イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
ユージオの剣は氷を出現させる。それは見惚れるほどに美しいもので、戦闘中ですらそう思わせるのだから恐ろしい。
それを使う時の特徴と言えば、剣を足元に突き立てること。ある程度のコントロールもできるようだが、氷の始動は必ず剣からだ。となれば真っ先に凍るのは足からで、氷は瞬く間に伝染し、足元から順に対象を閉じ込める。
「……ふぅ。これであとは……」
キリトと交戦しているアリスを止めるか、あるいは微動だにしないイーディスと戦うか。どちらが正解なのか。ユージオは一旦イーディスへと目をやる。
その目からは戦意というものを感じ取れず、彼女はユージオを見ていない。紅い瞳は半ば呆れたように、作り上げられた氷塊を見つめていた。溶かすならまだしも、剣で砕いては中の人間も傷つけかねない。
他に手があるのかもしれないが、救出するにしても多少は時間がかかることだろう。そう判断したユージオは、一旦自分の相棒の様子を確認することにした。
「
重なった視線。アリスという強敵を前にしながら、キリトは一瞥しただけで状況を理解して警告した。
彼はよく知っている。カイルという人間のしぶとさを。そのやり口を。
相棒の警告に弾かれてユージオは氷塊を見た。中にいる人間は何も動いていない。上に挙げられている片腕も、作った氷の中だ。
(そういえばなんで腕を……、っ!)
促されるように天井を見た。
「悪いけど」
それに合わせて凛としたイーディスの声が流れ込む。芯のあるその声は、多大な信頼と誇らしさを感じさせた。
その声はユージオの耳に届いていたが、そちらに目を向けることはできない。
「あたしの従者は誰にも負けないのよ」
そこには赤い球体が浮かんでいる。それが何かなど一目瞭然だ。
ユージオが気づいた瞬間、その赤い球体が地面へと迸る。それはさながら柱のように形を変え、作り上げられた氷塊を包み込んだ。
「くっ!」
それは神器によって作り出された氷をも溶かしうる炎だ。その炎を生み出したものもまた神器なのだから、相殺という形が近い。相性の良さもあるだろう。
「寒暖差で腹壊しそうだ」
氷の檻から解き放たれた男は、軽快な声でそう言った。
とまぁそんな流れで氷からの脱出を完了した。
距離を取って炎の柱の巻き添えを逃れたユージオが、苦い顔をしてこちらの動きを窺ってくる。ユージオは剣士だ。基本的に距離を詰めるとこから始まる。それでも、剣での実力は同程度。決め手に欠ける状態な上に、切り札は相殺されるとたった今俺が証明した。
どうやって勝つか。それを今組み立て直してるところかな。
[天命は削られています。ご注意を]
[おっけ~]
イリナにそう言われた通り、短時間だけでもさっきの氷の効力は発揮されてるようだ。炎も熱かったし。
「そんなわけで振り出しに戻ったわけだけど、続けるかな? それとも負けとくか?」
「僕は……ここで立ち止まるわけにはいかない」
「だろうな」
キリトもまだ奮戦中で、その相手であるアリスがユージオの目的か。キリトとしても、相棒の大切な人を傷つけるのは憚れるようだ。そのせいで、ずっと攻めっ気が一歩足りない。
個人的にはどう決着がついてもいいんだけど、ユージオがやる気ならもう少し付き合おう。
「出し惜しみをしてるわけじゃないだろうが、ここで出し切れ」
緩やかな坂を1歩ずつゆるりと下っていく。高所という有利。距離という有利。それを自ら捨てる行為にユージオは眉をひそめた。けれどそれも束の間で、すぐに気を引き締めて意識を集中させている。
「明確な実力差がないのなら、先のことなんて考えるな。それは、勝者にだけ許される行為だ」
そもそも戦いというものは、
つまり、先の展望ができる者は、戦う前からその壁をクリアしていると見抜いている者だけなんだ。
[要はカイルの特権ですね]
[いやいや、これはGGOで知り合った人の持論だから。説得力あったから信じてる理論だよ]
[あなたは負けません。誰にも]
[ははっ。ありがとうイリナ]
本当はイリナに剣の形になってほしくないんだけど、右手の方は剣になってもらった。片側だけの変化だからか、長さはイーディスやアリスたちの剣の半分くらい。
それでも十分だ。そっちの方が、個人的にやりやすい。
[刃こぼれ等が無ければ痛みもありません。気兼ねなく振るってください]
[そうは言われてもね]
痛みの有無じゃあないんだよ。心情の問題だ。
それならイリナに銃のままでいてもらった方がいい。それは当然のこと。それでも、これは必要な手段だ。詰められると不利になるし、何より一辺倒な戦い方ではユージオに対応される。
今まだ優位に立てているのは、手数の違いだ。使えるカードの数がユージオより多い。それがあるうちに戦いを運んでおきたい。
「降参すれば痛い目には合わないぞ」
「それはできません」
「だろうな。……ユージオ。強さって何だと思う?」
「……」
「剣の腕か。術の腕か。知力か精神力か。剣士なら真っ先に思い浮かぶのは剣の腕か精神力あたりか?」
ユージオは答えず、集中も切らさずに構えたままだ。俺が剣を握っていると言っても、もう片方は銃のまま。警戒は欠かせない。むしろ気を切らしてたら、迷い無く撃ってたところだ。
「金や地位も強さの1つだな。でも、揺るがないものは存在する。
(この世界……?)
