イーディス(主人)と臨むアンダーワールド   作:粗茶Returnees

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 考えていた展開すべて忘れた!


28話 動く世界Ⅲ

 

 ユージオの剣は氷を出現させる。それは見惚れるほどに美しいもので、戦闘中ですらそう思わせるのだから恐ろしい。

 それを使う時の特徴と言えば、剣を足元に突き立てること。ある程度のコントロールもできるようだが、氷の始動は必ず剣からだ。となれば真っ先に凍るのは足からで、氷は瞬く間に伝染し、足元から順に対象を閉じ込める。

 

「……ふぅ。これであとは……」

 

 キリトと交戦しているアリスを止めるか、あるいは微動だにしないイーディスと戦うか。どちらが正解なのか。ユージオは一旦イーディスへと目をやる。

 その目からは戦意というものを感じ取れず、彼女はユージオを見ていない。紅い瞳は半ば呆れたように、作り上げられた氷塊を見つめていた。溶かすならまだしも、剣で砕いては中の人間も傷つけかねない。

 他に手があるのかもしれないが、救出するにしても多少は時間がかかることだろう。そう判断したユージオは、一旦自分の相棒の様子を確認することにした。

 

()()()()()()()!!」

 

 重なった視線。アリスという強敵を前にしながら、キリトは一瞥しただけで状況を理解して警告した。

 彼はよく知っている。カイルという人間のしぶとさを。そのやり口を。

 相棒の警告に弾かれてユージオは氷塊を見た。中にいる人間は何も動いていない。上に挙げられている片腕も、作った氷の中だ。

 

(そういえばなんで腕を……、っ!)

 

 促されるように天井を見た。

 

「悪いけど」

 

 それに合わせて凛としたイーディスの声が流れ込む。芯のあるその声は、多大な信頼と誇らしさを感じさせた。

 その声はユージオの耳に届いていたが、そちらに目を向けることはできない。

 

「あたしの従者は誰にも負けないのよ」

 

 そこには赤い球体が浮かんでいる。それが何かなど一目瞭然だ。

 ユージオが気づいた瞬間、その赤い球体が地面へと迸る。それはさながら柱のように形を変え、作り上げられた氷塊を包み込んだ。

 

「くっ!」

 

 それは神器によって作り出された氷をも溶かしうる炎だ。その炎を生み出したものもまた神器なのだから、相殺という形が近い。相性の良さもあるだろう。

 

「寒暖差で腹壊しそうだ」

 

 氷の檻から解き放たれた男は、軽快な声でそう言った。

 

 

 

 

 

 とまぁそんな流れで氷からの脱出を完了した。

 距離を取って炎の柱の巻き添えを逃れたユージオが、苦い顔をしてこちらの動きを窺ってくる。ユージオは剣士だ。基本的に距離を詰めるとこから始まる。それでも、剣での実力は同程度。決め手に欠ける状態な上に、切り札は相殺されるとたった今俺が証明した。

 どうやって勝つか。それを今組み立て直してるところかな。

 

[天命は削られています。ご注意を]

 

[おっけ~]

 

 イリナにそう言われた通り、短時間だけでもさっきの氷の効力は発揮されてるようだ。炎も熱かったし。

 

「そんなわけで振り出しに戻ったわけだけど、続けるかな? それとも負けとくか?」

 

「僕は……ここで立ち止まるわけにはいかない」

 

「だろうな」

 

 キリトもまだ奮戦中で、その相手であるアリスがユージオの目的か。キリトとしても、相棒の大切な人を傷つけるのは憚れるようだ。そのせいで、ずっと攻めっ気が一歩足りない。

 個人的にはどう決着がついてもいいんだけど、ユージオがやる気ならもう少し付き合おう。

 

「出し惜しみをしてるわけじゃないだろうが、ここで出し切れ」

 

 緩やかな坂を1歩ずつゆるりと下っていく。高所という有利。距離という有利。それを自ら捨てる行為にユージオは眉をひそめた。けれどそれも束の間で、すぐに気を引き締めて意識を集中させている。

 

「明確な実力差がないのなら、先のことなんて考えるな。それは、勝者にだけ許される行為だ」

 

