イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
大きな遺跡の中で、広間の真ん中には壊れた噴水があるのだから、ここは地下から水を汲み取れていたことが伺える。それならばどこかに井戸があってもおかしくない。そう思って探索すること40分。ようやく水汲み場を発見することができた。あっても井戸くらいだろうと踏んでいたものの、それより大きいものを発見できたのは収穫だ。飛竜の水分補給が一番の課題だったからな。
「
霧舞の待機場所も確定し、これからは建物の中を探索。そういきたいところなんだが、あと1時間もすれば日が暮れそうだ。ダークテリトリーは赤い空で分かりにくいけど、太陽がないわけじゃない。休憩を挟んでの移動。水場の探索。廃墟ではあるものの、一応ここは敵地だ。日が暮れると行動は慎重にしないといけない。
「俺たちもここで夜を過ごそう。探索の続きは明日でいい」
「あら? てっきりこれから始めると思ったのだけど」
「我慢できない子どもだと思ってるな?」
「違うの?」
「違うわ! 失礼なやつめ」
イーディスがごめんごめんと笑いながら謝る。形だけだなと思わなくはないが、適当に流していいことだからそのまま流す。夜営の準備を始めるイーディスを手伝いながら、1時間弱周辺を探索したことを思い返した。
今いる場所は最初に降り立った広間から横に逸れた場所だ。瓦礫の山と化していたそこを登っていき、そこを越えたところに水場があると発見した。大浴場のように広い枠組み。湧き水が出ていて、古い水は流れていくように仕組みが施されている。
「ここってなんか変よね」
夜営の準備を済ませ、飛竜に持たせていたカバンを回収したイーディスがそんなことを呟く。カバンの中から取り出されたのは、晩飯というの名の携帯食料。有名なレーションさん。
「具体的には?」
「わかることはデカイってことだけ。人が住んでたとは思えないのよ」
「そうだな」
ここは水場で、この瓦礫からして建物の中にあったんだろう。水場だけ瓦礫がないのは、元から水場の上は屋根をつけていなかったから。あるいは倒壊したあとにここだけ撤去したか。
広場を挟んで反対側は瓦礫がまったくなかった。中央広場の四角。一辺100mはある正方形。おそらくその大きさに合わせてこの水場の敷地と反対側の敷地は設計されてる。そう言える理由は、敷地の範囲を示すような枠が残ってるから。
「広場を挟んで反対側にあったやつ。あれは何なのかしらね」
「残ってる原型からして、あそこは祭壇っぽいけどな」
「祭壇にしてもおかしくない? はっきり言って、あそこが一番しょぼかった。祭壇なら普通はもう少し大きなものにするはずよ。あの広さの敷地にしては異様に小さいわ」
「そこが悩ましいところだな。ま、それも明日分かるだろ。ぶっちゃけ分からなくても問題はないしな」
「たしかにそうだったわね」
ここに来てる目的は、神器級の武器の探索だ。ここにあるという確証はない。ただ、可能性がある場所の一つというだけ。それに、北の洞窟にあったアレのような状態じゃなくてもいい。神器はすべて元が別の形と言われてる。だからそれに該当するものを見つけれればいいってわけだ。
この遺跡は広い。この水場のエリアから一番大きい建物を眺めてるとよくわかる。あの建物は他の敷地より一回りは大きい。ゴシック様式の教会みたいに中が空洞だらけなら楽なんだけど、ぎっしり部屋があったりしたら骨が折れる。
「明日はやっぱりあの建物の中?」
建物に目をやっていると、イーディスも俺の視線を追って建物を見やる。なんであんなデカイのやらとかぼやいてるし、あそこを細かく探索するのは嫌がりそうだな。
「あそこが一番可能性があるだろ。それの向かい側は望楼みたいだし、見張り台を兼ねたおしゃれなのかな」
