イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
なんか来ねぇかな。キリトとかアスナとかティーゼとか、イーディスの3倍実装されてるのに。
白亜の塔であるセントラル=カセドラルは、その高さのわりに窓が少ない。東京タワーとかスカイツリーとか、電波塔の役割をしてるわけでもないのに。居住区なら部屋に窓があるが、それ以外は基本的に壁に覆われる。外から中が見えないように、その逆もまた然り。他の理由もあるのだろうが、考えることでもない。
この塔の中でも、開放的とも言える場所は飛竜の発着所。飛び立つための設計をしてるから当たり前だな。そしてもう一箇所が、90階にある『暁星の望楼』。ここは窓どころか、そもそも壁がない。この塔で一番開放的だ。
「カイル。見渡し放題です」
「そうだな」
目を輝かせながら景色を眺めるイリナが微笑ましい。こんな状況でなければ、俺も心置きなく楽しめるんだが。
「イーディス。イリナが落ちないように見といてくれ」
「そうね。浮かれちゃってるものね」
「落ちませんよ」
子供じゃないもんな。普通なら誰も落ちない。
「カイル。その事には私怒ってます」
「うん。もうやらんから」
記憶を共有してるイリナはその事を知っている。考えてることも読み取れてしまうから、俺が飛び降りのことを思い出してることもバレた。イーディスたちは何のことか分かってないし、外の世界のことを知らないんだから分からなくていい。
ログアウトの仕方が分からなかったし、最高司祭にどうやったら会えるのかも分からなかった。そこで気づいたのが、死ねばログアウトできるということ。この世界で死んでも俺は本当に死ぬわけでもないから。この高さから飛び降りて確実に死んだってわけだ。
「早速始めますかね」
「お前さんがいいなら始めるか。武器はこれを使え」
騎士長に投げ渡されたのは一本の剣。神器ってわけじゃなさそうだが、それに近い武器な気がする。この世界じゃ優先度って言うんだったか。
「それは神器に喰らいつける剣の一つだ。神器に届かなかった武器もそれなりに保管してあってな。そこから1本拝借してきた」
「これでアリスと戦えと」
「丸腰じゃ話にならんだろ」
「まぁ、たしかに」
正確には丸腰じゃないんだけどな。イリナに協力してもらって戦うのが俺のやり方なんだが、今のアリス相手にそれは火に油を注ぐ行為。ここは大人しく、渡された剣で戦うしかない。剣とかそこまで好きじゃないんだけど、そうも言ってられない。
黒に見えるが薄っすらと紫っぽさもある。なんだか懐かしい色の剣だ。妹分の愛剣と色は似ている。
「なぁイーディス」
「どうしたの?」
「アリスの実力ってどのぐらい?」
「そこを気にするなんて珍しいわね。潜在的にはいずれ騎士長を超すんじゃないかしら」
「イーディスとどっちの方が強い?」
「え? ……まだあたしだけど、もうじき超されそうね」
「りょーかい」
俺がらしくないことを聞いたせいだな。イーディスが不安そうにしてる。俺が勝てるかどうかの不安じゃない。俺が
馬鹿だな。俺はそこまで尻軽じゃないし薄情でもない。
「これからもずっと側にいるから、心配すんな」
「ち、ちがっ! あたしは……!」
「大丈夫。この勝負も、まだ今なら俺が勝てるから」
勝利宣言。それはイーディスを落ち着かせると共に、アリスの癇に障る発言だった。
「聞捨てなりませんね。お前が私より強いとなぜ断言できるのです」
「負ける気で挑んだらそれは勝負を捨ててるだけだろ」
始まる前から諦める気はない。情報が不足しているのだから、その判断すらできないと言った方がいいか。勝てない勝負に挑むことだってしたくないしな。0%なら挑まない。0%じゃないならそれを掴み取りに挑む。それが俺のやり方だ。
剣を抜いて構える。アリスも黄金の剣を構える。持ち手も刀身も鞘も黄金。神器じゃなかったらただの鑑賞用だと笑えるんだが、神器だと知ってるから笑えない。
ところであれキャリバーさんじゃないよな。光の奔流放たないよな。股間ビームとかしてこないよな。
「下賤な考えで我が剣を見られた気がします」
「その頼りない直感は捨てるんだな」
女の勘怖過ぎだろ。
「好きに暴れな。ただし
「構いません」
[イーディスだと防御をすり抜けて攻撃を通す技のことですね。神器によって異なります]
[ん。ありがとう]