 そもそも戦いというものは、()()()()()()()()()()()()()()()とされるものだ。実力、戦力、作戦、準備etc。それらが果たして、戦いという壁を超えられるものかどうか。それだけだ。

 つまり、先の展望ができる者は、戦う前からその壁をクリアしていると見抜いている者だけなんだ。

 

[要はカイルの特権ですね]

 

[いやいや、これはGGOで知り合った人の持論だから。説得力あったから信じてる理論だよ]

 

[あなたは負けません。誰にも]

 

[ははっ。ありがとうイリナ]

 

 本当はイリナに剣の形になってほしくないんだけど、右手の方は剣になってもらった。片側だけの変化だからか、長さはイーディスやアリスたちの剣の半分くらい。

 それでも十分だ。そっちの方が、個人的にやりやすい。

 

[刃こぼれ等が無ければ痛みもありません。気兼ねなく振るってください]

 

[そうは言われてもね]

 

 痛みの有無じゃあないんだよ。心情の問題だ。

 それならイリナに銃のままでいてもらった方がいい。それは当然のこと。それでも、これは必要な手段だ。詰められると不利になるし、何より一辺倒な戦い方ではユージオに対応される。

 今まだ優位に立てているのは、手数の違いだ。使えるカードの数がユージオより多い。それがあるうちに戦いを運んでおきたい。

 

「降参すれば痛い目には合わないぞ」

 

「それはできません」

 

「だろうな。……ユージオ。強さって何だと思う?」

 

「……」

 

「剣の腕か。術の腕か。知力か精神力か。剣士なら真っ先に思い浮かぶのは剣の腕か精神力あたりか?」

 

 ユージオは答えず、集中も切らさずに構えたままだ。俺が剣を握っていると言っても、もう片方は銃のまま。警戒は欠かせない。むしろ気を切らしてたら、迷い無く撃ってたところだ。

 

「金や地位も強さの1つだな。でも、揺るがないものは存在する。()()()()には明確にそれが力となる」

 

(この世界……?)

 

「心意って呼ばれてるものでな。心の強さの表れだ。それを操るのは整合騎士でも難しい。アリスも練習中だし、騎士長もできることは限られてる」

 

「……それがいったい何なんですか」

 

「強くなりたいのなら」

 

 足に力を溜める。姿勢を下げ、突撃態勢に入った。

 ユージオも迎え撃とうと構え直すが、それは遅い。

 

「心意を使えるようになれ」

 

(……え?)

 

 心意を使った爆発的な出だしと加速。後先考えずに飛び出した俺の突撃。銃を逆手に持った状態でグーパンをユージオの胸に叩き込み、反応が間に合わなかったユージオを壁へと叩きつけた。

 そこから目を離さないまま、殴った方の手をぶらりと下げて後方に声をかける。

 

「……イーディス」

 

「なに? というかいつの間に心意なんて覚えたのよ」

 

「器用には使えない。それより今ので手折れちった」

 

「馬鹿じゃないの!?」

 

「かっ……ガハッ! げほっごほっ。……はぁっ、はぁはぁ」

 

「……頑丈ねあの子」

 

 ここまで辿り着けたのだからそれぐらいは当然だろうな。キリトのサポートがあったとしても、それだけでは説明がつかない。ユージオはまだ慣れていないだけであって、実力は整合騎士に比肩する。

 その膝は床につかない。その目は死なない。

 自身の足で立ち、自身の目で見据え、自身の心で歩み続ける。

 

「やっぱ強いんだなユージオ」

 

 殴り方が悪くて折れた手をイリナに治してもらい、動作と痛みを確認してから銃を握り直す。

 この骨折は反動で生じたものだけども、ユージオの対応だって理由の1つになる。拳がユージオを掠める直前に、その体は捻りながら距離を取ろうとしていた。そのせいで当たり方がおかしくなって、余計なダメージが拳に発生したわけだ。

 

[初見でも対応できたのは直感か]

 

[整合騎士たちを破ってきたのですから、修羅場は潜ってきたということなのでしょう]

 

[経験のフィードバックが速すぎるだろ]

 

 戦いは人を成長させる。それは間違いない。

 だが、そうは言ってもユージオのこれは異常だ。この世界で最強の戦力である整合騎士たちとの戦いは、計り知れない経験値になるだろう。それでも戦場の勘は一朝一夕では身につかない。

 そのはずなんだけど……。

 

[さてと、次はどうするか]

 

[カイル。調子を上げているところを失礼します]

 

[うん?]