「心意って呼ばれてるものでな。心の強さの表れだ。それを操るのは整合騎士でも難しい。アリスも練習中だし、騎士長もできることは限られてる」
「……それがいったい何なんですか」
「強くなりたいのなら」
足に力を溜める。姿勢を下げ、突撃態勢に入った。
ユージオも迎え撃とうと構え直すが、それは遅い。
「心意を使えるようになれ」
(……え?)
心意を使った爆発的な出だしと加速。後先考えずに飛び出した俺の突撃。銃を逆手に持った状態でグーパンをユージオの胸に叩き込み、反応が間に合わなかったユージオを壁へと叩きつけた。
そこから目を離さないまま、殴った方の手をぶらりと下げて後方に声をかける。
「……イーディス」
「なに? というかいつの間に心意なんて覚えたのよ」
「器用には使えない。それより今ので手折れちった」
「馬鹿じゃないの!?」
「かっ……ガハッ! げほっごほっ。……はぁっ、はぁはぁ」
「……頑丈ねあの子」
ここまで辿り着けたのだからそれぐらいは当然だろうな。キリトのサポートがあったとしても、それだけでは説明がつかない。ユージオはまだ慣れていないだけであって、実力は整合騎士に比肩する。
その膝は床につかない。その目は死なない。
自身の足で立ち、自身の目で見据え、自身の心で歩み続ける。
「やっぱ強いんだなユージオ」
殴り方が悪くて折れた手をイリナに治してもらい、動作と痛みを確認してから銃を握り直す。
この骨折は反動で生じたものだけども、ユージオの対応だって理由の1つになる。拳がユージオを掠める直前に、その体は捻りながら距離を取ろうとしていた。そのせいで当たり方がおかしくなって、余計なダメージが拳に発生したわけだ。
[初見でも対応できたのは直感か]
[整合騎士たちを破ってきたのですから、修羅場は潜ってきたということなのでしょう]
[経験のフィードバックが速すぎるだろ]
戦いは人を成長させる。それは間違いない。
だが、そうは言ってもユージオのこれは異常だ。この世界で最強の戦力である整合騎士たちとの戦いは、計り知れない経験値になるだろう。それでも戦場の勘は一朝一夕では身につかない。
そのはずなんだけど……。
[さてと、次はどうするか]
[カイル。調子を上げているところを失礼します]
[うん?]
[隣の様子が]
[……あー]
イリスに言われて隣の戦いに目を向ける。キリトとアリスの戦い。
そこは先程までアリスが圧倒していた戦いだ。とはいえ、キリトは諦めが悪い。ゲーマーで、攻略脳なところがある。要は戦いながら分析して、解決策やら最善手やらを考える男だ。
そんなキリトがやっていることは。
「その発想を実行するのが怖えよ」
剣と剣の衝突。それもただの鍔迫り合いでもない。強引にエンハンス・アーマメントをぶつけ合わせている。強力な技に強力な技を無理にぶつけるとどうなるか。
「キリト!!」「アリス!!」
ユージオとイーディスの声は同時だった。
超爆発が引き起こされ、壊れないはずのカセドラルの壁に大穴が空いた。しかもキリトとアリスが外に投げ出されるおまけ付きで。
「キリトはほんと無茶苦茶だなー。こうなることは、狙ってなかっただろうけど」
「何を呑気に言ってるのよ! アリスまで落ちたのよ!? この高さから!」
「地面に叩きつけられたら死ぬだろうけど、キリトもいるんだし、なんとかするだろ」
「なんとかって。…………随分あの剣士のことを買ってるのね」
「まあ……それなりの付き合いだし?」
「ふーん?」
詰め寄ってくるイーディスを宥めつつ、取り残されているユージオに目を向けた。俺とイーディスの様子からして、仕切り直しで戦うって気にもなれないと思ってそうだな。
それは正解。続けてもいいけど、その選択権を俺はユージオに渡したい。
「どうしたい? 戦うか。それとも先に行くか」
「……先にって……」
「ここより上だよ。目的は……あー、お前の目的は少し違うか。アリスはキリトと落ちていったし」
「……」
「この建物の構造を教えておこうか? 上に1か所だけ望楼がある。仮に壁をよじ登ってこれるなら、必ずそこから戻ってくる」
キリトが何か手を打てるなら。どうにかしてここの壁を登るなら、合流地点はそこだ。その時はアリスも一緒のはず。
「……それでいいんですか?」
「俺はな。イーディスがどう判断するかは知らない」
