イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
大浴場に男湯も女湯もないのだけど、混浴で使うことはまずない。ばったりとそこで会うこともないし、入浴中に入ってこられることもない。ドアに鍵とかないんだけど、何となくでみんな察してる。
同性なら一緒に入っても問題ない。あとはその人たちの相性次第。たとえば、あたしと副騎士長が一緒に入るとかまぁない。ありえない。それならカイルの方がまだマシ。別に一緒に入りたいわけじゃないけど。比べたらまだ我慢できるってだけだけど。
「背中流してあげるね」
「結構です」
「えぇー」
アリスが相手なら喜んで一緒に入る。アリスはかわいい妹だし。イリナはあまり妹って感じがしないのよね。
カイルとの模擬戦を終えたアリスは、大浴場に来て汗を流してる。汗以外にも、付着したカイルの血も流してる。戦いが終わってから考えてみると、血で汚れるのって嫌だよね。いい気分にはなれない。
「アリスの髪綺麗よね~」
「なぜあなたまで一緒に……」
「いいじゃない。あたしお風呂好きだし」
「理由になってませんが」
「姉妹だし」
「違います」
体を洗い終わったら並んで肩まで浸かる。これだけ広くても少人数でしか使わないのは勿体無い気もするけど、整合騎士って人数少ないから仕方ないわよね。逆に、こうして自由に使えるのも贅沢な話か。
なんでもいいや。
お風呂を満喫できるのが一番よ。
「彼は……カイル殿はいったい何者なんですか」
「あたしの従者よ。それ以上でも以下でもないわ」
水面に映る自分を見つめながら言うアリスに、あたしは何でもないように答える。
「それだけでは納得しかねます」
それもそうか。そうよね。アリスの性格なら特に。
「イーディス殿はいつどこでカイル殿と出会ったのですか」
「カイルに殿はいらないんじゃない? あたしの従者だし、立場で言えばアリスの方が上よ」
「ですが──」
「──あんなだし」
「…………そう、ですね」
これは納得できちゃうんだ。
アリスからしたら、ああいう負け方でも負けたのが事実で。底を見せてなさそうにしてる相手がカイルだから。呼び捨てにはしにくいのかもしれない。
でも、カイルはああいう時に手を抜かない。あの時にできる全力を出してる。それを悟らせないようにするのが上手いだけ。アリスがあれを回避できたら、負けてたのはカイルだ。
それはアリスに教えないけど。教えちゃったらカイルに小言を言われそう。
「それで、カイル……とはどう出会ったのですか」
まだ言いにくそうね。
かわいいアリスに頬を緩ませつつ、どう話そうか頭を悩ませる。カイルは一度姿を消してるから。あたしがカイルのことを忘れてる期間、どこで何をしていたのか知らない。空白期がある分説明が難しい。
それに、アリスも召喚されてから今日までカイルを見てないから。余計に難しい。
「あたしもカイルのこと知らないことのほうが多いのよね」
「それはどうなのですか……」
「あはは、でもカイルのことは信頼できる。カイルとの付き合いの長さって実はそんなに長くないんだけどね」
カイルはまだ謎が多いけれど、それは過去を語らないってだけ。カイルの人間性は、一緒に過ごしてたらよくわかる。素性もまぁはっきりとはしてない。
それでも、カイルはダークテリトリーで──。
「……私はイーディス殿のようには考えられません」
「うん。アリスはそれでいいと思う」
ちょっと熱くなってきた。お湯がいつもより温度高いのかな。
浴槽の縁に頭を乗せて天井を見上げる。湯気で見にくいけれど、天井の塗装は質素で落ち着く。ゆっくり休めるようにって作った人たちが考えたのかな。大浴場の中にはそこそこ派手な装飾もあるんだけどね。
「アリスはアリス。あたしはあたし。むしろあたしが緩すぎるのよ。アリスの考え方だって間違ってないわ」
アリスは正しい。頭が固いところもあるけれど、それは自分の信条に従ってのこと。心優しい子でもあるのよね。思いやる心を持ってる。騎士としての務めを果たす時とそうじゃない時で雰囲気も変わる。二面性があるというよりかは、割り切って行動できるって言い方が合ってるか。
あたしはそういうとこ全部一緒くた。
「イーディス殿にとってカイルはどういう人なのですか?」
「……へ? どうしたの急に」
「そこまでの付き合いもないのに信頼できる。そう言い切れるのは、何か理由があるのではと思ったのです」
差し込む陽の光に照らされて輝く金糸の髪。水気を吸ってもなお、むしろさらに輝いているようにすら見える。それを綺麗だなぁって思いながら横目に見ていたのに、アリスはグイグイ聞いてくる。年頃なのかな。
カイルがあたしにとってどういう人間か。
一言で済ましちゃえばあたしの部下。従僕って言い方はあんま好きじゃない。あたしとカイルの関係性が、どうにもそれとはズレてると思うから。
「相棒って言い方がいいのかな」
「相棒……ですか? ですがカイルとは主従関係のはずです」
「うん。でもそういう意識では見れないかな。立場を示すのに便利ってだけで、実際には頼りになる相棒って感じ」
「たよ……りに……?? あ、いえ。イーディス殿を疑うわけではないのですが」
本当にそうなのかと疑うアリスに苦笑する。アリスとカイルの付き合いはまだ1日も経ってないんだから仕方ない。それに、カイルに頼りがいを感じる時って限られてるから。
「カイルってね、絶対に他人を見捨てないんだ。だから信頼できる」