 

[隣の様子が]

 

[……あー]

 

 イリスに言われて隣の戦いに目を向ける。キリトとアリスの戦い。

 そこは先程までアリスが圧倒していた戦いだ。とはいえ、キリトは諦めが悪い。ゲーマーで、攻略脳なところがある。要は戦いながら分析して、解決策やら最善手やらを考える男だ。

 そんなキリトがやっていることは。

 

「その発想を実行するのが怖えよ」

 

 剣と剣の衝突。それもただの鍔迫り合いでもない。強引にエンハンス・アーマメントをぶつけ合わせている。強力な技に強力な技を無理にぶつけるとどうなるか。

 

「キリト!!」「アリス!!」

 

 ユージオとイーディスの声は同時だった。

 超爆発が引き起こされ、壊れないはずのカセドラルの壁に大穴が空いた。しかもキリトとアリスが外に投げ出されるおまけ付きで。

 

「キリトはほんと無茶苦茶だなー。こうなることは、狙ってなかっただろうけど」

 

「何を呑気に言ってるのよ! アリスまで落ちたのよ!? この高さから!」

 

「地面に叩きつけられたら死ぬだろうけど、キリトもいるんだし、なんとかするだろ」

 

「なんとかって。…………随分あの剣士のことを買ってるのね」

 

「まあ……それなりの付き合いだし?」

 

「ふーん?」

 

 詰め寄ってくるイーディスを宥めつつ、取り残されているユージオに目を向けた。俺とイーディスの様子からして、仕切り直しで戦うって気にもなれないと思ってそうだな。

 それは正解。続けてもいいけど、その選択権を俺はユージオに渡したい。

 

「どうしたい? 戦うか。それとも先に行くか」

 

「……先にって……」

 

「ここより上だよ。目的は……あー、お前の目的は少し違うか。アリスはキリトと落ちていったし」

 

「……」

 

「この建物の構造を教えておこうか? 上に1か所だけ望楼がある。仮に壁をよじ登ってこれるなら、必ずそこから戻ってくる」

 

 キリトが何か手を打てるなら。どうにかしてここの壁を登るなら、合流地点はそこだ。その時はアリスも一緒のはず。

 

「……それでいいんですか?」

 

「俺はな。イーディスがどう判断するかは知らない」

 

「ったく。……あたしたちに下りてる指令は、たしかに侵入者の迎撃だけど。ま、いいわ。上にはまだ騎士長がいるし、あたしはあたしで、そこのバカから聞き出さないといけないことがあるみたいだし?」

 

 ここらでそうなるよな。俺とキリトの交わした会話の意味が、イーディスやユージオにはわからない。イリナは記憶共有があるから理解していて、俺がこれまでイーディスに話さなかった意味も理解している。

 それはそれとして、ユージオに「はいどうぞ」と道を譲ったら、なんか小言を言いそうな奴らもいる。元老長とか……今回でついでに倒されてくれてもいい。

 

「イリナ」

 

「はい」

 

「急に人が……。あなたはいったい?」

 

「カイルの半身です」

 

「……微妙に否定しづらい」

 

 イリナが人の姿になる時は、俺の天命を半分持っていく。そこを考えると、半身じゃないとは言いづらい。

 イリナはユージオの傷を治すと、そそくさと戻ってきて人の姿を解いた。

 

[今はカイルの天命が減っていますから]

 

 そういうことらしい。気遣ってくれるいい子になりました。

 

「で、ユージオはどうするよ。すぐに行くか。それともイーディスと一緒に話を聞いてからにするか?」

 

「それ、侵入者にも話すことなの?」

 

「本来誰だって知ってもいい話だ。反逆なんてできてるなら、ユージオは1つ枷を破ったようだしな」

 