「ったく。……あたしたちに下りてる指令は、たしかに侵入者の迎撃だけど。ま、いいわ。上にはまだ騎士長がいるし、あたしはあたしで、そこのバカから聞き出さないといけないことがあるみたいだし?」
ここらでそうなるよな。俺とキリトの交わした会話の意味が、イーディスやユージオにはわからない。イリナは記憶共有があるから理解していて、俺がこれまでイーディスに話さなかった意味も理解している。
それはそれとして、ユージオに「はいどうぞ」と道を譲ったら、なんか小言を言いそうな奴らもいる。元老長とか……今回でついでに倒されてくれてもいい。
「イリナ」
「はい」
「急に人が……。あなたはいったい?」
「カイルの半身です」
「……微妙に否定しづらい」
イリナが人の姿になる時は、俺の天命を半分持っていく。そこを考えると、半身じゃないとは言いづらい。
イリナはユージオの傷を治すと、そそくさと戻ってきて人の姿を解いた。
[今はカイルの天命が減っていますから]
そういうことらしい。気遣ってくれるいい子になりました。
「で、ユージオはどうするよ。すぐに行くか。それともイーディスと一緒に話を聞いてからにするか?」
「それ、侵入者にも話すことなの?」
「本来誰だって知ってもいい話だ。反逆なんてできてるなら、ユージオは1つ枷を破ったようだしな」
「枷?」
「イーディスも身に覚えがあることだぞ。右目、痛んだことあるだろ」
「!!」
イーディスの反応とユージオの反応が違った。まだ打ち破っていない者とすでに打ち破った者。違いが出るのも当然か。
「禁忌目録に違反しようとすると、目が痛むようになっている。そうだよな?」
「……はい。僕はあの時……それを強引に押し切りました」
「たしか斬ったんだったわね。それであなたを連行するために、アリスが派遣された」
「キリトはおまけってとこか」
「生真面目なアリスが、おまけ感覚で連れてくるわけないでしょ。そうなるように、そのキリトって剣士が何らかの行動を取った」
牢に入ったのを、これ幸いにと脱走。そうして今に至ると。
キリトがここまで来たことから考えれば、おのずと目的も見当がつく。
「そこの成り行きはいいとして。目の痛みは、この世界の誰にでも起きるようになっている」
「それは、ダークテリトリー側も含めて?」
「おそらくは。俺とキリトを除いてな」
「……薄々感じてたけど、やっぱりそうなのね」
「あれ? 気づかれてた?」
やれやれと肩をすくめたイーディスは、怒ってるわけでも疑ってるわけでもなかった。雰囲気を和らげて、穏やかな目で真っ直ぐ見てくる。
「気づいてたって言うより、そう考えた方が納得できることが多いのよ。急に現れて、急に消えて。謎の知識もあって」
これまでのことをいくつか指摘される。なるほど。イーディスが受け入れるのも納得だ。
「この世界の人間じゃないって話は、あたしたち整合騎士とも違うってことよね?」
「まあ……順に説明するか。俺とキリトは外の世界から来た。文字通り外で、この世界を観測できる」
「それは……どういう?」
これにはユージオも驚きで、表情が固まっていた。
俺は2人に伝えていく。この世界が作り物であること。外の人間の指先1つで、いつだって消滅することも。
「俺はその初期メンバー。キリトは完全に部外者。今回は諸事情でこの世界にいるらしい」
「待って。さすがに頭が混乱してくるわ」
「だろうな。まず、信じてくれてることに感謝だ」
「それはそうよ。カイルのことを信じてるもの」
「……ありがと」
突拍子もない話。与太話として笑いものにされても当然。それをイーディスは、俺が言ったことだからと信じてくれる。そこまで信じてもらえてるなら、それに応えたくなる。
「頭を整理する時間が欲しいけど、まだ話はあるのよね?」
「そうだな。……最高司祭は、外の人間と繋がりを持っている。目に仕掛けられてるそれが証拠だ」
俺の知る限り、当初の計画ではアンダーワールドにここまでの強制力を持たせないはずだった。成長、進化の妨げになるから。
それなのに仕掛けられてる。いくら最高司祭と言えど、個人でここまでのことはできない。外の力の助けが必要で、それは行われた。イーディスの目にも、一度文字が現れた。
外に出て、ここに戻ってきて記憶も戻して理解した。ヤナイ。あの野郎の仕業だと。
「最高司祭の狙いは本人に聞くしかないとして。イーディス、俺たちは天界なんて作ってない」
「……じゃあ……あたしたち整合騎士は……」
