イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
前回のアリスとの手合わせから時が経ち、一定数の整合騎士にその存在を認められた俺は、わざと負ければ良かっただろうかと過去の自分に文句をついていた。
それというのも、あれ以降手合わせの申し出が度々届くんだ。騎士長ベルクーリ然り、副騎士長ファナティオ然り。整合騎士で希少な遠距離戦をするデュソルバート然り。
競い合いは嫌いではないものの、こうも申し出が続くと辟易してしまう。それらを断って一息つこうとすると、単独になったタイミングを見計らってシェータがやってきたりする。
彼らは出会う度にその話をしてくるわけでもない。一度断ってからは、気が向いた時でいいと大人の対応をしてくれている。シェータは無言で語ってくるけど。
「今日こそお願いします」
「やだ」
そんな騎士たちとは違い、アリスは再戦を何度申し込んでくる。俺の戦い方は騎士らしくなく、だからこそ希少な経験を積める。という建前を用意して。
しかしその目ははっきりと語っていやがる。負けたままでは終われないのだと。負けず嫌いのアリスらしい。
「どうしてですか! 私にはカイルに挑む力が足りていないということですか!」
「なんて脳筋な思考してんだこいつ……! アリスって騎士長の弟子なんだろ? ならあの人にそのまま教われよ。騎士長から教わることもまだ多いんじゃないのか?」
「もちろんそのつもりですが。閣下は所用で央都を出ていますので、その間はカイルと剣を交えようかと」
「俺じゃなくてもイーディスがいるだろ。てかイーディスも、姉だって言うなら妹育てたらどうだ」
「ほら、あたしの剣ってそういうの向いてないから」
相手の武器も防具もすり抜け、一方的に斬ることが可能の能力。それは俺も目の当たりにしている力だ。
「術を使わなかったらいいだけだろ」
「手合わせでもアリスの肌が傷つけるかもしれないのはちょっと」
カイルならそうせずに終わらせられるでしょ、と信じ切った笑みを向けられる。それはもう過大評価だと不貞腐れたように言い返し、
「ちぇー。またバレた~」
「これで5連敗です」
「飽きないなお前ら」
「あんた達。あたしの従者に何してんのよ」
「この短剣でサクッとやろうかなーって」
「短剣を抜く前にこうやって押さえられちゃうんですけどね」
「……それでも騎士ですか」
「相手を殺すのに拘りっている?」
毒を塗ってある短剣をしまったフィゼルが、アリスを挑発する。同じ整合騎士でありながらも、フィゼルとリネルは騎士らしい戦い方をしない。騙し討ちといった奇襲。暗殺者らしい戦い方をする者たちだ。それには彼女たちの生い立ちや騎士になった由来が関係するのだが、だからといってアリスの性格だと認め難いものなのだ。
端的に言ってしまえば、相性が悪いのである。
イーディスはその性格上、2人の在り方を許容できる。もしかすると、自身の神器の力を考慮してのことかもしれないが。
「はいはい喧嘩はそのへんで。フィゼルもいちいち挑発しない」
「喧嘩じゃないってー」
「カイルさん。わたしまた
「いいぞ。あとでまた作ってやる」
「本当ですか? ありがとうございます」
フィゼルがイーディスに注意されている一方で、三つ編みのおさげが2つある少女リネルはマフィンをお願いしてきた。
最初の襲撃の時、俺が本気で2人を暗殺者として捉え、容赦なく返り討ちにした。2人の天命を半分以上削った時、2人もまた騎士であるということを知ってその手を止めた。そしてお詫びとして、マフィンを焼いて2人に食べさせたのである。これが好評であり、特にリネルは大層気に入ったというわけだ。
マフィンがまた食べられると分かると、リネルは年頃の少女らしく花のように笑い、その髪をそっと撫でた。
「その者のお願いは聞いて、私のは断るのですね」
その一連の流れを見ていて面白くないのは、手合わせを断られているアリスだ。凍てつくような視線をぶつけ、圧をかけてくる。こうして板挟みになるのは、ランたちと行動していた時以来か。
「アリスの分も用意するぞ?」
「ありがたくいただきます。ですが、それとこれとは話が別です」
「わかったわかった。じゃあ、騎士長から許可が出たらやろう。それでいいだろ?」
「……二言はないですね?」
「主人に誓って」
証人はイーディスと、この場にいるフィゼルとリネルだ。と言っても、中立性をしっかり守ってくれそうなのはイーディスぐらいか。それをなんとなく分かっているからこそ、イーディスに誓う。
