イーディス(主人)と臨むアンダーワールド 作:粗茶Returnees
昔もむかし。遙か昔の話。
人々に語り継がれるその話。
4体の神がいました。創世神ステイシア。太陽神ソルス。地神テラリア。暗黒神ベクタ。
それぞれ役割がありました。神々はその役割をこなしていました。しかしある日、暗黒神ベクタが袂を分かち、他の3体の神々と争いを始めました。亜人とされる数種のゴブリン族。オーク族。オーガ族。ジャイアント族。ダークテリトリーに住む人間。それらを暗黒神ベクタが束ね、率いていました。
圧倒的な数の敵を前に、人界の人々も結束して挑みました。3体の神に率いられ、地形を変えるほどの大戦へ。
長い時をかけて戦い続けました。多くの犠牲者も当然出ました。その大戦の果て、暗黒神ベクタが封印されるという形で戦いは収束を迎えます。3体の神も傷を負い、力を損耗したことで、天界へと還りました。
大戦を乗り越えた人界の人々は人界へ。戦いに敗れたダークテリトリー軍は統率者が消えたことで瓦解。内乱の末にそれぞれ領地を確定していき、ようやく戦いから身を引くことができました。
神話とも思えるこの物語は、それだも神話とは断定できないものでした。古戦場に残る戦いの傷跡。抉られた大地。変形した丘。残された遺跡がその証拠。
ダークテリトリーにいくつか存在する遺跡は、どれもが過去の大戦の遺物でした。補給物資の備蓄拠点。移動する部隊が休む中継地点。敵を迎え撃つための砦。そういったものが今もなおダークテリトリーのいくつかの地点に存在します。それは、人界側のものもあれば、ダークテリトリー側のものもあるのです。
とある中継地点の話をしましょう。その中継地点はダークテリトリー側のものでした。最も戦場に近いことから、最前基地とも呼ばれていたようです。巨大な建物はより多くの者が休めるように。さながらホテルのような扱われ方を目的に作られました。大浴場もあれば、暗黒神ベクタの銅像が上に建てられた噴水もありました。
大戦が終わればお役御免になる施設が多いのは当たり前のこと。その最前基地もお役御免になりました。暗黒神ベクタが封印されたことで大戦は終わり、軍は撤退しました。基地にいた者たちも撤退しました。
そうして捨てられた場所、とだけでこの基地のお話は終わりませんでした。
ある傲慢な人物がいました。その人は自分のこと、ひいては自分の配下のことしか考えない人でした。とはいえそんな人物はダークテリトリー内では珍しくありません。むしろ当然とさえ言えます。
ダークテリトリーの掟は強者に従うこと。しかしその人は暗黒神ベクタへの服従を誓ってはいませんでした。いつか自分がその位置に着く。それを夢見ていました。
そんな人が、大戦の後に何を始めたのか。
その人は大戦時に敵であった人界の兵士を捕虜にしていました。その捕虜たちを返すことなく、捨てられた最前基地に連行しました。ホテルさながらに使われていた施設は改造され、監獄のような内装へと早変わり。捕虜たちは自分たちが使うことになる部屋を、自分たちで改装させられたのです。
傲慢な人はトップに立っていったい何がしたかったのか。その答えとして表れたのがこの施設。《楽園》と改名されたその場所で、捕虜だった人たちをこき使う。使用人としてではないのです。絶対服従の人形として。つまり、奴隷が欲しかったのです。
《楽園》と呼ばれたその場所。悲劇と呼べるのはここからでした。人界の人々は数が劣る。そのため大戦時に女性も多く参戦しました。主神たる創世神ステイシアが女神だったことも大きいでしょう。女性部隊も編成されました。
その女性部隊が捕虜となり、《楽園》で自由も権利もなく生活することとなったのです。
──最後の奴隷の記憶より
◇
「──それ、で……うッ……!」
「もう話さなくていい。だいたい予測はついたから」
気分を悪くして口元を手で抑えたイーディスに、それ以上は話さなくていいと伝えて背中を擦る。嫌な汗をかき、目尻に涙を浮かべてるのを見るあたり、ただ知ったというだけではなさそうだ。
未だに震えも止まっていないし、あの闇の影響を受けて知ったとは言えないだろう。ここまで弱っているのと、あまりにも鮮明に知ってるのを考慮すると、映像として脳に流れてきた上で、それを追体験した可能性がある。あまり考えたくはない可能性だが。
「なんなの、あれ……。あんなの……生きてるなんて」