「そこにいるユージオや街の人たちと同じ。人間だよ。整合騎士は記憶を一部抜かれて、最高司祭の忠実な駒にされる」
「そう……なんだ」
「アリスも同じだ。そうだろ? アリスと同郷のユージオ」
「……はい。アリスは、僕のことを覚えてなかった。だから僕はアリスの記憶を戻したい」
「その手段があるのかは、俺は知らないところだな。やれるだけやってみな」
「そのつもりです」
「おう。がんばれ!」
敵対していたはずの人間に応援される。なかなか経験しないであろう体験に、ユージオは戸惑いつつも上の階層を目指した。
イーディスも今は止めるつもりがないようだ。知ったことの整理が必要だろう。この世界のこと、整合騎士のこと、記憶のこと。あっさり流せるような話じゃない。ユージオは自身に関係する話が少なかったから、すぐに行動に移せたんだろう。
もしくは、ある程度裏事情のことを知っていたか。
「カイル」
「ん? っと!?」
呼ばれたと思ったら押し倒された。イーディスは今鎧を着てるから、上に乗られると重いというか、固いというか、ちょっぴり痛みもあったり。
けれど、それは今は我慢だ。ふざけられる空気じゃない。イーディスは目を伏せていて、顔を隠してる。
「この世界の人じゃないのよね」
「……うん」
「あたしの、従者なのに」
「……」
「いなく、なるのよね。カイルの目的を果たしたら、外に帰るんでしょ?」
「ごめん。絶対のことは何も言えない。でも、できるだけここにいる。イーディスの隣にいる。これは本当だ」
外での目的も特にない。中途半端な人間だ。
「それでも……あたしたちの住む世界は違う。老いて死に別れるわけでもなくて。あたしたちは違うから、ずっと一緒にいることはできない。そうなのよね?」
「それは……」
「あたしは、ぁっぐ……!!」
「イーディス!?」
目を抑えて苦悶するイーディスを見て、慌てて上体を起こした。膝の上に座っているイーディスを見て、俺はようやく気づいた。その頬に涙伝っていることを。
「イーディス……」
「ぐ……ぁ……はぁはぁ」
両肩に手を置かれる。イーディスは呼吸を荒げながら、涙の溢れている瞳を見せた。右目には逆さ文字が表れている。警告のように。イーディスを止めようと。
「あたし、は……。カイルと居たい……だけなのに」
「イーディスそれ以上は」
「こんな……自分の気持ちすら抑え込まれる相手なんて、嫌だよね」
「バカなこと言うなよ。嫌になるわけ無いだろ!」
「えへへ。カイルは優しいから、そう言ってくれるよね」
「気休めなんかで言うかよ」
同情なんかでも言わない。本心だ。
「あたし。カイルのこと好きだよ」
そう言って唇を重ねてきたイーディスの。
右目が弾けた。
「ほんっっっとうに痛かったんだから!!」
「そりゃあもう。俺の想像を絶する痛みだったと思ってますよ」
この世界の人間じゃない俺が経験することはない痛みだ。出産の痛みも経験することはない。比べるものではないとして。どちらも経験したくないのが本音。
「私はカイルのためならば、後者を喜んで受け入れますよ」
「いやいやイリナ。そういうのはちょっと、ね?」
「ふふっ。もっと夜が深まってからですよね」
「そういうことじゃなくて!」
イーディスの目を治療したイリナが、そのまま人の姿を保って腕に抱きついている。さっきのイーディスの行動が、半分看過できなかったらしい。半分の反動でこうなるとは、さっぱり想像もつかなかった。
空いている手では、イーディスを労うために頭を撫でている。主人のご所望だ。
「ところでこの後どうする? 上の様子でも見に行くか?」
「んー。そうね。アリスの無事も確かめたいし」
「そうと決まれば、早速動くとするか。イリナも」
人の姿を保つなら、立ってもらおうと思って目を向けた。
そして自分の目を疑う。
「あれ?」
髪の色が変わった。そう言おうとして、お腹が熱くなる。
見えるのは自分を貫いている剣。
「カイル!? イリナ! あんた何をしてるの!!」
「な、んで……」
刺したことをじゃない。それも驚きだが、それ以上に俺を混乱させることが起きている。
イリナの髪がただ変わっただけじゃない。顔も目の色も、何もかも変わっている。
「久しぶりだね」
声も変わった。
いや、
「カイル」
「ラ……ン……」
間違えようもない。間違えるはずもない。
そこにいたのは、数年前に死んだランだった。