アリスとの話が終わると、フィゼルが急かすように手を引っ張る。それを真似てリネルも反対の手を引っ張った。抵抗することなく促されるままに足を進め、イーディスもアリスを連れてその後を追う。
「随分懐かれたのね」
「騎士じゃないからじゃね?」
「カイルは話しやすいし」
フィゼルの言葉にリネルが同意して頷く。その光景は、近所のお兄さんに懐く少女といったところか。イーディスとしても、俺に害が及ばないのであればそれで構わないようだ。
2人に懐かれる最大の理由は、たぶん親しみやすさではない。俺が2人を心から認めていることだ。最高司祭からの興味も失せ、同じ騎士からも良い顔をされない。前任の騎士を殺害することで2人は整合騎士となっているけど、騎士としては未熟もいいところ。いや、そもそも他の騎士の大半は、彼女たちを騎士として認めたくないのかもしれない。
そういう環境の中で、俺との出会いは空気を一新するものらしい。
イーディスの従者にして騎士ではない存在。それでいて騎士たちに認められているのは、初めは面白くなかった。だから仕掛け、そして返り討ちにあった。
けれど話してみればどうということはない。俺は2人のやり方を認め、なんなら改善点すら指摘した。
人間誰しも、しっかりと自分を見てくれる相手には好意的になるものなのだ。思春期なフィゼルとリネルも例外ではない。
「カイルも最高司祭様に会ってみたらいいのにー。騎士になれるかもよ?」
「そしたらわたしたちが先輩ですね」
「いやならないから。俺はそういうの柄じゃないんだよ」
「ぷぷっ。カッコつけ~」
「なんだとこの悪ガキ!」
「きゃ~。あははー!」
「フィゼルいいなー」
フィゼルの手をしっかりと握り、カウボーイのように振り回す。それをアトラクション感覚で楽しむ相方の姿に、楽しそうだなーとリネルが羨ましがる。楽しむようなことじゃないだろ。
「カイルさん!」
「わかったって」
空いている手でリネルの手を握り、2人同時に振り回す。同時でカウボーイみたいに振るのは危ないから、メリーゴーランドのように俺を中心に回る。
「あはははは! あははは!」
「カイルさん! もっと速くしてくだ~い!」
「ふっ飛ばされんなよ~」
きゃっきゃと喜ぶ2人をさらに勢いをつけて振り回す。2人の体は床とほぼ平行になっていて、手を離したら壁に激突することだろう。
「あんたらね……」
「それに興じていては、まふぃんを食べられませんよ」
「はっ! カイルおろして!」
「今すぐお願いします!」
「現金な奴らだな」
手を離した。予想通りリゼルとフィネルは一瞬だけ空中を漂う。予想外だったのは、2人が自力で対応したこと。無傷で着地を決めている。
「楽しかった~。またやってね!」
「わたしは少し目が回りました~」
当然ながら俺だって目が回ってる。気が向いた時にでもやってやろうかな。まったく、人気者は忙しいぜ。
「すぐ調子乗るんだから」
「イーディス?」
「肩貸してあげるから、階段から転げ落ちないでよ」
「ん。ありがとう」
イーディスに支えてもらいながら厨房へ。リゼルとフィネルが作るのを手伝いたいと言ってくれたが、それはまた今度だ。ちゃんと時間をかけられる時にしよう。
「んで、なんでエルドリエが厨房にいるわけ?」
「何をおっしゃいますかカイル殿。アリス様居られる所に私ありですよ」
「お前が何言ってんだ」
「いい加減、アリスに付き纏うのやめなさいよね」
「それはこちらの台詞ですぞイーディス殿!」
「お前ら厨房で喧嘩するなよ?」
「も、もちろん心得ておりますぞカイル殿」
食材を使う場を荒らすのなら容赦しないからな。これは一度2人に叩き込んであるから、こうやって釘を差すだけでいい。
「ところでアリスさん? あなた何してるわけ?」
「見ての通りです。手伝ったことありますし、今回もそうしようかと」
「あれは手伝いじゃないし何もしなくていい!」
危うく食材がダークマターに成り下がりかけたことを忘れるなよ! そしてマフィンに野菜はいらない!
「お前ら全員厨房から出ろ! 大人しく待ってるリゼルとフィネルを見習え!」
「ちょっ──」
「30号はここですか」
「うっせぇ達磨! 厨房にこれ以上邪魔者はいらねぇ!」
「だるっ! なんという言い草ですか!」
次から次へと何なんだ。バーゲンセールじゃないんだぞ。お前にはアリスが作りかけたゲテモノをわざと完成させて口にねじ込んでやる。
「元老長、私に何か用ですか?」
「っとそうでした。お前に仕事です。犯罪者を捕えて来なさい」
犯罪者? この世界で?
そんなことも起こるものなのか。
そう思うのとは別に、なんとなく歯車が動き出す予感がした。