なんのことだっけなと思った瞬間にはイリナから説明が来た。軽く後ろを見ると柔らかな笑みだけが返される。知らぬ間に自分からでも動けるようになったのは嬉しいな。なんだか成長を感じる。
意識を切り替えてアリスを見定める。構えからアリスが基本に忠実なのが窺えた。基本は見栄えこそしないものの、スキが少ないものだ。だからこそ基本になり得るわけだが、アリスはそういうものを極めるんだろうな。
「始め!」
騎士長の合図でアリスが駆け出す。初速から早い。けれど、生憎と速さには慣れてる。目で追うこともできるし、体だって反応する。人間がどれだけ極めようとも、放たれる弾丸より速くなるのは不可能なんだからな。
横から迫る黄金の剣を切り返して弾く。弾かれた反動をそのまま次の行動に移し、今度は上から振り下ろされる。それも同じように剣の正面からぶつけて弾く。
弾かれた時の力の利用。それは俺だって同じようにする。じゃないと間に合わないし、利用しないとアリスの膂力に押し切られる。そしたら最後だ。負けてしまう。
「馬鹿力め」
「褒め言葉と泣き言として受け取っておきます」
「後者は否定させてもらおうか!」
アリスの攻撃を迎撃せずに躱して回し蹴り。それを腕で防がれるも僅かによろけさせれた。下げていた剣で切り上げ。アリスが後方に跳ぶことで回避した。
痺れそうな手を軽く払って誤魔化し、剣を握り直す。剣を使うのは久しぶりだし、アリスレベルとなるとなおさらだ。戦いながら思い出していくしかない。絶剣と呼ばれたユウキの剣を。そして、そのユウキすら勝てなかったランの剣を。
「なるほど。戦いには慣れているようですね」
「嫌な体験もあったんでな」
出会いと別れの繰り返しだ。SAOの中でも、そこを出てからでも。
「生憎だが、騎士らしい戦いは期待するなよ。俺にそんな矜持はない」
「でしょうね。あるとすれば賊としての矜持でしょう」
「どうだかな。……それすらあるかは怪しい」
矜持も誇りもどこへやら。捨てたつもりもないが、持てていないのが現状だ。落としてしまったんだろう。ランを失い、ユウキをも見送ってしまった日に。
「勝ちなさいよカイル」
「……わかってる」
けれど、イーディスとの話を違える気はないんだ。勝つと主人に言った以上、勝ちを収める。隣にいると誓ったのだから、それを守るために戦う。
それが今の俺の動力源だ。
今度は同時に飛び出した。
アリスと刃を交えながら思い出す。ランと手合わせをした日々を。勝ったことはないけれど、負けなかった日もそこそこある。
そういう日には必ずランが不服そうに言っていた。「勝ちに来ない」と。仕方がないじゃないか。仮想世界であれ、ランを傷つけたくはなかったのだから。
その時と今は類似している。アリスを傷つけずに終わらせたい。違いは、今回は勝ちを狙うってことだ。
攻防の内に俺の体には所々と軽い切り傷ができていく。小さな蓄積なれど、それは軽く見てはいけないもの。
「ハァッ!」
「甘い!」
アリスと距離を取るための強力な一撃。一方的に傷をつけられている俺が、状態を並ばせるためのもの。けれどアリスはそれを読み、最小限の動きで躱して勝敗をつけにくる。
「これで──なっ!?」
俺はアリスがそうすると読んだ。
剣を上から振り下ろすと見せかけた。いや、実際に腕は振り下ろした。けれど剣は手放している。もちろんその程度のことでアリスが動揺するわけがない。アリスが驚いたのは本命の方だ。
アリスが気づけないように本気で振るう。それによって飛ばされた血。それがアリスの目に入ったことでカウンターの狙いがズレる。俺はそれを難なく躱し、落下中の剣を掴み直してアリスの首の寸前で止めた。
「そこまで! 小僧の勝ちだ」
「くっ、卑怯な……!」
「騎士らしい戦いは期待するなって言ったろ。それに、戦いは勝てばいい。どれだけ卑怯な相手だろうと、そいつに負ければ実力不足だし死ねば文句も言えん。実戦経験の少なさが今回の敗因だな」
「フッ、どうやらただの賊じゃないらしいな」
「イーディスの従者ですから」
「嬢ちゃんも戦ってみて分かったろ。小僧の人となりが」
「それは……はい」
なんで分かるんだよ。剣を交えれば通じ合えるって都市伝説じゃないのかよ。俺にはアリスのことさっぱりだよ! 助けてくれキリト! どこにいるか知らんけど助けて! 黒の剣士って呼び名なんだからお前はきっとこれについていけるんだろ!