手合わせをしてアリスも感じるところはあった。あたしの今の言葉には素直に頷いてくれる。
「どんな状況でも、たとえその人のことを全然知らなくても。手の届く範囲なら、きっと手が届かなくても手を伸ばし続ける。そういう人なのよ」
「イーディス殿は随分とカイルのことを好まれているのですね」
「そりゃあ主人だし? あたしが一番カイルのことを評価してあげなきゃね」
「ふふっ、それもそうでした」
お風呂から上がり、その後は特に騒動もなくその日が終わろうとしていた。
人界で最も高い建築物である
「あれ? イリナ1人? カイルは?」
「カイルなら所用です」
「自由に動かれてもなぁ……」
ダキラたちとは違って、カイルは騎士じゃない。極力あたしの側にいてもらう方が収まりがいい。そうだというのに、カイルはイリナすら置いてどこかに行ってしまった。
というか、イリナがカイルから離れてることに驚きだし、離れていても大丈夫なのか少し不安になる。
「ご心配なく。ここからダークテリトリーの端まで離れていても
「よくわかんないけど、大丈夫ならそれでいいわ」
それ以上離れるなんて現実的でもないし、とりあえず心配はいらないのね。
さてと、そうなるとカイルを探しに行きましょうか。勝手に動くなって言い含めたいし、連れ戻さなきゃ。
「カイルは月見をすると言ってました」
「なにそれ?」
「見つけられれば分かるかと。私は今回遠慮しましたが、イーディスならおそらく」
「なんとなくだけど、あたしが神経図太いみたいな雰囲気で言ってない?」
「気のせいです。……入浴時にカイルは少し憂いていたので、私としては気がかりではあるのですが」
「なんで一緒に入ってるの!? というかそれイリナが一緒に入るから憂いてたんじゃないの!?」
「? なぜ私との混浴でカイルが憂うのですか? 私はカイルのものですよ?」
「……頭痛い。ともかく、イリナは部屋にいなさい。あたしはカイル連れ帰ってくるから」
「仕方ないですね」
なんでそんな反応されないといけないのかしらね。
カイルはイリナを1人の人間として見る。だからイリナに意思の発露を促すし、それを極力叶えたがる。混浴はその弊害かしらね。
胸に陰りの渦が生まれるのを感じる。それが何かはよくわからない。
カイルに対して、というのは分かるから、これを消すためにも探すのを急がないと。
「つきみ……。言葉で考えるなら、つきを見るってことかしら」
場所は外か望楼の2択ね。そうじゃないと、満足に見ることはできないでしょうから。
カイルのことだから、きっと望楼にいる。
そう思って来てみたら、やっぱりカイルがそこにいた。柱で作られる円の少し外側。そこに座って夜空を眺めてる。
その後ろ姿にいつもの気配を感じない。今のカイルの背中から感じ取れるのは、寂しさぐらい。
「カイル」
「……おっ、イーディスか。どうした?」
声をかけたら振り向いた。さっきまで漂っていた寂しさを感じ取ることはできず、さっきのが思い違いじゃないかと思わされる。
思い違いじゃない。あたしの知らない過去がきっと関わってる。
漠然とだけど、あたしの中の直感がそう告げる。それが何かは聞いても教えてくれないと思う。あたしも待つって決めたから、それを聞かずにカイルの側に歩み寄って行く。
「どうしたじゃないわよ。勝手に動かないでほしいわ」
「悪い悪い。今日はちょっとな」
「何がちょっとよ何が。食べ物まで用意しちゃって」
「月見と言えば団子なんだよ。イーディスもどうだ?」
「はぁ、少しだけよ。他の面倒な騎士とか元老長に見つかるの嫌だし」
「ありがとう」
ふわりと笑みを浮かべられる。いつもとはやっぱり雰囲気が違って、あたしは頬を緩めながらカイルの隣に腰掛けた。お団子とやらをもらって、ぷにぷにと摘んでから口に入れる。柔らかい食べ物。カイルが自分で用意したのかな。
「イーディスは愛って何だと思う?」
「んぐっ! けほっ、けほっ! な、なによ急に!」
「いやな。とある人が、愛って言葉を……正確にはそれじゃないが、愛のことを『月が綺麗ですね』って訳したんだよ」
「ふーん?」
今のあたしが知るはずもないことだけど、「love」という言葉をそう訳したらしい。今では「love」を「愛」と訳すのだとか。
「イーディスってさ、月みたいだよな」
「なんで?」
「イーディスの優しさは照らして周りを引いていくものじゃない。月明かりみたいに、寄り添うものだからさ」
「なんか……気恥ずかしいわね……」
やっぱり今日のカイルはおかしい。揶揄ってこない。
いや、もしかしたらこれが揶揄いなのかしら。何もわからないわね。
「あたしが月ならカイルは…………何だろ」
「そこはたとえてくれよ」
「あはは、今度思いついたらたとえてあげるわよ」
「イーディスの感性だと……期待せずに待っとくよ」
「酷い言いぐさね。まったく」
見つめ合ってどちらからともなく笑い合う。カイルはお団子を1つ口に入れて、また視線を夜空に向けた。
お団子が乗ってる箱を移動させる。あたしとカイルの間にあったそれを退けて、空いた距離を埋めた。我儘で、子供っぽくて、そのくせして大きな人。カイルの肩にそっと静かに頭を乗せた。
愛を月にたとえるなら。さっきのあたしのたとえの意味は──。
きっとカイルはそこまで考えてない。けれど、その言葉に胸が火照ってくる。
──あぁ、これも悪くない
その現象の意味を理解せぬまま、あたしはそれに浸かった。