「枷?」

 

「イーディスも身に覚えがあることだぞ。右目、痛んだことあるだろ」

 

「!!」

 

 イーディスの反応とユージオの反応が違った。まだ打ち破っていない者とすでに打ち破った者。違いが出るのも当然か。

 

「禁忌目録に違反しようとすると、目が痛むようになっている。そうだよな?」

 

「……はい。僕はあの時……それを強引に押し切りました」

 

「たしか斬ったんだったわね。それであなたを連行するために、アリスが派遣された」

 

「キリトはおまけってとこか」

 

「生真面目なアリスが、おまけ感覚で連れてくるわけないでしょ。そうなるように、そのキリトって剣士が何らかの行動を取った」

 

 牢に入ったのを、これ幸いにと脱走。そうして今に至ると。

 キリトがここまで来たことから考えれば、おのずと目的も見当がつく。

 

「そこの成り行きはいいとして。目の痛みは、この世界の誰にでも起きるようになっている」

 

「それは、ダークテリトリー側も含めて?」

 

「おそらくは。俺とキリトを除いてな」

 

「……薄々感じてたけど、やっぱりそうなのね」

 

「あれ? 気づかれてた?」

 

 やれやれと肩をすくめたイーディスは、怒ってるわけでも疑ってるわけでもなかった。雰囲気を和らげて、穏やかな目で真っ直ぐ見てくる。

 

「気づいてたって言うより、そう考えた方が納得できることが多いのよ。急に現れて、急に消えて。謎の知識もあって」

 

 これまでのことをいくつか指摘される。なるほど。イーディスが受け入れるのも納得だ。

 

「この世界の人間じゃないって話は、あたしたち整合騎士とも違うってことよね?」

 

「まあ……順に説明するか。俺とキリトは外の世界から来た。文字通り外で、この世界を観測できる」

 

「それは……どういう?」

 

 これにはユージオも驚きで、表情が固まっていた。

 俺は2人に伝えていく。この世界が作り物であること。外の人間の指先1つで、いつだって消滅することも。

 

「俺はその初期メンバー。キリトは完全に部外者。今回は諸事情でこの世界にいるらしい」

 

「待って。さすがに頭が混乱してくるわ」

 

「だろうな。まず、信じてくれてることに感謝だ」

 

「それはそうよ。カイルのことを信じてるもの」

 

「……ありがと」

 

 突拍子もない話。与太話として笑いものにされても当然。それをイーディスは、俺が言ったことだからと信じてくれる。そこまで信じてもらえてるなら、それに応えたくなる。

 

「頭を整理する時間が欲しいけど、まだ話はあるのよね?」

 

「そうだな。……最高司祭は、外の人間と繋がりを持っている。目に仕掛けられてるそれが証拠だ」

 

 俺の知る限り、当初の計画ではアンダーワールドにここまでの強制力を持たせないはずだった。成長、進化の妨げになるから。

 それなのに仕掛けられてる。いくら最高司祭と言えど、個人でここまでのことはできない。外の力の助けが必要で、それは行われた。イーディスの目にも、一度文字が現れた。

 外に出て、ここに戻ってきて記憶も戻して理解した。ヤナイ。あの野郎の仕業だと。

 

「最高司祭の狙いは本人に聞くしかないとして。イーディス、俺たちは天界なんて作ってない」

 

「……じゃあ……あたしたち整合騎士は……」

 

「そこにいるユージオや街の人たちと同じ。人間だよ。整合騎士は記憶を一部抜かれて、最高司祭の忠実な駒にされる」

 

「そう……なんだ」

 

「アリスも同じだ。そうだろ? アリスと同郷のユージオ」

 

「……はい。アリスは、僕のことを覚えてなかった。だから僕はアリスの記憶を戻したい」

 

「その手段があるのかは、俺は知らないところだな。やれるだけやってみな」

 

「そのつもりです」

 

「おう。がんばれ!」

 

 敵対していたはずの人間に応援される。なかなか経験しないであろう体験に、ユージオは戸惑いつつも上の階層を目指した。

 イーディスも今は止めるつもりがないようだ。知ったことの整理が必要だろう。この世界のこと、整合騎士のこと、記憶のこと。あっさり流せるような話じゃない。ユージオは自身に関係する話が少なかったから、すぐに行動に移せたんだろう。