「言えないだろうな。奴隷っていうのは、人として当たり前のことすら許されないらしいからな。知識としてしか知らんが。……俺の想像を遥かに超える苦しみなんだろう」
首に回された腕にギュッと力が入る。無駄に刺激を与えてしまったらしい。発言にはもっと気をつけるとしよう。
今はそれよりもイーディスがかけられた呪いをどう解くかだ。この遺跡でかけられたのだから解く鍵もこの遺跡にあるはず。一番怪しいのは噴水だけど、ギミックを分析しないと時間が足りない。建物だって探索してなくて未知数なんだ。
「イーディス。俺は下に降りてイーディスの呪いを解いてくる。だから──」
「あたしも行く」
霧舞と
ただ、見破るだけでそれを反対することもできなかった。
「ここの人たちね、みんな枷があったの。敷地の外に出たらそれが起動して殺される。だから誰も逃げ出せなかった。……それと同じではないだろうけど、似た何かがかかってるのかもしれない」
「……まぁ、イーディスを残していくのはそれはそれで怖いしな。側にいてくれた方が安心できるよ」
「あたしもカイルがいてくれた方がいいかなー」
「珍しいことも言うもんだ」
「今夜だけの特別だよ」
強がりなのは変わらない。ただ、切り替えの速さはさすがの整合騎士だ。体の震えは止まってる。これならなんとかなるだろう。たとえ途中でイーディスが動けなくなっても、その時はその時で助けるだけだ。
どうするかの方針は決まった。
ならば次はどう動くかだ。闇雲に動いても時間を消費するだけ。かと言ってずっと考えているわけにもいかない。
ギミックとして怪しいのはやはり噴水なわけで、闇はあそこから出ていた。だが妙なのは、闇が出る前にイーディスが影響を出ていたことだ。そこにヒントがあるはず。
「闇……反対なのは光だけど、光は今は関係ないか……」
「闇って言うと、真っ先に思い浮かぶのが暗黒神ベクタ。でもベクタはいないんだよね」
「湧き出た闇……ベクタ……水場……噴水……祭壇……。あの建物は監獄と化してて……」
何か引っかかる。
傲慢な輩。連行された女性部隊の捕虜たち。監獄と化した建物で生活していて。水場、祭壇……。娼婦まがいの生活……。
「地下か……!」
「えっ?」
「ここが
「あたしが地面にいて、地面の下に潜んでいたからやりやすかった?」
「そう考えるのが妥当だ。問題は地下への入り口だけど、こればっかりは降りて探さないとな」
「霧舞お願い」
イーディスのことを心配し、少し考え込んだ霧舞だったが、イーディスにもう一度お願いされて折れた。霧舞も闇の広がり方は見ていたようで、闇が広がってもそれに当たらなかった場所へと旋回しながら高度を下げていく。霧舞が着陸すると、イーディスを抱えたまま飛び降りて、それから下ろす。
「ここまでされなくても大丈夫なのに」
「主人は楽してたらいいんだよ」
「……それは嫌かな」
「優しいやつ」
「カイルほどじゃないよ」
笑顔とともに率直に返されるとむず痒い。そっぽを向きながら頬をぽりぽり掻いて、地下への通路がありそうなポイントを考える。敵など想定していなかった作り。このやり方からして、隠し通路とかじゃないはず。仮にそういう場所もあったとして、わかりやすい道も用意されてたはずだ。
「あ、ところであたしの鎧は?」
「水場の方で別の物質に変換させたまま。回収しに行くか?」
「……解決してからでいいや。さすがにその場所は怖いよ」
「いつもそれくらい素直ならいいのに」
「えっ、自分で言うのもなんだけど、あたしだいぶ正直者だよ?」
カイルほど隠し事もしてないし、とかいうツッコミは聞かなかったことにする。そんなことはどうでもよくて、重要なのはスピード解決すること。今からでも行動に移すべきだ。
「今の季節は?」
「夏だね。朝とか早くなるね」
「1時間は予備として含めずにいくと、5時間もないか」
「説明が長くてごめんなさいねー」
「何も言ってないだろ。むしろ必要な時間だったよ。辛いのに話してくれてありがとう」
「っ! 必要なことだと思ったから。当たり前よ」
イーディスと話していると、早く行けと言わんばかりに霧舞に顎で頭を突かれた。
地下への入り口として考えられるのは、結局のところ建物の中だ。望楼の方に隠し通路ぐらいあるかもしれないが、それを見つけ出すことに時間など避けない。ない可能性だってあるのだから。同じ理由で祭壇も調べるつもりはない。水場のところは瓦礫の山だから撤去してるだけで夜が明けてしまう。