内心でキリトに助けを求めていたら、剣を納めたアリスが綺麗な姿勢で謝罪してきた。一つ一つの所作が様になるのって反則だよな。アイドルみたい。最高司祭の
「あなたを疑ったことにお詫びを」
「俺が言うのもなんだが、剣交えただけでこうなるか?」
「ただの賊であれば我が剣は防がれません。それに、あなたの不器用な優しさも伝わってきました」
「そんなものは持ち合わせていない」
「ふふっ、そういう事にしておきましょうか」
最高司祭や。こんなので大丈夫なのかいのぅ。脳筋とお花畑が混ざり合っておるぞい。
俺自身が腑に落ちない形ではあるけれど、とりあえず誤解が解けたのならなんでもいいか。審判役していた騎士長も何故か納得してるし。これで騎士長とも手合わせとか言われたらキツかった。
「その傷も最後のための布石ですか」
「まぁな。目的がアリスを無傷のままにしてアリスに勝つことだったから。序盤で推し量って決めた」
「悔しいですが、どうやらあなたの技量は私より相当高いようですね」
「んなことはねぇよ。剣の腕だけじゃどうしようもないから、他のことも利用するようになっただけだし」
「剣戟の中に織り交ぜれる時点で戦いの巧さが覗えます」
「……俺のやり方がこうってだけ。アリスは俺を参考にせずにそのまま伸びりゃいいんじゃねぇの?」
「はい」
超むず痒い。何なんだこれ。
アリスとの会話をそこで区切り、主の方へと向き直る。イーディスと目が合うと、満足そうに頷かれた。この決着の付け方で良かったようだ。イーディスも騎士だから肉体言語を理解できちゃう側なんだろうな。
にこにこと笑ってるイーディスが近寄ってくる。これはあれだ。誤解が解けたこと以外は怒ってるやつだ。
「なんですぐそうやって無茶なことするの!」
「天命の管理ぐらいしてるから、死なない程度ならいいかなって」
「カ・イ・ル?」
「ごめんなさい」
怒ってる女に逆らっちゃいけない。自分の主張はさせてもらうが、イーディスの怒りも当然のこと。
死んでも大丈夫な世界だと、どうにもリスクを甘く見てしまうな。イーディスたちからすれば、死ねば終わりだというのに。
「不必要に自分の身を切らないで」
「気をつけるよ」
「肝に銘じなさい」
「ういっす」
今回のは例外中の例外だ。俺だって好き好んでこのやり方はしない。斬られる痛みはあるんだから。
適当に返事したらスネを軽く蹴られた。
「アリスお風呂行きましょう。汗流したいでしょ?」
「それはそうですが、イーディス殿と一緒に入る必要性を感じません」
「いいじゃない姉妹なんだし」
「姉妹ではありません!」
「入ってこないでよカイル」
「それはフリか? 嘘です冗談です。上がったら言ってくれ。俺も汗は流したい」
「分かったわ。それじゃあまた後で」
「おう」
手を振って階段を下りていくイーディスと、会釈をして下りていくアリス。こういう所でも性格が出るよな。騎士長は他の騎士に俺のことを伝えてくれるらしく、時間を開けてから下りていった。
残った俺は、円形に並ぶ支柱たちの外側に出て座り込んだ。外を眺めるにはここの方が心地良い。太陽の位置からして、向いている方向は北側。その果ての村が、アリスの生まれた場所。前回のログインではキリトもいたわけだが、またそこからログインしたのだろうか。少しだけ気になる。
「考え事ですか。アリスのことで」
「ん、まぁな」
イリナに隠し事は通じない。わざわざそこを突いてくるのは、情報の整理を手伝ってくれるからか。主目的は治療だな。ありがたい。
「記憶を失う前と後で、アリスの印象が違う」
「そうですね。他の騎士たちは変わってないと思われますね」
「そうなんだよな」
副騎士長とか、四旋剣とか、真面目な連中は真面目だし、アリスの変化を見ればそういう方向に調整されたと考えるのが自然だ。
けれど、騎士長やイーディスみたいな騎士もいる。なんとなくでしかないが、記憶を失う前との変化は無さそうだ。あるいは、ほんの些細な変化で終わっているか。
「整合騎士を作るための"シンセサイズの秘儀"。まだ改良を重ねているのかもしれません」
騎士長は最初の整合騎士。イーディスも10番目。まだ秘儀が変化を続けていると考えるのが妥当か。
「ま、俺には関係のない話だからいいか」
難しいことは知らん!
次回はお風呂!