 もしくは、ある程度裏事情のことを知っていたか。

 

「カイル」

 

「ん? っと!?」

 

 呼ばれたと思ったら押し倒された。イーディスは今鎧を着てるから、上に乗られると重いというか、固いというか、ちょっぴり痛みもあったり。

 けれど、それは今は我慢だ。ふざけられる空気じゃない。イーディスは目を伏せていて、顔を隠してる。

 

「この世界の人じゃないのよね」

 

「……うん」

 

「あたしの、従者なのに」

 

「……」

 

「いなく、なるのよね。カイルの目的を果たしたら、外に帰るんでしょ?」

 

「ごめん。絶対のことは何も言えない。でも、できるだけここにいる。イーディスの隣にいる。これは本当だ」

 

 外での目的も特にない。中途半端な人間だ。

 

「それでも……あたしたちの住む世界は違う。老いて死に別れるわけでもなくて。あたしたちは違うから、ずっと一緒にいることはできない。そうなのよね?」

 

「それは……」

 

「あたしは、ぁっぐ……!!」

 

「イーディス!?」

 

 目を抑えて苦悶するイーディスを見て、慌てて上体を起こした。膝の上に座っているイーディスを見て、俺はようやく気づいた。その頬に涙伝っていることを。

 

「イーディス……」

 

「ぐ……ぁ……はぁはぁ」

 

 両肩に手を置かれる。イーディスは呼吸を荒げながら、涙の溢れている瞳を見せた。右目には逆さ文字が表れている。警告のように。イーディスを止めようと。

 

「あたし、は……。カイルと居たい……だけなのに」

 

「イーディスそれ以上は」

 

「こんな……自分の気持ちすら抑え込まれる相手なんて、嫌だよね」

 

「バカなこと言うなよ。嫌になるわけ無いだろ!」

 

「えへへ。カイルは優しいから、そう言ってくれるよね」

 

「気休めなんかで言うかよ」

 

 同情なんかでも言わない。本心だ。

 

「あたし。カイルのこと好きだよ」

 

 そう言って唇を重ねてきたイーディスの。

 

 右目が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんっっっとうに痛かったんだから!!」

 

「そりゃあもう。俺の想像を絶する痛みだったと思ってますよ」

 

 この世界の人間じゃない俺が経験することはない痛みだ。出産の痛みも経験することはない。比べるものではないとして。どちらも経験したくないのが本音。

 

「私はカイルのためならば、後者を喜んで受け入れますよ」

 

「いやいやイリナ。そういうのはちょっと、ね?」

 

「ふふっ。もっと夜が深まってからですよね」

 

「そういうことじゃなくて!」

 

 イーディスの目を治療したイリナが、そのまま人の姿を保って腕に抱きついている。さっきのイーディスの行動が、半分看過できなかったらしい。半分の反動でこうなるとは、さっぱり想像もつかなかった。

 空いている手では、イーディスを労うために頭を撫でている。主人のご所望だ。

 

「ところでこの後どうする? 上の様子でも見に行くか?」

 

「んー。そうね。アリスの無事も確かめたいし」

 

「そうと決まれば、早速動くとするか。イリナも」

 

 人の姿を保つなら、立ってもらおうと思って目を向けた。

 そして自分の目を疑う。

 

「あれ?」

 

 髪の色が変わった。そう言おうとして、お腹が熱くなる。

 見えるのは自分を貫いている剣。

 

「カイル!? イリナ! あんた何をしてるの!!」

 

「な、んで……」

 

 刺したことをじゃない。それも驚きだが、それ以上に俺を混乱させることが起きている。

 イリナの髪がただ変わっただけじゃない。顔も目の色も、何もかも変わっている。

 

「久しぶりだね」

 

 声も変わった。

 いや、()()()()()()()()()()()

 

「カイル」

 

「ラ……ン……」

 

 間違えようもない。間違えるはずもない。

 そこにいたのは、数年前に死んだランだった。

 

 

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