「手がかりがあそこにあるなら向こうから探すんだけど。崩れかけなのが気がかりね」
「無理に行く必要もないだろ。可能性が低いやつは後回しにしよう」
適当に拾い集めた木片。リソースの乏しいこの場所では一晩過ごす分も集められない。晩飯を食べる時に火をおこすぐらいしかできない。神聖術を使えば明かりを灯せるわけだが、人界ほどリソースが豊富じゃないから乱用ができないのだとか。
珍しく最後まで無言で食べ終えた頃には、ダークテリトリーもすっかり夜になっている。言葉通り闇の世界のお出ましだ。街灯のない田舎道みたく辺りは真っ暗に。まだ燃えている木のおかげで明かりはあるが、それも長くは持たない。
「交代制で仮眠取るわよ。今度はちゃんと仮眠にすること。いいわね?」
「もちろんだ。俺は昼に寝てるし、イーディスが先に仮眠取れよ」
「……もしかしてはじめからそのつもりだったの?」
「そこまで考えて生きちゃいねーよ」
買いかぶり過ぎだと言ったら、どーだかと返される。信用のなさっていうのはどういう場面でも反映されるもんなんだな。
イーディスは鎧を着たまま霧舞の近くに行き、その大きな体に背中を預けた。横になってもいいと思うんだが、仮眠で済ませるためにもそうしてるんだろう。気楽に立ち回るわりには真面目なところもあるもんだ。
「あ、寝顔見ないでよ」
「安心しろ。お前の寝顔なら見飽きた」
「えぇっ!? こ、のぉっ……バカ!!」
手のひらに収まる程度の石が投げ飛ばされてくる。いくら火の明るさがあるとはいえ、この暗さの中でそんなものを投げて来ないでほしい。そして冗談だということを見抜いてほしかったな! 俺の身が危ないから!
さすがに石が飛んできたのは最初の1回だけ。暗くてイーディスの顔は見えにくいが、膝を抱えて顔を隠すようにしたのはわかった。あれで寝るつもりらしい。
そういえば、火が消えれば辺りも暗くなるし、神聖術も乱用できないとなるとどうやって交代しようか。根本的な問題を見落としていたな。イーディスに話を聞こうにも、あれから時間も経っててイーディスは寝息を立てている。膝を抱えたまま横になってるだが、あれはあれでしんどいだろ。
「あー、そうした方がいいか」
暗さで困るというのなら、交代する相手のすぐ近くにいたらいい。どのみちこの暗さだ。見張りとしての役割も満足にできない。聞き耳を立て、周囲の気配を探るほかないんだ。
逆にしんどそうな体勢で寝ているイーディスの側により、楽な姿勢を取らせる。仮眠というわりにはスヤスヤと寝てるようだが、俺も昼間のことがあるし他人のことは言えない。イーディスが起きるまでこの役割を努めよう。
この遺跡はイーディスが言っていたとおり変な遺跡だ。居住区らしき場所が見当たらない。あの望楼の奥はただの大地が広がっていた。他の場所も同様だ。この遺跡の上は石畳だというのに、一歩その敷地を出ればただの荒れ果てた大地が広がるのみ。
ヨーロッパでもたしかに中世の城作りは、城壁の中と外でがらっと変わる。そこは同じだ。だが、ここは城壁の跡と呼ばるものが一切ない。文字通りの遺跡。
おかしな点と言えば、祭壇のような何かがあった区域。あそこだけ祭壇周りが普通の地面だった。そうじゃないと不都合な何かがあったのだろうか。
「ここの全体像ってたしか……」
霧舞の背から見えたこの遺跡の全体像。広い遺跡跡地があるなと漠然と思っていたが、その形にも何か意味があるのだとしたら。
中央の広間。その横の区域には謎の祭壇。その区域には瓦礫がなかった。反対側のこちらは瓦礫の山。建物が崩落したと考えるのが妥当か。水汲み場として利用してたと考えられる水場は広い。
