるいはどこか広い空間で鍛錬してるか。酒を飲んでいる可能性も捨てられないか。

 

「お姉さんや。騎士長どこ行ったか知らない?」

 

 絞り込もうとしているイーディスの横で、カイルは昇降係に騎士長の居場所を聞いていた。このカセドラルでの移動の半分が昇降盤だ。そしてその役目を担っているのは1人だけ。彼女に聞くのは実に有効的な手である。

 

「騎士長閣下でしたら、入浴に行かれました」

 

「朝風呂かー。それもいいな。で、そこはどこ?」

 

「90階でございます。80階まではお送りできますので、そこからは階段でお進みください」

 

「なるほど。よろしくお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 絞り込むために考えていた意味がないなとイーディスは肩を落とし、それに圧をかけるように昇降盤が上昇していく。

 まず、彼女と会話をするという発想を持てなかったことが原因か。そういうものだとだけ認識するのは容易い。考える労力もいらない。時にはそれも有効だろうが、癖付けては思考力の低下を招くものだ。

 

「今気づいたんだけど、騎士長はお風呂に入ってるのよね?」

 

「そうだな」

 

「待つ必要があるわね」

 

「何言ってんだ? 入って説明したらよくね?」

 

「変態じゃない! 何言ってるの!? あたしを変態にしたいの!?」

 

「男の裸程度で何を言ってんだか。見たことあるだろ」

 

「カイルのしか見たことないわよ! って何言わせるの!!」

 

「ぎゃっ! ……これ心臓に悪い……」

 

 1回外に出たというのに、カイルの首には仕掛けが残されたままだし、イーディスの右手には指輪がある。つまり神聖術で黙らせることが今も可能なのだ。

 混浴したのを思い出したのか。イーディスは顔を赤くして動揺を隠せないでいる。それと同時に、こうやって馬鹿なやり取りをするのを懐かしんでもいた。思い出してしまえば、カイルのいない生活が物足りなく感じてしまう。

 

「にしても階段面倒だなぁ。こんなに高くした奴馬鹿だろ。馬鹿と煙は高い所が好きだもんな!」

 

「そうね」

 

「こっち見ながら頷くな」

 

「私はカイルといると凄く気持ちがふわふわしますよ」

 

「俺も落ち着くわー」

 

 イリナに甘いカイルの横腹を小突く。

 そうしながら階段を登り続けると、90階に到達した。大浴場に入るための大扉。それの前に1人立っており、ベルクーリかと期待したら違った。

 

「イーディス殿?」

 

「アリス!」

 

 そこにはいたのは騎士になったアリス。イーディスが妹のように思っている少女で、その姿を見るやいなや瞬時にハグしていた。その速さはカイルも目で追えなかった程だ。

 ハグされることに悪い気はしない。けれど離れてほしい。アリスは優しく抗議し、イーディスもそれを受け入れて放す。

 

「仲のいい姉妹……百合……? 判断しにくいな」

 

「バカでいいかと」

 

「聞こえてるわよー?」

 

「イーディス殿。彼は?」

 

「あ……」

 

 やっぱりバカだった。

 騎士らしくは見えないカイルの姿に、アリスは困惑と怪訝を交えて見据える。イーディスが連れているのなら何かあるのだと。

 

 『イリナが手を握っている』

 『イーディスが連れている』

 

「えっと……その事で騎士長を探してて」

 

「なるほど。そういう事でしたか」

 

 『ベルクーリに会わせようとしている』

 この三要素からアリスは答えを導き出した。

 

「侵入者ですね。ご苦労様です」

 

 この男は罪人で、イーディスがイリナと一緒に捕えたのだと。

 

「へ? いやいやそうじゃなくて」

 

「あとは私が引き継ぎます」

 

「だから罪人じゃないんだって。私の従者なのよ」

 

「イーディス殿の従者……。この外道め! イーディス殿に何をした!」

 

「こんなぶっ飛び方あるのか」

 

「アリスは頭が固いんです」

 

「まさかイリナ殿まで……? くっ、もしや閣下の命を狙って……! そんなことはさせません!」

 

 アリスが抜刀し、イーディスからも距離を取る。今アリスの中では、イーディスとイリナが洗脳されていることになっているのだ。諸悪の根源はカイルらしい。

 

「アリス! 剣を納めて!」

 

「私がイーディス殿もイリナ殿も助けてみせます。今しばらくお待ちを」

 

「正義感がそうさせるのかな」

 

「おそらくは」

 

 剣を構えるも、アリスはまだ踏み出せずにいた。間にイーディスがいるから。下手に動いたら、イーディスを傷つけてしまう。それは避けたい。しかも、カイルはイリナと手を繋いだまま動かない。出方が見えないのだ。

 

「イーディス殿は時折頭のおかしいことはしますが、お優しく気高い方なのです! それを貴様は……!」

 

「カイル。あたし今すごい複雑だわ」

 

「だろうな」

 

 貶されているのか褒められているのか。両方の評価をされるとなんとも言えない気持ちになる。

 

「嬢ちゃん。何の騒ぎだ」

 

「いけません閣下。お下がりください!」

 

「いやだからどうした……」

 

 騒ぎが気になったのか。それとも風呂を終えたタイミングだったのか。服を着たベルクーリが大扉を開けて姿を見せる。アリスはベルクーリを守るようにその前に移動し、キツくカイルを睨んだ。

 

「あー。なんだこの状況」

 

「あの男。イーディス殿とイリナ殿を誑かし、ここまで侵入してきた賊です! 閣下のお命を狙っているのです!」

 

「だからそれは誤解だってば! なんであたしを信じてくれないのよ!」

 

「……まぁ、なんだ。いっちょ決闘でもして落ち着くか」

 

「はっ! 必ずやあの賊を討ち倒してみせます!」

 

「どうしてこうなった」

 

 穏便な話し合いをするはずが、決闘に発展したことにため息をつくカイルなのだった。

 

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