地下への入り口が巨大な建物の中だと考える理由はもちろんある。1つは通路の問題だ。屋根付きだったと思わしき通路は、祭壇方面と建物。水場方面と建物を結んでるだけ。自分たちを最上に置いた場合、最も往来のある場所に屋根付きを設置する。
もう1つは至極単純。建物の中で女性たちが生活しているのだから、入り口をそこに設置することで移動を最低限にできるということ。楽できるところは楽するのが人間の業なのだから。
「そんなわけで突入したわけだが、いやこれはもう一周回って笑っちゃうね」
「あたしは笑えないけど」
「そうだろうけども」
なるほど監獄だ。部屋にプライバシーも何もない。廊下から中を全部見れるように柵だけになってる。どの部屋にいる誰がどういう人なのか。自分の好みも探しやすいという寸法なわけだ。
内装もなるほど元ホテル。床には時の経過で廃れたカーペットがある。奥にはステンドガラスが見えて、何も知らなかったら教会みたいだなとか思ってた。
ゴシック様式みたく天井はバカほど高い。奇妙なことに入り口からの直線上は、建物の天井まで途中の階を突き抜けてる。まるで切り抜いたような造りだ。
階層は4階まで。入り口入ってすぐに左右に螺旋階段。おそらくは真ん中あたりと奥にもあって、計6個は階段があるだろう。
「いや地下への入り口はあるだろうと踏んでいたけど、階段を下りるだけでいいとはな」
「探す手間が省けたからいいじゃない」
「そりゃあね」
当然暗い。神聖術で明かりをつけてもらって階段を下りていく。5mほど下りたところで部屋への入り口があり、そこから中へと侵入。イーディスを襲った何かが地下にいるのだから、当然警戒心は高くなっている。
周囲を警戒しながら足を踏み入れていくと、あまり見ていて面白くないものばかり。拷問の類のものはないが、使っていたであろう道具。地下空間に広がるいくつもの部屋。
この地下空間は言ってしまえばラブホの役割なんだろう。こっちはプライバシーを守られてる。軽く中を覗いてみるに、質のいいベッドや机があった。生活も兼ねていたのかもしれない。
──ゆるさない/にがさない
「「!!」」
「カイル」
「ああ。奥らしい。多分向こう側が、噴水のある中央広場の地下にあたるんだろう」
「……行きましょう」
「そうだな」
「? カイル?」
「ちゃんと2人で行くぞ」
「……あはは! うん!」
先に行こうとしたイーディスの手を握った。少し驚いていたけど、すぐに嬉しそうにはにかんだ。イーディスはやっぱこうじゃないといけない。よく笑うのがイーディスだ。
部屋と部屋の間である廊下を進む。嫌になるほど全く同じ部屋がズラっと並んでいる。それに辟易していると、廊下の端が見えてきた。そこには両開きの扉があって、ここと奥が明らかに違うものだと物語っている。
一度イーディスと顔を見合わせ、頷きあって扉を押し開ける。開けた途端飛び込んでくる光は、暗闇に慣れていたことで眩しく感じる。
「なんでここは明るいのよ……!」
「さぁな!」
ここに何かいる。
直感で理解した。目が慣れていないうちに仕掛けられたらたまったもんじゃない。イーディスの手を引いてその場から移動を開始。イーディスは戸惑いながらもついてきてくれて、目が慣れてきたら一旦その場に止まり、何かがいる方向に視線を向ける。
部屋は青白く光っていた。空の青さよりも薄暗い。しかし暗闇を照らすには十二分だ。
「……どういうことだ」
「なにあれ……」
ここの部屋は広かった。中央広場より一回り小さいかもしれないが、それでも十分広い。先程のように部屋が小分けされてるわけじゃない。この空間一つそのままが一室。
そんな部屋のど真ん中に、何故かは知らないが桜の木が咲いていた。
「なんで桜が」
「さくら?」
「春になると桃色の花を咲かせる木のことだ」
アンダーワールドには桜がないのだろうか。ヨーロッパ風に作られてるし、なくてもおかしくはないか。
この瞬間はそう思った。
「
「なに……言って……」
「あそこにあるのはどう見ても小さな家よ。なんでこんなところに、ぐっ! ぁぁっ!」
「イーディス!?」
「あた、まが……!
「誰ってあそこには誰も……っ!?」
誰もいないはずだった。
桜の木の陰から現れるまではそうだった。
ありえない。
いるはずがない!
「こんなところでどうしたの? カイル」
「ラン……」
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