崩れかけの望楼。その反対側にはこの遺跡の目玉と言える巨大な建物。高さ50m近く、これまた横幅は中央広場に合わせた100mほど。ただ、奥行きは150mくらいはあった。ここだけ長方形。いや、望楼の方は望楼しかなかったし、そこでバランスを取ってるのかもしらない。
「十字架になってるのか?」
そう思えば気になる箇所も他にいくつか出てくる。例えば、地面は中央広場の噴水を中心に、そこから四方に艶が違う石畳が敷かれていた。これもまた十字状だな。
それに、屋根付きの廊下と思わしき石柱たち。それは巨大な建物からこの水場と反対の祭壇もどきのところまでしか設置されていない。望楼側は何も無かった。
そこまで考えた時、反射的に嫌な予感がした。何に対してなのかは脳内で処理されていない。言語化もできない。ただ直感的に「ヤバイ」と思った。
「イーディ……っ!」
呼び起こそうと視線を落とす。暗さに慣れてきたおかげである程度見えるのだが、そのおかげでイーディスに異常が起きていたことに気づいた。
──
急いで鎧を神聖術で他の物の変換して退かす。イーディスの胸元に手を置いて意識を集中させる。弱っている。微かだがまだ心臓は動いていた。でも呼吸が止まったいるのなら何も安心できない。必要な酸素を送り込まないといけない。
「理不尽に怒ってきても許してやる!」
イーディスの額を押さえ、あごを持ち上げて気道を確保する。口を開けさせ、たっぷり息を吸ってからそこに口を重ねる。こっちの肺が空になるまで空気を送り込む。それを数回繰り返したら、今度は胸骨圧迫。
「かはっ! けほっ、けほ! はっ、はぁはぁっ……かい、る……?」
「起きたかイーディス! 寝起きで悪い。身体も気怠いだろうが少し我慢してくれ!」
息を整えているイーディスを抱き上げ、霧舞の背へと飛び乗る。霧舞も生物としての本能が働いたのか、何も言わずともすぐに飛んでくれた。
霧舞が巨大な建物より高く上がった直後。噴水があったと思わしき箇所からドス黒い光が迸った。夜の闇すら凌駕する圧倒的な闇。光すら通さないそれが空を突き抜けると、その闇が十字上に広がっていく。
「はぁ、はぁ……ぁっ、くっぁ!」
「イーディス?」
全身が震えているイーディスは胸元を抑え、何かに耐えるように苦しんでいた。高熱の風邪に魘されているように大量の汗をかき、血の気が失せたように顔色が悪くなっている。
震えるイーディスを抱きしめ、気休めにしかならないが何度も名前を呼びかけた。
何が原因なのか。あの遺跡に何かがあるとしかわからないが、イーディスを蝕むものはそこだ。早急に手を打ったほうがいいはず。だが、あの闇に触れるわけにもいかないだろう。ならばどうするか。
答えの出ない問題を必死に考えていると、空へと迸っていた闇が収束していった。それに伴い、イーディスを蝕んでいた苦しみも和らぎ、闇が完全に消えるのと同時に顔色も戻ってきた。
「カイル……」
「悪いな。慌ててこんな状態だ」
本当ならイーディスが鞍に跨って、俺は後ろにいる乗り方。けど今は俺が鞍に跨ってしかもイーディスを抱きしめている。ゼロ距離だし、イーディスの鎧は今はない。その事も含めて謝ったけど、イーディスに責められることはなかった。
「うん。いいよ。……もう少し、このままでお願い」
「ああ」
服を掴まれ、胸元にこつんと頭を預けられる。俺の片手は手綱を握り、反対の手はイーディスの背中に回っている。
「カイル……。苦しかったけど、おかげであそこが何かわかったよ」
「……無理するな。話さなくていい」
「ありがとう。でも大丈夫だから。日が昇ったら──あたし死んじゃうみたいだし」
「…………は?」
言われたことを咀嚼するのに数秒を要した。闇が発生した遺跡を睨んでいた視線をイーディスに向けると、泣きそうになりながら無理に笑うイーディスの顔が映った。
どうやら、このままじゃ本当に日が昇ると死ぬらしい。